添付一覧
○「睡眠薬の臨床評価方法に関するガイドライン」について
(平成23年12月13日)
(薬食審査発1213第1号)
(各都道府県衛生主管部(局)長あて厚生労働省医薬食品局審査管理課長通知)
医薬品の承認申請の目的で実施される睡眠薬の臨床評価方法について、別添のとおりガイドラインを取りまとめましたので、貴管下関係業者に対して周知方お願いします。
なお、本ガイドラインは、現時点における科学的知見に基づく基本的考え方をまとめたものであり、学問上の進歩等を反映した合理的根拠に基づいたものであれば、必ずしもここに示した方法を固守するよう求めるものではないことを申し添えます。
別添
睡眠薬の臨床評価方法に関するガイドライン
目次
Ⅰ.緒言
Ⅱ.非臨床試験
1.効力を裏付ける試験
2.安全性薬理試験
3.薬物動態試験
Ⅲ.臨床評価方法
1.睡眠薬の臨床試験デザインに関する基本的考え方
2.対象集団
3.必要な被験者数
4.試験実施医療機関
5.有効性評価
6.安全性評価
7.併用薬及び併用療法の設定
8.被験者背景情報の記録
9.小児集団を対象とした臨床試験
Ⅳ.臨床試験
1.臨床薬理試験
2.探索的試験
3.検証的試験
4.長期投与試験
5.製造販売後調査
6.製造販売後に考慮すべき臨床試験
本ガイドラインで引用した臨床試験に関するICHガイドライン
Ⅰ.緒言
本ガイドラインは、「睡眠薬」として開発される新医薬品の有効性及び安全性を検討するため、臨床試験の計画、実施、評価法等について、現時点で妥当と思われる方法と、その一般的指針をまとめたものである。本ガイドラインに準じることにより、臨床試験を科学的かつ倫理的に行い、質的向上が図られ、国際的にも一定の評価が得られることを望むものである。
「睡眠薬の臨床評価方法に関するガイドライン」(昭和63年7月18日付薬審1第18号厚生省薬務局審査第一課長通知)が通知されてから、長い年月が経過した。この間に、新たな作用機序をもつ薬剤が開発されるとともに、臨床試験を行う上での国内体制の整備、臨床試験に関する知識の普及、規制当局における医薬品審査体制の整備、GCP(Good Clinical Practice)の改正等、新薬の開発環境も大きく変化した。これらを踏まえて、今回のガイドライン改定を行った。今後も、睡眠障害の臨床的及び基礎的研究は急速に進歩することが予想され、新しい検査法や治療法が導入される時点において、本ガイドラインも適宜改訂されるべきである。また、本ガイドラインの運用に当たっては、合理的な根拠がある場合、必ずしも本ガイドラインの内容に拘ることなく柔軟な対応が望まれる。
不眠症の治療薬の薬効分類には、睡眠誘導剤、入眠剤、もしくは催眠鎮静剤等がみられるが、本ガイドラインでは、添付文書において「不眠症」及びこれに関連する効能・効果を取得しようとする薬剤を「睡眠薬」の用語で統一する。
薬剤開発を目的とした臨床試験は、一般的に開発相の概念により臨床試験が分類され、第Ⅰ相、第Ⅱ相及び第Ⅲ相等で区分される。しかし、ICH(International Conference on Harmonisation of Technical Requirements for Registration of Pharmaceuticals for Human Use)E8ガイドライン(臨床試験の一般指針について:平成10年4月21日付医薬審第380号厚生省医薬安全局審査管理課長通知)では、臨床試験の分類として開発相による区分は必ずしもふさわしくなく、目的による分類が望ましいとされていること、ICH E9ガイドライン(「臨床試験のための統計的原則」について:平成10年11月30日付医薬審第1047号厚生省医薬安全局審査管理課長通知)ではこの分類が使用されていないことも勘案し、本ガイドラインでは各試験の目的と位置付けをより明確にするために、各相試験については臨床薬理試験、探索的試験及び検証的試験として分類する。
Ⅱ.非臨床試験
非臨床試験は、①対象疾患に対して有効性のある医薬品のスクリーニング、②医薬品の特性の明確化、③ヒトに投与する際の安全性の検討、④薬物相互作用の検討及び⑤適切な臨床試験デザイン構築のための情報収集等のために求められるものである。非臨床試験は、ICHガイドライン等の適切なガイドラインに従って実施されるべきである。
本ガイドラインは、睡眠薬の開発のための臨床評価ガイドラインであることから、一般的に必要な非臨床試験のうち、睡眠薬の開発において留意すべき事項として、効力を裏付けるための試験、安全性薬理試験及び薬物動態試験について記載する。
1.効力を裏付ける試験
(1) in vitro試験
各種神経伝達物質(γ―アミノ酪酸(GABA)、セロトニン、ヒスタミン、メラトニン、オレキシン等)の受容体等に対する作用を検討する。また、各種神経伝達物質のトランスポーターへの結合阻害作用や再取り込み阻害作用について検討する。さらに、治験薬の特性に応じた薬理作用についても検討する場合がある。
(2) 動物を用いた試験
薬効を裏付ける動物を用いた試験では、ポリソムノグラフィ等により睡眠誘発及び睡眠覚醒パターンに対する作用を検討する。また、適切な動物モデルが存在する場合には、これを用いた試験が行われることもある。
(3) 代謝物の薬理作用についても検討し、それを加味した臨床用量の推定等を行う。
2.安全性薬理試験
安全性薬理コアバッテリーの他に、学習及び記憶に対する作用を検討することが望ましい。また、依存性については、非臨床試験においても検討することが必要である。これらの非臨床試験は、他の試験(例:毒性試験)中で検討することも可能である。
3.薬物動態試験
(1) 動物を用いた試験
治験薬の吸収、分布、代謝、排泄を検討し、薬物動態学的プロファイルを明らかにする。本試験は、動物での毒性及び薬理試験の条件設定に役立つだけでなく、ヒトでの有効性及び毒性発現の可能性を知るために有用である。
(2) in vitro試験
in vitro試験により、ヒトにおける代謝酵素の解明、薬物相互作用等の検討を行う。さらに必要に応じて代謝酵素等の人種差、個人差を検討する。
Ⅲ.臨床評価方法
本章では、睡眠薬の開発を目的とした臨床試験に関する総論として、探索的試験及び検証的試験のデザインを決定する際の留意点について説明する。
1.睡眠薬の臨床試験デザインに関する基本的考え方
薬剤開発においては、臨床試験により治験薬の有効性及び安全性を検討し、治験薬の有効用量とその用量範囲を明確にする必要がある。睡眠薬の開発においては、実薬対照非劣性試験(又は同等性試験)では無効同等の可能性が排除できないことから、本試験デザインを用いて治験薬の有効性を検証することには限界があり、プラセボ対照無作為化二重盲検並行群間比較試験を実施し、有効性及び安全性を検討することが必要である。詳細は、ICH E10ガイドライン(「臨床試験における対照群の選択とそれに関連する諸問題」について:平成13年2月27日付医薬審発第136号厚生労働省医薬局審査管理課長通知)を参照されたい。
睡眠薬の開発では、不眠の症状(入眠困難、中途覚醒、早朝覚醒及び睡眠後の非回復感等)に対する有効性プロファイルが明確になるように臨床試験を計画し、治験薬の特性を評価することが必要である(「Ⅲ.5.有効性評価」の項参照)。
一般に、睡眠薬の探索的試験及び検証的試験の投与期間は、有効性及び安全性評価の観点から2~4週間と設定される。投与期間の設定においては、治験薬の特性を考慮し、臨床試験の目的に応じて合理的な理由に基づき設定することが必要である。また、治験薬の有効性及び安全性評価に及ぼす影響を最小化するために、試験開始前に使用されている前治療薬のウォッシュアウト期間については、前治療薬の半減期並びに離脱症候群の発現時期及び持続期間を考慮して適切に設定すべきである。さらに、臨床試験の計画段階から、プラセボ反応性に及ぼす要因、及びプラセボ効果を最小限とする方策について検討することが望ましい。
2.対象集団
(1) 選択基準及び除外基準の設定
臨床試験においては、有効性及び安全性評価に適した均質な集団を選択できるように、国際的に普及した診断基準を用いて選択基準を明確に定義することが必要である。現時点で推奨される診断基準は、DSM-IV-TR(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders,Fourth Edition,Text Revision)である。また、ICD-10(International Statistical Classification of Disease and Related Health Problems,Tenth Revision)、又はICSD-II(International Classification of Sleep Disorders,Second Edition)が用いられる場合もある。
睡眠薬の探索的試験及び検証的試験における対象患者については、DSM-IV-TRで定義される原発性不眠症(ICD-10:非器質性不眠症、ICSD-II:精神生理性不眠症)と一般身体疾患又は他の精神疾患(気分障害や不安障害等)による不眠症(二次性不眠症)を明確にして実施することが適切である。二次性不眠症については、原疾患が有効性及び安全性評価に影響を及ぼす可能性が否定できないことから、探索的試験及び検証的試験においては、原発性不眠症を対象とするのが一般的であり、二次性不眠症患者を対象とする場合には、原発性不眠症とは別に実施するべきである。一方、長期投与試験等においては、実臨床での使用を想定し、二次性不眠症患者への投与の適切性を評価するため、原発性不眠症患者の他に二次性不眠症患者も組み入れ、当該患者における治験薬の有効性及び安全性のプロファイルを検討することが望ましい。なお、二次性不眠症を対象とした臨床試験においては、原疾患及び合併症に対する治験薬の影響についても評価することが必要である。
睡眠には生活習慣が影響すること、服薬や睡眠調査票の記録の遵守等が有効性評価に影響を及ぼす可能性があることから、投与前の観察期間におけるこれらの遵守状況を確認する等により適切な患者を選択する方策について検討するべきである。また同様の理由により、入院患者と外来患者を混在させて試験を実施することは避けるべきである(「Ⅲ.5.有効性評価」の項についても参照)。
(2) 高齢者について
不眠症は、高齢者(65歳以上)でも多く認められるため、ICH E7ガイドライン(「高齢者に使用される医薬品の臨床評価法に関するガイドライン」について:平成5年12月2日付薬新薬第104号厚生省薬務局新医薬品課長通知)及びICH E7ガイドラインに関するQ&A(「高齢者に使用される医薬品の臨床評価法に関するガイドライン」に関する質疑応答集(Q&A)について:平成22年9月17日付事務連絡厚生労働省医薬食品局審査管理課)を踏まえて、有効性及び安全性を検討するための臨床試験を実施することが必要となる。
一般的には、高齢者を対象とした探索的試験を実施することは必ずしも必要ではないが、検証的試験及び長期投与試験については、実臨床の年齢分布に応じた高齢者を含む患者を対象とし、非高齢者(65歳未満)及び高齢者間で有効性及び安全性に差異がないか検討することが必要である。ただし、高齢者と非高齢者において、薬物動態プロファイル等に明らかな差異があると考えられる場合には、非高齢者とは別に高齢者を対象とした臨床試験が必要となることがある。
安全性評価については、通常の安全性評価(「Ⅲ.6.安全性評価」の項参照)のほかに、認知及び運動機能への影響についても評価することが必要である。
3.必要な被験者数
被験者数は、統計学的な考察に基づき、試験目的、検証すべき仮説及び試験デザインに応じて設定される。複数の国又は地域において実施される国際共同治験を実施する場合には、全集団での結果と日本人集団での結果に一貫性が得られるよう計画すべきである。詳細は、「国際共同治験に関する基本的考え方について」(平成19年9月28日付薬食審査発第0928010号厚生労働省医薬食品局審査管理課長通知)Q&Aを参照されたい。
4.試験実施医療機関
不眠症の診療経験が豊富である臨床医が臨床試験に参加することが望ましい。実施医療機関の選定は、ICH E9ガイドライン(「臨床試験のための統計的原則」について:平成10年11月30日付医薬審第1047号厚生省医薬安全局審査管理課長通知)を踏まえ、各施設が一定以上の被験者を確保し、極端に被験者数の少ない施設がないよう配慮することが必要である。また、ポリソムノグラフィを有効性評価の指標とした試験の場合では、各実施医療機関の実施環境、測定条件及び測定方法等に基づく施設間差についてあらかじめ検討し、統一した上で、試験を実施することが必要である。
5.有効性評価
不眠症では、不眠症状(入眠困難、中途覚醒、早朝覚醒、睡眠後の非回復感)及び翌日の心身機能の障害が認められる。睡眠薬の開発では、これらの不眠症状及び翌日の心身機能の障害に対する治験薬の有効性プロファイルの評価が可能となるように、少なくとも以下の項目について評価することが必要である。
・ 入眠潜時(入眠困難に関する評価指標)
・ 中途覚醒時間及び中途覚醒回数(睡眠持続性の障害に関する評価指標)
・ 総睡眠時間
・ 睡眠の質及び睡眠後の回復感
・ 翌日の心身機能
臨床試験においては、治験薬の特性やその時点ですでに得られている臨床試験成績等から、入眠潜時、中途覚醒時間又は中途覚醒回数、もしくは総睡眠時間等の評価変数のいずれかを主要評価項目として合理的に設定することが必要である。
また、睡眠の質及び睡眠後の回復感、翌日の心身機能についても、副次的に評価を行う必要がある。各評価指標については、これまでに得られている試験成績も勘案し、適切な評価方法を検討することが必要である。
入眠潜時、中途覚醒時間、中途覚醒回数及び総睡眠時間等の評価方法には、ポリソムノグラフィによる客観的評価方法及び睡眠調査票等による主観的評価方法がある。これらの評価方法の留意点として、客観的評価方法は人工的な睡眠環境下での評価であり、必ずしも日常環境での状態ではないこと、主観的評価方法は睡眠段階や睡眠構造の評価が行えないこと、そして客観的評価方法及び主観的評価方法の結果は必ずしも相関しないこと等があげられる。また、治験薬の睡眠構造に対する影響を検討することは、有効性評価のみでなく安全性評価の観点からも必要である。臨床薬理試験又は探索的試験においては客観的評価方法での検討が必要となるが、日常の生活環境下における自覚的な改善効果を適切に評価することが重要であることから、検証的試験の主要評価項目は、主観的評価方法による評価変数を設定することが必要である。
(1) 客観的評価方法
一般的に、ポリソムノグラフィでは、睡眠時脳波、眼球運動、頤筋電図、前脛骨筋電図、心電図、呼吸、胸壁の運動、腹壁の運動血中酸素飽和度、体動などの同時記録を行う。ポリソムノグラフィによる評価は対象患者の普段の就寝時刻に近似した時間帯で行うことが望ましい。記録時間は試験計画によって異なるが、8時間以上記録することが推奨される。また、評価者間のばらつきを最小限にするために、中央判定により評価することが推奨される。
ポリソムノグラフィによる評価では、以下の観察項目を含める。
・ 就床時刻及び消灯時刻
・ 入眠時刻
・ 入眠潜時
・ 睡眠開始後の覚醒時間及び覚醒回数
・ 覚醒時刻
・ 総就床時間
・ 全睡眠時間
・ 睡眠効率
・ 各睡眠段階の出現時間及び出現率
また、試験の目的によって、レム密度、レム活動、そしてレム睡眠潜時等についても評価することがある。
通常、ポリソムノグラフィは、順応夜、基準夜及び試験夜を設定して実施する。順応夜は、通常の就寝環境と異なる人工的な測定環境に順応させるために設定する。基準夜では、被験者としての適格性の評価も行う。治験薬の有効性評価のみでなく安全性評価のためにも、治験薬の睡眠段階への影響についても、副次的に検討を行う。睡眠段階の判定は国際的に普及した判定基準(Rechtschaffen and Kalesの判定基準等)を使用し、自動判定を行う場合には、判定方法の信頼性及び妥当性について予め検討することが必要である。なお、客観的評価方法を主要な評価項目に設定した臨床試験においても、副次的に主観的な評価方法を用いた評価が必要である。
(2) 主観的評価方法
主観的評価は、国際的に汎用されている睡眠調査票等を用いて、入眠潜時、中途覚醒時間、中途覚醒回数、総睡眠時間、睡眠の質及び睡眠後の回復感等の評価を行う。
通常、評価は被験者自身により行われるが、その場合には、適切な記録が可能となるよう、予め記載方法を十分に指導し、記載内容の正確性を期するための記録法を工夫する等の十分な対策が必要である。またそれ以外にも、担当医師等による評価が行われる場合もあるが、予め十分な検討が必要である。
(3) その他の評価方法
通常の生活環境下での主観的評価方法の正確性を検討するための補足データとして、アクチグラフィを実施する場合もある。
6.安全性評価
治験薬が投与された被験者に生じた全ての好ましくない徴候又は症状は、治験薬との因果関係の有無の如何にかかわらず「有害事象」として扱い、有害事象のうち治験薬との因果関係が否定できないものを「副作用」として取り扱う。
有害事象の症例報告書での記録については、各事象と用量や被験者背景(「Ⅲ 8.被験者背景の記録」の項参照)等との関係を評価することが可能となるように、有害事象の内容、程度、発現時期及び消失時期、治験薬の服薬状況、処置の有無、経過、治験薬との因果関係の判定等を記録する必要がある。各被験者の中止及び脱落の理由、中止時期についても、重要な情報であるため記載する必要がある。死亡及びその他の重篤な有害事象については、詳細な経過を記載する必要がある。
安全性評価では、治験における一般的な評価に加えて、安全性プロファイルとして重要な有害事象、不眠症治療において注目すべき有害事象についても評価することが必要である。安全性プロファイルとして重要な有害事象とは、治験薬の特性(例えば、ベンゾジアゼピン受容体、GABA受容体、セロトニン受容体、ヒスタミン受容体、メラトニン受容体、ドパミン受容体への作用等)に関連した有害事象である。
不眠症治療において注目すべき有害事象としては、以下のようなものがある。また、これらの事象については、各情報を積極的に収集するためにも、標準化された評価尺度がある場合には使用することが望ましい。
(1) 神経系障害及び精神障害に関連する有害事象
神経系障害に関連する有害事象(傾眠や鎮静等)及び精神障害に関連する有害事象(過覚醒や脱抑制等)については、製造販売後における実臨床での患者の心身機能や社会的機能に影響する事象であるため評価することが必要である。特に高齢者においては、神経系障害に関連する有害事象(傾眠や鎮静等)は、転倒や骨折等の原因となることもあるため、十分に評価することが必要である。
(2) 治験薬の中止に関連した有害事象及び依存性
治験薬の中止に関連した有害事象(離脱症候群等)及び依存性については、評価自体の困難性を考慮して、すべての臨床試験において後観察期を設定した上で評価することが必要である。
臨床試験の投薬期間の終了時には必ずしも漸減期を設定する必要はないが、漸減期を設定する場合は、これまでに実施された臨床試験の成績等をもとに、適切な漸減方法を設定し、その妥当性を評価することが必要である。
依存性については、その発現時期の特定が困難であることも考慮して、長期投与試験においても評価することが必要である(「Ⅳ.4 長期投与試験」の項参照)。
(3) 認知機能への影響
安全性薬理試験及びこれまでに実施された臨床試験の成績等から治験薬が認知機能に影響を及ぼす可能性がある場合には、適切な神経心理学的検査を設定し、評価することが必要である。高齢者については、適切な神経心理学的検査により認知機能への影響についてより積極的に評価することが必要である。
(4) 内分泌機能への影響
治験薬の特性に応じて、血液生化学検査での内分泌機能への影響も評価することが必要となることがある。
治験における一般的な評価に加え、以上の安全性プロファイルとして重要な有害事象及び不眠症治療において注目すべき有害事象、例えば神経系障害に関連する有害事象のように重要な情報については、既に得られている情報をもとに適切に評価を行い、必要に応じてその特徴や治療方法を臨床試験の実施前より情報提供することが必要である。
7.併用薬及び併用療法の設定
不眠症の治療では、睡眠薬の他に向精神薬が併用されることがあるが、有効性評価及び安全性評価にも影響を及ぼす可能性がある併用薬及び併用療法は、臨床試験の計画時に具体的に規定することが必要である。特に、治験薬以外の睡眠薬、抗不安薬、抗うつ薬、抗精神病薬、抗てんかん薬、抗コリン薬、中枢神経刺激薬、鎮静作用を有する抗ヒスタミン薬、ドパミン受容体作動薬、呼吸促進薬及びアルコール等は、睡眠及び覚醒の状態、認知機能、活動機能に影響を及ぼす可能性があるため併用を禁止し、カフェインを含有する医療用医薬品及び飲料の就寝前の摂取等については原則禁止とすることが必要である。
臨床試験の実施中に使用された全ての併用薬及び併用療法については、臨床試験の終了後に有効性評価や安全性評価に及ぼした影響を検討できるように、その内容(薬剤名だけでなく、用法・用量、投与期間等を含む)と使用目的を記録することが必要である。
8.被験者背景情報の記録
被験者背景情報については、被験者背景が治験薬の有効性及び安全性に及ぼす影響、併用薬及び併用療法等が有効性や安全性評価に及ぼした影響、各臨床試験成績を比較するために重要な情報であるため、症例報告書に記録することが必要である。
被験者背景情報として、性別、年齢、身長、体重、診療区分(外来もしくは入院)、診断基準に従った診断名、既往歴、併存障害及び合併症の有無、罹病期間、治験薬投薬前の睡眠調査票の内容、前治療薬の有無とその内容、併用薬及び併用療法の内容と目的、喫煙の有無等について記録すべきである。
9.小児集団を対象とした臨床試験
小児の不眠症を対象とした臨床試験についても、原則的にプラセボ対照無作為化二重盲検並行群間比較試験を実施することが必要である。
小児を対象とした臨床試験においても、原発性不眠症(DSM-IV-TR)を対象として、選択基準で設定される診断基準は通常の臨床試験に準じる(「Ⅲ.2.(1) 選択基準及び除外基準の設定」の項参照)。小児では生活及び養育環境が睡眠に影響を及ぼすことがあるため、臨床試験は、当該集団の特性を理解し、睡眠障害の診療に精通した医療機関で実施することが必要である。
有効性評価については、通常の臨床試験に準じる(「Ⅲ.5.有効性評価」の項参照)。
安全性評価については、通常の安全性評価(「Ⅲ.6.安全性評価」の項参照)の他に、認知及び学習機能、成長障害及び内分泌機能への影響についても評価することが必要である。
試験参加の同意については、法的保護者の同意の他に、被験者本人が理解できる言葉や用語を用いた説明文書を別に用意し、臨床試験について十分に説明し、アセント(法的規制を受けない小児被験者からの同意)を取得すべきである。詳細は、ICHE11ガイドライン(小児集団における医薬品の臨床試験に関するガイダンスについて:平成12年12月15日付医薬審第1334号 厚生省医薬安全局審査管理課長通知)を参照されたい。
Ⅳ.臨床試験
本章では、睡眠薬の開発を目的とした試験の各論として、開発の各段階で実施される臨床試験の目的や試験計画の留意点等を説明する。探索的試験及び検証的試験のデザインを決定する際の留意点については、「Ⅲ 臨床評価方法」の項を参照されたい。
1.臨床薬理試験
(1) 目的
非臨床試験で得られた情報を元に、治験薬を初めてヒトに投与する臨床薬理試験が実施される。臨床薬理試験は、治験薬をヒトに投与する際の安全な投与量を決定することを主な目的とする。また、治験薬の薬物動態学的プロファイルの検討とともに、ポリソムノグラフィを用いた薬理学的検討も行うことが望ましい。
(2) 対象集団
原則的に健康成人志願者を対象とする。比較的少人数を対象とし、短期(原則として、単回及び反復投与)の治験薬の投与を行う。通常は、試験期間中、被験者は入院又はそれに準じた状態で実施する。
(3) 試験デザイン
安全性の確認に最も重点をおく。また、治験薬の単回及び反復投与時の薬物動態の結果を理論的に考察し、治験薬の有効性と安全性について予備的に検討することが望ましい。
① 用法・用量
非臨床試験の成績から推定された安全な最低用量の単回投与から開始し、安全性を確認しながら、将来予測される用量以上まで漸次増大させる。また、反復投与時の血中薬物濃度プロファイルを測定する。用法については、実臨床での使用方法を考慮し、食事の影響や投与時刻についても検討する。
② 安全性評価
安全性については、自覚症状、他覚的所見及び検査所見についての観察を行う。観察項目として、体重、血圧、脈拍数、呼吸数、体温、心電図、脳波検査、精神症状、神経症状、消化器症状等、治験薬に応じて必要な項目を設定する。一般臨床検査として、血液生化学的検査、一般血液検査、尿検査等を行う。試験中に発生した異常検査所見を発見するためには、すべての検査を試験の開始前後に行い、必要があれば試験中にも実施する。さらに、試験終了から一定期間、経過観察の時期を設定する必要がある。また、治験薬の作用機序から予想される有害作用を考慮し、必要とされる特殊検査を適切な試験デザインを用いて実施する。
③ 薬物動態学的及び薬力学的検討
薬力学的検討については、ポリソムノグラフィを実施する(「Ⅲ.5.(1) 客観的評価方法」の項参照)。薬物動態学的検討(吸収・分布・代謝・排泄等)については、単回投与時及び反復投与時に治験薬の血中濃度を測定し、血中濃度―時間曲線下面積(AUC)、クリアランス、最高血中濃度、最高血中濃度到達時間、分布容積、半減期等を求め、後の試験の投与量及び投与方法の決定のための参考にする。また、線形性の有無や、定常状態に達するまでの投与回数とその血中濃度、蓄積性の有無等、薬物動態学的プロファイルを明らかにする。
健康成人を対象とするほかに、高齢者(65歳以上)を対象とした検討、また、治験薬の薬物動態上の特徴により、肝機能障害、腎機能障害患者等を対象とした検討が必要な場合がある。また、薬物相互作用が予測される場合は、特定の薬物(アルコールを含む)との併用による検討が必要な場合がある。詳細は、「医薬品の臨床薬物動態試験について」(平成13年6月1日付医薬審発第796号 厚生労働省医薬局審査管理課長通知)及び「薬物相互作用の検討方法について」(平成13年6月4日付医薬審発第813号 厚生労働省医薬局審査管理課長通知)を参照されたい。
2.探索的試験
(1) 目的
探索的試験の目的は、臨床薬理試験で安全性が確認された用量範囲において、不眠症患者を対象として用量反応関係を明らかにすることにある。
(2) 試験計画に関する留意点
探索的試験により用量反応関係を検討する場合、プラセボ対照無作為化二重盲検並行群間比較試験を実施することが通常であるが、クロスオーバー試験により実施される場合もある。探索的試験では最小有効用量について、統計学的な検討が可能となるように臨床試験を計画することが適切である。
探索的試験における主要な有効性評価は、ポリソムノグラフィを用いた客観的評価方法により評価し、副次的に睡眠調査票等を用いた主観的評価方法を用いた評価を行うことが一般的である(「Ⅲ.5.(1) 客観的評価方法」の項参照)。
3.検証的試験
(1) 目的
検証的試験の目的は、探索的試験において治験薬の有効性と安全性が期待される臨床推奨用量における有効性を検証し、安全性を検討することである。
(2) 試験計画に関する留意点
検証的試験は、通常は固定用量群を設定し、プラセボ対照無作為化二重盲検並行群間比較試験を実施することが必要である。
検証的試験における主要な有効性評価は、通常は、睡眠調査票等を用いた主観的評価方法を用いて実施する(「Ⅲ.5.(2) 主観的評価方法」の項参照)。
治験薬の臨床的位置付けを明確にするために、対照薬としてプラセボのほかに、現在の臨床で標準治療薬と位置付けられる睡眠薬を設定することが有用な場合もある。この場合でも、治験薬の有効性について、プラセボに対する優越性を検証することが必要である。
不眠症治療において、睡眠薬は原則として必要な期間に限定して投与されることが望まれるため、睡眠薬の投与が必要な期間や有効性の持続性を検討するためには、短期(投与期間が2~4週間)のプラセボ対照無作為化二重盲検並行群間比較試験を行うことが適切であるが、その他に、投与期間が4週間を超えるプラセボ対照無作為化二重盲検並行群間比較試験もしくは無作為化治療中止試験を実施することにより有益な情報が得られる場合がある。
4.長期投与試験
(1) 目的
治験薬を長期投与した時の有効性及び安全性を検討することを目的に、通常は非盲検試験として実施される。
(2) 試験計画に関する留意点
長期投与試験では、投与期間は原則として6ヶ月以上と設定することが必要である。探索的試験及び検証的試験の投与期間は比較的短期であり、長期における有効性及び安全性を検討するため、目標症例数は、治験薬の特性、一定の確率で発現する有害事象を検出できる可能性及び試験の実施可能性を考慮して適切に設定されるべきであるが、6ヶ月以上観察できた症例が十分に集積できるよう計画すべきである。
有効性評価については、検証的試験で一般に使用される睡眠調査票等による主観的評価方法に加え、必要に応じて客観的指標を用いた検討を併せて行うことが望ましい。
安全性評価は、各有害事象の発現時期、重症度及び持続期間等について、試験終了後に検討可能となるように実施することが必要である。また、治験薬に対する依存性については、投与期間のみでなく後観察期間を設定し評価することが必要である。
5.製造販売後調査
(1) 目的
睡眠薬の評価として、比較的短期かつ小規模の臨床試験成績のみでは不十分であり、安全性を適切に評価するためには、多くの患者における観察が必要である。したがって、承認後の製造販売後調査では、同種同効の既承認薬で認められているリスクを評価することも含め、有効性と安全性の情報を継続して収集することが必要である。
(2) 調査計画に関する留意点
承認審査時に日本人での安全性データが不十分な場合、適切に計画された製造販売後調査を実施することが必要である。承認審査時の臨床試験成績では検出できなかった未知の有害事象を探索可能となる十分な症例数を確保する必要がある。
被験者背景の調査、製造販売後調査の計画、実施時期等の設定においては、有害事象のリスク因子が検討可能となるよう留意することが必要である。
有効性評価については、検証的試験で一般に使用される睡眠調査票等による主観的評価方法により評価することが望ましい(「Ⅲ.5.(2) 主観的評価方法」の項参照)。
安全性評価については、有害事象とその因果関係、経過、処置、転帰等を調査し、各有害事象の発現時期、重症度そして持続期間等を調査項目として設定することが必要である。生理学的検査、一般身体的所見、一般血液検査、血液生化学的検査、そして尿検査等の情報についても収集することが必要であるが、その内容、実施時期・頻度等の設定においては、努めて有害事象のリスク因子の探索が可能となるよう留意することが必要である。また、依存性や乱用についても調査することが必要である。
6.製造販売後に考慮すべき臨床試験
(1) 目的
薬剤の有効性及び安全性は、申請までに実施する臨床試験において十分に検討することが必要であるが、新たに承認審査時に臨床的な課題が認められた場合には、積極的に製造販売後の臨床試験を計画・実施すべきである。
(2) 試験計画に関する留意点
製造販売後の臨床試験デザインは、承認用法・用量により、試験目的に応じた投与期間や対象集団を設定することが必要であるが、有効性や安全性評価の方法については探索的試験及び検証的試験に準じる(「Ⅲ 臨床評価方法」の項参照)。
本ガイドラインは、厚生労働省からの委託により、「睡眠障害治療薬の臨床試験及び評価方法のあり方に関する研究」班において原案の検討及び作成が行われ、同案につき各方面から寄せられた意見を踏まえて検討及び修正を加え、最終的な内容とした。
本ガイドラインで引用した臨床試験に関するICHガイドライン
E7:「高齢者に使用される医薬品の臨床評価法に関するガイドライン」について(平成5年12月2日付薬新薬第104号 厚生省薬務局新医薬品課長通知)
「ICHE7:高齢者に使用される医薬品の臨床評価法に関するガイドライン」に関する質疑応答集(Q&A)について(平成22年9月17日付事務連絡 厚生労働省医薬食品局審査管理課)
E8:臨床試験の一般指針について(平成10年4月21日付医薬審第380号 厚生省医薬安全局審査管理課長通知)
E9:「臨床試験のための統計的原則」について(平成10年11月30日付医薬審第1047号 厚生省医薬安全局審査管理課長通知)
E10:「臨床試験における対照群の選択とそれに関連する諸問題」について(平成13年2月27日付医薬審発第136号 厚生労働省医薬局審査管理課長通知)
E11:小児集団における医薬品の臨床試験に関するガイダンスについて(平成12年12月15日付医薬審第1334号 厚生省医薬安全局審査管理課長通知)
臨床試験の実施にあたり参考とすべき通知
・医薬品の臨床薬物動態試験について(平成13年6月1日付医薬審発第796号 厚生労働省医薬局審査管理課長通知)
・薬物相互作用の検討方法について(平成13年6月4日付医薬審発第813号 厚生労働省医薬局審査管理課長通知)
・国際共同治験に関する基本的考え方について(平成19年9月28日付薬食審査発第0928010号 厚生労働省医薬食品局審査管理課長通知)