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○ヒト用医薬品の心室再分極遅延(QT間隔延長)の潜在的可能性に関する非臨床的評価について

(平成21年10月23日)

(薬食審査発1023第4号)

(各都道府県衛生主管部(局)長あて厚生労働省医薬食品局審査管理課長通知)

医薬品の製造販売承認申請における薬理試験等の取扱いについては、平成13年6月21日付け医薬審発第902号医薬局審査管理課長通知「安全性薬理試験ガイドラインについて」等により取り扱ってきたところですが、今般、新たに「ヒト用医薬品の心室再分極遅延(QT間隔延長)の潜在的可能性に関する非臨床的評価」(以下「本ガイドライン」という。)を別添のとおり定めましたので、下記事項を御了知の上、貴管内関係業者等に対し周知方御配慮願います。

1.背景

優れた医薬品の国際的な研究開発の促進及び患者への迅速な提供を図るため、承認審査資料の国際的なハーモナイゼーション推進の必要性が指摘されている。このような要請に応えるため日米EU医薬品規制調和国際会議(以下「ICH」という。)が組織され、その合意に基づき、ICHガイドライン「ヒト用医薬品の心室再分極遅延(QT間隔延長)の潜在的可能性に関する非臨床的評価」が制定された。

2.ガイドラインの要点

本ガイドラインは、被験物質が心室再分極を遅延させる可能性を評価するための、非臨床試験の進め方について述べたものであり、「安全性薬理試験ガイドラインについて」の別添2.7.2「心血管系」及び注3で示した、再分極に関連した心室拍動(例えばTorsade de pointes)に対するリスクの検討に望ましいアプローチを補完するものである。

3.今後の取扱い

この通知の施行の日より、今回の改正に基づいて実施された試験による資料を医薬品の製造販売承認申請に際し添付すべき安全性薬理試験に関する資料とすることができるものとする。

以上

ヒト用医薬品の心室再分極遅延(QT間隔延長)の潜在的可能性に関する非臨床的評価

目次

1.緒言

1.1 ガイドラインの目的

1.2 背景

1.3 ガイドラインの適用範囲

1.4 一般原則

2.ガイドライン

2.1 S7B試験の目的

2.2 試験の選択及び計画における配慮

2.3 非臨床試験の進め方

2.3.1 In vitro Ikr測定

2.3.2 In vivo QT測定

2.3.3 化学的/薬理学的分類

2.3.4 非臨床及び臨床関連情報

2.3.5 フォローアップ試験

2.3.6 統合的リスク評価

2.3.7 リスクの裏付け

2.4 臨床開発に関連したS7B非臨床試験及び統合的リスク評価の実施時期

3.試験系

3.1 試験系に関する配慮事項

3.1.1 陽性対照物質及び比較対照化合物の使用

3.1.2 In vitro電気生理学的試験

3.1.3 In vivo電気生理学的試験

3.1.4 病態モデルと不整脈

1.緒言

医薬品が心室再分極及び催不整脈リスクに及ぼす影響の評価については、活発に研究が行われている。今後、非臨床及び臨床のデータが追加的に蓄積されれば、それらを評価の上、本ガイドラインは改訂されることがある。

1.1 ガイドラインの目的

本ガイドラインでは、被験物質が心室再分極を遅延させる可能性を評価するための、非臨床試験の進め方について述べる。本ガイドラインには、非臨床試験法及び統合的リスク評価に関する情報が含まれる。

1.2 背景

心電図のQT間隔(QRS群の開始からT波終了までの時間)は、心室の脱分極から再分極までの時間を表す指標である。QT間隔の延長は先天的あるいは後天的(例:医薬品誘発性)に起こり得る。心室再分極が遅延しQT間隔が延長すると、特に他の危険因子(例:低カリウム血症、器質的変化を伴う心疾患、徐脈)と合併した場合には、Torsade de pointesを含む心室性頻脈性不整脈の発生のリスクが増加する。そのため、QT間隔の延長に関連する医薬品の潜在的な催不整脈作用が重要視されている。

心臓の活動電位の持続時間として求められる心室の再分極は、複合的な生理学的過程により形成されている。それは多くの膜イオンチャネル及びトランスポーターの活動の総和として現れる結果である。生理的条件下において、これらイオンチャネル及びトランスポーターの機能は高度に相互依存している。それぞれのイオンチャネルあるいはトランスポーターの活性は、細胞内外のイオン濃度、膜電位、細胞間電気的共役、心拍数、自律神経系活動を含む様々な要因によって影響を受ける。代謝状態(例:酸―塩基平衡)や心筋細胞の位置する部位及び種類もまた重要である。ヒトの心室の活動電位は連続する5つの相から形成される:

・ 第0相:活動電位の立ち上がりに相当し、主にナトリウムチャネルを介したナトリウムイオンの急速な一過性の流入(INa)による。

・ 第1相:活動電位の立ち上がりの終わりと早期再分極相に相当し、ナトリウムチャネルの不活性化とカリウムチャネルを介した一過性のカリウムイオンの流出(Ito)の結果として生じる。

・ 第2相:活動電位のプラトー相に相当し、L型カルシウムチャネルを介したカルシウムイオンの流入(ICa)と外向き再分極カリウムイオン電流との間の均衡を反映する。

・ 第3相:活動電位の持続的な下向き波形と後期再分極相に相当し、遅延整流カリウムイオンチャネルを介したカリウムイオン流出(IKr及びIKs)の結果として生じる。

・ 第4相:静止電位相に相当し、内向き整流カリウムイオン電流(IK1)により静止電位を維持する。

活動電位を延長させ得る要因として、内向きナトリウムイオンあるいはカルシウムイオン電流の不活性化の減少、カルシウムイオン電流の活性化の増大、あるいは1種類以上の外向きカリウムイオン電流の抑制がある。急速並びに緩徐に活性化する遅延整流カリウムイオン電流であるIKrとIKsは、活動電位の持続時間、つまりQT間隔の決定に最も影響を与える要因であると考えられる。ヒト急速活性型遅延整流カリウムチャネル遺伝子(human ether-a-go-go related gene;hERG)及びKvLQT1遺伝子は、チャネル孔を構成するタンパク質KCNH2及びKCNQ1をそれぞれコードしており、それらのタンパク質はそれぞれ、IKr及びIKs電流の経路となるヒトカリウムチャネルのα―サブユニットに相当すると考えられる。これらのα―サブユニットタンパク質は、チャネルタンパク質のゲート開閉特性を調節すると考えられている補助的なβ―サブユニット(すなわちMiRP及びMinK遺伝子産物)と共にヘテロオリゴマー複合体を形成する。医薬品によるQT間隔延長の最も一般的な機構は、IKrを発生させる遅延整流カリウムイオンチャネルの抑制である。

1.3 ガイドラインの適用範囲

このガイドラインは、「安全性薬理試験ガイドライン」(ICH S7Aガイドライン)を拡張し、補完するものである。本ガイドラインは、ヒトに使用される新規化学物質及び該当する場合(例:臨床上の有害事象、新しい患者集団、あるいは新たな投与経路によりそれまで対処されたことのない問題が浮上した場合)には市販後の医薬品に適用される。試験が不要とされる条件については、ICH S7Aに記載されている。

1.4 一般原則

ICH S7Aに記載されている原則と推奨事項は、本ガイドラインに従って実施される試験にも適用される。規制当局へ提出するために、2.3.1節のin vitro IKr測定及び2.3.2節のin vivo QT測定を行う場合は、医薬品の安全性に関する非臨床試験の実施の基準(GLP)に従うべきである。2.3.5節に記載されたフォローアップ試験の実施においても、GLPには可能な限り最大限従うべきである。

In vitro及びin vivo試験は相補的な方法である。そのため、現在までに得られた知見に基づいて考えれば、両方の種類の試験が実施されるべきである。

研究方法及びリスクの裏付けは、被験物質の薬力学、薬物動態学及び安全性プロフィールに基づいて、被験物質ごとに個別に検討されるべきである。

2.ガイドライン

2.1 S7B試験の目的

試験の目的は、1)被験物質及びその代謝物が心室再分極を遅延させる可能性を検出すること、並びに2)被験物質及びその代謝物の濃度と心室再分極遅延の程度を関連付けることである。この試験結果は、それらの作用機序を明らかにするため、並びに他の情報も考慮の上で、ヒトにおける心室再分極遅延及びQT間隔延長のリスクを算定するために使用することができる。

2.2 試験の選択及び計画における配慮

非臨床試験では、以下の事項を検討することができる:

・ 動物あるいはヒトから単離された心筋細胞、培養心筋細胞株又はクローン化されたヒトのイオンチャネルの異種発現系において測定されるイオン電流

・ 摘出された心臓標本における活動電位パラメータあるいは麻酔下動物における活動電位持続時間を示す特定の電気生理学的パラメータ

・ 覚醒下あるいは麻酔下動物において記録される心電図パラメータ

・ 摘出心臓標本あるいは、生体位動物で測定される催不整脈作用

これら4つの事項はin vitro試験あるいはin vivo試験、またはその両者を用いて検討することができる。上記の機能レベルから得られた知見は有用で相補的なものと考えられる。

In vitro電気生理学的試験は、in vivo試験のデータでは明らかとならない可能性のある細胞の機序を探索することができる。データの解釈は、他の心血管系パラメータの変化あるいは複数のイオンチャネルに対する作用により複雑になる場合がある。この問題には、他の試験系を利用し相補的に評価することで対応できる。再分極の遅延はいくつかの種類のイオンチャネルの変調を介して起こり得るが、医薬品がヒトのQT間隔延長を引き起こす最も一般的な細胞レベルでの機序は、IKrの抑制であると考えられている。

分子的、生化学的、生理的な機構を全て有するin vivoモデルからも、ヒトにおける被験薬への反応に関し、情報を得られる可能性がある。注意深く計画され、実施されたin vivo試験では、被験物質及びその代謝物の評価、また安全域の推定も可能である。In vivoでの心電図評価により、各刺激伝導系に及ぼす影響や心臓に対する間接的な作用(例:自律神経系緊張)による影響についての情報を得ることができる。活動電位パラメータを測定することで、心臓における多数のイオンチャネルの活動に関する統合的な情報を得ることができる。

2.3 非臨床試験の進め方

以下のセクションでは、実際的かつ現在入手可能な情報に基づく、再分極遅延とQT間隔延長のリスクを評価するための一般的な非臨床試験の進め方について述べる。図は試験を進める上での構成要素を示しており、特定の試験系や試験デザインを示すものではない。

2.3.1 In vitro IKr測定

In vitro IKr測定では、天然のIKrチャネルもしくはhERGによりコードされたIKrチャネルタンパク質発現系などを介するイオン電流への影響を評価する(3.1.2節参照)。

2.3.2 In vivo QT測定

In vivo QT測定では、QT間隔など心室再分極の指標を測定する(3.1.3節参照)。この測定は、ICH S7A(心血管系コアバッテリー試験)及びS7Bガイドライン双方の目的に合わせて計画することができる。それにより、動物その他の資源の使用が削減されるであろう。

2.3.3 化学的/薬理学的分類

被験物質が、ヒトにおけるQT間隔延長の誘発作用が示されているいくつかの医薬品と化学的/薬理学的に同じグループに属しているかどうかを考慮するべきである(例:抗精神病薬、ヒスタミンH1受容体拮抗薬、フルオロキノロン系抗菌剤)。該当する場合には、この要素を考慮の上で比較対照化合物を選択するべきであり、統合的リスク評価にはこの要素を含めるべきである。

2.3.4 非臨床及び臨床関連情報

統合的リスク評価のための補足的情報には、以下の試験での成績が含まれる:

・薬力学的試験

・毒性/安全性試験

・被験物質及びその代謝物の血漿中濃度(可能であればヒトでのデータを含める)などに関する薬物動態試験

・薬物相互作用に関する試験

・組織内分布及び蓄積に関する試験

・製造販売後調査

2.3.5 フォローアップ試験

フォローアップ試験の目的は、被験物質がヒトにおいて心室再分極遅延やQT間隔延長を引き起こす可能性についてより深く理解すること、もしくは追加的知識を得ることである。フォローアップ試験からは、作用の強さ、作用機序、用量反応曲線の傾き、反応の程度についての追加的な情報が得られる。フォローアップ試験は特定の問題点に対応するために計画されるため、in vivoもしくはin vitroの様々な試験デザインを適用することが可能である。

非臨床試験間でデータが一致しない場合や臨床試験と非臨床試験の結果が異なる場合には、両者の矛盾の原因を理解するために、データの再評価や非臨床フォローアップ試験を行うことができる。フォローアップ試験の成績は、統合的リスク評価を構成する重要な要素となり得る。

フォローアップ試験の選択と計画にあたっては、非臨床及び臨床の関連情報とともに以下の事項を考慮するべきである。

・摘出心臓(心筋)標本において活動電位パラメータを測定する心室再分極測定法の使用(3.1.2節参照)

・麻酔動物における活動電位持続時間の指標となりうる特定の電気生理学的パラメータの使用(3.1.3節参照)

・被験物質の反復投与

・動物種と性別の選択

・代謝促進剤もしくは阻害剤の使用

・試験内での陽性対照物質及び比較対照化合物の使用(3.1.1節参照)

・その時点までに評価されなかった他のチャネルの阻害

・多時点における電気生理学的パラメータの測定

・被験物質が心拍数や自律神経緊張度に及ぼす作用、あるいは振戦、痙攣、嘔吐などの毒性など、覚醒動物においてデータ解釈を制限するような妨害作用

2.3.6 統合的リスク評価

統合的リスク評価は、フォローアップ試験の結果や他の関連する情報を含めた非臨床試験成績の評価である。統合的リスク評価は、科学的根拠に基づき、被験物質ごとに個別に行わなければならない。この評価は、臨床試験の進め方及びその成績の解釈に役立てることが出来る。可能であれば、治験薬概要書(Investigator's Brochure)及び非臨床に関する概括評価(Nonclinical Overview)(ICH M4)にこの評価を記載するべきである。この統合的リスク評価では、医薬品開発の段階に応じて、さらに次の事項を考慮すべきである:

・測定法の感度と特異度

・S7Bの測定法における比較対照化合物に対する被験物質の作用の強さ

・再分極に影響を及ぼす曝露量と、非臨床試験動物において主要な薬力学的効果を引き起こす曝露量あるいはヒトにおいて予想される治療効果を引き起こす曝露量との関係

・ヒトと動物との代謝の違い及び代謝物がQT間隔延長へ及ぼす影響

2.3.7 リスクの裏付け

リスクの裏付け(evidence of risk)とは、ある被験物質がヒトにおいて心室再分極を遅延させ、QT間隔を延長させる可能性に関する統合的リスク評価から得られる総括的結論である。

2.4 臨床開発に関連したS7B非臨床試験及び統合的リスク評価の実施時期

心室再分極遅延及びQT間隔延長のリスクを評価するS7B非臨床試験は、その薬剤をヒトへ初めて投与する前に実施するよう考慮されるべきである。これらの結果は、統合的リスク評価の一部として、その後の臨床試験の進め方及びその結果の解釈に役立つ。

3.試験系

3.1 試験系に関する配慮事項

本節では、被験物質による心室再分極遅延やQT間隔の延長の可能性を評価するために現在使用されている方法論の概要を述べる。最適な試験系を選択するために、以下の要素を配慮すべきである:

・試験方法や試験結果の指標が科学的に妥当で頑健であること

・試験系及び標本が標準化されていること

・試験結果に再現性があること

・試験系の指標/パラメータが、ヒトにおけるリスク評価のために適切であること

3.1.1 陽性対照物質及び比較対照化合物の使用

イオンチャネル及び活動電位持続時間測定試験用のin vitro標本の感度を立証するため、最大に近い作用を示す濃度で陽性対照物質を使用すべきであり、試験毎に含めるべきである。In vivo試験の場合、試験系の感度を実証し明確化するために陽性対照物質を使用すべきであるが、試験毎に含める必要はない。

ヒトにおけるQT間隔延長に関連する化学的/薬理学的分類に属する被験物質については、類薬に対する被験物質の効力比較の手助けのために、比較対照化合物(同じクラスに属するもの)をin vitro及びin vivo試験において同時に使用することを考慮すべきである。

3.1.2 In vitro電気生理学的試験

In vitro電気生理学的試験から、被験物質の活動電位持続時間や心臓のイオン電流への影響に関し有用な情報が得られる。この試験は、QT間隔延長の可能性を評価し再分極に影響を与える細胞レベルでの機序を明らかにする上で、重要な役割を有する。In vitro電気生理学的試験には、単一細胞(例:異種発現系、単離心筋細胞)を用いるものと多細胞標本を用いるもの(例:プルキンエ線維、乳頭筋、心筋片、灌流心筋、まるごとの心臓)がある。異種発現系は、ヒトのイオンチャネルタンパク質を非心臓由来の株化細胞で発現させたもので、被験物質が特定のイオンチャネルに及ぼす影響を評価するために用いられる。単離心筋細胞は、異種発現系に比べて技術的に困難を伴うが、活動電位持続時間とイオン電流の双方への影響を評価するのに適している点で優れている。単一細胞の標本は比較的脆弱ではあるものの、薬物の作用点への拡散の障壁を最小限にすることができる。多細胞標本を用いる方法は、活動電位持続時間を測定する安定した試験系である。活動電位の各相におけるパラメータすなわち第0相(INa)におけるVmax、第2相(ICa)におけるAPD30又はAPD40、第3相(IK)における三角形化(triangulation)などを解析することは、これらの相に相当する主要なイオンチャネルが受ける影響を測定するのに有用である。それに加えて、ランゲンドルフ心臓標本から得られるいくつかのパラメータが催不整脈リスクに関する情報をもたらすことが報告されている。

In vitro試験に用いられる組織及び細胞標本は、ウサギ、フェレット、モルモット、イヌ及びブタなどの試験動物や、場合によってはヒトから入手される。成熟したラット及びマウスでの再分極過程におけるイオン機序はヒトを含む大型の動物種と異なる(成熟したラット及びマウスでは、再分極をコントロールする主たるイオン電流はItoである)。そのため、これらの種から採取した組織を使用することは適当とは考えられない。試験系を選択する際には、どのイオンチャネルが心筋再分極及び活動電位の持続時間に関与しているかという点について種差を考慮すべきである。本来の特性を有する(native)心筋の組織や細胞を使用する際には、部位や細胞の種類によって各種イオンチャネルの分布が異なることから、標本の特徴や採取部位を考慮すべきである。

In vitro試験における被験物質の処置濃度は、予想される最大治療血漿中濃度を含み、かつそれを超過するような広い範囲に渉り設定すべきである。試験は濃度―反応曲線の特性が明らかになるまで、あるいは物理化学的な理由で濃度が限界に達するまで、漸増的に濃度を上昇させて行うべきである。処置時間は、細胞や組織の活動性に影響の出ない限り、電気生理学的影響が定常状態になるまで十分にとるのが理想的である。処置時間は示さなくてはならない。そのin vitro試験系の感度を確認するため、適切な陽性対照物質を使用すべきである。

In vitro電気生理学的試験の解釈を混乱あるいは制限しうる要因として以下のものが含まれる:

・ 生理的塩類溶液中への溶解性が不十分なため、高濃度の被験物質の試験ができないことがあり得る。

・ ガラス製やプラスチック製器材への吸着又は試験器材への非特異的結合により、被験物質の濃度がインキュベーション又は灌流液中で低下することがあり得る。

・ 細胞毒性又は物理化学的特性により細胞膜の統合性を崩壊させる被験物質では、適用濃度に限界が生じることがあるため電気生理学的な評価ができなくなる場合がある。

・ 心臓の細胞及び組織は薬物代謝能力が限られているため、被験物質を用いるin vitro試験ではその代謝物の作用に関する情報は得られない。被験物質を用いたin vitro試験で得られたデータと一致しないQT間隔延長が、in vivo非臨床試験又は臨床試験において観察された場合、in vitro試験系において代謝物についての試験を実施することを検討すべきである。

カリウムチャネル評価系のための新技術が開発されつつある。イオンチャネル活性を評価する新しい評価系は、被験物質予備スクリーニングとして、リード候補化合物を決定するために有用な場合がある。規制当局への申請を目的として新技術を使用する前には、従来の方法と新技術が同等のものであることを示すことが重要である。

hERG発現細胞株において、放射性同位体で標識されたhERGチャネル遮断剤を置換する作用が被験物質にあるかどうかを検討する競合的結合試験が用いられる。しかしながら、放射性リガンド結合部位への競合試験では、被験物質がIKrに及ぼす作動的もしくは拮抗的作用に関する情報は得られない。さらにこの評価系では、放射性リガンド結合部位と異なる部位でhERGに結合する被験物質を同定することができない。これらの潜在的な限界を考慮すれば、この評価系が電気生理学的測定(ボルテージクランプ法)に代替するものとは考えられない。

3.1.3 In vivo電気生理学的試験

生体位動物をそのまま用いた場合、心室再分極あるいはそれに関連する不整脈について、全てのイオンチャネル及び細胞タイプが受ける統合的な影響を検討することができる。また、生体位動物では、薬剤の薬力学的作用に対する神経及びホルモンの潜在的な影響も存在する。

心電図のQT間隔は、心室再分極に対する被験物質の影響を測定する上で最も一般的な評価項目となる。特殊な電気生理学的試験では、心室再分極に関する情報(例:単相性活動電位持続時間及び有効不応期)もin vivoモデルより得られる。これに加えて、血圧、心拍数、PR間隔、QRS時間、不整脈のような重要な安全性パラメータも同時に評価できる。

QT間隔と心拍数は逆向きの非線形関係にあり、この関係は動物種間及び同じ動物種でも個体間で様々である。したがって、心拍数の変化はQT間隔に影響を及ぼし、心室再分極及びQT間隔に対する被験物質の作用の評価を困難にする。動物間で心拍数が変動する重要な状況としては2通りある。1つは自律神経緊張度の相違による変動であり、他方は被験物質の心拍数に対する作用による変動である。よって、in vivo評価系のデータの解釈では、同時に起きている心拍数の変化の影響を考慮すべきである。理想的には、被験物質投与後に得られたQT間隔のデータを、同じような心拍数において得られた対照投与時並びに被験物質投与前のデータと比較すべきである。心拍数の変動が被験物質によるものでない場合、馴化あるいは麻酔動物の使用により変動を減少させることができる。被験物質により心拍数が変動する場合、最も一般的な対処方法はBazettあるいはFridericiaなどの補正式を用いて心拍数に対してQT間隔を補正することである(QTc)。心拍数の補正式の選択の妥当性は、試験系のデータを基に説明されるべきである。投与群と対照群との心拍数の差が大きい場合、これらの補正法はQT間隔延長のリスクを評価するのに有効でない場合がある。別の手段として、心臓ペーシングを用いて心拍数を一定に維持する方法がある。動物個体別に補正式を用いてQT間隔を補正することも含めたQT/RR関係の解析がより適切であろう。

In vivo電気生理学的試験に使用される試験動物には、イヌ、サル、ブタ、ウサギ、フェレット及びモルモットなどがある。成熟したラット及びマウスでの再分極過程におけるイオン機序はヒトを含む大型の動物種と異なる(成熟したラット及びマウスでは、再分極をコントロールする主なイオン電流はItoである)。そのため、これらの種を用いることは適切ではない。最も適切なin vivo試験系及び動物種を選択し、その選択の正当性を示すべきである。

用量範囲はICH S7Aに論じられているものと一致させるべきであり、可能な限りヒトでの推定曝露量を含み、さらにそれを超えるように設定されるべきである。用量範囲は例えば嘔吐、振戦、あるいは活動性亢進のような被験物質に対する動物の不忍容性により限定される。被験物質及びその代謝物の濃度と心室再分極の遅延度との関係を検討するよう計画された試験では、一定速度での点滴静注により制御された曝露法を用いることができる。被験物質及びその代謝物への曝露をモニターすることにより(ICH S3A参照)、用量反応及び濃度反応データを解釈し、しかるべき場合にはフォローアップ試験を計画することができる。

試験の実施及び試験成績の解釈において考慮すべき事項には以下のものが含まれる:

・ データの採取及び解析方法

・ 試験系の感度及び再現性

・ 投与期間及び測定時期

・ QT間隔データの解釈を困難にする心拍数及び他の影響

・ 動物種差及び性差(例:心臓の電気生理、血行動態又は薬物代謝)

・ 複数種のイオンチャネルに影響を及ぼす薬剤は解釈の困難な複雑な用量反応関係を示すことがある。

3.1.4 病態モデルと不整脈

被験物質による心室再分極の遅延と催不整脈のリスクとの正確な関係は不明である。(不整脈モデルを用いて)QT間隔を延長する医薬品の催不整脈のリスクを直接的に評価しようとすることは、当然の試みであろう。催不整脈作用を表す指標(例:電気的不安定性、不応期の時間的/空間的ばらつき、逆頻度依存性、活動電位波形の変化)及び動物モデルは、催不整脈性を評価するのに有用かもしれない。これらのモデルを開発し、ヒトでのリスク予測における有用性を検証することを強く勧める。