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○多様な正社員に係る「雇用管理上の留意事項」等について

(平成26年7月30日)

(基発0730第1号)

(都道府県労働局長あて厚生労働省労働基準局長通知)

(公印省略)

[5年保存]

「日本再興戦略」(平成25年6月14日閣議決定)及び「規制改革実施計画」(平成25年6月14日閣議決定)において、職務等に着目した多様な正社員モデルの普及・促進を図るため、有識者懇談会を立ち上げ、労働条件の明示等、雇用管理上の留意点についてとりまとめの上、周知を図るとされたことを踏まえ、平成25年9月に有識者を参集して「『多様な正社員』の普及・拡大のための有識者懇談会」を設置し、多様な正社員に係る雇用管理上の課題と留意事項等について検討してきたところである。

今般、同懇談会において、多様な正社員の導入や活用を検討する労使等の関係者が参照するための「雇用管理上の留意事項」や就業規則の規定例等を整理するとともに、関連する政策提言をまとめた報告書が別添のとおりとりまとめられたので了知されたい。

また、「日本再興戦略 改訂2014」(平成26年6月24日閣議決定)及び「規制改革実施計画」(平成26年6月24日閣議決定)において、本報告書のとりまとめを前提に、「労働契約の締結・変更時の労働条件の明示(限定の内容の明示)、いわゆる正社員との相互転換、均衡処遇について、労働契約法の解釈を通知し周知を図る。あわせて、専門性の高い人材を含むモデルとなりうる好事例を複数確立するとともに、就業規則の規定例を幅広く収集し、情報発信を行う」等とされたところである。

厚生労働省としては、いわゆる正社員と非正規雇用の労働者の働き方の二極化を緩和し、労働者一人ひとりの処遇の改善やワーク・ライフ・バランスの実現を図るとともに、企業において勤務地や労働時間が制約のある優秀な人材の確保や定着を可能とするため、本報告書を踏まえて「雇用管理上の留意事項」を周知するとともに、各種の促進策を実施することにより、企業における職務、勤務地又は労働時間を限定した「多様な正社員」の円滑な導入、運用のための労使の取組を促進することとする。

このため、本年度は、本省において、専門性の高い人材を含む多様な正社員のモデルとなり得る好事例や就業規則の規定例を幅広く収集、整理するとともに、都道府県労働局における周知活動の効果的な展開にも資するよう広報等を実施することとしている。

ついては、別途指示するところにより、都道府県労働局において、労働基準部及び職業安定部の連携の下、事業主が多数参加する説明会等の機会を活用し、当該報告書別紙1の「雇用管理上の留意事項」(以下、単に「雇用管理上の留意事項」という。)と併せて、多様な正社員の好事例や就業規則の規定例の周知を図るなど、企業や労働者への情報提供や助言等に積極的に取り組まれたい。その際、雇用管理上の留意事項に記載された労働契約法の解釈等については、下記のとおりであるので、この点にも留意しつつ周知されたい。

1 労働者に対する限定の内容の明示について

転勤、配転等の際の個別労働関係紛争の発生を未然に防止する等の観点から、職務や勤務地等に限定がある場合には、限定の内容についてできる限り明示することが重要であること。

雇用管理上の留意事項では、「労働契約法第4条では、労働契約の内容はできるだけ書面で確認するものとされており、勤務地、職務、勤務時間の限定についても、この確認する事項に含まれる」としている。

労働契約法(平成19年法律第128号)第4条第2項の「労働契約の内容」については、「労働契約法の施行について」(平成24年8月10日基発0810第2号。以下「労働契約法施行通達」という。)において、有効に締結又は変更された労働契約の内容であるとしていることから、勤務地、職務又は労働時間に限定がある場合に、当該限定があることについても同条の「できるだけ書面により確認する」対象となることに留意が必要であること。

また、労働契約法施行通達によれば、同項による書面確認の対象となる場面には、労働契約の締結又は変更されて継続している間の各場面が広く含まれ、これは労働基準法(昭和22年法律第49号)第15条第1項により労働条件の明示が義務付けられている労働契約の締結時よりも広いものであるとしている。

このため、使用者と労働者の間で勤務地、職務又は労働時間に限定がある労働契約を締結する場合のほか、いわゆる正社員と勤務地、職務又は労働時間が限定された正社員との間で転換が行われる場合も、労働契約法第4条第2項による書面による確認に含まれるものであることに留意が必要であること。

2 均衡処遇について

多様な正社員を含む労働者の納得感を高め、その意欲や能力の発揮を図る等の観点から、多様な正社員といわゆる正社員の間の処遇の均衡を図ることが重要であること。

多様な正社員は勤務地、職務又は労働時間の限定の程度が様々であることから、多様な正社員の賃金等の処遇について、いわゆる正社員と比較していかなる水準が望ましいか一律に判断することは難しいが、企業ごとに労使で十分に話し合い、納得性のある水準とすることが望ましいこと。

雇用管理上の留意事項では、「労働契約法第3条第2項では、労働契約は就業の実態に応じて、均衡を考慮しつつ締結し、又は変更すべきとしているが、これには、いわゆる正社員と多様な正社員の間の均衡も含まれる。同項を踏まえて、多様な正社員についていわゆる正社員との均衡を図ることが望ましい」としている。

労働契約の基本的な理念及び労働契約に共通する原則を規定する労働契約法第3条のうち、第2項は様々な雇用形態や就業実態を広く対象とする「均衡考慮の原則」を規定していることから、多様な正社員といわゆる正社員の間の処遇の均衡にも、かかる原則は及ぶものであることに留意が必要であること。

3 転換制度について

非正規雇用の労働者から多様な正社員への転換、いわゆる正社員と多様な正社員の間の転換のいずれについても、個別労働関係紛争の発生を未然に防止しつつ、人材活用を図っていく観点から、転換ルールを就業規則等に定め、社内制度として明確にすることが望ましいこと。

特に、いわゆる正社員と多様な正社員との間の転換については、労働者のワーク・ライフ・バランスの支援等のため、いわゆる正社員から多様な正社員への転換制度を設ける場合、対象者のキャリア形成支援等のため、いわゆる正社員への再転換制度を併せて設けることが望ましいこと。

雇用管理上の留意事項では、「労働契約法第3条第3項では、労働契約は労働者及び使用者が仕事と生活の調和に配慮しつつ締結し、又は変更すべきものであることを規定しており、これには転換制度も含まれる。同項を踏まえて転換できるようにすることが望ましい」としている。

労働契約の基本的な理念及び労働契約に共通する原則を規定する労働契約法第3条のうち、第3項は様々な雇用形態や就業実態を広く対象とする「仕事と生活の調和への配慮の原則」を規定していることから、いわゆる正社員と多様な正社員との間の転換にも、かかる原則は及ぶものであることに留意が必要であること。

4 事業所閉鎖や職務の廃止等の場合の対応について

雇用管理上の留意事項では、事業所閉鎖や職務の廃止等の場合における整理解雇について、勤務地や職務の限定が労働契約等で明確化されていれば直ちに解雇が有効となるわけではなく、裁判例をみても整理解雇法理を否定するものではないことを示した上で、整理解雇法理又はこれに準拠した枠組みで判断する例が多い傾向がみられるとしている。その上で、解雇の有効性は人事権の行使の実態や労働者の期待に応じて判断される傾向があることを示している。

したがって、多様な正社員の整理解雇をめぐる個別労働関係紛争を未然に防止する観点から、使用者には、事業所廃止等に直面した場合、配置転換を可能な範囲で行うことに留意することが必要であること。

また、雇用管理上の留意事項では、「能力不足解雇について、能力不足を理由に直ちに解雇することは認められるわけではなく、高度な専門性を伴わない職務限定では、改善の機会を与えるための警告に加え、教育訓練、配置転換、降格等が必要とされる傾向がみられる。他方、高度な専門性を伴う職務限定では、警告は必要とされるが、教育訓練、配置転換、降格等が必要とされない場合もみられる」としている。

多様な正社員の能力不足解雇をめぐる個別労働関係紛争を未然に防止する観点から、使用者は、改善の機会を与えるために警告を行うとともに、可能な範囲で教育訓練、配置転換、降格等を行うことにより解雇を回避できないか留意することが必要であること。

「多様な正社員」の普及・拡大のための有識者懇談会報告書

平成26年7月

多様な正社員の普及・拡大のための有識者懇談会報告書

目次

はじめに ~労働市場の現状と「多様な正社員」の普及の必要性~

Ⅰ 多様な正社員の現状

1 多様な正社員の導入状況

2 多様な正社員の導入理由

3 就業規則や労働契約における限定の内容の明示

4 処遇

5 転換制度

6 教育訓練

7 労使コミュニケーション

8 雇用保障

9 多様な正社員の解雇の裁判例分析

Ⅱ 多様な正社員の円滑な活用のために使用者が留意すべき事項と促進するための方策

1 多様な正社員の効果的な活用が期待できるケース

(1) 勤務地限定正社員

(2) 職務限定正社員

(3) 勤務時間限定正社員

2 労働者に対する限定の内容の明示

(1) 限定の内容の明示の必要性

(2) 限定の内容の明示の促進策

3 事業所閉鎖や職務の廃止等の場合の対応

(1) 整理解雇

(2) 能力不足解雇

4 転換制度

(1) 転換の仕組みの社内制度化の必要性

(2) 転換制度の促進策

5 処遇

(1) 均衡処遇の必要性

(2) 賃金

(3) 昇進・昇格

(4) 均衡処遇の促進策

6 いわゆる正社員の働き方の見直し

7 人材育成・職業能力評価

8 制度の設計・導入・運用に当たっての労使コミュニケーション

おわりに

(別紙1)

雇用管理上の留意事項

1 多様な正社員の活用が考えられるケース

2 制度の設計・導入・運用に当たっての労使コミュニケーション

3 労働者に対する限定の内容の明示

4 処遇(賃金、昇進・昇格)

5 転換制度

6 人材育成・職業能力評価

7 事業所閉鎖や職務の廃止等の場合の対応

8 いわゆる正社員の働き方の見直し

(別紙2)

就業規則、労働契約書の規定例

(参考)高度専門職のキャリア形成の事例

(参考)

「多様な正社員」の普及・拡大のための有識者懇談会 開催要綱、参集者名簿

「多様な正社員」の普及・拡大のための有識者懇談会 開催状況

はじめに ~労働市場の現状と「多様な正社員」の普及の必要性~

我が国における働き方については、雇用が安定し、勤続に応じた職業能力開発の機会や相対的に高い賃金等の処遇が得られる一方で、職務や勤務地の変更が幅広く行われ、所定外労働を前提とした長時間労働がみられる「いわゆる正社員」と、職務の変更の幅が狭く、勤務地は同一で所定外労働を命じられることは少ない一方で、有期労働契約の反復更新の中で雇止めの不安を抱え、職業能力開発の機会が少なく、相対的に賃金が低く昇給の機会も少ない「非正規雇用の労働者」との二極化をめぐる指摘がなされるようになって久しい。

高度経済成長期以後、大企業を中心に、いわゆる正社員の長期雇用慣行を基軸として、経営環境の変化に対応した労働力や人件費の調整のために非正規雇用の労働者を配置することで、生産性の向上と柔軟性の確保を図る人事労務管理が定着してきた。

しかしながら、その後の経済成長率が趨勢的に低下する中で、いわゆる正社員については、長期雇用慣行を維持しつつ、新規採用の絞り込みや人事評価の厳格化等が進んできた。その一方で、非正規雇用の労働者については、その比率が90年代後半から2000年代前半にかけて増加し、以降現在まで緩やかに増加しており、こうした非正規雇用の労働者の中には、若者を中心として正社員の仕事がないために非正規雇用で働いている者もいる。

同時に、女性の社会進出や、それに伴う共働き世帯の増加等に伴い、仕事と生活の調和を求めるなど労働者の就業意識が多様化し、二極化した働き方の見直しが求められるようになっている。

また、今後、労働力人口が一層減少していく中で、我が国の社会経済が活力を維持するためには、女性や高齢者など、育児や介護あるいは体力的な事情のために希望する働き方に時間や地域的制約を伴うことの多い人々においても、その職業キャリアを継続、発展させる中で、能力を発揮できるようにすることが求められるようになっている。

企業の人事労務管理においても、いわゆる正社員と非正規雇用の労働者に二極化した雇用ポートフォリオを見直し、職務や勤務地の変更の幅を限定した無期契約労働者の区分を設けるとともに、異なる雇用管理区分への転換制度を設ける動きの広がりがみられるようになっている。また、改正後の労働契約法(平成19年法律第128号)に基づき通算5年超の有期契約労働者が無期に転換することにより、職務や勤務地等を限定した無期契約労働者の増加が見込まれる。

同時に、経済のグローバル化が進み企業の競争環境が厳しさを増すとともに、技術革新や消費者のニーズの変化が早くなり、不確実性が増大する経営環境の中で、市場の求める付加価値を産み出すため、プロジェクトの遂行等に必要とされる専門的知識を持った労働者を中途採用するといった動きも見られるようになっている。

このような状況の中で、働き方の二極化を緩和し、労働者一人ひとりのワーク・ライフ・バランスと、企業による優秀な人材の確保や定着を同時に可能とするような、労使双方にとって望ましい多元的な働き方の実現が求められている。そして、そうした働き方や雇用の在り方の一つとして、職務、勤務地、労働時間を限定した「多様な正社員」の普及を図ることが重要となっている。

しかしながら、長い年月をかけて形成され定着してきた伝統的な人事労務管理から、多様な正社員を含む多元的な人事労務管理への転換は、企業労使にとって様々な困難や試行錯誤を伴うものであり、課題が多い。

このため、本懇談会では、企業及び労使団体へのヒアリングを行うとともに先行調査の精査により多様な正社員の導入の現状を改めて確認した上で、多様な正社員の採用から退職に至る雇用管理をめぐる様々な課題への対応を検討し、労使等関係者が参照することができるよう雇用管理上の留意事項等について整理するとともに、多様な正社員の普及・拡大のための今後の政策に向けた提言を行った。

Ⅰ 多様な正社員の現状

1 多様な正社員の導入状況

「非正規雇用のビジョンに関する懇談会」(座長:画像1 (1KB)別ウィンドウが開きます
口美雄慶應義塾大学商学部長(当時))では、労働契約の期間の定めがない、所定労働時間がフルタイムである、直接雇用である者を原則として「正規雇用」とし、そのうち職務、勤務地、労働時間等が限定的でない正社員を「典型的な正規雇用」とし、いずれかが限定的な正社員を「多様な正社員」としている。

「『多様な形態による正社員』に関する研究会」(座長:佐藤博樹東京大学大学院情報学環教授(当時))報告書(以下「研究会報告書」という。)によれば、多様な形態による正社員の雇用区分を導入している企業は約5割である。このうち、職務限定正社員区分を導入している企業は約9割、勤務地限定正社員区分を導入している企業は約4割、労働時間限定正社員区分を導入している企業は約1~2割である。

また、独立行政法人労働政策研究・研修機構(以下「JILPT」という。)「『多様な正社員』の人事管理に関する研究」(以下「JILPT報告書」という。)によると、「限定正社員」(包括的な人事権には必ずしも服さない、働き方に限定のある正社員をいう。)を導入している事業所の割合は47.9%である。職務限定正社員がいる事業所は23.0%で、これに一般職社員(主として事務を担当する職員で、概ね非管理職として勤務することを前提としたキャリアトラックが設定された社員であって、事実上職務限定で勤務地限定と思われる正社員)がいる事業所32.8%も加えると43.5%となる。勤務地限定正社員がいる事業所は11.6%で、これに一般職社員がいる事業所も加えると37.5%となる。所定勤務時間限定社員がいる事業所は5.7%となっている。

本懇談会における企業及び労使団体ヒアリング(製造業1社、建設業1社、金融・保険業2社、小売業2社、旅行業1社、飲食業1社の計8社及び労使団体2団体に対して実施。以下、単に「企業ヒアリング」という。)によると、勤務地限定正社員は広く活用されていることが確認されたが、職務限定正社員については、資格を必要とする職務、高度な専門性を必要とする職務、他の職務と明確に区分できる職務等で活用されているが、その活用例は研究会報告書に示された結果と比べて、比較的少なかった。JILPT報告書によると、職務限定正社員がいる事業所は、医療・福祉業(52.9%)、教育・学習支援業(39.5%)、運輸・郵便業(33.3%)等の分野で多くなっている。我が国においては一般に職務の範囲が必ずしも明確でない中で、研究会報告書では、比較的職務の範囲が広い者も職務限定正社員に含まれて計上されていることが考えられる。

勤務時間限定正社員は活用例が比較的少ないが、これは、いわゆる正社員の働き方が時間外労働を前提とされており、その見直しが難しい等の理由によるものと推測される。

事務局が個別に企業からヒアリングを行った結果によれば、例えば、金融業や情報サービス業の外資系企業やグローバル企業においては、職務限定正社員のうち特に高度な専門性を必要とする分野で、新たな知見が必要とされ企業内で人材育成する環境が整っていない等の場合に、新規学卒者を採用して企業で育成するのではなく、エージェントを活用してヘッドハンティング等により外部労働市場から即戦力としての能力を期待して採用される者がみられる。これらの労働者のキャリア展開をみると、企業内で人材育成する環境が整っていない等の場合に、エージェントを活用してヘッドハンティング等により採用が行われ、必ずしも長期雇用が前提とされておらず、労働者本人の希望で期間を定めた雇用契約とする場合もみられ、企業横断的にキャリア・アップを行うなど、我が国の典型的な正社員とは異なる。また、職務の内容はジョブ・ディスクリプションやオファーレターにおいて明示され、処遇も一般の正社員よりも高い。

具体的には、金融業の投資部門において資金調達業務やM&Aアドバイザリー業務などに従事する専門職や証券アナリスト、情報サービス業でビッグデータの分析活用に関する技術開発を行うデータサイエンティスト、1人で巨額の受注を扱う営業職のエキスパート等がこれに該当する。

2 多様な正社員の導入理由

企業ヒアリング等によると、企業が勤務地限定正社員をはじめとする現在の多様な正社員を導入する主な理由として、以下のようなものが挙げられている。

① 優秀な人材を確保するとともに、従業員の定着を図るため

② 仕事と育児・介護や自己啓発等の生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)を支援するとともに、女性社員が幅広い職務に従事できるような環境整備のため

③ 安定した雇用の下でのものづくり技能の安定的な継承のため

④ 地域のニーズに根ざした事業展開のため

また、多様な正社員を導入した結果として、給与水準の地域相場を反映した人件費の適正化や雇用の維持も可能となった事例もみられた。

他方で、多様な正社員を導入していない企業が挙げた理由としては、以下のようなものが挙げられている。

① いわゆる正社員はそもそも多様な働き方が可能であるため

② 新たな区分を設けると労務管理が煩雑になるため

③ 非正規雇用の労働者を積極的に活用すれば足りるため

④ 全事業所が転居を伴わない範囲内に立地しており、必要性に乏しいため

3 就業規則や労働契約における限定の内容の明示

研究会報告書によると、就業規則や労働契約において職務や勤務地を限定している企業は多くはなく(職務限定については約5割、勤務地限定については約3割)、就業規則や労働契約では職務や勤務地を限定していないが実際には職務や勤務地を限定している企業も多い(職務限定、勤務地限定ともに約5割)。

また、個々の企業をみても、就業規則や労働契約で職務や勤務地を定めていても、それが当面のものであるのか、あるいは将来にわたって限定されたものであるのかが不明である場合も多い。

また、就業規則や労働契約で職務や勤務地が限定されていても、その限定の仕方については多様である。例えば勤務地限定については、勤務地を一定地域内に限定するもの、通勤可能な地域に限定するもの、特定の事業所に限定するものなど、企業によって異なる。

なお、企業ヒアリングでは、就業規則に雇用区分とその定義(職務や勤務地の限定など)を定め、辞令その他の方法で個々の労働者に明示する場合が見られた。

4 処遇

(1) 賃金

企業ヒアリングや研究会報告書によると、勤務地限定正社員をはじめとする現在の多様な正社員の賃金水準は、いわゆる正社員の賃金水準に比べて8割~9割超とする企業が多い。

また、企業ヒアリングによると、多様な正社員に対していわゆる正社員と異なる賃金テーブルを適用する企業が多いが、いわゆる正社員と同じ賃金テーブルとしつつ、いわゆる正社員に対しては転居を伴う異動の負担の可能性に対する手当を支給することで、多様な正社員といわゆる正社員との間で賃金に差を設けている企業が見られた。

いわゆる正社員で実際には転勤しない者がいる場合や、多様な正社員の職務の内容がいわゆる正社員の職務の内容とあまり変わらない場合には、多様な正社員が賃金について不満を持つとの指摘がある。他方、いわゆる正社員について海外転勤など負担が大きい場合で多様な正社員との賃金水準の差が小さいときには、いわゆる正社員に不満が生じるとの指摘がある。

(2) 昇進・昇格

企業ヒアリングや研究会報告書によると、多様な正社員について、いわゆる正社員と比して昇進のスピードを遅くしたり、また昇進に上限を設けるなど差を設ける場合が多い。企業ヒアリングによると、勤務地限定正社員について、転勤の有無による経験の差や、勤務地限定正社員の所属する地域や事業所におけるポストの状況等により、昇進のスピードや上限についていわゆる正社員との間に差が生じるとする企業もあった。

他方、企業ヒアリングによると、多様な正社員がいわゆる正社員に転換すれば昇進の上限がなくなるとする企業や、昇進のスピードや上限がいわゆる正社員と同一とする企業もみられた。

5 転換制度

(1) 非正規雇用の労働者から多様な正社員への転換制度

研究会報告書によると、転換制度又は転換の慣行がある企業は5割程度である。

担当する業務が正社員と変わらず基幹的な役割を担う非正規雇用の労働者がいる企業では、転換制度がある割合が若干高い。限定の類型では勤務地限定正社員で転換制度がある割合が高い。

企業ヒアリングや研究会報告書によると、本人からの申出に基づく転換制度と、企業側からの申出に基づく転換制度とがあり、いずれも勤続期間、勤務評価、面接、試験に合格することを要件とする場合が多い。

企業ヒアリングによると、転換制度があっても、多様な正社員に転換すると責任が重くなること等を理由に転換希望者が少ないとする企業がみられた。

なお、昨今、非正規雇用の労働者を多く雇用するサービス業を中心に、人材の確保や定着のために、非正規雇用の労働者を多様な正社員に転換する動きが活発化している。

(2) 多様な正社員からいわゆる正社員への転換制度

研究会報告書によると、転換制度がある企業は7割程度で、労働者本人の希望に基づくものが42%、企業側の申出に基づくものが35%である。特に、金融・保険業で、労働者本人の希望に基づいて転換できる制度がある企業が76%と多い。限定の類型では、勤務地限定正社員について労働者本人の希望に基づく転換制度がある企業が61%と多い。

企業ヒアリングや研究会報告書によると、労働者本人からの申出に基づく転換制度と、企業側からの申出に基づく転換制度とがあり、いずれも上司による推薦、選考への合格、転換後の仕事に必要なスキルを有すること、勤務成績、勤続年数等を要件とする企業が多い。

企業ヒアリングによると、転換制度があっても、いわゆる正社員に転換すると職務の範囲が広がること、責任が重くなること等を理由に転換を希望しない労働者も多いとする企業もみられた。

(3) いわゆる正社員から多様な正社員への転換制度

研究会報告書によると、転換制度がある企業は7割程度で、労働者の希望に基づくものが48%、企業側の申出に基づくものが36%である。特に、金融・保険業で労働者本人の希望に基づいて転換できる制度がある企業が76%と多い。

企業ヒアリングや研究会報告書によると、転換の要件としては、上司による推薦、勤務成績、勤続年数等を要件とする場合が多い。

企業ヒアリングによると、転換制度がなくても、育児や介護等の事情を持つ労働者について個別に対応する企業もみられた。

いわゆる正社員と多様な正社員との間の転換が何度も認められる企業もある一方で、キャリア形成の観点から、いわゆる正社員から多様な正社員への転換の回数を限定する企業もみられた。

6 教育訓練

企業ヒアリングでは、多様な正社員についてもいわゆる正社員と同様の職業能力開発の機会を与えるとする企業が多かった。他方、研究会報告書によると、多様な正社員では、業務の必要に応じてその都度能力を習得させるとする企業が39%と最も多く、長期的な視点で計画的に幅広い能力開発を行う企業は31%となっている。

このように多様な正社員について長期的な能力開発を行う企業の割合が高くないのは、いわゆる正社員と比して職務の変更の範囲を限定するとともに、昇進・昇格の上限を設けたり、昇進・昇格のスピードを遅くするなど、いわゆる正社員とは異なるキャリアとして扱っているためではないかとの指摘がある。

7 労使コミュニケーション

企業ヒアリングや研究会報告書によると、多様な正社員について、労働組合や従業員の要望を受けて制度を導入している事例、制度導入に当たって労働組合や労働者の代表と事前に協議している事例、従業員に対して十分に情報提供を行っている事例が多い。また、制度導入後も、多様な正社員制度を含めた労務管理について定期的に労使で話し合う機会を設けている企業が多い。

なお、昨今、有期契約労働者が正社員と同一の労働組合に加入することを可能とする動きもみられる。

8 雇用保障

研究会報告書によると、事業所閉鎖時等の人事上の取扱いについて労働契約や就業規則で定めている割合は、いわゆる正社員が32%に対し、多様な正社員が33%と大差はない。また、多様な正社員側の意識をみても、いわゆる正社員と同水準の雇用保障を求める者が8割と多い。

企業ヒアリングやJILPT報告書によると、企業が事業所閉鎖時等の人事上の取扱いの定めをしないのは、そもそも事業所閉鎖を前提とした雇用管理をしないこと、解雇することを明確化すると人材が確保できないこと、多様な正社員のモチベーションが下がること、事業所閉鎖時の人員調整を考えるに当たっては非正規雇用で対応するといった理由による。

事業所閉鎖時には、他の事業所への配置転換を打診し、本人が配置転換を希望すれば配置転換し、希望しなければ会社都合退職(合意解約)とする企業が多い。

9 多様な正社員の解雇の裁判例分析

(1) 整理解雇

整理解雇が解雇権濫用に該当しないか否かの判断については、整理解雇法理(4要件・4要素による判断枠組み)が確立している。

多様な正社員、とりわけ勤務地又は職務が限定されている労働者については、そうした限定ゆえに、4要件・4要素の中でも特に「解雇回避努力」が課されるのか否か、また課されるとした場合、その範囲が狭まるのか否かという点が関心を集めてきた。

JILPTにおいて、解雇権濫用法理が確立されたとされる高知放送事件最高裁判決(最二小判昭和52年1月31日)以後の多様な正社員に対する整理解雇及び能力不足解雇の裁判例のうち、裁判所が明示的又は黙示的に限定性を認めているものについて分析した。

当該裁判例分析によれば、裁判例が限られており確定的なことは言えないものの、限定があることゆえに整理解雇法理の適用を否定する裁判例はなく、整理解雇法理又はこれに準拠した枠組みで判断するものが多い傾向がみられる。限定があることゆえに解雇回避努力が限定されるわけではないと判示している裁判例もある。

勤務地のみの限定については、裁判所が明示的に限定を認定している事案であるか、採用の目的、就労実態等から黙示的に限定を認めている事案であるかにかかわらず、整理解雇法理又はこれに準拠した枠組みで判断されている傾向が認められる。

他方、職務限定については、裁判所が明示的に限定を認定している事案であるか、裁判所が黙示的に限定を認めている事案であるかにかかわらず、整理解雇法理又はこれに準拠した枠組みで判断しているものと、整理解雇法理に基づく判断枠組みとは異なる判断枠組みを用いたと解しうるものとが見られる。このような整理解雇法理に基づく判断枠組みに影響を与えるのは、その職務が高度な専門性、それに応じた高い職位や処遇を伴う場合が多い傾向にある。

限定があることゆえに整理解雇法理による判断に与える影響をみると、4要件・4要素のうち、特に具体的な影響が認められるのは、解雇回避努力である。

職務の廃止や事業所閉鎖の場合に、職務や勤務地が限定されていれば直ちに解雇回避努力が不要とされるものではなく、配置転換が可能な範囲の広さに応じて、使用者に求められる同一の企業内での雇用維持のための解雇回避努力の程度も異なってくると考えられる。

勤務地のみの限定については、そもそもその限定が解雇回避努力の判断に与える影響はあまり大きくない傾向がみられる。また、職務が限定され、その限定された職務が高度な専門性や高い職位を伴わない場合、あるいは当該職務が他の職種の職務と差異が小さい場合には、解雇回避努力として配置転換が求められる範囲が広くなる傾向がみられる。

他方、職務が限定され、その職務が高度の専門性や高い職位を伴う場合、あるいは当該職務が他の職種の職務と明確な差異がある場合には、解雇回避努力の内容として、配置転換に限られず、退職金の上乗せ、再就職支援等をもって解雇回避努力を尽くしたとされる場合がある。

また、過去に配置転換が行われていたなど人事権が幅広く行使されている場合には解雇回避努力としての配置転換が求められる傾向がみられるが、過去に配置転換が行われたことがない場合には解雇回避努力としての配置転換が必ずしも求められないという傾向がみられる。

このほか、同一企業内での雇用維持のための解雇回避努力の程度については、限定された職務の範囲や勤務地の範囲、採用後に配置転換が行われたこと等による労働者の雇用継続に対する期待、それとは逆に部門間で配置転換がなされたことがなく契約の内容が遵守されている状況など限定の拘束度の程度により異なる判断がなされると考えられる。

こうした解雇回避努力の判断に影響を与え得ることについては、同一の企業内で高い専門性や処遇にふさわしい配転先をみつけることが困難であること、高度の専門性を伴う場合自ら他に転職する可能性が高いこと等の理由によるものと考えられる。

また、職務の限定が解雇回避努力の判断に影響を与える場合であっても、解雇の効力については、解雇回避努力の有無のみで判断されるものではなく、特に近年4要素の総合判断による裁判例が傾向的に増加する中で、各項目の充足度に応じて判断がなされる傾向がみられる。

裁判例の分析からは、人員削減の必要性や被解雇者選定の妥当性については、「業務内容」が「正職員」と異なることを人員削減の必要性を裏付ける要素としている例や、職務限定の合意が一定の場合に人選の「合理性」を満たす上での考慮要素とされている例もあり、限定の内容や程度が影響する場合もあると考えられる。

限定があることが人員削減の必要性や被解雇者選定の妥当性に影響を与え得るのは、特定の部門や事業所を廃止し、その部門や事業所の労働者全員を解雇する場合であって、上記の解雇回避努力と同様に、限定された職務が高度の専門性や高い職位を伴う、あるいは当該職務が他の職種の職務と明確な差異があること等の理由により、ふさわしい配転先をみつけることが困難であるときに限られる傾向にあるとも考えられるが、なお慎重に考えるべきである。

また、裁判例からは、解雇の手続の妥当性については、職務や勤務地の限定は影響しない傾向がみられる。

(2) 能力不足解雇

能力不足解雇が解雇権濫用に該当しないか否かの判断については、整理解雇法理のような判断枠組みは確立されていないが、職務が限定されていない無期契約労働者について能力不足を理由に直ちに解雇し、紛争となった場合、解雇権濫用とされる傾向がみられ、教育訓練や警告により改善のチャンスを与え、それでも改善の見込みが無い場合には解雇が有効と認められる傾向がみられる。

JILPTの能力不足解雇に関する裁判例の分析においても、限定があるゆえに直ちに解雇が有効であるとされているわけではなく、限定が無い場合と同様に警告により改善のチャンスを与えることが必要とされる傾向が認められる。また、限定された職務が高度な専門性や高い職位を伴わない場合には、限定が無い場合と同様にその職務に必要な能力を習得するための教育訓練の実施や警告による改善のチャンスを与える必要があると判断される傾向がみられる。

一方、中途採用で限定された職務が高度な専門性や高い職位を伴う場合には、警告は必要とされるものの、高い能力を期待して雇用していることから、その職務に必要な能力を習得するための教育訓練の実施は必ずしも求められないという傾向がみられる。

Ⅱ 多様な正社員の円滑な活用のために使用者が留意すべき事項と促進するための方策

上記Ⅰを踏まえ、多様な正社員の円滑な活用のために使用者が留意すべき事項と促進するための方策について、以下のとおり提言するものである。

なお、本懇談会における労使団体からのヒアリングにおいて、労働者団体からは、多様な正社員が非正規雇用からのステップアップのために労使の理解の下に活用されるなら問題ないが、「解雇しやすい正社員」を作り出す意図の下に推奨されるなら問題であるとの意見が示された。また、使用者団体からは、相互転換や処遇の在り方について法律で画一的に方向付けられることは、労使の自由な取組を阻害するおそれがあるとの懸念が示された。

今後、多様な正社員の普及・拡大に取り組むに当たっては、こうした見解にも意を払いつつ、労使双方の理解と納得を得ながら進めていく必要がある。

1 多様な正社員の効果的な活用が期待できるケース

企業が多様な正社員を円滑に導入、運用するため、以下のような活用方策や留意事項が考えられる。

ただし、多様な正社員は勤務地や職務等の限定の仕方や処遇が多様であり、また、企業によって人事労務管理、経営状況等、事情は様々であることから、多様な正社員の制度を導入するか否か、また、制度を導入する場合にどのような制度とするかについては、各企業において労使で十分に話し合うことが必要である。

(1) 勤務地限定正社員

育児、介護等の事情により転勤が困難な者や地元に定着した就業を希望する者について、就業機会の付与とその継続、能力の発揮を可能とする働き方として、有能な人材の採用や定着の促進に資すると考えられる。特に、人材の確保や定着に課題を抱える企業での活用も考えられる。

また、改正後の労働契約法によるいわゆる無期転換ルールによる転換後の受け皿としての活用が考えられ、特に小売業、サービス業等、非正規雇用の労働者が多く従事していると同時に労働力の安定的な確保が課題になっている分野の企業の人材確保に資すると考えられる。

コース別雇用管理において定型的な事務等を行い、勤務地も限定されている「一般職」が多く従事する分野で、職務の範囲が狭い一般職に、より幅広い職務や高度な職務を担わせ、意欲や能力の発揮につなげるために活用できる働き方である。金融業等、一般職が多い分野での職務の範囲が狭い一般職に替わる人材活用に資すると考えられる。

製造業等グローバル展開が進展している分野において、海外転勤が可能な者と海外転勤が困難な者とを区分し、確保するための活用が考えられる。

競争力の維持のために安定した雇用の下での技能の蓄積、継承が必要な生産現場において、非正規雇用の労働者の転換の受け皿として活用が考えられる。

地域のニーズにあったサービスの提供や顧客の確保が可能となりえる。多店舗展開するサービス業での活用が考えられる。

なお、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(昭和47年法律第113号。以下「男女雇用機会均等法」という。)により、労働者の募集、採用、昇進、職種の変更において、合理的な理由なく転居を伴う転勤に応じることを条件とすることは間接差別に該当する。いわゆる正社員について、転勤の必要性についての合理的な理由の説明が必要である。また、コース別雇用管理は、性別によって異なる取扱いを行うものではない限り、男女雇用機会均等法上の問題はないが、その運用において男女で異なる取扱いがなされている場合等も見られるため、その適正かつ円滑な運用に資するよう、留意することが必要である。

(2) 職務限定正社員

例えば金融業の投資部門において資金調達業務やM&Aアドバイザリー業務などに従事する専門職や証券アナリスト、情報サービス業でビッグデータの分析活用に関する技術開発を行うデータサイエンティスト等、特に高度な専門性を必要とし、新規学卒者を採用して企業で育成するのではなく、外部労働市場からその能力を期待して採用し、職務の内容がジョブ・ディスクリプション等で明確化され、必ずしも長期雇用を前提としておらず、企業横断的にキャリア・アップを行うなど、我が国の典型的な正社員とは異なるプロフェッショナルとして活用されているが、産業構造の高度化が進む中で一層重要性を増していくものと考えられる。

また、医療福祉業、運輸業などで資格が必要とされる職務、同一の企業内で他の職務と明確に区分することができる職務などで活用されているが、高齢化やサービス経済化の進展に伴って一層重要性を増していくものと考えられる。その他、ゼネラリストではなく特定の職務のスペシャリストとしてキャリア・アップさせることも考えられる。

また、一般に職務が限定されている非正規雇用の労働者が、継続的なキャリア形成によって特定の専門的な職業能力を習得し、それを活用して自らの雇用の安定を実現することを可能とする働き方としても考えられる。

他方、工場における技能労働者、店舗における販売員、一般職等については、総合職と比して職務の範囲が狭いが、教育訓練等によって他の職務に転換させることも可能であり、また、必ずしも職務が限定されているとは言えない場合もみられる。

また、大企業のホワイトカラー労働者についても、人事、経理等の特定の職能の職務に従事する場合が多いが、キャリア形成や事業の必要性のために、他の職能を経験させるなど柔軟な人事配置が行われ、必ずしも職務が特定されているとは言えない場合もみられる。

職務限定については、当面の職務を限定する場合と、将来にわたって職務を限定する場合とがある。欧米において、例えばアメリカでは、職務記述書に職務の内容を詳細に記述することが広く行われているが、近年は、人事管理の柔軟性の確保のため、職務の幅や階層の大括り化(ブロードバンディング)の動きもみられ、大括り化された職務や階層の範囲内での異動が可能となっている。こうした動向にもかんがみれば、高度な専門性を伴わない職務に限定する場合には、職務の範囲に一定の幅を持たせた方が円滑な事業運営やキャリア形成への影響が少ない点にも留意が必要と考えられる。

(3) 勤務時間限定正社員

育児、介護等の事情により長時間労働が困難な者に就職、就業の継続、能力の発揮を可能とする働き方として、有能な人材の採用や定着の促進に資すると考えられる。特に、人材の採用や定着に課題を抱える企業での活用も考えられる。

育児、介護等の他、キャリア・アップに必要な能力を習得するために勤務時間を短縮することが必要な者が活用することが考えられる。

現状において勤務時間限定正社員は活用例が比較的少ないが、勤務時間限定正社員となる労働者に対するキャリア形成の支援、職場内の適切な業務配分、職場の人員体制の整備、長時間労働を前提としない職場づくり等の取組が行われることが必要である。

2 労働者に対する限定の内容の明示

(1) 限定の内容の明示の必要性

労使双方が職務や勤務地の限定があると認識している場合や、労使双方が限定が無いと認識している場合、あるいは限定の内容について認識が一致している場合には、限定をめぐって争いにはならず、例えば解雇の裁判例においても、解雇事由の有無自体が争われ、裁判所も限定の有無については判断を行わない。労使間で職務や勤務地の限定をめぐる争いが生じるのは、使用者が限定の有無や内容について曖昧に運用し、労使のいずれかが限定があると認識し、他方が限定が無いと認識している場合や、限定の内容について労使の認識が一致していない場合である。

JILPTの裁判例分析において、労働契約書等において職務や勤務地を明示しても、それ自体で限定が認められるとは必ずしも言えず、採用の目的、就労の実態等と併せて総合判断した上で、限定の有無について判断がなされる傾向にある。これは、労働契約書の記載内容が、職務や勤務地は明示しているものの、それが当面のものか、将来的にも限定されたものか明示していない場合や、限定の有無や内容が異なる労働者について同一の就業規則の規定が適用される場合など、労働契約の成立時における労働契約書や就業規則の職務や勤務地の記載などのみで限定の有無を判断することは難しいことも影響していると考えられる。

職務や勤務地の限定をめぐる紛争を未然に防止し、将来の予測可能性を高める一助として、限定がある場合はその旨と限定の内容について当面のものか、将来的にも限定されたものか明示していくことは重要であると考えられる。

また、限定がある場合にはその旨と限定の内容について明示することにより、限定の内容が曖昧である場合と比べ、労働者にとってキャリア形成の見通しがつきやすくなること、ワーク・ライフ・バランスを図りやすくなること、企業にとっても優秀な人材を確保しやすくなること等から、限定の内容について明示を進める必要がある。ただし、いわゆる正社員と多様な正社員とのキャリアが固定されてしまうとの懸念もあることから、併せて転換制度の整備やその周知にも取り組むことが重要である。

また、企業が有する事業所が一のみの場合であっても、将来的に事業所が増設されることも想定される等の場合は、事業所が一のみであるゆえに直ちに限定ありと判断されないことに留意が必要である。この場合、状況が変更したときに、限定の有無について労使間であらためて決定することは紛争回避の観点から重要である。

なお、前述のとおり、限定が認められる場合でも、限定された職務が高度な専門性や高い職位を伴わない場合や、勤務地限定の場合、過去に配置転換を行ったことがあるなど、行使される人事権の範囲が実態として広い場合など、配置転換が可能な範囲の広さに応じて、雇用維持のための解雇回避努力の程度は異なる傾向がみられる。これと同様に、限定がある場合、その旨と限定の内容を明示した場合であっても、解雇の有効・無効の判断に当たっては、職務や勤務地の限定の合意に従った運用がなされていたか、労働者の限定についてどの程度の期待をもたせていたか等、限定の合意の拘束度や人事権の広さの範囲に応じ解雇回避努力が求められる。

なお、限定の明示とは異なるが、例えば、企業が勤務地や職務等が限定された正社員を導入していること、勤務地等が限定されることによるキャリアへの影響、処遇等に関する情報が公表され、労使当事者以外の第三者にも伝わることになれば、将来、採用活動を行う場合にも、求職者が企業を評価する有利な情報となり得る。

(2) 限定の内容の明示の促進策

紛争の未然防止にとどまらず、労働者のキャリア形成支援やワーク・ライフ・バランスの実現のために、職務や勤務地の限定がある場合に限定の内容について使用者から労働者に明示が行われることが重要である。明示により労使間で限定の内容について認識が共有されるようにするため、以下の①や②のような対応が考えられるところである。

① 労働基準法(昭和22年法律第49号)等において、限定がある場合はその内容を就業規則で定めるとともに、労働契約の締結や変更(転換)の際に、限定がある場合はその内容について労働者に書面で明示することを義務付ける。

② 労働契約法において、労働契約の締結や変更の際に、限定がある場合は限定の内容について労働者に書面で確認することを明記し、明示を奨励する。

①については、その違反に対する労働基準監督署による監督指導や罰則により履行確保を図ることが可能であるため、限定についての明示を普及・徹底させる観点から、最も効果が高い方法であると解される。

しかしながら、限定についての明示の運用が定着していない中で明示の義務付けを行うことは、使用者の実務に混乱を与えるおそれがあり、使用者が人事の柔軟性を維持するために「限定無し」の明示をすることを促進してしまい、結果として、多様な正社員の活用が阻害されてしまうおそれもある。

②については、現行の労働契約法第4条でも、労使は労働契約の内容をできる限り書面で確認するものとするとしている。これは訓示的な規定であり、公法上も私法上も強制力はなく、人事労務管理上の柔軟性とも両立し得る一方で、企業コンプライアンス上の指針となるため、限定についての明示の促進に資すると考えられる。そして、現行の労働契約法第4条による書面による確認事項には、職務や勤務地の限定も含まれることから、このことについて、労働契約法の解釈を含め雇用管理上の留意事項等に定め通知するなど様々な機会や方法を捉えて周知することが考えられる。

まずは②について解釈を示し、将来的に労働契約法を改正する場合には、限定についての明示について規定することを検討することが考えられる。また、将来的には、限定の明示が定着してきた段階で、労働基準法に基づく義務化を検討することが考えられる。

また、労使当事者間での限定の明示を促進するため、また、これに加えて求職者の円滑な求職活動や労働移動に資するため、限定の内容を対外的に公表する企業を好事例として紹介したり表彰することや、現行の次世代育成支援対策推進法(平成15年法律第120号)に基づく行動計画策定指針(平成21年国家公安委員会、文部科学省、厚生労働省、農林水産省、経済産業省、国土交通省、環境省告示第1号)の雇用環境の整備に関する事項に「勤務地、担当業務等の限定制度の実施」の規定があり、これに基づき制度化し、一般事業主行動計画に位置づけて公表することが考えられる。また、助成措置の対象とすることが考えられる。

3 事業所閉鎖や職務の廃止等の場合の対応

(1) 整理解雇

前述のⅠ9(1)のとおり、整理解雇について、勤務地や職務の限定が明確化されていれば事業所の閉鎖や職務の廃止の場合に直ちに解雇が有効となるわけではなく、整理解雇法理(4要件・4要素)を否定する裁判例はなく、整理解雇法理又はこれに準拠した枠組みで判断する裁判例が多い傾向がみられる。勤務地限定や高度な専門性を伴わない職務限定については、整理解雇法理又はこれに準拠した枠組みで判断されることが多い傾向にあるが、高度な専門性を伴う職務限定や他の職務とは内容や処遇が明確に区別できる職務限定については、整理解雇法理とは異なる判断枠組みを用いたと解し得る裁判例もみられる。

事業所閉鎖や職務廃止の場合に、勤務地や職務が限定されていれば直ちに解雇回避努力が不要とされるものではなく、配置転換が可能な範囲の広さに応じて、使用者に求められる同一の企業内での雇用維持のための解雇回避努力の程度も異なってくると考えられる。

勤務地のみの限定や、職務が高度な専門性や高い職位を伴わない職務限定あるいは他の職種の職務と差異が小さい職務限定の場合は、解雇回避努力として配置転換が求められる範囲が広い傾向がみられる。他方、高度の専門性や高い職位を伴う職務限定あるいは他の職種の職務と明確な差異がある職務限定の場合には、解雇回避努力の内容として、配置転換に限られず、退職金の上乗せ、再就職支援等をもって解雇回避努力を尽くしたとされる場合がある。

このほか、同一企業内での雇用維持のための解雇回避努力の程度については、限定された職務の範囲や勤務地の範囲、採用後に配置転換が行われたこと等による労働者の雇用継続に対する期待、それとは逆に部門間で配置転換がなされたことがなく契約の内容が遵守されている状況など限定の拘束度の程度により異なる判断がなされると考えられる。

また、勤務地や職務の限定について人員削減の必要性を裏付ける要素としている例や、職務限定の合意が一定の場合に人選の「合理性」を満たす上での考慮要素とされている例もあり、限定の内容や程度が判断に影響を与える場合もある。限定性が人員削減の必要性や被解雇者選定の妥当性に影響を与え得る場合は、特定の部門や事業所を廃止し、その部門や事業所の労働者全員を解雇する場合であって、上記の解雇回避努力と同様に、限定された職務が高度の専門性や高い職位を伴う、あるいは当該職務が他の職種の職務と明確な差異があること等の理由により、ふさわしい配転先をみつけることが困難であるときに限られる傾向にあるとも考えられるが、なお慎重に考えるべきである。

また、裁判例からは、解雇の手続の妥当性については、職務や勤務地の限定は影響しない傾向がみられる。

いずれにしても、使用者には、事業所廃止等に直面した場合、配置転換を可能な範囲で行うとともに、それが難しい場合には代替可能な方策を講じることが、紛争を未然に防止するために求められる。また、そうした対応は結果的に雇用の安定を通じた長期的な生産性の向上などにつながると考えられる。

(2) 能力不足解雇

前述のⅠ9(2)のとおり、能力不足解雇が解雇権濫用法理に該当するか否かの判断枠組みは確立されていないが、能力不足を理由に直ちに解雇することは認められるわけではなく、高度な専門性を伴わない職務限定では、改善の機会を与えるための警告に加え、教育訓練、配置転換、降格等が必要とされる傾向がみられる。

他方、高度な専門性を伴う職務限定では、教育訓練、配置転換、降格等が必要とされない場合もみられるが、改善の機会を与えるための警告は必要とされる傾向がみられる。

いずれにしても、使用者は、改善の機会を与えるために警告を行うとともに、可能な範囲で教育訓練、配置転換、降格等を行うことが紛争の未然防止に資する。

4 転換制度

(1) 転換の仕組みの社内制度化の必要性

ア 非正規雇用の労働者から多様な正社員への転換

雇用が不安定で、職業能力開発の機会が少なく、処遇も低い非正規雇用の労働者について、本人の希望により雇用が安定し、勤続に応じた職業能力開発の機会やより良い処遇が得られるような転換制度を設けることが望ましい。非正規雇用の労働者は職務や勤務地が限定されていることが多いと考えられることから、職務や勤務地が限定された多様な正社員への転換制度を設けることが考えられる。

こうした転換の仕組みについては、就業規則等に定めて社内制度として明確化している企業と、運用上、本人の希望に応じて転換を認めたり、企業の事情により転換を求める場合とがあるが、転換の仕組みについて社内制度として転換の要件や転換後の職務や勤務地の範囲等について明確にすることにより、労働者に転換の趣旨や仕組みが周知され、活用が進むと考えられる。また、転換の仕組みが社内制度として明確化されておらず曖昧である場合には、勤務地等の限定に関する労使双方の認識の齟齬により、企業が労働者に転勤を命じた場合などに紛争が生じるおそれがあるが、社内制度として明確化することにより、こうした紛争を未然に防止できる。

なお、労働者が自由に転換できるようにすると、企業における長期的な要員計画の修正等が必要となることが考えられる。このため、企業毎の事情を踏まえつつ、転換制度の応募資格、要件、実施時期等についても制度として明確化することが考えられる。

改正後の労働契約法に基づき通算5年超の有期契約労働者が無期に転換する場合については、転換後の勤務地の範囲、職務の内容や範囲が有期契約労働者であった時と同じ、又は拡大するとしてもそれほど変化しない場合もあると考えられる。

いわゆる正社員への転換を希望する非正規雇用の労働者が多様な正社員に転換した上で、更にいわゆる正社員へ転換することができるようにするためには、例えば有期契約労働者の間から更新ごとに職務の範囲を広げたり、無期転換後も能力や勤続年数等に応じて職務の範囲やレベルを上げていき、一定のレベルに達した場合にいわゆる正社員への転換を認めることが考えられる。また、そうした職業能力の向上を労使双方が客観的に評価するために、職業能力評価制度を活用することが考えられる。

イ いわゆる正社員と多様な正社員の間の転換

ワーク・ライフ・バランスの実現、企業による優秀な人材の確保・定着のため、いわゆる正社員から多様な正社員へ転換できることが望ましい。また、キャリア形成への影響やモチベーションの低下を軽減するため、多様な正社員からいわゆる正社員に再転換できることが望ましい。

転換の仕組みについては、就業規則等で定めず運用で実施するよりも、社内制度として明確化を図ることにより、紛争の未然防止に資するほか、労働者による活用が促進されると考えられる。

他方、労働者が自由に何度でも転換できるようにすると、企業における長期的な要員計画が立てにくくなったり、人材育成投資に応じた期待に即して人材活用できなくなる等の影響を生じかねないと考えられる。企業ヒアリングにおいてヒアリング対象とした企業においては、

・労働者による転換の応募資格として一定の年齢・役職に達したことを必要とする

・転換の時期や回数について制限を設ける

・本人の申出に加えて所属長の推薦や面接・試験等の要件を課す

等の例が多くみられた。また、応募資格や企業側の面接・試験等を必要とせずに労働者の希望による転換を認める企業もみられたが、その場合でも、転換先のポストが確保されることを条件とするなどの社内制度が設けられていた。

こうした事例を参考に、企業毎の事情を踏まえつつ、転換制度の応募資格、要件、一定期間中の回数、実施時期等についても制度化することを雇用管理上の留意事項としていくことが考えられる。

また、新規事業の立ち上げの場合のように、企業側の事情により転換させる場合には、ヒアリング結果をみても、多様な正社員からいわゆる正社員への転換の際には、勤務地の変更など労働者の負担を伴う場合も多い、また、いわゆる正社員から勤務地限定等の多様な正社員への転換の際には賃金の低下を伴う場合も多い。このように、転換は重要な労働条件の変更となることから、本人の同意が必要であることに十分留意すべきと考えられる。

いわゆる正社員から多様な正社員に転換する場合に、勤務地、職務、勤務時間が限定されることのみを理由に、直ちに「キャリアトラックの変更」として、いわゆる正社員とはキャリアトラックを区分し、職務の経験、能力開発、昇進・昇格のスピード・上限等に差を設ける企業も多いと考えられる。

しかしながら、勤務地、職務、勤務時間が限定されても、その範囲や限定される期間によっては、いわゆる正社員だった場合と比べて能力(生産性)に大きな差が生じない場合もあり、そうした場合にまでキャリアトラックの変更として、いわゆる正社員とキャリアトラックを区分することは、紛争の未然防止、多様な正社員のモチベーションや生産性の維持・向上等の観点から、必ずしも望ましいものではない。また、労働者に転換制度の活用を躊躇させることも考えられる。

限定の種類、範囲、期間、時期等によっては、キャリアトラックの変更として扱うのではなく、「労働条件の変更」として扱うのが適切な場合もあると考えられる。そのような場合には、いわゆる正社員と敢えてキャリアトラックを区分せず、きちんとした人事評価を行うことを前提に、職務の経験、能力開発、昇進・昇格のスピード・上限に差を設けない、あるいは差をできるだけ小さくすることが考えられる。また、そのような場合には、いわゆる正社員と多様な正社員の間の転換・再転換を行う場合に、転換・再転換の要件を緩やかに設定して、転換・再転換が容易にできるようにすることが望ましいと考えられる。

例えば、いわゆる正社員が勤務時間限定正社員に転換する場合で、それが所定外労働の免除であるときや、短縮後の労働時間がいわゆる正社員の所定労働時間と格差が大きくないとき、あるいは、いわゆる正社員が勤務地限定正社員に転換する場合で、それが勤務地の範囲が狭くなるだけで職務の内容の変更が小さいとき等には、企業の人材育成投資や人材配置、労働者のキャリア形成に与える影響は大きくないと考えられるため、そうした場合には、転換が持つ意味は労働条件の変更であり、必ずしもキャリアトラックの変更を伴う必要はないと考えられる。さらに、育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律(平成3年法律第76号。以下「育児介護休業法」という。)に基づく所定外労働の制限の請求や、勤務時間短縮措置の申出に応ずる場合には、これらの所定外労働の制限や勤務時間短縮は一時的なものであり、育児や介護の事情が変わったときは元のフルタイム勤務に戻ることが前提とされているものであることから、あえて「転換」として扱う必要もないと考えられる。

転換が必ずしもキャリアトラックの変更を伴う必要はなく労働条件の変更である場合には、転換が昇進等に与える影響をできるだけ小さくし、また、転換・再転換の要件や回数制限をできるだけ緩やかに設定することが考えられる。

ただし、限定の種類、範囲、期間、時期等は個々の企業ごとに異なるところであり、具体的な転換制度の要件、キャリアトラックへの影響については、個々の企業ごとにその事情に応じて労使で十分に話し合って設定することが望ましい。

なお、各企業において労使で話し合って転換制度を設定するに当たって、1(1)で記述したとおり、男女雇用機会均等法により、昇進、職種の変更に当たって合理的な理由なく転居を伴う転勤に応じることを条件とすることが間接差別に当たることや、コース別雇用管理を行う場合に、その必要性やコース区分間の処遇の違いの合理性について十分に検討し、性別によって異なる取扱いがなされないよう適正に運用すること、育児介護休業法により、三歳に満たない子を養育する労働者等からの申出により所定労働時間の短縮等の措置を講じたことを理由として不利益な取扱いをしてはならないとされていることに留意することが必要である。

(2) 転換制度の促進策

いわゆる正社員と多様な正社員との間の転換の仕組みを明確にし、労使双方による労働者のキャリア形成、ワーク・ライフ・バランスの実現のために転換制度の活用を促進することや、労使の認識の齟齬による紛争を未然に防止するために、例えば、①や②のようなものが考えられる。

① 育児介護休業法の短時間勤務と同様の制度について法定化

② 労働契約法において、いわゆる正社員と多様な正社員の間の転換制度について法定化

①については、育児介護休業法第23条では、所定労働時間の短縮等について規定しており、多様な正社員といわゆる正社員の間の転換制度について、同条のような規定を設けることが考えられる。しかしながら、所定労働時間の短縮については、時期的な範囲や要件が比較的明確に設定できるが、いわゆる正社員と多様な正社員の間の転換については、時期的な範囲や要件が多様であり考慮すべき点が多く、定型的な形での運用が確立していない。また、勤務地、職務、勤務時間といった限定の種類に応じた転換の要件や、いわゆる正社員と多様な正社員の間の双方向からの転換の要件についても運用が定着していない。このような状況下では、転換制度のルールを法定化して義務付ければ、使用者の実務に混乱を与え、却って多様な正社員の活用を阻害するおそれがあると考えられる。

②については、私法上の効力があるが、転換制度についての運用が定着していない中で義務付けを行うと、使用者の実務に混乱を与え、却って多様な正社員の活用を阻害するおそれがあると考えられる。

他方、労働契約は労働者及び使用者が仕事と生活の調和にも配慮しつつ締結し、又は変更すべきものであることを規定する現行の労働契約法第3条第3項の射程には、多様な正社員といわゆる正社員の間の転換も含まれるものであり、そのことについて労働契約法の解釈を含め雇用管理上の留意事項等に定め通知するなど様々な機会や方法を捉えて周知を行うことが考えられる。

まずは②について解釈を示し、将来的に転換制度が定着し、また、労働契約法を改正する機会があれば、法定化を検討することが考えられる。

転換制度を促進するため、また、これに加えて、求職者の円滑な求職活動や労働移動に資するため、企業が多様な正社員を導入し、転換制度を設けている情報を対外的に公表することを促進することが考えられる。

併せて、後述の6のとおり、長時間労働を前提とした正社員の働き方を変えていくことが重要である。

5 処遇

(1) 均衡処遇の必要性

多様な正社員といわゆる正社員の双方に不公平感を与えず、また、モチベーションを維持するため、多様な正社員といわゆる正社員の間の処遇の均衡を図ることが望ましい。

いわゆる正社員と比較した多様な正社員の賃金水準は、研究会報告書では9割~8割とする企業が多く、また、企業ヒアリングでは、勤務地限定正社員について、いわゆる正社員でも実際には転勤をしない者がいることや、いわゆる正社員と職務の範囲がそれほど変わらないこと等から9割超ないし8割の水準となっている企業が多い。しかしながら、多様な正社員の処遇、限定の仕方は多様であり、また、多様な正社員に対する賃金、昇進の上限やスピードの差異は、企業の人事政策に当たる。定型的な人事労務管理の運用が定着していない中で、何をもって不合理とするのか判断が難しい。

他方、いかなる水準が均衡であるかは一律に判断することは難しいが、いずれにしても、企業ごとに労使で十分に話し合って納得性のある水準とすることが望ましい。

均衡処遇とは異なるが、企業が処遇の情報を開示することにより、それによって市場メカニズムが働き、魅力的な企業として優秀な人材の確保に資する。

(2) 賃金

ア 勤務地限定正社員

いわゆる正社員と職務内容の変わらない場合で、いわゆる正社員の中に転勤しない者がいるときには、賃金水準の差は大きくしない方が多様な正社員の納得が得られやすい。他方、いわゆる正社員について海外転勤など負担が大きい場合には、賃金水準の差を一定程度広げた方がいわゆる正社員の納得が得られやすい。

このため、いわゆる正社員と多様な正社員の間で賃金の差を合理的なものとして賃金水準の差への納得性を高めるため、例えば、同一の賃金テーブルを適用しつつ、転勤の有無等による係数を乗じたり、転勤手当等の転勤の負担の可能性に対する支給をすることが考えられる。

イ 職務限定正社員

職務の範囲を狭く限定されれば、賃金は職務給又は職務給の要素が強い賃金体系とすることができる。この場合、特定の専門性を活かした働き方や企業横断的な働き方、あるいは非正規雇用の労働者の転換に資する。賃金水準は、職務の難易度に応じた水準とすることが望ましいと考えられる。

ウ 勤務時間限定正社員

勤務時間限定正社員のうち、いわゆる正社員よりも所定労働時間が短い場合には、賃金については、少なくとも同種の職務を行う比較可能なフルタイムの正社員と所定労働時間に比例した額とすることが考えられる。

勤務時間限定正社員のうち、所定外労働が免除される場合には、いわゆる正社員と同一の賃金テーブルを適用することが考えられる。所定外労働の負担の可能性があるいわゆる正社員には、別途所定外労働の負担の可能性に対する手当を支給することも考えられる。ただし、勤務時間限定の働き方を選択しやすくするためにも、いわゆる正社員の所定外労働を可能な限り減らすことが望ましいと考えられる。

(3) 昇進・昇格

企業の人材育成投資への影響も考慮しつつ、労働者のモチベーションを維持・向上する観点から、勤務時間限定正社員について、勤務時間が限定されていても経験することができる職務の範囲や経験により習得する能力に影響が少ない場合には、昇進のスピードや上限はいわゆる正社員との差をできるだけ小さく設定することが望ましいと考えられる。

また、勤務地限定正社員についても、勤務地が限定されても経験することができる職務の範囲や経験により習得する能力に影響が少ない場合には、昇進のスピードや上限はいわゆる正社員との差をできるだけ小さく設定することが望ましいと考えられる。

一時的に多様な正社員に転換した者がいわゆる正社員に再転換した場合に、その間いわゆる正社員であった者と同格のポストに配置することが難しい場合には、多様な正社員としての勤務実績や経験も適正に評価し、それにふさわしいポストに配置することが望ましいと考えられる。

(4) 均衡処遇の促進策

いわゆる正社員と多様な正社員との間の均衡処遇を促進するため、例えば、①や②のようなものが考えられる。

① 労働契約法に同法第20条(有期契約労働者と無期契約労働者との間の不合理な労働条件の禁止)に類似する規定を設ける。

② 労働契約法第3条第2項に、いわゆる正社員と多様な正社員の間の処遇の均衡も含まれることについて、労働契約法の解釈を明確にする。

①について、労働契約法第20条は、有期契約労働者と無期契約労働者との間で、期間の定めがあることにより職務の内容と職務や配置の変更の範囲を考慮して不合理に労働条件を相違させることを禁止している。また、改正後の短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律(平成5年法律第76号。以下「パートタイム労働法」という。)第8条においては、パートタイム労働者の待遇を通常の労働者と相違させるときは、職務の内容や人材活用の仕組み等を考慮して不合理と認められるものであってはならないとしている。併せて、同法第9条により、通常の労働者と職務の内容と人材活用の仕組みが同じであるパートタイム労働者について、パートタイム労働者であることを理由に差別的取扱いをしてはならないとされている。有期契約労働者が無期転換すると労働契約法第20条の適用がなくなり、また、パートタイム労働者に該当しない多様な正社員は、パートタイム労働法の規定の適用がないことから、多様な正社員について、労働契約法第20条と同様の規定を設けることが考えられる。

その一方で、多様な正社員は勤務地や職務等の限定の仕方や処遇が多様であり、多様な正社員の人事労務管理が定着していない中で、何が不合理なものであるか判断が難しいことから、運用の定着と議論の集積を待つことが適切である。

②について、労働契約法第3条第2項では、労働契約は就業の実態に応じて、均衡を考慮しつつ締結し、又は変更すべきものとしている。これには、いわゆる正社員と多様な正社員の間の均衡を考慮することも含まれる。このことについて、労働契約法の解釈を含め雇用管理上の留意事項等に定め通知するなど様々な機会や方法を捉えて周知を行うことが考えられる。

まずは②について解釈を示し、将来的に多様な正社員の人事労務管理の運用が定着し、また、労働契約法を改正する機会があれば、法定化を検討することが考えられる。

いわゆる正社員と多様な正社員との間の均衡処遇を促進するため、また、これに加えて、求職者の円滑な求職活動や労働移動に資するため、企業が多様な正社員を導入し処遇の情報を対外的に公表することを促進することが考えられる。

6 いわゆる正社員の働き方の見直し

現状において勤務時間限定正社員の活用例が比較的少ないが、いわゆる正社員の働き方が長時間労働や所定外労働を前提としているため、勤務時間限定正社員に担当させる職務の切り出しが難しいこと、他の労働者へ負担が生じること、労働者自身も勤務時間限定正社員としての働き方を選択しにくいこと等が背景にあると考えられる。勤務時間限定の働き方を選択しやすくするために、いわゆる正社員の働き方の見直しを行うことが望ましい。

また、勤務地限定正社員や職務限定正社員の働き方を選択しやすくするため、転勤や配置転換の必要性の点検、その期間の見直しなどを行うことが考えられる。

さらに、そもそも勤務地限定正社員、勤務時間限定正社員などへのコース区分の変更を伴うことなく、勤務地や勤務時間を限定する必要がある時期だけ、運用で柔軟に限定する方法や、一定期間だけ勤務地等を固定する方法も考えられる。

多様な正社員の普及促進は、それ自体が目的ではなく、非正規雇用の労働者のキャリア・アップやいわゆる正社員のワーク・ライフ・バランスの実現、企業による優秀な人材の確保・定着、これらによる日本全体の労働力の質の向上と生産性向上等を実現するための方策である。

7 人材育成・職業能力評価

職務等の限定による多様な働き方の選択肢が用意される場合に、労働者はこれを前提に主体的に中長期的なキャリア形成を考え、また、それに必要な職業能力開発を行うことが求められる。

非正規雇用の労働者から多様な正社員、多様な正社員からいわゆる正社員等への円滑な転換、キャリア・アップを可能とする等の観点から、客観性を備えた能力評価の仕組みの整備はその基盤の一つとなる重要な課題であり、個々の企業を超えた業種・職種共通の職業能力を対象に能力評価の「ものさし」を整備することにより、職務における職業能力の「見える化」を促進するとともに、これに併せた職業能力の向上のための能力開発機会を提供する必要がある。

こうした職業能力の見える化を図るため、より具体的には、非正規雇用の労働者が多く雇用され、そのキャリア・アップ支援の必要性が高い対人サービス分野等を重点に、業種・職種横断的な新たな業界検定の仕組みを整備することが必要であり、平成26年3月に取りまとめられた「労働市場政策における職業能力評価制度のあり方に関する研究会」報告書等を踏まえ、技能検定のブラッシュアップに加え、新たな業界検定の創設を含めた総合的な職業能力評価制度の構築が必要である。

また、見える化により明確化された目標に即して、職業能力の計画的な習得を支援するため、非正規雇用の労働者等を対象に含めた職業訓練機会の整備を図るとともに、中長期的キャリア形成に資する専門的・実践的な能力開発への支援を行うことが重要であると考えられる。

8 制度の設計・導入・運用に当たっての労使コミュニケーション

多様な正社員制度が労働者の納得性を得られるようにするとともに、円滑に運用できるようにするためには、制度の設計、導入、運用に当たって、労働者に対する十分な情報提供と、労働者との十分な協議が行われることが必要である。

労働組合がある場合には労働組合との間での協議を行い、また、労働組合がない場合であっても、少なくとも労使委員会による決議、過半数代表との協議を行うなど、その実情に応じて、様々な労働者の利益が広く代表される形でのコミュニケーションを行うようにすることが重要であると考えられる。

過半数代表については、公正性を担保するため、適正な手続で選任されること、身分が保障され不利益な取扱いを受けないようにすること、全ての多様な正社員又は労働者の利益を代表するように努めること等が考えられる。

なお、多元的な働き方を労使双方にとって円滑に進める上で、職場における管理職のマネジメント能力が不可欠である。近年、企業の経営環境が変化する中で、管理職のプレイングマネージャー化が進展しているが、あらためて十分なマネジメントが実現するような対応能力の向上を図るよう各職場の実情に即した検討が求められる。

おわりに

本懇談会では多様な正社員の導入の現状を確認した上で、多様な正社員をめぐる様々な課題への対応策を検討し、労使をはじめとする関係者にとって参考となる雇用管理上の留意事項や就業規則等の規定例を整理するとともに、望ましい形で多様な正社員の普及・拡大を図るための政策提言を行った。

労使関係者には、多様な労働者が意欲や能力を十分に発揮しつつ職業キャリアを継続、発展させることができる雇用管理の実現に向け、本報告書を参考にしていただくことを期待する。また、政府には、我が国労働市場における働き方の二極化を緩和し、労働者のワーク・ライフ・バランスと企業の生産性の向上を同時に実現できるよう、本報告書に盛り込まれた政策提言を活かし、労使の積極的な取組を促進するための環境整備に取り組むことを期待する。

[別紙1]

雇用管理上の留意事項

企業にとっては、勤務地や労働時間等が制約のある優秀な人材の確保や定着を可能とするよう、また労働者にとっては、ワーク・ライフ・バランスの実現や処遇の改善を可能とするような、労使双方にとって望ましい多様な働き方が求められている。そして、そうした働き方や雇用の一つとして、職務、勤務地、労働時間を限定した「多様な正社員」の普及を図ることが重要となっている。

このため、多様な正社員の導入の現状を見た上で、多様な正社員の採用から退職に至る雇用管理を巡る様々な課題への対応等について、労使等関係者が参照することができるよう、下記のとおり「雇用管理上の留意事項」を示すものとする。

1 多様な正社員の活用が考えられるケース

○ 多様な正社員(勤務地限定正社員、職務限定正社員、勤務時間限定正社員)について、以下のような活用方策が考えられる。

ただし、多様な正社員は勤務地や職務等の限定の仕方や処遇が多様であり、また、企業によって人事労務管理、経営状況等、事情は様々であることから、多様な正社員の制度を導入するか否か、また、制度を導入する場合にどのような制度とするかについては、各企業において労使で十分に話し合うことが必要である。

(1) 勤務地限定正社員

○ 育児、介護等の事情により転勤が困難な者や地元に定着した就業を希望する者について、就業機会の付与とその継続、能力の発揮を可能とする働き方として、有能な人材の採用や定着の促進に資すると考えられる。特に、人材の確保や定着に課題を抱える企業での活用も考えられる。

○ 改正後の労働契約法(平成19年法律第128号)のいわゆる無期転換ルールによる転換後の受け皿としての活用が考えられ、特に小売業、サービス業等、非正規雇用の労働者が多く従事していると同時に労働力の安定的な確保が課題になっている分野の企業の人材確保に資すると考えられる。

○ コース別雇用管理において定型的な事務等を行い、勤務地も限定されている「一般職」等が多く従事する分野で、職務の範囲の狭い一般職に、より幅広い職務や高度な職務を担わせ、意欲や能力の発揮につなげるために活用できる働き方である。金融業等、一般職が多い分野での職務の範囲の狭い一般職に替わる人材活用に資すると考えられる。

○ 製造業等グローバル展開が進展している分野において、海外転勤が可能な者と海外転勤が困難な者とを区分し、確保するための活用が考えられる。

また、競争力の維持のために安定した雇用の下での技能の蓄積、継承が必要な生産現場において、非正規雇用の労働者の転換の受け皿として活用が考えられる。

○ 地域のニーズにあったサービスの提供や顧客の確保が可能となりえる。多店舗展開するサービス業での活用が考えられる。

○ なお、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(昭和47年法律第113号。以下「男女雇用機会均等法」という。)により、労働者の募集、採用、昇進、職種の変更において、合理的な理由なく転居を伴う転勤に応じることを条件とすることは間接差別に該当する。いわゆる正社員について、転勤の必要性についての合理的な理由の説明が必要である。また、コース別雇用管理は、性別によって異なる取扱いを行うものではない限り、男女雇用機会均等法上の問題はないが、その運用において男女で異なる取扱いがなされている場合等も見られるため、その適正かつ円滑な運用に資するよう、留意することが必要である。

(2) 職務限定正社員

○ 例えば金融業の投資部門において資金調達業務やM&Aアドバイザリー業務などに従事する専門職や証券アナリスト、情報サービス業でビッグデータの分析活用に関する技術開発を行うデータサイエンティスト等、特に高度な専門性を必要とし、外部労働市場からその能力を期待して採用し、職務の内容がジョブ・ディスクリプション等で明確化され、必ずしも長期雇用を前提としておらず企業横断的にキャリア・アップを行うなど、我が国の典型的な正社員とは異なるプロフェッショナルとして活用されているが、産業構造の高度化が進む中で一層重要性を増していくものと考えられる。

○ また、医療福祉業、運輸業などで資格が必要とされる職務、同一の企業内で他の職務と明確に区分することができる職務などで活用されているが、高齢化やサービス経済化の進展に伴って一層重要性を増していくものと考えられる。

○ 上記の他、ゼネラリストではなく特定の職務のスペシャリストとしてキャリア・アップさせることも考えられる。

○ 一般に職務が限定されている非正規雇用の労働者が、継続的なキャリア形成によって特定の専門的な職業能力を習得し、それを活用して自らの雇用の安定を実現することを可能とする働き方としても考えられる。

○ 工場における技能労働者、店舗における販売員、一般職等については、総合職と比して職務の範囲が狭いが、必ずしも職務の範囲が明確でない場合も多く、また、教育訓練等によって他の職務に転換させることも可能である。このような職務については、職務の範囲に一定の幅を持たせた方が円滑な事業運営やキャリア形成への影響が少ないと考えられる。

(3) 勤務時間限定正社員

○ 育児、介護等の事情により長時間労働が困難な者に就職、就業の継続、能力の発揮を可能とする働き方として、有能な人材の採用や定着に資すると考えられる。特に、人材の採用や定着に課題を抱える企業での活用も考えられる。

○ 育児、介護等の他、キャリア・アップに必要な能力を習得するために勤務時間を短縮することが必要な者が活用することが考えられる。

○ 現状において勤務時間限定正社員は活用例が比較的少ないが、勤務時間限定正社員となる労働者に対するキャリア形成の支援、職場内の適切な業務配分、職場の人員体制の整備、長時間労働を前提としない職場づくり等の取組が行われることが必要である。

2 制度の設計・導入・運用に当たっての労使コミュニケーション

○ 多様な正社員制度が労働者の納得性を得られるようにするとともに、円滑に運用できるようにするためには、制度の設計、導入、運用に当たって、労働者に対する十分な情報提供と、労働者との十分な協議が行われることが必要である。

○ 労働組合がある場合には労働組合との間での協議を行い、また、労働組合がない場合であっても、少なくとも労使委員会による決議、過半数代表との協議を行うなど、実情に応じて、様々な労働者の利益が広く代表される形でのコミュニケーションを行うようにすることが重要であると考えられる。

○ 過半数代表については、公正性を担保するため、適正な手続で選任されること、身分が保障され不利益な取扱いを受けないようにすること、全ての多様な正社員又は労働者の利益を代表するように努めること等が考えられる。

○ なお、多元的な働き方を労使双方にとって円滑に進める上で、職場における管理職のマネジメント能力が不可欠である。近年、企業の経営環境が変化する中で、管理職のプレイングマネージャー化が進展しているが、あらためて十分なマネジメントが実現するような対応能力の向上を図るよう各職場の実情に即した検討が求められる。

3 労働者に対する限定の内容の明示

○ 労働契約書等において職務や勤務地を明示しても、それが当面のものか、将来にわたるものか不明な場合も多い。紛争の未然の防止のため、限定がある場合は限定の内容が当面のものか、将来にわたるものかについて明示することが望ましい。

○ また、限定がある場合に限定の内容を明示することにより、労働者にとってキャリア形成の見通しがつきやすくなること、ワーク・ライフ・バランスを図りやすくなること、企業にとっても優秀な人材を確保しやすくなることから、限定の内容について明示することが望ましい。

○ 労働契約法第4条では、労働契約の内容はできるだけ書面で確認するものとするとされており、勤務地、職務、勤務時間の限定についても、この確認する事項に含まれることから、同条を踏まえて、限定の内容について書面で確認することが望ましい。

○ なお、限定の明示とは異なるが、例えば、企業が勤務地や職務等が限定された正社員を導入していること、勤務地等が限定されることによるキャリアへの影響、処遇等に関する情報が公表され、労使当事者以外の第三者にも伝わることになれば、将来、採用活動を行う場合にも、求職者が企業を評価する有利な情報となり得る。

4 処遇(賃金、昇進・昇格)

(1) 均衡処遇

○ 多様な正社員といわゆる正社員の双方に不公平感を与えず、また、モチベーションを維持するため、多様な正社員といわゆる正社員の間の処遇の均衡を図ることが望ましい。

○ 労働契約法第3条第2項では、労働契約は就業の実態に応じて、均衡を考慮しつつ締結し、又は変更すべきとしているが、これには、いわゆる正社員と多様な正社員の間の均衡も含まれる。同項を踏まえて、多様な正社員についていわゆる正社員との均衡を図ることが望ましい。

○ 他方、多様な正社員は勤務地や職務等の限定の仕方や処遇が多様であり、また、多様な正社員に対する昇進の上限やスピードの差異は、企業の人事政策に当たる。定型的な人事労務管理の運用が定着していない中で、何をもって不合理とするのか判断が難しい。

○ いわゆる正社員と比較した多様な正社員の賃金水準は、各種調査では9割~8割とする企業が多く、また、企業ヒアリングでは、勤務地限定正社員について、いわゆる正社員でも実際には転勤しない者がいることや、いわゆる正社員との職務の範囲がそれほど変わらないこと等から9割超ないし8割の水準となっている企業が多い。

如何なる水準が均衡であるかは一律に判断することが難しいが、いずれにしても、企業ごとに労使で十分に話し合って納得性のある水準とすることが望ましい。

○ また、均衡処遇とは異なるが、企業が処遇の情報を開示することにより、それによって市場メカニズムが働き、魅力的な企業として優秀な人材の確保に資する。

(2) 賃金

○ 多様な正社員の賃金について、以下のようなことが考えられる。

ただし、多様な正社員は勤務地や職務等の限定の仕方や処遇が多様であり、また、企業によって人事労務管理、経営状況等、事情は様々であることから、どのような制度とするかについては、各企業において労使で十分に話し合って決めることが必要である。

ア 勤務地限定正社員

○ いわゆる正社員と職務内容の変わらない場合で、いわゆる正社員の中に転勤しない者がいるときには、賃金水準の差は大きくしない方が多様な正社員の納得が得られやすい。

他方、いわゆる正社員について海外転勤など負担が大きい場合には、賃金水準の差を一定程度広げた方がいわゆる正社員の納得が得られやすい。

○ このため、いわゆる正社員と多様な正社員の間で賃金の差を合理的なものとして賃金水準の差への納得性を高めるため、例えば、同一の賃金テーブルを適用しつつ、転勤の有無等による係数を乗じたり、転勤手当等の転勤の負担の可能性に対する支給をすることが考えられる。

イ 職務限定正社員

○ 職務の範囲を狭く限定されれば、賃金は職務給又は職務給の要素が強い賃金体系とすることができる。この場合、特定の専門性を活かした働き方や企業横断的な働き方、あるいは非正規雇用の労働者の転換に資する。賃金水準は、職務の難易度に応じた水準とすることが望ましいと考えられる。

ウ 勤務時間限定正社員

○ 勤務時間限定正社員のうち、いわゆる正社員よりも所定労働時間が短い場合には、賃金については、少なくとも同種の職務を行う比較可能なフルタイムの正社員と所定労働時間に比例した額とすることが考えられる。

○ 勤務時間限定正社員のうち、所定外労働が免除される場合には、いわゆる正社員と同一の賃金テーブルを適用することが考えられる。所定外労働の負担の可能性があるいわゆる正社員には、別途所定外労働の負担の可能性に対する手当を支給することも考えられる。ただし、勤務時間限定の働き方を選択しやすくするためにも、いわゆる正社員の所定外労働を可能な限り減らすことが望ましいと考えられる。

(3) 昇進・昇格

○ 企業の人材育成投資への影響も考慮しつつ、労働者のモチベーションを維持・向上する観点から、勤務時間限定正社員について、勤務時間が限定されていても経験することができる職務の範囲や経験により習得する能力に影響が少ない場合には、昇進のスピードや上限はいわゆる正社員との差をできるだけ小さく設定することが望ましいと考えられる。

また、勤務地限定正社員についても、勤務地が限定されても経験することができる職務の範囲や経験により習得する能力に影響が少ない場合には、昇進のスピードや上限はいわゆる正社員との差をできるだけ小さく設定することが望ましいと考えられる。

○ 一時的に多様な正社員に転換した者がいわゆる正社員に再転換した場合に、その間いわゆる正社員であった者と同格のポストに配置することが難しい場合には、多様な正社員としての勤務実績や経験も適正に評価し、それにふさわしいポストに配置することが望ましいと考えられる。

5 転換制度

(1) 非正規雇用の労働者から多様な正社員への転換

○ 雇用が不安定で、職業能力開発の機会が少なく、処遇も低い非正規雇用の労働者について、本人の希望により雇用が安定し、勤続に応じた職業能力開発の機会やより良い処遇が得られるような転換制度を設けることが望ましい。非正規雇用の労働者は職務や勤務地が限定されていることが多いと考えられることから、職務や勤務地が限定された多様な正社員への転換制度を設けることが考えられる。

無制限な転換は、長期的な要員計画の修正等が必要となるため、企業毎の事情に応じて、転換制度の応募資格、要件、実施時期等についても制度として明確化することが考えられる。

○ 転換の仕組みについて社内制度として転換の要件や転換後の職務や勤務地の範囲等について明確にすることにより、労働者に転換の趣旨や仕組みが周知され、活用が進むと考えられる。

○ 無制限な転換は、企業における長期的な要員計画の修正等が必要となるので、企業毎の事情に応じて、転換の応募資格、要件、実施時期等についても制度として明確化することが考えられる。

○ 改正後の労働契約法に基づき通算5年超の有期契約労働者が無期に転換する場合については、転換後の勤務地の範囲、職務の内容や範囲が有期契約労働者であった時と同じ、又は拡大するとしてもそれほど変化しない場合もあると考えられる。

○ いわゆる正社員への転換を希望する非正規雇用の労働者が多様な正社員に転換した上で、更にいわゆる正社員へ転換することができるようにするために、例えば有期契約労働者の間から更新ごとに職務の範囲を広げたり、無期転換後も能力や勤続年数等に応じて職務の範囲やレベルを上げていき、一定のレベルに達した場合にいわゆる正社員への転換を認めることが考えられる。

また、そうした職業能力の向上を労使双方が客観的に評価するために、職業能力評価制度を活用することが考えられる。

(2) いわゆる正社員と多様な正社員の間の転換

○ ワーク・ライフ・バランスの実現、企業による優秀な人材の確保・定着のため、いわゆる正社員から多様な正社員へ転換できることが望ましい。

併せて、キャリア形成への影響やモチベーションの低下を軽減するため、多様な正社員からいわゆる正社員に再転換できることが望ましい。

○ 転換の仕組みについて、就業規則等で定めず運用で実施するよりも、社内制度として明確化を図ることにより、転換の活用が促進され、また、紛争の未然防止に資する。

○ 労働契約法第3条第3項では、労働契約は労働者及び使用者が仕事と生活の調和にも配慮しつつ締結し、又は変更すべきものであることを規定しており、これには転換制度も含まれる。同項を踏まえて転換ができるようにすることが望ましい。

○ 他方、無制限な転換は、人材育成投資に影響を与えるので、企業毎の事情に応じて、転換の要件、回数制限、実施時期等についても制度化することが考えられる。

転換は重要な労働条件の変更となることから、本人の同意が必要である。

○ いわゆる正社員から多様な正社員に転換する場合に、勤務地、職務、勤務時間が限定されることのみを理由に、直ちに「キャリアトラックの変更」として、いわゆる正社員とはキャリアトラックを区分し、職務の経験、能力開発、昇進・昇格のスピード・上限等に差を設けることも多いと考えられる。

しかしながら、勤務地、職務、勤務時間が限定されても、その範囲やそれにより習得する能力がいわゆる正社員と差が小さい場合もあり、そうした場合にまでキャリアトラックの変更として、いわゆる正社員と雇用管理上のキャリアトラックを区分することは、紛争の未然防止、多様な正社員のモチベーションや生産性の維持・向上等の観点から、必ずしも望ましいものではない。また、労働者に転換制度の活用を躊躇させることも考えられる。

限定の種類、範囲、期間、時期等によっては、キャリアトラックの変更ではなく、「労働条件の変更」として扱うのが適切な場合もあると考えられる。そのような場合には、いわゆる正社員と敢えてキャリアトラックを区分せず、きちんとした人事評価を行うことを前提に職務の経験、能力開発、昇進・昇格のスピード・上限に差を設けない、あるいは差をできるだけ小さくすることが考えられる。また、そのような場合には、いわゆる正社員と多様な正社員の間の転換・再転換を行う場合に、転換・再転換の要件を緩やかに設定して、転換・再転換が容易にできるようにすることが望ましいと考えられる。

○ 例えば、いわゆる正社員が勤務時間限定正社員に転換する場合で、それが所定外労働の免除であるときや、短縮後の労働時間がいわゆる正社員の所定労働時間と格差が大きくないとき、あるいは、いわゆる正社員が勤務地限定正社員に転換する場合で、それが勤務地の範囲が狭くなるだけで職務の内容の変更が小さいとき等には、企業の人材育成投資や人材配置、労働者のキャリア形成に与える影響は大きくないと考えられるため、そうした場合には、転換が持つ意味は労働条件の変更であり、必ずしもキャリアトラックの変更を伴う必要はないと考えられる。さらに、育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律(平成3年法律第76号。以下「育児介護休業法」という。)に基づく所定外労働の制限の請求や、勤務時間短縮措置の申出に応ずる場合には、これらの所定外労働の制限や勤務時間短縮は一時的なものであり、育児や介護の事情が変わったときは元のフルタイム勤務に戻ることが前提とされているものであることから、あえて「転換」として扱う必要もないと考えられる。

転換が必ずしもキャリアトラックの変更を伴う必要はなく労働条件の変更である場合には、転換が昇進等に与える影響をできるだけ小さくし、また、転換・再転換の要件をできるだけ緩やかに設定することが考えられる。

ただし、限定の種類、範囲、期間、時期等が個々の企業ごとに異なるところであり、具体的な転換制度の要件、キャリアトラックへの影響については、個々の企業ごとにその事情に応じて労使で十分に話し合って設定することが望ましい。

○ なお、各企業において労使で話し合って転換制度を設定するに当たって、1(1)で記述したとおり、男女雇用機会均等法により、昇進、職種の変更に当たって合理的な理由なく転居を伴う転勤に応じることを条件とすることが間接差別に当たることや、コース別雇用管理を行う場合に、その必要性やコース区分間の処遇の違いの合理性について十分に検討し、性別によって異なる取扱いがなされないよう適正に運用すること、育児介護休業法により、三歳に満たない子を養育する労働者等からの申出により所定労働時間の短縮等の措置を講じたことを理由として不利益な取扱いをしてはならないとされていることに留意することが必要である。

6 人材育成・職業能力評価

○ 職務等の限定による多様な働き方の選択肢が用意される場合に、労働者はこれを前提に主体的に中長期的なキャリア形成を考え、また、それに必要な職業能力開発を行うことが求められる。

○ また、労働者が職業能力の「見える化」により明確になった職業能力の目標に即して、職業能力を計画的に習得することができるようにするため、企業としては、職業訓練機会を付与するとともに、中長期的キャリア形成に資する専門的・実践的な能力開発への支援を行うことが考えられる。

7 事業所閉鎖や職務の廃止等の場合の対応

(1) 整理解雇

○ 整理解雇について、勤務地や職務の限定が明確化されていれば直ちに解雇が有効となるわけではなく、整理解雇法理(4要件・4要素)を否定する裁判例はない。

○ 解雇の有効性については、人事権の行使状況や労働者の期待などに応じて判断される傾向にある。また、転勤や配置転換が可能な範囲に応じて、解雇回避努力や被解雇者選定の妥当性等の判断が異なる傾向にある。

○ 勤務地限定や高度な専門性を伴わない職務限定については、整理解雇法理の判断に与える影響は小さく、解雇回避努力として配置転換を求められることが多い傾向が見られる。他方、高度な専門性を伴う職務限定や他の職務とは内容や処遇が明確に区別できる職務限定については、整理解雇法理の判断に一定の影響があり、配置転換ではなく退職金の上乗せや再就職支援でも解雇回避努力を行ったと認められる場合がある。

○ いずれにしても、使用者には、転勤や配置転換の打診を可能な範囲で行うとともに、それが難しい場合には代替可能な方策を講じることが、紛争を未然に防止するために求められる。また、そうした対応は結果的に雇用の安定を通じた長期的な生産性の向上などにつながると考えられる。

(2) 能力不足解雇

○ 能力不足解雇について、能力不足を理由に直ちに解雇することは認められるわけではなく、高度な専門性を伴わない職務限定では、改善の機会を与えるための警告に加え、教育訓練、配置転換、降格等が必要とされる傾向がみられる。

他方、高度な専門性を伴う職務限定では、警告は必要とされるが、教育訓練、配置転換、降格等が必要とされない場合もみられる。

○ いずれにしても、使用者は、改善の機会を与えるために警告を行うとともに、可能な範囲で教育訓練、配置転換、降格等を行うことが紛争の未然防止に資する。

8 いわゆる正社員の働き方の見直し

○ 現状において勤務時間限定正社員の活用例が比較的少ないが、いわゆる正社員の働き方が長時間労働や所定外労働を前提とし、職務の切り出しが難しいことも背景にあることから、勤務時間限定の働き方を選択しやすくするために、いわゆる正社員の働き方の見直しを行うことが望ましい。

○ また、勤務地限定正社員や職務限定正社員の働き方を選択しやすくするため、転勤や配置転換の必要性の点検、その期間の見直しなどを行うことが考えられる。

○ さらに、そもそも勤務地限定正社員、勤務時間限定正社員などへのコース区分の変更を伴うことなく、勤務地や勤務時間を限定する必要がある時期だけ、運用で柔軟に限定する方法や、一定期間だけ勤務地等を固定する方法も考えられる。

[別紙2]

就業規則、労働契約書の規定例

Ⅰ 就業規則の規定例

* 「多様な正社員」の普及・拡大のための有識者懇談会における企業ヒアリング等における事例を基に作成したものであり、時間、賃金水準等については、あくまで例示であり、この水準にすべきというものではない。また、雇用区分や手当等の名称等についても同じく例示である。

[◎ 労働条件の明示(雇用区分の明確化)]

* 勤務地、職務、勤務時間の限定に特化した規定例を示すが、それぞれの限定の区分を組み合わせて規定する例もあった。また、勤務地等の具体的な限定の内容は、労働契約書等で通知している例もあった。

【1 勤務地の限定】

① 勤務地限定のない雇用区分の例

規定例)

「総合職の勤務地は限定せず、会社の定める国内・海外の事業所とする。」

「総合職は、勤務地の制限なく転居を伴う全国異動を前提として勤務するものとする。」

② 勤務地を一定地域内に限定する雇用区分(ブロック、エリア内異動)の例

規定例)

「地域限定正社員の勤務地は、会社の定める地域内の事業所とする。」

「地域限定正社員の勤務地は、原則として、採用時に決定した限定された地区とする。」

「地域限定正社員は、勤務する地域を限定し、都道府県を異にし、かつ転居を伴う異動をしないものとする。」

「地域限定正社員は、原則として、本人の同意なく各地域ブロックを越えて転居を伴う異動を行わない。

ブロック区分

都道府県

北海道・東北ブロック

北海道、青森、岩手、秋田、宮城、山形、福島

関東ブロック

東京、神奈川、埼玉、千葉、茨城、栃木、群馬

東海ブロック

愛知、岐阜、静岡、三重

近畿ブロック

大阪、兵庫、京都、滋賀、奈良、和歌山