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○母子衛生対策要綱
(昭和二三年九月一五日)
(号外各都道府県知事あて厚生次官通知)
拝啓 時下益々御清祥の段慶賀申し上げます。
厚生行政に関しては、日頃格段の御尽力を煩わしており、感謝に堪えないところでありますが、終戦以来主要なる伝染病の著しい減少、結核死亡率の低下等逐次国民の衛生状態の改善せられつつあります中に、妊産婦、乳幼児の死亡率及び罹病率が甚だ高いことは、まことに遺憾であり、わが国が文化的平和国家として成長を遂げてゆくためには、母性及び児童の健康が十分に保証されると共に、その発育状態を改善することが最も緊要な事柄であると考えるのであります。ここにおいて当局と致しましては本年四月に全面的にその施行を見るに至りました児童福祉法の立法の趣旨に則り、従来とかく顧りみられなかつた、母性及び児童の保健の点に関し将来にわたる恒久的対策を樹て、一貫した方針を以つて施策の徹底を期することが、特に緊要と考え、先般来その立案に着手し連合軍最高司令部公衆衛生福祉部とも協議した結果別紙母子衛生対策要綱の承認を得た次第でありますが、更に本要綱は中央児童福祉委員会において慎重に審議された結果、同委員長より改めて意見書として厚生大臣宛提出して参りましたので、厚生省としては本要綱に基いて今後具体的な施策の徹底を期すべく努力してゆく方針であります。
而してこれがためには政府としても母子の衛生保護の重要性に関し新たなる認識に立つて必要なる事業遂行のための経費の面においても、最大の配意をなす必要があり、かかる面に関しては今後当省としても出来る限りの努力を致して参る考えでありますので、地方におかれても、本問題の将来に亘る重要性について十分に御考慮の上、本要綱の線に沿い貴地方の実状に即して今後一段と、母子衛生行政の推進に御尽力下さるよう特に貴長官の格別なる御配慮を希望致す次第であります。
追つて本要綱は既にGHQより地方軍政部を経て各都道府県当局に通達されてありますので御参考迄にその英文を併せてお送り申し上げます。
母子衛生対策要綱
第一 方針
文化的平和国家として日本の将来に於いては、母性及び児童の健康が十分に保証されなければならない。茲に於いて日本の妊産婦乳幼児の死亡率及び罹病率をはるかに低い水準に引き下げ併せて児童の健康及び発育状態を改善することを目標として根本的対策を確立し必要上諸施設を五カ年以内に整備する。
一 妊産婦に対する保健対策に就いては特に左記に重点を置く
(1) 妊娠中毒症の予防と早期治療に努め妊産婦及び胎児死亡の減少を図る。
(2) 妊婦に対する梅毒の診断とその治療に努め流、早、死産の減少を図る。
(3) 入院分娩の普及により毎月胎位異常及び出産時出血による妊産婦死亡及び死産の減少を図る。
(4) 妊婦に対する結核の診断に努め母子に対する結核予防に努める。
二 乳幼児死亡減少対策として特に左記に重点をおく
(1) 乳児に対してはその三大死亡原因たる先天性弱質肺炎及び下痢腸炎並びに先天性梅毒による死亡の減少につとめる。
(2) 小児伝染病の予防につとめその死亡率を低下せしめる。
三 乳幼児の発育状態を改善する為左記に力を注ぐ。
(1) 乳幼児に対する栄養上の標準を定め人工及び混合栄養児に対する牛乳並びに乳製品の供給を十分且つ適当ならしめる。
(2) 乳児に対し蛋白、脂肪、カルシウム、鉄及びビタミンの補給を十分ならしめるため「幼児食」の規格を定めその配給計画を立てる。
第二 実施要領
一 母子衛生組織網の強化
1 母子衛生委員会の設置
妊産婦乳幼児死亡の減少衛生状態の改善に関する恒久的母子衛生対策の調査研究並びに母子衛生事業の振興をはかるため中央児童福祉委員会の中に母子衛生委員会を設ける。
2 母子衛生行政機構の強化
各都道府県衛生部に母子衛生課を設置する。
右においては妊産婦乳幼児保健に関する職員の外、肢体不自由児関係医をも配置する。
3 母子保健指導網の整備拡充(三箇年計画)
(1) 保健所における母子衛生業務の拡充
A 母子衛生専任職員の配置
各保健所に技官(産婦人科医、小児科医)二名(二級)(現在は二名)事務官二名(三級)(現在は専任者なし)保健婦(小児衛生指導専任)五名(現在二名)助産婦(妊産婦衛生指導専任)二名(現在一名)を配置する。
B 巡回指導施設の整備
管内各地を巡回し妊婦乳幼児の検診及び保健指導を行うに足る諸設備を整備する。
二 母子保健指導の徹底
1 母子手帳による妊産婦乳幼児に対する保健指導の徹底化
このため昭和二三年、四年度において母子手帳を0――6年齢層まで追加配布する。
2 妊産婦乳幼児に対する保健指導指針の作製
妊産婦乳幼児に対する保健指導の際の「指針」を作製し左の要領にてその保健指導を行う。
(1) 妊婦
妊娠初期及び末期の二回医師による完全なる健康診断を行う。
初回の診察によつて注意を要すると認められたものに対しては以後毎月一回必要あればそれ以上医師の診察を受けさせる。
なお妊娠期間中助産婦による毎月一回の保健指導を普及させる。
(2) 産婦
助産婦の産褥期の保健指導の外分娩後二カ月以内に医師による産婦の健康診断並びに指導を行う。
(3) 乳幼児
A 生後一カ月以内に保健婦により乳児に対する巡回指導を行う。
B 乳幼児に対する一斉健康診断を年二回行い要注意者に対しては以後毎月一回必要あればそれ以上医師による健康診断を実施する。
C 乳幼児に接種の疾病の防遏を計るため予防接種等その他の必要な処置を行う。
3 実施方法
A 以上の保健指導は保健所を中心として行いその徹底化のため第一項第三号Bによる巡回指導施設の活動にまつものとする。
B 医師会助産婦部会を通じて各地区における一般医師助産婦の協力を得る。
三 母子衛生施設(五カ年計画)
1 助産施設――約二二、○○○床
全妊娠中異常分娩(二○%)及び要生活保護者(一一%)(一箇年の該当者約七三万)を入院分娩せしめるため人口一○万につき三○床の割合に於いて全国二三、五○○床(内現存一、五○○床を差し引く)を設ける。
2 乳児院――約二五、○○○床
医学的社会的及び経済的理由により乳児院に入院を要する者のため人口一○万につき三五床の割合に於いて全国二六、五○○床(内現存一、五○○床を差し引く)を設ける。
3 虚弱児童収容施設 約一八、六○○床
各県少くとも一箇所(一○○床)以上とし全国二二、○○○床(内現存三、四○○床を差し引く)を設ける。
4 肢体不自由児収容施設――約一一、○○○床
収容を要する肢体不自由児のため人口一○万につき一五床の割合に於いて全国一一、七○○床(内現存二八○床を差し引く)を設ける。
四 妊産婦乳幼児栄養対策
母乳分泌――の促進をはかると共に乳児期における消化器障碍による死亡減少と栄養改善による発育促進とをはかる。
1 母子栄養対策委員会の設置
妊婦及び授乳婦に対する蛋白、脂肪、カルシウムの補給を完全にするため乳幼児食の品質の研究及び生産配給計画を審議する。
2 人工混合栄養児に対し牛乳々製品の配給を完全ならしめる。
3 離乳期(六―一二箇月)に於ける乳児に対し離乳食の配給を完全ならしめる。
4 幼児に対し蛋白、脂肪、カルシウム、ビタミン等の補給を完全にする。
五 母子衛生関係技術の向上
母子衛生関係者の技術向上のため左の講習会を行う。
1 行政官公庁関係
A 中央―一 各都道府県母子衛生主務者に対する講習会を中央にて行う会期七日間とする(昭和二三年度)
二 保健所における母子衛生主務者に対する講習会をブロツク毎に行う会期七日間とする(昭和二三年度)
B 地方―一 各都道府県単位に医師助産婦等母子衛生関係者に対し講習を行う(医師会助看保三協会に委託実施)(昭和二四年度)
二 各都道府県単位に児童委員その他関係者に対し講習会を行う(民生委員連盟に委託)(昭和二四年度)
2 保健所勤務母子衛生技術者
A 保健所勤務の母子衛生担当医師に対し母子衛生に関する専門技術の講習を行う。
妊産婦保健三箇月乳幼児保健三箇月とする。
B 保健所勤務の母子衛生担当助産婦及び保健婦に対し講習を行う会期は夫々三箇月とする。
以上二つの講習は主として愛育会に委託之を実施し昭和二四年以降三箇年を以つて完成する。
六 母子衛生思想の普及
1 母子衛生自動車
母子衛生に関する教育資料を備えた自動車を全国八ブロツクに各々一台ずつ設け町村単位に巡回せしめる。
2 映画及び幻燈
母子衛生に関する映画幻燈の作製。
3 放送、新聞等
中央地方を通じて放送、新聞による母子衛生思想の普及。
4 指導用印刷物
離乳期に対する育児用指導カードその他リーフレツト、パンフレツト、ポスター等母子衛生教育用の印刷物を作製し保健所、学校、婦人団体等を通じて配布する。
七 地方別乳幼児保健対策の実施
全国四六都道府県の内乳児死亡率の高い青森県他一○県に対し死亡率の減少を計るためその実体を調査して各般の施策を早急に実施する。