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○「抗うつ薬の臨床評価方法に関するガイドライン」について

(平成22年11月16日)

(薬食審査発1116第1号)

(各都道府県衛生主管部(局)長あて厚生労働省医薬食品局審査管理課長通知)

医薬品の承認申請の目的で実施される抗うつ薬の臨床評価方法について、別添のとおりガイドラインを取りまとめましたので、貴管下関係業者に対して周知方お願いします。

なお、本ガイドラインは、現時点における科学的知見に基づく基本的考え方をまとめたものであり、学問上の進歩等を反映した合理的根拠に基づいたものであれば、必ずしもここに示した方法を固守するよう求めるものではないことを申し添えます。

[別添]

抗うつ薬の臨床評価方法に関するガイドライン

目次

Ⅰ 緒言

Ⅱ 非臨床試験

1.効力を裏付けるための試験

2.薬物動態試験

Ⅲ 臨床評価方法

1.抗うつ薬の臨床試験のデザインに関する基本的考え方

2.対象集団

3.治験実施医療機関

4.有効性評価

5.安全性評価

6.併用薬及び併用療法の設定

7.被験者背景の記録

8.その他の留意事項

Ⅳ 臨床試験

1.臨床薬理試験

2.探索的試験

3.検証的試験

4.長期投与試験

5.製造販売後調査

6.製造販売後に考慮すべき臨床試験

Ⅰ 緒言

うつ病は、抑うつ気分や不安・焦燥感等の気分・感情の障害を主症状として、意欲・行動の障害、さらには睡眠障害や食欲不振、疲労感等の身体症状を伴うことが多い精神疾患である。基礎的及び臨床的研究の進歩により、うつ病の病因、病態は明らかにされつつあるが、未だに十分には解明されていない。うつ病は全世界で普遍的にみられ、生涯有病率は10%を超えると推定されている。また、すべての患者の半数は20~50歳の間に発病しているとも推定されるが、小児や高齢者でもみられる。うつ病の経過は、うつ病相が一生のうち一度だけ出現するものから反復性のものまで様々であり、治療により十分な改善が得られず長期にわたり抑うつ症状が持続することもある。このため、患者のみでなく家族に対しても、精神的ならびに社会的な負担、そして経済的損失は大きく、その対処は重要である。

うつ病の治療目標は、抑うつ症状の改善により精神的、社会的な生活の質の向上を図ることである。うつ病の治療の中心は薬物療法と精神療法であり、重症度や病態に応じて使い分けられる。現状では、抗うつ薬には三環系ならびに四環系抗うつ薬、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI,selective serotonin reuptake inhibitors)、セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI,serotonin and norepinephrine reuptake inhibitors)等が含まれる。

本ガイドラインは、抗うつ薬として開発される新医薬品の有効性及び安全性を検討するため、臨床試験の計画、実施、評価法等について標準的方法と手順を概説したものである。本ガイドラインに準じることにより、臨床試験を科学的かつ倫理的に行い、質的向上が図られ、国際的にも一定の評価が得られることを望むものである。しかし、うつ病の臨床的及び基礎的研究は、今後も急速に進歩することが予想され、新しい検査法、治療法が導入される時点において、本ガイドラインも適宜改訂されるべきである。また、本ガイドラインの運用に当たっては、合理的な根拠がある場合、必ずしも本ガイドラインに拘ることなく柔軟な対応が望まれる。

うつ病は、国際的な診断基準であるDSM―IV―TR(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fourth Edition, Text Revision)では「大うつ病性障害」、ICD―10(International Statistical Classification of Diseases and Related Health Problems, 10th Revision)では「うつ病エピソード」及び「反復性うつ病性障害」等で定義されているが、添付文書の効能・効果における「うつ病・うつ状態」を取得することが目的であり、本ガイドラインでは「うつ病」という用語で統一する。

薬剤開発を目的とした臨床試験は、一般的に開発相の概念により臨床試験が分類され、第Ⅰ相、第Ⅱ相、そして第Ⅲ相等で区分される。しかし、ICH E8ガイドライン(臨床試験の一般指針について:平成10年4月21日付医薬審第380号 厚生省医薬安全局審査管理課長通知)では、臨床試験の分類の基礎として開発相による区分は必ずしもふさわしくなく、目的による分類が望ましいとされていること、ICH E9ガイドライン(「臨床試験のための統計的原則」について:平成10年11月30日付医薬審第1047号 厚生省医薬安全局審査管理課長通知)ではこの分類が使用されていないことも勘案し、本ガイドラインでは各試験の目的と位置付けをより明確にするために、各相試験については臨床薬理試験、探索的試験及び検証的試験として分類する。

Ⅱ 非臨床試験

非臨床試験は、①対象疾患に対して有効性のある医薬品のスクリーニング、②医薬品の特性の明確化、③ヒトに投与するに際しての安全性の検討、④薬物相互作用の検討及び⑤適切な臨床試験デザイン構築のための情報収集等のために求められるものである。非臨床試験は、ICHガイドライン等の適切なガイドラインに従って実施されるべきである。

本ガイドラインは、抗うつ薬の開発のための臨床評価ガイドラインであることから、一般的に必要な非臨床試験のうち、抗うつ薬の開発において留意すべき事項として、効力を裏付けるための試験及び薬物動態試験について記載する。

1.効力を裏付けるための試験

(1) in vitro試験

各種神経伝達物質(ノルアドレナリン、アドレナリン、セロトニン、ドパミン、ヒスタミン等)の受容体等に対する作用を検討する。また、各種神経伝達物質のトランスポーターへの結合阻害作用や取り込み阻害作用等についても検討する。さらに、治験薬の特性に応じた薬理作用についても検討が必要な場合がある。

(2) 動物モデルを用いた試験

薬効を裏付ける動物モデルを用いた試験には、強制水泳試験、尾懸垂試験、学習性無力試験、嗅覚摘出モデルによる試験、慢性緩和ストレスモデルによる試験、Novelty-suppressed feeding試験、依存性薬物退薬モデルによる試験等がある。

(3) 代謝物の薬理作用についても検討し、それを加えた臨床用量の推定等を行う。

2.薬物動態試験

(1) 動物を用いて吸収、分布、代謝、排泄を検討し、治験薬の薬物動態学的プロファイルを明らかにする。動物での毒性及び薬理試験の条件設定に役立つだけでなく、ヒトでの有効性及び毒性発現の可能性を知るために有用である。

(2) in vitro試験により、ヒトにおける代謝酵素の解明、薬物相互作用等の検討を行う。さらに必要に応じて代謝酵素等の人種差、個人差を検討する。

Ⅲ 臨床評価方法

本章では、抗うつ薬の開発を目的とした臨床試験に関する総論として、探索的試験及び検証的試験のデザイン決定における留意点について説明する。

1.抗うつ薬の臨床試験のデザインに関する基本的考え方

薬剤開発においては、臨床試験により薬剤の有効用量とその用量範囲を明確にする必要がある。抗うつ薬の開発においては、プラセボを含まない又は治験薬の複数用量が用いられない実薬対照非劣性試験(又は同等性試験)により治験薬の有効用量を検討し有効性を検証することには限界があり、抗うつ薬の有効性の検討には、プラセボ対照二重盲検比較試験が必要である。これは、うつ病患者を対象とした臨床試験では、プラセボに対する反応性が高く、また一定しないことから、内部妥当性を示す指標が存在しない実薬対照非劣性試験(又は同等性試験)においては、無効同等の可能性が排除できないためである。詳細は、ICH E10ガイドライン(「臨床試験における対照群の選択とそれに関連する諸問題」について:平成13年2月27日付医薬審発第136号 厚生労働省医薬局審査管理課長通知)を参照されたい。

薬剤開発では、よく計画され適切に実施された臨床試験により、有効性を検証し安全性が示される必要がある。しかし、急性期のうつ病患者にプラセボを長期間投与することは倫理的に問題であるため、臨床試験は投与期間を限定して行い、試験期間中に病状が悪化した場合の方策については、計画段階で検討しておくことが必要である。

一般的に、抗うつ薬の探索的試験及び検証的試験の投与期間は6~8週間と設定される。投与期間は、安全性評価の観点からは6週間以上と設定することが適切と考えられ、また有効性評価の観点からは8週間を超える期間を設定する場合には臨床的意義を考慮する必要があり、臨床試験の目的に応じて合理的な理由に基づき設定する必要がある。

臨床試験の実施中に病状の悪化等が認められた被験者に対して、当該試験の継続を中止することもあるが、早期脱落例を長期投与試験に移行可能と設定することは、安易な移行により当該試験の分析感度に影響を及ぼす可能性があるため推奨されない。

臨床試験では、薬効評価に適した患者集団を対象とすることが重要である。臨床試験の目的に応じて選択基準及び除外基準を適切に設定し、計画段階からプラセボ反応性が高い患者集団を除外する方策について検討することも1つの方法である。

2.対象集団

(1) 選択基準及び除外基準の設定

臨床試験においては、有効性及び安全性評価に適した均質な集団を選択できるように、国際的に普及した診断基準を用いて選択基準を設定する必要があり、症状評価尺度のみで規定することは避けるべきである。現時点での診断基準としてはDSM―IV―TRの使用が推奨される。

臨床試験における対象の重症度は、選択基準において適切な症状評価尺度のカットオフ値により設定される。被験者集団の重症度の分布は有効性評価に影響を及ぼす。薬効評価の観点からは、中等度以上の被験者集団を対象として臨床試験を行うことが一般的であり、必ずしも軽度のうつ病患者を含める必要はない。国内外で類似した試験を計画する場合であっても、実際の被験者集団の重症度分布に差異が認められる可能性があり、差異が認められた場合には、両試験結果の比較が困難となるばかりでなく、有効性評価にも影響を及ぼす可能性がある。したがって、海外の臨床試験成績と比較するための試験計画を立案する場合(ブリッジング試験等)には、これから実施する臨床試験に実際に組み入れられる被験者集団の重症度分布と、参照する試験の分布に大きな差異がないように考慮すべきであり、症状評価尺度のカットオフ値を単純に海外の臨床試験と同様に設定するのではなく、実際に組み入れられる被験者集団の重症度分布を推定し設定することも一つの方法である。

双極性障害のうつ病エピソードは、単極性のうつ病と疾患特性が異なるために、うつ病を対象とした臨床試験においては除外すべきである。また、抗うつ薬の開発を目的とした臨床試験においては、その他の精神疾患(統合失調症、パーソナリティ障害、精神遅滞等)の併存は有効性評価に大きく影響を及ぼすため、具体的に規定し除外すべきである。同様に、有効性評価に影響を及ぼすと考えられるその他の要因(例えば、臨床試験中の診療区分(外来又は入院)の変更等)がないか試験実施前に検討し、配慮する必要がある。

臨床試験中の自殺の危険性については特別な配慮が必要である(「Ⅲ 5.(1) 精神障害及び神経系障害に関連する有害事象」及び「Ⅲ 8.(1) 小児集団を対象とした臨床試験の留意点」の項参照)。臨床試験の除外基準では、症状評価尺度等により具体的に規定し自殺の危険性が高い患者の組入れを避けるべきである。

(2) 必要な被験者数

被験者数は、統計学的な考察に基づき、試験目的、検証すべき仮説及び試験デザインに応じて設定される。複数の国又は地域において実施される国際共同治験を実施する場合には、全集団での結果と日本人集団での結果に一貫性が得られるよう計画すべきである。詳細は、「国際共同治験に関する基本的考え方について」(平成19年9月28日付薬食審査発第0928010号 厚生労働省医薬食品局審査管理課長通知)Q&Aの質問6を参照されたい。

(3) 高齢者について

うつ病は、高齢者(65歳以上)でも多く認められるため、ICH E7ガイドライン(「高齢者に使用される医薬品の臨床評価法に関するガイドライン」について:平成5年12月2日付薬新薬第104号 厚生省薬務局新医薬品課長通知)及びICH E7ガイドラインに関するQ&A(「高齢者に使用される医薬品の臨床評価法に関するガイドライン」に関する質疑応答集(Q&A)について:平成22年9月17日付事務連絡 厚生労働省医薬食品局審査管理課)を踏まえた有効性及び安全性の検討が必要となる。

高齢者と非高齢者の薬物動態プロファイル等で明らかな差異があると考えられる場合には、非高齢者(65歳未満)とは別に高齢者を対象とした臨床試験が必要となることがある。一般的には、探索的試験では必ずしも高齢者を含める必要はない。また、検証的試験及び長期投与試験については、実臨床の年齢分布に応じた高齢者を含む被験者集団を対象とし、非高齢者及び高齢者間で有効性及び安全性に差異がないか検討することが必要である。

3.治験実施医療機関

治験の実施環境(医療従事者の充足度等も含む。)が有効性評価等に影響を及ぼすことがあるため、各実施医療機関の特性が大きく異ならないように考慮することが必要である。また、実施医療機関の選定は、各施設が一定以上の被験者を確保し、極端に被験者数の少ない施設がないよう配慮する必要がある。詳細は、ICH E9ガイドライン(「臨床試験のための統計的原則」について:平成10年11月30日付医薬審第1047号 厚生省医薬安全局審査管理課長通知)を参照されたい。

4.有効性評価

有効性評価は、ベースライン及び治験薬投与開始後の抑うつ症状について、症状評価尺度を用いて経時的に行う必要がある。

主要な有効性評価は、信頼性及び妥当性が検討され国際的に普及した症状評価尺度を用いることが必要であり、評点基準が明確に設定されているハミルトンうつ病評価尺度(HAM―D:Hamilton Depression Rating Scale)1)又はMADRS(Montgomery-sberg Depression Rating Scale)の使用が推奨される。主要評価項目として、最終評価時における症状評価尺度の合計スコアのベースラインからの変化量を検討する必要がある。

副次的な有効性評価は、主要評価項目で得られた結果の妥当性を検討するだけでなく、得られた結果の臨床的意義を検討するために有用である。副次評価項目として、主要な有効性評価に用いた症状評価尺度の経時的な合計スコアの推移に加え、反応率、寛解率、CGI(Clinical Global Impression)等を含めることが推奨される。通常、反応率は、症状評価尺度の合計スコアがベースラインから50%以上減少した被験者の割合と定義される。また、寛解率はうつ病の重症度が軽度に至った被験者の割合であり、試験計画ごとに症状評価尺度の合計スコアのカットオフ値が設定される。

症状評価の訓練方法については、統一した評価が行うことができ、評価者間のばらつきを最小限とするための方法を、十分に検討する必要がある。特に、国際共同治験においては実施地域により評価方法が異なることがないよう配慮する必要がある。また、臨床試験の開始前には評価者の適格性についても評価することが必要である。

5.安全性評価

治験薬が投与された被験者に生じたすべての好ましくない徴候又は症状は、治験薬との因果関係の有無の如何にかかわらず「有害事象」として扱い、有害事象のうち治験薬との因果関係が否定できないものを「副作用」として取り扱う。

有害事象の症例報告書での記録については、各事象と用量や被験者背景(「Ⅲ 7.被験者背景の記録」の項参照)等との関係を評価することが可能となるように、有害事象の内容、程度、発現時期及び消失時期、治験薬の服薬状況、処置の有無、経過、治験薬との因果関係の判定等を記録する必要がある。また、各被験者の中止及び脱落の理由、中止時期についても、重要な情報であるため記載する必要がある。死亡及びその他の重篤な有害事象については、詳細な経過を記載する必要がある。

安全性評価は、治験における一般的な評価に加えて、安全性プロファイルとして重要な有害事象、うつ病治療において注目すべき有害事象にわけて評価する必要がある。

安全性プロファイルとして重要な有害事象は、治験薬の作用機序(例えば、セロトニン受容体、ドパミン受容体やノルアドレナリン受容体への作用、抗コリン作用や抗ヒスタミン作用)に関連した有害事象である。

うつ病治療において注目すべき有害事象としては、以下のようなものがある。また、これらの事象については、各情報を積極的に収集するためにも標準化された評価尺度がある場合には使用することが望ましい。

(1) 精神障害及び神経系障害に関連する有害事象

精神障害に関連する有害事象は、対象疾患との関連についても注意して評価する必要がある。特に、自殺に関連する有害事象2)、抗うつ薬の投与中に発現することもある不安、焦燥感や衝動性については、特別な配慮が必要である。

神経系障害に関連する有害事象(傾眠や鎮静等)については、製造販売後における実臨床で患者のQOLや社会的機能に影響する事象であるため、十分に評価する必要がある。

(2) 治験薬の中止に関連した有害事象及び依存性

治験薬の中止に関連した有害事象(離脱症候群等)と依存性については、評価自体の困難性を考慮して、盲検化された臨床試験において後観察期を設定した上で評価する必要がある。

臨床試験の投薬期間の終了時に漸減期を設定する場合には、これまでの臨床試験の成績等をもとに適切な根拠により漸減方法を設定し、その妥当性を評価することが必要である。また、新たな作用機序を有し中止に関連した有害事象の発現が不明確の場合にも、漸減期の必要性について臨床試験により評価する必要がある。

依存性が懸念される薬剤については、その発現時期の特定が困難であることも考慮して、長期投与試験においても評価する必要がある。

(3) 心血管系障害に関連する有害事象

心血管系障害に関連する有害事象(高血圧、頻脈、起立性低血圧等)に加えて、心電図検査の各パラメータ(QTc間隔等)の評価も必要である。

(4) 耐糖能異常及び脂質代謝異常に関連する有害事象

対象疾患の症状として食欲不振が認められることもあり、治験薬の食欲や体重への影響のみでなく、血液生化学検査での糖代謝及び脂質代謝への影響も評価することが必要である。

(5) 血液障害に関連する有害事象

一般血液検査により、好中球減少症や無顆粒球症の発現の可能性について評価する必要がある。

(6) 性機能障害に関連する有害事象

性機能障害や性欲への影響について評価する。

治験における一般的な評価に加え、以上の安全性プロファイルとして重要な有害事象及びうつ病治療において注目すべき有害事象、例えば過量服薬に関連する有害事象のように重要な情報については、既に得られている情報をもとに適切に評価を行い、必要に応じてその特徴や治療方法を臨床試験の実施前より情報提供する必要がある。

6.併用薬及び併用療法の設定

一般にうつ病の治療では、抗うつ薬のほかに抗不安薬や催眠鎮静剤が併用されたり、精神療法等も行われたりすることがあるが、これらの併用薬及び併用療法は有効性評価のみでなく安全性評価にも影響を及ぼす可能性がある。このため、臨床試験の実施中に使用された全ての併用薬及び併用療法については、臨床試験の終了後に有効性評価や安全性評価に及ぼした影響を検討できるように、その内容(薬剤名だけでなく、用法・用量、投与期間等を含む)と使用目的を記録する必要がある。

併用薬及び併用療法が有効性評価及び安全性評価に及ぼす影響を最小限とするために、併用される向精神薬については用法及び用量を変更しないように規定し、催眠鎮静剤の併用については、超短時間型に限定することが望ましい。また同様に、併用療法についてもその実施方法を変更しないように設定し、電気けいれん療法等の身体療法は、有効性評価に強く影響するため併用を禁止すべきである。

7.被験者背景の記録

被験者背景については、無作為化の適切性、併用薬及び併用療法等が有効性や安全性評価に及ぼした影響、被験者背景が治験薬の有効性及び安全性に及ぼす影響、そして各臨床試験間の比較可能性等を検討するために重要な情報であるため、症例報告書に記録することが必要である。

被験者背景として、通常は性別、年齢、身長、体重、診療区分(外来もしくは入院)、診断基準に従った診断名及び重症度、既往歴、自殺関連行動の既往、併存障害及び合併症の有無、病相回数、今回病相の罹病期間、初発からの期間、治験薬投薬前の症状評価尺度の評点、前治療薬の有無とその内容、併用薬及び併用療法の内容と目的等について記録される。

8.その他の留意事項

(1) 小児集団を対象とした臨床試験の留意点

小児のうつ病を対象とした臨床試験についても、原則的にプラセボ対照試験が必要である。

選択基準で設定される診断基準は、一般的にはDSM―IV―TRが使用される。当該集団の疾患の特殊性を考慮して、選択基準及び除外基準については、発達障害や適応障害等のその他の精神疾患を適切に除外することが可能となるように十分に検討した上で設定する必要がある。同様の理由により、臨床試験は小児の精神疾患の診療に精通した医療機関で実施する必要がある。臨床試験の対象患者の年齢範囲を児童(2歳から11歳)から青少年(12歳から16又は18歳)3)とする場合は、同一の試験で児童及び青少年を対象とすることは許容されるが、実臨床での年齢分布を考慮して各年齢層での評価が可能となるように配慮すべきである。

主要な有効性評価は、信頼性及び妥当性が検討され小児集団の評価に適した症状評価尺度を用いることが必要であり、評価尺度としてCDRS―R(Children's Depression Rating Scale-Revised)等がある。

安全性評価については、通常の安全性評価(「Ⅲ 5.安全性評価」の項参照)のほかに、認知及び学習機能、成長、内分泌機能への影響についても評価する必要がある。

小児のうつ病を対象とした臨床試験実施における安全管理については、特別な配慮が必要である。これは、海外で実施されたプラセボ対照試験の結果から、抗うつ薬の投与時には、小児集団で自殺の危険性が高くなる可能性が報告されているためである。したがって、親権者(法的保護者)に対して、うつ病の特性と自殺の危険性について十分に説明することが必要である。また、親権者が患児の自殺の危険性を観察出来るような調査票を作成し、各観察時期に調査を実施することが推奨される。

治験参加の同意については、適切と考えられるならば、法的保護者の同意のほかに、被験者本人が理解できる言葉や用語を用いた説明文書を別に用意し、臨床試験について十分に説明し、アセント(法的規制を受けない小児被験者からの同意)も取得すべきである。詳細は、ICH E11ガイドライン(小児集団における医薬品の臨床試験に関するガイダンスについて:平成12年12月15日付医薬審第1334号 厚生省医薬安全局審査管理課長通知)を参照されたい。

(2) 治療抵抗性うつ病を対象とした臨床試験の留意点

うつ病の患者には様々な治療を行っても十分な効果が得られない患者集団が存在することは知られている。通常は、うつ病における薬物治療抵抗性とは、忍容性に問題ない限り、作用機序が異なる2種類以上の抗うつ薬を、十分量かつ十分な期間投与しても一定の治療効果が得られない状態と考えられている。治療抵抗性うつ病を対象とした臨床試験では、その選択基準及び除外基準において、治療抵抗性の定義を明確に設定すべきである。

Ⅳ 臨床試験

本章では、抗うつ薬の開発を目的とした試験の各論として、開発の各段階で実施される臨床試験の目的や試験計画の留意点等を説明する。探索的試験及び検証的試験のデザイン決定における留意点については、「Ⅲ 臨床評価方法」の項を参照されたい。なお、臨床データパッケージの構成や各試験計画の詳細については、規制当局との相談を積極的に利用することが望ましい。

1.臨床薬理試験

(1) 目的

適切な非臨床試験で得られた情報を元に、治験薬を初めてヒトに適用する臨床薬理試験を実施する。当該試験は、比較的限定された数の健康成人志願者等を対象とし、治験薬のヒトにおける安全な投与量の検討を主な目的とする。また、この段階で治験薬の薬物動態学的プロファイルの検討も行う。

(2) 対象集団

原則的に健康成人を対象とする。比較的少人数を対象とし、短期(単回投与及び反復投与)の治験薬の投与を行う。通常は、試験期間中、被験者は入院又はそれに準じた状態で実施する。

(3) 試験デザイン

安全性の確認に最も重点をおく。また、治験薬の単回及び反復投与時の薬物動態の結果を理論的に考察するとともに、有効性に関する推論を予備的に行うことが望ましい。

① 用法・用量

非臨床試験成績から推定された安全な最低用量の単回投与から開始し、安全性を確認しながら、将来予測される臨床用量以上まで漸次増量させる。また、血中薬物濃度が定常状態に達するまでの期間、反復投与を行う。用法については、実臨床での使用方法を考慮し、食事の影響や投与時期についても検討する。

② 安全性評価

安全性については、自覚症状、他覚的所見及び検査所見についての観察を行う。観察項目として、体重、血圧、脈拍、呼吸数、体温、心電図、脳波検査、精神症状、神経症状、消化器症状等、治験薬に応じて必要な項目を設定する。一般臨床検査として、血液生化学的検査、一般血液検査、尿検査等を行う。試験中に発生した異常検査所見を発見するためには、すべての検査を少なくとも試験の開始前及び治験薬投与終了時に行い、必要に応じて試験実施中にも行う。さらに、治験薬投与終了から一定期間、経過観察の時期を設定する必要がある。また、予想される作用機序を考慮し、必要とされる特殊検査を実施する。

③ 薬物動態の検討

薬物動態(吸収・分布・代謝・排泄)については、単回投与時及び反復投与時に薬物の血中濃度を測定し、血中濃度―時間曲線下面積(AUC)、クリアランス、最高血中濃度、最高血中濃度到達時間、分布容積、半減期等を求め、後の試験の投与量及び投与方法の決定のための参考にする。また、線形性の有無や、定常状態に達するまでの投与回数とその血中濃度、蓄積性の有無等、薬物動態学的プロファイルを明らかにする。

以上の試験の結果、自覚症状、他覚的所見の項目及び一般臨床検査値の異常変動の項目と程度等、安全性について確認する。

健康成人を対象とするほかに、高齢者(65歳以上)を対象とした検討、また、治験薬の薬物動態上の特徴により、肝機能障害又は腎機能障害患者等を対象とした検討が必要な場合がある。また、薬物相互作用が予測される場合は、特定の薬物との併用療法による検討が必要な場合がある。このような場合においては、適宜検討を行う。詳細は、「医薬品の臨床薬物動態試験について」(平成13年6月1日付医薬審発第796号 厚生労働省医薬局審査管理課長通知)及び「薬物相互作用の検討方法について」(平成13年6月4日付医薬審発第813号 厚生労働省医薬局審査管理課長通知)を参照されたい。

2.探索的試験

(1) 目的

探索的試験の目的は、通常は、臨床薬理試験で安全性が確認された上で、うつ病患者を対象として用量反応関係を明らかにし、検証的試験における用法・用量を決定することにある。

(2) 試験計画に関する留意点

探索的試験で用量反応関係を検討する場合の試験デザインは、通常は、無作為に割り付けた複数用量での固定用量並行群間比較法により二重盲検試験を実施し、プラセボに加え、少なくとも治験薬を3用量群で行うことが推奨される。探索的試験は、最小有効用量について、統計学的な検討が可能となるように計画することが適切である。

3.検証的試験

(1) 目的

検証的試験の目的は、探索的試験によって有効性と安全性が確認され、臨床用量が推定された薬物について、有効性を検証し、安全性を検討することにある。

(2) 試験計画に関する留意点

検証的試験の試験デザインとしては、固定用量並行群間比較法によるプラセボ対照無作為化二重盲検比較試験が基本である。固定用量並行群間比較法ではなく任意漸増法もしくは強制漸増法により実施される場合もあるが、当該方法を選択する場合は適切な根拠が必要となる。

任意漸増法もしくは強制漸増法により実施する場合には、以下の点に注意すべきである。用量調整の方法は、症状評価尺度や有害事象の発現状況等により具体的に規定すべきである。また、特定の用量の評価を行う場合には一定期間以上の投与が必要となるが、異なる最終投与量間での有効性及び安全性の比較は困難であることに留意すべきである。

得られた結果の臨床的意義を検討するために、プラセボ及び治験薬のほかに、現在の臨床で標準治療薬と位置付けられる抗うつ薬を対照薬群として設定する場合もある。この場合でも、治験薬のプラセボに対する優越性が示されることが基本であり、対照薬群については、治験薬との非劣性(同等性)を検証する目的で設定する場合以外に治験薬との統計的な比較を目的としない参照薬として設定することが可能な場合もある。

うつ病の治療では抑うつ症状の再燃4)がみられることがあるため、本来は抗うつ薬の有効性を評価するためには、急性期での治療効果のみでなく再燃の抑制効果の検討が必要と考えられる。プラセボ対照無作為化二重盲検比較試験のほかに、再燃の抑制効果を検討するランダム化治療中止試験を実施することにより有益な情報が得られると考えられるが、うつ病の急性期における治療効果とこれに続く短期間での再燃の抑制は同一の病態下での変化とみなすことができるため、短期間でのランダム化治療中止試験の実施は必ずしも必要ではない。

4.長期投与試験

(1) 目的

うつ病は長期治療が一般的であるため、長期の有効性や安全性を検討するために長期投与試験を実施することが目的である。

(2) 試験計画に関する留意点

探索的試験及び検証的試験の投与期間は比較的短期であり、長期における有効性及び安全性を十分に検討することができないため、原則として、1年間以上の長期投与試験を実施すべきである。対象被験者数は、治験薬の特性、一定の発現率の有害事象を発見する確率及び試験の実施可能性を考慮して設定されるべきであるが、原則として、1年間以上観察できた症例が100例以上は必要である。国際共同治験として実施する場合は、治験薬の特性を考慮して、日本人の対象被験者数を合理的に計画する必要がある。

長期投与試験の安全性評価は、各有害事象の発現時期、重症度そして持続期間等について、試験終了後に解析が可能となるように実施する必要がある。また、有効性は、探索的試験及び検証的試験での主要評価項目で使用された指標(HAM―D又はMADRS等)を用いて評価することが適切である。

5.製造販売後調査

(1) 目的

抗うつ薬の評価は、検証的試験までの比較的短期かつ小規模の臨床試験のみでは限界があり、特に、安全性を評価するためには、多数例を長期に観察することが必要である。したがって、承認後の製造販売後調査では、同種同効の既承認薬で認められているリスクを同定することも含め、有効性と安全性の情報を継続して収集することが求められる。

(2) 調査計画に関する留意点

承認前に実施された臨床試験では検出できなかった低頻度の有害事象についても検討可能となるように、十分な症例数を確保するとともに、少なくとも24週以上、可能な限り52週間の調査を実施すべきである。国際共同治験もしくは海外で開発が先行した薬剤をブリッジング戦略により導入し承認を受けたような場合には、日本人での安全性データが比較的少なくなるため、より徹底した製造販売後調査の実施が重要となる。

使用されている用量、併用薬及び併用療法についての臨床実態の調査を行う必要がある。

被験者背景の調査、そして有効性及び安全性評価を可能な範囲で行うが、その内容、実施時期・頻度等の設定においては、有害事象の要因解析が可能となるよう留意する。

有効性評価については、探索的試験や検証的試験で一般に使用される症状評価尺度(HAM―D又はMADRS等)を用いて評価することが望ましい。少なくとも長期の有効性を評価する際には、探索的試験又は検証的試験の主要評価で用いられた有効性評価項目を設定した製造販売後調査を実施する必要がある。また、他の有効性評価として、薬剤の臨床的意義を検討するためにも、QOLや社会的機能の改善等についても検討することが推奨される。

安全性評価については、すべての有害事象とその因果関係、経過、処置、転帰等を調査し、各有害事象の発現時期、重症度そして持続期間等が、調査終了後に解析が可能となるように調査する必要がある。生理学的検査、一般身体的所見、一般血液検査、血液生化学的検査、そして尿検査等の情報についても臨床実態で可能な範囲の調査とするが、その内容、実施時期・頻度等の設定においては、努めて有害事象の要因解析が可能となるよう留意する。

6.製造販売後に考慮すべき臨床試験

(1) 目的

薬剤の有効性及び安全性は、申請までに実施する臨床試験において十分に検討する必要があるが、新たに臨床的な課題が認められた場合には、積極的に製造販売後の臨床試験を計画すべきである。

(2) 試験計画に関する留意点

製造販売後の臨床試験のデザインは、承認用法・用量により、試験目的に応じた投与期間や対象集団を設定する必要があるが、有効性や安全性評価の方法については探索的試験及び検証的試験に準じる(「Ⅲ 臨床評価方法」の項参照)。

本ガイドラインは、厚生労働省からの委託により、「抗うつ薬に関する臨床評価ガイドライン」の作成に関する研究班において原案の検討及び作成が行われ、同案につき各方面から寄せられた意見を踏まえて検討及び修正を加え、最終的な内容とした。

本ガイドラインで引用した臨床試験に関するICHガイドライン(International Conference on Harmonisation of Technical Requirements for Registration of Pharmaceuticals for Human Use。日米EU医薬品規制調和国際会議。)

E7:「高齢者に使用される医薬品の臨床評価法に関するガイドライン」について(平成5年12月2日付薬新薬第104号 厚生省薬務局新医薬品課長通知)

「ICH E7:高齢者に使用される医薬品の臨床評価法に関するガイドライン」に関する質疑応答集(Q&A)について(平成22年9月17日付事務連絡 厚生労働省医薬食品局審査管理課)

E8:臨床試験の一般指針について(平成10年4月21日付医薬審第380号 厚生省医薬安全局審査管理課長通知)

E9:「臨床試験のための統計的原則」について(平成10年11月30日付医薬審第1047号 厚生省医薬安全局 審査管理課長通知)

E10:「臨床試験における対照群の選択とそれに関連する諸問題」について(平成13年2月27日付医薬審発第136号 厚生労働省医薬局審査管理課長通知)

E11:小児集団における医薬品の臨床試験に関するガイダンスについて(平成12年12月15日付医薬審第1334号 厚生省医薬安全局審査管理課長通知)

臨床試験の実施にあたり参考とすべき通知

・医薬品の臨床薬物動態試験について(平成13年6月1日付医薬審発第796号 厚生労働省医薬局審査管理課長通知)

・薬物相互作用の検討方法について(平成13年6月4日付医薬審発第813号 厚生労働省医薬局審査管理課長通知)

・国際共同治験に関する基本的考え方について(平成19年9月28日付薬食審査発第0928010号 厚生労働省医薬食品局審査管理課長通知)

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1):HAM―Dには、構造化面接用に作成された版としてSIGH―D(Structured Interview Guide for the Hamilton Depression Rating Scale)やGRID―HAMD(GRID-Hamilton Depression Rating Scale)があり、いずれも17項目もしくは21項目で構成される。同一薬剤の開発においては、各臨床試験の成績が比較可能となるように同一の版を使用する必要がある。

2):自殺の危険性の評価尺度にはC―SSRS(Columbia Suicide Severity Rating Scale)等がある。

3):ICH E11ガイドライン(小児集団における医薬品の臨床試験に関するガイダンスについて:平成12年12月15日付医薬審第1334号 厚生省医薬安全局審査管理課長通知)で示されている年齢区分である。

4):再燃とは症状の改善途中もしくは寛解後にうつ病症状が発現することであり、うつ病の回復後に再度うつ病症状が発現する再発とは区別される。