添付一覧
○精神衛生法等の一部を改正する法律の施行について
(昭和六三年四月六日)
(発健医第一〇八号)
(各都道府県知事あて厚生事務次官通知)
「精神衛生法等の一部を改正する法律」(以下「改正法」という。)は、昭和六二年九月二六日法律第九八号をもつて公布されたところであるが、改正の基本的な考え方及び内容は次のとおりであるので、十分御了知の上、改正の趣旨を踏まえ貴管下市町村を含め関係団体、関係機関等に対してその周知徹底を図るとともに適正な指導を行い、その実施に遺憾なきを期されたく、命により通知する。
第一 改正の基本的な考え方
近時の精神医療、精神保健をめぐる状況には種々の変化が見られるところであり、精神医学の進歩等に伴い入院中心の治療体制からできるだけ地域中心の体制を整備していくとともに、多様化し、複雑化する現代社会において、広く国民の精神保健の向上を図ることが重要な課題となつてきている。
今回の改正は、こうした諸状況の変化を踏まえ、国民の精神保健の向上を図るとともに、精神障害者の個人としての尊厳を尊重し、その人権を擁護しつつ、適正な医療及び保護を実施し、かつ、その社会復帰の促進を図るため、国民の精神的健康の保持及び増進に関する事項、精神医療審査会の設置、精神保健指定医制度の導入、任意入院の手続き等に関する事項、精神障害者社会復帰施設に関する事項その他の事項に関して精神衛生法その他の関係法律を見直し、所要の措置を講ずるものであること。
第二 主要な改正事項の内容等
一 法律の題名及び目的等に関する事項
(一) 法律の題名を「精神保健法」に改めたこと。
(二) この法律の目的を、精神障害者等の医療及び保護を行い、その社会復帰の促進並びに発生の予防その他国民の精神的健康の保持及び増進に努めることによつて、精神障害者等の福祉の増進及び国民の精神保健の向上を図ることとしたこと。
(三) 国及び地方公共団体の義務に、社会復帰施設を充実すること、精神保健に関する調査研究を推進すること及び国民の精神保健の向上のための施策を講じることを加えたこと。
(四) 国民は、精神的健康の保持及び増進に努めるとともに、精神障害者に対する理解を深め、及び精神障害者等がその障害を克服し社会復帰しようとする努力に対し協力するように努めなければならないこととしたこと。
二 入院制度等に関する事項
(一) 入院形態について
ア 精神病院の管理者は、精神障害者を入院させる場合においては、本人の同意に基づいて入院が行われるように努めなければならないことを規定したこと。
イ 本人の同意に基づく入院を推進する見地から、自らの入院について同意する精神障害者の入院形態として、「任意入院」を法律上位置付け、次の事項を規定したこと。
(ア) 精神病院の管理者は、入院に際し、任意入院者に対して退院等の請求に関すること等を書面で知らせ、自ら入院する旨を記載した書面を受けなければならないこと。
(イ) 任意入院者から退院の申出があつた場合には、その者を退院させなければならないこと。この場合において、精神病院の管理者は、その者の医療及び保護のため入院を継続する必要があると五の精神保健指定医(以下「指定医」という。)が認めたときは、当該者に対し、(二)―エの退院等の請求に関すること等(以下単に「退院等の請求に関すること」という。)を書面で知らせ、七二時間を限り退院させないことができることとしたこと。
ウ 措置入院等について、その適正な実施を確保するため次の事項を規定したこと。
(ア) 指定医は、措置入院及び緊急措置入院の必要があるかどうかを判定するに当たつては、公衆衛生審議会の意見を聴いて厚生大臣が定める基準によらなければならないこと。
(イ) 都道府県知事は、措置入院者に対し、入院措置を採る旨、退院等の請求に関すること等を書面で知らせなければならないこと。
(ウ) 入院措置の解除及び仮退院に当たつては、指定医の診療を要件としたこと。
(エ) 緊急措置入院の入院期間の限度を四八時間から七二時間に改めたこと。
エ 保護義務者の同意による入院等についてその適正な実施を確保するため次の事項を規定するとともに、保護義務者の同意による入院の呼称を「医療保護入院」に改めたこと。
(ア) 医療保護入院及び仮入院に当たつて、指定医による診療を要件としたこと。
(イ) 医療保護入院が必要と認められる者について保護義務者につき家庭裁判所の選任を要する場合であつて、かつ、当該選任がなされていないときは、家庭裁判所による保護義務者の選任がなされるまでの間、扶養義務者の同意により四週間を限り、入院させることができるものとしたこと。
(ウ) 精神病院の管理者は、医療保護入院又は仮入院により入院を行う場合においては、当該措置に係る者に対し、退院等の請求に関すること等について、書面で知らせなければならないこととしたこと。ただし、医療保護入院については、当該精神障害者の病状に照らして当該精神障害者の医療及び保護を図る上で支障があると認められる間においてはこの限りでないこととしたこと。
(エ) 精神病院の管理者は、医療保護入院により入院している者((イ)により入院した者を除く。)を退院させたときは、一○日以内にその旨等を都道府県知事に届け出なければならないものとしたこと。
オ 精神科救急に対応するため「応急入院」を設け、次の事項を規定したこと。
(ア) 対象者は、指定医による診療の結果、精神障害者であり、かつ、直ちに入院させなければその者の医療及び保護を図る上で著しく支障があると認めたものであること。ただし、その者について医療及び保護の依頼があつた場合において、急速を要し、入院のための保護義務者(エ―(イ)の場合においては扶養義務者)の同意を得ることができないときに限られること。
(イ) 精神病院の管理者は、応急入院を行う場合においては、当該措置に係る者に対し、退院等の請求に関すること等について書面で知らせなければならないこととしたこと。
(ウ) 入院は、厚生大臣の定める基準に適合するものとして都道府県知事が指定する精神病院に限り、七二時間を限度として認められること。
(エ) 精神病院の管理者は、応急入院の措置を採つた場合には、直ちに当該措置を採つた理由等を都道府県知事に届け出なければならないこと。
(二) 入院患者の処遇等
ア 信書の発受の制限、都道府県その他の行政機関の職員との面会の制限その他の行動の制限であつて特に人権上重要な厚生大臣の定めるものについては、これを行うことができないものとするとともに、患者の隔離その他の行動の制限であつて厚生大臣が定める著しい行動の制限については、指定医が必要と認める場合でなければ行うことができないこととしたこと。
イ 厚生大臣は、精神病院に入院中の者の処遇について必要な基準を定めることができることとし、精神病院の管理者は、この基準を遵守しなければならないものとしたこと。
ウ 精神病院の管理者は、措置入院者及び医療保護入院者の症状等を、厚生省令で定めるところにより、定期に都道府県知事に報告しなければならないものとしたこと。
エ 精神病院に入院中の者又はその保護義務者は、都道府県知事に対し、退院又は処遇の改善のために必要な措置を採ることを命ずることを求めることができることとしたこと。
オ 厚生大臣は、アの行動の制限及びイの基準を定めるに当たつては、公衆衛生審議会の意見を聴かなければならないこととしたこと。
三 精神医療審査会に関する事項
(一) 精神医療審査会の設置
精神障害者の入院の要否及び処遇の適否に関する審査を行うため、都道府県に、精神医療審査会(以下「審査会」という。)を設置することとしたこと。
ア 審査会の委員は、五人以上一五人以内とし、精神障害者の医療に関し学識経験を有する者(指定医である者に限る。)、法律に関し学識経験を有する者及びその他の学識経験を有する者のうちから、都道府県知事が任命することとしたこと。
イ 審査会は、精神障害者の医療に関し学識経験を有する者のうちから任命された委員三人、法律に関し学識経験を有する者のうちから任命された委員一人及びその他の学識経験を有する者のうちから任命された委員一人をもつて構成する合議体で審査の案件を取り扱うものとしたこと。なお、合議体を構成する委員は審査会が定めることとしたこと。
(二) 審査
ア 都道府県知事は、次の場合には、審査会に審査を求めなければならないこととしたこと。
(ア) 定期の報告及び医療保護入院者に関する入院時の届出を受けた場合 その入院の必要があるかどうかに関しての審査
(イ) 退院又は処遇の改善のための請求を受けた場合 その入院の必要があるかどうか又はその処遇が適正であるかどうかに関しての審査
イ 審査会は、必要があると認めるときは、関係者の意見を聴くことができることとしたこと。また、ア―(イ)の審査をするに当たつては、当該請求を行つた者及び当該審査に係る患者の入院している精神病院の管理者の意見を聴かなければならないものとすること。ただし、審査会がその必要がないと特に認めた場合にはこの限りでないものとしたこと。
ウ 都道府県知事は、審査会の審査の結果に基づき、その入院が必要でないと認められた者を退院させ、又は精神病院の管理者にその者を退院させることを命じ若しくはその者の処遇の改善のために必要な措置を採ることを命じなければならないものとしたこと。また、退院等の請求を行つた者に対しては、審査の結果及びこれに基づき採つた措置を通知するものとしたこと。
四 地方精神保健審議会に関する事項
(一) 地方精神保健審議会
ア 地方精神衛生審議会の名称を地方精神保健審議会に改めるとともに、その所掌事務に、都道府県知事の諮問に応じ、一般患者に対する医療に要する費用の負担に係る申請に関する必要な事項を審議することを加えることとしたこと。
イ 地方精神保健審議会の委員は一五人以内とし、精神保健に関し学識経験のあるもの及び精神障害者の医療に関する事業に従事するもののうちから都道府県知事が任命することとしたこと。
(二) 指定病院の指定の取り消し
都道府県知事が指定病院の指定を取り消そうとするときは、地方精神保健審議会の意見を聴かなければならないこととしたこと。
(三) 精神衛生診査協議会
精神衛生診査協議会を廃止し、同協議会の所掌事務については地方精神保健審議会の所掌としたこと。
五 精神保健指定医に関する事項
(一) 指定の要件
ア 現行の精神衛生鑑定医制度を見直すこととし、厚生大臣が、次に該当する医師のうち必要な知識及び技能を有すると認められる者を、その者の申請に基づき、公衆衛生審議会の意見を聴いて指定する「精神保健指定医」制度を創設したこと。なお、厚生大臣が(ウ)の精神障害及び経験の程度を定めようとするときは、公衆衛生審議会の意見を聴かなければならないものとしたこと。
(ア) 五年以上診断又は治療に従事した経験を有すること。
(イ) 三年以上精神障害の診断又は治療に従事した経験を有すること。
(ウ) 厚生大臣が定める精神障害につき厚生大臣が定める程度の診断又は治療に従事した経験を有すること。
(エ) 厚生大臣又はその指定する者が行う研修(申請前一年以内に行われたものに限る。)の課程を修了していること。
イ アにかかわらず、厚生大臣は、指定医の指定を取り消された後五年を経過していない者その他指定医として著しく不適当と認められる者については、公衆衛生審議会の意見を聴いて、指定をしないことができることとしたこと。
(二) 指定後の研修
指定医は、五年ごとに、厚生大臣又はその指定する者が行う研修を受けなければならないこととしたこと。
(三) 指定の取消し
ア 指定医が医師免許を取り消され、又は医業の停止を命ぜられたときは、厚生大臣はその指定を取り消すものとしたこと。
イ 指定医がこの法律若しくはこの法律に基づく命令に違反したとき又はその業務に関し著しく不適当な行為を行つたときその他指定医として著しく不適当と認められるときは、厚生大臣は、公衆衛生審議会の意見を聴いて、その指定を取り消すことができることとしたこと。
(四) 指定医の職務
指定医は、医療保護入院等に係る入院の必要性の判定を行うほか、公務員として、措置入院者に係る入院の必要性の判定、精神病院に対する立ち入り検査等のうち厚生大臣又は都道府県知事が指定したものを行うこととしたこと。
(五) 精神衛生鑑定医との関係
改正法の施行の日において精神衛生鑑定医である者については指定医とみなすこととしたこと。
六 精神病院等に対する監督に関する事項
(一) 報告徴収等
厚生大臣又は都道府県知事は、必要があると認めるときは、精神病院の管理者に対し、当該精神病院に入院中の者の症状又は処遇に関し、報告を求め、立入調査等を行うことができることとするとともに、精神病院の管理者又は入院についての同意をした者等に対し、その入院のための必要な手続きに関し、報告等を求めることができることとしたこと。
(二) 改善命令等
厚生大臣又は都道府県知事は、精神病院の管理者に対し、二―(二)―イの厚生大臣が定める処遇の基準に適合しないと認める等のときは、その処遇の改善のために必要な措置を採ることを命ずることができることとしたこと。
七 精神障害者の社会復帰等に関する事項
(一) 相談・援助等
精神病院の管理者は、精神病院に入院中の者の社会復帰の促進を図るため、その者の相談に応じ、必要な援助を行い、及びその保護義務者等との連絡調整を行うように努めなければならないこととしたこと。
(二) 精神障害者社会復帰施設
ア 精神障害者の社会復帰の促進を図るため、都道府県、市町村、社会福祉法人、医療法人等は、次に掲げる精神障害者社会復帰施設を設置することができることとしたこと。なお、設置については都道府県を除き、社会福祉事業法(昭和二六年法律第四五号)の定めるところによるものとすること。
(ア) 精神障害者生活訓練施設
精神障害のため家庭において日常生活を営むのに支障がある精神障害者(精神薄弱者を除く。)に対し日常生活に適応することができるように、低額な料金で居室その他の設備を利用させ、必要な訓練及び指導を行うことにより、その者の社会復帰の促進を図ることを目的とする施設
(イ) 精神障害者授産施設
雇用されることが困難な精神障害者(精神薄弱者を除く。)が自活することができるように、低額な料金で必要な訓練を行い、及び職業を与えることにより、その者の社会復帰の促進を図ることを目的とする施設
イ 精神障害者社会復帰施設の設置の促進を図るため、国、都道府県は、その設置及び運営に要する費用に関して補助することができることとしたこと。
八 罰則
今般の制度改正に伴つて、精神病院の管理者、指定医等の違反に対する罰則規定を追加するとともに、都道府県知事による退院命令等に対する違反行為については行為者のほかその法人等に対しても罰則を適用する、いわゆる両罰規定を設ける等、罰則に関して所要の規定の整備を行うこととしたこと。
九 関係法律の改正
(一) 社会福祉事業法の改正
社会福祉法人等が精神障害者社会復帰施設を設置できるよう、精神障害者社会復帰施設を経営する事業を、新たに第二種社会福祉事業としたこと。
(二) 医療法の改正
医療法人が精神障害者社会復帰施設を設置できるよう、医療法人の附帯業務の範囲に、精神障害者社会復帰施設の設置を加えたこと。
(三) 公衆浴場法の改正
精神障害者の人権擁護の推進と社会復帰の促進の観点に立つて、利用制限等の見直しとして精神障害者に係る公衆浴場の利用規制を見直したこと。
一○ 経過措置等
(一) 改正法の施行に伴う経過措置として、改正法施行の際現に改正前の精神衛生法の規定により措置入院、緊急措置入院、同意入院若しくは仮入院により入院している者又は仮退院している者については、それぞれ精神保健法の規定により、措置入院、緊急措置入院、医療保護入院若しくは仮入院により入院し、又は仮退院したものとみなされるものであること。
(二) 施行期日
改正法は、公布の日(昭和六二年九月二六日)から起算して一年を超えない範囲内において政令で定める日から施行すること。
ただし、二―(一)―ウ―(ア)の基準、二―(二)―アの行動の制限、二―(二)―イの基準、並びに五―(一)―ア―(ウ)の精神障害及びその診断又は治療に従事した経験の程度については、厚生大臣は、この法律の施行前においても公衆衛生審議会の意見を聴くことができることとしたこと。
(三) 検討
政府は、改正法の施行後五年を目途として、新法の規定の施行の状況を勘案し、必要があると認めるときは、新法の規定について検討を加え、その結果に基づいて所要の措置を講ずるものとすることとしたこと。