添付一覧
○「医薬品開発と適正な情報提供のための薬物相互作用ガイドライン(最終案)」の公表について
(平成26年7月8日)
(事務連絡)
(各都道府県衛生主管部(局)薬務主管課あて厚生労働省医薬食品局審査管理課通知)
標記ガイドラインについては、平成25年12月17日から平成26年2月17日の間、広く御意見・情報を募集した結果、多数の御意見が寄せられました。
今般、それらの御意見を反映させ、別添のとおり、最終案をとりまとめたところです。
当ガイドラインの円滑な施行に当たっては、医薬品開発を担う事業者の理解を醸成することが必要であることから、今般、現時点での案を最終案として広くお知らせすることといたしましたので、周知方よろしくお願いします。
なお、当ガイドラインは、米国FDAのガイダンス案の最終化を見据えつつ、来年度以降に発出することを目標に検討を進めることを、申し添えます。
医薬品開発と適正な情報提供のための薬物相互作用ガイドライン(最終案)
目次
1.はじめに
1.1 背景と目的
1.2 適用範囲
1.3 薬物相互作用試験の実施における原則
2.吸収における薬物相互作用
2.1 消化管内におけるpHの変化,複合体・キレートの形成及び溶解性への影響
2.1.1 被験薬が被相互作用薬となる場合
2.1.2 被験薬が相互作用薬となる場合
2.2 消化管運動に及ぼす影響
2.2.1 被験薬が被相互作用薬となる場合
2.2.2 被験薬が相互作用薬となる場合
2.3 吸収におけるトランスポーターの関与
2.4 消化管における薬物代謝酵素を介した薬物相互作用
3.組織移行及び体内分布における薬物相互作用
3.1 血漿蛋白結合
3.2 組織移行及び体内分布
3.2.1 特定の組織成分との結合
3.2.2 組織への取り込み及び排出におけるトランスポーターの関与
4.薬物代謝における薬物相互作用
4.1 被験薬の主要消失経路とin vivo寄与率の評価
4.1.1 In vitro代謝試験による主要消失経路に関与する酵素の同定
4.1.2 マスバランス試験による主要消失経路の同定及び定量的評価
4.2 In vitro試験による臨床試験を実施する必要性の評価
4.2.1 シトクロムP450(P450)を介した薬物相互作用に関する検討方法
4.2.1.1 被相互作用薬となる可能性を検討するin vitro試験系
4.2.1.2 被相互作用薬となる可能性を検討する臨床試験の必要性
4.2.1.3 相互作用薬(P450阻害)となる可能性を検討するin vitro試験系
4.2.1.4 相互作用薬(P450阻害)となる可能性を検討する臨床試験の必要性
4.2.1.5 相互作用薬(P450誘導及びダウンレギュレーション)となる可能性を検討するin vitro試験系
4.2.1.6 相互作用薬(P450誘導及びダウンレギュレーション)となる可能性を検討する臨床試験の必要性
4.2.2 その他の薬物代謝酵素を介した薬物相互作用に関する検討方法
4.3 薬物代謝の関与する相互作用のカットオフ基準とモデルによる評価
4.3.1 カットオフ基準に基づく評価
4.3.2 静的薬物速度論(MSPK)モデル
4.3.3 生理学的薬物速度論(PBPK)モデル
4.4 生物薬品(バイオテクノロジー応用医薬品,生物起源由来医薬品)との相互作用
5.排泄における薬物相互作用
5.1 尿中排泄における薬物相互作用
5.2 胆汁中排泄における薬物相互作用
6.トランスポーターを介した薬物相互作用に関する検討方法
6.1 In vitro試験において考慮すべき一般事項
6.2 吸収に関わるトランスポーターを介した薬物相互作用のin vitro試験系
6.3 肝臓におけるトランスポーターを介した薬物相互作用のin vitro試験系
6.4 腎臓におけるトランスポーターを介した薬物相互作用のin vitro試験系
7.臨床薬物相互作用試験による評価
7.1 臨床薬物相互作用試験の必要性及び実施のタイミング
7.2 検討すべき薬物相互作用の指標と結果の判定
7.3 試験デザイン
7.4 投与量と投与経路
7.5 投与期間と投与のタイミング
7.6 薬物代謝酵素及びトランスポーターの阻害薬の選択
7.6.1 P450の阻害薬を用いた薬物相互作用試験
7.6.2 P450以外の薬物代謝酵素及びトランスポーターの阻害薬を用いた薬物相互作用試験
7.7 薬物代謝酵素の誘導薬の選択
7.8 薬物代謝酵素及びトランスポーターの基質薬の選択
7.9 臨床薬物相互作用試験による評価におけるその他の注意事項
7.9.1 単代謝酵素薬物と多代謝酵素薬物
7.9.2 薬物代謝酵素とトランスポーターの両方が関与する薬物相互作用
7.9.3 カクテル基質試験
7.9.4 母集団薬物動態試験法による薬物相互作用の検討
7.9.5 特別な集団についての考慮
7.9.5.1 遺伝子多型を考慮した薬物相互作用の検討
7.9.5.2 被験薬が主として特別な集団,又は特定疾患の患者集団に適用される場合
7.9.5.3 健康志願者を試験対象集団としない場合
8.薬物相互作用に関する情報提供と注意喚起について基本となる考え方
8.1 使用上の注意への記載
8.2 相互作用薬と被相互作用薬についての記載
8.3 薬物動態欄への記載
8.3.1 薬物動態学的な相互作用を受ける薬(基質:被相互作用薬)の場合
8.3.2 薬物動態学的な相互作用を与える薬(阻害薬,誘導薬:相互作用薬)の場合
9.関連する指針及びガイドライン
10.留意事項,解析方法及び事例
11.用語一覧
12.引用文献
1.はじめに
1.1 背景と目的
臨床現場では治療目的を果たすために複数の薬物を処方する場合が多く,併用薬物間の相互作用に注意が必要である.薬物相互作用により重篤な副作用が現れたり治療効果が減弱する場合があることから,新薬の開発においては,生じる可能性のある薬物相互作用の性質とその程度を適切に評価し,患者の不利益とならないように対処する必要がある.
医薬品開発における薬物相互作用の評価には,基本的な検討の段階的な積み重ねと状況に応じた的確な判断が必要であり,計画的,系統的な検討が大切である.本ガイドラインの目的は,薬物相互作用の発現を予測し,臨床試験実施の必要性を判断するための非臨床試験,及びヒトにおける薬物相互作用の発現の有無とその程度を確認するための臨床試験について,具体的な方法や判断の基準,並びに試験結果の解釈や情報提供に関する一般的な指針を提示することにある.本ガイドラインに基づき,臨床上問題となる薬物相互作用が発現する可能性を早期に判断することで,医薬品開発の効率化に資するとともに,開発時に得られた情報を適切に臨床現場に提供することにより,薬物相互作用に基づく副作用の発現や有効性の低下が回避され,医薬品のベネフィットとリスクのバランスを最適化し,適正使用が促進されることが期待される.
本ガイドラインでは,現時点における科学的に妥当な一般的な方法を提示する.しかし,個々の薬物によりその物理的・化学的性質,薬理作用,体内動態,臨床における使用方法などが異なるので,薬物相互作用の可能性を検討する方法も,開発する医薬品ごとに異なる.薬物相互作用試験の実施にあたっては,本ガイドラインで述べる原則に基づいて,薬物の性質に応じた適切な検討方法を取捨選択すべきである.また,必要に応じて学問や科学技術の進歩に基づく新しい検討方法及び情報提供の手段も積極的に評価し,採用すべきである.
1.2 適用範囲
本ガイドラインは医薬品開発における薬物相互作用の検討及びその結果を適正に情報提供するための原則及び方法を示したものである.ヒトにおける薬物相互作用の発現を予測し,臨床試験実施の必要性について判断するために開発早期に実施されるヒト組織,及びヒト薬物代謝酵素やトランスポーターの発現系を用いたin vitro試験,必要に応じて行う臨床薬物相互作用試験,また製造販売後に薬物相互作用の検討が必要とされる場合,さらにそれらの結果を添付文書などで情報提供する場合に適用する.
薬物相互作用はあらゆる投与経路において生じる可能性がある.本ガイドラインでは経口投与時に生じる薬物相互作用を中心に記述するが,必要な箇所では他の投与経路についても述べる.経口以外の投与経路において生じる薬物相互作用に関しては,投与経路が変わることで,薬物相互作用の程度も変化することに注意し,適宜,本ガイドラインで示した考えを参照して検討する.
本ガイドラインで定義する薬物相互作用は,薬物の効果・副作用あるいは薬物動態に影響を及ぼす併用薬物間(バイオテクノロジー応用医薬品や生物起源由来医薬品などの生物薬品を含む)及び薬物と飲食物,嗜好品など(例えば,喫煙,飲酒,サプリメント)との間に生じる現象である.
薬物相互作用は,発現機序により薬物動態学的相互作用(pharmacokinetic drug interaction)と薬力学的相互作用(pharmacodynamic drug interaction)に大別される.前者は薬物の吸収,分布,代謝及び排泄における相互作用の結果,薬物あるいは活性代謝物の血中濃度あるいは組織分布が変化することにより引き起こされるものである.後者は薬理作用が重なり合ったり,また,うち消しあったりすることにより,あるいは併用薬物が薬物感受性を変化させることにより生じる現象である.薬力学的相互作用について,一般的な検討方法として本ガイドラインで示すことは困難であり,薬力学的相互作用を検討するための試験の実施については,薬物の薬理作用や予想される臨床適応に応じて,適宜判断することが必要である.また,本ガイドラインでは一般的な薬物代謝酵素,又はトランスポーターを介する薬物動態学的相互作用を中心に述べるが,ソリブジンと5―フルオロウラシルの併用における有害作用発現事例のように,薬物によっては本ガイドラインで示す一般的な代謝酵素以外の酵素を強く阻害し,その結果として当該酵素により代謝される併用薬物の体内動態に影響を与えることにより薬物動態学的相互作用を生ずる場合があることにも注意が必要である.なお,製剤学的相互作用,生化学的臨床検査値に対する薬物の影響,及び現状では十分な知見がなく医薬品開発における薬物相互作用に関する検討の必要性を判断できない事例については,本ガイドラインでは可能性の紹介に留めた.
1.3 薬物相互作用試験の実施における原則
薬物相互作用は,開発中の薬物(被験薬)及び併用される可能性のある既承認薬などについて,相互作用を受ける可能性と相互作用を与える可能性の両面から検討する必要があり,臨床薬物相互作用試験の実施に先立ち,非臨床試験において薬物相互作用の要因となりうる基本項目について十分に検討する.一般に,薬物相互作用の臨床的影響を予測・評価するために,薬物相互作用の認められた経路が薬物の主要消失経路に関与する程度を定量的に把握しておくことが必要である.この目的のために,ヒト組織,及びヒト酵素やトランスポーターの発現系を用いたin vitro試験などをまず実施し,臨床で相互作用が発現する可能性を探索する.その可能性が認められた場合には,実施すべき臨床薬物相互作用試験を計画する.次に臨床薬物相互作用試験を実施して相互作用の程度を確認し,最終的にその成績に基づき,広範な薬物との組合せの中から,薬物治療への影響を考慮した上で,回避すべき,あるいは注意喚起すべき相互作用を選択することが重要である.また,その情報は医療従事者に分かりやすく簡潔に提供されなければならない.
薬物相互作用試験は,事前に得られた被験薬の物理的・化学的特性,薬理学的・薬物動態学的特性に基づいて予想される薬物相互作用の発現機序に基づき計画・実施する.薬物代謝酵素やトランスポーターに対する強い阻害薬などを用いたin vitro試験及び臨床薬物相互作用試験の結果は,他の薬物併用時の薬物相互作用の予測に有用である.臨床において,血中に代謝物が多く存在するような場合又は有害な作用を引き起こす可能性がある代謝物,又は臨床的に意味のある薬理活性を有する代謝物が生成する場合においては,当該代謝物についても必要に応じて薬物相互作用を生じる可能性を検討する.また,医療用配合剤や併用効能の開発など,被験薬が他の薬物との併用投与を目的として開発されている場合は,基本的には当該両薬物の併用による薬物相互作用試験を実施する.
医薬品開発における薬物相互作用試験は,開発の相を踏まえて段階的に実施する.被験薬の薬物動態に対する他の薬物の作用(被験薬が被相互作用薬となる場合)及び被験薬が他の薬物の薬物動態に及ぼす作用(被験薬が相互作用薬となる場合)を評価するin vitro試験は,多数の被験者あるいは長期間の投与を行う前(通常,第Ⅲ相試験開始前)までに実施しておくべきである.通常,第Ⅰ相試験を開始する前に,in vitro試験に基づき被験薬の血漿蛋白結合率及び主な代謝物を明らかにする.また,臨床における薬物相互作用試験及びヒトにおけるマスバランス試験は,原則,第Ⅲ相試験開始前に実施することが望ましい.以上の検討方針に従い段階的に収集されたin vitro又は臨床薬物相互作用試験に基づく情報は,治験薬概要書に記述するなどの方法で,より後期の臨床試験の実施の際に適切に提供される必要がある.
医薬品開発の各段階において,薬物相互作用の可能性を予測し,臨床試験の実施と試験デザインに関する情報を得るために,生理学的薬物速度論(Physiologically based pharmacokinetics(PBPK))などを活用したモデルとシミュレーションが有用である.モデリングとシミュレーションによる検討においては,検討目的に応じて,使用するモデルや実施するシミュレーションの性質を十分理解するとともに得られた結果の信頼性の確認が必要である.承認申請時にシミュレーション結果を利用する場合には,モデルの設定に関する仮定とモデル構築の過程の情報を提供し,統計学的側面からの検討とともに生理学的及び医学・薬学の観点から,構築されたモデルと実施したシミュレーション結果の妥当性を示す必要がある.
臨床において被験薬と併用薬の間で顕著な薬物相互作用が観察されたものの相互作用の機序が明らかではない場合には,追加の検討を行うことにより,薬物相互作用が生じる機序を解明することが推奨される.
なお,薬物相互作用を検討する臨床試験の実施に当たっては,医薬品の臨床試験の実施の基準に関する省令(GCP)を遵守して行い,薬物動態の評価は「医薬品の臨床薬物動態試験について」に準拠して行う.
2.吸収における薬物相互作用
消化管からの吸収過程における薬物相互作用は,主に経口投与される被験薬で問題となるが,薬物投与後に消化管吸収される可能性のある吸入薬,経鼻薬,口腔粘膜吸収薬などについても,同様の薬物相互作用を考慮すべきである.
また,薬物の吸収過程には,併用薬だけでなく飲食物中の成分も大きな影響を及ぼすことがある.これらの影響の多くは薬物及び製剤の物理的・化学的特性及びその薬理作用の十分な理解により定性的な予測が可能である.したがって,以下2.1~2.2の項目に該当する可能性について考察するとともに,それらから予想できないような薬物動態の変化が認められた場合には,必要に応じて,後述の代謝酵素あるいはトランスポーターを介した相互作用の可能性も含めて,その原因を検討する.
吸収過程に及ぼす食事の影響については製剤により影響が異なるため,最終製剤について検討する.最終製剤の定義については「医薬品の臨床薬物動態試験について」を参照する.
2.1 消化管内におけるpHの変化,複合体・キレートの形成及び溶解性への影響
2.1.1 被験薬が被相互作用薬となる場合
薬物又は製剤の溶解性にpH依存性が認められる薬物においては,胃内pHを変化させる薬物(プロトンポンプ阻害薬,H2受容体拮抗薬,及び制酸薬など)との併用による消化管吸収への影響を臨床薬物相互作用試験において評価する必要性を検討すべきである.
また,併用薬及び飲食物成分(カルシウムなど)との間で複合体,キレート又はミセルなどが形成されることで,被験薬の消化管吸収を低下又は増加させる場合があるので,薬物の物理的・化学的特性を踏まえ,必要に応じ複合体等が形成する可能性についてin vitroで評価する.さらに物理的・化学的特性及びin vitroデータから,臨床において複合体等の形成が問題となる可能性が示された場合には,飲食物などとの臨床相互作用試験の必要性を検討すべきである.小児に適応される医薬品では,新生児及び乳児におけるミルクの摂取など,食事内容の特徴も考慮する.
食事の影響の検討は,食事の影響を最も受けやすい条件で実施することが望ましい.脂溶性が高く消化管内での溶解性が低い薬物の中には,高脂肪食の摂取に起因する胆汁の分泌増加などにより溶解性が高まり,薬物の消化管吸収が増加する場合もある.
2.1.2 被験薬が相互作用薬となる場合
被験薬が胃内pHを変化させる場合,pH依存性を示す他の薬物の消化管吸収への影響を予測し,臨床薬物相互作用試験において評価する必要性を検討すべきである.また,被験薬の化学構造によっては,複合体の形成を介して薬物の吸収阻害を生じるなど,他の機序の可能性についても検討する.
2.2 消化管運動に及ぼす影響
2.2.1 被験薬が被相互作用薬となる場合
消化管運動に影響する薬物(プロパンテリン,メトクロプラミドなど)との併用は,製剤の崩壊性や小腸移行速度を変化させ消化管からの薬物の吸収速度を変動させうる.また,摂食により胃内容物の排出速度が遅くなり,小腸からの吸収遅延が認められることがある.これらのうち,特に血中濃度-時間曲線下面積(AUC)の変化を伴う体内動態の変動が認められた場合には,被験薬の代謝への影響にも注意する必要がある.
2.2.2 被験薬が相互作用薬となる場合
被験薬が胃排出又は腸管運動に対して影響を及ぼすことが明らかな場合,他の薬物の薬物動態に影響を与える可能性がある.その場合には,臨床的に問題となる薬物相互作用の生じる可能性について検討し,必要に応じて適切な指標薬(胃排出に対する作用の指標薬としてアセトアミノフェンなど)に対する作用を評価すべきである.このような胃排出又は腸管運動に対する影響は,被験薬が非経口投与される場合であっても生じる可能性があることに留意する.
2.3 吸収におけるトランスポーターの関与
消化管上皮細胞の管腔側の細胞膜上に発現しているトランスポーターにより吸収される薬物では,同じトランスポーターにより吸収される薬物又は飲食物成分との間に相互作用が生じ,薬物の吸収が低下することがある.また,小腸管腔側の細胞膜上には排出トランスポーターが発現していて,一部の薬物については,上皮細胞中に管腔側から取り込まれた後,基底膜側(門脈側)に移行する前に,排出トランスポーターによって小腸管腔側へ排出される.排出トランスポーターの阻害により薬物の吸収が増大する薬物相互作用も報告されている1,2)(表6―1参照).また,消化管における排出トランスポーター(P―糖蛋白質,P―glycoprotein(P―gp))の発現誘導により,薬物の吸収が低下する薬物相互作用も報告されている3,4)(表6―2参照).
消化管上皮細胞の管腔側に発現するP―gp及びbreast cancer resistance protein(BCRP)は,いずれも排出トランスポーターとして,基質となる薬物の消化管吸収を低下させる(表6―1参照)ことから,被験薬がP―gp又はBCRPの基質となる可能性についてin vitro試験により評価する.In vitro試験法としては,Caco―2細胞又はトランスポーター発現細胞株を用いた双方向の経細胞輸送実験が推奨される.この試験結果に基づき,臨床薬物相互作用試験の必要性を検討すべきである(検討手順は6.2項及び図6―2を参照).また,消化管における吸収や排出にP―gp又はBCRP以外のトランスポーターが大きな影響を及ぼすことが示唆された場合には,Caco―2細胞又はトランスポーター発現細胞株などを用いて,寄与するトランスポーターの特定やその寄与の程度を検討し,必要に応じて,臨床薬物相互作用試験の実施も考慮する.
P―gp又はBCRPの基質と阻害薬の併用により,基質の吸収が増大する可能性があることから,被験薬のP―gp及びBCRPに対する阻害作用についてもin vitro試験により評価する.この試験結果に基づき,臨床薬物相互作用試験の実施の必要性を検討する(検討手順は,6.2項及び図6―3を参照).また,P―gp又はBCRP以外のトランスポーターに対する阻害作用が併用薬の吸収に影響を及ぼすことが示唆された場合は,in vitro試験によりその程度を検討し,必要に応じて,臨床薬物相互作用試験の実施も考慮する.
飲食物成分やサプリメントに関しては,セントジョーンズワートによるP―gpの誘導の他,グレープフルーツジュース,オレンジジュース,リンゴジュースなどによる取り込みトランスポーターorganic anion transporting polypeptides(OATPs)の阻害による相互作用も報告されている5,6).
2.4 消化管における薬物代謝酵素を介した薬物相互作用
消化管,特に小腸粘膜では,CYP3Aが多く発現している.小腸においてCYP3Aによる初回通過代謝を大きく受けるような被験薬では,CYP3Aを阻害する薬物の併用によりバイオアベイラビリティが増大し,予期しない副作用につながる可能性がある.一方,CYP3Aを誘導する薬物の併用により肝臓と同様に小腸においてもCYP3Aが誘導されると,被験薬の血中濃度が低下することで治療域に到達せず,期待する効果が得られなくなる可能性がある.したがって,被験薬の初回通過代謝の程度などを考察し,必要に応じて小腸における薬物相互作用について検討することが望ましい.一方で,被験薬がCYP3Aを阻害する場合においては,小腸における代謝阻害の観点からもin vitro試験を行い,臨床薬物相互作用試験の実施の必要性を検討する(検討手順については4.1項,4.2項及び図4―1,図4―2を参照).
また,CYP3A阻害を示す飲食物中の成分の影響も考慮する必要がある.例えば,グレープフルーツジュース中にはCYP3Aを強く阻害する物質が存在するため,CYP3Aにより主として代謝される経口薬をグレープフルーツジュースと一緒に服用した場合にバイオアベイラビリティが上昇したとの報告がある7).
CYP3Aの基質薬はP―gpの基質薬であることが多いが,薬物相互作用へのCYP3A及びP―gpの寄与を分離して評価することは現状では容易ではなく,その両方が阻害あるいは誘導された場合の薬物相互作用のリスクを念頭に置いて評価する.
3.組織移行及び体内分布における薬物相互作用
薬物の多くは血漿中で血漿蛋白質と結合して存在し,また,組織内では蛋白質やある種の組織成分と結合している.血漿と組織の間の薬物の移行は非結合形(型)によることから,蛋白結合の置換による非結合率の変動が薬物相互作用の原因となることがある.また,薬物によってはその組織分布にトランスポーターが関与する.
3.1 血漿蛋白結合
薬物が血漿中において結合する蛋白質は主にアルブミンであるが,一部の薬物はα1―酸性糖蛋白質,リポ蛋白質,あるいはその他の蛋白質に結合する.In vitroで血漿蛋白質との結合率が高い被験薬については,結合蛋白質の種類と結合の程度を明らかにしておくことが薬物相互作用の検討に必要である.
薬物相互作用により分布が変化する最も一般的な原因は,血漿蛋白質と結合した薬物の置換によるものである.血漿蛋白質と強く結合する併用薬により,被験薬が結合蛋白質から遊離し,血漿中非結合形濃度が上昇する.しかしほとんどの場合,置換は臨床上の重要な変化をもたらさない.但し,被験薬の血漿蛋白結合率が約90%以上で,治療域が狭く,かつ,以下の条件のいずれかを満たす場合には,血漿蛋白質と強く結合することが知られる薬物との併用により重要な相互作用を受ける可能性があることを考慮する必要がある.
1) 分布容積が小さい薬物.この場合は薬物のクリアランスの大きさ及び被験薬の投与経路の違いは問わない.
2) 主に肝における除去により体内から消失し,しかもその肝クリアランスが大きい被験薬を静脈内に投与する場合.
3) 主に腎からの除去により体内から消失し,しかもその腎クリアランスが大きい被験薬の場合.この場合は投与経路を問わない.
一方で,血漿蛋白結合の置換を介して併用薬の体内動態に影響を及ぼす薬物は,結合対象の蛋白質濃度と少なくとも同程度の血漿中濃度を示す薬物に限られることにも注意が必要である.なお,臨床上問題となる副作用の発現や薬効の変化は非結合形の濃度に依存するので,血漿蛋白結合率の変動が予想される臨床薬物相互作用試験では,非結合形濃度の測定も考慮すべきである.実際にヒトでの分布容積が大きく,かつ肝クリアランスが小さい被験薬においては,併用薬による血漿蛋白結合の置換は血漿中の被験薬の総濃度を低下させるが,非結合形濃度にはほとんど影響を与えないので,臨床上の重要な結果をもたらさない.この事例として,定常状態にあるフェニトインは,バルプロ酸を併用投与したとき血漿中総濃度は低下するが,非結合形濃度には変化が認められないことが報告されている8).
3.2 組織移行及び体内分布
組織中の特定の成分との結合の変動による薬物相互作用に加えて,各組織に発現する取り込み・排出トランスポーターの阻害や誘導が生じることにより被験薬の組織分布が変化する可能性にも留意すべきである.
3.2.1 特定の組織成分との結合
薬物によっては,組織の受容体,蛋白質,脂質などと特異的に結合し,結合における競合により組織内の非結合形の薬物濃度が変化し薬物相互作用が生じることがある.
3.2.2 組織への取り込み及び排出におけるトランスポーターの関与
肝臓,腎臓,脳,胎盤や網膜などに存在する血液と組織を隔てる関門組織にはトランスポーターが発現しており,各組織への薬物の分布(取り込み及び排出)に関与する.トランスポーターを介した能動輸送過程において薬物相互作用が生じる場合には,当該組織中の非結合形薬物濃度に影響を与え(取り込みの阻害により減少,排出の阻害により増加する),その組織での作用や副作用発現に影響を与える可能性がある留意事項(1).
組織分布における薬物相互作用は,必ずしも血漿中の薬物濃度の変化に反映されるとは限らない.特に,全身の分布容積に比して分布容積が小さい組織のみにおいて能動輸送過程に相互作用が生じる場合は,当該組織中の薬物濃度が変動しても,血漿中の薬物濃度の変動に反映されないため注意が必要である.一方で,肝臓,腎臓などの主要な分布,排泄臓器において薬物相互作用の生じる場合には,薬物の分布容積,全身クリアランスにも影響し,血漿中の薬物濃度が変動することもある(5.1項,5.2項参照).
4.薬物代謝における薬物相互作用
薬物代謝が関連する相互作用試験では,相互作用が生じる代謝経路を特定し,被験薬が被相互作用薬である(薬物相互作用を受ける)場合は全体の消失経路の中でその経路が占める重要性を定量的に把握し,また相互作用薬である(薬物相互作用を与える)場合は,阻害,誘導などの機序によりその経路の活性に与える影響を評価することが重要である.薬物代謝においては1つの酵素が多数の薬物の消失に関与することが一般的であり,中でも最も重要な酵素であるCYP3Aは基質特異性が低く薬物相互作用に関係する薬物の数が非常に多い.そのために網羅的な臨床試験の実施は難しく,比較的少数の臨床薬物相互作用試験の結果から,モデリングとシミュレーションを利用して評価することが有用な場合も考えられる(4.3.3項参照).
薬物代謝が関与する薬物相互作用の多くは,酸化的代謝,特にシトクロムP450(P450)が関連する.また,UDPグルクロン酸転移酵素(UGT)などの非P450酵素が薬物相互作用に関与することも知られている9).本項では,主としてP450の関与する薬物相互作用の可能性の検討について述べる.4.1項で主要消失経路の特定と薬物相互作用の寄与の程度の評価について,4.2項においてP450とその他の代謝酵素の場合に分けて,薬物相互作用の可能性を検討する具体的な方法について述べる(図4―1~3).また,in vitroにおける代表的なP450酵素反応,P450阻害薬及び誘導薬の例,in vivoにおける代表的なP450の阻害薬,誘導薬及び基質薬の例を示した(表4―1~3,表7―1~3).
4.1 被験薬の主要消失経路とin vivo寄与率の評価
被験薬が被相互作用薬となる可能性を検討し,薬物相互作用の寄与の程度を定量的に評価するためには,経口薬の場合,被験薬の経口投与時のクリアランス(CL/F)に対する,薬物相互作用を生じる経路のin vivoにおける寄与率(Contribution Ratio, CR)が重要である10).被験薬の主要消失経路が代謝である場合は,4.1.1及び4.1.2に示す検討手順に従って寄与率の大きい酵素分子種を特定し,その寄与の程度を可能な限り明らかにする必要がある(図4―1参照).一般に,in vitro代謝試験からCRを推定する場合には,ヒト肝ミクロソームなどにおいて当該酵素で代謝される割合fm(fraction metabolized)を代用する*留意事項(2).In vitro代謝試験及び臨床薬物動態試験の結果から,特定の代謝酵素による消失が被験薬の消失全体の25%以上に寄与すると推定される場合は,当該酵素の相互作用薬(阻害薬,誘導薬:表7―1,表7―2参照)を用いて臨床薬物相互作用試験の実施を考慮する.なお,被験薬の臨床適応上の投与経路が経口投与であっても,必要に応じて静脈内投与試験を実施することで,被験薬の全身クリアランスにおける腎排泄の寄与を明らかにすることができる.
被験薬がプロドラッグで作用の本体が活性代謝物である場合,あるいは薬理活性を有する代謝物を生成し,そのin vitro活性と非結合形薬物のAUCに基づいて推定されたin vivoにおける薬理作用が全体の作用の50%以上を占める場合,又は有害な作用を引き起こすと疑われる場合は,当該代謝物の主要生成経路及び消失経路に寄与する代謝酵素を特定し,未変化体と同様に相互作用を受ける可能性を検討する.
4.1.1 In vitro代謝試験による主要消失経路に関与する酵素の同定
In vitro試験の実施においては,in vivoにおける代謝プロファイルを反映する実験方法,試験系,適切な基質及び相互作用薬並びにその検討濃度を選択する.通常,酵素の種類に応じて,ヒト肝及び小腸ミクロソーム並びにS9画分,ヒト肝細胞,ヒト酵素の発現系ミクロソームなどを選択する.P450及びUGTは,発現系を除き,上述の全ての系に存在する(通常,発現系細胞は1種類の酵素しか高レベルに発現していない).硫酸転移酵素,グルタチオン転移酵素,アルデヒド脱水素酵素,アルコール脱水素酵素などの可溶性画分に存在する酵素は,S9画分及び肝細胞に含まれる.肝細胞にはトランスポーターも発現している.試験結果を解釈する際には,使用したin vitro試験系の特徴を十分に考慮すべきである.
In vitro代謝試験は,通常,治療上意味のある被験薬濃度を用いて,可能ならば線形条件下において実施する.多酵素系では,各酵素の選択的阻害薬(表4―2参照)を添加して,被験薬の代謝に対する各酵素の寄与を評価することが可能である.阻害薬の特異性が十分に高くない場合は,特定の代謝酵素分子種以外が発現していないin vitro試験系を利用することが推奨される.特異性が十分に裏付けられている抗体があれば,阻害薬の代用として使用可能である.代謝に関与する主要な酵素をin vitroで特定するためには,複数のin vitro試験系で評価を行い,結果を比較することが推奨される*留意事項(3).
代謝は,被験薬の消失速度又は代謝物の生成速度として評価する.特定の代謝経路を触媒する酵素活性を評価する場合には,被験薬又は指標薬の減少よりも代謝物の生成速度として検討することが推奨される.一方で,被験薬の消失全体における当該代謝経路の寄与を把握する目的では,当該被験薬の消失速度として評価することが重要である.
4.1.2 マスバランス試験による主要消失経路の同定及び定量的評価
ヒトにおけるマスバランス試験は体内における薬物の物質収支を把握する試験であり,未変化体に加えて代謝物の薬物動態に関する情報,及び主要消失経路の同定に有用な情報が得られる.マスバランス試験で得られた情報をin vitro試験結果と統合することにより,被験薬のin vivoでの主要な消失経路及びその経路に関与する酵素の寄与率を推定することが可能である.ただし,マスバランス試験が主要消失経路の同定に特に有用なのは,その経路が単純な場合であり,多段階の代謝が複雑に絡み合っている場合には,その解釈に注意が必要である.なお,未変化体及び既知の代謝物の回収率が高く,未知の代謝物が少ない被験薬の場合には,必ずしもマスバランス試験を放射性標識体で実施する必要はない.
マスバランス試験では,通常代謝的に安定な位置に放射標識した被験薬を投与し,総放射能のAUCと,未変化体及び代謝物のAUC,並びに尿中及び糞便中排泄量を測定する.薬物関連物質はできるだけ多く特定することが望ましい.一般的に,薬物関連物質の総AUC(マスバランス試験の場合は総放射能のAUC)に対する割合が10%を超える代謝物については,その化学構造を推定することが推奨される.この場合,通常はAUCの群平均値,例えば,0時間から無限大までのAUC(AUCinf)に基づいて代謝物の割合を算出する.
マスバランス試験で得られた情報とin vitro試験結果に基づき,in vivoでの被験薬の主要な消失経路及びその経路に関与する酵素の寄与率の推定の際には,通常,以下の手順で行う.被験薬の化学構造から予想される代謝反応及びマスバランス試験などで測定された代謝物に基づき,代謝経路を推定し,次に,特定の経路において一次代謝物及び二次代謝物として排泄される薬物関連物質量に基づき,各代謝経路による消失の定量的な寄与率を推定する.被験薬の総消失量(初回通過分を含む)に対する主要経路の推定寄与率は,1つの主要経路に由来する全代謝物の排泄物中の総量を,投与量又は排泄物中に認められた薬物関連物質の総量で除した値である.相当量の未変化体が糞便中に認められ,これが胆汁(又は消化管壁)分泌に由来することを確認できない場合,排泄物中で認められた薬物関連物質の量から糞便中で認められた未変化体の量を減じた値を計算式の分母とする.以上の手順などにより,各(主要)消失経路のin vivo寄与率(最大の推定値)を算出する.
4.2 In vitro試験による臨床試験を実施する必要性の評価
In vitro酵素阻害試験は,ヒト肝ミクロソーム,ヒト肝細胞,評価対象の酵素の発現系ミクロソームなどを用いて実施する.反応液中での被験薬の代謝が速い場合には,被験薬の濃度低下を最小限に抑えるため,被験薬と比較して十分に代謝が速い指標薬を使用してKi(阻害定数:酵素―阻害薬複合体からの阻害薬の解離定数)の評価を行う.選択的阻害薬(表4―2参照)を使用して陽性対照実験を行い,同様の方法で評価されたKi値などの文献値と比較し,試験系の妥当性を確認する.
In vitro酵素誘導及びダウンレギュレーション試験では,初代培養肝細胞(新鮮又は凍結保存)を使用することが望ましい.現時点では,ヒト肝腫瘍由来細胞株(HepaRGなど),核内受容体結合アッセイ,リポーター遺伝子アッセイなど,他のin vitro試験系から得られたデータは,初代培養肝細胞系から得られたデータの補足データとして位置づけられる.一般に,初代培養肝細胞を用いて得られる結果は個体間変動やロット差が大きいため,3名以上のドナー由来の肝細胞を用いて,適切な溶媒対照及び陽性対照を評価に含め,試験系の妥当性を担保する*留意事項(4)(表4―3参照).評価項目としては,被験薬の酵素阻害作用により酵素誘導を見落とすことを避けるため,標的遺伝子のmRNA発現量の変化を用いることが推奨される.ただし,被験薬が酵素阻害作用(特に時間依存的阻害,4.2.1.3項参照)を有していないことが明らかな場合には,酵素活性を評価項目とすることも可能である.この際,濃度依存的な酵素活性の変動(誘導)が認められた場合には,mRNAを評価項目とする場合と同様の基準で臨床薬物相互作用試験の必要性を判断する(4.2.1.6項参照).
4.2.1 シトクロムP450(P450)を介した薬物相互作用に関する検討方法
P450には多くの分子種が知られているが,主要な分子種はCYP1A2,2B6,2C8,2C9,2C19,2D6及び3A(CYP3A4及びCYP3A5)である.被験薬がこれらの分子種による代謝を受ける場合は,in vitro代謝試験及び臨床薬物動態試験からその消失への寄与を推定する.また,in vitro試験からP450に対する阻害や誘導の可能性が考えられる場合には,臨床薬物相互作用試験を実施する(図4―1~3参照).被験薬の代謝における主要なP450分子種の寄与が小さい場合には,他のP450分子種(例:CYP2A6,2E1,2J2,4F2)あるいはP450以外の第Ⅰ相酵素や第Ⅱ相酵素の基質となる可能性を検討する.
4.2.1.1 被相互作用薬となる可能性を検討するin vitro試験系
P450分子種の寄与率の推定は,一般的にヒト肝ミクロソームを用いた試験系により検討する.試験系の妥当性は,通常,反応時間依存性及びミクロソーム蛋白量依存性などを,代謝物の生成速度を指標として評価することで確認する.用いる被験薬濃度などの試験条件によりP450分子種の寄与率が異なる場合には,in vivoの条件を考慮して評価する必要がある11―13).
4.2.1.2 被相互作用薬となる可能性を検討する臨床試験の必要性
In vitro代謝試験及びマスバランス試験などの結果から,特定のP450分子種による代謝が被験薬の消失全体の25%以上に寄与する場合には*留意事項(5),被験薬がそのP450分子種の関与する薬物相互作用の被相互作用薬になる可能性があることから,適切な代謝酵素阻害薬及び誘導薬(7.6項,7.7項,表7―1,表7―2参照)を用いての臨床薬物相互作用試験の実施を考慮する(図4―1参照).当該試験においては,可能な限り最初に強い阻害薬(7.6項,表7―1参照)を用い,被験薬の薬物動態の変化の程度を評価する.試験結果により薬物相互作用がないと判断された場合(7.2項,図4―1参照),あるいは相互作用が軽微である場合には,被験薬の消失全体における当該酵素の寄与は小さいことが多く,臨床薬物相互作用試験を追加して実施する必要性は低い.一方,強い阻害薬を用いた相互作用試験の結果から,用量調整の必要性を考慮すべき薬物相互作用を受けることが示唆された場合は,必要に応じて、臨床的に併用される可能性を考慮のうえ,同じ経路の他の阻害薬の影響を臨床薬物相互作用試験で評価する.PBPKモデルの妥当性が確認され臨床試験の結果を矛盾なく説明できる場合は,モデルによる評価も可能である.それ以外の阻害薬との相互作用の評価は,通常の臨床試験の中での併用事例データに基づき検討することも可能である.誘導薬との臨床薬物相互作用試験は,阻害薬との臨床薬物相互作用試験の結果から,シミュレーションなどにより臨床的に問題となる薬物相互作用が生じるリスクがあると判断された場合には必要となる.なお,サプリメントであるセントジョーンズワート中には,CYP3Aを誘導する物質が存在するので,CYP3Aにより主として代謝される被験薬との併用については注意が必要である.
4.2.1.3 相互作用薬(P450阻害)となる可能性を検討するin vitro試験系
被験薬がP450に対して阻害作用を及ぼすか否かについて,in vitro試験系により評価する(図4―2参照).通常,主要な分子種であるCYP1A2,2B6,2C8,2C9,2C19,2D6及び3Aに対する阻害作用を検討する.表4―1に,in vitroにおけるP450のマーカー反応を示す.In vitro試験で使用する基質の濃度は文献を参照し,通常,Km値付近かそれ以下とする.CYP3Aの阻害作用は,ミダゾラムとテストステロンなどの基質結合部位の異なる複数の基質を用いて評価する14).
一定範囲の濃度で被験薬の阻害作用を評価し,当該P450のマーカー反応に対するKi値を算出する.被験薬の濃度範囲は,臨床で起こりうる阻害が適切に評価可能となるよう十分に高濃度まで設定する.設定する被験薬の濃度範囲は,予想される酵素阻害部位(肝臓,小腸),投与方法,剤形,薬物動態パラメータ(Cmax又はAUC)に応じて変わるが,通常は,Cmax(結合形+非結合形)の10倍以上を含む濃度設定とし,濃度依存的な阻害が認められた場合にはKi値を算出する.In vitro試験系におけるKi値の算出の際には,反応系における被験薬の非結合形濃度が総濃度よりも顕著に低いと予想される場合,反応液中の非結合形濃度の推定値又は実測値を使用する15).これは,被験薬が試験管壁に著しく吸着する可能性がある場合などにも当てはまる.
未変化体に加えて,主要な代謝物による酵素阻害作用についても検討することが望ましい.評価対象とすべき判断基準としては,第Ⅰ相代謝物のうち,AUCが未変化体の25%以上かつ薬物関連物質の総AUCの10%以上を占める代謝物とする.その他の代謝物においても,強い酵素阻害が疑われる理由がある場合には阻害作用を検討する.In vivoで観察された薬物相互作用が特定の代謝物に起因することが示されている場合,in vitroでの代謝物による酵素阻害試験の実施は,臨床薬物相互作用試験のデザイン及び試験結果の解釈に有用である.また臨床薬物相互作用試験では,薬物相互作用に関連する可能性のある代謝物の血中濃度を測定することが推奨される.
代謝物の阻害作用を検討する際においても,未変化体と同様,代謝物のCmax(結合形+非結合形)の10倍以上を含む濃度設定とし,Ki値の算出を行う場合には,必要に応じて,ミクロソームなどへの結合率を推定あるいは実測するなどして非結合形濃度に補正する.
In vitro試験において,プレインキュベーションにより阻害作用が増強する場合は,時間依存的阻害(time―dependent inhibition, TDI)があると判断する.TDIが認められた場合は,kinact値(最大不活性化速度定数)及びKI値(最大不活性化速度の50%の速度をもたらす阻害薬の濃度)を推定する16).In vitro試験の条件(例えば,蛋白質の濃度が高く非結合形の濃度が顕著に低いことが想定される場合には,ミクロソーム蛋白への非特異的な結合を評価する必要があるなど)が結果に影響を及ぼす場合があることを十分に考慮してTDIを評価する必要がある.
4.2.1.4 相互作用薬(P450阻害)となる可能性を検討する臨床試験の必要性
被験薬が阻害薬となる可能性を評価するための臨床薬物相互作用試験を実施するか否かは,in vitroデータなどに基づく,以下に述べるカットオフ基準による評価を行う(図4―2参照).カットオフ基準に加えて,静的薬物速度論(MSPK)モデル,生理学的薬物速度論(PBPK)モデルなどを用いた検討が可能である(4.3項参照).カットオフ基準は,以下で述べる式に従い,特定の酵素反応に対する被験薬の存在下と非存在下における基質の固有クリアランス値の比(R値)を算出する.算出したR値に基づき,臨床薬物相互作用試験を実施する必要性の有無を判断する.被験薬に関する評価においてこの基準を超える場合には,薬物動態学的相互作用を受けやすい基質薬(7.8項及び表7―3参照)を用いて,そのリスクを臨床試験で検討する.
モデルを用いた検討における判断基準として,生物学的同等性の評価に使用するAUC比(AUCR)の90%信頼区間が0.8~1.25を使用できる.モデルにより推定されるAUCRが0.8~1.25の範囲外であった場合には,原則として臨床薬物相互作用試験が必要になる.なお,阻害(可逆的又はTDI)及び誘導の双方向の作用によって生じる薬物相互作用の定量的評価にモデルを適用した経験は限られていることから,臨床薬物相互作用試験を実施する必要性の有無を判断する際には,現状では阻害と誘導は別個に評価した上で保守的な判断をすべきである17).
1―1) 可逆的阻害
R値は,in vitro阻害定数(Ki)及び臨床最大用量を投与したときにin vivoで達成される阻害薬(被験薬又は代謝物)の最高濃度[I]により以下の式に従って決定される.
式1
R=1+[I]/Ki
[I]:Cmax(結合形濃度+非結合形濃度),あるいは,[I]g:投与量/250mL
Ki:in vitro試験で測定した阻害定数
Ki値の代わりに50%阻害濃度(IC50)を用いる場合もある.ただし,IC50値を使用する場合は,基質濃度がKm値付近の場合は競合阻害を仮定してKi=IC50/2,あるいは基質濃度がKmより明らかに小さい線形条件下ではKi=IC50とするなど,科学的な根拠を示す必要がある.
通常は,保守的な[I]として,阻害薬の全身血中Cmaxの総濃度(結合形濃度+非結合形濃度)を用い,R値のカットオフ基準は,1.1を使用する17,18).経口投与薬の場合は,消化管で高発現するP450(例:CYP3A)を阻害する可能性に留意すべきであり,消化管内の最高濃度[I]gとして投与量/250mLを用いる方が全身血中濃度よりも阻害薬の最高濃度を適切に反映する可能性がある(但し,低溶解性化合物には当てはまらない場合がある).[I]gを用いる場合,代替R値(R=1+[I]g/Ki)のカットオフ基準は11を使用する.R値が1.1又は11(代替R値)を下回る場合は,臨床薬物相互作用試験の実施は不要である.この基準を上回る場合は,4.3項に示すモデルを用いた検討結果も考慮した上で,最もR値が大きいP450を対象に,薬物動態学的相互作用を受けやすい基質薬(7.8項,表7―3)を用いる臨床薬物相互作用試験を実施する.当該臨床薬物相互作用試験において薬物相互作用がないと判断された場合(7.2項,図4―2参照)には,他のP450に関する臨床薬物相互作用試験の実施は不要である.
1―2) 時間依存的阻害(TDI)*留意事項(6)
P450を阻害する薬物相互作用の多くは可逆的であるが,阻害作用が経時的に増加し,必ずしも完全には可逆的でない場合,TDIがみられることがある.TDIは,主として化学反応性の高い代謝中間体の形成を触媒する酵素に,生成した中間体が不可逆的に共有結合又は強力かつ準不可逆的に非共有結合することに起因すると考えられる.
In vitroでの標準的なTDI評価方法では,基質を添加する前に被験薬を試験系でプレインキュベートする.基質の代謝物の生成率が時間依存的に低下する場合は,TDIが示唆され,in vitro試験でTDIのパラメータ(kinact及びKI)を算出する16).一般に,阻害を受ける酵素の濃度が阻害薬の存在下で新たな定常状態に達しており,阻害薬が酵素の新規合成に影響を与えないという前提で評価する.可逆的阻害とは異なり,TDIのR値は,阻害薬の濃度及びTDIのパラメータ(kinact及びKI)に加えて,酵素分解の速度定数(kdeg)にも左右される(式2).
式2
R=(kobs+kdeg)/kdeg,ただし,kobs=kinact×[I]/(KI+[I])
[I]:Cmax(結合形濃度+非結合形濃度),あるいは,[I]g:投与量/250mL
KI:最大不活性化速度の50%の速度をもたらす阻害薬の濃度
kdeg:酵素の分解速度定数,kinact:最大不活性化速度定数,kobs:見かけの不活性化速度定数
In vitro試験の結果からTDIが生じる可能性が示唆される場合(肝でR>1.1あるいは小腸でR>11)は,可逆的阻害の場合と同様に,4.3項に示すモデルを用いた検討結果も考慮した上で,薬物動態学的相互作用を受けやすい基質薬(7.8項,表7―3)を用いる臨床薬物相互作用試験を実施する.
4.2.1.5 相互作用薬(P450誘導及びダウンレギュレーション)となる可能性を検討するin vitro試験系
被験薬により,核内受容体又はその他のP450の発現制御経路への影響を介した代謝酵素の誘導又はダウンレギュレーション*留意事項(7)が起こりうるため,薬物相互作用が生じる可能性を検討する(図4―3参照).一般に,in vitroでの検討に基づき,臨床薬物相互作用試験の必要性を検討するが,直接,臨床薬物相互作用試験で誘導を評価する場合もある.
通常,in vitro試験でCYP1A2,2B6及び3A(通常はCYP3A4)について酵素誘導作用を検討する.核内受容体であるpregnane X receptor(PXR)の活性化により,CYP3A及びCYP2C(CYP2C9やCYP2C19など)が共誘導されることから,CYP3Aの誘導を評価するin vitro試験の結果により誘導作用がないと判断された場合は,CYP3Aの臨床薬物相互作用試験及びCYP2Cのin vitro又は臨床における誘導試験を更に行う必要はない.CYP3A誘導試験の結果により誘導作用があると判断された場合は,CYP2Cの誘導をin vitro又は臨床試験のいずれかで検討する.CYP1A2及びCYP2B6はPXRとは異なる核内受容体(aryl hydrocarbon receptor(AhR)及びconstitutive androstane receptor(CAR)により誘導されるため,被験薬がCYP1A2及びCYP2B6を誘導する可能性は,CYP3Aの試験結果に関わらず検討する.
検討対象の濃度範囲は,被験薬の薬物動態により異なり,in vivoの肝細胞で予測される最高濃度を含む3濃度以上で評価し誘導パラメータ(EC50及びEmax)を算出する.一般に,肝酵素に影響を及ぼす薬物に関しては,最大治療用量を投与したときの定常状態で得られるCmax(結合形+非結合形)の10倍以上を含む濃度設定とする.通常は,mRNAレベルを対照(溶媒添加)と比較し,上述した濃度の被験薬処理によりその増加が濃度依存的であり,増加率が100%を超える場合には,in vitro試験での酵素誘導作用があるとみなす.観察された濃度依存的なmRNA増加が100%未満の場合は,そのmRNAの増加が陽性対照による反応の20%未満である場合に限り,in vitro試験での酵素誘導作用がないとみなすことができる.
4.2.1.6 相互作用薬(P450誘導及びダウンレギュレーション)となる可能性を検討する臨床試験の必要性
In vitro試験より得られたEC50及びEmaxを用いて,以下の式3に基づきカットオフ基準としてR値を算出する*留意事項(8).カットオフ基準に加えて,MSPKモデル,PBPKモデルなどを用いて検討することができる(4.3項参照).
式3
R=1/(1+d×Emax×[I]/(EC50+[I]))
[I]:Cmax(結合形濃度+非結合形濃度)
EC50:最大効果の50%の効果をもたらす濃度,Emax:最大誘導作用,d:換算係数
カットオフ基準に基づく評価ではd=1を用いる.R<0.9の場合は,当該被験薬を酵素誘導薬と判断する.
4.2.2 その他の薬物代謝酵素を介した薬物相互作用に関する検討方法*留意事項(9)
薬物の代謝に関与しているP450以外の第Ⅰ相酵素(酸化,還元,加水分解,閉環及び開環反応に関与している酵素)として,モノアミン酸化酵素,フラビンモノオキシゲナーゼ,キサンチンオキシダーゼ,アルデヒドオキシダーゼ及びアルコール脱水素酵素,アルデヒド脱水素酵素などがある.これらP450以外の第Ⅰ相酵素の基質である場合についても,被験薬の消失への寄与が大きい場合は,関与する分子種の同定及び寄与の程度を検討することが推奨される.被験薬がこれらの酵素の基質となる可能性については,同種同効薬や構造類縁化合物などの知見を踏まえて評価可能な場合もある.
第Ⅱ相酵素のうち,被験薬が主にUGTで代謝される場合には,その消失におけるUGT1A1,1A3,1A4,1A6,1A9,2B7及び2B15などの寄与の程度について検討する(図4―1参照).この場合には,主要な代謝酵素であった分子種に加えて,比較的多くの医薬品の代謝に関与することが知られているUGT(UGT1A1,UGT2B7など)に対する阻害作用を検討することが推奨される(図4―2参照).
被験薬あるいは併用薬が上記以外の酵素により主に代謝される場合においても,その酵素に対する阻害作用を評価することが望ましい.すなわち,ソリブジンと5―フルオロウラシルの併用における有害作用発現事例のように,被験薬との併用が想定される薬物の主要な代謝経路に,P450やUGT以外の酵素の寄与が大きい場合には,被験薬及びその代謝物の当該酵素に対する阻害作用を検討すべきである.これらの試験で得られた結果を基に,臨床試験を実施する必要性を評価する際の考え方は,P450の場合に準ずる.
4.3 薬物代謝の関与する相互作用のカットオフ基準とモデルによる評価
臨床薬物相互作用試験の必要性を判断する目的には,基本的にカットオフ基準を用いる.しかし,カットオフ基準では併用薬の性質は考慮されないので,臨床試験を計画する場合には,モデルを用いた検討が有用な場合がある*留意事項(10)(図4―2,図4―3参照).これらの検討の目的には,MSPKモデル,又はPBPKモデルなどが使用できる.
4.3.1 カットオフ基準に基づく評価
カットオフ基準は,被験薬の臨床における薬物相互作用のリスクを判断するための,in vitroデータなどの閾値である.偽陰性(false―negative)の判断を避け,臨床において薬物相互作用が生じる可能性を見落とすことがないように,カットオフ基準は保守的な設定を用いる.カットオフ基準は,併用される基質薬には依存せず,阻害薬あるいは誘導薬の一般的な相互作用のリスクを表す.
4.3.2 静的薬物速度論(MSPK)モデル*留意事項(11)
MSPKモデルは,代謝経路の寄与率を考慮し,相互作用が生ずる部位を小腸と肝臓に区別するなどの点で,相互作用の機序を組み込んでいる(式4).また,薬物濃度の時間による変化を考慮しないなどの単純化を行うことで,PBPKモデルと比較した場合に解析が容易であることは1つの利点と考えられる.誘導についても,MSPKモデルを使用した相互作用の解析例が報告されている19).
一方でMSPKモデルを用いた解析では,濃度の時間変化を考慮しないことから,通常,その影響を過大評価する傾向がある.また,可逆的酵素阻害とTDI,並びに酵素誘導の作用が組み込まれており,双方向の作用を有する被験薬に関して臨床薬物相互作用試験を実施する必要性の有無を判断する際には,その使用に注意が必要である(4.2.1.4項参照).
式4
式中のA,B,Cは,それぞれTDI,誘導,可逆的阻害を指し,下記の補足表に記載のとおりである.Fgは薬物が消化管上皮細胞に吸収後,門脈血に到達する割合で,消化管上皮細胞内で代謝を受ける場合に小さくなる.fmは阻害(誘導)を受けるP450を介した基質の代謝固有クリアランスの,肝臓全ての代謝固有クリアランスに対する割合である.
式4(補足表)
下付き文字の「h」及び「g」はそれぞれ肝臓及び消化管を指し,[I]h及び[I]gはそれぞれ肝細胞中及び消化管上皮細胞中の被験薬濃度を示す.dは,対照データセットの線形回帰で同定した換算係数である.
4.3.3 生理学的薬物速度論(PBPK)モデル*留意事項(12)
PBPKモデルでは,時間推移を考慮した薬物濃度の変化が記述でき,相互作用薬が被相互作用薬の薬物動態プロファイル全体に及ぼす作用の評価に加え,トランスポーターや代謝物の寄与など,複雑な相互作用の評価が理論的に可能とされる(図4―2,図4―3参照).PBPKモデルにはヒトの生理機能に基づくパラメータと薬物毎に特有なパラメータを組み込む.
PBPKモデルを相互作用の予測に用いる際には,被験薬(特に相互作用薬として)の血中濃度推移がモデルのパラメータに基づき適切に記述されることが必要である.一般に,in vitroの情報のみから血中濃度推移を正確に予測することは困難であり,被験薬の薬物動態の情報が臨床試験において得られる前にPBPKモデルによる相互作用の解析を行っても,正確な予測結果が得られないことに注意すべきである.
PBPKモデルに基づいた予測は,臨床薬物相互作用試験の実施後にその正確さを確認すべきである.予測と試験の結果が著しく異なった場合は,それまでの情報を精査した上で,必要に応じて,以降に実施するin vitro及び臨床薬物相互作用試験の計画に反映させる.PBPKモデルの妥当性が確認され,臨床試験の結果を矛盾なく説明できる場合は,同一の機序が関与する他薬物との相互作用についても,臨床上の注意喚起のためにモデリングとシミュレーションによる検討を活用できる場合もある.
4.4 生物薬品(バイオテクノロジー応用医薬品,生物起源由来医薬品)との相互作用*留意事項(13)
一般に,生物薬品は細胞表面の受容体との特異的な相互作用に続く標的細胞内への内在化とリソソームによる分解を介して消失する.P450などによる代謝又は薬物トランスポーターによる輸送を受けないため,生物薬品と併用薬との薬物動態学的相互作用の可能性は限定的と考えられる.
被験薬がサイトカイン又はサイトカイン修飾因子である場合,被験薬及び併用薬の有効性及び安全性の観点から,必要に応じてP450又はトランスポーターに対する被験薬の影響を評価するための臨床薬物相互作用試験を実施することを検討すべきである.
同種同効薬で薬物動態学的相互作用又は薬力学的相互作用の機序が判明しており,これに基づく臨床薬物相互作用の報告がある場合,当該薬物相互作用が生じる可能性を検討するための臨床薬物相互作用試験を実施すべきである.
さらに用法・用量などで規定される併用療法として,他の薬物(低分子医薬品又は生物薬品)と併用投与される予定の生物薬品については,必要に応じて,併用される薬物同士の相互作用の可能性を臨床試験で評価し,その際には薬物動態に対する作用に加えて薬力学的作用も評価することを検討すべきである.
図4―1 被験薬が相互作用を受ける可能性の検討(被験薬の代謝に関与する酵素の同定)
a) 対象とする酵素:CYP1A2,2B6,2C8,2C9,2C19,2D6,3A;
UGT1A1,1A3,1A4,1A6,1A9,2B7,2B15; その他
*P450以外の代謝酵素が主に寄与する場合には,既知の阻害薬及び誘導薬の有無から臨床薬物相互作用試験の実施可能性を判断する.
b) 被験薬の主要な活性代謝物についても同様に検討する.
*活性代謝物:被験薬がプロドラッグの場合,あるいはin vivoにおける薬理学的作用が全体の50%以上を占める場合,又は有害な作用を引き起こすと疑われる場合.
c) 実施した臨床薬物相互作用試験は,相互作用の有無に関わらず臨床的に有用と考えられる情報を添付文書などに適切に記載する.
d) 被験薬との併用可能性を考慮して選択する.誘導薬との臨床薬物相互作用試験は,阻害薬との臨床薬物相互作用試験の結果から,シミュレーションなどにより臨床的に問題となる薬物相互作用が生じるリスクがあると判断された場合には必要となる.その場合は,原則として強い誘導薬を用いて試験を行う.
図4―2 被験薬が代謝酵素を阻害する可能性の検討
a) 対象とする酵素:CYP1A2,2B6,2C8,2C9,2C19,2D6,3A;
UGT1A1,2B7; その他
*P450以外は被験薬及び主たる併用薬の主要消失経路に関与する酵素が対象.
*Cmax(結合形+非結合形)の10倍以上を含む濃度設定とする.
*時間依存的阻害の有無についても検討する.
b) 可逆的阻害:R=1+[I]/Ki
TDI:R=(kobs+kdeg)/kdeg,kobs=kinact×[I]/(KI+[I])
[I]:Cmax(結合形+非結合形),小腸の場合:投与量/250mL
c) PKモデルによる予測の精度が十分でないと考えられる場合には,直接,臨床薬物相互作用試験による評価に進んでもよい.
d) 式4を参照(4.3.2項).阻害と誘導の双方向の作用がある場合には,阻害と誘導を別個に評価する.
e) 実施した臨床薬物相互作用試験は,相互作用の有無に関わらず臨床的に有用と考えられる情報を添付文書などに適切に記載する.
図4―3 被験薬が代謝酵素を誘導する可能性の検討
a) 対象とする酵素:CYP1A2,2B6,3A4
*必要に応じて,CYP2C9分子種などを追加.
*Cmax(結合形+非結合形)の10倍以上を含む濃度でmRNAが100%以上増加あるいは陽性対照の20%以上増加.
b) R=1/(1+d×Emax×[I]/(EC50+[I])),d=1と仮定
[I]:Cmax(結合形+非結合形)
c) PKモデルによる予測の正確さが十分でないと考えられる場合には,直接,臨床薬物相互作用試験による評価に進んでもよい.
d) 式4を参照(4.3.2項).阻害と誘導の双方向の作用がある場合には,阻害と誘導を別個に評価する.
e) 実施した臨床薬物相互作用試験は,相互作用の有無に関わらず臨床的に有用と考えられる成績を添付文書などに適切に記載する.
表4―1 P450のin vitro酵素反応の代表例14,20―22)
酵素 |
マーカー反応 |
CYP1A2 |
Phenacetin O―deethylation, 7―Ethoxyresorufin―O―deethylation |
CYP2B6 |
Efavirenz hydroxylation, Bupropion hydroxylation |
CYP2C8 |
Paclitaxel 6α―hydroxylation, Amodiaquine N―deethylation |
CYP2C9 |
S―Warfarin 7―hydroxylation, Diclofenac 4'―hydroxylation |
CYP2C19 |
S―Mephenytoin 4'―hydroxylation |
CYP2D6 |
Bufuralol 1'―hydroxylation, Dextromethorphan O―demethylation |
CYP3A* |
Midazolam 1'―hydroxylation, Testosterone 6β―hydroxylation |
*CYP3A阻害については,両方のマーカー反応を用いて評価すべきである.
表4―2 P450のin vitro阻害薬の代表例16,20,21,23―25)
酵素 |
阻害薬 |
CYP1A2 |
α―Naphthoflavone, Furafylline* |
CYP2B6** |
Sertraline, Phencyclidine*, Thiotepa*, Ticlopidine* |
CYP2C8 |
Montelukast, Quercetin, Phenelzine* |
CYP2C9 |
Sulfaphenazole, Tienilic acid* |
CYP2C19** |
S―(+)―N―3―benzyl―nirvanol, Nootkatone, Ticlopidine* |
CYP2D6 |
Quinidine, Paroxetine* |
CYP3A |
Itraconazole, Ketoconazole, Azamulin*, Troleandomycin*, Verapamil* |
*時間依存的阻害作用を有する.
**現在のところ,in vitroで使用できる既知の選択的阻害薬はない.ここに挙げた阻害薬は選択的ではないが,他の情報と共に使用するか,単一酵素系で使用可能である.
表4―3 P450のin vitroの誘導薬の代表例26―29)
酵素 |
誘導薬* |
CYP1A2 |
Omeprazole, Lansoprazole |
CYP2B6 |
Phenobarbital |
CYP2C8 |
Rifampicin |
CYP2C9 |
Rifampicin |
CYP2C19 |
Rifampicin |
CYP3A |
Rifampicin |
*この表は例示であり,網羅的なリストでない.
5.排泄における薬物相互作用
5.1 尿中排泄における薬物相互作用
薬物の多くは腎糸球体で濾過され,尿細管で受動的に再吸収されるが,極性の高い薬物は一般に再吸収されずに尿中へ排泄される傾向がみられる.再吸収率の高い薬物(弱酸性,弱塩基性薬物)は,尿のpHを変化させる薬物を併用すると尿中排泄の変動による薬物相互作用が生じることがある.極性の高い薬物にはトランスポーターを介して尿細管中に能動的に分泌されるものが多く,また,尿細管から能動的に再吸収されるものもあり,その過程で薬物相互作用を起こすことがあるので充分な注意が必要である.腎疾患や加齢により薬物の尿中排泄機能が低下している患者では,腎クリアランス依存型の薬物が高い血中濃度を示すことが多いので,特に尿中排泄における相互作用により、さらなる血中濃度の上昇に伴う薬効の増強及び副作用の発現に注意が必要である.
近位尿細管上皮細胞の血管側に発現し,薬物を血中から近位尿細管上皮細胞へ取り込むトランスポーターであるorganic anion transporter(OAT)1及びOAT3や,尿管側に発現し,近位尿細管上皮細胞から尿中へ排出するトランスポーターであるP―gp,multidrug and toxin extrusion(MATE)1,MATE2―K及びBCRPが阻害されるとこれらの基質の血中濃度が上昇する可能性がある(表6―1参照).また,P―gp,MATE類及びBCRPが阻害されると血中濃度には変化を及ぼさず近位尿細管上皮細胞中の薬物濃度が増加する場合もある.血中から近位尿細管上皮細胞へ薬物を取り込むorganic cation transporter(OCT)2が阻害された場合,併用薬の血中濃度が増加する可能性がある.被験薬がこれらのトランスポーターの基質薬あるいは阻害薬となるかを検討し,臨床薬物相互作用試験を実施すべきかを判断する(図6―6,図6―7参照).薬物を輸送することが知られているトランスポーターとしては,他にも,近位尿細管上皮細胞の尿管側に発現し,近位尿細管上皮細胞から尿中へ薬物を排出するmultidrug resistance―associated protein(MRP)2やMRP4などがある.さらに,MATE類のように内因性物質の尿中排泄に関わるトランスポーターの場合,薬物による阻害により,クレアチニンなどの内因性物質の血中・組織中濃度の上昇が生じる可能性がある*留意事項(14).このような尿中排泄に寄与しうるトランスポーターや,5.2項に示す肝取り込み及び胆汁中排泄に働くトランスポーターが関わる薬物相互作用の評価にあたっては,被験薬と類似した構造を有する薬物から得られた知見が役立つ場合がある.
代謝物の中にも併用薬との間で薬物相互作用を起こす場合があるため,4.1及び4.2項の記載を参照のうえ,代謝物についてもこれらのトランスポーターとの薬物相互作用を検討することを考慮する.
5.2 胆汁中排泄における薬物相互作用
多くの薬物は抱合体として,また,一部の薬物は未変化体のまま胆汁中へ排泄される.胆汁中への排泄はトランスポーターによることが多いので,薬物の併用により薬物相互作用が生じる可能性がある.肝細胞の血管側に発現し,血中から肝細胞中へ薬物を取り込むトランスポーターであるorganic anion transporting polypeptide(OATP)1B1及びOATP1B3が阻害されると,血中濃度が上昇することが知られている(表6―1参照).被験薬がこれらのトランスポーターの基質薬又は阻害薬となるかを検討し,臨床薬物相互作用試験を実施すべきかを判断する(図6―4,図6―5参照).薬物を輸送することが知られているトランスポーターとしては,他にも,肝細胞の血管側に発現し,血中から肝細胞中へ薬物を取り込むトランスポーターであるOCT1,肝細胞の胆管側に発現し,肝細胞から胆汁中へ薬物を排出するMRP2などがある.さらに,OATP類,MRP2やbile salt export pump(BSEP)のように胆汁酸やビリルビンなどの内因性物質の胆汁中排泄に関わるトランスポーターの場合,薬物による阻害により,内因性物質の血中・組織中濃度の上昇が生じる可能性がある*留意事項(14).グルクロン酸抱合体などの抱合体は胆汁中に排泄され消化管内で腸内細菌により脱抱合され,再吸収されることが多い(腸肝循環).抱合体の胆汁中排泄における薬物相互作用が生じると血漿中での未変化体の滞留時間やAUCに影響を与える可能性がある.
6.トランスポーターを介した薬物相互作用に関する検討方法
6.1 In vitro評価において考慮すべき一般事項
トランスポーターのin vitro試験系を用いた輸送評価を行う場合には,典型基質,典型阻害薬(表6―5)を用いた検討もあわせて実施し,対象とするトランスポーターの機能が十分に観察できることを確認した試験系で,被験薬の試験を実施する.
被験薬が特定のトランスポーターの基質となる可能性を検討する試験の場合,被験薬の濃度は想定されるKm値と比較して十分に低い濃度を用い,トランスポーターが飽和していない条件で試験を実施する必要がある.Km値が正確にわからない場合などにおいては,Km値よりも十分に低いことが想定される濃度2点以上を用いて,被験薬の濃度と輸送速度との間に比例関係が確認できれば,その試験濃度範囲でのトランスポーターの飽和は否定できる.
一方,被験薬が特定のトランスポーターの阻害薬となる可能性を検討する試験の場合,異なる濃度の被験薬が典型基質の輸送に対して及ぼす作用を評価し,原則としてKi値を算出する.基質としてKm値が既知の薬物を用いる場合,Km値より十分に低い基質濃度を用いればIC50=Kiとすることができる.Km値が明らかでない薬物を基質として使用せざるを得ない場合には,十分に低い基質濃度2点以上を用いて,基質濃度と輸送速度との間に比例関係が確認できたとき,その基質濃度を用いた場合にはIC50=Kiとすることができる.P―gp,BCRP,MATE1及びMATE2―Kのような排出トランスポーターにおいて,細胞系を用いた試験の場合には,培地中濃度を基準とした見かけのIC50値により評価する.この場合においても,基質濃度がKm値と比較して十分に低い濃度を用いる必要がある.
6.2 吸収に関わるトランスポーターを介した薬物相互作用のin vitro試験系
P―gp及びBCRPはいずれも消化管に発現し,経口バイオアベイラビリティの変動に影響を及ぼしうる重要なトランスポーターである.このため,全ての被験薬についてP―gp及びBCRPの基質となる可能性をin vitro試験で検討する(図6―1,図6―2参照).なお,これらのトランスポーターは,肝臓,腎臓及び脳にも発現しているため,薬物の消失及び中枢移行性にも影響を及ぼしうることから,経口以外の投与経路の場合も検討が必要な場合がある.
In vitro評価法としては,Caco―2細胞又は特定のトランスポーターの過剰発現細胞株を用いる双方向性の経細胞輸送試験が望ましい.Caco―2細胞にはP―gp,BCRP,MRP2などの数種類のトランスポーターが発現しているが,個々のトランスポーターに対する典型阻害薬を用いることができれば,それぞれのトランスポーターの関与を検討することができる.典型阻害薬を用いることができない場合は特定のトランスポーター遺伝子を過剰発現する細胞株を用いた試験が有用である.
P―gpやBCRPのような排出トランスポーターの関与について検討する際は,薬物の頂端膜側(A)から基底膜側(B)への透過性を,反対方向(BからA)の透過性と比較する.BからAへの透過性とAからBへの透過性の比からFlux ratio(=B to A/A to B ratio)を算出する.発現細胞株を用いる場合は原則として,非発現細胞のFlux ratioを用いて補正し,Net flux ratio(=(発現細胞のFlux ratio)/(非発現細胞のFlux ratio))を算出する.Net flux ratio(以後,Caco―2細胞の場合は,Flux ratioと読み替える)が2以上の場合,あわせて対象となる排出トランスポーターの典型阻害薬を併用し,Net flux ratioが1付近になる,又は明らかに低下することを確認する.
また,被験薬のP―gp及びBCRPに対する阻害を評価する場合,被験薬の消化管上皮細胞の頂端膜側における管腔内での予測最高濃度(1回に投与される最大用量/250mL,または溶解度が低い場合は,達成可能な最高濃度)を基に,検討濃度の設定を行う.IC50値が0.1×予測最高濃度よりも大きい場合,すなわち予測最高濃度/IC50<10となる場合,消化管におけるトランスポーターのin vivoでの阻害を否定できる.IC50値が10×臨床最大用量を投与後の定常状態での総Cmax(非結合形薬物と結合形薬物濃度の総和)よりも大きい場合,すなわち臨床最大用量を投与後の定常状態での総Cmax/IC50<0.1となる場合,腎臓におけるトランスポーターのin vivoでの阻害を否定できる(図6―3).なお,IC50値の算出においてはNet flux ratioを指標にする.発現細胞を用いた評価において,内因性トランスポーターの影響等により,非発現細胞での補正が行えない場合には,発現細胞のみのflux ratioによる算出が許容できる場合もある.
被験薬がP―gp及びBCRPの基質になる可能性を検討する場合,濃度が高すぎると,高親和性のトランスポーターを飽和させてしまう可能性があるため,用いる濃度の設定が重要である.被験薬の濃度は,Km値より十分に低いと考えられる基質濃度を用いる.
双方向性の経細胞輸送試験を実施する際には,アクセプター側とドナー側の両方の溶液のpHを7.4とすることが推奨される.また,アクセプター側及びドナー側における添加薬物の回収率を求めておくことが望ましい.
このような双方向性の経細胞輸送試験により,P―gp及びBCRPの評価を行う場合には,典型基質(表6―5参照)を用いて,P―gp及びBCRPの機能が十分に観察できる試験系であることを確認する.典型基質については,Net flux ratioが2を超え,かつ典型阻害薬の添加により,Net flux ratioが,典型阻害薬の添加濃度とIC50値より理論的に見積もられる程度に低下することを確認する.典型阻害薬については,用いた阻害薬の濃度と阻害薬のIC50値より理論的に見積もられる程度,Net flux ratioが低下することを確認する.
6.3 肝臓におけるトランスポーターを介した薬物相互作用のin vitro試験系
肝代謝又は胆汁中排泄が主要消失経路(肝代謝又は胆汁中排泄クリアランスが全身クリアランスの25%以上を占める)の被験薬については,肝取り込みトランスポーターOATP1B1及びOATP1B3の基質となる可能性を検討する(図6―1).ただし,動物における組織分布実験の結果などによる肝臓への分布を検討し,in vitro試験実施の必要性を判断できる場合がある(図6―4).
被験薬がOATP1B1及びOATP1B3の基質若しくは阻害薬となる可能性を検討する場合,OATP1B1及びOATP1B3発現細胞株又はヒト肝細胞を用いた試験系を用いることができる.OATP1B1及びOATP1B3発現細胞株又はヒト肝細胞を用いて試験を行う場合,典型基質(表6―5参照)を用いた検討もあわせて実施し,OATP1B1及びOATP1B3の機能が十分に観察できる試験系であることを確認する.許容可能なOATP1B1及びOATP1B3発現細胞株は,典型基質の細胞内への取り込み比(トランスポーター発現細胞と非発現細胞における取り込みの比)が通常2以上となる.また,典型阻害薬により,阻害薬の添加濃度とKi値より理論的に見積もられる程度に減少することを確認する.ヒト肝細胞を用いて試験を行う場合,典型基質の単純拡散に対するトランスポーターの取り込み比が発現系での基準と同程度に認められ,かつ典型阻害薬により,阻害薬の添加濃度とKi値より理論的に見積もられる程度に減少することを確認する.
被験薬がOATP1B1及びOATP1B3の基質になる可能性を検討する場合,OATP1B1及びOATP1B3発現細胞株を用いた試験系において,被験薬の発現細胞内への取り込みが,非発現細胞内への取り込みよりも2倍を超えて高く,既知の対象とするトランスポーターの典型阻害薬により,阻害薬の添加濃度とKi値より理論的に見積もられる程度に阻害される場合,被験薬をOATP1B1及びOATP1B3基質と判断する(図6―4参照).ただし,被験薬の吸着などにより,発現細胞内への取り込みが,非発現細胞内への取り込みと比較して2倍以上の差が認められない場合でも,典型阻害薬により,阻害薬の添加濃度とKi値より理論的に見積もられる程度,減少することをもって,基質と判断することができる.また,あらかじめOATP1B1及びOATP1B3の典型基質を用いて,トランスポーター機能の十分な維持が確認されているヒト肝細胞を用いた取り込み試験においても,OATP1B1又はOATP1B3の関与を検討可能である.被験薬のヒト肝細胞への取り込みが認められた場合,典型阻害薬により,阻害薬の添加濃度とKi値より理論的に見積もられる程度に阻害される場合,被験薬をOATP1B1又はOATP1B3基質と判断する.
被験薬のOATP1B1及びOATP1B3に対する阻害を検討する場合,検討時に用いるOATP1B1及びOATP1B3の基質は,臨床で併用される薬物を考慮して選択することを推奨するが,選択が困難な場合はOATP1B1及びOATP1B3の典型基質(表6―5)の利用も可能である.この際,Km値より十分に低いと考えられる基質濃度を用いて検討する.あわせて,典型基質(表6―5)を用いた検討を実施すると共に,典型阻害薬(表6―5)を使用し,阻害薬の添加濃度とKi値より理論的に見積もられる程度,典型基質の取り込みが減少することを確認し,OATP1B1及びOATP1B3の機能が十分に観察できる試験系であることを確認する.阻害試験を実施する場合の濃度設定は,被験薬のKi値が,臨床推定用量における非結合形薬物の門脈血中最高濃度([I]u, inlet, max)の4倍以上であるか否かを判断可能な濃度範囲をカバーするよう考慮する.Ki値が4×fu×([I]inlet, max)よりも大きい場合(fu×[I]inlet, max/Ki<0.25)は,肝臓におけるトランスポーターのin vivoでの阻害を否定できる(図6―5).なお,OATP1B1及びOATP1B3の阻害実験における追加の留意事項について別途記載した*留意事項(14).
6.4 腎臓におけるトランスポーターを介した薬物相互作用のin vitro試験系
主に腎臓の能動分泌により消失(腎分泌クリアランスが全身クリアランスの25%以上を占める)される被験薬については,OAT1,OAT3,OCT2,MATE1及びMATE2―Kの基質となる可能性をin vitroで検討する(図6―1).
OAT1,OAT3,OCT2,MATE1及びMATE2―K発現細胞株を用いて試験を行う場合,典型基質(表6―5参照)を用いた検討をあわせて実施し,これらのトランスポーターの機能が十分に観察できる試験系であることを確認する.OAT1,OAT3,OCT2,MATE1及びMATE2―K発現細胞株による典型基質の細胞内への取り込み比(トランスポーター発現細胞と非発現細胞における取り込みの比)は通常2以上となる.また,典型阻害薬により,阻害薬の添加濃度とKi値(以後,MATE1,MATE2―Kの場合のみKi値ではなくIC50値を用いる)より理論的に見積もられる程度に減少することを確認する.なお,MATE1,MATE2―Kについては,駆動力が逆向きのH+勾配であることから,細胞内を酸性化(MATE発現細胞を塩化アンモニウムとプレインキュベーションする,又は取り込み実験時の細胞外pHを8.4程度のアルカリ性にするなど)することにより,輸送活性を細胞内への取り込みとして測定できる30).また,MATE1,MATE2―K発現細胞株の代わりにこれらの細胞から調製した膜小胞を用いることも可能である31).この場合も同様に,輸送駆動力を得るために膜小胞内を酸性化する必要がある.
被験薬が対象となるトランスポーターの基質になる可能性を検討する場合,被験薬の発現細胞内への取り込みが,非発現細胞内への取り込みよりも2倍を超えて高く,対象とするトランスポーターの既知の典型阻害薬により,阻害薬の添加濃度とKi値より理論的に見積もられる程度に阻害される場合,被験薬を対象となるトランスポーターの基質と判断する(図6―6参照).ただし,被験薬の吸着などにより,発現細胞内への取り込みが,非発現細胞内への取り込みと比較して2倍以上の差が認められない場合でも,典型阻害薬により,阻害薬の添加濃度とKi値より理論的に見積もられる程度に減少することを確認し,基質と判断することができる.
被験薬のOAT1,OAT3,OCT2,MATE1及びMATE2―Kに対する阻害を検討する場合,検討時に用いるトランスポーターの基質は,臨床で併用される薬物を考慮して選択することを推奨するが,選択が困難な場合は各トランスポーターの典型基質(表6―5)の利用も可能である.この際,Km値より十分に低いと考えられる基質濃度を用いて検討する.あわせて,典型基質(表6―5)を用いた検討を実施すると共に,典型阻害薬(表6―5)を使用し,阻害薬の添加濃度とKi値(MATEsの場合,IC50値)より理論的に見積もられる程度,典型基質の取り込みが減少することを確認し,検討するトランスポーターの機能が十分に観察できる試験系であることを確認する.OAT1,OAT3,OCT2,MATE1及びMATE2―Kに対する阻害試験を実施する場合の検討濃度設定は,被験薬のKi(IC50)値が,臨床推定用量における非結合形Cmaxの4倍以上であるか否かを判断可能な濃度範囲をカバーするよう考慮する.Ki(IC50)値が4×非結合形Cmaxよりも大きい場合(非結合形 Cmax/Ki(IC50)<0.25)は,腎臓におけるトランスポーターのin vivoでの阻害を否定できる(図6―7).
図6―1:被験薬がP―gp,BCRP,OATP1B1,OATP1B3,OAT1,OAT3,OCT2,MATE1及びMATE2―Kトランスポーターの基質となる可能性の検討
a) 4.1及び4.2項の代謝物の検討を参考に,代謝物とトランスポーターの薬物相互作用についても検討することを考慮する.
b) 肝経路が重要となる被験薬(例:肝代謝又は胆汁分泌クリアランスが,総クリアランスの25%以上)については,肝取り込みトランスポーターのOATP1B1及びOATP1B3の基質かどうか検討する.胆汁分泌は,非臨床データ(in vitro肝細胞実験又は放射標識体によるin vivo ADME試験)及び腎外クリアランスのデータから推定できる.
c) 腎尿細管分泌が重要となる被験薬(腎分泌クリアランスが,総クリアランスの25%以上)については,OAT1,OAT3,OCT2,MATE1及びMATE2―Kの基質かどうかをin vitro実験で検討する.分泌クリアランスの割合(%)は,(CLr-fu*GFR)/CLtotalから推定する.(CLr:腎クリアランス,fu:血中蛋白非結合形薬物分率,GFR:糸球体ろ過速度,CLtotal:全身クリアランス)
図6―2:被験薬がP―gp及びBCRPの基質となる可能性の検討
a) Caco―2細胞,P―gp発現細胞株などを用い,典型基質(表6―5)のnet flux ratio(Caco―2細胞の場合は,flux ratio)を指標に輸送能を確認する.使用する細胞系でのこれまでの経験からnet flux ratioの2という値では結果を判断できないと考えられる場合は,2以外のnet flux ratioのカットオフ値か,又は陽性対照との相対比を使用してもよい.その場合は,陽性対照(表6―5)の検討結果に基づき,適切な値を設定する.
b) Net flux ratioが1付近になる,又は明らかに低下する.
c) P―gpは消化管吸収や尿細管分泌,中枢移行性に関与することから,消化管アベイラビリティ(FaFg),尿細管分泌の有無,中枢毒性の懸念などを考慮し,臨床薬物相互作用試験の必要性を判断する.例えば,FaFg>80%であれば,消化管のP―gp阻害のみによっては,1.25倍以上のAUC上昇は起こらないと考えられる.なお,BCRP基質の場合は,in vivoでの機能低下を示唆する,日本人で比較的頻度の高い変異が報告されており32,33),基質薬の薬物動態の個人差の原因となり得ることから,本決定樹を用いてin vitro試験で基質となるか否かを検討しておくことが推奨される.試験方法はP―gp基質試験に準じる.典型基質,典型阻害薬を表6―5に示す.但し,BCRP基質の場合,in vivoで使用可能な典型阻害薬(表6―4)を用いた臨床薬物相互作用試験を計画することは現時点で困難であることから,当面は,BCRPの基質であることを情報提供するのみにとどめる.
d) その被験薬が属する薬効分類での既存の知見に基づいて,消化管における吸収や排出過程にP―gp及びBCRP以外のトランスポーターが大きな影響を及ぼすことが示唆された場合には,Caco―2細胞又はトランスポーター発現細胞株などを用いて,寄与するトランスポーターの特定やその寄与の程度を検討し,必要に応じて,臨床薬物相互作用試験の実施も考慮する.
図6―3:被験薬がP―gp及びBCRPの阻害薬となる可能性の検討
a) Caco―2細胞,P―gp発現細胞株などを用い,典型基質(表6―5)のnet flux ratio(Caco―2細胞の場合は,flux ratio)を指標に輸送能を確認する.また,典型阻害薬の添加により,net flux ratioが,阻害薬の添加濃度とKi値より理論的に見積もられる程度に低下することを確認する.
b) [I1]は予定している臨床最大用量を投与後の定常状態での総Cmax(非結合形薬物と結合形薬物濃度の総和)の平均値を示す.[I2]=阻害薬の投与量/250mL.この際,典型基質の濃度は,Kmに比べて十分低く設定する(表6―5).
c) In vivoでの典型基質は,表6―4を参考に選択する.
図6―4:被験薬がOATP1B1及びOATP1B3の基質となる可能性の検討
a) 図6―1を参照
b) 動物における組織分布試験の結果などから,肝臓への選択的な分布の情報を得ることができる.なお,例外が存在するものの,生理的条件下で負電荷を持つ化合物で膜透過性が比較的低い化合物は,OATP1B1及びOATP1B3の基質となるものが多いことにも留意すること.また,代謝により肝消失するような薬物でも,肝取り込みにはトランスポーターが関与している場合もあるので,注意が必要である.
c) 受動拡散の寄与が大きく,OATP1B1及びOATP1B3による輸送がマスクされる場合も含まれる.
d) ヒト肝細胞はOATP1B1及びOATP1B3を介した輸送能が十分にあることをあらかじめ確認したものを用いる.典型基質(表6―5)の取り込みが認められ,かつ典型阻害薬(表6―5)により,阻害薬の添加濃度とKi値より理論的に見積もられる程度に阻害されることを確認する.
e) OATP1B1及びOATP1B3発現細胞株を用いる場合は,典型基質(表6―5)の発現系細胞への取り込みが,非発現細胞の2倍以上で,かつ典型阻害薬(表6―5)により,阻害薬の添加濃度とKi値より理論的に見積もられる程度に阻害されることを確認する.被験薬の発現系細胞への取り込みが,非発現細胞の2倍以上で,かつ典型阻害薬(表6―5)により,阻害薬の添加濃度とKi値より理論的に見積もられる程度に阻害された場合,OATP1B1及びOATP1B3の基質であると判断する.ただし,被験薬の取り込みについて,使用する細胞系でのこれまでの経験から,取り込み比(トランスポーター発現細胞とトランスポーター非発現細胞の比)が2という値では結果を識別できないと考えられる場合は,2以外の取り込み比を使用してもよい.脂溶性が高い化合物では,発現系細胞では取り込みが検出し難い場合があることに注意する.
f) リファンピシンについては,繰り返し投与により,誘導能を発揮するため,単回投与で行う.
図6―5:被験薬がOATP1B1及びOATP1B3の阻害薬となる可能性の検討
a) ヒト肝細胞を用いる場合は,典型基質(表6―5)の明らかな取り込みが認められ,かつ典型阻害薬(表6―5)により,阻害薬の添加濃度とKi値より理論的に見積もられる程度に阻害されることを確認する.OATP1B1及びOATP1B3発現細胞株を用いる場合は,典型基質(表6―5)の発現系細胞への取り込みが,非発現細胞の2倍以上で,典型阻害薬(表6―5)により,阻害薬の添加濃度とKi値より理論的に見積もられる程度に阻害されることを確認する.Ki値を求める際の典型基質及び推奨濃度は,表6―5を参照のうえ,十分にKm値より低い濃度を用いる.阻害試験に用いる被験薬の濃度範囲の設定は,OATP1B1及びOATP1B3に曝露される被験薬の臨床濃度(門脈血液中濃度)を考慮して設定する.
b) R値=1+(fu×Iinlet, max/Ki).式中,Iinlet, maxは門脈血液中での推定最大阻害薬濃度であり,Cmax+(ka×用量×FaFg/Qh)として計算される.Cmaxは阻害薬の最高血中濃度,用量は阻害薬の投与量,FaFgは投与した阻害薬の消化管アベイラビリティ,kaは阻害薬の吸収速度定数,Qhは肝血流速度である(例:97L/hr).FaFg値及びka値が不明の場合は,理論的な最高値を使用することで偽陰性の予測が避けられるため,FaFg及びkaにそれぞれ1及び0.1min-1を使用する34).fu値が0.01未満か,又は蛋白結合率が高く(fu値が0.01未満)fu値が正確に測定できない薬物については,偽陰性な予測を避けるため,fu=0.01と仮定して計算する.
図6―6:被験薬がOCT2,OAT1,OAT3,MATE1及びMATE2―Kの基質となる可能性の評価
a) 図6―1を参照
b) 典型基質(表6―5)の発現系細胞への取り込みが,非発現細胞の2倍以上で,典型阻害薬(表6―5)により,阻害薬の添加濃度とKi値より理論的に見積もられる程度に阻害されることを確認する.被験薬の発現系細胞への取り込みが,非発現細胞の2倍以上で,かつ典型阻害薬(表6―5)により,阻害薬の添加濃度とKi値より理論的に見積もられる程度に阻害された場合,対象とするトランスポーターの基質であると判断する.ただし,被験薬の取り込みについて,使用する細胞系でのこれまでの経験から,取り込み比(トランスポーター発現細胞とトランスポーター非発現細胞の比)が2という値では結果を識別できないと考えられる場合は,2以外の取り込み比を使用してもよい.脂溶性が高い化合物では,発現系細胞では取り込みが検出し難い場合があることに注意する.
c) MATE1及びMATE2―Kは,腎臓からの排出を担っているトランスポーターであることから,被験薬の血中濃度は,阻害薬の共存により変化しないが,腎臓中濃度が上昇する場合があることに留意する.
d) OCT2基質の場合,in vivoで使用可能な典型阻害薬(表6―4)を用いた臨床薬物相互作用試験を計画することは現時点で困難であることから,当面は,OCT2の基質であることを情報提供するのみにとどめる.
図6―7:被験薬がOCT2,OAT1,OAT3,MATE1及びMATE2―Kの阻害薬となる可能性の評価
a) 典型基質(表6―5)の発現系細胞への取り込みが,非発現細胞の2倍以上で,典型阻害薬(表6―5)により,阻害薬の添加濃度とKi値より理論的に見積もられる程度に阻害されることを確認する.Ki(IC50)値を求める際の典型基質及び推奨濃度は,表6―5を参照のうえ,十分にKm値より低い濃度を用いる.阻害試験に用いる被験薬の濃度範囲の設定は,対象トランスポーターに曝露される被験薬の臨床濃度(血漿中非結合形濃度)を考慮して設定する.
b) MATE1及びMATE2―Kについて細胞系を用いた阻害試験を行った場合は,Ki値に代わり,medium中濃度基準のIC50値を用いてよい.
c) 排出トランスポーターであるMATE1及びMATE2―Kの阻害は,血中濃度には変化を及ぼさず,腎臓中濃度のみを上昇させる場合があるため,留意が必要である.
表6―1 トランスポーターを介した臨床薬物相互作用が認められた阻害薬の例
トランスポーター |
遺伝子 |
阻害薬 |
P―gp |
ABCB1 |
Amiodarone Azithromycin Carvedilol Clarithromycin Cyclosporine Darunavir/Ritonavir Diltiazem Dronedaronea) Itraconazole Lapatinib Lopinavir/Ritonavir Quercetinb) Quinidine Ranolazinea) Verapamil |
BCRP |
ABCG2 |
Curcuminb) Elacridar(GF120918)a), c) Eltrombopag |
OATP1B1, OATP1B3 |
SLCO1B1, SLCO1B3 |
Atazanavir/Ritonavir Clarithromycin Cyclosporine Darunavir/Ritonavir Gemfibrozila) Lopinavir/Ritonavir Rifampicind) |
OAT1 |
SLC22A6 |
Probenecid |
OAT3 |
SLC22A8 |
Probenecid |
MATE1, MATE―2K |
SLC47A1, SLC47A2 |
Cimetidine Pyrimethaminea) |