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2) 準実地試験法:

やむを得ず準実地試験として行う場合には、以下のようにして実施する。

[概要]

居室試験室や6畳間以上の空間を用いて、実験室で飼育したゴキブリを種々の容器に入れて試験場所内に配置し、薬剤を空間処理する。所定の暴露時間終了後、容器毎供試虫を回収し、その致死率を求め、効果を判定する。

[手順]

① 試験場所を密閉する。

② 供試虫が逃亡しないよう、内壁にワセリンやバターを塗布した深型(腰高)シャーレに入れて、試験室に配置する。

③ 設定した用法用量に従って、薬剤を空間処理する。

④ 所定時間の曝露終了後、直ちにそれぞれのノックダウン率を求め、全供試虫を回収して餌・水を与えて、清浄な室内環境で保存し、72時間後に致死率を求める。

[備考]

① 抵抗性あるいは野外採集のチャバネゴキブリの他に大型ゴキブリ1種を供試する。

② 効果の確認のために感受性のチャバネゴキブリも供試するとよい。

③ ゴキブリの生態を考慮して、以下のような様々な場所にゴキブリを配置する。

イ) 直接曝露される条件:床面やテーブルの上。

ロ) やや閉鎖的な環境条件:机、棚の下や深型(腰高)シャーレに4分の1程度蓋をしたもの。

ハ) 薬剤曝露が受けにくい条件:わずかに開けた引き出しの中や段ボールの中。

以上の他、高低など想定される条件があれば、随時追加してよい。

2.2.1.1.2 開放空間での試験法

(1) ハエ類を対象にする試験法

[概要]

堆肥置き場やゴミ集積場所などに発生するハエ成虫を対象として、殺虫効果を判定する試験法である。

[対象薬剤]

油剤、乳剤、蒸散剤(吊り下げタイプ)

[手順]

① あらかじめ発生場所の密度を調査する。

② 実地試験場所で対象とするハエ成虫を必要数採集し、網カゴ(16メッシュ程度)に入れて、実地試験場所の適当な場所に吊すなどして配置する。

③ 油剤及び蒸散剤(吊り下げタイプ)はそのまま、乳剤は水で希釈し、設定した用法用量に従って薬剤を処理する。

④ 薬剤処理直後、および、所定時間経過後に密度を調査する。

⑤ 所定時間後、落下したハエはピンセットなどを用いて清潔な容器に丁寧に回収し、網かごの中の成虫はそのまま、それぞれに持ち帰り、脱脂綿に含ませた砂糖水を与えて室温下に保存する。

⑥ 処理24時間後に致死率を求める。

[備考]

① 実地試験場所でのハエ密度が低い場合、飼育個体を利用しなければならないが、その場合には、実地試験場所で捕獲した集団から得た次世代の飼育集団、または、それらと同等の感受性を示す飼育集団を用いる。

② 効果判定は、薬剤処理前後の発生個体群密度およびケージ内供試虫の致死率で行う。

[密度調査法]

<リボン法>

ハエトリリボン(幅4cm、長さ70cm程度のものなど)を、試験場所の空間の地表面積5~10m2当たり1本の割合で、下端が地表から1mの高さになるように吊す。薬剤処理前および薬剤処理後、所定時間ごとに、30分から1時間程度、一定時間吊した時、リボンに付着した個体数を数え、調査時点の密度指数を下記の式で算出する。

ハエ成虫密度指数=総付着個体数/リボン本数×1/単位時間

リボンを吊す地表からの高さは1mに限定しないが、吊す位置、高さ、数は調査を通じて一定の条件にする。また、過密に捕獲されると観察がしにくいので、捕獲される種や捕獲数が確認しやすいよう吊り下げ時間を調整する。

<定点観察法>

試験場所の柱、梁、壁などに一定面積の場所を選定し、その場所に係留するハエ成虫数を一定時間毎に数える。または、一定規格の木の格子(「ハエ格子」または「フライグリル」:図13)を用い、試験場所でハエ成虫が多く係留している地面や床面に置き、一定時間毎に格子表面に係留する個体数を数える。

調査時点の係留個体数をハエ成虫密度指数とする。このような係留個体数を用いた密度調査は、測定する場所が多いほど試験精度が高まるので、測定場所をできるだけ多くとるよう努めることが望ましい。

<その他の密度調査法>

上記の調査法以外に、捕虫網を用いて成虫を捕獲するスイーピング法、粘着シートを用いた粘着トラップ法などもある。試験場所にふさわしい方法を採用して、精度の高い評価となるよう努める。

(2) 蚊類を対象にする試験法

[概要]

庭先で活動するヤブカ、人家に侵入するイエカ類、地下浄化槽などに発生するチカイエカなどを対象にして、検体を空間処理する方法である。ただし、チカイエカなど建築物内に発生する蚊に対する空間処理は、ハエ成虫に対する空間処理法に準ずるので試験法は省略する。屋外の茂みや植え込みに生息する蚊成虫を対象とした空間処理は、ハエ成虫に対するものと比較して、繁みの状態や天候などに左右され易い面がある。

[対象薬剤]

油剤、乳剤、エアゾール剤

[手順]

① 樹木などが茂って、発生が見られる場所を選定する。

② 蚊成虫の種類を同定し、発生密度を調べる。

③ 薬剤を設定した用法用量に従って処理する。

④ ②と同様な方法で蚊成虫の発生密度を所定経過時間毎に処理前の密度に回復するまで調べる。

⑤ 処理前後の蚊成虫の密度との比較から減少率を求める。

[備考]

① 屋外で行う空間処理は、風の方向と強さによって効果が大きく左右されるため、朝夕の微風時間帯を選んで、風上から噴霧する。

② 薬剤の到達距離や到達する高低などによる効果の差異を確認するためには、実験室飼育系統の蚊雌成虫をケージに入れて、試験場所の確認したい場所に吊し、薬剤散布後に回収して、その致死率を観察する。

③ 効果の確認には、試験場所で発生している蚊の雌成虫、あるいは、採集後、実験室で増殖したコロニーの雌成虫をケージに入れ、試験場所の様々な場所に吊し、薬剤散布後、各網カゴ内の致死率を求める。

④ 試験中の風向、風速、天気、気温、湿度などの試験環境を詳細に記録する。

⑤ 植物体にむけて散布する場合は、薬害を生じないよう配慮を要する。

⑥ 本試験は、人への影響の有無など試験場所の環境を考慮して実施すること。

⑦ 効果が持続していても、日没等で観察ができない場合には、そこで打ち切る。

[密度調査法]

<おとり法>

人や動物を誘引源として蚊の密度を調査する方法で、実際に即した結果が得られる。

人を吸血源とする方法(人おとり法)は、試験場所で一定時間下肢や腕などを露出し、露出部に飛来した蚊を吸虫管で採集し、単位時間当たりの捕獲数を密度指数とする方法である。薬剤処理前後の密度指数を比較することで効果を判定する。

鳥、豚、牛などを蚊の吸血源(ベイト)として用い、誘引された蚊を捕獲して判定する方法もある。

<ライトトラップ法>

夜間、吸血活動する蚊を対象とする。紫外線ランプ、蛍光灯、豆電球などを光源として、光源に誘引された蚊をファンで袋のなかに捕獲する。1晩捕獲された蚊の数をもとに、蚊密度指数を求めて評価を行う。この方法は、夜間吸血性の蚊を対象とした方法であり、光に誘引される他の昆虫類も捕獲される。

<ドライアイス・トラップ法>

ドライアイスを発砲スチロールなどの簡易型冷却容器に入れて、容器の隙間から放出される二酸化炭素ガスに誘引された成虫を捕集する。ライトトラップとの併用や入り口を開けたテント内にドライアイスを置いて、ドライアイスに誘引されてテント内に入った蚊成虫を捕獲する方法などがある。この方法は、夜間吸血性および昼間吸血性の蚊ともに対象とすることができるし、電源のない場所でも使用できる。

2.2.1.2 残留処理試験法

[概要]

残留処理法は、対象虫が係留や歩行する壁面などに、噴霧や塗布などの方法によって薬剤を処理して、接触する対象虫に対する効果を見るための試験法である。対象虫の生態や使用する薬剤の性質を考慮に入れて的確な場所に処理する必要がある。

(1) ハエ類を対象にする試験法

[概要]

発生密度が高く、薬剤の散布が可能な壁面などが存在する場所で行う。閉鎖空間ではハエの密度が高い場所が少ないので、飼育したハエを放して実施する。

[対象薬剤]

油剤、乳剤、水和剤。

[手順]

① あらかじめハエ成虫の密度を調査する。

② 設定された用法用量に従って薬剤を処理する。

③ 所定期間経過ごとに①と同じ方法でハエ成虫の密度を調査し、残効性試験とする。

[備考]

① 薬剤は処理した総量を記録しておく。

② 処理薬液量は、吸収性の面には50mL/m2、非吸収性の面には25mL/m2を標準とする。

③ 残留処理は残効性評価を伴う試験でもあり、処理直後、1、2、4、8週後の効果を調査する。効果が持続するようなら、それ以降も実施する。

放逐して行う場合等の手順は以下による。

① 試験室を密閉し、床面に白い紙を敷き、脱脂綿に浸した砂糖水を配置する。

② 供試虫100匹を試験場所に放す。

③ 放虫1日後に全供試虫を回収し、致死率を求める。

④ 所定期間経過後にこれを繰り返して、残効性を調査する。

⑤ また、放逐せずに試験場所から採集したハエを飼育して、この成虫を残渣面に接触させて効力を評価することもある。この場合、シャーレに供試虫を入れて、網で蓋をし、網面を薬剤を処理した壁面に押しつけて固定することで、継続または限定時間接触を行って評価する。

⑥ さらに、処理する面がないか、非常に少ない場合は、ベニヤ板に薬剤を処理して居室の天井や壁に設置するか、或いは、床に置き、ハエを放して効果を評価する場合もある。

[密度調査法]

空間処理法(1)と同じ方法で実施するが、落下虫数の回収またはリボン法による評価を原則とする。

(2) 蚊類を対象にする試験法

ハエ類と同じ方法で実施する。

(3) ゴキブリ類を対象にする試験法

[概要]

ゴキブリが徘徊する通路、壁面、棚などの面や、ゴキブリの潜む可能性のある引出しの中、物陰、隙間およびその周辺などに、薬剤を残留塗布、または、残留噴霧して、その後の生息密度を少なくとも1か月以上調査して、残効性期間を含め防除効果を見る。

[対象薬剤]

油剤、乳剤、エアゾール剤

[手順]

① 処理前の対象ゴキブリの生息密度を調査する。

② ゴキブリの潜伏場所や徘徊すると思われる場所に、設定した用法用量に従い薬剤を残留塗布または残留噴霧処理する。

③ 処理後の所定経過日数毎に、①と同じ方法でゴキブリの生息密度を調査する。

④ 処理前後のゴキブリ指数から効果を判定する。

[備考]

① 液剤は、散布場所の面積1m2当たり、希釈液で50mLの割合で処理することを基準とする。什器や棚などが多くあり、散布面積が算出しにくい場合、床面積から見当をつけることになる。この様な場合、目安として、試験場所の床面積の2倍以内、複雑な構造の場合では3倍以内を目標に処理すると良い。

② 薬剤の残留処理面は洗い流される面や、埃や油まみれになる場所を避ける。埃や油まみれの場所は、清掃してから薬剤を処理することが望ましい。

③ 試験場所は、密閉する必要はない。

④ その他、空間処理試験法の項を参照のこと。

[密度調査法]

空間処理試験法の項を参照のこと。

(4) 屋内塵性ダニ類を対象にする試験法

[概要]

畳に発生したケナガコナダニやカーペット等に発生したヒョウヒダニ類、あるいはツメダニ類を対象として、薬剤を、畳の中へ注入処理したり、畳やカーペットの表裏面に残留噴霧処理したりすることによって、それらの防除効果およびその残効性を含め調べる方法である。

[対象薬剤]

油剤、乳剤、エアゾール剤

[手順]

① あらかじめ対象種を明らかにし、また、その発生密度を調査する。

② 設定された用法用量に従って発生場所に薬剤を残留処理する。

③ 以降、所定日数毎に処理した場所の発生密度を、処理前の密度に回復するまで調べる。

[備考]

① ケナガコナダニやヒョウヒダニ類を対象とする時、処理前のダニ発生密度が細塵1gあるいは1m2当たり100匹以上あることが望ましい。

② 残効性を評価するため、処理後1、2、4週目に発生密度の調査を行うことを標準とするが、長期調査の場合に、季節によって自然に発生密度が低下する場合もあるので、無処理を設けて発生密度を調査して補正する。

③ 10cm角程度の大きさの黒紙を試験場所に置き、一定時間内に黒紙上にはい上がった数を数え、その数を発生密度とする方法もあるが、発生量が少ない場合には使えない

④ 効果については、処理前後のダニ発生密度の値を用いて、下記の式によって増殖抑制率を算出する。

⑤ 増殖抑制率が高い場合でも、処理後の絶対的な発生密度が、防除を必要としない密度以下であることが必要である。

[密度調査法]

① 新たな集塵袋を装着した吸引掃除機で、試験場所から屋内塵を採取する。

② 採取塵を一定量精秤して取り、飽和食塩水浮遊法により生ダニ数を数え、その数を発生密度とする。発生密度は塵採集面積および採取塵総重量から、1m2当たりまたは1g当たりに換算して表示する。

<飽和食塩水浮遊法>

i) 採取塵を篩にかけ9メッシュと200メッシュの間に残った細塵を利用する。

ii) 細塵100mgを精秤して取り、大型三角フラスコに入れた飽和食塩水と混和する。

iii) 混和後静置し、上澄液を濾紙上に展開し、生ダニ数を実体顕微鏡下で数える。

iv) iii)の操作を2回繰り返し、合計値をダニ数とする。

2.2.1.3 蒸散剤試験法

試験空間に、設定した用量に従って薬剤を天井から吊り下げた時、内部に生息する対象虫に対する効果を調査する試験である。この試験では、試験場所の密閉性が効果に大きく影響する。

[対象薬剤]

蒸散剤(吊り下げタイプ及び殺虫機使用タイプ)

(1) ハエ類を対象にする試験法

1) 実地試験

[手順]

① 試験場所を選定して、あらかじめハエ成虫の密度を調査する。

② 試験場所は必要に応じ扉、窓を閉じ、開口部や隙間は目張りなどをして、風の影響がないように密閉空間とする。

③ 設定した用法用量に従って所定量の薬剤を天井から吊り下げる。

④ 設定した有効期限の間、所定経過日数毎にハエ成虫密度を調査する。

[備考]

① 本試験は、長期間の観察を要するため、ハエの密度の自然消長があるため、できるだけ同様な条件下の無処理対象区を設けることが望まれる。

② 試験期間中の天候、気温などを記録する。

[成虫密度調査法]

空間処理試験法(1)と同じ方法で実施する。

2) 準実地試験

[手順]

① 供試虫が逃亡しないように密閉した上で、観察や回収が容易なように、試験室の床に白い紙を敷く。

② 試験室の天井に、用法用量にしたがって薬剤を所定の期間吊す。

③ 薬剤を設置後、所定経過日毎に、供試虫を室内に放すか、供試虫20匹を16メッシュ程度の網カゴに入れ、脱脂綿に浸した砂糖水を与え、試験室内の高さ120~150cmの位置に吊す。

④ 24時間後に致死率を求める。

⑤ 所定期間経過後ごとに③を繰り返して、残効性を調査する。

[備考]

① 供試虫の入ったカゴは少なくとも4か所以上とし、一箇所に偏ることがないように吊す。吊す高さも目的に応じて調整する。

② 試験期間中は試験室に薬剤は常時吊り下げ、室内の床の紙もそのままとする。

(2) 蚊を対象にする試験法

実地、準実地ともハエ類と同様の方法で実施する。

(3) ゴキブリ類を対象にする試験法

殺虫機使用タイプの蒸散剤は2.2.1.1.1(3)1)を準用し、吊り下げタイプの蒸散剤は実験装置としてテストチャンバーを用いるほか、2.2.1.1.1(3)2)を準用する。

2.2.1.4 蚊取り剤試験法

2.2.1.4.1 屋内試験法

[概要]

居室またはテストチャンバー内に供試虫を放つか、供試虫を入れた網カゴを吊し、室内中央の床に点火した蚊取り線香あるいは通電した液体蚊取りや蚊取りマットを配置し、所定時間後の効果を調べる。本試験は準実地試験ではあるが、実地試験(居室試験)として取り扱ってもよい。

[対象薬剤]

蚊取り線香、蚊取りマット、液体蚊取り

[手順]

① 居室内に供試虫を放つか、供試虫を網カゴに入れて吊す。

② 設定された用法用量に従って薬剤を処理する。

③ 薬剤処理2時間後まで、時間の経過に伴うノックダウン率を求める。

④ 一定時間経過後、全ての供試虫を清潔な容器に移して、脱脂綿に浸した砂糖水を与え、24時間後または48時間後の致死率を求める。

[備考]

① 試験には雌成虫を使用し、1回の試験の供試虫数を100~150匹とする。放虫する代わりに、供試虫を入れた網カゴを複数個用意し、それらを偏らないように分散して室内に吊しても良い。この場合には1カゴ10~20匹として4~6か所に吊す。

② あらかじめ居室の床に白紙を敷き詰めておくと観察や回収が容易である。

③ 抵抗性集団や野外採集集団を供試すると、実用効果の判定に、より有用な方法になる。

2.2.1.4.2 屋外試験法

[概要]

蚊成虫を対象にし、屋外で使用することを目的とする蚊取り線香などの蚊取り剤を、用法用量にしたがって庭先などの蚊が発生している場所で用い、使用前、中、後の人への飛来数を調査することによって評価する。

[対象薬剤]

蚊取り線香など

[手順]

① 蚊の発生密度を検体使用前に人おとり法などで調査する。

② 設定された用法用量にしたがって薬剤を使用する。

③ 使用中および使用後の蚊の発生密度を①と同様の方法で調査する。

[備考]

① 発生蚊を捕獲し、種類を同定する。

② 風向、風力、気温、湿度、天気などの試験環境を詳細に記録する。

③ 1試験機関で本試験を行う場合は2か所以上で行うことが望ましい。

2.2.1.5 毒餌剤試験法

[概要]

毒餌剤を配置し、任意に摂食させて効果を見る試験である。主にゴキブリを対象にした試験法である。

[対象薬剤]

毒餌剤

(1) ゴキブリ類を対象にする試験法

[手順]

① 試験場所を設定し、粘着トラップを用い、事前に試験場所のゴキブリの密度を調査する。

② 設定した用法用量に従って、試験場所に毒餌剤を配置する。

③ 処理後、①と同じ方法で密度調査し、所定日数毎にゴキブリ指数を求める。

④ 参考として毒餌の喫食量を調べる。

[備考]

① 毒餌の中には効果が現れるまでにかなりの日数を要するものがあるので、効果の立ち上がりを調査する必要がある。また、効果が低い場合には、その要因が有効成分によるものか、餌剤の喫食性の低さなのか等も調査する。

② 水を被ったりしやすい場所や、すぐ掃除されるような場所への設置はできるだけ避ける。

③ 試験期間中の毒餌剤の喫食量を経日的に測定し、効果と喫食量との関係について考察を加えることが望ましい。なお、喫食量測定に際し、毒餌剤の設置場所として水や埃など環境からの影響が少ない場所を選択するなど配慮が必要である。

④ 残効性調査期間は可能な限りゴキブリの密度が処理前に回復するまで実施する。

⑤ 密度調査および効果判定については空間処理(3)のゴキブリの項を参照のこと。

(2) ハエ類を対象にする試験法

基本的にはゴキブリ類での試験に準ずる。ただし、いわゆる誘引殺虫剤と呼ばれているものでは、経過時間に伴う減少率や誘殺数で見ることが多い。一般には食毒と接触毒作用の複合として評価される。

2.2.1.6 忌避剤試験法

[概要]

ヤブカ類やブユの成虫を対象にして、それらの吸血活動時間帯に対象成虫が多く発生する場所で実施する。あらかじめ露出した手足などに薬剤を処理し、使用場所付近に立ち入った時の吸血飛来数を調査する。

[対象薬剤]

忌避剤

[手順]

① 試験場所を選定し、人に飛来する種を同定する。

② 用法用量にしたがって、片方の上腕と下肢、あるいはどちらか一方に薬剤を処理し、残りの片方を無処理対照とする。

③ 処理直後から1時間以内に、処理、無処理部分ごとに飛来して対象とする部位に係留する全個体を数える。

④ 以降、3~4時間、6~7時間後など所定の時間後に同様の観察を行う。

[備考]

① 飛来個体の同定が係留した状態で困難な場合は必要最小限数を採集して確認する。

② 試験は2名以上で行う。飛来する個体を採集するためには、できれば2名が1組になって互いに協力しあうとよい。

③ 着衣は、布の上から吸血されない程度に厚手のものを使用する。

④ 係留数から以下の式を用いて忌避率を算出する。

2.2.2 幼虫に対する試験法

2.2.2.1 ハエ類を対象にする試験法

(1) 畜鶏舎での試験法

[概要]

イエバエやヒメイエバエなどの発生する畜鶏舎に、薬剤を処理し、その後の成虫密度の変動や蛹の羽化率などを調べて、薬剤の効力を判定する。

[対象薬剤]

乳剤、油剤、粉剤

[手順]

① 周辺の発生源からの影響を受けにくい、隔離された場所を選ぶ。

② 事前にハエ成虫の発生密度や蛹化個体の羽化率を調査する。

③ 設定された用法用量に従って薬剤を処理する。

④ 処理後所定の日数毎に成虫密度や蛹を採取して羽化成虫密度を調査する。

⑤ 薬剤の処理前後の成虫密度の差や蛹からの羽化率の差から効果を判定する。

[備考]

① 成虫密度調査は、ハエ取りリボンのような粘着トラップを用いる場合や、捕虫網による捕獲で数える場合などがある。

② 羽化阻害効果を観察する調査の場合は、発生源で幼虫や幼虫培地に薬剤を処理した後、蛹を採集して、飼育によってその羽化個体を確認する方法を用いる。幼若ホルモン様の化合物を有効成分とする薬剤は、この方法による羽化率の観察は不可欠である。

③ 少なくとも①、②の二つの調査方法を併用し、総合的に成虫発生密度の解析をすることが望ましい。

④ 薬剤処理の際には畜体への薬剤散布を避けることや、薬液による周辺への汚染がないよう注意しなくてはならない。

[密度調査法]

幼虫密度の測定が困難な場合は成虫密度を測定する。成虫の密度調査はハエ成虫に対する実地試験の項(2.2.1、2.2.1.1.2)に準じて行う。

(2) 畜鶏糞を用いる試験法

[概要]

衣装箱など、ある程度の大きさの容器を準備し、これにハエ発生源から採集した糞や堆肥を培地として入れ、薬剤を処理した後、木綿布で被覆し、所定日数後に羽化全数を記録する。薬剤無処理区を設け、羽化数の比較で効果を判定する。この方法は、新たな産卵や新鮮な培地が供給されないので、試験開始時に投入した畜鶏舎の新鮮な糞や堆肥に加えて、試験の途中で人工培地を追加したり、現地で採集したハエを飼育して、その幼虫を適宜投入したりするとよい。

[対象薬剤]

乳剤、油剤、粉剤

[手順]

① 衣装箱のようなある程度の容積を持つ容器を用意する。

② ①に発生源から採集した幼虫が大量に発生している鶏糞や糞の混ざった堆肥を入れる。

③ 表面積や体積を計算して必要量の薬剤を処理する。容器には木綿布などで覆いをする。

④ できるだけ発生源の状況に近い条件に保管する。

⑤ 羽化数を経日的に記録する。

[備考]

① 無処理区を設ける。

② 飼育培地とする堆肥などの中の幼虫密度が低い場合、あらかじめ発生源から成虫を捕獲し、実験室で産卵させたF1幼虫を得て追加投入するとよい。また、ある程度長期間観察を継続しなければならない場合には、培地の栄養が消費されて不足することがあるので、適宜人工飼料を追加することも必要である。

③ 人工容器を用いる方法では、保管中に培地が乾きすぎないよう、霧吹きなどを用いて適度の水分を追加する必要がある。必要に応じ人工培地を一部加える。なお培地の厚みは5~10cmとする。

④ 現地で採集した堆肥などには、目的外のハエ種や他昆虫の発生が多く見られたり、捕食性の節足動物などが含まれたりすることがあるので、そのような場合それらがあまり生息していない付近の堆肥を採取し、これに試験地で採取した対象虫から得た飼育幼虫を投入する。

⑤ 羽化数の測定は羽化がほとんど完了したと思われる時点に、覆いを外して成虫数をカウントする。この場合、培地にまみれて成虫の死骸の回収が困難な場合が多いので、羽化が始まる前に容器内に粘着トラップを吊すか、培地表面に置き、それにトラップされた数を観察してもよい。

2.2.2.2 蚊類を対象にする試験法

[概要]

下水溝、浄化槽、水田等の蚊の発生源に薬剤を散布し、幼虫の生息密度の変動から、その効果を判定する。

[対象薬剤]

油剤、乳剤、懸濁剤、IGR(昆虫成長制御剤)

[手順]

① 停滞水では対象水域の表面積や水量を、流れのある河川では、1時間当たりの流水量を測定する。

② 幼虫を採取し、種の同定を行い、対象種を明らかにする。

③ 幼虫の生息密度を調査する。IGRでは必要に応じ蛹を採集して羽化率を調べる。

④ 用法用量にしたがって薬剤を処理する。

⑤ 処理後、一定期間ごとに幼虫の生息密度を調査する。IGRの場合は羽化阻害率を求めて効果を判定する。

[備考]

① 流れのある下水や河川のような場所で行う場合、1本の流れの中に用法用量の範囲内で、高濃度処理区、中濃度処理区、低濃度処理区の3レベル程度の濃度処理区を設けてもよい。この場合には、一定の間隔をおいて、薬剤処理場所の上流を無処理区、以下、低濃度区から高濃度区へと順次設定する。

② 流速は流速計を用いる方法や、簡易法として枯草やオガクズを一定距離流してその時間を測定することによって求める方法もある。

③ 生息密度調査の際には、齢構成(蛹、若・中・老齢)についてもできるだけ記録する。

④ すくい取りに用いるひしゃくは試験を通じて、同じものを使用する。

⑤ 対象水域の状況によって同一基準量の薬量を散布しても、底質の状態、流れの有無、他からの水の流入の有無やその程度、植生の状態等で効果に大きな変動を生じる。したがって、これらの状況を記録し、できれば試験は同一条件の繰り返しばかりではなく、多様な発生源を用いることが望ましい。

⑥ 小水系は散布区域にある小水系の数と、その内の蚊発生水系の数を把握する。

⑦ 散布量は対象水域の水量を基準として定める場合と、表面積を基準として定める場合がある。

⑧ 通常、散布の翌日に初期効果を調べ、その後、毎日あるいは数日おきに幼虫の発生状況を調べ、その残効性を調査する。

⑨ 試験期間中の天候、気温、水温を記録する。

⑩ IGRでは、蛹が少ない場合には幼虫を採集し、現地水で飼育して蛹にし、その蛹からの羽化率を求める。

⑪ 幼虫の生息密度を量的に把握することには困難が伴う。一般的にひしゃくですくい取った幼虫数を目視して記録する方法が採用されてきたが、種の同定が不十分、若齢期の幼虫の見落とし等の必ずしも適正な方法とはいえず、また、発生水域での幼虫の偏りや生息場所の移動など、すくい取りに際し注意を払わなければならいことが多い。

[密度測定法]

① 水田や池のような広い水域では、幼虫、蛹がなるべく沢山集まっているような水面について、5か所以上の場所からひしゃくで幼虫をすくい、目視でひしゃく1杯中の幼虫数の合計を記録する。

② 雨水桝や浄化槽などの水域の場合は、幼虫が水面に浮き上がっているときに、ひしゃくで静かに水面を3回以上すくって幼虫を採取して、それぞれを種別、齢期(蛹、老齢、中齢、若齢など)別に数える。

③ 墓地の花受け、手水鉢、樹洞、竹株などひしゃくですくい取れないような小さな水系では、目視でその水系の生息の有無を調査する。場合によってはスポイトなどを用いて幼虫生息の有無や種類の確認を行う。

④ IGRの中で幼若ホルモン様化合物は幼虫の生息密度にはほとんど影響を与えないので、所定経過日数ごとに処理地点の蛹を採集し、羽化率を求める。

2.2.2.3 ブユ幼虫を対象にする試験法

[概要]

山間部の比較的流れの速い、清冽な川に薬剤を投入して、河川中の植物の葉、枯れ枝、石などに付着して生息する幼虫数を一定時間調査することによって薬剤の効果を調査する。

[対象薬剤]

乳剤、粒剤、水和剤、懸濁剤など

[手順]

① 試験河川を数本選定する。

② 試験河川を区切り、上流に無処理調査地点、薬剤投入地点、その下流に数kmにわたって数箇所の調査地点を設定する。

③ 水量を測定し、無処理区と各処理区の調査地点の幼虫密度を調査する。

④ 設定された用法用量にしたがって薬剤を所定量処理する。

⑤ 所定経過日数毎に幼虫密度を調査する。

[備考]

① 水量の測定:

試験河川に岩石が多数存在するような場合はそのままでは水量の測定が困難なので、その場所で石などを整理して一定の長さをできるだけ平らにし、その場所の水深、平均川幅を測定する。また、川面に枯葉やもみがらを落として流量を測定する。あるいは、狭くなった地点で瀬などに落ち込む流れがあれば、その部分で時間当たりの水量を測定する。

② 幼虫密度調査:

調査地点の水中の葉などに付着した幼虫を1匹ずつピンセットで採取する。採取時間を5分間または10分間に限定し、2人以上で調査する。調査した値から、単位時間・人当たりの採取数を求め、それを幼虫密度とする。

③ 採集したブユは70%のエタノールを入れた管ビンに収め、持ち帰って種の同定を行う。

④ 幼虫が付着する植物などが豊富でない調査地点は、人為的に周辺の植物を適当量刈り取って、調査毎に次回の調査のために河川に配置するのも一つの方法である。また、細いシリコンチューブなどをあらかじめ水中に設置しても良い。

⑤ 調査地点の設定は通常、各区の間隔を100m以上とる。したがって、最初の投薬地点以後、下流へ、例えば200、400、600、800、1200m付近など、100m~数100m間隔で5か所以上をとるのがよいが、距離の正確性を期すより、調査地点への立ち入りの容易さを重視して、およその距離で設定したほうが、以後の調査がやりやすい。投薬地点より上流の無処理調査地点は、自然環境の変化や不可抗力による人為的影響が成績に影響したかどうかのモニターとして設置する意味がある。無処理調査地点は薬剤の影響がない範囲で、できるだけ投薬地点に近接した場所に設けるとよい。

⑥ 観察時期については、投薬前の調査と投薬後の初回の調査は可能な限り早く、できれば24時間以内に行う。2回目以降は3日後、1、2、3週後と、再発生があって老齢幼虫が見られるようになるまで行う。

⑦ 蛹は調査対象としない。

⑧ ブユ幼虫は付着した葉から中毒によって離脱した場合は、流下過程で再付着しにくいので、薬剤による致死が確認できなくても、付着数の減少は駆除効果と同等と考えてよい。

⑨ 投薬後、対象外生物への薬剤の影響をあわせて実施する。

⑩ 薬剤の処理薬量を変えて試験したい場合は試験河川を数本用いる方法や上流に低薬量投入地点を設け、その下流約1kmにわたって数箇所調査地点を設定し、その最終調査地点の下流に高薬量投入地点を設けて、さらに下流に数箇所、同様に調査地点を設定するなどの方法もある。

[効果判定]

① 幼虫密度から下記の式により、駆除率を算出する。

② 50%以上の駆除率が得られる処理後の日数、および、投薬地点からの距離を求め、有効距離と有効日数を考察する。

[注意事項]

① 河川使用にあたっては、水生昆虫類等の非標的生物に対する影響等を説明した上で、河川を管轄する機関および担当者の許可を得ること。

② 実地試験時に、あわせて水系における環境調査を実施するとよい。

2.2.3 その他の種に対する試験法

2.2.3.1 ノミ、トコジラミ、イエダニを対象にする試験

ノミの発生する場所は、ネコがねぐらにしている倉庫などや犬が生活している環境などである。ゴキブリの空間噴霧試験法や残留接触試験法に準じて行う。

トコジラミは、居住環境の壁や天井などの隙間に昼間潜んで、夜間吸血活動し、ゴキブリと比較的生態が似通っていることから、ゴキブリの試験法に準じて行う。

イエダニもゴキブリの試験法に準じて行うとよい。

2.2.3.2 シラミを対象にする試験

コロモシラミ、アタカジラミ、ケジラミはいずれも人を宿主とすることから、実地試験は人体への薬剤施用による効果を評価するものである。臨床医の指導のもとに、適切な試験を実施する。

図1 微量滴下装置

図2 ハミルトン製ディスペンザー

図3 残渣接触試験

図4 WHOテストキット

1.片方の筒の内部には、薬剤を処理した濾紙を巻き付ける。

2.もう一方の筒に、供試虫を入れる。

3.中央のスライド仕切りを引いて、供試虫を薬剤紙のついた筒内に導入し、仕切をもとに戻す。

図5 クリップ法

上部からダニを投入した後、クリップで留める。

図6 噴霧降下装置

A:ガラス円筒

B:すべり蓋

C:ガラスポット

D:木製架台

E:ガラス円板

F:栓

G:ゴムパッキング

H:真鍮性金網

I:支え

図7 R2噴霧器

Cの裏側に左上の小容器をはめ込む

図8 アトマイザー

A:噴射管

B:小試験管

C:毛細管

D:ゴムでコンプレッサーに接続

E:微少孔

F:ゴム栓

G:開口部

図9 箱形装置(樹脂製)

A:内部作業のためにスライドする

B:薬剤の噴射孔

C:虫の投入口

図10 ピートグラディ装置

A:換気装置

B:照明

C:噴射孔

D:出入り口

E:観察窓

F:換気窓

図11 通気円筒装置

A1:ガラス円筒

A2:ガラス円筒

B1:小円筒

B2:小円筒

C:合繊布

D1:防虫網

D2:防虫網

E:ガラス円筒

H1:ゴムパッキング

H2:ゴムパッキング

H3:ゴムパッキング

G:架台

図12 散粉装置とDに装着する漏斗(左)

A:ガラス円筒

B:ガラス円盤

C:ガラス円盤

D:ゴム栓

E:コルク栓

F:木製台

G:16メッシュ金網

H:木製枠

I:玉

図13 ハエ格子(フライグリル)

3.殺虫剤抵抗性

3.1 殺虫剤抵抗性が生じるしくみ

(1) 抵抗性遺伝子と殺虫剤選抜

殺虫剤を使い始めた当初は使用書にある用法用量どおりに殺虫剤を散布して十分な殺虫効果を得ていたのに、使い続けていくうちに次第に効果が得られなくなる場合がある。そのような場合は、昆虫の集団に殺虫剤抵抗性が発達したことが疑われる。殺虫剤抵抗性は、殺虫剤の皮膚透過性、活性化、解毒、排出に関わる分子や殺虫剤の作用点をコードする遺伝子に生じた突然変異およびそれらの遺伝子の発現を調節する別の遺伝子座に生じた突然変異によりもたらされる遺伝的な現象である。ある遺伝子に自然に突然変異が生じる確率は非常に低く、たとえ突然変異が新たに生じたとしても、個体の生存または繁殖に有害か中立的なものがほとんどで、それらの大半はやがて集団から消えてしまう。突然変異の中にはごくまれに殺虫剤に曝された場合個体の生存に有利に働くものがある。その変異遺伝子を引き継いだ子孫が繰り返し殺虫剤散布を行っている環境のもとでより多く生き残り、さらに同じ遺伝子をもつ子孫の割合が集団内に増してゆくことにより抵抗性が発達する。

飼育室の中で抵抗性遺伝子を低い頻度でもつ実験室集団を殺虫剤で選抜してゆくと、容易に抵抗性遺伝子のみをもつ集団が得られ、そのような場合は選抜をやめても抵抗性のレベルを長期間維持することが可能である。しかし、野外の自然集団においては、集団が小さなコロニーに分かれて点在しているように見えても、近隣のコロニーから感受性遺伝子をもつ個体がわずかな割合でも恒常的に移入していると、選抜をやめた後に抵抗性遺伝子の頻度が低下する。殺虫剤選抜に対しては有利な突然変異であっても、選抜を行わない環境のもとでは適応力に不利な遺伝子である場合には、選抜を止めるとその頻度が低下する。たとえそのような遺伝子であったとしても、選抜を継続していくうちに、通常の環境における適応力の低下を補うような別の遺伝子座の突然変異と組合わさる機会があれば、やがて安定して集団内にとどまることができるようになると考えられる。

(2) 殺虫剤抵抗性と耐性

病原微生物に対する抗生物質や殺菌剤および植物に対する除草剤などに関して、薬剤の効力が低下する場合には薬剤耐性という語が使われている。それらの薬剤耐性が遺伝的変異にもとづくなら、殺虫剤抵抗性と同義と考えてよい。別種昆虫間の比較、同種であるが異なる発育ステージ間の比較および物理・化学的な前処理の有無の比較において殺虫剤感受性に差違が認められる場合には、“抵抗性”という語は使わず、“感受性(または耐性)が異なる”という。

(3) 殺虫剤の作用機作と抵抗性

昆虫の生体分子にどのような変化が生じたために殺虫剤抵抗性が現れるのかというしくみを、殺虫剤抵抗性の機構と呼ぶが、それは殺虫剤の作用機序(言いかえると殺虫剤のもつ毒作用が発現する過程)と密接に結びついている。

殺虫剤は、皮膚、口、または気門を通じて昆虫の体内に取り込まれた後に作用点に到達して結合し、作用点となる分子が担う重要な生体機能を阻害したり、作用点が局在する組織を破壊して、ついには昆虫を死に至らしめる。有機リン剤やピレスロイド剤など多くの殺虫剤は神経伝達の機能を担う分子が作用点である。一方、BT剤のように細菌が作り出す毒素タンパク質を利用した殺虫剤は、中腸膜上の結合構造(または受容体)を作用点とし、中腸膜を破壊する。殺虫剤の中でも昆虫成長制御剤(IGR:Insect Growth Regulator)は、昆虫の脱皮、羽化、卵形成を阻害して、最終的には死亡させたり人に被害を与え生殖力を持つ成虫の出現を阻止したりするが、それらの作用点の実体は、エクジソン(脱皮ホルモン)様剤(細胞核内に存在し遺伝子発現を制御するエクジソン受容体を作用点とする物質)の場合を除き、まだ明らかでない。殺虫剤によっては、有機リン剤やBT剤のように、それぞれ酸化酵素やプロテアーゼ(タンパク質分解酵素)の働きにより、昆虫の体内で活性化されることによって初めて十分な殺虫効力を示すようになるものもある。昆虫の体内に取り込まれた殺虫剤は作用点に達するものばかりとは限らず、その多くは脂肪体に蓄積されたり、酵素により分解されたり、また体外に排出されたりして、毒作用を示す前に無効になる。

以上に述べた作用機序に関し、抵抗性の昆虫はその中のどこかの段階で殺虫剤に曝された時に、生存に有利なように、しかし、作用点や解毒酵素の働きが本来の生体機能を損なうことがないように、巧妙な変更を加えている。それらの変更は、殺虫剤の皮膚透過性の減少、活性化活性の減少、解毒活性の増大、作用点感受性の低下などの生理・生化学的抵抗性として現れるが、その設計図の変更にあたるものが突然変異である。害虫種は被害を与える対象によって、衛生害虫、貯穀害虫、家畜害虫、農業害虫などと様々な区分けがされているが、防除に用いる殺虫剤系が共通であれば、相同な作用点や解毒分子に同様な遺伝的変異が生ずる例が数多く知られている。

表1には、おもな作用点について、その所在、作用する殺虫剤、変異の種類を示す。作用点のアセチルコリンエステラーゼ、ナトリウムチャンネル、γ―アミノ酪酸受容体の遺伝子は、それぞれ昆虫種のゲノムあたり1つまたは非常に限られた数が存在すると考えられている。作用点の殺虫剤感受性の低下をもたらした分子機構としてこれまでに明らかにされたものは、作用点を構成するタンパク質の一次構造上の変異である。

表2には、おもな解毒酵素について、その作用、解毒する殺虫剤、変異の種類を示す。チトクロムP450(酸化酵素)、エステラーゼ(加水分解酵素)、グルタチオンS―転移酵素については、それぞれ、昆虫種あたり複数種の遺伝子があると考えられている。キイロショウジョウバエには90種の異なるP450遺伝子がある。他の昆虫種でも同様に多数のP450遺伝子があり、大別するとその一部は昆虫ホルモン・フェロモンなどの生理活性物質の合成・分解に働き、他は餌の中に含まれる脂溶性物質の代謝、または脂溶性毒物質の解毒に働いているものと考えられる。有機リン系、ピレスロイド系、昆虫成長制御剤のいずれの殺虫剤系に対しても、P450は解毒機構として関わることが知られているが、どのP450分子種がどの殺虫剤の解毒にもっとも関わっているかはほとんど未解明である。しかしながら、異なる薬剤系の両方にまたがる抵抗性に関与する例、例えば、P450の活性増大により有機リン剤に強い抵抗性を示した抵抗性コロニーにおいて、P450がピレスロイド剤の解毒に対してもまた大きく関わっていたことを明確に示したという例、またその逆の例はまだ知られていない。解毒活性の亢進するおもな分子機構としては、酵素分子あたりの活性の上昇(質的な変異)と、解毒分子の過剰発現(量的な変異)の両方が考えうるが、これまで解明されたものは、後者の量的な変異によるものである。その原因となるおもな突然変異は、遺伝子転写活性の上昇やDNA増幅(ゲノムあたりの遺伝子コピー数の増加)である。

(4) 交差抵抗性

有機リン系やピレスロイド系のように、その構造の特徴から分類された1つの薬剤系に属する殺虫剤に対しては、同じ作用点が標的であり、共通する解毒機構が働く場合がほとんどである。したがって、1つの有機リン剤に抵抗性を示す昆虫は、他の有機リン剤に対しても抵抗性を示すことが多い。この現象を交差抵抗性とよぶ。昆虫成長制御剤のピリプロキシフェン(幼若ホルモン様剤)とジフルベンズロン(キチン合成阻害剤)に対する共通な抵抗性機構を薬剤の構造によって予想することは難しいが、実際には両剤に強い複合抵抗性を示すチカイエカ等の例がある(Kasai et al.2007)。両剤を解毒可能なP450分子種の活性増大がその要因だと考えられている。しかしながら、有機リン系の殺虫剤のうち、非対称型のプロチオホスやプロペタンホスは、対称型有機リン剤に対する抵抗性の害虫に対して有効な場合が多い。抵抗性が作用点のアセチルコリンエステラーゼに生じた特定のアミノ酸置換にもとづく場合、抵抗性個体がある種の殺虫剤に対して強い抵抗性を示すにもかかわらず、別の殺虫剤に対しては感受性個体がもつ同酵素の感受性よりも、さらに高い感受性を示す場合がある。この現象を負の交差抵抗性とよぶ。農業害虫種のツマグロヨコバイとモモアカアブラムシそれぞれのカーバメイト剤抵抗性系統と感受性系統の間で、アセチルコリンエステラーゼの構造変化の有無にもとづき、ある種のカーバメイト剤と有機リン剤の間において負の交差抵抗性が認められている(Iwata and Hama 1976;Nabeshima et al.2003)。抵抗性対策を考える際に、この現象が化学的防除に応用できればたいへん魅力的である。

(5) 選択毒性

殺虫剤は人畜に対する安全性と害虫に対する効力が得られることを条件として開発されてきた。この条件はいいかえると選択毒性を備えるということである。ほ乳動物と昆虫は種々の遺伝子が共通の祖先に由来する相同な生体分子をもっている。例えば、表1と表2において、幼若ホルモン様物質受容体とBT毒素結合構造を発現する遺伝子は不明であるが、その他の作用点と解毒分子のそれぞれにほ乳動物と昆虫に相同なものが存在する。例えば、ほ乳動物と昆虫のアセチルコリンエステラーゼ遺伝子を人工的に発現させ、体内活性化型の1つの有機リン剤であるマラオクソンで阻害すると、同様な阻害効果が認められる。それにもかかわらず、選択毒性が生じるのは、これを分解または吸着するほ乳動物と昆虫がもつ血液中のエステラーゼ活性の違いによる。一方、殺虫剤抵抗性系統でエステラーゼが過剰発現することは、ほ乳動物の血中においてエステラーゼが比較的多量に存在し、それが選択毒性の要因となることに似ている。選択毒性は種間の比較で用いられるが、抵抗性は種内の抵抗性個体と感受性個体の間に生じた選択毒性といえる。

(6) 昆虫成長制御剤の選択毒性

昆虫成長制御剤は脱皮・変態を行う節足動物に特有の生理を攪乱する作用をし、哺乳動物に対する毒性はきわめて低い。BT剤(内毒素タンパク質を発現するBacillus thuringensisの菌株を製剤化したもの)についても、内毒素に対する結合構造をもたないと考えられるほ乳動物に対しては、同じく毒性がきわめて低い。BT剤およびその近縁の微生物(例えばB.sphaericus)を利用した殺虫剤においては、チョウ目(鱗翅目)、ハエ目(双翅目)、甲虫目(鞘翅目)昆虫の幼虫にそれぞれに特異的な選択毒性を示す菌株が用いられている。BT剤の作用点分子とその変異についての詳細は未解明であるが、昆虫目間の毒素結合構造の微細な差違にもとづき、殺虫剤の選択毒性が現れているものと考えられる。昆虫の生存にとって有利な抵抗性遺伝子は、その発現産物が本来の生体機能を損なうことなく、かつ、殺虫剤に対抗できるものである。BT剤の標的昆虫の作用点が、非常に構造の似通った他の非標的昆虫の作用点を模した構造変化を突然変異により獲得することは、昆虫種全般に作用する昆虫ホルモン様剤の作用点に抵抗性型構造変化を起こすことよりも、容易なことかもしれない。選択毒性の及ぶ範囲が節足動物、昆虫、ひいては特定の昆虫目と限られてゆく殺虫剤ほど、環境に優しく使いやすい殺虫剤であるという論理が成り立つ一方、抵抗性の発達のしにくさという点からは、BT剤は必ずしも最良の殺虫剤系ではないかもしれない。

3.2 殺虫剤抵抗性の事例

(1) コガタアカイエカ

日本脳炎媒介蚊であるコガタアカイエカでは、1980年代になり有機リン剤抵抗性が出現した(上村・丸山1983)。コガタアカイエカのToyama系統は、1983年の富山県での採集に由来する、有機リン剤とカーバメイトに対する交差抵抗性を示す系統である(Takahashi and Yasutomi 1987)。とくに有機リン剤への抵抗性が著しく、ダイアジノンを除く試験に用いた有機リン剤のすべてに1,000倍を超える抵抗性を示す。有機リン剤に対してToyama系統とほぼ同程度の著しい抵抗性が、宮城県から熊本県にわたる17地点に由来するコロニーで確認されている(Yasutomi and Takahashi1987;渡辺ら1991)。水田での農薬散布の繰り返しにより、このような強い抵抗性が発達したとものと考えられる。おもな抵抗性要因はアセチルコリンエステラーゼの殺虫剤感受性の低下にあり、他にカルボキシルエステラーゼの活性増大も関与している(Takahashi and Yasutomi 1987)(表3)。アセチルコリンエステラーゼ(AChE)は有機リン剤とカーバメイト剤の共通の作用点であるが、Toyama系統のAChE構造変化はとくに有機リン剤に対する感受性低下が著しいことがわかっている(Mamiya et al.1997)。キイロショウジョウバエから昆虫種では初めてAChE遺伝子(Ace)がクローニングされ、その後の研究でアミノ酸置換による感受性低下が明らかになった。コガタアカイエカにおいてもショウジョウバエAceに構造が似た遺伝子が第1染色体に存在するが、本種の場合、有機リン剤非感受性の構造変異を生じたのは、第2染色体上に存在し、Aceとは独立に昆虫種に受け継がれてきたAce2遺伝子であることが最近明らかになった(Mori et al.2001;Nabeshima et al.2004)。Ace2が発現した酵素の活性中心近傍に、非感受性の要因とみなされる1つのアミノ酸置換が同定されている。1980年代後半の一時期に沖縄県知念村で採集されたコガタアカイエカは有機リン剤抵抗性を示すとともに、シフェノトリン、フェノトリン、ペルメトリンなどのピレスロイド剤にも高い抵抗性を示した(高橋・安富1989)。

(2) アカイエカ種群

下水溝などから発生するアカイエカの有機リン剤抵抗性は1970年代から報告が始まっている。都会のビルなどに発生するチカイエカは、建築物衛生法に基づき、やはり防除の対象となるために抵抗性発達の事例が多い。チカイエカのShinjuku系統は1988年に東京都新宿区内の1つのビルの地下汚水槽―Cでの採集に由来する有機リン剤抵抗性系統であり、多くの有機リン剤に対して約100倍またはそれを超える抵抗性を示す(表4)(川上1989)。ここでは20年以上にわたり有機リン剤による防除が続けられており、その結果このように高レベルの有機リン剤抵抗性が発達したと考えられる。同時期に同ビルの隔離された別の地下汚水槽でも採集が行われ、殺虫剤を散布していない汚水槽―A、散布がもっとも徹底して行われた汚水槽―C、散布歴が汚水槽―Cには及ばない汚水槽―Bの間で、各種有機リン剤に対する抵抗性比が比較された。その結果、もっとも抵抗性が著しいクロルピリホス―メチルに対する抵抗性比は、汚水槽―A,―B,―Cの順に、22倍、170倍、690倍であった(川上、1989)。非常に接近したコロニーでありながら、それぞれ異なる抵抗性レベルを示したという結果は、チカイエカ幼虫の生息環境と初回産卵における無吸血産卵性を反映したもの考えられる。

Shinjuku系統にみられるおもな抵抗性要因はエステラーゼの活性増大にあり、Est―B遺伝子が約30倍に核ゲノム内で増幅し、それに比例して多量に産生される加水分解酵素が殺虫剤と不可逆的に結合して解毒に働くことである(Kono and Tomita1993;Tomita et al 1996)。

1981年にサウジアラビアで採集され、その後20世代にわたりペルメトリンにより研究室内で選抜を受けたネッタイイエカのピレスロイド抵抗性系統JPal―perの幼虫では、ペルメトリンとDDTに対して、それぞれ2,500倍と300倍という強い抵抗性を示した。この系統でペルメトリン抵抗性にもっとも貢献している機構はチトクロムP450の活性増大であるが、DDT抵抗性にはほとんど関与していない。また、この系統の成虫における抵抗性比は幼虫を用いて示される抵抗性比の100分の1程度に縮まっていた(Kasai et al.1998)。本系統におけるピレスロイド系殺虫剤とDDTに対する共通な抵抗性機構として、さらに幼虫と成虫に共通な抵抗性機構として、アミノ酸置換変異にもとづくナトリウムチャンネル感受性の低下が含まれている(Hardstone et al.2007)。この種の突然繊維はイエバエで最初に見いだされ、kdr(knock down resistance)とよばれており、その分子レベルでの解明はMiyazaki et al(1996)とWiliamson et al(1996)により初めて行われた。JPal―per系統の蚊は、イエバエのkdr遺伝子と同じく(イエバエのアミノ酸座位番号で表して)Leu1014座位がPheへと変化したアミノ酸弛緩変異(Leu1014Phe)をもつ。わが国では、同じ変異をもつチカイエカが、またその亜型といえるLeu1014Ser変異をもつチカイエカの存在が確認されている(Kasai et al.1998)。アフリカ、カリブ海諸島、南ヨーロッパ地域で採集された殺虫剤抵抗性トビイロイエカ(Culex pipiens pipiens)においては、コガタアカイエカのAce2遺伝子と同族のアセチルコリンエステラーゼ(AChE)から、先に述べたコガタアカイエカにおける置換とは相同でない座位に1つのアミノ酸置換変異が共通して見いだされ、この置換がカーバメイト剤と有機リン剤に非感受性をもたらすことが証明された(Weil et al.2003)。日本のアカイエカ種群の蚊集団では、AChEに関する抵抗性遺伝子の存在は今のところ確かめられていない。

(3) イエバエ

抵抗性の発達がとくに問題になるのは、廃棄物処分場、畜産現場、有機肥料を使う園芸作物圃場など、イエバエが大量に発生し、それを防除しなければならない場所の集団である。

東京湾中央防波堤埋立処分場では、生ゴミなどから大量に発生するハエを防除するために頻繁に殺虫剤散布を行ってきた。このために1970年代から使われた有機リン剤に対して、表5にみられるような顕著な抵抗性が発達した。早くから使用されたマラチオン、ダイアジノン、フェニトロチオンには非常に高い抵抗性が発達しているが、比較的新しい、しかも化学構造が従来のものとは若干異なる、非対称型有機リン化合物のプロチオホスに対する抵抗性の発達は遅れていることがわかる。ここでは、1985年から隔年で合計3年間フタルスリンとフェニトロチオンの混合剤が使用され、また、イエバエが大量に発生した時に成虫に対してもピレスロイド剤が使われたが、ピレスロイド剤に対する抵抗性の発達は顕著ではなかった。しかし、ピレスロイド低感受性ナトリウムチャンネル遺伝子、kdr(Leu1014Phe)の頻度を調査した結果では、1988年にこの遺伝子が初めて検出され(1%)、その後徐々に頻度が高まり、1992年には13%に達した。この遺伝子は劣性であり、13%の遺伝子頻度でも遺伝子がホモ接合体となって抵抗性を現すのは集団の3.6%にしか過ぎないために、ピレスロイド剤の効力低下としては気づかれることはなかった。わが国の畜産現場では、kdr遺伝子のホモ接合体が高頻度に達しているピレスロイド抵抗性コロニーが複数確認されている。kdr型よりもさらに感受性が低下するsuper―kdr型の遺伝子も明らかにされており、super―kdr遺伝子は、Leu1014Phe置換の他にMet918Ileの置換を併せもつ(Williamson et al.1996)。

同じゴミ処分場のイエバエ集団から採取したコロニーをもとにして、ピラクロホスで室内選抜を行ったYBOL系統のハエは、有機リン剤低感受性のアセチルコリンエステラーゼを発現し、2つのアミノ酸置換が有機リン剤低感受性の要因として含まれていることが証明された(Kozaki et al.2001;2002)。また、幼若ホルモン様剤のピリプロキシフェンで室内選抜を行ったYPPF系統のハエでは、同剤に対して880倍の抵抗性比を示した。同系統のピリプロキシフェン抵抗性のおもな要因は解毒酵素のチトクロムP450の活性上昇によった(Zhan et al.1997;1998)。ピリプロキシフェンによる防除歴がほとんどないゴミ処分場イエバエ集団に、高度な抵抗性を発達させるのに十分な抵抗性機構をもつハエがすでに含まれていたことになる。高知市の施設園芸地域で1998年に発生した、イエバエに由来するキチン形成阻害剤ジフルベンズロン抵抗性の三里’98コロニーでは、同剤に対して21,000倍以上の抵抗性比を示した(竹中・松崎2000)。東京湾中央防波堤埋立処分場イエバエを使い、ジフルベンズロンで室内選抜することによっても同剤抵抗性のRD系統が得られている(Shono1988)。これらの野外コロニーと室内選抜系統に含まれるジフルベンズロン抵抗性機構は明らかではないが、米国の抵抗性系統を使って同剤抵抗性機構へのP450解毒活性上昇の関与が推定されている(Pimpriker and Georghiou 1979)。

(4) チャバネゴキブリ

ピレスロイド系殺虫剤がわが国のゴキブリ駆除に本格的に用いられるようになったのは、ペルメトリンが上市された1986年以降である。ペルメトリンを有効成分とする製剤のタイプが多様化し、評価が高まるにつれ、多用される傾向がみられた。1981年に大阪府でペルメトリンの効力が低下したチャバネゴキブリを採集し、そのコロニー(R系)を使い各種薬剤に対する感受性を調べた結果を表6に示す。ピレスロイド系薬剤に対してのみ約20倍の抵抗性比を示し、これまでに多少なりとも使用歴があると考えられる有機リン系薬剤、DDT、およびγ―BHCには感受性であった(新庄ら1988)。

チャバネゴキブリの殺虫剤抵抗性といわれる集団について局所施用法で試験し、感受性系統とLD50値を比較してみると、有機リン剤に対しては10倍程度、ピレスロイド剤に対しては20~30倍程度の抵抗性比を示すことが多い。これらの中には東海道新幹線の車両から採集されたものもあり、このようなレベルの殺虫剤抵抗性集団が全国に散在していると考えられる。

チャバネゴキブリのピレスロイド抵抗性の主な要因として、作用点のナトリウムチャンネルの構造変化による感受性低下が明らかにされている。ピレスロイド抵抗性チャバネゴキブリにおいてもナトリウムチャンネルにイエバエのkdr遺伝子と同じ置換が生じている(Miyazaki et al.1996)。

(5) アタマジラミ

1982年にフェノトリンがわが国唯一のヒトジラミ駆除剤として上市されて以降、アタマジラミ罹患者数の厚生省統計が始まった1981年の翌年に約2万4千人のピークをみた発生数は、1980年代の終わりには約2千人に激減した。1990年代になり罹患者数は漸増し、厚生省統計の終わった1999年には罹患者数約1万人を数えた。同年の駆除剤の出荷本数を考慮すると、実際の罹患者数は統計に表れた数の少なくとも10倍と考えられる。ピレスロイド剤をシラミ駆除剤として用いている諸外国では、1990年代に抵抗性の報告があり、一部の国では抵抗性が深刻な状態となっていたが、わが国では2000年になるまでフェノトリン抵抗性に関する情報はなかった。2001年から2003年にかけて東京都、神奈川県、埼玉県の罹患者家族から集めたアタマジラミ20コロニーについてフェノトリン感受性を調べたところ、3コロニーが抵抗性であった(冨田ら2003)。成虫を用いて濾紙接触法により3時間処理を行って求めたフェノトリンのKC1値、KC50値、KC99値は、それぞれ、20、33、54mga.i./m2filterpaperであったが(葛西ら2003)、3つの抵抗性コロニーのそれぞれは少なくとも400、1600、3200mg/m2の薬量で生残った(Tomitaetal.2005)。感受性対照系統のKC1値を基準にすると、これら3つの抵抗性コロニーの抵抗性比は少なくとも200、800、1600倍と推定することができる。ピレスロイド化合物の作用点であるナトリウムチャンネルには、これら3つの抵抗性コロニーに共通する4座位に生じたアミノ酸置換が認められたが、イエバエのkdr型チャンネルとは異なる座位に置換が生じていた(Tomita et al.2003)。これら4つの置換のうち3つが米国フロリダ産の抵抗性アタマジラミの置換(Lee et al.2003)と一致した。これらの中でナトリウムチャンネルの感受性低下をもたらす置換については未解明であるが、そのうちの1つ、Thr952Ile置換が農業害虫のコナガのピレスロイド抵抗性系統に特有な相同座位に生じた置換と同一であったことから、少なくともこの置換の抵抗性への関与が強く疑われる。現在、わが国においては、フェノトリン駆除剤が有効なアタマジラミコロニーの割合が大きいものと推測されるが、今後の抵抗性発達に注意が必要である。

3―3 殺虫剤抵抗性の検出と系統の確立

野外集団の殺虫剤感受性を確かめるために必要な試験の概略について述べる。

(1) プロビット解析における注意点

まず、対照とする同種の感受性系統を入手し、施用量(または施用濃度、処理時間)に対する死亡率(またはノックダウン率)の応答についてプロビット解析を行う。野外より採取してできるだけ短い世代のうちに必要十分な供試虫を得られるまで、室内で継代したコロニーを得て同様な試験と解析を行う。次に、両者の半数致死薬量LD50(またはLC50、KT50など)の比を感受性系統の値を分母として求め、それを抵抗性比として表す。

野外集団に由来するコロニーが殺虫剤感受性について遺伝的に均質でない場合(すなわち抵抗性と感受性の混合集団である場合)には、得た「施用量対数―死亡率」の応答曲線を見れば抵抗性と感受性の個体の混合比がおよそわかるという点においては実用的な価値があるが、得た抵抗性比は統計学的に正しい推定とはいえない点に留意すべきである。その理由は、プロビット解析が仮定している条件は、殺虫試験の対象とする集団が殺虫剤感受性に関して均質といえる場合に限られるからである。感受性が均質な集団を用いた場合には、「施用量対数―死亡率プロビット」応答はいうまでもなく直線性を示し、「施用量対数―死亡率」応答はシグモイド曲線を描く。それに対して、感受性が異なる2つの個体群からなる混合集団を用いた場合には、「施用量対数―死亡率」応答は2つのシグモイド曲線をある比で積み重ねた形に見え、さらに、それぞれの個体群の本来のLD50値に相当な違いがある場合には、無応答のプラトー部分が生じる。このプラトー部分に対応する死亡率が感受性の異なる集団の混合比を表す。感受性の異なる複数の個体群からなる混合集団であることは、第一に「施用量対数―死亡率プロビット」の直線回帰への適合性の検定、第二に感受性系統と比較したプロビット直線の平行性の検定(直感的には、抵抗性個体をある割合で含むコロニーの場合は、プロビット直線の傾きが小さくなること)の結果から指摘できる。殺虫剤抵抗性が発達中の集団には、しばしば混合集団が認められるので、プロビット解析には注意を払う必要がある。

(2) 室内選抜系統

野外集団に由来するコロニーを室内で殺虫剤を用いながら選抜することがある。その目的は当初、ある割合でしかコロニーに含まれていなかった抵抗性遺伝子の頻度を上げて、遺伝的に固定した抵抗性系統を確立し、抵抗性機構の解明に役立てることである。選抜前や選抜中のコロニーの「施用量―死亡率」応答を調べながら、最初は緩やかに、しだいに厳しい薬剤量を使って選抜してゆく。選抜は幼虫を用いて行うかまたは成虫であれば交尾前に行うと、より短い世代のうちに抵抗性遺伝子頻度を上げることができる。

(3) 感受性系統

バイオアッセイのために適当な感受性対照系統が利用できない場合、野外集団からの採集にもとづいて新たに感受性系統を確立する必要がある。この場合は、上に述べた抵抗性の選抜と異なり労力を要する。一対の雌雄交配によって安定して継代飼育できる昆虫種の場合、まず処女雌と雄の対を隔離して飼育し採卵する。採卵後に親の感受性を調べ、両親共に感受性であった子どもの一部についても感受性を調べ、それらが感受性と判明するかまたは感受性個体の割合が大きかったラインを残す。その子孫についても必要に応じて同様な選抜を繰り返し、系統を確立する。一対の雌雄交配によっては安定して継代飼育できない昆虫種の場合は、集団飼育中に交尾済みの雌を隔離して採卵するか、イエカ属の蚊であれば卵舟を隔離し、用いた雌親と子どもの示す感受性にもとづき、同様な選抜を行う。この選抜方法では、交尾した相手の雄の感受性が不明であるため、選抜の効率が劣ることはやむをえない。ピレスロイド系殺虫剤の作用点の感受性低下にもとづく抵抗性は、ほぼ完全劣性とも言える性質を示すことが多い。そのような場合は、優性の抵抗性遺伝子をコロニーから除いていくことに比べ、選抜により労力を要することになる。抵抗性と感受性の選抜の両方において注意すべき点は、近親交配を繰り返すことにより現れる有害遺伝子のホモ接合体によって、近交弱性に陥らないことである。そのためには独立に選抜した複数のラインを同時に維持し、選抜の途中や後でそれらを混合することが望ましい。

3―4 殺虫剤抵抗性の対策

殺虫剤の用法・用量は、防除の対象とする昆虫への殺虫効果だけではなく、人への安全性と生物環境の保全をも考慮して決められており、用法用量を守って使わなければならない。不十分な散布量では効力が得にくいばかりでなく、比較的効果の小さい抵抗性遺伝子の選抜を加速することになりかねない。一方、殺虫効果を上げるために規定の用量を超えて散布するということも差し控えなければならない。抵抗性発達の疑いがあれば、現場に生息していたコロニーまたはそれに由来する飼育コロニーを用い、室内で簡易な殺虫剤の効力試験を行い、抵抗性が認められれば、抵抗性昆虫にも有効性が高いとされている同じ薬剤系の別の殺虫剤、または作用点の全く異なる他の薬剤系の殺虫剤に切り替えるべきである。現在使用している殺虫剤の効力をより長持ちさせる目的で、顕著な抵抗性が発達する前に、異なる薬剤系の殺虫剤を順番に使用してゆくこと(ローテーション)が勧められる。現在わが国における蚊の防除に適用可能なローテーションの一例を図1に示した。

表1 作用点に関する殺虫剤抵抗性の分子機構