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○非抗不整脈薬におけるQT/QTc間隔の延長と催不整脈作用の潜在的可能性に関する臨床的評価について

(平成21年10月23日)

(薬食審査発1023第1号)

(各都道府県衛生主管部(局)長あて厚生労働省医薬食品局審査管理課長通知)

近年、優れた新医薬品の地球規模での研究開発の促進と、患者への迅速な提供を図るため、承認審査資料の国際的ハーモナイゼーション推進の必要性が指摘されています。このような要請に応えるため、日米EU医薬品規制調和国際会議(以下「ICH」という。)が組織され、品質、有効性及び安全性を含む各分野で、ハーモナイゼーションの促進を図るための活動が行われているところです。

今般、ICHの合意に基づき、新たに「非抗不整脈薬におけるQT/QTc間隔の延長と催不整脈作用の潜在的可能性に関する臨床的評価」(以下「本ガイドライン」という。)を別添のとおり定めましたので、下記事項を御了知の上、貴管内関係業者等に対し周知方御配慮願います。

1.本ガイドラインの要点

本ガイドラインは、不整脈の発生し易さと関連した、薬物による心室の再分極遅延の可能性を評価するための臨床試験のデザイン、実施、解析、解釈に関するものである。心室の再分極遅延は、心電図におけるQT間隔の延長として計測されることから、評価においては、心血管系の有害事象とともにQT/QTc間隔に及ぼす作用を調査するべきである。

2.本ガイドラインの取り扱い

本ガイドラインは、概ね全身に影響を及ぼす新医薬品に対して適用される。医薬品の開発は薬剤の特性や事前に得られた非臨床及び臨床試験結果によって異なるものであり、科学的に合理的な根拠があれば、本ガイドラインと異なった方法等を用いることも可能である。薬物による心室の再分極遅延の可能性を評価することを目的とした海外臨床試験データ等の利用可能性については、薬剤の特性により個別に判断されることから、独立行政法人医薬品医療機器総合機構(以下「機構」という。)による治験相談において相談されたい。

3.本ガイドラインの実施時期

平成22年11月1日以後に申請される医薬品に添付される資料は、本ガイドラインに基づいたものであること。平成22年11月1日以前に申請される医薬品について、心室の再分極遅延の可能性を評価するために必要なデータに関しては、機構による治験相談において個別に相談されたい。

以上

非抗不整脈薬におけるQT/QTc間隔の延長と催不整脈作用の潜在的可能性に関する臨床的評価

目次

1.序文

1.1 背景

1.2 目的

1.3 適用範囲

2.臨床試験

2.1 QT/QTc間隔への薬剤の作用の評価方法の概要

2.1.1 被験者の登録

2.1.2 安全性モニタリング及び中止基準

2.2 QT/QTc評価試験

2.2.1 QT/QTc評価試験のデザイン

2.2.2 QT/QTc評価試験における用量―効果と時間経過の関係

2.2.3 QT/QTc評価試験における心電図検査の実施時期

2.2.4 QT/QTc評価試験の解釈

2.2.5 QT/QTc間隔に対する作用を評価するための代替方法

2.3 QT/QTc評価試験後の臨床試験の評価

2.4 QT/QTc評価試験が健康な志願者において実施不可能な場合の臨床開発

2.5 心電図データの収集、評価及び提出

2.5.1 標準12誘導心電図データの収集及び評価

2.5.2 ホルター心電図(ambulatory ECG)モニタリング

2.5.3 間隔及び波形データの提出

3.臨床試験における心電図データの解析

3.1 QT間隔の補正式

3.1.1 集団データに基づく補正方法

3.1.2 同一被験者内データに基づく補正方法

3.2 QT/QTc間隔データの解析

3.2.1 中心傾向(central tendency)の解析

3.2.2 カテゴリカル解析(categorical analysis)

3.2.3 薬剤曝露量とQT/QTc間隔の変化との関係の解析

3.3 心電図波形の形態的解析

4.有害事象

4.1 臨床試験における有害事象

4.2 早期中止または減量

4.3 薬理遺伝学的(pharmacogenetic)考察

4.4 市販後有害事象報告

5.薬事規制への影響、添付文書の記載及びリスク管理法

5.1 QT/QTc間隔延長作用と承認プロセスとの関連性

5.2 QT/QTc間隔を延長する医薬品の添付文書の記載

5.3 QT/QTc間隔を延長する医薬品における市販後のリスク管理

非抗不整脈薬におけるQT/QTc間隔の延長と催不整脈作用の潜在的可能性に関する臨床的評価

1.序

1.1 背景

非抗不整脈薬の中には、心室再分極を遅延させるという好ましくない特性をもつものがあり、その作用は体表心電図(ECG)におけるQT間隔の延長として計測される。QT間隔とは、心室の脱分極からそれに続く再分極までの時間であり、QRS波の始めからT波の終わりまでの間隔として計測される。再分極が遅延すると、不整脈が発生し易い電気生理学的な環境が生じる。その最も顕著な例はトルサード・ド・ポワンツ(torsades de pointes,以下TdP)であるが、他の心室性頻脈性不整脈が発生する可能性もある。TdPは多形性の心室性頻脈性不整脈であり、心電図上には、等電位の基線を中心としたQRS波を構成する心起電力ベクトルの連続的なねじれとして現れる。TdPの特徴の一つは、TdPに先行する上室性心拍におけるQT間隔が明らかに延長することである。TdPは心室細動に移行し、突然死に至る可能性がある。

QTの延長度は、催不整脈リスクの不完全なバイオマーカーの一つと認識されているが、一般的にQT延長とTdPのリスクとの間には、特にQT間隔を相当に延長させる薬剤において、定性的な関連がある。QT間隔は心拍数と負の相関があるため、通常、計測されたQT間隔は、様々な式によってQTc間隔として知られているような心拍数の影響を抑えた値に補正される。しかし、不整脈の発生とより密接に関係するのがQT間隔の絶対値の延長であるか、QTcの延長であるかは明らかではない。TdPを引き起こしたことのある薬剤のほとんどは、QTの絶対値及びQTc(以下、QT/QTc)のいずれをも明らかに延長させる。薬剤の使用に関連したTdP(致死性及び非致死性)の症例が報告された結果として、市場からの撤退、または二次選択薬への格下げが行われた薬剤もある。QT/QTc間隔の延長はこれらの不整脈の発生し易さの増加と関連した心電図所見であり、承認前に行う適切な新薬の安全性に関する評価において、QT/QTc間隔への効果についての性質を厳密に明らかにしておくべきである。

1.2 目的

本ガイドラインは、薬物による心室の再分極遅延の可能性を評価する臨床試験について、そのデザイン、実施、解析、解釈に関し治験依頼者に勧告するものである。その評価においては、心血管系の有害事象の収集とともに、新規薬物のQT/QTc間隔に及ぼす作用を調査すべきである。個々の薬剤にかかる評価方法については、予定される臨床使用法と同様に、薬力学的、薬物動態学的、安全性上の特性に応じて個別に決定されるべきである。

薬剤の心室再分極に及ぼす影響の評価は、現在、活発に研究されているテーマである。今後、追加データ(臨床及び非臨床データ)が蓄積された場合、本ガイドラインは再評価され、改訂される可能性がある。

1.3 適用範囲

本ガイドラインの勧告は、概ね全身に影響を及ぼす新医薬品に対して適用されるが、体内分布が非常に限定的な医薬品、局所的に投与され、吸収されない医薬品には適用されない場合がある。抗不整脈薬はその臨床効果の作用機序の一部としてQT/QTc間隔を延長する場合があることから、本ガイドラインでは不整脈の治療以外の目的で開発される薬剤を中心に述べる。本ガイドラインは第一義的には新規薬物の開発に関するものであるが、曝露量(最高血中濃度(Cmax)あるいは血中濃度時間曲線下面積(AUC))が著しく高くなるような新用量、もしくは新投与経路を開発する場合にも適用されることがある。また効能を追加する場合や適用患者を追加する場合にも、心電図のデータを追加することは適切であろう。また、当該薬剤または当該薬剤の化学的、薬理学的分類上の類薬が、市販後調査においてQT/QTc延長、TdPあるいは心臓突然死に関連していたならば、その薬剤のQT間隔への影響を評価することも重要と考えられる。

2.臨床試験

2.1 QT/QTc間隔への薬剤の作用の評価方法の概要

薬剤は、臨床開発の早期に心電図を用いた臨床評価を受けることが必要である。一般的にはその評価には、薬剤による心室の再分極への影響を評価することを目的とした単独の試験である「QT/QTc評価試験(thorough QT/QTc study)」が含まれる。健康な志願者もしくは患者において試験が実施不可能である場合、薬剤の試験方法および使用方法(例えば、継続的なモニタリング下で投与する場合)、あるいは非臨床試験の成績などによっては、この種の試験を行う必要性は軽減される可能性がある。

2.1.1 被験者の登録

治験への被験者の登録は、心室の再分極に対する当該薬剤の作用に関して、既に得られている臨床的及び非臨床的情報に影響されるであろう。当該薬剤のQT/QTc間隔への作用が特徴付けられるまでは次のような除外基準が提案される:

・試験前に、QT/QTc間隔の著明な延長がある者(例えば、QTc間隔>450msが繰り返し認められる者)

・TdPに対するその他の危険因子の既往歴がある者(例えば、心不全、低カリウム血症、QT延長症候群の家族歴)

・QT/QTc間隔を延長する薬を併用している者

初期の臨床試験で得られたQT/QTc間隔データにより支持された場合には、後期の臨床試験では被験者の選択基準を拡大し、承認後に当該薬剤が投与される可能性の高い広範な患者集団を含めることが可能となる。

2.1.2 安全性モニタリング及び中止基準

臨床試験の実施計画書には、TdPを示唆する有害事象が患者に発生した場合に従う手順を記述しておくべきである。

被験薬を用いた治療中にQT/QTc間隔の著明な延長がみられ、特にそれが心電図上で2回以上認められた場合には、その被験者の臨床試験の中止を検討すべきである。QT/QTc間隔の500msを超える延長もしくはベースラインからの60msを超える延長が、試験中止を検討するための一般的な基準として用いられるが、個別の試験における厳密な判断基準は、当該適応症及び当該患者群について適切と考えられるリスクと忍容性のレベルによって決まるであろう。

2.2 QT/QTc評価試験

QT/QTc評価試験の目的は、被験薬に心室再分極に対する一定の大きさ以上の薬理作用があるか否かを決定することであり、その値はQT/QTc間隔の延長として検出される。規制当局が関心をもつ基準値レベルについては後述するが、QTc間隔への作用の平均値としておよそ5msであり、95%信頼区間の上限を10msとするものである。この試験は通常、健康な志願者(不整脈の危険性が高い集団ではなく)を対象に実施され、医薬品開発の後期に、目標とする患者集団において当該薬剤のQT/QTc延長作用を入念に調べる必要性があるか否かを決定するために用いられる。この試験は、薬剤に催不整脈性があることを示すことを目的とはしていない。民族差についてのデータは限られているが、民族的要因はQT/QTc評価試験の成績に影響することはないと考えられている。

QT/QTc評価試験は後期の臨床試験における最大の指針となるため、正確な実施時期は、開発中の薬剤の特性により異なるものの、一般的に臨床開発の早期に実施される。この試験のデザイン及び実施には、忍容性及び薬物動態を含めた基礎的な臨床データが重要であるため、この試験は通常は最初の試験にはならないと考えられる。薬剤の中には、忍容性に関わる問題があり、健康な志願者における試験に適さないものがある(例えば、抗精神病薬、化学療法薬)。

QT/QTc評価試験の結果により、開発の後期段階において収集されるべき情報量が異なる:

・QT/QTc評価試験において陰性であった場合、通常その後の医薬品の開発段階において十分な評価を行うために、各診療分野の通常診療における心電図を収集することで容認される(第2.3節参照)。

・QT/QTc評価試験において陽性であった場合、通常その後の医薬品の開発段階において、心電図を用いたより詳細な安全性評価が要求される(第2.3節参照)。

稀に、QT/QTc評価試験が陰性であるにもかかわらず、非臨床データが強い陽性を示していることがある(例えば、低濃度の薬剤におけるhERG試験の陽性成績、in vivo動物試験における強い陽性の成績)。このような矛盾が他のデータによって説明できず、かつ当該薬剤が薬理学的に懸念される分類に属する薬剤である場合には、その後の医薬品の段階において心電図を用いたより詳細な安全性評価を行うことが適切であろう(第2.3節参照)。

2.2.1 QT/QTc評価試験のデザイン

QT/QTc評価試験は、無作為化、適切な盲検化、プラセボ対照群の同時設定といった潜在的なバイアスに対処するための方策が取られ、適切かつよく管理された試験でなければならない。この試験は、その後の医薬品の開発段階におけるデータ収集の程度を決定する上で決定的な役割があるため、臨床的に意味のある差を検出し得る高い信頼性を有することが重要である。分析感度(assay sensitivity)を確立するための陽性対照群(薬理学的、もしくは非薬理学的)を同時に用いることにより、試験におけるQT/QTc延長の検出能力の信頼性を大いに高めることができる。陽性対照はQT/QTc間隔の平均値をおよそ5ms変化させる効果を示す必要がある(即ち、規制当局が関心をもつ基準値であるQT/QTc間隔を5ms程度変化させる作用に近い作用)。陽性対照の作用が検出できれば、被験薬についてもその試験で同様の作用を検出する能力が証明されることになる。陽性対照を用いない場合には、その妥当性を明らかにし、分析感度(assay sensitivity)を確立する別の方法を示す必要がある。

被験薬がQT/QTc延長を示している化学的もしくは薬理学的分類に属する場合には、QT/QTc延長作用の大きさの比較を、できれば等力価の治療用量間で実施することを可能とするため、その分類に属する別の薬剤を陽性対照として選択することを検討すべきである。

QT/QTc間隔延長を引き起こす薬剤の可能性を評価する試験には、クロスオーバー試験または並行群間比較試験のデザインが適しているであろう。クロスオーバー試験には、少なくとも二つの利点がある:

・クロスオーバー試験では被験者自らが対照ともなるため、個体間変動に関連する差のバラツキが少なく、一般的に並行群間比較試験より少人数の被験者で実施できる。

・クロスオーバー試験では、被験者ごとのデータに基づく心拍数での補正がし易い場合がある。

並行群間比較試験は、ある状況下では好ましい場合がある:

・消失半減期が長く、定常状態あるいは完全な消失を達成するのに長い時間間隔が必要な薬物の場合

・持ち越し効果が他の理由により顕著な場合、例えば非可逆的な受容体への結合、または活性代謝物の半減期が長いなどの理由による場合

・複数用量群または多くの治療群を比較する場合

QT/QTc間隔の測定における重要な問題点は、個体内変動である。この変動は、活動レベル、姿勢の変化、24時間周期のパターン(circadian patterns)、食物摂取などの多くの要因に起因する。この個体内変動への対処はQT/QTc評価試験を実施する上で不可欠である。その方法は幾つかあるが、観察期及び試験期間において多数回の心電図データを収集することはその一つである。

2.2.2 QT/QTc評価試験における用量―効果と時間経過の関係

医薬品の適切な開発計画においては、予想臨床用量投与時の血中濃度より高い血中濃度についての調査も含め、QT/QTc間隔延長に関する用量―反応及び一般的には薬物濃度―反応関係が明らかにされていることを確認する必要がある。この評価には心電図を評価した前後における血中薬物濃度データが役立つであろう。もし副作用に関しての安全性や忍容性を検討した上で不可能でなければ、治療において予想される最大曝露量の相当倍までを使用してその薬物を検査するべきである。別の方法として、もし代謝酵素(例えば、CYP3A4、CYP2D6)やトランスポーター(例えば、P糖蛋白)が関与する薬物間相互作用又は薬物・食物間の相互作用により薬剤の血中濃度が上昇し得るならば、これらを最大限阻害した条件下での検討も可能であろう。この方法を用いるためには、親化合物及びヒトでの重要な代謝物について、薬物動態学的及び薬力学的な特性を理解している必要がある。一般的に、適切な濃度での薬物及びその活性代謝物の作用を特徴付けるためには、十分な投与期間や用法用量を用いるべきである。

2.2.3 QT/QTc評価試験における心電図検査の時期

QT/QTc評価試験における心電図検査の時期及び試験デザイン(例えば、単回投与、反復投与、投与期間)は、当該薬剤の薬物動態特性に関する利用可能な情報に基づいて決定されるべきである。半減期が短く活性代謝物のない薬物では、単回投与試験で十分である場合がある。試験では投与間隔の全体にわたって、薬物がQT/QTc間隔に及ぼす作用を調べる必要がある。血中濃度が最高となる時にQT/QTc間隔への作用が最大となるとは限らないが、最高血中濃度(Cmax)となる周辺の時点で心電図を記録するよう注意すべきである。陽性対照を置く目的の一つは分析感度(assay sensitivity)を確立することであるので、新薬の反復投与試験では、陽性対照はその予想される効果が出現するまでの十分な期間使用されればよい。

2.2.4 QT/QTc評価試験の解釈

薬剤のQT/QTc間隔の平均値に対する作用がどの程度小さいと影響がないかを判断するのは困難である。しかし、QT/QTc間隔の平均値を延長する作用が約5msまたはそれ以下である薬剤は、TdPを引き起こしていないようである。そうした前提の上で、陽性対照(薬理学的、もしくは非薬理学的)には、その特徴が明らかにされており、規制当局が関心をもつ基準値(5ms、第2.2節参照)付近のQT/QTc間隔の変化を常に示すものを使用するべきである。

同様の考え方に基づき、QT/QTc評価試験が陰性とは、その薬剤のQTc間隔への時間を一致させた平均効果の最大値に対する95%片側信頼区間の上限が10msを下回る場合を指す。この定義は、被験薬のQT/QTc間隔への作用の平均がおよそ5msを超えないことを合理的に保証するために選択されている。時間を一致させた差の最大値がこの基準値を超える場合、試験結果は陽性とされる。試験結果が陽性であれば、その後の医薬品の開発段階における評価方法には影響を与えるが、この試験結果はその薬剤が催不整脈性であることを意味するものではない。

他のデータと同様、外れ値(outlier)の有無についても探索するべきである(第3.2.2節参照)。

2.2.5 QT/QTc間隔に対する作用を評価するための代替方法

QT/QTc評価試験の代替となる方法の研究は現在、活発に行われている。例えば、早期の臨床試験で収集されたデータに基づき、薬物濃度とQT/QTc間隔への作用との関連を評価すること、あるいはより徹底的な心電図評価を行うことなどである。

2.3 QT/QTc評価試験後の臨床試験の評価

QT/QTc評価試験が陰性の場合(第2.2節参照)には、各治療分野の現行の臨床試験における検査基準に従い、観察期及び治療期に定期的な心電図検査を行えば、その後の医薬品の開発段階における評価として十分である場合がほとんどである。

QT/QTc評価試験が陽性の場合には、その後の臨床試験において付加的な評価を実施すべきである。この評価の目的の一つは、治療対象となる患者群における薬剤のQT/QTc間隔への作用を、用量、濃度との関係に特に注意して十分に明らかにすることである。考えられる最大用量まで曝露した患者、及びTdPの付加的な危険因子をもつ患者をこの評価に含めることは重要である。通常、分析の中心となるのは外れ値及びQT/QTc間隔の平均値の変化である。QT/QTc評価試験で認められた作用の大きさによっては、TdPについての付加的な危険因子をもつ患者に対し、より集中的なモニタリングが必要となることがある。

それらを達成する適切な心電図評価の方法は十分に確立されてはいないが、後期の臨床試験において追加的な心電図データを多数の患者から適切に収集することにより、必要な情報は得られるであろう。その場合、QT/QTc評価試験及び対象患者集団の薬物動態学的情報に基づき、薬剤の作用が最大になると予測される時点で心電図データを収集することが重要であろう。

この評価におけるもう一つの目的は、QT/QTc評価試験で陽性を示した薬剤について、その後の試験で発生する有害事象に関する情報を収集することである。それには、著しいQT/QTc延長(例えば、>500ms)を示した患者、あるいは不整脈(例えば、TdP)を示唆する重篤な心血管系の有害事象を経験した患者についての情報などが含まれる。そのような患者については、その事象に関与した可能性のある危険因子について詳しく評価すべきである(例えば、QT延長症候群の遺伝子解析など。第4.3節参照)。

QT/QTc評価試験が陽性の場合には、次のような患者の部分集団から得られる心電図及び有害事象データの解析は特に重要である:

・電解質異常の患者(例えば、低カリウム血症)

・うっ血性心不全の患者

・薬物代謝能またはクリアランスに障害のある患者(例えば、腎臓または肝臓の障害、薬物相互作用が認められる場合)

・女性の患者

・年齢が16歳未満の患者及び65歳を超えた患者

たとえQT/QTc評価試験が陰性でも、その後の試験の患者集団において、何らかの作用(例えば、著しいQT/QTc延長、TdP)を示す証拠がみられた場合は、追加の試験が必要となるであろう。

2.4 QT/QTc評価試験が健康な志願者において実施不可能な場合の臨床開発

薬剤の中には、安全性あるいは忍容性の懸念のため、健康な志願者において試験を実施できないものがある(例えば、細胞毒性を有する抗がん薬)。その場合、QT/QTc評価試験を患者集団において行うことがしばしばあり得る。それが不可能な場合には、この安全性リスクの検出と軽減は重要な問題であるので、QT/QTc間隔への作用を検出する他の方法を開発することが必要となる。その方法としては、開発の早期に広範囲の用量を用いて、厳密な管理下における心電図データを複数時点で収集することなどが考えられる。

2.5 心電図データの収集、評価及び提出

以下の勧告は、QT/QTc評価試験を実施する場合、心室再分極への作用があることが判明している薬剤を調べる試験を実施する場合、及びQT/QTc評価試験が実施できない場合などに最も関連がある。

2.5.1 標準12誘導心電図データの収集及び評価

臨床における心電図のデータベースは、ホルター心電図法も将来用いられる可能性もあるが、典型的には12誘導の体表心電図検査から得られたデータを基にしている(第2.5.2節参照)。心電図データベースの質は、デジタル信号処理が可能な最新機器を使用するか否かに依存する。機器は検査前に点検され、調整されている必要がある。機器の調整記録及び性能データはファイルに保存されなければならない。多施設共同試験の場合、測定者の技術(例えば、皮膚の前処置、電極(リード)の配置、患者の体位)及び実際のデータ測定方法の一貫性を保つため、研修を実施することが望ましい。

臨床試験で用いられている心電図の間隔の測定方法は幾つかあるので、治験依頼者はその試験について、選択した方法でのQT/QTc間隔測定の正確性(accuracy)及び精度(precision)を記述するべきである。検査方法は、その試験で適切とされる精度のレベルに応じて決められる。例えばQT/QTc評価試験の場合には、間隔の測定に特に注意が払われたことを保証することが必要であろう。現在、その場合に通常行われるのは、(コンピュータによる補助の有無にかかわらず)少数の熟練した判読者による中央心電図検査室での測定であろう。もし完全自動化技術の使用を保証する十分に明らかなデータが入手可能になれば、心電図の間隔測定に関する本ガイドラインの勧告は修正される可能性がある。心電図の判読者は、記録時間、治療法(処置)及び被験者の識別情報について盲検下に置かれるべきであり、1人の被験者の心電図データは1人の判読者がその全てを判読するべきである。同一の判読者内及び複数の判読者間におけるバラツキの程度は、評価者が盲検下でデータの一部(正常、異常の両方)を再度判読することで判断されるべきである。

初期の臨床試験で問題が認められない場合には、心電図の機械による判断が心電図に基づく迅速な安全性評価に役立つ。治験依頼者は、心電図診断及び有害事象の決定の基準を事前に定めておくべきである。

QT間隔を測定するのに最も適当な誘導及び測定方法は確立されていないが、胸部誘導及び第Ⅱ誘導がしばしば用いられる。同一の試験では同一の測定法を用いるべきである。

T―U波群では形態の変化が起こり得る。T及びU波の形態の変化に関しても情報を記載すべきである(第3.3節参照)。離れたU波は、QT/QTc間隔測定からは除外されるべきである。

2.5.2 ホルター心電図(ambulatory ECG)モニタリング

ホルター心電図モニタリングは、QT/QTc間隔の主要な評価方法としてこれまでに十分に検証されたとは考えられていないが、新しい方法によって体表心電図に近い多誘導のデータ記録が可能となれば、間隔データの収集に使用できる可能性がある。さらに、ホルター心電図モニターを用いることにより、一日のうちで稀に起こるQT/QTc間隔の極端な変化、及び無症候性の不整脈の検出が可能となるであろう。また、ホルター心電図モニタリングから得られるQT/RRデータが、個人別のQT補正を計算する上で有用であることがある。しかし、ホルター心電図モニタリングにより測定されたQT/QTc間隔は、標準的な体表心電図のデータと定量的に対応しない場合があるため、この二つの方法から得られたデータを関連する同一の基準値を用いて、直接的に比較、集積、解釈することは適当ではないと思われる。

2.5.3 間隔及び波形データの提出

心電図上の間隔データ及び総合評価の提出に関する情報については、地域ごとに指導を求めるべきである。

3.臨床試験における心電図データの解析

薬物による心電図上の間隔及び波形への影響の評価は、全ての新医薬品申請において、安全性データベースを構成する基本的な要素と考えられる。

QT/QTc評価試験の結果にかかわらず、全ての試験について、有害事象として記録された心電図の変化は解析のために集積すべきである。QT/QTc評価試験から得た心電図の間隔のデータは、心電図のデータの収集と分析に関して同様の厳密さを有するその後の試験データに限り、併せて集積するべきであるが、厳密さに劣る心電図検査のデータとは併せて集積してはならない。一つの臨床試験計画内において類似した試験がある場合には、心電図データの収集法を標準化することにより、集積したデータの解析が容易になるであろう。

3.1 QT間隔の補正式

QT間隔は心拍数と負の相関を有するので、ベースラインと比較して延長したか否かを決定するため、測定されたQT間隔は一般的に心拍数で補正される。提案されている様々な補正式のうち、Bazett法やFridericia法の補正式が最も広く用いられている。新薬のQT/QTc間隔への作用を健康な志願者において評価する初期の試験で、比較的小さい作用(例えば、5ms)の検出を目的としている場合には、利用できる最も正確な補正法を使用することが重要である。

最適な補正法については意見が分かれているため、全ての申請において、QT及びRR間隔の未補正データ、心拍数のデータ並びにBazett補正法及びFridericia補正法を用いて補正したQT間隔データを提出するとともに、また他の式を用いて補正したQT間隔データがあればそれも提出しなければならない。新しい補正法(例えば、被験者別の補正法)を用いる場合は、その補正式によりQT/QTc間隔に関連する作用を適切に検出することが可能であることを示すため、同時に陽性対照群を設けることが強く勧められる。

3.1.1 集団データに基づく補正方法

補正法の例を以下に示す:

1) Fridericia補正法:QTc=QT/RR0.33

2) Bazett補正法:QTc=QT/RR0.5

Bazett補正法は、診療及び医学文献においてしばしば用いられる。しかしBazett補正法は一般に、増加した心拍数では過大な補正、毎分60拍を下回る心拍数では過小な補正となることから、理想的な方法ではない。Fridericia補正法は、そのように心拍数が変化する被験者においてはBazett補正法より正確である。

3) 線形回帰法に基づく補正

プラセボ群または観察期の試験集団のQT/RRデータをプロットし、線形回帰法を適用することにより、傾斜(slope)(b)が推定できる。この傾斜は、被験薬群と対照群双方のデータを毎分60拍という心拍数で正規化し、それに対する標準値を示すのに用いることができ、その際使われる方程式はQT=a+b(1-RR)である。Framinghamの補正法[QTc=QT+0.154(1-RR)]は、線形回帰により導かれる補正の一例である。

4) 大規模データベースから集積されたデータに基づく線形または非線形の回帰モデルを用いる補正

3.1.2 同一被験者内データに基づく補正方法

個別の被験者データを用いた心拍数補正法が開発されている。それらの方法では、治療前のある範囲の心拍数における被験者ごとのQT及びRR間隔のデータに対して回帰分析法を適用し、その上で治療時のQT間隔の値に対してこの補正を適用する。QT/QTc評価試験及び早期の臨床試験では、広範囲の心拍数についてのQT間隔測定値が被験者別に多く得られるため、この方法が最も適していると考えられる。心拍数が変化してもQT/QTc間隔は瞬間的には対応しないというQT/RRヒステリシス効果があるため、心拍数が急に変わる時点において収集された心電図記録は除外するよう注意すべきである。

3.2 QT/QTc間隔データの解析

QT/QTc間隔のベースラインに比しての延長は注意すべき徴候であるが、それらは平均値への回帰や極端な値を選択したためなど薬物療法に無関係な要因による変化である可能性があるので、QT/QTc間隔のベースラインとの差の解釈は複雑である。平均値への回帰とは、高いベースライン値をもつ被験者では後の時点で値が低下する傾向がある一方、低いベースライン値をもつ被験者では値の増加する傾向があることを指す。回帰の方向は、試験開始時の選択基準によって異なる(例えば、QT/QTc間隔のベースライン値が高い被験者が試験から除外されれば、試験期間中に記録される値はベースライン値に比し上昇する傾向があるであろう)。また多くの観測値のうち最大の値を選択すれば、どのベースライン値から見てもほとんど常に明白な変化を示すことになるであろう。この現象は、被験薬群及びプラセボ群の双方においてみられる。

QT/QTc間隔データは、中心傾向(central tendency)の解析(例えば、平均値、中央値)及びカテゴリカル解析の両方の形で示すべきである。どちらの解析も、臨床上のリスクを評価する際の適切な情報となり得る。

3.2.1 中心傾向(central tendency)の解析

被験薬がQT/QTc間隔へ与える作用の解析は、最も一般的には、時間を一致させた被験薬群とプラセボ群の平均値の差(ベースライン値による調整後)の、収集の全期間を通じた最大値を用いて行われる。また中心傾向の追加的な評価法として、各被験者の最高血中濃度(Cmax)付近で生じる変化を解析することも含まれる。被験薬の吸収率あるいは代謝率において被験者間での変動が大きい場合は、後者の解析方法は特に重要となろう。

3.2.2 カテゴリカル解析(categorical analysis)

QT/QTc間隔データのカテゴリカル解析には、あらかじめ設定した何らかの上限値に一致するか、あるいはそれ以上を示した被験者の数及び百分率を用いる。臨床的に注目すべきQT/QTc間隔の変化は、QT/QTc間隔の絶対値、あるいはベースラインからの変化値として定義されるであろう。ベースラインにおいてQT/QTc間隔が正常な被験者群と延長している被験者群は、分けて解析するべきである。他のQT/QTc間隔の解析と同様に、基準を超えた所見の割合を被験薬群及び対照群で比較することが可能な場合には、カテゴリカル解析は非常に有益である。

QT/QTc間隔の絶対値の上限値及びベースラインからの変化の上限値の選択に関しては、一致した見解はない。上限値を下げれば偽陽性率が高くなり、上限値を上げれば、懸念すべき徴候を検出できないリスクが増加する。臨床試験では、治療期間中の500msを超えるQTcの延長は特に懸念すべき基準値とされている。この不確実性に対する一つの合理的な対処方法は、異なる上限値を用いて複数の解析を行うことであり、異なる上限値としては以下のものがある:

・QTc間隔絶対値の延長:

・QTc間隔>450

・QTc間隔>480

・QTc間隔>500

・QTc間隔のベースラインからの変化:

・ベースラインからのQTc間隔の増加>30

・ベースラインからのQTc間隔の増加>60

3.2.3 薬剤曝露量とQT/QTc間隔の変化との関係の解析

薬剤濃度とQT/QTc間隔の変化との関係が確立されれば、心室再分極を評価する試験の計画及び解釈に役立つ情報がさらに得られるであろう。この領域では、現在活発に研究が行われている。

3.3 心電図波形の形態的解析

U波の出現など心電図上にみられる波形の変化の予測的な価値は確立されていないが、波形の異常は記述されるべきであり、データの中に、ベースラインから変化が認められた、つまり波形異常の出現、または悪化を示した各被験薬群における被験者数及び百分率を示す必要がある。これらのデータは、通常QT/QTc評価試験の結果の一部として得られる。

4.有害事象

心電図上の間隔変化のデータの他、有害事象のデータから催不整脈の可能性についての情報が得られることがあり、それには以下の情報が含まれる:

・臨床試験中の早期中止例及び用量変更例

・入手可能であれば、市販後の有害事象報告

4.1 臨床試験における有害事象

薬剤により誘発されるQT/QTc間隔延長は通常は無症候性であるが、被験薬を服用している被験者においてある種の有害事象の発生率が増加することは、潜在的な催不整脈作用を示唆している可能性がある。特にQT/QTc間隔に作用する根拠がある場合には、被験薬群及び対照群の被験者における次のような臨床的事象の発生率を比較する必要がある:

・TdP

・突然死

・心室性頻脈

・心室細動及び心室粗動

・失神

・てんかん発作

TdPが臨床のデータベースにおいて捉えられるのは非常に稀であり、それは重大な催不整脈性の作用を有していることが知られている薬剤においても同様である。その事実からみると、心電図や他の臨床データから催不整脈リスクが疑われる薬物の場合には、申請データベースにおいてTdPの発症が観察されなかったことをもって、その潜在的なリスクを否定する十分な根拠とみなすことはできない。TdP以外の上記の有害事象は、心室の再分極との因果関係はTdPほど特異的ではないものの、臨床試験ではより一般的に認められるものであり、試験群間でそれらの発生頻度に差がある場合には、その被験薬の催不整脈作用の可能性を示すシグナルとなり得る。年齢、性別、既往の心疾患、電解質異常、併用薬という点について部分集団解析を実施するべきである。死亡率を死因別に比較することは困難であるが、総死亡のうち「突然死」とされる割合に差がある場合も、その差を潜在的な催不整脈作用を示す一つの指標とすることが提案されている。

重篤な心臓の有害事象全てについて、患者からの詳細な情報は報告されなければならないが、それはいかなる重篤な事象、または試験中止に至った事象の場合にも同様である。薬剤誘発性のQT/QTc間隔延長とその事象との間で考え得る因果関係を評価する際には、時間的関係及びその事象の発生時点で記録された心電図所見に注意すべきである。QT/QTc間隔は大幅に変動しやすいため、有害事象が起きる前やその付近で治療中に記録された心電図が正常であったからといって、その薬剤がQT/QTc間隔延長に関与している可能性を否定すべきではない。適切な副作用報告以外にも、顕著なQT/QTc延長を示した、またはTdPを発症した患者からの情報はリスク管理のために有益であろう。そのため、そうした例において患者が特定される場合には、他の危険因子についても詳細に検査するべきである(例えば、遺伝的素因など。第4.3節参照)。適切なモニター下で被験薬を再投与する試験を行うことで、用量反応関係及び濃度反応関係に関する有益な情報が得られる可能性がある。

新薬剤の安全性データベースを評価するにあたり、試験対象患者の選択基準及び除外基準が、QT/QTc間隔延長及び関連する有害事象のリスクに関し、試験集団にどの程度影響を与えたかを検討すべきである(例えば、心臓の合併症あるいは腎臓/肝臓障害をもった患者の除外、利尿剤の併用禁止)。理想的には、主要な臨床試験には、その薬剤の使用が予想される患者集団に典型的にみられる合併症を有する患者及び併用薬を使用している患者、さらには女性及び高齢の患者についても適切な例数を含めるべきである。

患者が臨床試験期間中に不整脈を示唆する症状、または心電図所見を示した場合には、その患者を治療し、その療法の継続/再開を検討するために、心臓の専門医による迅速な評価を行うことが勧められる。

4.2 早期の中止または用量の減量

QT/QTc間隔延長のため臨床試験を中止した被験者に対しては、特別な注意を払う必要がある。早期に試験を中止した被験者については、その理由(例えば、試験の実施計画書で規定された上限を超えたQT/QTc間隔の値、不整脈の症状を伴うQT/QTc間隔の延長の出現)の他、治療用量及び投与期間、可能であれば血中濃度、人口統計学的特性、不整脈リスク因子の有無について情報を提出するべきである。

また、QT/QTc間隔延長により用量を減量した場合には、それも記録するべきである。

4.3 薬理遺伝学的(pharmacogenetic)考察

現在、QT延長症候群の病型の多くが、心臓のイオンチャネルの蛋白質をコードする遺伝子の突然変異に関連していることが知られている。不完全浸透という現象のため、心電図スクリーニング検査を行っても、変異したイオンチャネル遺伝子の保持者全てがQT/QTc間隔の延長を示すことはないであろう。遺伝子多型はイオンチャネルに影響を与え、再分極に影響する薬剤への感受性を高める可能性がある。薬物療法中に、QT/QTc間隔の顕著な延長、またはTdPを示した被験者については、遺伝子型の特定を検討するべきである。

4.4 市販後有害事象報告

TdPの症例報告は、QT/QTcを延長する薬剤においても比較的稀であるため、市販後に多数の患者が投与を受けるようになるまで報告されないことがしばしばある。市販後の有害事象のデータで利用可能なものについては、QT/QTc間隔の延長及びTdPの証拠を調べるとともに、心停止、心臓突然死、心室性不整脈(例えば、心室性頻脈、心室細動)などQT/QTc間隔延長との関連が考えられる有害事象も調査すべきである。TdPの特徴的な症例は薬物使用に関連している可能性が高いが、より普通に報告されるその他の事象についても、リスクの低い集団において発生したことが報告された場合には(例えば、若い男性における突然死)、特に注意すべきであろう。

5.薬事規制への影響、添付文書の記載及びリスク管理法

5.1 QT/QTc間隔延長作用と承認プロセスとの関連性

QT/QTc間隔が著明な延長を示す場合には、不整脈が実際に記録されたか否かにかかわらず、薬剤の不承認、あるいは臨床開発の中止の根拠となり得る。特にその薬剤において、既に利用可能な治療法を上回る明確な利点がなく、かつ既存の治療法がほとんどの患者の必要性を満たしている場合はそうである。薬剤のQT/QTc間隔延長の可能性に関して適切な臨床評価を行っていない場合も同様に、製造販売承認が遅れたり、拒否されたりする正当な理由となり得る。非抗不整脈薬の場合、一般的にリスク―ベネフィット評価に影響する要素は、QT/QTc間隔延長作用の大きさ、それがほとんどの患者で発生するのか、ある限定された例外的な患者にのみ発生するのかという点、その薬剤の総合的な有益性、リスク管理手段の利便性や実行可能性であろう。もし臨床の現場において勧告内容が実施される見込みがないと判断される場合には、注意事項を記載することは必ずしも適切なリスク管理の方策とは考えられないであろう。

当該の治療分野に属する他の医薬品にもQT/QTc間隔延長という特徴がある場合には、それらを陽性対照群として用いてQT/QTc間隔延長作用の大きさと発生率を比較することがその新薬の評価においては有益であろう。

QT/QTc間隔の平均値への作用が小さい場合に、その影響が重要でないかどうかを判断するのは困難であるが、不整脈のリスクはQT/QTc延長の程度とともに増大するようである。平均QT/QTc間隔の延長が5ms前後、あるいはそれ未満の薬剤は、TdPを引き起こさないようである。それは薬物のリスクが増大しないためなのか、あるいはリスクは増大するが非常に小さくて検出できないためなのかは不明である。QT/QTc間隔の平均への延長作用が5ms程度から20ms未満までの薬剤については結論は出ていないが、中には催不整脈リスクとの関連を示しているものもある。QT/QTc間隔の平均値への延長作用が20msを超える薬剤は、催不整脈リスクがある可能性が実質的に高く、医薬品開発期間中に不整脈の事象が臨床的に認められる可能性がある。

薬剤の開発や承認の決定は、QT/QTc間隔延長作用の程度にかかわらず、その疾患や障害が治療されなかった場合の罹病率及び死亡率並びにその薬剤について実証された臨床上の有用性により判断されるものであり、特にそれらを他の使用可能な薬剤と比較した結果が問題とされるであろう。それ以外に臨床的に考慮すべき事項は、同じ疾患を対象とする既承認の薬剤に治療抵抗性を示す患者、あるいは忍容性のない患者、あるいは既承認の薬剤の添付文書に表示された禁忌をもつ患者においてその薬剤の有益性が実証された場合であり、このような患者への適応に限定される場合には、その薬剤の承認の正当な理由となり得る。

QT/QTc間隔延長のリスクを修飾し得るいくつかの条件が提案されている。例えば、増量によりQT/QTc間隔を「プラトー」値まで延長させるが、それ以上には用量依存的な延長を示さない薬があることが示唆されている。ただしそれは、現在のところ適切に実証されているわけではない。また、催不整脈リスクが他の薬理学的作用(例えば、他のチャネルの作用)の影響を受けている可能性も示唆されている。いずれにしろ、リスク評価の中でQT/QTcへの作用が示された薬剤については、「最悪条件下の設定」(すなわち、対象患者集団において、作用が最大の時点、かつ治療中に到達し得る最大血中濃度において測定されたQT/QTc間隔)を確認することは重要である。

5.2 QT/QTc間隔を延長する医薬品の添付文書の記載

添付文書への記載事項が地域により異なることは認められている。しかし、以下の事項に配慮することが望ましい:

・QT/QTc間隔を延長するリスクに関する警告/注意事項

・QT/QTc間隔への作用が示されなかった場合も含め、それを検討した試験のデザイン及び成績の記述

・推奨用量

・催不整脈リスクを増大させることが知られている病態のリスト(例えば、うっ血性心不全、QT延長症候群、低カリウム血症)

・QT/QTc間隔延長作用をもつ2つ以上の医薬品の併用及びリスクを増大させる他の相互作用に関する注意事項

・患者モニタリング(心電図及び電解質)及びQT/QTc間隔の延長がある患者、または不整脈の徴候を示す患者の管理に関する推奨事項

5.3 QT/QTc間隔を延長する医薬品における市販後のリスク管理

抗不整脈薬の投与を受けている入院患者においては、治療開始後の用量調節により、TdPのリスクを実質的に軽減できるようであるが、他の治療分野に属する医薬品については、この点に関して利用可能なデータはない。QT/QTc間隔を延長させる既承認薬について、その使用に伴う不整脈の発生を最小限とするための危険防止策は、医療従事者及び患者への教育が中心となる。