添付一覧
○埼玉県浦和市における感染性下痢症患者の集団発生について
(平成二年一一月一日)
(健医発第一、四七三号・衛食第一五五号・衛水第二五二号)
(各都道府県知事・各政令市市長・各特別区区長あて厚生省保健医療・生活衛生局長連名通知)
感染症対策、食品衛生対策及び飲用水の衛生対策の推進については、かねてより格別の御配慮をお願いしているところであるが、今般、埼玉県浦和市において私立幼稚園の園児を中心とした感染性下痢症患者の集団発生があり、幼児二名が死亡するに至った。本件については、埼玉県において所要の対策が実施されているが、厚生省においても一○月二五日に「浦和市における感染性下痢症患者の集団発生に関する専門家会議(以下「専門家会議」という。)」を設置し、本件について検討をお願いした結果、別紙1のとおり意見をいただいたところである。
同意見の趣旨を踏まえ、病原大腸菌の実態把握等の対策並びに食品及び飲用水の衛生確保の対策を左記のとおり講じることとしたので、貴管下関係者に対し、その内容の周知を図られるようよろしく御配意願いたい。
記
1 事件の概要
埼玉県浦和市の私立幼稚園の園児であって下痢症により入院治療を受けていたもの五名のうち二名が、それぞれ平成二年一○月一七日及び同月一八日に入院先で死亡したほか、同月三○日午前九時現在、入院患者数三二名(重症者一二名を含む。)に及ぶものとなった。
これら患者の便からは、これまで我が国においては報告例の少ない○―一五七型等の大腸菌が分離され、血性下痢等の症状等から、同型大腸菌が今回の集団感染事件の原因菌の一つであると考えられている。
また、感染経路としては、当該幼稚園の井戸を利用していた飲用水から同型大腸菌を含む大腸菌群が検出されたことから、飲用水による感染が疑われている。
2 腸管出血性大腸菌に係る知見及び今後の実態把握等の対策について
(1) 今回分離された○―一五七型大腸菌は、感染性下痢症の原因となる病原大腸菌のうち腸管出血性大腸菌とよばれる菌群に属するものであって、一九八二年にアメリカ合衆国で発生した食中毒事件において、初めて分離された比較的新しいものであること。また、我が国においてはこれまで○―一五七型を含む腸管出血性大腸菌による集団感染及び散発感染の事例が報告されてはいるものの、その実態については、いまだ広く知られてはいない状況にあるものであること。
なお、病原大腸菌による症状等については、専門家会議の資料のうち当該部分を別紙2及び別紙3として添付するので参考とされたいこと。
(2) 専門家会議の意見を踏まえ、腸管出血性大腸菌の感染事例について全国的実態調査を実施し、その実態の把握に努めるとともに、同大腸菌に係る医学的知見等を専門家から聴取し取りまとめ、医療機関等に周知する方策を講じること及び同大腸菌による感染の実態把握のための監視体制を整備することにつき検討中であり、その実施については、おって連絡するものであること。
3 食中毒の発生防止等について
(1) 今回の事件に鑑み、病原大腸菌を含めた食中毒の発生防止について、食品関係営業者、集団給食施設等に対し一層の監視指導に努められたい。
なお、腸管出血性大腸菌に汚染された食品を原因とする食中毒の予防については、食品の衛生的取扱い等通常の食中毒予防対策を講じることにより可能であるので、その旨、営業者等に徹底させるとともに、同大腸菌に関する知識を消費者にも広く周知させること。
(2) 食中毒発生時において原因物質として病原大腸菌が疑われる場合は、腸管出血性大腸菌についても留意の上、菌検索を行う等対策を講じることとし、同大腸菌の検査が可能な体制を早急に整備すること。
4 飲用井戸等の衛生対策の徹底等について
特に以下の事項に留意のうえ「飲用井戸等衛生対策要領」(昭和六二年一月二九日衛水第一二号厚生省生活衛生局長通知)に基づく飲用水の衛生確保の一層の徹底を図られたい。
(1) 多数の者の利用に供されている業務用飲用井戸及び一般飲用井戸については、関係機関とも連携をとってその実態の把握、個別的な指導等を行うこと。
(2) 保健所等地方公共団体の機関が飲用井戸等の水質検査を行った結果、水質基準に不適合とされた場合については、その内容を十分設置者等に周知すること。特に健康に関連する項目において水質基準に不適合とされた場合においては、設置者等に対して、その具体的内容、当面の対応方法を十分指導するとともに、水道の給水可能な区域にあっては、水道への加入を強く勧めること。
(3) 水道法第二○条第三項に規定する厚生大臣の指定する者が飲用井戸等の水質検査を行った場合にあっても、(2)と同様の対応をするとともに、水質基準に不適合とされた場合には、保健所等へ連絡するよう周知すること。
(4) 水道の給水可能な区域における未加入者に対して水道事業者と連携のうえ、水道への加入促進を図るよう広報活動等に努めること。
別紙1
浦和市における感染性下痢症患者の集団発生に関する専門家会議意見
(平成二年一○月二五日)
平成二年一○月一七日、一八日、埼玉県浦和市のしらさぎ幼稚園園児で下痢症で同県立小児医療センターに入院していた五名のうち二名が、入院先の病院で死亡した。その後事態の解明がすすむにつれて、多数の園児及び家族の一部を含む比較的大規模な集団発生事件であることが明らかとなり、平成二年一○月二五日現在で入院患者は重症患者一三名を含めて三○名以上に及んでいる。患者の便から我が国にはまだ報告例の少ない○一五七型等の大腸菌が分離され、血性下痢や激しい腹痛等の主症状及び一部の患者に見られる溶血性尿毒症症候群等の臨床的特徴から本型菌が今回の集団感染事件の原因菌のひとつであると考えられる。感染経路としては、当該幼稚園内の井戸を利用していた飲用水から大腸菌群が検出されたことから、飲用水による感染が疑われる。
今回分離された○一五七型大腸菌は、感染性下痢症起因菌である病原大腸菌の一部で腸管出血性大腸菌とよばれる菌群に属するが、本菌は一九八二年にアメリカ合衆国で発生した食中毒事件において初めて分離された比較的新しい菌型であり、以来我が国においても○一五七型を含む腸管出血性大腸菌による集団もしくは散発感染事例が報告されてはいるものの、その実態については、余り知られていない現状である。
二名の死亡者を出したという本事件の社会的重大性に鑑み、以下の点について、早急な対応がとられることが望まれる。
(1) 今後の対策に資するために、腸管出血性大腸菌による感染事例について全国的実態調査を実施し、その実態の把握に努めること。また、本菌に係る医学的知見等を専門家から聴取するとともに、それを取りまとめ医療機関等に周知する方策を検討すること。
(2) 腸管出血性大腸菌による感染の実態把握のための監視体制の整備につき検討すること。
(3) 感染性下痢症起因菌である本菌群による食品を通じた感染の予防のためには、食品の衛生的取扱(冷蔵・加熱等)など、通常の食中毒予防の対策で充分であることを広く国民に周知すること。
(4) 本菌群は飲用水によっても経口感染するので、井戸水等の飲用水の衛生管理について全国的に徹底を図ること。
別紙2
溶血性尿毒症症候群
1 概要
本症は、溶血性貧血、腎障害、血小板減少を主症状とする急性疾患である。
これらの所見に先行して、胃腸炎、かぜ様症状が認められる。
2 病因
原因は特定できないが、感染性または遺伝等が考えられる。
3 発生状況
通常、五歳以下に発症する。地域的には、南アフリカ、カリフォルニアで風土的発生が見られることがある。
4 症状
本症は、かぜ様症状、胃腸炎のあと一週間以内に突然発症する。
溶血性貧血、腎症、血小板減少が三大徴候である。その他、血性下痢症、痙攣等がみられることがある。腎症は、軽症では徐々に回復していくが、重症例では、貧尿が持続し、高血圧を伴った進行性腎不全へと腎不全がより一層進展していく。
5 治療
特に有効な治療法がなく、一般的に治療方針は合併症としての腎不全と血液学的所見をコントロールすることにむけられることとなる。
腎障害の合併症としては、乏尿、電解質異常、アシドーシス、高血圧等である。これらに対する治療は、水分のコントロール、重炭酸ナトリウムの非経口的投与による代謝性アシドーシスの矯正、適当な熱量の投与である。
貧血が重症であれば、新鮮血輸血、赤血球輸血が必要である。また、血小板減少による出血には、血小板輸血が必要である。
以上のような保存的療法にもかかわらずに腎不全による末期的所見がみられれば人工透析が必要となる。
6 予後
治癒率は南アフリカのような地方病的地域では八五%に達しているが、特発例しかみられない北アメリカでは治癒率はこれよりも低い。
別紙3
病原性大腸菌による下痢症
1 発生状況
一般に、乳幼児および小児が罹患しやすい。
2 分類及び症状
病原大腸菌の性質によって次の四者に区別できる。
(1) 侵襲型(赤痢型)
腹痛、発熱、血便等の赤痢症状を呈する。
(2) 非侵襲型(サルモネラ型)
多くの病原大腸菌はこの型に属している(○一八、○一二六等)。
サルモネラに似た急性胃腸炎の形で発病する。
(3) 毒素原性大腸菌
易熱性の毒素(LT)、耐熱性の毒素(ST)によって下痢をひきおこす。水や食物による集団発生のあることが認められている。
(4) 出血性大腸菌(○一五七等)
一九八二年に初めて報告された。Verocytotoxinを産生し出血をおこす。
3 予防対策
病原性大腸菌の感染源は、患者の糞便及びそれに汚染された食品、水、器物、手指である。したがって、予防対策としては以下の三点に注意する必要がある。
(1) 食品の衛生的な取扱い(保存、運搬、調理)をして汚染を防ぐとともに、低温に温度管理し菌の増殖を抑えること。
(2) 飲料水について定期的に水質検査を行い、衛生管理に努めること。
(3) 手指をよく洗い、器物も十分洗浄して用いること。
4 潜伏期
一般に一二~七二時間、○一五七は四~九日(平均五・七日)
5 予後
乳児を侵したある劇的な流行では三○~五○%の死亡率が報告されているが、通常死亡率は五%以下である。
6 治療
いずれの型にも症状出現後早めに抗生物質を投与し、菌の増殖を抑えるべきである。抗生物質の選択は、感受性検査を行い決定するが、通常TCやニューキノロン系が使用される。
赤痢型、サルモネラ型大腸菌では、抗生物質により治療を継続するが、毒素原性大腸菌では下痢による脱水症状をおこしやすいので輸液が必要となる(対症療法)。出血性大腸菌による症状には、輸血等の対症療法が必要である。