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○コリネバクテリウム・ウルセランスによるジフテリア様症状を呈する感染症患者に関する情報について

(平成21年7月22日)

(健感発0722第3号)

(各都道府県・各政令市・各特別区衛生主管部(局)長あて厚生労働省健康局結核感染症課長通知)

コリネバクテリウム・ウルセランスによるジフテリア様症状を呈した患者に対する対応については、平成14年11月20日付け健感発第1120001号厚生労働省健康局結核感染症課長通知により、知見の紹介とともに、コリネバクテリウム・ウルセランスによる感染症の発生に係る情報提供を依頼したところです。

今般、別添1のとおり、猫から感染した可能性が高い事例についての報告があったことから、関係者への周知方願いますとともに、別添2のとおりQ&Aをとりまとめましたのでご了知願います。

なお、本感染症を把握された際には、引き続き情報提供をお願いします。

[別添1]

[IASR]

Corynebacterium ulcerans感染による急性鼻咽頭炎を呈した1例

(Vol.30p.188―189:2009年7月号)

Corynebacterium ulcerans(C.ulcerans)は人畜共通感染症の原因菌であり、英国をはじめとした欧米諸国ではジフテリア類似の臨床所見を呈しうることで問題になっている。国内でも、2001~2002年にかけて千葉県から最初の2症例の報告があり、その後岡山県、大分県、神奈川県からも報告されている。今回我々は、急性鼻咽頭炎と頸部リンパ節腫脹をきたした国内6例目となるC.ulcerans感染症を経験したので報告する。

症例:57歳、女性。

主訴:咽頭痛、左鼻汁への血液混入。

既往歴:関節リウマチ(メトトレキサート、エタネルセプトにて寛解中)、アレルギー性鼻炎。

家族歴:特記すべきことなし。

生活歴:犬、猫飼育中。4カ月間野良猫が自宅にきて、餌などをやり飼育していた。この猫に、くしゃみと鼻汁などの風邪様症状を認めていた。

現病歴:2009年1月31日よりくしゃみと水様性鼻漏を認め、鼻かみにて左鼻汁に血液が混入するようになった。その後、咽頭痛と嗄声が出現したため、近医耳鼻咽喉科を受診し、セフジトレンピボシキル、ロキソプロフェンナトリウムを処方された。この際に、鼻・副鼻腔単純X線を施行されたが副鼻腔炎は否定された。症状は増悪傾向を認めたため、2月4日に近医内科を受診し、クラリスロマイシン、ロキソプロフェンナトリウムを処方された。しかし、症状が軽快しないため、通院中の当院膠原病リウマチ内科からの紹介にて2月6日に当科を受診となった。全経過を通して、発熱を認めない。

初診時所見:両耳鏡所見は、正常であった。左鼻腔粘膜、上咽頭、中咽頭後壁に偽膜を伴う炎症性病変を認め、吸引による偽膜の除去は困難であった(図)。また、両鼻腔後方には粘性分泌物が貯留していた。下咽頭、喉頭には軽度の発赤を認めたが、偽膜は認められなかった。触診上、左上内深頸リンパ節の腫脹と圧痛を認めた。血液検査所見としては、白血球数6,700、CRP4.63であり、軽度の炎症所見を示した。

経過:当科初診時以降もクラリスロマイシン、ロキソプロフェンナトリウムの内服を継続したが、2月9日に皮疹が出現し薬疹が疑われたため、2月10日以降はクラリスロマイシンの服用を中止した。2月10日には咽頭痛は改善傾向を認め、中咽頭の偽膜と頸部リンパ節腫脹は消失したが、左鼻腔から上咽頭にかけての偽膜は残存していた。このため、ジフテリアもしくはC.ulcerans感染症を疑い、国立感染症研究所細菌第二部に細菌検査を依頼した。2月13日には咽頭痛はほぼ消失し、偽膜も上咽頭に軽度認められるのみとなった。また、血液検査上もCRPは0.49と改善傾向を示した。2月18日には咽頭痛は完全に消失したが、鼻かみ時の左鼻汁への血液の混入が残存していた。この時点での身体所見としては、上咽頭の軽度の発赤と左鼻腔前方のびらんを認めた。3月13日には左鼻汁への血液の混入が軽度認められたが、上咽頭は正常化し、左鼻腔前方に痂皮の付着を認めた。また、血液検査ではCRPは0.03以下と正常化した。4月10日には症状も消失し、左鼻腔前方にごく少量の痂皮の付着を認めるのみとなった。

検査の経緯:2月12日に、患者咽頭の偽膜と血清を受領した。検査の結果、偽膜からジフテリア毒素産生性C.ulceransが分離され、血中ジフテリア抗毒素価は、培養細胞法で検出レベル(0.0037IU/ml)以下であった。また、患者の環境調査の結果、自宅で餌を与えていた野良猫および子猫(いずれも風邪様症状を観察)からも同菌を分離した。パルスフィールド・ゲル電気泳動解析の結果では、患者由来株は野良猫由来株および子猫由来株と同じ遺伝子タイプであった。患者が発症する以前より野良猫がくしゃみ等の風邪様症状を呈し、その数日後に患者が咽頭炎等を発症した経緯であり、猫からの感染の可能性が高いとみられた。

考察:通常、C.ulceransは正常細菌叢の一部として存在するが、ジフテリア毒素遺伝子を保有するバクテリオファージが菌に溶原化することでジフテリア毒素を産生し、ジフテリア類似の臨床像を呈する可能性があると考えられている。感染経路としては、ウシ、ヒツジ等の畜産動物との接触や生の乳製品の摂取などの報告もあるが、国内では本症例と同様に犬や猫が感染源と考えられる症例が多い。一方、本症例や過去の国内例でも認められたように、鼻腔、上咽頭から咽頭にかけての偽膜形成は本感染症に特徴的な所見である。現在ではワクチン接種等によりジフテリア感染症は稀と考えられるが、C.ulcerans感染症による声門下狭窄により急激な気道狭窄を示す症例も報告されている。従って、医療従事者は本感染症の存在と臨床的特徴を十分に熟知し、早期診断と症例の集積に努める必要がある。

東京医科歯科大学耳鼻咽喉科 野口佳裕 角田篤信 喜多村健

国立感染症研究所細菌第二部 小宮貴子 山本明彦 高橋元秀

[別添2]

コリネバクテリウム・ウルセランスに関するQ&A

Q1.コリネバクテリウム・ウルセランスとは何ですか?

コリネバクテリウム・ウルセランス(Corynebacterium ulcerans、以下、ウルセランス菌)は、ジフテリア菌(Corynebacterium diphtheriae)と同様にコリネバクテリウム属に分類される細菌の名前です。

ジフテリアが疑われる患者からウルセランス菌が分離されており、ウルセランス菌の中にジフテリア毒素類似の毒素を産生するものがあることが知られています。

(参考)国立感染症研究所HP:Corynebacterium ulceransとジフテリア

(http://www.nih.go.jp/niid/bac2/Coryne_ulcerans/)

Q2.人は、どのようにして感染するのですか?

国内では、ウルセランス菌に感染している猫からの接触または飛沫による感染が強く疑われる事例の報告があります。

海外では愛玩動物以外に牛等の畜産動物との接触、殺菌のされていない生乳の摂取による感染報告があります。

人から人への明らかな感染事例の報告は、これまでのところありません。

Q3.どのような症状になるのですか。

病初期は、発熱、鼻汁など感冒と区別がつかないことがあります。

その後、咽頭痛、咳などの症状が始まり、扁桃や咽頭などに偽膜が形成されます。

また、頸部リンパ節腫脹がみられることがあります。

Q4.診断方法は?

臨床症状からジフテリア菌またはウルセランス菌による感染が疑われる場合に、以下のような検査を行い、ジフテリア菌との鑑別をします。なお、この検査は、都道府県等を通じて国立感染症研究所に依頼することができます。

(検査)・咽頭や鼻腔から採取された検体からコリネバクテリウム属菌の培養による分離同定

・PCR法によるジフテリア毒素遺伝子の検出

Q5.治療方法は?

治療方法は、ジフテリア菌と同様、抗毒素、抗菌剤療法が有効とされています。

Q6.感染予防のために、どのようなことに注意すればよいですか。

わが国では、DPT三種混合ワクチンとして1期初回を生後3ヶ月から開始しており(1期の接種率は90%以上)、大半の方は、DPT三種混合ワクチン接種後、すみやかに発症防御レベルに必要な抗毒素価を有します。このため、ウルセランス菌の感染にも効果が及ぶとされています。

しかしながら、まれに、ウルセランス菌に感染した動物から人が感染し発症することがあります。動物ではウルセランス菌に感染し、くしゃみや鼻汁などの風邪様の症状や皮膚病を示すものがあり、この様な症状を呈している動物との接触を避けるようにします。ただし、外見上無症状の動物でもウルセランス菌を保有している場合があります。本菌だけでなく、一般的な感染症予防のためにも、日頃から動物と触れあった後は手洗いなどを確実に行うように心がけでください。

Q7.ペットが感染したかもしれないと思われた時は、どうすればよいですか。

飼われている犬や猫などが咳やクシャミ、鼻水などの風邪様症状、皮膚炎、皮膚や粘膜潰瘍などを示しているときは、早めに獣医師の診察を受けるようにしてください。

また、こうした犬や猫に触る場合は、手袋やマスクをし、触った後は手洗いなどを励行してください。

(参考)大阪府における収容犬のウルセランス菌の保菌調査結果

http://idsc.nih.go.jp/iasr/29/336/kj3364.html

http://www.nih.go.jp/JJID/62/171.pdf

Q8.日本でのヒトの発生状況は?

2001年から2009年6月末までに国立感染症研究所で発生を確認しているものは、以下の6例です。

 

発症日

患者

症状等

その他

1

2001年2月

52歳、女性(千葉県)

呼吸困難、嗄声、咽頭痛、咳、発熱、上咽頭と喉頭前庭に白色偽膜等の症状を呈した。

猫を20匹飼育しており、1匹の猫が皮膚炎および風邪様症状で死亡後に本人が発症

2

2002年10月

54歳、男性(千葉県)

咽頭痛、発熱、上咽頭と右咽頭側索に偽膜等の症状を呈したが、比較的軽症

1例目の患者と同地区に住居

3

2005年9月

58歳、男性(岡山県)

左耳下腺部腫脹、軽度の咳等の症状を呈した

飼育犬は慢性の皮膚疾患で死亡後に患者は発症

4

2005年10月

51歳、男性(大分県)

肺に多発性空洞病変、咳、痰、発熱等の症状を呈した

猫を12匹飼育

5

2006年7月

57歳、女性(神奈川県)

咽頭痛、鼻閉感、口蓋垂・上咽頭・鼻腔に白苔、喉頭腫脹、咳、嗄声、発熱等の症状を呈した。(S状結腸癌および慢性関節リウマチで加療中)

詳細情報なし

6

2009年1月

57歳、女性(東京都)

くしゃみと水様性鼻漏、鼻かみにて左鼻出血、咽頭痛、嗄声、左鼻腔粘膜、上咽頭、中咽頭後壁に偽膜を伴う炎症性病変、左上不深頸リンパ節の腫脹と圧痛等の症状を呈した(関節リウマチで加療中(メトトレキサート、エタネルセプト投与))

自宅に集まる野良猫5匹中2匹から菌分離陽性。

当該猫からの感染の可能性が高いとみられた。

なお、室内・屋外で飼育している犬(計2匹)及び猫(計4匹)は陰性。

Q9.諸外国での発生状況は?

ジフテリア症の詳細な疫学調査を実施している英国では1986年から2007年までにジフテリア毒素産生性ウルセランス菌が56人から分離されており、そのうちの7人は典型的なジフテリア症と報告されています。米国では詳細な調査は実施されていませんが、1980年から1995年までの16年間にジフテリア症は41例の報告があり、1996年には1例のジフテリア毒素産生性ウルセランス菌が患者より分離されています。

<専門家、特に医療機関の方へ>

Q10.ウルセランス菌とジフテリア菌の違いや相談窓口を教えてください。

ウルセランス菌とジフテリア菌は分離培養時の血液平板培地上のコロニー性状は非常によく似ておりますが、生化学的性状ではウルセランス菌が尿素分解陽性であることからジフテリア菌との鑑別が可能です。

実用的な菌株の同定試験としては、既存の検査キットを用いて菌の同定および鑑別を行うことは可能です。

なお、両菌に関する情報についての相談窓口は、以下のリストのとおり窓口が設置されております。

○衛生微生物技術協議会 レファレンスセンター窓口(ジフテリア関係)

機関名

住所

電話番号

秋田県健康環境センター

秋田市千秋久保田町6―6

018―832―5005

東京都健康安全研究センター

新宿区百人町3―24―1

03―3363―3231

千葉県衛生研究所

千葉市中央区仁戸名町666―2

043―266―6723

大阪府立公衆衛生研究所

大阪市東成区中道1―3―69

06―6972―1321

三重県保健環境研究所

四日市市桜町3690―1

059―329―2923

愛媛県立衛生環境研究所

松山市三番町8―234

089―931―8757

山口県環境保健センター

山口市葵2―5―67

083―922―7630

福岡県保健環境研究所

太宰府市大字向佐野字迎田39

092―921―9940

国立感染症研究所 細菌第二部

武蔵村山市学園4―7―1

042―561―0771

Q11.鑑別の結果、ウルセランス菌であった場合、感染症法に基づく届出は必要ですか。

感染症法上の届出の必要はありませんが、本菌の調査研究の進展のためにも、患者の同意を得た上で保健所への情報提供等にご協力をお願いします。

なお、鑑別の結果、ジフテリア菌であった場合は、届出基準に従って、感染症法に基づく届出が必要になります。

[様式ダウンロード]