アクセシビリティ閲覧支援ツール

添付一覧

添付画像はありません

○「感染症予防ワクチンの非臨床試験ガイドライン」について

(平成22年5月27日)

(薬食審査発0527第1号)

(各都道府県衛生主管部(局)長あて厚生労働省医薬食品局審査管理課長通知)

医薬品の承認申請の目的で実施される感染症予防ワクチンの非臨床試験について、別添のとおりガイドラインを取りまとめたので、貴管下関係業者に対し周知方よろしく御配慮願いたい。

なお、本ガイドラインは、現時点における科学的知見に基づく基本的考え方をまとめたものであり、学問上の進歩等を反映した合理的根拠に基づいたものであれば、必ずしもここに示した方法を固守するよう求めるものではないことを申し添えます。

(別添)

感染症予防ワクチンの非臨床試験ガイドライン

1.はじめに

1.1.背景

バイオテクノロジーと免疫学の進歩により、新規ワクチンの開発が広範囲に行われるとともに既承認ワクチンに対する改良も検討されている。しかしながら、ワクチンはその多様性及び種特異性のため、安全性及び薬力学に対する一定の評価基準が存在するわけではない。そのため、新規ワクチンの安全性・薬力学的作用を明らかにするためには、現時点の科学的水準に基づき、非臨床評価の種類と内容を決定する必要がある。

ワクチンの非臨床試験は、ヒト接種後の有効性及び安全性を外挿するための手法であり、開発中のワクチンが非臨床から臨床へ移行するために重要である。

1.2.目的

ワクチンの非臨床試験は、製品の特性(安全性及び免疫原性の評価を含む)を明らかにすることを目的として実施される。本ガイドラインは、ワクチンの非臨床試験の実施における計画立案のための一般的な原則を提供し、その原則に従うことにより、ワクチンの開発に必要な非臨床試験の質の向上を目指すものである。

非臨床試験を実施する主な目的は、

1) ヒトに適用される投与量の安全性を評価すること

2) 毒性の標的となる懸念のある臓器を特定すること

3) 発現した毒性が可逆的なものであるかを検討すること

4) 臨床でのモニタリングを実施する際の安全性の評価項目を見出すこと

5) 薬力学的効果を発揮することを評価すること

である。

1.3.適用範囲

ワクチンは、感染因子又は毒素あるいはそれらにより生成された物質に対し、特異的で能動的な免疫を誘導できる抗原を含有する医薬品である。抗原には、化学的あるいは物理的手段により不活化され、適切な免疫原性を保持した微生物、免疫原性を保持したまま無毒化あるいは弱毒化された微生物、有機体から抽出/分泌された抗原、あるいは組換えDNA技術等により製造された抗原が含まれる。また、それら抗原は、その免疫原性を増強するために、凝集化、重合化、又は担体と結合させることがある。これらほとんどのワクチンは、感染予防及び発症予防のために開発されているが、場合によっては、感染症治療に対するワクチンとして適用されることがある。それ以外の「治療用ワクチン」すなわち、抗腫瘍ワクチン(がんワクチン)、ウイルスベクターを用いた遺伝子治療製剤、抗イディオタイプ抗体ワクチン(免疫原として使用するモノクローナル抗体を含む)等には適用されない。

本ガイドラインは、感染症の発症予防を目的とするワクチン(新規の微生物、抗原あるいは毒素を含む本邦において未承認の新規ワクチン、既存抗原による新規混合ワクチン、新規投与経路によるワクチン及び新規アジュバントを含むワクチン)の開発について適用されるが、発現プラスミドやウイルスベクターを有効成分として含む製剤には適用されない。また、各製剤の特殊性により必要な試験を考慮する必要がある。

2.一般的な考え方

非臨床試験はワクチンの安全性及び薬力学に関する特徴を明らかにする目的で行われる。ワクチンにはワクチン固有の全身毒性、対象疾患のワクチン接種による発症、過剰な局所反応の誘発、自己免疫又は目的としない感作などの有害な免疫反応、場合によっては催奇形性/生殖発生毒性に加え、不純物と混入物質の毒性及び製剤中に存在する成分の相互作用による安全上の懸念が存在する。そのため、新規ワクチンについては、非臨床試験を実施すべきである。また、新規アジュバント及び新規添加剤が含まれる場合には、これらの添加物質の毒性についても評価が必要である。しかしながら、既存抗原による新規混合ワクチンの場合、あるいは臨床的に広く使用されているワクチンと組成及び薬理学的に同等などの科学的に正当な理由がある場合には、1.3の項で示した他の新規ワクチンと同じ非臨床試験は必ずしも必要としない。

新規ワクチンの定量、純度測定等を行うために実施される物理化学的試験検査項目、及び動物に対する薬効を検証する生物学的試験項目(薬力学試験)は、試験の目的に合致した感度と特異性が期待される試験法を採用する。特に薬力学試験として動物を用いた試験を採用する場合は、試験の目的に合致した適切な動物種を選択する必要がある。

3.安全性試験

3.1.試験デザイン

ワクチンは、その多様性及び種特異性ゆえに、ヒトでの反応を予測可能とする適切な動物モデルが常に利用できるとは限らない。そのため、科学的根拠に基づき、非臨床試験の必要性、試験の種類、動物種の選択、試験デザインを個別に考える必要がある。

非臨床試験を実施する際には、薬事法に基づく「医薬品の安全性に関する非臨床試験の実施の基準に関する省令(Good Laboratory Practice:GLP)」に適合して実施されることが求められる。しかし、完全にGLP適合で実施できない状況も想定される。このような場合は、GLPに適合していない部分を明確にし、安全性評価に対する影響について説明する必要がある。

動物を用いた非臨床試験をデザインする際に考慮するべき事項は、適切な動物種/系統、投与計画及び投与方法、並びに評価項目(例えば、一般状態観察、生化学的検査、剖検、病理組織検査等)の実施時期である。臨床投与方法を考慮して、投与量、投与間隔、投与回数、投与期間、投与経路及び観察期間を決定する必要がある。

3.2.動物種/モデルの選択

ワクチンの非臨床試験において、適切な動物モデルが必ずしも利用可能とは限らないが、ワクチンごとに動物種の選択を行うべきである。

理想的には、病原微生物又は毒素に感受性のある動物種を使用すべきであるが、少なくとも、ワクチンの生物学的作用に感受性がある動物種、例えばワクチン抗原に対して免疫反応を生じる動物種を用いて安全性を評価する。

通常、毒性試験は1種類の適切な動物種で実施する。必ずしもヒト以外の霊長類を選択する必要はないが、選択した動物種の適切性を説明する必要がある。

3.3.被験物質

ワクチンの非臨床試験で用いる被験物質は、剤形及び組成が臨床試験用の製剤と同等のものを用いる。非臨床試験に使用する製剤のロットは、臨床試験での使用を意図した製剤を適切に代表するものとし、可能な限り臨床試験に使用するものと同じロットで非臨床試験を行う。同じロットでの投与が不可能な場合は、少なくとも物性データ、組成に関して臨床試験に使用する製剤と同等でなければならない。また、安定性についても可能な限り同等であることを確認する必要がある。

ワクチンは製造条件の違い、あるいは保存状態により容易に変化し易い性質を持つと予想されるので、その安定性評価は重要である。

3.4.投与経路

投与経路は臨床試験で使用する経路に準じる。臨床試験と異なる投与経路、投与方法で実施する場合は、その妥当性を示す必要がある。

3.5.基本的な安全性評価:個別留意事項

3.5.1.急性毒性試験

通常、急性毒性の評価は必要である。反復投与毒性試験の初回投与や、用量設定試験等で評価可能な場合がある。

3.5.2.反復投与毒性試験

通常1種の動物を用いて実施する。投与計画や、動物の抗体産生等が誘導される免疫反応を考慮し、原則、臨床試験の接種回数を超える回数の投与を行う。また、投与期間、投与回数は、初回免疫時を想定して設定する。用量の設定は、臨床試験での1回投与量と同じ用量を目安とするが、使用する動物種によっては、投与量を適宜設定する必要がある。すなわち、げっ歯類において、ヒトと同じ用量の投与が物理的に困難な場合は、体重換算による用量(mg/kg又はmL/kg)を基準にして、ヒトの体重換算用量を超える投与量を選択することが必要である。また、非げっ歯類において、臨床試験での1回投与量と同じ用量では適切な安全域が確保できないと考えられる場合は、臨床試験での1回投与量の数倍の投与量を選択することが可能である。より高用量の投与が技術的に困難である場合は、当該動物種における最大投与可能量を投与する。実施した用量で毒性所見が認められた場合は、低用量での検討を考慮する必要がある。一般状態観察では、投与局所の状態及び過敏反応などにも留意する必要がある。病理検査では、必要に応じて免疫器官や投与部位所属リンパ節への影響にも留意する必要がある。また、毒性変化が認められた場合には、その回復性を検討する。なお、遅発性の副作用が懸念される場合には、製剤の特性を考慮して、必要に応じて観察期間を検討する。

3.5.3.生殖発生毒性試験

受胎能及び着床までの初期胚発生に関する評価は、反復投与毒性試験における病理組織学的検査で生殖器官への影響が懸念される場合に必要である。胚・胎児発生に関する評価、出生前及び出生後の発生並びに母体の機能に関する評価については、臨床での適応及び接種対象者によりその必要性が判断される。通常1種の動物を用いて試験を実施し、投与間隔及び投与頻度は臨床試験の投与計画を考慮して決定する。

3.5.4.遺伝毒性試験

通常、ワクチンでは遺伝毒性試験を必要としない。

3.5.5.がん原性試験

通常、ワクチンでは投与回数が限定されているためがん原性試験を必要としない。

3.5.6.局所刺激性試験

本試験は単独の試験として実施するか、あるいは反復投与毒性試験の一部として評価することも可能である。

3.5.7.安全性薬理試験

通常、安全性薬理についての評価は必要である。安全性薬理のエンドポイントを検討するために適切に計画され、実施された毒性試験からの情報があれば、独立した安全性薬理試験を縮小又は省略することができる。なお、生理機能(中枢神経系、呼吸器系、心血管系)に悪影響を及ぼす可能性が懸念される場合には安全性薬理試験を実施する。

3.5.8.トキシコキネティクス

通常、ワクチンでは全身曝露量の評価を必要としない。

4.薬力学試験

ワクチン開発では、通常、薬物動態試験は必要とされない。ただし、新規のアジュバント又は添加物等が含まれる場合は、その新規物質について薬物動態試験が必要になることがある。

4.1.免疫原性の評価

ワクチンの免疫原性を検討する試験には関連性が高いと予想される抗体産生レベル、産生された抗体クラス及びサブクラス、細胞性免疫及び免疫系に及ぼすその他の分子の放出等の評価が含まれる。

4.2.感染防御能の評価

ヒトでの感染・疾病を反映する実験動物モデルが存在する場合には、ワクチンが対象とする病原微生物による感染(発症)の防御を評価項目とすることが望まれる。

5.特別な留意事項

5.1.アジュバント

新規アジュバントについては、それ自体の毒性評価が必要である。特に、反復投与による局所反応及び過敏反応等に留意する。新規アジュバントと抗原の組み合わせにより毒性反応に差を生じる可能性があるため、抗原の新規性の有無に係わらず、新規アジュバントと抗原の両方を含んだ製剤での毒性評価も必要である。また、既存のアジュバントと既存の抗原の組み合わせによる新たな毒性が懸念される場合にも、局所反応等の毒性評価が必要である。

5.2.添加剤(アジュバントを除く)

ワクチンにアジュバント以外の添加剤(安定剤、溶解補助剤、防腐剤、pH調整剤など)が含まれる場合は、添加剤自体の安全性の評価に加え、ワクチンの主成分との干渉により免疫原性、安全性に及ぼす影響について評価可能な試験系を設定する。既に市販されているワクチン製剤に含まれる添加剤単独の安全性評価で評価可能な部分については、再度実施する必要はないが、その場合であってもワクチン製剤としての安全性は評価すべきである。

5.3.混合ワクチン

新規混合ワクチンについては、特定のワクチンとその他のワクチンとの相互作用(干渉、抑制等)が生じる可能性があるので、混合に伴う免疫反応(薬力学及び安全性)の増強又は減弱が生じる可能性について検討することが望ましい。

用語解説

アジュバント

ワクチンと混合して投与することにより、目的とする免疫応答を増強する物質。

ロット

一定の製造期間内に一連の製造工程により均質性を有するように製造されたものの一群をいう。

薬力学試験

個体に対する薬物の薬理学的又は臨床的効果についての試験で、ワクチン開発においては抗原の免疫学的効果の試験。

免疫原性

ワクチンによる体液性免疫及び/又は細胞性免疫及び/又は免疫記憶の誘導能

混合ワクチン

複数の感染症に対する抗原を含むワクチン。