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○神経管閉鎖障害の発症リスク低減のための妊娠可能な年齢の女性等に対する葉酸の摂取に係る適切な情報提供の推進について
(平成一二年一二月二八日)
(健医地生発第七八号・児母第七二号)
(都道府県・政令市・特別区各母子保健主管・栄養主管部(局)長あて厚生省児童家庭局母子保健課長・厚生省保健医療局地域保健・健康増進栄養課生活習慣病対策室長通知)
近年、先天異常の中で、二分脊椎などの神経管閉鎖障害について、欧米を中心とした諸外国により疫学研究が行われ、妊娠可能な年齢の女性等へのビタミンBの一種である葉酸の摂取がその発症のリスクを低減することが報告されている。また、欧米諸国においては妊娠可能な年齢の女性に対して、神経管閉鎖障害の発症リスクの低減のため、葉酸摂取量を増加させるべきであると勧告している。
一方、我が国においては、諸外国と比較して、二分脊椎の発症率が低いこと等の理由から、これまで関連する疫学調査はほとんど行われておらず、また、神経管閉鎖障害のリスク低減のための葉酸の利用について特段の対応は行われてこなかった。
しかしながら、平成一一年に報告された神経管閉鎖障害の発症率が低い中国南部における研究においても、葉酸の摂取が神経管閉鎖障害の発症リスクを低減させるとの調査結果が示されたこと、平成一一年度の厚生科学研究において、我が国の二分脊椎の発症率が増加傾向にあることが報告されたこと、さらに今後、食生活の多様化により、食物摂取の個人格差が大きくなり、葉酸摂取が不十分な者が増加する懸念もあること等から、我が国の現状を踏まえた葉酸の摂取による神経管閉鎖障害の発症リスクの可能性について検討する必要性が生じてきた。
このため厚生省児童家庭局母子保健課においては、関係する専門家からなる検討会を設置したところであり、本年一二月に同検討会において、別添「神経管閉鎖障害の発症リスク低減に関する報告書」がとりまとめられたところである。
厚生省では、本報告書をもとに検討した結果、神経管閉鎖障害の発症が葉酸の摂取不足のみから生じるものではなく、葉酸摂取は神経管閉鎖障害の発症に関する一因子であるという観点から、我が国において葉酸の摂取により神経管閉鎖障害の発症リスクが低減する確実な証拠があるとはいいがたいものの、葉酸の摂取により一定の発症リスクの低減がなされるものと考えられることから、現時点で得られている妊娠可能な年齢の女性等の葉酸摂取による神経管閉鎖障害のリスク低減に関する科学的な知見について正確に情報提供を行うことが必要と判断し、当面の間、別紙「神経管閉鎖障害の発症リスク低減のための妊娠可能な年齢の女性等に対する葉酸の摂取に係る情報提供要領」に基づく方策を保健医療関係者等を通じて広く一般に周知することとした。
ついては、妊娠可能な年齢の女性等の自らの判断に基づき神経管閉鎖障害の発症リスクの低減が推進されるよう、別紙要領に基づく、妊娠可能な年齢の女性等に対する適切な情報提供について管内市町村、保健医療に係る関係団体等への周知方よろしくお願いする。
なお、現時点における我が国の神経管閉鎖障害の発症リスク低減の効果について明確な疫学的根拠が確立していないことから、厚生省においては、上述の方策の周知と併せて、今後、我が国における疫学研究の推進や葉酸の摂取状況、葉酸の利用効率、葉酸摂取と神経管閉鎖障害の関連性等の調査研究を行い、その結果を踏まえた更なる方策の検討を行うこととしている。
本件については、(社)日本医師会、(社)日本産科婦人科学会、(社)日本母性保護産婦人科医会、(社)日本小児科学会、(社)日本小児保健協会、(社)日本小児科医会、(社)日本薬剤師会、(社)日本看護協会、(社)日本助産婦会、(社)日本栄養士会に対しても、その会員に対する周知を図るよう依頼していることを、念のため申し添える。
(別紙)
神経管閉鎖障害の発症リスク低減のための妊娠可能な年齢の女性等に対する葉酸の摂取に関する情報提供要領
第一 目的
本要領は、保健医療関係者が、妊娠可能な年齢の女性、妊娠を計画している女性及び妊産婦等に神経管閉鎖障害の発症リスク低減のために葉酸の摂取に係る適切な情報提供を実施し、本人の判断に基づいた適切な選択が可能となることを目的する。
第二 葉酸及び神経管閉鎖障害の一般的な情報について
一 葉酸について
葉酸はビタミンB群の水溶性ビタミンで造血に作用する。不足すると貧血が生じることがあるが過剰な場合に発症する疾患は特に知られていない。体内の蓄積性は低く、毎日摂取することが必要である。
葉酸は緑黄色野菜、果物などの身近な食品に多く含まれる。
二 神経管閉鎖障害について
神経管閉鎖障害は、主に、先天性の脳や脊椎の癒合不全のことをいう。脊椎の癒合不全を二分脊椎といい、生まれたときに、腰部の中央に腫瘤があるものが最も多い。また、脳に腫瘤のある脳瘤や脳の発育ができない無脳症などがある。
我が国において神経管閉鎖障害の発症率は、一九九八年で出産(死産を含む)一万人対六・〇、うち二分脊椎は三・二程度とされている。
第三 我が国において葉酸摂取による神経管閉鎖障害の発症リスク低減を行う必要性について
我が国における葉酸摂取による神経管閉鎖障害の発症リスク低減の効果については、現時点では、明確な疫学的根拠が確立されている訳ではないが、以下の理由から、我が国においても、諸外国と同様に、葉酸摂取による神経管閉鎖障害の発症リスクの低減のための方策を講じることが適切である。
ア 諸外国で行われた複数のいわゆる栄養補助食品を用いた疫学研究の結果において、葉酸が神経管閉鎖障害の発症リスクを低減するというほぼ一致した成績が得られていること。
イ 葉酸の代謝物が神経管閉鎖障害の発症機序に関与するという医学的な根拠が示されていること。
ウ 欧米諸国を中心に一九九〇年代より葉酸摂取による神経管閉鎖障害の発症リスクの低減対策が実施されていること。
エ 一九八〇年代以降の出生前診断技術の向上に伴う人工妊娠中絶などの影響により、ウの対策による神経管閉鎖障害の発症リスクの低減の効果は必ずしも明確ではないが、最近の米国サウスカロライナのデータから葉酸摂取による神経管閉鎖障害の発症リスク低減の効果が示唆されていること。
オ 中国南部での介入研究を含む最近の研究の成果をもとに評価を試みたところ、我が国においても葉酸摂取により神経管閉鎖障害の一定の発症リスクの低減が推定されること。
カ 我が国においても、近年、二分脊椎の発症が増加傾向にあること、また食生活の多様化により、食物摂取の個人格差が大きくなり、葉酸摂取が不十分な者が増加する懸念もあること。
第四 神経管閉鎖障害の発症リスク低減のための葉酸摂取についての情報の啓発・普及に当たっての一般的な注意事項について
一 神経管閉鎖障害の発症は遺伝要因などを含めた多因子による複合的なものであり、その発症は葉酸摂取のみにより予防できるものではなく、一定量の葉酸の摂取により集団としての発症のリスクの低減が期待できるという性格のものであることを説明する必要があること。
特に、既に神経管閉鎖障害の児の出産既往歴のある母親については、過度の不安を招かないよう、その発症に葉酸の摂取が寄与した可能性は必ずしも高くないことなどについて説明することが必要である。
二 妊娠を計画している女性に対して葉酸の摂取の意義について情報提供をする場合には、妊娠中のみならず妊娠前からの適切な健康管理が重要であることを周知する必要があること。
すなわち、妊娠中の母体の健康と胎児の健全な発育のため、日頃から多様な食品を摂取することにより栄養バランスを保つなど食生活を適正にし、妊娠中の禁煙・禁酒が不可欠であることなどを周知していくことが求められる。
第五 保健医療関係者の情報提供のあり方について
保健医療関係者は、葉酸摂取の情報提供を行うに当たり、妊娠可能な年齢の女性等の本人の判断に基づく適切な選択を可能とし、また過度の不安を招かないよう、以下の情報を提供すること。
ア 妊娠可能な年齢の女性に関しては、神経管閉鎖障害の発症リスクを低減させるためには、葉酸摂取が重要であるとともに、葉酸をはじめその他ビタミンなどを多く含む栄養のバランスがとれた食事が必要であること。
イ 妊娠を計画している女性に関しては、神経管閉鎖障害の発症リスクを低減させるために、妊娠の一か月以上前から妊娠三か月までの間、葉酸をはじめその他のビタミンなどを多く含む栄養のバランスがとれた食事が必要であること。
なお、野菜を三五〇g程度摂取するなど、各食品について適正な摂取量を確保すれば、一日〇・四mgの葉酸の摂取が可能であるが、現状では食事由来の葉酸の利用効率が確定していないことや各個人の食生活によっては〇・四mgの葉酸摂取が困難な場合もあること、最近の米国等の報告では神経管閉鎖障害の発症リスク低減に関しては、食事からの摂取に加え〇・四mgの栄養補助食品からの葉酸摂取が勧告されていること等の理由から、当面、食品からの葉酸摂取に加えて、いわゆる栄養補助食品から一日〇・四mgの葉酸を摂取すれば、神経管閉鎖障害の発症リスクが集団としてみた場合に低減することが期待できる旨情報提供を行うこと。
ただし、いわゆる栄養補助食品はその簡便性などから過剰摂取につながりやすいことも踏まえ、高用量の葉酸摂取はビタミンB12欠乏の診断を困難にするので、医師の管理下にある場合を除き、葉酸摂取量は一日当たり一mgを越えるべきではないことを必ずあわせて情報提供するとともに、いわゆる栄養補助食品を利用することが、日常の食生活のあり方に対する安易な姿勢につながらないよう周知すること。
ウ 神経管閉鎖障害の児の妊娠歴のある女性に関しては、神経管閉鎖障害発症のリスクが高いことから、妊娠の一か月以上前から妊娠三か月までの間、 医師の管理下での葉酸の摂取が必要であること。
エ 妊娠を計画している女性に関しては、妊娠中のみならず妊娠前からの適切な健康管理が重要であること。すなわち、妊娠中の母体の健康と胎児の健全な発育のため、日頃から多様な食品を摂取することにより栄養のバランスを保つなど食生活を適正にし、妊娠中の禁煙・禁酒が不可欠であること。
第六 葉酸摂取の際の留意事項について
一 摂取時期について
先天異常の多くは妊娠直後から妊娠一〇週以前に発生しており、特に中枢神経系は妊娠七週未満に発生することが知られている。このため、多くの妊婦が妊娠して又は妊娠の疑いを持って産婦人科の外来に訪れてからの対応では遅いと考えられることから、多くの研究報告と諸外国の対応では、葉酸の摂取時期を少なくとも妊娠の一か月以上前から妊娠三か月までとしている。一方、妊娠が判明してからの摂取でも効果がみられたとする報告もある。
二 摂取量及び摂取方法について
葉酸の摂取については、以下の点を考慮する必要がある。
ア 調理による損失
葉酸は熱に弱く、調理に際して五〇パーセント近くが分解するか、水溶性のためにゆで汁に溶出するため、調理によって失われやすい。
イ 利用効率について
食品中の葉酸(folate)といわゆる栄養補助食品中の葉酸(folic acid)の体内の利用効率について差がある。いわゆる栄養補助食品の葉酸は生体内の利用効率が八五パーセントと見積もられているのに対して、食品中の葉酸は代謝過程に様々な段階があるため、利用効率が低下する。幾つかの研究では、食品中の葉酸の利用効率は五〇パーセント程度と見積もられている。
ウ 摂取方法について
第六次改定日本人の栄養所要量に基づき作成した食品構成に従って食品摂取を行えば、葉酸〇・四mgが摂取できるものと推計される。なお、二一世紀の国民健康づくり運動である「健康日本二一」では野菜(葉酸が多く含まれる)の摂取量の増加を目指しており、現在一日二九二gの摂取量を二〇一〇年に一日三五〇gにすることを目標としている。
各栄養素の摂取は日常の食生活によることが基本となるものであり、安易にいわゆる栄養補助食品に頼るべきではない。
しかしながら、妊娠を計画している女性に関しては、葉酸の摂取が神経管閉鎖障害の発症リスクの低減に効果があることを示している疫学研究の全てにおいていわゆる栄養補助食品が使用されていること、食品中の葉酸(folate)についても理論的には効果があると推定されるが現時点では証拠が得られていないこと、諸外国がいわゆる栄養補助食品を利用している状況なども考慮し、日本でも既に販売されているいわゆる栄養補助食品の活用についても説明する必要がある。
エ 摂取量について
これまでの疫学研究においては、葉酸摂取量が一日〇・三六~五mgの範囲で、いわゆる栄養補助食品を用いた摂取方法による神経管閉鎖障害の発症リスクの低減がみられている。また、主要国の葉酸摂取の勧告では一日〇・四~五mgとなっている。疫学研究において、葉酸摂取量の増加に伴い大きな低減がみられるという関係は認められていないことから、発症リスクの低減に有効である最小摂取量を概ね一日〇・四mgであると考え、食事に加え、いわゆる栄養補助食品による一日〇・四mgの葉酸摂取の情報提供を行うこととした。
オ 他の薬物服用による影響について
抗てんかん剤等長期にわたって服用が必要な薬剤の中には、葉酸の欠乏を生じるものもあることから、これらの情報について医師に対する情報提供が必要である。