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○厚生科学審議会先端医療技術評価部会・出生前診断に関する専門委員会「母体血清マーカー検査に関する見解」について

(平成一一年七月二一日)

(児発第五八二号)

(各都道府県知事・政令市市長・特別区区長あて厚生省児童家庭局長通知)

母子保健事業の推進については、かねてより特段のご配慮を煩わしているところであり、深く感謝申し上げる。

さて、母体血清マーカー検査については、近年急速に普及しているが、この検査に関する事前の説明が不十分であることなどから妊婦に誤解や不安を与えていること等が指摘されており、早急な対応が求められているところである。

このため、平成九年七月から厚生科学審議会先端医療技術評価部会において、この問題を含む生殖補助医療についての検討を開始し、平成一〇年一〇月には、この問題を集中的に審議するため、同部会に「出生前診断に関する専門委員会」を設置し検討を行ってきたところである。

今般、同委員会のこの問題に関する検討報告として、別添の通り「母体血清マーカー検査に関する見解」が取りまとめられたので、周知することとしたものである。本見解の主旨は、母体血清マーカー検査には、十分な説明が行われていない傾向があること、胎児に疾患がある可能性を確率で示すものに過ぎないこと、胎児の疾患の発見を目的としたマススクリーニング検査として行われる懸念があることといった特質と問題があること等から、医師は妊婦に対し本検査の情報を積極的に知らせる必要はなく、本検査を勧めるべきでもないというものである。

各都道府県、政令市、特別区におかれては、御了知の上、管下市町村、関係団体、医療機関等に本見解を周知するとともに、医療機関等が本見解を踏まえ、適切に対応するよう指導方よろしくお願いする。

また、同委員会においては、羊水検査、絨毛検査等、その他の出生前診断についても、十分な説明に基づく同意を得て行われる必要があるとの意見が出されたことから、医療機関等がその他の出生前診断についても適切に対応するよう指導方よろしくお願いする。

別添

母体血清マーカー検査に関する見解(報告)

(平成一一年六月二三日)

(厚生科学審議会先端医療技術評価部会出生前診断に関する専門委員会)

Ⅰ はじめに

医学・医療技術の進歩に伴い、出生前診断技術が向上しており、一部の疾患については、胎児の状況を早期に診断し、子宮内で、あるいは出生後に早期に治療を行うことも可能になってきた。しかし、現在、先天異常などでは、治療が可能な場合が限られていることから、この技術の一部は障害のある胎児の出生を排除し、ひいては障害のある者の生きる権利と命の尊重を否定することにつながるとの懸念がある。現在、我が国においても、また、国際的にも、障害のある者が障害のない者と同様に生活し、活動する社会を目指すノーマライゼーションの理念は広く合意されており、平成八年には旧優生保護法が母体保護法に改正され、優生思想に基づき優生手術、人工妊娠中絶等を認めていた条項が削除されたところである。

こうした中で、諸外国や我が国の関係学会においても出生前診断に関するガイドラインを作成する方向にある。出生前診断は医療の問題のみならず、倫理的、社会的、心理的な問題も含んでいることから、この問題の検討に当たっては、医学のみならず、多くの分野の関係者の意見を聞くことが求められている。

厚生科学審議会先端医療技術評価部会の中で出生前診断に関する諸問題が検討されることとなり、約一年の間に医療関係団体、法曹関係団体、障害者団体、女性団体等から意見が聴取された。これらの問題の論点は多岐にわたることから、同部会の下に、医学、看護学、遺伝学、法学、生命倫理学の専門家からなる専門委員会が設置され、それぞれの専門的立場から検討を集中的に行ってきた。今般、母体血清マーカー検査に関する見解をとりまとめたので報告する。

Ⅱ 検討の趣旨

出生前診断は、胎児が出生する前に胎児及び母体の状況を把握するために行われる。

現在実施されている診断技術には、羊水検査、絨毛検査、超音波検査、母体血清マーカー検査等がある。それらの中で、最近導入された母体血清マーカー検査は、妊婦から採取した少量の血液を用いて血中のα―フェトプロテイン、hCG(free―β hCG)、エストリオール(uE3)などの物質が、胎児が二一トリソミー(ダウン症候群)等であった場合にそれぞれが増減することを利用して、胎児に二一トリソミー等の疾患のある確率を算出する方法であり、その簡便さから、今後広く普及する可能性がある。

しかし、この検査に関する事前の説明が不十分であることから妊婦に誤解や不安を与えていること等が指摘されており、厚生科学審議会先端医療技術評価部会での検討においても早急な対応が必要とされている。このため、本専門委員会では、まず、母体血清マーカー検査に関する見解をとりまとめることとしたものである。

Ⅲ 母体血清マーカー検査の問題点と対応の基本的考え方

一 問題点

(一) 妊婦が検査の内容や結果について十分な認識を持たずに検査が行われる傾向があること

母体血清マーカー検査は、検査が簡便であり、また、検査前の説明が十分でない場合があることから、妊婦がその検査の内容、検査結果等について十分な認識を持たずに検査を受ける傾向がある。そのため、胎児に疾患がある確率が高いと説明された場合、妊婦は、動揺・混乱し、その後の判断を誤ったり、精神的な不安から母体の健康に悪影響が及ぶ場合がある。

(二) 確率で示された検査結果に対し妊婦が誤解したり不安を感じること

母体血清マーカー検査は、胎児が二一トリソミー、神経管欠損等である可能性を単に確率で示すものに過ぎず、確定診断を希望する場合には、別途羊水検査等を行うことが必要となる(注一)。また、確率が高いとされた場合にも大部分の胎児は当該疾患を有しておらず、確率が低いとされた場合にも胎児が当該疾患を有する可能性がある。この検査の特質の十分な説明と理解がないままに検査を受けた場合、妊婦が検査結果の解釈を巡り誤解したり不安を感じる場合がある。

(注一) 神経管欠損の一部については、羊水検査、超音波検査等でも確定診断できない。

(三) 胎児の疾患の発見を目的としたマススクリーニング検査として行われる懸念があること

母体血清マーカー検査は、母体から少量の血液を採取して行われる簡便さから、妊婦にも受け入れられ易い。その結果、不特定多数の妊婦を対象に胎児の疾患の発見を目的としたマススクリーニング(ふるい分け)検査として行われる可能性がある。

二 対応の基本的考え方

本来、医療の内容については、受診者に適切な情報を提供し、十分な説明を行った上でその治療を受けるかどうかを受診者自身が選択することが原則である。

しかし、前述したとおり、本検査には、(一)妊婦が検査の内容や結果について十分な認識を持たずに検査が行われる傾向があること、(二)確率で示された検査結果に対し妊婦が誤解したり不安を感じること、(三)胎児の疾患の発見を目的としたマススクリーニング検査として行われる懸念があることといった特質や問題点があり、さらに後述(Ⅳ行政・関係学会等の対応)のとおり、現在、我が国においては、専門的なカウンセリングの体制が十分でないことを踏まえると、医師が妊婦に対して、本検査の情報を積極的に知らせる必要はない。また、医師は本検査を勧めるべきではなく、企業等が本検査を勧める文書などを作成・配布することは望ましくない。

しかしながら、妊婦から本検査の説明の要請があり、本検査を説明する場合には別紙のような内容について十分に配慮すべきである。

Ⅳ 行政・関係学会等の対応

母体血清マーカー検査については、検査を実施する医師のみの対応では被検査者の倫理的、社会的、心理的問題の解決が容易でない場合がある。そのため、医師は日頃から先天性障害や遺伝性疾患に関する専門的な相談(カウンセリング)を実施できる機関との連携を図る必要がある。しかし、現時点では、このような専門的な機関の数が限られていることから今後、このような専門家が育成され、専門機関が増えていくよう、行政・関係学会等の一層の努力が必要である。

また、これらの専門機関が活用されるよう、専門的なカウンセリングを実施する機関の登録システムを構築し、その情報を医療機関に提供することはもとより、広く一般に提供する必要がある。さらに、本検査の実態を把握するとともに、本検査が適正に実施されるよう指導する必要がある。

(別紙)

母体血清マーカー検査の説明と実施に当たり配慮すべきこと

医師は、見解本文に書かれた検査の特質と問題点を理解した上で、本検査に対して妊婦から相談があった場合には、次のことを十分に説明し、妊婦が自発的に検査を受ける選択をした場合に限り実施するか、若しくは、それが可能な施設に紹介すべきである。

本検査については、実施される場合には、少なくとも次のことに配慮され、慎重に行われるべきである。

【検査前】

Ⅰ 母体血清マーカー検査の説明と実施に当たり、医師は検査前に次のことを行う。

一 この検査を希望する妊婦又は妊婦本人及びその配偶者(事実上の婚姻関係と同様の事情にある者を含む。以下同じ。)に対し、必ず次のことを前もって説明する。説明は個別に口頭で説明するとともに文書で補足し、その際、平易な言葉を用い、質問には納得いくまで応え、思いやりのある態度で接するとともに、秘密保持に留意する。

(一) 生まれてくる子どもは誰でも先天異常などの障害をもつ可能性があり、また、障害をもって生まれた場合でも様々な成長発達をする可能性があることについての説明。

1) 障害をもつ可能性は様々であり、生まれる前に原因のあった(先天的な)ものだけでなく、後天的な障害の可能性を忘れてはならないこと。

2) 障害はその子どもの個性の一側面でしかなく、障害という側面だけから子どもをみることは誤りであること。

3) 障害の有無やその程度と本人及び家族の幸、不幸は本質的には関連がないこと。

(二) 検査の対象となる疾患(主に二一トリソミー及び神経管欠損)に関する最新の情報についての説明。

1) これらの疾患の特徴及び症状。

2) これらの疾患をもって出生した子どもに対する医療の現状。

3) 出生後の経過は一様でなく、個人差が大きいことから、出生後の生活は様々であること。

4) これらの疾患や合併症の治療の可能性及び支援的なケアについての情報。

(三) 検査の目的・方法・原理・結果の理解の仕方等についての説明。

1) 検査結果は、母体血液中のα―フェトプロテイン、hCG、エストリオールなどの物質が、胎児が二一トリソミー等であった場合に増減することを利用して確率計算して得られた数値を、年齢固有の確率にかけて算出されること(注二)。

2) 検査結果は、二一トリソミー以外の疾患、母体の合併症、既往分娩歴、個体差等によっても影響を受ける可能性があること。

3) 母体が高年齢になると、年齢固有の確率のウエイトが大きくなるため、自ずと確率が高くなること。

4) 検査結果が出た場合には、速やかにそれを伝えること。

5) 再検査は意味がないとされていること。

(注二) 算出された確率は、理解されやすいように説明する必要がある。二一トリソミーである確率は例えば三〇〇人のうち一人(一/三〇〇)であるとか、逆の言い方で三〇〇人中二九九人は二一トリソミーではない等の表現で説明する。危険率、陽性/陰性、リスクが高い/低いなどの表現は、胎児の状態が危険であるとか、好ましくないなどと誤解されることを避けるため、被検査者に対する説明には使用しない。

(四) 予想される結果とその後の選択肢についての説明。

1) 二一トリソミーについての正確な情報を得るためには確定診断(羊水検査)が必要であること。ただし、羊水検査によって一/三〇〇の確率で流産が起こる可能性があること。

2) 検査の結果が二一トリソミーの治療にはつながらないこと。

3) 検査の結果、確率が低く出ても胎児が二一トリソミー等ではないと保障できるものではなく、また、それら以外の疾患をもっている可能性もあること。

4) 神経管欠損等についてのより正確な情報を得るには、精密な画像診断(MRIを含む。)が必要であること。

二 以上の事項について十分説明した上で、妊婦又は妊婦本人及びその配偶者から文書による同意を得るとともに、診療録にその旨を記載し、文書を保存する。

三 対象となる疾患を専門とする医師や医療機関と連携し、必要な情報を収集するとともに、必要な場合にはその専門の医師に速やかに紹介する体制を確立しておく。

四 妊婦及びその配偶者が十分な説明を受けた後も判断に迷う場合には、いつでも専門的なカウンセリングが受けられるよう、日頃からそれらの専門機関との連携体制を構築しておく。

五 検査の説明文書や同意書は、医師が本見解の趣旨に基づいて適切なものを用意する。

Ⅱ 母体血清マーカー検査を行う検査会社は、次のことに留意する。

一 この検査業務で得られる個人情報等についての秘密保持を徹底するとともに、検体は検査後速やかに廃棄し、妊婦の同意なく他の検査や研究に利用してはならない。

二 検査結果の算出方法やそのもととなるデータ等について、広く公表するとともに、検査を実施する医師に説明する。

【検査後】

母体血清マーカー検査を実施する医師は、検査後に次のことに留意する。

一 検査結果について、妊婦又は妊婦本人及びその配偶者に分かりやすく説明する。その方法は、【検査前】の一の(三)の(注二)に従って行うこととし、電話や手紙、FAX、電子メールなどによって結果報告を行わない。

二 妊婦又は妊婦本人及びその配偶者が、検査結果の解釈やその後の方針決定に際して、検査前に行った説明の各項目を理解しているかどうかを確認した上で、十分に理解していない点や不明の点についてさらに詳しく説明する。

三 十分な説明に対し十分な理解が得られた後の羊水検査等の方針決定に際しては、妊婦の自己決定を尊重する。

四 検査を実施する医師等の関係者は、検査結果のみならず、すべての個人情報について秘密保持を徹底する。

五 検査結果によっては衝撃を受けたり、大きな不安が生じる場合があるため、妊婦及びその配偶者(必要に応じてその他の家族)に対する十分な心理的ケアと支援を行う。

六 検査後においても、必要に応じて、専門的なカウンセリングが可能な施設を紹介する。

七 当該疾患に関する相談が受けられる機関(医療機関、保健所、福祉事務所等)、本人・親の会及び支援グループの存在やその情報を提供する。

参考資料

<母体血清マーカー検査>

母体血清マーカー検査のうち本邦で最も多く実施されているトリプルマーカー検査は、妊娠一五~一七週の間に母体から数ミリリットル採血し、血液中の三つの成分(α―フェトプロテイン:AFP、絨毛性ゴナドトロピン:hCG、エストリオール:uE3)を測定して、その値から胎児が二一トリソミー(ダウン症候群)であるかどうかを推定する検査で、検査所要日数は通常、約一週間。

この検査では、二一トリソミー以外にも神経管欠損(Neural tube defect)、一八トリソミーも検出可能といわれているが、二一トリソミー以外は判定に用いる日本人のデータが得られていない。

胎児が二一トリソミーである場合、AFPとuE3の中央値が正常対照群に比べて低く、hCGは高くなる。測定値は対照群(二一トリソミーでない群)の中央値の何倍であるか(multiple of the median, MoM値)で表す。これを基に「母体年齢から推定された二一トリソミーの児の出生確率」に、個々のMoM値から換算される「二一トリソミーである見込み率(likelihood ratio)」をかけて、胎児が二一トリソミーである確率を算出する。

このように胎児が二一トリソミー等であるか否かが「確率」として示されることから、確率が低いとされても二一トリソミーの児が生まれる場合があり、また、確率が高いとされてもほとんどの児は健常である。確定診断は羊水検査で行われる。

<α―フェトプロテイン(α―fetoprotein、AFP)>

胎児期に、主に肝で生成される特殊なタンパクで、胎児血中のAFP値は妊娠一〇~一三週で最高となり、その後低下する。AFPの胎児から母体への移行は主に胎盤経由であるが、一部は羊水から羊膜を経由する。二一トリソミーの胎児では対照群(二一トリソミーでない群)と比較し、母体血中AFPのMoM値が低い。

逆にAFPのMoM値が高くなる場合は、神経管欠損(外脳症、無脳症、二分頭蓋、脊髄裂・開放性二分脊髄や脊髄膜瘤)等の可能性が高くなる。

<ヒト絨毛性胎盤刺激ホルモン(human chorionic gonadotropin、hCGまたはfreeβ―hCG>

hCG値は妊娠九~一二週で最高に達し、その後低下するが、二一トリソミーの児を妊娠している場合は、そうでない場合に比べMoM値が高い。

freeβ―hCGはhCGよりも精度が高いとされている。

<非結合型エストリオールunconjugated estiol、uE3>

uE3は胎児の副腎皮質・肝および胎盤から生成されるが、二一トリソミーではそのMoM値が下がるので、AFPとhCGに加えることによって検出精度を上げる目的で使用されている。一般に、AFPとfree β―hCGの二種だけの検査をダブルマーカー、AFPとhCGにuE3を加えた検査をトリプルマーカーと称する。

厚生科学審議会先端医療技術評価部会

出生前診断に関する専門委員会委員名簿

安藤あんどう 広子ひろこ 岩手県立大学看護学部助教授

鈴森すずもり かおる 名古屋市立大学医学部教授

武部たけべ ひらく 近畿大学原子力研究所教授

寺尾てらお 俊彦としひこ 浜松医科大学副学長

長谷川はせがわ 知子ともこ 静岡県立子ども病院遺伝染色体科

古山ふるやま 順一じゆんいち 兵庫医科大学医学部教授、先端医学研究所長

松田まつだ 一郎いちろう 熊本大学名誉教授

山田やまだ 卓生たかお 日本大学法学部教授

(◎委員長、五〇音順敬称略)