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○ゲノム薬理学における用語集について
(平成20年1月9日)
(/薬食審査発第0109013号/薬食安発第0109002号/)
(各都道府県衛生主管部(局)長あて厚生労働省医薬食品局審査管理課長・厚生労働省医薬食品局安全対策課長通知)
近年、優れた新医薬品の地球規模での研究開発の促進と、患者への迅速な提供を図るため、承認審査資料の国際的ハーモナイゼーション推進の必要性が指摘されています。このような要請に応えるため、日米EU医薬品規制調和国際会議(ICH)が組織され、品質、安全性及び有効性を含む各分野で、ハーモナイゼーションの促進を図るための活動が行われているところです。
今般、ICHの合意に基づき、別添のとおり「ゲノム薬理学における用語集」(以下「本用語集」という。)がとりまとめられましたので、下記について御了知の上、貴管下関係業者等に対して周知方御配慮願います。
なお、本用語集は、独立行政法人医薬品医療機器総合機構のホームページに掲載予定ですので、併せてお知らせいたします。(ICH情報ページ:http://www.pmda.go.jp/ich/ich_index.html)
記
1.本用語集は、ゲノム薬理学及び薬理遺伝学の分野における重要な用語の定義等を示したものであり、今後、承認申請等にあたり、ゲノム薬理学及び薬理遺伝学の分野の情報等を用いる場合は、本用語集を活用されたいこと。
2.平成20年4月1日以降に提出する医薬品の承認審査、安全性等に関する文書等については、本用語集を踏まえて作成すること。ただし、既に作成済みの文書を適用期日以降に提出する場合にあっては、この限りでないが、提出の際に提出先に相談されたいこと。
なお、適用期日以前に本用語集を踏まえて提出することは差し支えない。
ゲノム薬理学における用語集
(ICH E15ガイドライン)
目次
1. 緒言
1.1 ガイドラインの目的
1.2 背景
1.3 ガイドラインの適用範囲
2. ガイドライン
2.1 ゲノムバイオマーカー(GENOMIC BIOMARKER)
2.1.1 定義
2.1.2 補足情報
2.2 ゲノム薬理学と薬理遺伝学
2.2.1 定義
2.2.2 補足情報
2.3 ゲノムデータ及び試料のコード化分類
2.3.1 識別可能なデータ及び試料(IDENTIFIED DATA AND SAMPLES)
2.3.2 コード化されたデータ及び試料(CODED DATA AND SAMPLES)
2.3.3 連結不可能匿名化されたデータ及び試料(ANONYMISED DATA AND SAMPLES)
2.3.4 非連結匿名データ及び試料(ANONYMOUS DATA AND SAMPLES)
2.3.5 補足情報
表1:ゲノムデータ及び試料のコード化分類
1.緒言
1.1 ガイドラインの目的
医薬品の規制調和への取り組みを発展させるためには、日米EU医薬品規制調和国際会議(ICH)を構成する全ての地域において、一貫した用語の定義が確実に適用されていることが重要である。用語の定義が合意されることにより、ゲノム薬理学(pharmacogenomics)及び薬理遺伝学(pharmacogenetics)分野の研究成果を世界規模の医薬品開発及び承認過程にとりいれ易くなるであろう。
1.2 背景
ゲノム薬理学及び薬理遺伝学には、創薬、医薬品の開発及び使用をより適切なものとする可能性がある。ICHの各地域は、ゲノム薬理学及び薬理遺伝学に関する独自の指針またはコンセプトペーパーを公表しており、その他の文書も作成中である。しかし、共通して用いられる用語に一貫して適用される定義がないことから、規制文書や指針における用語使用の矛盾、もしくは規制当局や倫理委員会、製薬企業による解釈の不一致が生じる可能性がある。
1.3 ガイドラインの適用範囲
本ガイドラインには、ゲノムバイオマーカー(genomic biomarker)、ゲノム薬理学及び薬理遺伝学という、ゲノム薬理学と薬理遺伝学の分野における重要な用語の定義、ゲノムデータ及び試料のコード化分類を記載している。ゲノムバイオマーカーの妥当性及び適格性確認の過程、それらの使用根拠、ICH各地域での受け入れ基準については本ガイドラインの対象から除外する。今後、ゲノム薬理学及び薬理遺伝学の分野で新たな科学的知見が得られた場合は、本ガイドラインは必要に応じて見直し、拡充される。
2.ガイドライン
ゲノムバイオマーカー、ゲノム薬理学、薬理遺伝学という用語の定義、ゲノムデータ及び試料のコード化分類を以下に示す。ゲノムバイオマーカーの属性の定義はゲノム薬理学と薬理遺伝学の定義を理解する上での要点となるため、本ガイドラインの最初に記載している。また、それぞれの定義の理解に役立つ補足情報も記載した。本ガイドラインで述べた原則の幾つかは、プロテオミクス、メタバロミクス、その他関連の研究分野にも適用できる可能性がある。
2.1 ゲノムバイオマーカー(GENOMIC BIOMARKER)
2.1.1 定義
ゲノムバイオマーカーは、次のように定義される:
正常な生物学的過程、発病過程、及び/または治療的介入等への反応を示す指標となる、DNAもしくはRNAの測定可能な特性
2.1.2 補足情報
1.ゲノムバイオマーカーは、例えば以下により測定されうる:
・ 遺伝子の発現
・ 遺伝子の機能
・ 遺伝子の制御
2.ゲノムバイオマーカーは、デオキシリボ核酸(DNA)及び/またはリボ核酸(RNA)の1つまたは複数の特性から構成され得る。
3.DNAの特性には以下が含まれる(ただしこれらに限定するものではない):
・ 一塩基多型(SNPs)
・ 短い繰返し配列の多様性(繰返し数の違い)
・ ハプロタイプ
・ DNAの修飾 例:メチル化
・ 塩基の欠失(deletion)または挿入(insertion)
・ コピー数の変異
・ 細胞遺伝学的な再配列 例:転座(translocations)、重複(duplications)、欠失(deletions)、逆位(inversions)
4.RNAの特性には以下が含まれる(ただしこれらに限定するものではない):
・ RNA配列
・ RNA発現量
・ RNAプロセシング 例:スプライシング、エディティング
・ マイクロRNA量
5.このゲノムバイオマーカーの定義はヒト由来の試料に限定するものではなく、動物試料と同様にウィルスや感染物質からの試料、すなわち非臨床及び/または毒性試験においても適用される。
6.このゲノムバイオマーカーの定義には、タンパク質あるいは低分子量代謝産物の測定値や特性は含まれない。
2.2 ゲノム薬理学と薬理遺伝学
2.2.1 定義
2.2.1.1 ゲノム薬理学
ゲノム薬理学(Pharmacogenomics:PGx)は次のように定義される:
薬物応答と関連するDNA及びRNAの特性の変異に関する研究
2.2.1.2 薬理遺伝学
薬理遺伝学(Pharmacogenetics:PGt)はゲノム薬理学(PGx)の一部であり、次のように定義される:
薬物応答と関連するDNA配列の変異に関する研究
2.2.2 補足情報
1.この定義でいう「薬物(drug)」は“治験薬、場合により被験薬”(investigational(medicinal)product)、“医薬品”(pharmaceutical)と同義とされる。またこの用語には、ワクチンや他の生物学的製剤も含まれる。
2.ゲノム薬理学及び薬理遺伝学は、創薬や医薬品開発、日常診療等の活動に適用可能である。
3.薬物応答には、薬物の吸収及びそれ以降の体内動態(例:薬物動態、pharmacokinetics:PK)及び効果(例:薬力学、pharmacodynamics:PD、薬物の有効性、副作用)が含まれる。
4.ゲノム薬理学及び薬理遺伝学の定義には、プロテオミクスやメタバロミクスといった他の研究分野は含まれない。
2.3 ゲノムデータ及び試料のコード化分類
ゲノム薬理学及び薬理遺伝学の研究は、データを得るために如何に生物学的試料を用いるかによるところが大きい。これら試料とそのデータのコード化に関する定義を調和することで、新薬の研究や開発においてそれらの利用が促進されるであろう。コード化は、識別可能(identified)、コード化(coded)、連結不可能匿名化(anonymised)、非連結匿名(anonymous)の大きく4種類に分類される。コード化されたデータ及び試料は、シングルコード化またはダブルコード化されたもののいずれかである。特定のコード化分類を用いることの意味については、ゲノム薬理学や薬理遺伝学の研究デザインにおいて検討されるべきである。それらの意味の一部を本項で示し、表1にまとめた。
2.3.1 識別可能なデータ及び試料(Identified Data and Samples)
識別可能なデータ及び試料には、氏名あるいは識別番号(例えば、社会保障番号(social security number)、国民保険番号(national insurance number))といった個人識別情報が付与される。このような試料や関連データからは被験者を直接特定できるため、被験者からの要求に応じて試料を廃棄、または結果を本人に開示することができる。識別可能なデータ及び試料を用いる場合、臨床モニタリングや被験者の追跡調査、被験者からの新規データの追加が可能である。識別可能なデータ及び試料により、日常診療における一般的な医療上の機密性と同程度のプライバシーが保護される。しかしながら、一般に、識別可能なデータ及び試料を医薬品開発における治験で取扱うことは、治験の目的を鑑みると不適切であると考えられている。
2.3.2 コード化されたデータ及び試料(Coded Data and Samples)
コード化されたデータ及び試料には、少なくとも1つの固有のコードが付与されるが、個人識別情報は一切付与されない。
2.3.2.1 シングルコード化されたデータ及び試料(Single Coded Data and Samples)
シングルコード化されたデータ及び試料には1つの固有のコードが付与されるが、個人識別情報は一切付与されない。そのデータや試料からは、1つのコードキーを用いることで被験者個人の特定が可能である。一般に、治験責任医師がコードキーの管理について責任を負う。試料及び関連データからは、コードキーを介して間接的に被験者を特定できるため、被験者からの要求に応じて試料を廃棄、または結果を本人に開示することができる。シングルコード化されたデータ及び試料を用いる場合、臨床モニタリングや被験者の追跡調査、被験者からの新規データの追加が可能である。シングルコード化は、現在治験において標準的に使用されており、被験者の識別情報は日常診療における一般的な医療上の機密性やプライバシー保護よりも高度に守られる。
2.3.2.2 ダブルコード化されたデータ及び試料(Double-Coded Data and Samples)
ダブルコード化されるデータ及び試料には、最初に1つの固有のコードが付与されるが、個人識別情報は一切付与されない。次に、そのデータ及び試料には2番目のコードが付与される。2番目のコードは、2つ目のコードキーを介して最初のコードと連結される。そのデータや試料からは、両方のコードキーを用いることで被験者個人の特定が可能である。一般に、治験責任医師は最初のコードキーの管理について責任を負うが、2つ目のコードキーを知りえない。試料及び関連データからは、両方のコードキーを介して非常に間接的ではあるが被験者を特定できるため、被験者からの要求に応じて試料を廃棄、または結果を本人に開示することができる。しかしながらゲノム解析結果から被験者本人を特定することをより制限するため、電子的もしくは技術的な追加のプロセスが加えられても良い。例えば、新規被験者データの追加は可能だが、ゲノム解析データから個人識別情報への再連結を阻止する独自のコンピュータ処理である。ダブルコード化されたデータ及び試料を用いる場合、臨床モニタリングや被験者の追跡調査、被験者からの新規データの追加が可能である。2つ目のコードを使用することにより、シングルコード化よりも機密性が高まり、被験者のプライバシーがさらに保護される。データ及び試料から被験者の識別情報を得るには、両方のコードキーが必要となる。
2.3.3 連結不可能匿名化されたデータ及び試料(Anonymised Data and Samples)
連結不可能匿名化されたデータ及び試料とは、最初にシングルコード化またはダブルコード化された後、被験者の識別情報と固有のコードとの間の連結が削除されたものである。一度連結が削除されると、データ及び試料からコードキーを介して被験者個人を特定することが不可能となる。連結不可能匿名化の目的は、被験者が再び特定されないようにすることである。連結不可能匿名化された試料及び関連データからは被験者を特定できないため、被験者からの要求があっても試料を廃棄、または結果を本人に開示することは不可能である。連結不可能匿名化されたデータ及び試料を用いる場合、臨床モニタリングや被験者の追跡調査、被験者からの新規データの追加は不可能である。被験者の識別情報とデータや試料とを連結するコードキーの削除により、コードキーを用いて被験者を再び特定できないため、コード化されたデータ及び試料よりも機密性が高まり、被験者のプライバシーがさらに保護される。
2.3.4 非連結匿名データ及び試料(Anonymous Data and Samples)
非連結匿名データ及び試料には最初の収集段階から、個人識別情報が付与されることもなければ、コードキーが作成されることもない。従ってゲノムデータ及び試料から被験者個人が特定される可能性はない。限られた臨床データのみが非連結匿名試料と関連づけられる場合もあり得る(例:糖尿病、男性、年齢50~55、コレステロール値>240mg/dlの被験者)。非連結匿名試料及び関連データからは被験者を特定できないため、被験者からの要求があっても試料を廃棄、または結果を本人に開示することは不可能である。非連結匿名データ及び試料を用いる場合、臨床モニタリングや被験者の追跡調査、新規データの追加は不可能である。
2.3.5 補足情報
特定のコード化分類を用いることと被験者からインフォームド・コンセントを取得することとの関係は、本ガイドラインの主旨からは外れるためここでは触れない。しかし治験関連文書(例えば、説明文書・同意文書)には、被験者へのゲノムデータ開示を含め、何らかの目的でゲノムデータと被験者の個人識別情報とを連結できるようにする場合の条件を記述するべきである。
表1:ゲノムデータ及び試料のコード化分類
試料のコード化分類 |
被験者の個人識別情報とゲノムバイオマーカーデータとの連結 |
被験者を識別できる可能性(取り得る対応例:被験者の要求に応じた試料の廃棄、被験者本人へのゲノム解析結果の開示を含む) |
臨床モニタリング、被験者の追跡調査、新規データ追加の可能性 |
被験者の情報の機密性及びプライバシー保護の程度 |
|
識別可能 Identified |
(直接的に)有 被験者の特定が可能 |
有 |
有 |
一般的な医療上の機密性及びプライバシー保護と同程度 |
|
コード化 Coded |
シングル Single |
(間接的に)有 被験者の特定が可能(1つの固有なコードキーを介して) |
有 |
有 |
治験の標準 |
ダブル Double |
(非常に間接的に)有 被験者の特定が可能(2つの固有なコードキーを介して) |
有 |
有 |
シングルコード化よりも高度な機密性及びプライバシー保護 |
|
連結不可能匿名化 Anonymised |
無 コードキーが削除されているため被験者の再特定ができない |
無 |
無 |
コードキーが削除されているためゲノムデータ及び試料は被験者と連結できない |
|
非連結匿名 Anonymous |
無 個人識別情報は収集されず、コードキーも作成されない 被験者の特定ができない |
無 |
無 |
ゲノムデータ及び試料は一度も被験者と連結されない |