添付一覧
○労働基準法施行規則の規定に基づき労働大臣が指定する単体たる化学物質及び化合物(合金を含む。)並びに労働大臣が定める疾病を定める告示の全部改正について
(平成八年三月二九日)
(基発第一八一号)
(各都道府県労働基準局長あて労働省労働基準局長通達)
平成八年労働省告示第三三号(労働基準法施行規則の規定に基づき労働大臣が指定する単体たる化学物質及び化合物(合金を含む。)並びに労働大臣が定める疾病を定める件の全部を改正する件。以下「告示」という。)(別添一参照)が、本日公布、同日から適用されることとなった。
ついては、左記の事項に留意の上、今般の改正内容について関係労使、医療機関、事業主団体等に対し幅広く周知を図るとともに、業務上外の決定に当たっての取扱いに遺漏なきを期されたい。
なお、昭和五三年三月三〇日付け基発第一八六号「労働基準法施行規則の一部を改正する省令等の施行について」(以下「一八六号通達」という。)の記の第二の二の(四)のイ、別添一、別添二及び別添三については削除する。
記
第一 改正の趣旨
化学物質等による業務上疾病の範囲については、昭和五三年に労働基準法施行規則第三五条が全面的に改正され、同規則別表第一の二(以下「別表」という。)第四号一から七までの規定において、化学物質等の有害作用に起因する疾病を具体的に列挙するとともに、同号八において同号一から七までに列挙されていない化学物質等に起因する疾病についても、業務と疾病との間に相当因果関係が認められるものについては業務上疾病として取り扱うこととする規定が設けられたところである。
しかしながら、別表が改正されてから相当期間が経過しており、この間、生産技術の進歩等に応じて労働の場における新しい化学物質の導入が進む等の事情を背景として、別表第四号八に該当する疾病として認定された事例も多く認められ、また、国内外の研究成果等も相当蓄積されてきたところである。
このため、学識経験者から成る「労働基準法施行規則第三五条定期検討のための専門委員会」において、業務上疾病として新たに別表に明示すべきものの有無について検討を行った結果、有害性の認められる二四の化学物質とこれらにばく露することによって生じる症状又は障害について、新たに業務上疾病として別表に掲げる等所要の措置を講じるべきである旨の報告が取りまとめられたところである。また、この報告では、別表第四号の規定に基づく昭和五三年労働省告示第三六号(以下「旧告示」という。)で用いられている症状又は障害の表現について、現在の一般的な医学的表現に従い一部改めるべきであるとの提言も併せてなされたところである。
そこで、今般、この報告を踏まえて、新たに二二の単体たる化学物質及び化合物並びにこれらにばく露することによって生じる症状又は障害を旧告示に追加するとともに、症状又は障害の表現についても改めることとし、旧告示の全部改正を行うこととしたものである。
なお、報告のあった二四物質のうち、追加されない二物質については、第三の一に記載のとおり取り扱うこととする。
第二 改正内容
一 化学物質及び化合物並びにこれらにばく露することによって生じる症状又は障害の追加について
別紙一の各表の左欄に掲げる二二の単体たる化学物質及び化合物にさらされる業務による、それぞれ右欄に掲げる症状又は障害を主たる症状又は障害とする疾病を業務上疾病として旧告示に追加したものである。
二 症状又は障害の表現に関する改正について
旧告示において用いられていた症状又は障害の表現を現在の一般的な医学的表現に従って別紙二に示すとおり改めることとしたものである。これに伴い、一八六号通達の第二の二の(四)のイによることとしていた別表第四号一の規定の内容に関しては、以下によることとされたい。
〔要旨〕
別表第四号一の「労働大臣の指定する単体たる化学物質及び化合物(合金を含む。)にさらされる業務による疾病であって、労働大臣が定めるもの」は、単体たる化学物質及び化合物(合金を含む。)(以下、「化学物質」という。)のうち一定の化学物質にさらされる作業環境下において業務に従事することにより発生する疾病を総括的に労働大臣が業務上疾病として定めることとしたものである。
〔解説〕
(一) 列挙疾病の選定、分類等について
告示に掲げられている化学物質による疾病(がんを除く。以下この(一)の項において同じ。)の選定、表記等に関する基本的な考え方は、以下に掲げるとおりである。
イ 列挙疾病の選定
原則として、次の(イ)及び(ロ)に該当する疾病のうち、通常労働の場において発生しうると医学経験則上評価できるものを列挙疾病として規定した。
したがって、症例の報告があるものでも、それが事故的な原因による疾病や総取扱量が極めて少ない化学物質による疾病のように、一般的には業務上疾病として発生することが極めて少ないものは除かれている。
(イ) わが国において症例があったもの
(ロ) わが国において症例がなくとも、諸外国において症例が報告されているもの
ロ 疾病の分類
各化学物質の化学構造式の類似性、人体への有害作用等の差異に配慮しつつ、有害因子たる化学物質の種類ごとに分類(必要に応じ細分類)されている。このうち、「農薬その他の薬剤の有効成分」については、おおむね以下に掲げる点で主として工業原料に用いられる一般の化学物質と異なるため、告示の表中で独立の分類項目とするとともに、略称等を付してわかりやすく表記した。
(イ) 農薬の有効成分である化学物質の多くは、化学構造式及び化学名が複雑であるうえ、一般には略称ないし通俗名が用いられており、化学名によって一般の化学物質の中に配列すると関係者の検索が容易でないこと。
(ロ) これらの物質による業務上疾病は、製造過程の労働者と異なり、科学的情報を十分持たない使用過程の労働者において発生する可能性が高いので、その検索の便宜を図る必要があること。
(ハ) 生物に対する毒性が強いほか、利用目的が特定されていること。
なお、砒素及びその化合物、臭化メチル等の物質は一般工業原料と農薬の両方に使用されているが、これらの物質は一般工業原料としての化学物質の中で分類記載し、農薬その他の薬剤の有効成分には再掲していないので、留意すること。
ハ 化学物質の配列
化学物質は上記ロに掲げる疾病の分類に対応して分類配列されているが、各分類項目中の個々の物質については化学物質の名称の五〇音順により配列されている。
ニ 疾病内容の記載等について
(イ) 症状又は障害の例示
疾病の内容ないし病像については、労働の場で起こった症例のうち、文献において共通的に現れた症状又は障害を「主たる症状又は障害」として掲げたものである。したがって、動物実験等により人体に対する有害作用が推測されるにとどまっているような症状・障害あるいは化学物質への高濃度ばく露を受けて急性中毒死した場合等の際にみられる一般的でない障害や二次的な障害は原則として記載されていない。
次に、告示の表中下欄に掲げられている症状又は障害が「主たる症状又は障害」である旨記載されているのは、これらの症状又は障害以外の症状又は障害の現れた疾病であっても業務との因果関係の認められるものについては本規定が適用される場合のある趣旨を明らかにしたものである。
なお、告示の表中上欄に掲げる化学物質にさらされる業務に従事した労働者に発生したことのある症状又は障害例を別紙三に掲げる。これらの症状又は障害はいずれも症例報告の中にみられるものであるが、これらの中には特異的なばく露条件でのみしか起こりにくいと思われるもの、同時にばく露を受けた他の化学物質による影響が否定できないものなど医学的には必ずしも一般的な形における当該物質との関連性が明らかにされていないと考えられるものが含まれているので留意する必要がある(これらの認定については、一八六号通達の第三の一参照。)。
別紙三に記載した症状又は障害の現れた疾病であって療養を要するもののうち、同別紙の表の左欄に掲げる化学物質に起因したと認められる疾病に対しては、原則として本規定が適用される。しかし、これらの疾病に続発して、ないしは後遺症として生じた疾病又は同表左欄に掲げる化学物質以外の化学物質によって発生したと認められる疾病については、別表第四号八の規定が適用される。
(ロ) 症状又は障害の記載の順序
主として急性症状として疾病の初期に現れる自覚症状たる「頭痛、めまい、嘔吐等の自覚症状」を最初に掲げ、次いで、他覚所見について、原則としてそれぞれの因子に特徴的なものから順次掲げている。このうち、特に皮膚障害は、直接皮膚に受けたばく露の影響によるものが多いので、他覚所見の中では第一番目に掲げられている。
(二) 告示中の用語について
イ 告示の本文中の用語について
(イ) 「単体」とは、化学上は単一の元素から成り、化学変化によって二種又はそれ以上の物質に分けることのできない物質をいう。告示の表中上欄に掲げる化学物質のうちこれに該当するものには、金属(セレン及び砒素を含む。)の元素、ハロゲン(弗素、塩素、臭素、沃素)及び黄りんがある。
(ロ) 「化合物(合金を含む。)」とは、化学物質のうち単体以外の物質をいう。
このうち、化学変化によって二種又はそれ以上の物質に分けることのできる物質を化合物といい、二種以上の金属をそれぞれの融点以上の温度で混合したものを冷却して凝固させたものを合金という。
ロ 告示の表中上欄に掲げる化学物質の分類項目等について
(イ) 「無機の酸及びアルカリ」とは、水に溶けて酸性を示す物質及びアルカリ性を示す物質のうち無機化合物をいう。
これらの物質の人体に対する主な有害作用には、刺激作用と腐食作用がある。
(ロ) 「金属(セレン及び砒素を含む。)及びその化合物」とは、金属元素又は金属と非金属の中間的性質を有するセレン及び砒素(これらの物質を亜金属又はメタロイドと呼ぶことがある。)とこれらの無機若しくは有機化合物であるが、前記(イ)に掲げる物質は除かれる。なお、告示備考において「金属及びその化合物には、合金を含む。」とされている。
(ハ) 「ハロゲン及びその無機化合物」とは、周期律表第Ⅶ族のうち弗素、塩素、臭素、沃素等の特に金属元素と塩を作りやすい物質(ハロゲン)とその無機化合物であるが、上記(イ)及び(ロ)に掲げる物質は除かれる。
これらの物質の人体に対する主な有害作用には、刺激作用がある。
(ニ) 「りん、硫黄、酸素、窒素及び炭素並びにこれらの無機化合物」とは、例示された元素を含有する無機化合物であって中毒を起こすことが知られている物質であるが、前記(イ)から(ハ)までに掲げる物質は除かれる。
なお、「シアン化水素、シアン化ナトリウム等」の「等」には、シアン化カリウム及びシアン化カルシウムがある。
(ホ) 「脂肪族化合物」とは、炭素と水素を基本元素とする鎖式化合物の総称であり、後述する芳香族化合物と並んで有機化合物の代表的物質である。
(ヘ) 「脂肪族炭化水素及びそのハロゲン化合物」とは、炭素と水素のみからなる脂肪炭化水素とそのハロゲン化合物をいう。
これらの物質はいずれも、有機溶剤であるか、又は有機溶剤によく溶ける物質で、中枢に対する作用その他の中毒作用を有する。
(ト) 「アルコール、エーテル、アルデヒド、ケトン及びエステル」とは、アルキル基(脂肪族炭化水素から水素一原子を除いた残りの原子団をいい、以下「R」と記す。また、二のアルキル基を有する化合物の場合は、他方のアルキル基を「R'」と記す。)を基本にして、それぞれ、R―OH(アルコール)、R―O―R'(エーテル)、R―CHO(アルデヒド)、R―CO―R'(ケトン)及びR―COO―R'(エステル)の化学構造を有する化合物をいう。
これらの物質は、前記(ヘ)に掲げる物質と同様に、いずれも、有機溶剤であるか、又は有機溶剤によく溶ける物質で中枢に対する作用その他の中毒作用を有する。
(チ) 「その他の脂肪族化合物」とは、前記(ヘ)及び(ト)に掲げる物質以外の脂肪族以外の脂肪族化合物であって中毒を起こすことが知られている物質を言う。
(リ) 「脂環式化合物」とは、炭素環式化合物のうち後述する芳香族化合物の性格を有さない物質の総称であり、その性質が脂肪族化合物に似ているところからこの名称が付されている。
(ヌ) 「芳香族化合物」とは、後述するベンゼン環を有する炭素環式化合物をいう。一般に芳香を呈する物質が多いことからこの名称が付されている。
(ル) 「ベンゼン及びその同族体」とは、炭素六原子・水素六原子からなる六員環をなし交互に二重結合を有するベンゼン(ベンゼン環とも呼ばれる。)とベンゼン環一つにアルキル基(―R)が結合した物質をいう。
これらの物質はいずれも、有機溶剤であって、中枢に対する作用その他の中毒作用を有する。
(ヲ) 「芳香族炭化水素のハロゲン化物」とは、ベンゼン環を一つ又はそれ以上有する芳香族化合物にハロゲンのみが置換された化合物をいう。
これらの物質はいずれも、ハロゲンの活性に基づく作用特性を有する。
(ワ) 「芳香族化合物のニトロ又はアミノ誘導体」とは、芳香族化合物にニトロ基(NO2)又はアミノ基(―NH2)をそれぞれ一つ又はそれ以上有する化合物をいう。
これらの物質は、血液への作用としてのメトヘモグロビン形成を特徴とするほか、その他の中毒作用を有する。
(カ) 「その他の芳香族化合物」とは、前記(ル)~(ワ)に掲げる物質以外の芳香族化合物であって中毒を起こすことが知られている物質をいう。
(ヨ) 「複素環式化合物」とは、二種又はそれ以上の元素の原子(炭素のほか、窒素、酸素、硫黄等)から環が構成されている環式化合物をいい、ヘテロ環式化合物とも呼ばれる。
(タ) 「農薬その他の薬剤の有効成分」とは、農薬取締法第一条の二第一項に定める農薬及び農薬の目的以外の目的で製造、輸入、販売及び使用がなされる薬剤の中に含まれる殺菌、殺虫その他の薬理作用を有する成分たる物質をいう。
これらの薬剤は製剤(粉剤、粒剤、水和剤、乳剤)に有効成分となる原体が含有されたものであるが、製造工程におけるこれらの原体も「農薬その他の薬剤の有効成分」に含まれることは当然である。
なお、参考のため別紙四として「農薬その他の薬剤の有効成分たる化学物質一覧」を掲げる。
(レ) 「有機りん化合物」とは、りん原子Pを含むエステル系の化合物をいう。
これらの物質はいずれも、共通してコリンエステラーゼ活用阻害作用による中毒症状を呈するので、告示の表中上欄には「有機りん化合物」を一括して掲げ、これに対応する症状又は障害を同表下欄に掲げている。
なお、告示の表中上欄に掲げる有機りん化合物の一物質たる各物質たる各物質にばく露すると同表下欄に掲げる症状又は障害のすべてが必発するという趣旨ではなく、下欄に掲げる症状又は障害のうち一つ又はそれ以上のものの現れた疾病が発生した場合、上欄に掲げる有機りん化合物のうちのいずれかの物質にばく露しておれば業務以外の原因による疾病でない限り業務上の疾病として取り扱われる趣旨である。この趣旨は、左記のカーバメート系化合物又はジチオカーバメート系化合物においても同じである。
(ソ) 「カーバメート系化合物」とは、化合物の構成元素として塩素やりんを含まずとも殺虫及び除草の薬理作用を有するカルバミン酸エステル類をいい、そのうち多くの化合物が置換フェニルカーバメート類である。
これらの物質は、前記(レ)に掲げる有機りん化合物よりも、コリンエステラーゼとの結合が弱く、生体内での離脱が早く行われるが、有機りん化合物と同様にコリンエステラーゼ阻害作用を有するため、これと同じ症状又は障害を起こすものである。
(ツ) 「ジチオカーバメート系化合物」とは、ジチオカルバミド酸の金属塩類をいう。
(ネ) 「二・四―ジクロルフェニル=パラーニトロフェニル=エーテル(別名NIP)」から「硫酸ニコチン」までの物質は、前記(レ)から(ツ)までに掲げる物質と異なり必ずしも類型化になじまないが、それぞれ疾病発生との因果関係の存在は認められているものである。
ハ 告示の表中下欄に掲げる症状又は障害について
告示の表中下欄に掲げる症状又は障害についての主な用語の意義は、次に掲げるとおりである。
(イ) 自覚症状関係
「頭痛、めまい、嘔吐等の自覚症状」とは、頭重、頭痛、悪心、嘔吐、倦怠感、易疲労感、めまい等の自覚症状をいい、主として急性症状として疾病の初期に現れる。頭痛、めまい、嘔吐等の自覚症状を生じさせる化学物質としては、アンチモン及びその化合物を始めとして数多くのものがある。
(ロ) 血液・造血器関係の疾病等
「造血器障害」とは、赤血球、白血球、血小板等の血液成分の生成が障害される状態をいう。造血器障害を生じさせる代表的な化学物質としては鉛及びその化合物、エチレングリコールモノメチルエーテル(別名メチルセロソルブ)等がある。
「再生不良性貧血」とは、末梢血中における汎血球減少症(赤血球、白血球、血小板数のいずれもが減少した状態)と骨髄の低形成を特徴とする重篤な状態をいう。再生不良性貧血を生じさせる化学物質としてはベンゼン及びトリニトロトルエン(別名TNT)がある。
「溶血性貧血」とは、赤血球が大量に壊れ、赤血球の寿命が短縮した状態をいい、貧血とともに血色素尿、黄疸が現れる。溶血性貧血を生じさせる代表的な化学物質としては砒化水素等がある。
「血色素尿」とは、強い溶血作用によって生じる溶血の結果、壊れた赤血球が尿に混じり、赤褐色ないし暗赤色の尿が排出される状態をいい、溶血が強い場合には、腎臓の尿細管が閉塞し、乏尿や無尿がみられることがある。血色素尿を生じさせる化学物質としては砒化水素がある。
「メトヘモグロビン血」とは、赤血球中のヘモグロビン(血色素)が、酸化を受けてメトヘモグロビン(ヘモグロビン中の二価の鉄が酸化されて三価となったもの)になったために起こる血液変化をいう。メトヘモグロビンは酸素と結合できないため、低酸素血症が起こり、チアノーゼを来す。メトヘモグロビン血を生じさせる代表的な化学物質としてはアニリン、ジニトロベンゼン、ニトロベンゼン等がある。
(ハ) 内分泌・代謝関係の疾病等
「代謝亢進」とは、外因性の毒物によって基礎代謝(生命保持に必要な最低のエネルギーを産出するための代謝をいう。)が異常に亢進するために諸症状の現れる病的変化をいう。代謝亢進を生じさせる化学物質としてはジニトロフェノール、ペンタクロルフェノール(別名PCP)があり、これらの化学物質の中毒では代謝亢進が起こって、発熱、異常発汗、脱力等が現れ、さらに進むとチアノーゼを伴う低酸素血症、アシドーシス、振せん等がみられ、昏睡を経て、死に至ることがある。
(ニ) 精神関係の疾病等
「精神障害」とは、中枢神経系の異常により来した精神機能の障害をいうものであり、これに含まれる「症状又は障害」としては以下のものがある。
「幻覚」とは、実際には存在しないものが見えたり(幻視)、声が聞こえたり(幻聴)、臭いを感じたり(幻臭)する状態をいう。幻覚を生じさせる化学物質としては四アルキル鉛化合物、一酸化炭素、臭化メチルがある。
「躁うつ」とは、躁状態(気分爽快、意欲亢進、多弁多動等)とうつ状態(憂うつ、意欲減退、思考力や集中力の減退等)を繰り返す状態をいう。躁うつを生じさせる化学物質としては二硫化炭素がある。
「せん妄」とは、軽度の意識混濁に激しい精神運動性興奮を伴った状態をいい、強い不安、恐怖状態にあり、体動が激しく、錯乱や幻覚も出現する。せん妄を生じさせる代表的な化学物質としては四アルキル鉛化合物、一酸化炭素、二硫化炭素、臭化メチル等がある。
「錯乱」とは、軽い意識障害とともに興奮状態や失見当識がみられるものをいう。錯乱を生じさせる代表的な化学物質としては有機りん化合物、カーバメート系化合物等がある。
「失見当識」とは、日時、場所、周囲の人を正しく認識する能力(見当識)が失われることをいう。失見当識を生じさせる代表的な化学物質としては一酸化炭素がある。
「焦燥感」とは、イライラ感、いらだち等をいう。焦燥感を生じさせる化学物質としては水銀及びその化合物がある。
「記憶減退」とは、もの忘れしやすくなった状態をいう。記憶の障害には、昔覚えた記憶の障害と新しいことを覚える記銘力の障害の二つの障害がある。記憶減退を生じさせる化学物質としては水銀及びその化合物、一酸化炭素がある。
「性格変化」とは、性格の変化を来した状態をいい、急に怒りっぽくなったり、攻撃的になったり、あるいは平素の状態よりも楽天的となったり、飽きやすくなる等の性格の変化がみられる。性格変化を生じさせる化学物質としては一酸化炭素及び臭化メチルがある。
「不眠」とは、入眠が困難であるか、早期覚醒を示す状態をいい、特に、その慢性状態をいう。不眠を生じさせる化学物質としては水銀及びその化合物がある。
(ホ) 神経系の疾病等
「神経障害」とは、中枢神経、末梢神経、神経筋接合部の障害をいい、これに含まれる「症状又は障害」としては以下のものがある。「中枢神経系抑制」とは、中枢神経の機能が、初期亢進から減弱・制止に至る過程及びその結果全身の知覚が鈍麻又は消失し、運動機能が抑制された状態をいう。
「痙攣」とは、急激に起こる四肢の筋又は筋群の発作性収縮をいい、その多くは意識喪失を伴う。重症の場合は呼吸停止を来して死に至ることがある。痙攣を生じさせる代表的な化学物質としてはシアン化水素、シアン化ナトリウム等のシアン化合物等がある。
「言語障害」とは、不明瞭な言語、発語困難等をいう。パーキンソン病様の言語障害を生じさせる代表的な化学物質としてはマンガン及びその化合物等がある。
「構語障害」とは、構語器官の協調運動の障害等のために起こる言語障害をいう。構語障害では神経系の様々な部位の病変によって、発音をうまくできなくなる状態がみられる。構語障害を生じさせる化学物質としてはアルキル水銀化合物がある。
「振せん」とは、拮抗した筋群が交互に不随意に収縮を繰り返すために起こる状態をいい、比較的リズミカルな無目的の運動、ふるえがみられ、これが緊張や興奮により顕著となる。振せんを生じさせる化学物質としては水銀及びその化合物並びにマンガン及びその化合物、臭化メチル等がある。
「歩行障害」とは、歩行が円滑に行えないか、困難な状態をいう。運動失調による失調性歩行、パーキンソン病様の小刻み歩行などがある。歩行の際、ふらつきを訴える歩行障害を生じさせる化学物質としては、水銀及びその化合物並びにマンガン及びその化合物がある。
「協調運動障害」とは、体の筋肉相互の調整を行っている神経系(小脳等)の障害のため、合目的的な運動ができなくなることをいい、主な症状は歩行障害であり、運動失調がみられる。協調運動障害を生じさせる代表的な化学物質としては塩化メチル、臭化メチル、一、一、一―トリクロルエタン等がある。
「視覚障害」とは、化学物質の経気道吸収又は経皮吸収によって起こる神経系の眼障害をいい、眼のかすみ、視力低下、視野狭窄、一過性の失明等の障害をいう。視覚障害を生じさせる化学物質としてはアルキル水銀化合物、一酸化炭素、塩化メチル、臭化メチル、沃化メチル、スチレンがある。
「視神経障害」とは、視神経の障害によって起こる視力低下、視神経萎縮、視神経炎、視野の求心性の狭窄等をいう。視神経障害を生じさせる代表的な化学物質としては酢酸メチル、メチルアルコール等がある。
「色視野障害」とは、有色光を用いた視野検査において、視野狭窄等が認められるものをいう。色視野障害を生じさせる化学物質としては一酸化炭素があり、これによる色視野障害は赤色視野に異常が現れることが多いとされている。
「運動失調」とは、筋力が正常であるのに、動作が円滑にできない状態をいう。小脳の障害によるものであり、協調運動障害がみられる。運動失調を生じさせる代表的な化学物質としてはアルキル水銀化合物等がある。
「聴力障害」とは、中枢神経が障害されることによって起こる聴力の障害をいい、感音性難聴がみられる。聴力障害を生じさせる化学物質としてはアルキル水銀化合物がある。
「平衡障害」とは、体位のバランスの乱れた状態をいう。平衡障害を生じさせる化学物質としてはアルキル水銀化合物がある。
「末梢神経障害」とは、主として末梢神経が障害された状態をいい、弛緩性麻痺がみられ、末梢に強く、四肢近位部に向かって軽くなるという特徴がある。高度の障害の場合筋萎縮がみられ、多くは同時に感覚障害があり、しびれ感などの異常感覚とともに感覚鈍麻がみられる。末梢神経障害を生じさせる代表的な化学物質としては鉛及びその化合物、砒素及びその化合物、二硫化炭素、ノルマルヘキサン、アクリルアミド、酸化エチレン等がある。
「三叉神経障害」とは、三叉神経が障害された状態をいい、顔面の感覚が鈍麻する。三叉神経障害を生じさせる化学物質としてはトクリロルエチレンがある。
「四肢末端若しくは口囲の知覚障害」とは、四肢末端や口のまわりのしびれ感のほか、表在又は深部の知覚が低下した状態をいう。知覚障害を生じさせる化学物質としてはアルキル水銀化合物がある。
「前庭機能障害」とは、平衡障害の一つで、前庭神経障害を来した状態をいい、回転性のめまい、悪心、嘔吐、歩行障害がみられる。前庭機能障害を生じさせる化学物質としては一酸化炭素がある。
「血管運動神経障害」とは、血管を拡張させたり収縮させたりする神経(交感神経等の自律神経)の障害をいい、血圧低下、頻脈、脈圧の縮小、皮膚の紅潮、呼吸困難、視力低下等がみられる。血管運動神経障害を生じさせる化学物質としてはカルシウムシアナミド、ニトログリコール、ニトログリセリンがある。
「筋の線維束攣縮」とは、筋線維束の散発的な不随意的収縮をいい、四肢、顔面、体幹等に起こる。一部の筋のあちこちが不随意に動く状態が観察される。筋の線維束攣縮を生じさせる化学物質としては有機りん化合物、カーバメート系化合物、硫酸ニコチンがある。
(ヘ) 意識障害関係の疾病等
「意識障害」とは、意識混濁等の意識の清明度の低下した状態をいい、意識もうろう状態、周囲への無関心、注意力低下、会話の困難等がみられる。意識喪失、意識混濁、昏睡等がこれに含まれる。
「意識喪失」とは、意識の清明度が急速に低下したものをいう。意識喪失を生じさせる化学物質としては六、七、八、九、一〇、一〇―ヘキサクロル―一、五、五a、六、九、九a―ヘキサヒドロ―六、九―メタノ―二、四、三―ベンゾジオキサチエピン三―オキシド(別名ベンゾエピン)がある。
「意識混濁」とは、意識がもうろうとして知覚は不完全となり、注意力が低下した状態をいう。意識混濁を生じさせる化学物質としては有機りん化合物、カーバメート系化合物、モノフルオル酢酸ナトリウム、硫酸ニコチンがある。
「昏睡」とは、意識障害の最高度のものをいう。昏睡を生じさせる化学物質としては一酸化炭素がある。
(ト) 眼・付属器の疾患等
「前眼部障害」とは、化学物質の刺激作用によって生じる主として結膜又は角膜の障害をいい、結膜炎、角膜炎等がある。なお、酸又はアルカリが眼内に異物として侵入し、これらの物質の腐食作用によって起こる眼障害(第一号の規定が適用される。)及び化学物質の経気道吸収又は経皮吸収によって起こる視覚障害、視神経障害、色視野障害等の神経系の眼障害(前記(ホ)「神経系の疾病等」参照)は含まない。
(チ) 循環器系の疾病等
「狭心症様発作」とは、胸内苦悶感、胸部圧迫感、心臓部の痛み、動悸、息切れ等の循環障害を伴った狭心症によく似た発作をいう。なお、狭心症とは、心臓部、特に胸骨下部の疼痛発作を主徴とする症候群で、冠状動脈の攣縮によって起こる心筋虚血によるものとされている。狭心症様発作を生じさせる化学物質としてはニトログリコールがある。
「網膜変化を伴う脳血管障害」とは、微細血管瘤を主徴とする網膜変化を伴う動脈硬化症による脳血管障害をいう。二硫化炭素による慢性中毒の特徴的な症状であり、この場合には片麻痺、歩行困難、言語障害等が見られる。
(リ) 呼吸器系の疾病等
「気道障害」とは、口腔・鼻腔から気管、気管支までの上皮組織に対する刺激作用又は感作作用によって生じる障害をいい、鼻炎、咽頭炎、喉頭炎、気管支炎、喘息等がある。気道障害を生じさせる化学物質としては塩化白金酸及びその化合物を始めとして数多くのものがある。
「気道・肺障害」とは、気道及び肺の上皮組織に対する刺激作用又は感作作用によって生じる障害をいい、鼻炎、咽頭炎、喉頭炎、気管支炎、喘息、肺胞炎、肺炎及び肺水腫等がある。気道・肺障害を生じさせる化学物質としてはアンモニアを始めとして数多くのものがある。
「呼吸中枢機能停止」とは、無秩序な呼吸、無呼吸等の呼吸調節ができなくなった状態をいい、呼吸中枢の麻痺による呼吸停止がみられる。高濃度ばく露では突然の虚脱(急性循環不全)が起こり、全身の痙攣、次いで呼吸麻痺によって死に至るとされている。呼吸中枢機能停止を生じさせる化学物質としては硫化水素がある。
「鼻中隔穿孔」とは、鼻腔内に潰瘍ができ、痂皮の形成・脱落を繰り返すうちに鼻中隔に欠損が生じた状態をいい、中鼻甲介の前下方に穿孔を生じる。また、嗅覚障害を伴うことがある。鼻中隔穿孔を生じさせる代表的な化学物質としてはクロム及びその化合物等がある。
「嗅覚障害」とは、嗅覚の減弱、脱失等をいう。嗅覚障害を生じさせる化学物質としてはクロム及びその化合物がある。
「口腔粘膜障害」とは、口内炎、口内の粘膜潰瘍、歯肉炎等をいう。口腔粘膜障害を生じさせる化学物質としては水銀及びその化合物がある。水銀による場合には、体内に吸収された水銀が唾液腺から排泄され、口腔内に炎症を起こすために生じるとされている。
(ヌ) 消化器系の疾病等
「胃腸障害」とは、胃炎、便秘、下痢、胃部灼熱感、腹痛、食欲不振等をいう。胃腸障害を生じさせる化学物質としてはアンチモン及びその化合物、ジメチルホルムアミドがある。
「疝痛」とは、胃、腸などの臓器の壁となっている平滑筋の痙攣のため、数分~数時間の間隔をおいて周期的に反復する腹痛をいう。疝痛を生じさせる化学物質としては鉛及びその化合物がある。
「門脈圧亢進」とは、門脈(胃、腸等の消化管からの静脈血を集めて、肝臓に運ぶ静脈をいう。)が圧迫されて末梢側の静脈圧が亢進した状態をいい、このため、食道静脈瘤や脾腫等がみられる。多くが肝硬変になる。門脈圧亢進を生じさせる化学物質としては塩化ビニルがある。
(ル) 皮膚の疾病等
「皮膚障害」とは、刺激作用(感作性及び光過敏性を含む。)及び腐食作用によって生じる皮膚(爪を含む。)の障害をいい、皮膚の発赤、腫脹、発疹、潰瘍、色素異常(沈着又は脱失)等がみられる。皮膚障害を生じさせる代表的な化学物質としてはアンモニアを始めとして数多くのものがある。多くは接触性皮膚炎を示すが、クロム及びその化合物による潰瘍、砒素及びその化合物による色素異常はよく知られている。
(ヲ) 骨格系の疾病等
「歯牙酸蝕」とは、酸の化学作用により歯の腐食ないし、実質欠損を来したものをいう。歯牙酸蝕を生じさせる代表的な化学物質としては塩酸、硝酸、硫酸等がある。
「顎骨壊死」とは、顎骨に生じた壊死(骨の組織が壊れた状態をいう。)をいう。顎骨壊死を生じさせる化学物質としては黄りんがある。黄りんの吸入により下顎骨が壊れやすくなり、細菌感染に対する抵抗性が減じ、細菌感染を起こすため、顎骨骨膜炎が生じ、その後に進行性骨壊死を起こすとされてる。「りん中毒性顎骨壊疽」とも呼ばれる。
「骨軟化」とは、骨へのカルシウム沈着ができず、正常な骨が作られない状態をいい、このため骨の硬度の低下、骨の変形が生じる。骨軟化を生じさせる化学物質としてはカドミウム及びその化合物がある。
「骨硬化」とは、骨髄腔に骨質が増殖し、緻密化した状態をいう。骨形成は亢進し、靭帯の石灰化が起こることもある。骨硬化を生じさせる化学物質としては弗素及びその無機化合物がある。
「指端骨溶解」とは、指骨の末端が変形、欠損、消失した状態をいい、末期には末節の短縮をみることがある。手指のほかに、足趾の骨端溶解が生じたとの報告もある。指端骨溶解を生じさせる化学物質としては塩化ビニルがある。
(ワ) 尿路系の疾病等
「腎障害」とは、主として尿細管が障害された状態をいい、低分子蛋白尿、アミノ酸尿、糖尿、カルシウム尿、酸性尿、多尿等がみられる。腎障害を生じさせる代表的な化学物質としてはカドミウム及びその化合物、水銀及びその化合物等がある。
「網膜変化を伴う腎障害」とは、微細血管瘤を主徴とする網膜変化を伴う慢性糸球体腎炎に類似した腎障害をいう。二硫化炭素による慢性中毒の特徴的な症状であり、蛋白尿、血尿又は腎硬化症がみられる。糖尿病性腎硬化症に酷似するが、糖尿病における明らかな糖代謝異常を伴わないことが特徴であるとされている。
(カ) その他
「レイノー現象」とは、手指の小動脈が一過性に収縮し、手指が発作的に蒼白となる状態をいい、手指の蒼白、知覚鈍麻、しびれ感などが一過性にみられる。レイノー現象を生じさせる化学物質としては塩化ビニルがある。また、レイノー現象は寒冷時にもみられる。
「金属熱」とは、亜鉛熱、鋳造熱、真ちゅう熱とも呼ばれ、金属の蒸気を吸入して発熱が起こった状態をいい、悪寒、発熱のほかに頭痛、悪心、嘔吐、口腔内の金属味、のどの渇き、胸骨下部痛、筋と関節の痛み等のインフルエンザ様症状がみられる。金属熱を生じさせる代表的な化学物質としては亜鉛等の金属ヒュームがある。
「アナフィラキシー反応」とは、抗原抗体反応によって起こる全身反応で、急速な血圧低下に基づくショック症状をいい、顔面蒼白、失禁、呼吸困難等の症状が見られ、重篤な場合には死に至ることがある。アナフィラキシー反応を生じさせる化学物質としてはクロルヘキシジンがある。
(三) 告示において指定された化学物質が該当する認定基準は、別紙五のとおりである。
第三 その他
一 「労働基準法施行規則第三五条定期検討のための専門委員会」の検討結果においては、旧告示に追加された二二の単体たる化学物質及び化合物の他にコロフォニー又はラテックスにさらされる業務によって生じる症状又は障害についても業務上疾病として明示すべきであるとされたが、これら二物質は混合物であることから、当面、別表第四号八に該当する疾病として取り扱うこととする。
これに伴い、一八六号通達の記の第二の二の(四)のチの〔要旨〕の文中、「(旧第一〇号)」を「(旧第一〇号)、「コロフォニーにさらされる業務による皮膚障害又は気道障害」及び「ラテックスにさらされる業務による皮膚障害、気道障害又はアナフィラキシー反応」」に改める。
二 一八六号通達の別添一は、特異的なばく露条件下等で発生した症状又は障害を掲げているが、同様に今回追加されたものを含め、告示の表中上欄に掲げる単体たる化学物質及び化合物にさらされる業務に従事した労働者に発生したことのある症状又は障害の例は別紙三のとおりである。
三 今回旧告示に追加された二二の単体たる化学物質及び化合物並びに二つの混合物について、各物質ごとの有害性等に関連する事項については別添二のとおりである。
別紙1 「告示に追加された化学物質にさらされる業務に従事した労働者に発生したことのある症状又は障害」
別紙2
別紙3 「告示の表中上欄に掲げる化学物質にさらされる業務に従事した労働者に発生したことのある症状又は障害」
別紙4 「農薬その他の薬剤の有効成分たる化学物質一覧」
別紙5 告示において指定された化学物質の該当認定基準
別添1 〔略〕
別添2