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○麻薬中毒者又はその疑いのある者についての精神衛生鑑定医の行なう診断の方法及び基準について

(昭和三八年一〇月五日)

(薬発第五二六号)

(各都道府県知事あて厚生省薬務局長通知)

標記については麻薬取締法施行令第三条及び第四条の規定によるところであるが、その運用については、次の諸点に御留意のうえ遺憾のないように努められたい。

なお、貴管下関係者に対しても周知徹底方を煩わしたくお願いする。

Ⅰ 麻薬中毒の概念

1 麻薬中毒とは、麻薬、大麻又はあへん(以下「麻薬」という。)の慢性中毒をいうのであつて、この慢性中毒とは、嗜癖にもとづく薬品の常用により精神的身体的に薬品に対する依存を呈しているものであり、必ずしも現在明らかな禁断症状を呈する可能性のあるもののみを指すのではない。

2 麻薬を常用して通常二週間を超えるときは、麻薬に対する精神的身体的な依存を発呈しうるものである。

3 麻薬に対する精神的依存とは、精神的欲求であり、身体的依存とは、麻薬によつて生理的平衡をきたしている状態であつて麻薬から離脱することにより精神的身体的な苦痛を生ずるのを通例とする。

Ⅱ 入院措置を必要とする旨の診断

入院措置を必要とする旨の診断は、次の各項を調査し、観察し、検査して行なうこと。

1 問診又は調査資料にもとづいて麻薬の常用状況を検討する。

2 麻薬の施用の基因する身体の異常

(1) 皮膚及び鼻腔咽頭ねんまくの異常 皮膚及び皮下組織の注射瘢痕及び硬結、血管璧の肥厚

(2) 瞳孔の異常 麻薬中毒者は通常縮瞳を示すが、麻薬の禁断時には散大する。

(3) 禁断症状 禁断症状は、麻薬中毒者が麻薬の施用を禁断して薬効が失なわれたとき一過性に発現する症状である。

禁断症状の強さは、必ずしも使用薬量や期間に相応ずるとは限らないが、それを分類すればおおむね次の三段階に区分することができる。

(ア) 第一度(おおむね軽度)  睡気、あくび、全身違和、発汗、流涙、流涎、鼻漏、倦怠、ふるえ、不眠、食欲不振、不快、不安、茫乎等

(イ) 第二度(中等度) 神経痛様の疼痛、胃痛など原因となつた症状の強化再現、鳥肌、悪寒戦慄、嘔気嘔吐、腹痛下痢、筋畜搦、皮膚の異常知覚、苦悶、感情異変等

(ウ) 第三度(高度)  朦朧、亢奮、暴発、失神、痙攣、心臓衰弱、虚脱等

この禁断症状は、通常麻薬を禁断して第一日から第三日まで位が最も強く、一週間を経過すれば著るしく軽快する。しかし、その後数カ月位はなお気分沈滞、違和感、不安感、睡眠障害等が遺残することがある。

また、禁断症状は施用した麻薬の種類によつて必ずしも同一ではなく、ジアセチルモルヒネは、モルヒネよりもその症状は顕著であり、コカインは幻覚や妄想を示し、ときには譫妄状を呈することがある。

禁断症状は、自律神経系の一過性の失調によることからその者の態度により同程度の症状であつても誇張的に訴える者あるいはこれを努めてかくそうと試みる者があるので注意を要する。

診察時において禁断症状が極めて微弱であるか又は禁断症状の発現が見られない場合であつて他の身体的精神的異常及び麻薬の施用歴等から判断して禁断症状を発現せしめることにより診断する必要があると認めた場合にあつては、塩酸エヌーアリルノルモルヒネ投与による禁断症状誘発検査を行なう。

(4) その他の症状

麻薬中毒者には、自律神経系機能、肝機能、中枢神経系機能(脳波)、内分泌系機能の異常が見られることがあり、かつ、衰弱消耗状態のあることが多い。

3 体内の麻薬の有無

ヘロイン、モルヒネ等の中毒者については、禁断症状その他の症状にてらし特に必要がないと認められる場合を除き、麻薬の施用時より二四時間以内にその者の尿を採取し、ろ紙クロマトグラフ法又は薄層クロマトグラフ法等(別添資料 尿中の麻薬の検出検査方法《ろ紙クロマトグラフ》参照)により検査する。

4 麻薬の施用に基因する精神の異常の有無

思考の持続性、集中性の減退の状態、記憶力の減退の状態、能動性の減退あるいは亢進の状態、幻覚、妄想の発呈状態及び麻薬欲求のための嘘構、反社会的行為の状態につき診査する。

5 性行の異常の有無

情動面の異常傾向及び社会生活における不適応性があるかどうかについて診査する。

6 環境の良否

麻薬の入手及び施用が容易に行なえ又はこれを助長するおそれがあるかどうかについて検討する。

Ⅲ 参考

1 麻薬中毒者は、環境、性行の問題とともに性格的欠陥もその要因として認められることもあるので、その環境及び性行についての調査は、措置入院の要否の決定の場合のほか、麻薬中毒の有無の診断に際しても必要であることに注意しなければならない。

2 医療上麻薬の運用が必要とされる場合があるが、この場合、嗜癖をつくつて不当な常用が行なわれたり、あるいは、誤想常用もしくは過剰常用の行なわれたことにより、麻薬の慢性中毒となる場合もある。

(別添資料)

尿中の麻薬の検出検査方法(ろ紙クロマトグラフ)

Ⅰ 検体尿の採取

尿中に排泄される麻薬は、麻薬の施用量、尿量及び施用後の経過時間によつて著るしく濃度が変動するので、採尿は禁断後二四時間以内にできる限り早期に行ない、少くとも一○○ミリリツトルを採取する。

検体尿は氷室に保存する。

Ⅱ 分析操作

1 前処理

全尿をよく混合し、尿のPHを測定する。

2 加水分解及び抽出

尿中の麻薬を分析する場合は、しばしば反応妨害質が尿中に含まれるためRf値に影響することがあるので、前操作として目的物を純粋に抽出する必要がある。抽出操作を重ねて行なうほど目的物は純粋に抽出されるが、反面回収率は低下する。更に又、施用したモルヒネ類麻薬が尿中に出現する際その大部分がグルクロン酸結合体として排泄されるので、遊離体として検出するためには、予め加水分解を行なつておく必要がある。

加水分解及び抽出操作は次に掲げる(1)及至(3)の何れかの方法によつて行なう。

(1) 検体尿に約一○分の一量の塩酸を加え、水浴上で三○分間加熱し、冷後塩化ナトリウムで塩析する。ついで一○%水酸化ナトリウム液を加えてアルカリ性とし、等量ずつのクロロホルムで三回ふりまぜる。クロロホルム層を除いたのち水層を希塩酸で中和し、さらにアンモニア試液を加えてアルカリ性とし、等量ずつのクロロホルムで三回ふり混ぜて抽出する。このクロロホルム液を合し、水溶上で蒸発し、残留物に希塩酸一滴を加え、再び水浴上で蒸発乾固し、残留物を少量の水に溶かし試科とし、クロマトグラフ操作に付する。

(2) 検体尿に濃塩酸を五%になるように加え、水浴上で三○分間加熱し、冷後、一○%水酸化ナトリウム液を加えてアルカリ性とし、クロロホルムを加えてふり混ぜる。クロロホルム層を除いたのち水層は、塩酸を加えて弱酸性となし、重炭酸ナトリウムを加えて飽和したのち、濃アンモニア水二滴を加えてクロロホルム:イソプロパノール(三:一)で三回ふり混ぜ抽出する。クロロホルム:イソプロパノール層は、重炭酸ナトリウム飽和水溶液で洗滌、芒硝を加えて脱水、炉過したのち、塩酸(二:一)二滴を加えてクロロホルムを留去し、アルコール、水溶液に溶かして試料とし、クロマトグラフ操作に付する。

(3) 加水分解を前記(1)又は(2)に準じて行なう。この際還流冷却器を付し、油浸装置によつて摂氏一○○~一二○度で三○分間加熱することとしても良い。

加水分解を行なつた検体尿に一N水酸化ナトリウム液を加えPH九・○に調整する。つぎに二倍量のジクロルエタン(イソアミルアルコールを一○%含む。)を加えて五分間激しくふり混ぜたのち、遠心器を用いてジクロルエタン層を分取し、残液に再び前記と同様にジクロルエタン(イソアミルアルコールを一○%含む。)を加えてふり混ぜ、抽出する。この前後二回分のジクロルエタン液を合し、温浴上で熱風により蒸発乾固する。得られた乾燥物質をメチルアルコール(イソアミルアルコールを一○%含む。)○・四ミリリツトルに充分に溶かし、試料とし、クロマトグラフ操作に付する。

3 クロマトグラフ操作

モルヒネ類のろ紙クロマトグラフ法としては、上昇法、下降法、逆相クロマト法等があり、また使用するろ紙、展開剤についても多種多様となるので、対象とする麻薬及び混在する物質に応じ適当なものを選び行なうべきであるが、概ね、次の方法によることが確実である。

ろ紙:東洋炉紙№50又は№51

二・五センチ×四○センチ

展開液:n―ブタノール:氷酢酸:水=五:一:四の上層

展開法:ろ紙の下端から七センチの位置に試料をつけ上昇法で二○~三○センチ展開する。

発色剤:塩化白金ヨウ化カリウム液又は、ホルマリン硫酸試液

(鋭敏度の点で前者が優れている。)

※ 塩化白金ヨウ化カリウム液の調製法

一○%塩化白金酸H2P+CI6 一ミリリツトルに四%ヨウ化カリウム液二五ミリリツトルを加え、さらに水二四ミリリツトルを加えて、よく混合する。

4 確認

対照として、塩酸モルヒネ等検査の対象とする麻薬を蒸溜水及び正常尿に適当量溶かした液について同様操作によつて展開し、Rf値の比較及び発色剤による色調(青色系の色)により、麻薬の有無を判定する。