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○精神科の治療指針

(昭和三六年一〇月二七日)

(保発第七三号)

(各都道府県知事あて厚生省保険局通知)

現行「精神病の治療指針」(昭和三十二年三月二十日保発第一八号の二厚生省保険局長、厚生省公衆衛生局長通達)を廃止し、別紙のとおり定める。

精神科の治療指針

概説………………………………………………………

特殊療法

I 持続睡眠療法………………………………………

Ⅱ 神経梅毒の熱療法並びに抗生物質療法…………

Ⅲ 電気シヨツク療法…………………………………

Ⅳ インシユリンシヨツク療法………………………

V 精神外科……………………………………………

Ⅵ 特殊薬物療法

I フエノチアジン系化合物及びその類似化合物……………

Ⅱ レセルビンその他……………………………………………

Ⅱの2 ブチロフエノン系化合物………………………………

Ⅲ イミノジベンチル系化合物、その類似化合物

及びその他…………………………………………………

Ⅳ ヒドラジン系化合物………………………………………

V カルピプラミン系化合物…………………………………

Ⅶ 精神科領域で用いられるその他の薬物……………………

Ⅷ 抗てんかん剤…………………………………………

Ⅸ アルコール中毒の抗酒剤療法…………………………

X 精神療法…………………………………………………

ⅩⅠ 作業療法……………………………………………………

概説

医学の各分野にみられるように精神医学においても、いくつかの特殊治療がある。その各々については後に章を設けて示すが、大部分は長いものでせいぜい三十年位の歴史しかもたない。これらの特殊療法の進歩は真にめざましいといわねばならない。これによつて頑固な精神疾患あるいは軽症の精神疾患が往年とちがつて高率の治療成績を示しているのみならず、精神症状も著しい好転をみるに至つている。こうして特殊療法の進歩によつて多数の精神障害者とその家族が大きな恵みをうけている。そしてまた精神医学に深い関心をもつようになつた医学各分野一般の努力によつて近い将来になお進んだ治療方法が見出される希望は多分にある。精神疾患の研究、治療法の発見改善は明日の医学の大きな課題の一つであり、したがつて多くの精神医学者が、現在この方面の研究に没頭している。しかし半面精神医学をもつて単なる医療技術とみなす偏見に陥ろうとする傾きなしとしない。それは精神医学が、異常精神現象を通じての総合的な人間探究の学であることを軽視する傾向が一部にあらわれていることである。

重症のものでは入院をもつて治療の第一歩が始まるということができるが、正しくは診察と同時に治療が始まるのである。これはある意味では医療一般についていえることかもしれないが、精神疾患については、診察それ自体が切実な治療行為なのである。ある種の精神疾患では特殊療法なしに一定期間の適切な入院生活だけで治ゆする事実や精神療法、生活指導によつて全治する事実が、このことを示している。

精神疾患の治療にとつては、患者との接触はただちに一つの治療技術である。入院生活の指導、配慮は、精神科医が絶えず琢磨しなければならない不可欠の科学的技術である。

初診時、精神科医は他科に比較して、数倍ときには数十倍の長時間にわたつて診察する。それは精神生活の条件となる複雑な人間生活の隅々まで分析し、あるいは他との接触、時には受診をすら拒む患者に根気強い問診を繰返さなければならないからである。しかもこの場合も単なる診断に終ることなく、患者を説得し、誘導し、医療への期待、将来への希望をもたせるような指導的、治療的配慮をもつてなさるべきである。

精神病院への入院は単に疾病の検査や、特殊な治療のためだけになされるのではない。したがつて、理学的な検査や治療行為のときだけでなく、在院中は終日終夜治療しているものと考えねばならない。この観点から不断の病状観察はもとより、院内の環境、身体衛生、衣食住生活等患者の一切の日常生活に関して、その都度適切な処置方針を立てて行くように心がけなければならない。

以上の理由から入院患者の処遇を治療の根本的な方針として、いくつかの項目にわけて説明する。

一 身体疾患

精神障害者は他の病者とちがつて、精神疾患それ自体に対しては自覚がないばかりでなく、身体疾患が併発した場合にも自らその苦痛を訴えることは少ない。そのうえどのような配慮をしても常人とことなり生活が不自然かつ不摂生になりやすく、色々な身体疾患が併発しやすい。

医師は患者の訴えがなくとも、定期的に、身体の健康状態を検査しなければならない。その場合必ず、一人一人衣類をといて観察すべきである。例えば疼痛を訴えないため原因不明の高熱が、裸身で検査して初めて躯幹の膿瘍のためであることが発見されるような例は、ときに精神科医が経験することである。更にこのような急性の疾患よりも注意しなければならないのは慢性の諸疾患である。伝染性疾患は注意を怠るときは患者や職員に多数の犠牲者を出すことがある。特に急性消化器伝染病に対しては炊事職員の定期的な検便を行つて予防に万全を期さなければならない。

元来慢性疾患は、正常な人でも自覚症状は初め軽微であることが多い。したがつて精神障害者がこのような身体疾患による違和を自ら医師に訴えることは少ない。

日常生活における患者の気力の変化にも早く気付かなければならない。それは一人一人の患者についてその精神症状を熟知していて初めてできることである。熟練した医師、看護者さえも、慢性の身体疾患による初期の気力の喪失を精神疾患の症状変化とみあやまることがあるから、この点は注意しなければならない。

二 衣食住生活

患者の衣類の清潔については、身体の場合と同様に外面観察だけでは不十分である。入浴日など一定の日を定めて下着類が清潔であるか否かを検査し、不潔なものを身につけさせていてはならない。下着が用便や女性の生理的排泄物で不潔になつていることは精神障害者ではしばしばあることである。

病室の清潔整頓は精神障害者の生活に即して配慮されねばならない。子供の遊び部屋に、父母が心をつかうように、気持のよい雰囲気、設備、危険の少ない用具の配置が必要である。それには整備された精神病院にみられるように病状に即した特殊な病棟を、すくなくとも数個、性別に設ける必要がある。例えば、自殺の危険の多いうつ病患者の病室に紐類をおかないようにし、衣類の紐にも細心の注意を払い部屋の造作にも周到な配慮をなすべきである。他の精神障害者にもそれぞれ病癖があり、これを防止し、矯正するように衣食住が配慮されることは保護的意味からだけでなく、一歩ずつ正常生活へと導く治療的な意義がある。したがつて、患者が自ら進んで衣食住の環境に関心を持つように導くことは、他の治療と相俟つて、大切な治療手段の一つである。また治療と密接な関係をもつものは食事、即ち栄養であることは勿論である。食事への配慮は拒食、濫食を矯正するといつた消極的手段だけでなく、規則正しい食事や、食器の整頓、後始末更に進んで他の患者の世話をすること等によつて、集団生活の訓練を進めて行くようにしなければならない。このために病棟に患者食堂をもうけることがのぞましい。

これらのことは入院当初から個々の患者の疾病、症状に応じて配慮されねばならないし、短時日のうちに一定の方針が立てられねばならない。これを怠る時は、特殊治療も意義を失つてしまう場合さえある。特に特殊治療後においては絶対に必要な事項であり、治療の最も基礎的な手段である。

三 集団生活―人間関係の改善

精神障害者には医字的に幾多の症状があるが、社会的に広い範囲に協調性を失なつていること、即ち集団性の低下ということが最も重要な問題である。一見目立つた症状がなくなつても、社会生活即ち集団性が回復しなければ治療の意義は十分でないといわねばならない。したがつて昔から行われている教育治療、作業療法は後治療といつた附加療法でなく、不可欠な治療であることを心得ておかねばならない。近代の衝撃、睡眠、外科手術等の特殊療法や薬物治療は、いくつかの症状を消失させはするけれども、患者の社会性を向上させるには不十分な場合がある。故にこれらの特殊療法だけでよしとすることは精神疾患の治療の本質をみあやまつているといえる。

社会性の回復のためには古くから教育治療、作業療法等があるが、レクリエーシヨン療法も決して戦後のものではない。日常生活全般を通じて集団性を高め、一歩でも患者の社会性を向上させることが最も大切なことである。精神病院では、これらの集団療法のために必要な設備、人員を整えることがのぞましい。

患者の社会性向上のためには、患者相互の接触ばかりでなく、患者と医師、看護者、特に終日を病室内で勤務する看護者と患者との入間関係の改善のための指導は精神病院における最も大切な仕事の一つである。

精神科医は不断の精神医学的教育によつて看護者を質的に向上させるように努力しなければならない。

看護者の病室内の行動は患者の治療上影響が大きいばかりでなく、優れた看護技術をもつ看護者の存在は即ち一つの治療である。この意味において精神病院の看護者は、医師と共に医療技術者であつて、他科における看護婦の如く医療技術の補助者であるに止まらない。勿論、理学的治療の補助も行わねばならないが、既述のように、患者の身体健康への細心の注意、衣食住生活への不断の関心とその指導が要求されるのである。

なお患者の所持品、日用品の管理、面会人との立会、自殺、失躁等の不慮の事故防止処置、更に興奮、破壊、暴行等による他の患者や自らの危険防止等も心得ておかねばならない。このように精神病院では看護者は医療の面においても重大な役割を果し、更に作業療法、教育治療、レクリエーシヨン療法、生活指導等において、中心的な働きをするのである。

以上の理由から、精神病院でこれらの看護者を正しく養成教育することは精神科医の大切な技術的役割である。

四 むすび

精神疾患の治療は、単に一つの器官を処置するのではなく、人間そのものを治療し、健康な社会生活ができるように回復させることを目標とするものである。

日進月歩の医学的治療は、精神疾患に対しても次々と新しい特殊療法を見出すであろうが、しかし人間の生活機能、即ち社会生活機能の回復を目指す精神障害者の治療では教育治療、作業療法、その他の生活指導が最終の目的を果すものである。

理学的治療もこの目的を念頭において行われなければ技術の遊戯に終るおそれがある。疾病を治療することは人間を治療することであると古医は教えているが、精神医学では、この言葉は単に道義的な意味ばかりでなく、実際技術として要求されているのである。

特殊療法

I 持続睡眠療法

持続睡眠療法とは強力な催眠剤を用いて、数日から十数日間、ときには三週間ほどにもわたつて患者を傾眠乃至嗜眠状態におき、睡眠時間をも延長させて、鎮静ならびに精神機能の調整をはかる療法である。

一 実施方法

本療法に際しては、スルフオン系、バルビツール酸系、尿素系、ピぺリジン系、ウレタン系等の強力な催眠剤が使用される。この中でも、この療法の主剤としてスルフオナールを使用する方法が古くからわが国で行われている。この場合でも嗜眠状態に入るまで前記の催眠剤を内服又は注射によつて併用する場合が多い。

スルフオナールの量は、普通一日量二・〇~三・〇gを用いるが、身体の強壮度、体重などにより多少加減し、女子及び六十才以上の老人、又は十八才以下の年少者に対しては適当に減量する。投薬を開始してからは、服用したスルフオナールの総量を毎日計算し、常に心機能、体温、脈搏、食思、尿量、尿回数、尿蛋白、便通等に注意し、昼夜を通じてこの催眠時間を正確に記録しなければならない。

この処方を三~五日続けると昼間三~四時間、夜間十時間以上眠るようになる。やがて交感神経の異常緊張がまず消えて、興奮苦悶も鎮まり、患者の全状態は平静に向う。同時に全身倦怠、歩行時動揺、軽度の言語障害、筋肉弛緩などが現われる。ときには眠剤による酩酊状態を呈し、軽度の多動性亢奮を示す場合があるがこの場合、これを軽減し、平静な睡眠に導くために、レセルピン、クロルプロマジンその他特殊薬物療法の項に上げる薬物を併用することもある。

交感神経の異常緊張がとれて、胃腸の運動及び分泌が亢進し、かえつて食欲、便通が良くなることがある。この時期に便秘をおこすものに対しては、適当な下剤を前記処方に加え、または頓服として処方する。

この後全身状態の如何によつてスルフオナールを幾分減量(一日量二・〇~一・五g)するか、あるいは前記処方のまま尚三~四日投薬を続けると、睡眠時期は更に長くなり、昼夜を通して一七~一八時間、乃至二一~二二時間即ち食事時と用便時以外は眠り続けるようになる。これが嗜眠期で、この時期には、患者は刺激を与えれば覚せいするが、放置すれば眠りつづける。瞳孔は多少縮少し軽度の水平眼球振盪言語障害、膝蓋腱反射の減弱又は消失が見られ、歩行は強く失調し、尿量は減少する。舌苔を生じ口渇が現われ、胃腸の運動が減退して食欲も低下し、皮膚は乾燥する。しかし食物は摂取することができ、そしやくもできる。

このときが本療法中最も警戒を要する時期であり、もし食事中も睡気が去らず、食物を口中に含みつつ眠り、あるいは尿失禁をみるような場合は、眠剤による中毒が進んだ徴候であるから、減量または投薬を中止せねばならない。体温、心機能、尿量、尿回数、腹部の状態に細心の注意をし、もし心臓に雑音を聴取し、あるいは心悴亢進を認め、あるいは尿量著るしく減少し、濃厚で、蛋白が検出される場合は、直ちに投薬を中止すべきである。下腹部に糞球を認めたなら、排便につとめる。

本療法は持続麻酔の必要はなく、嗜眠状態を続ければよいので、嗜眠以上にならぬよう薬量を調節する。

以上の嗜眠期を数日続けたのち、全身状態の如何によりスルフオナールの量を減じあるいは中止する。

スルフオナールの一日の排泄量はおよそ一・〇gであるから、一日量一・〇g以下の処方をつづけていると普通次第に覚せいしてくる。

かくして服薬第一日から一〇日~一五日~二〇日位で治療を終る。なお覚せいすると共に精神療法を併用することは、治療の効果をあげる上に大切なことである。

以上によつて一般に治療の目的を達するが、なお効果のない場合は、一定期間をおき、体力の回復をまつて療法を繰返すこともできる。ただしこの際は身体状態に対し格別に深い注意が必要であり、薬の用量に更に慎重でなければならない。

二 異常反応及び副作用

治療中しばしば患者が異常に爽快あるいは刺激性となり、床を離れて動き廻り睡眠も二~三時間に過ぎないような場合がある。これは催眠剤による酩酊状態であつて、多くは後に至つてその記憶の欠損があり、嗜眠期と同じ価値があるがこの場合の処置は前にのべた。

また眠剤に対しては異常に敏感な人があり、少量の眠剤で既に発熱、散瞳、口内炎、発疹、頭痛、呼吸困難、苦悶、不眠、嘔吐あるいは昏睡等の副症状を発し、ときには数g程度で重篤な腎炎をおこすことがあるから注意を要する。このような場合は投薬を中止し、腎機能血中残余窒素等を精査し、全身状態の回復をはかる。

副作用として、腸、膀胱の弛緩または麻痺が起り、高度の秘結、尿閉、腹部膨隆等をみることがあり、まれには胃腸粘膜の過敏のため烈しい嘔吐をおこす場合がある。適宜に処置し、投薬量も調節しなければならない。

これらの副作用に対して、本療法の期間中朝食及び昼食前三〇分に、インシユリン五~一〇単位の筋注を施すと、これを軽減しうる場合がある。

三 療法上の注意

本療法は医師及び看護者の高度の技術と精神的緊張とを要するので、これを行うには周到な準備と、慎重な適応症の選択と、十分な処置が必要である。軽々に行うことは、効果がないばかりでなく、患者の生命にもかかわる極めて危険な治療となる。

(一) この治療法の理想は、少量の薬量で最大の睡眠量をうることである。そのためには病室の遮光、防音その他の設備を十分に考慮しなければならない。

(二) この療法を施される患者は、多くは不安、苦悶、恐怖等の症状をもつものであるから、服薬を拒んで暴行し、あるいはかえつて興奮を強め意識溷濁のまま起き上つて事故をおこすことがある。経験ある医師の絶間ない医療技術的配慮が必要である。

(三) 嗜眠状態におきながら、食事、排尿、排便等の介助、水分の補給をしなければならず、殊に療法の中期では、感冒にかかり易く、肺炎をおこし易いから保温に注意し、熟練した看護者が細心の注意を以つて看護に当らねばならない。

(四) 異常反応としての酩酊状態の際、あるいは治療の初期または後期における軽度の嗜眠のとき、多動となり、徘徊、顛倒、衝突等により、不測の事故をおこすことがあるから注意せねばならない。

(五) 極量以上の薬剤を使用するので、種々の副作用はもとより急速な昏睡、嚥下肺炎、腎障害消化器障害を終始警戒しなければならず、したがつて、全身状態を昼夜観察し、薬量の調節、副作用に対する処置を怠つてはならない。

四 適応症

躁うつ病、退行期うつ病、精神分裂病の躁うつ病様状態又は興奮状態、麻薬及び覚せい剤中毒、神経症、心因性精神病、動脈硬化性精神病及び老年精神病の興奮又はうつ状態、精神薄弱の興奮及び不機嫌状態、精神病質の興奮状態。

五 禁 忌

特異体質その他高度の身体衰弱、肺、心、腎、肝疾患等であるが、特に老人に行うときは注意せねばならない。

Ⅱ 神経梅毒の熱療法並びに抗生物質療法

A 熱療法

一九一七年ワグネルーヤウレツグが、マラリアを接種して発熱させることによつて、進行麻痺患者を治療したことに始まる。この治療法は、そのご幾多の追試によつてその効果が確認され、ペニシリンと並んで、今日もなお進行麻痺その他中枢神経梅毒に対する最も主要な治療法である。そのごこれに刺激されて、各種の熱療法が考案され、それぞれ見るべき成果をあげている。

今日一般に行われている主な熱療法は、次の三種である。

(一) マラリア熱療法 (二) ワクチン熱療法 (三) 硫黄熱療法

一 実施方法

(一) マラリア熱療法

材料はマラリア療法中の患者血液(接種マラリア)をもつてし、採血の時期は、マラリア罹患者が、数回確実な熱発作をおこしたものならば、如何なる時期を選んでも差支えない。接種方法は一〇ccの注射器に〇・一~〇・五%の拘櫞酸ソーダ液を二~三ccを取り、そのまま静脈を穿刺して血液二~五ccを吸引し、血液と拘櫞酸ソーダ液をよく混和した上、被接種患者の静脈か又は皮下に注射する。皮下の場合は、注射方向を各方向にかえて、接種を確実にする必要がある。

潜伏期は静注の場合は四~五日乃至二週間、皮下注の場合はそれより長く、七日乃至三週間であるが、個人差がかなりある。

接種後、反応熱と見られる三八度C前後の発熱をみることがある。また熱発作直前に前部熱といわれる不定型の発熱を示すことがしばしばある。その後悪寒戦慄を伴う真のマラリア熱発作が起る。熱は三八度C以上に達し、三~六時間持続し、分利状に下熱する。これを第一回の熱発作とする。次いで一日置いて第二回の発作が襲来し、かくして隔日に規則正しく熱発作を反復するものが定型的の熱型である。しかし接種マラリアが前記のような三日熱型をとらず、中途から変型をきたし毎日熱型となる場合もある。中には前半毎日熱型をとり、後半三日熱型になるなど不規則なものもある。

発熱回数は、患者の全身状態の如何により、必らずしも一定し難いが、大体は一〇回位が適当である。

所期の発熱回数が得られたなら、発熱を中絶する。この場合は一般に塩酸キニーネを使用する。最初三日間〇・五g宛一日二回、その後四日間〇・五g宛一日一回連続投与する。

塩酸キニーネで下熱し難いときは、キニーネ・カフエイン注射液を用いるとよい。

(二) ワクチン熱療法

注射材料としては淋菌ワクチン、チフスワクチン及び大腸菌ワクチン等が使用される。注射法はワクチン原液のまま静脈内に注射すればよい。注射量は、初回〇・一ccより開始して反応に注意し次いで漸次増量する。遂に二~三cc、ときにはそれ以上に達することもある。普通隔日に注射し発熱状況によつて加減する。

発熱回数は大体一五~二〇回をもつて一クールとする。もし注射量を三~五cc位まで増量してしかも所期の発熱が見られない場合は一旦注射を中止し一週間以上の休養期をおいて第二回のクールを再開してもよい。また注射回数を重ねるにしたがい、一般に発熱しにくくなるものであるが、このような場合、三〇分~一時間の間隔をおいて注射を追加する重畳法を用うるとよいことがある。

発熱の状況は、ワクチン注射後三〇分位で悪寒戦慄を伴つて発熱、その持続時間は割合短かく、大体一時間位で下降し始め、約三~四時間で平熱となる。

(三) 硫黄熱療法

本法は精製硫黄の二~五%オレーフ油溶液を、二~三日毎に臀筋内に三~五ccを注射して発熱させるのである。

注射後発熱までの時間は長く、大体一〇~二〇時間で熱発作がおこる。一〇~一五回をもつて一クールとする。注射部位には発赤腫脹があり、疼痛がつよい。

二 熱療法施行時の注意

進行麻痺の患者の中には相当衰弱しているものがあるから、かかる場台には先ず体力の回復をはかる心要がある。熱療法中には、熱発作が重なるにしたがい、貧血、食欲不振、体重減少がみとめられ、ときには、黄疸、下痢、浮腫、心臓衰弱等が併発することもあるから厳重に警戒する必要がある。全身状態特に心機能には、常時細心の注意を怠つてはならない。

発熱中神経痛を訴え、あるいは療法中これが悪化するものもある。また発熱中意識溷濁し譫妄状態を呈し、不安焦躁、幻覚等を伴う場合もある。

ワクチン療法は一般に副作用は少いものであるが、特異体質には危険を伴うこともあるから注意しなければならない。

三 適応症

進行麻痺、脊髄癆、脳梅毒、脊髄梅毒、先天梅毒、晩期梅毒、潜伏梅毒。

四 禁 忌

心臓障害の高度のもの、高年者、衰弱の甚しいもの、肝、腎、脾等の慢性疾患及び活動性肺結核等である。しかし陳旧な非活動性の肺結核には、注意して行えば実施可能である。

高年者、高血圧者、衰弱者に対してワクチン熱療法を選ぶとよい。

B 抗生物質療法

現在主としてペニシリン(バイシリン、レオシリンを含む)が用いられている。ペニシリンは各種梅毒性疾患の治療に広く使用されるが、中枢神経梅毒においてもその奏効が認められている。なお発熱療法が禁忌の状態のものにおいては特にペニシリン療法を実施すべきである(抗生物質療法については「性病の治療指針」をも参照されたい)。

神経梅毒は他の臓器の梅毒と異なり頗る頑固でありしたがつてこれを治ゆせしめるためには多量の薬剤を必要とする。

一 実施方法

(一) 油性又は水性プロカインペニシリン一回六〇万単位を一日一回筋注する。一クールの使用総量は脳脊髄梅毒では六〇〇乃至一、〇〇〇万単位、進行麻痺、脊髄癆では一、二〇〇乃至一、五○〇万単位を投与するが、症状及び経過よりみてなお本療法を継続することが望ましい場合は、その効果を十分期待しうる際に限つて稀には二、〇〇〇乃至三、〇〇〇万単位まで使用されることがある。

(二) ペニシリン療法は熱療法と同時に開始するのが原則である。治療期間も短縮できるし、一層の効果を期待できる。

(三) 進行麻痺で全身衰弱の高度のもの、興奮のはげしいものにおいては熱療法を直ちに行うことは危険であるので、栄養の回復をはかると共にまずペニシリン療法を実施すべきである。

(四) 熱療法と併用する場合にとくに熱療法の実施上の注意を厳守することはいうまでもない。

二 適応症

進行麻痺、脊髄癆、脳梅毒、脊髄梅毒、先天梅毒、晩期梅毒、潜伏梅毒。

Ⅲ 電気シヨツク療法

本法は安河内、向笠(一九三九)、ツエルレツテイ及びビニ(一九三八)等によつて創始され、もともと精神分裂病に対する特殊療法として考案されたものであるが、そのご他の疾患にもひろく応用されて急速に普及し、精神科領域における特殊療法中、最も一般化した治療法である。

一 実施方法

患者を仰臥させ、両側前頭部に電極をあて、電圧を八〇~一一〇ボルト(普通一〇○ボルト前後)として一~五秒(普通二秒程度)通電する。これを一~三日の間隔をおいて一〇~二〇回位くり返す。なお数回実施して効果を期待し得ない場合は直ちに中止し、他の療法に切換えらるべきである。

他に耳介通電による無痙攣電気シヨツク療法及び重積電撃療法がある。前者は頭蓋の一定個所から脳に刺激を与えうること痙攣も無痙攣の意識喪失も任意に起しうること及び患者に電撃様の不快感を与えないことなどが利点として挙げられているが、現在あまり広く行われていない。

後者は毎日二回以上五回位まで痙攣をおこさせる方法であつて、痙攣が終り、痛覚の出現をまつて、連続的に次の通電を行う方法であるが、永続的な脳損傷をおこすおそれもあり、極めて特別な場合をのぞき、これを濫用すべきでない。

二 療法上の注意

(一) 皮膚の火傷を防ぎ、且つ抵抗を少くするために、電極は脱脂綿とガーゼで包み、濃食塩水に十分浸しておく。

(二) 着衣はゆるやかにし、又尿失禁をきたすことがあるから、あらかじめ排尿させておく。

(三) 痙攣の際歯牙を損傷し、舌、口腔に咬傷を生ずるおそれがあるからガーゼで包んだゴム等を奥歯に噛ませておく。

(四) 痙攣の終つた後、直ちに呼吸の回復しない場合には、時を移さず人工呼吸を施し、正常呼吸となるまで、よく看護しなければならない。

(五) シヨツク後朦朧状態において、烈しい運動、興奮を示す場合があるから、実施の場所を考慮し、ときによつては保護衣、保護帯などの用意をしておく必要がある。完全に意識を回復するまで、少くとも一時間以上は安静に仰臥せしめ、実施に際しては必ず二人以上の看護員の介助が必要である。

(六) 実施に先立ち、十分患者を説得し、受療を納得させる必要はあるが中には、殊に回数を重ねるにしたがい、甚しくこれを拒むものがある。かかる場合には、バルビツール酸系の薬物の静注等による全身麻酔の処置を行うもやむをえない。またこれによつて、前記の朦朧状態における運動興奮を防ぎあるいはときとして生ずる脱臼殊に(顎関節、肩胛関節)、骨折(脊椎胛)などの防止に役立つ利点がある。

(七) 施行回数は普通一〇~二〇回が標準であるが、疾患の種類により、また時期により異り、必ずしも一定しない。急性精神病では、数回の治療で好転するものもある。精神分裂病なども、初期(発病半年以内)に行えば、一〇数回の治療で、約半数が寛解する。

しかし、慢性の経過をたどるものにおいては、症状の増悪のつど、施術することがあるので、長期間にわたり、次第に回数が重なり、数十回、あるいはそれ以上に及ぶのやむなき場合もある。このような場合、自発的に痙攣発作をおこすようになることがある。即ち電気シヨツクを反復重ねていると、自発性に痙攣発作が起つてくることがある。最低三〇回で既にこれをみることすらある。シヨツクの回数が通計五〇回以上になつた場合は、警戒しなければならない。

フエノバルビタール等の投与により、大部分は治ゆするものであるが、このような自発性の痙攣発作をみた場合には、当然施術を中止し、他の療法に転ずべきである。

電気シヨツク療法においては、一過性の記銘力低下はさけられないが、殊に重積電撃療法では健忘症候群と、いわゆる電気ぼけは必発の症状であつて、やむなくこの方法をとる場合でも、施行には極度に慎重でなければならない。

三 適応症

精神分裂病、躁うつ病、心因反応、反応性精神病。

神経症、神経衰弱、麻薬中毒、覚せい剤中毒、酒精中毒性、精神病等があげられる。

四 禁 忌

器質性脳疾患、高血圧、動脈硬化症、心、肺、腎疾患の併発症のあるもの、妊娠等に対しては禁忌であるが、程度如何により、軽度のものには施行しうる場合もあるが、十分慎重でなければならない。

Ⅳ インシユリンシヨツク療法

一九三五年ザーケルがこれを発表して以来二~三年にして分裂病に対する最も強力な治療法として世界的な声価を獲得したが、いわゆる精神科の特殊療法として挙げられるものの中で、最も高度の技術を要するものであり、又危険率も大きく、それだけ医療看護の労力は大きい。

一 実施方法

(一) 朝食を禁じ、一定時刻(七~八時)にインシユリンを皮下注射する。

(二) 最初は一〇~二〇単位より開始し、毎日一〇単位ずつ漸増する。

(三) 昏睡に入つたら、これをシヨツク量の基準とする。

(四) シヨツク量は個人により非常に差異がある。ときに五〇単位以下で昏睡に入るものがあるが中には二〇〇~三〇〇単位以上に及ぶものもある。二〇〇単位近くまで上るときはチツクザツク法によつて用量の軽減をこころみる。

(五) 注射を継続するうちに、シヨツク量の変動がおこる場合があるから、注意深く調節する必要がある。

(六) 昏睡に入つた時間を厳重に注意し、三〇分以内に覚せいさせる。

(七) 昏睡の判定を誤らないよう注意せねばならぬ。昏睡の程度はなかなか決定し難いが、あまり深くなるまでまつ必要はない。

(八) 準備期を除き衝撃二〇~三〇回を一クールとする。病状により三〇回以上に及ぶこともありうる。

二 療法上の注意

(一) インシユリンシヨツク量は、個人により、時期により、著るしい差があるので、シヨツク量がきまつたのちも、毎日低血糖症状の発現するまでの時間、状態をよく観察し、そのごの注射量の加減に細心の注意を払わなければならない。治療の最後には最初のシヨツク量の半量ぐらいですむこともある。

(二) 半シヨツク状態における看護には、三人程度の人員を要する場合が多い。覚せいさせる場合も同じ位の看護員を必要とする。

(三) インシユリンシヨツク療法の危険は、いうまでもなく、遷延シヨツクであつて、これは患者自身の特異体質その他の条件よりも、直接療法施行上の不注意、用量の不適、昏睡におく時間等によるものであるから医師の責任は重大である。

(四) 療法に要する時間は、注射より覚せいまで毎回おおむね四時間であるが、この間は医師も看護員も、万全の注意をせねばならない。

(五) 医師一人、看護員三人を一チームとして、同時に三人以上の治療は困難である。

三 適応症

精神分裂病のうち、比較的新鮮な例で、異常体験、妄想状態を主とする不安興奮性のものが第一であるが、その他緊張病性のものでも、電気シヨツク療法などで、所期の効果をみない場合は行なう必要もある。発病後一年以内のものを適応とするが、週期性の傾向のあるものや、人格崩潰の程度の軽いものでは、なお多少とも効果の期待できることもあるから、他の療法が無効な場合は、こころみることもやむをえない。分裂病以外の、例えば躁状態、うつ状態あるいは初老期うつ病等では、是非必要であるとはいえない。その他神経症、精神病質等に対して行なうことは適当でない。

なお電気シヨツク療法、カルヂアゾル衝撃療法も多くの場合インシユリンシヨツク療法に劣らぬ効果をあげうるものであるから療法選択に当つては留意さるべきである。

四 禁 忌

心臓、腎臓、肝臓等に重い併発症のある場合、活動性の肺結核、高度の全身衰弱等。

V 精神外科

一九三五年モニスが前頭葉白質切截術(ロボトミー)を案出した。この術式はその後アメリカに移入され、フリーマンとウオツツがこれを改良し、更に幾多の追試、改良を経て普及するに至つた。精神外科療法は急速に普及したため、幾分濫用のきらいがあり、これを実際に行なうに当つては、適応症の選択に特に慎重でなければならない。精神外科療法は、前記の特殊療法と異り、脳髄に外科的侵襲を加え、後に何らかの欠陥を残すものであるから、手術を軽視し、あるいは術前術後の精神医学的観察を怠つて、単に手術のし放しになるようなことは、極力さけねばならない。また現在の特殊療法を十分行なつても、なおかつ初期の効果を得られない場合においてのみ、最後の手段として考えられるべきものである。

一 精神外科の対象疾患

(一) 精神分裂病

他の特殊療法を十分に行なつても全くその効果がなく、幻覚、妄想、異常体験が残存し、それに対し不安、困惑を示し、感情的緊張の認められるものは適応症として考えられる。

パラフレニー型のもの、長年にわたる神経症様状態、躁うつ病的色彩を有するもの(混合精神病)緊張病症状を反復し人格の核心の保たれているもの、いわゆる非定型的分裂病で長期頑固な症状を示すものに対して効果の期待されるものがある。重篤な結核、心臓病等の合併症のためシヨツク療法が行なえず、薬物療法で効果がない例なども手術の対象となる場合がある。

(二) 躁うつ病

躁病は手術の対象とならない。うつ病も予後はよく、特殊療法によつて処置できるので原則として行なうべきではない。躁状態とうつ状態とを頻繁にくり返えし、寛解状態が殆んどみられず、そのため社会的適応性が持続的に障害されているような例が対象として考えられる。不安、苦悶がつよく自殺念慮をもつ頑固なうつ状態、殊に初老期うつ病のかかる状態も適応症となる。

(三) てんかん

てんかん患者の不機嫌、刺激的、攻撃的な性格面を改善するのに有効である。痙攣発作は消失しないが軽減する場合もある。

(四) 精神病質

てんかん病質的傾向を有し、爆発性、気分易変性を主徴とするもので、そのため反社会的傾向のつよい例が対象となる。

(五) 精神神経症

神経症に対しては、特に慎重であるべきであつて、精神療法を行うことがまず第一である。強迫神経症はとくに、手術をした場合において本来の衝動的、攻撃的な性格面が露呈してくるので原則的に手術はなすべきでない。その他の神経症で執拗な症状が続き、やむをえざるものに手術が考えられるが長年にわたる頑固な自覚的身体症状(ヒポコンドリー)を持つものには効果のあることもある。

(六) 精神薄弱

精神薄弱に対してはあまり効果はない。精神薄弱に合併する性格異常的な傾向が著るしいときには精神病質に準じて考慮すべきである。亢奮性白痴に対しては効果はない。

(七) 進行麻痺熱療法後の幻覚妄想型

熱療法後病型の変化をきたし、長期にわたつて幻覚妄想状態を呈して他の特殊療法によつて効果がないものが対象として考えられるが、知能低下あるものにおいては、多くを期待し得ない。痴呆の程度の軽いものには効果がみとめられることがある。

(八) 器質的脳疾患後の性格異常

刺激的、爆発的な性格異常面が顕著で反社会的行動の著るしいものに対して行われる。例えば脳炎後の性格異常。

(九) その他

幻像肢、幻像疼痛及び癌末期その他の頑痛に対してその苦痛を緩和することができる。

二 術式の種類

現在行われているのは次の五法である。

(一) 前頭葉白質切截術(標準術式、眼窩脳ロボトミー)

(二) 眼窩経由ロボトミー

(三) 皮質下白質切截術

(四) トペクトミー

(五) 前頭葉切除術

Ⅵ 特殊薬物療法

クロルプロマジン・レセルピンが各種の精神障害の治療に用いられるようになつてから、わずか数年の間に、更に夥しい数の新薬が、次々と臨床実験に供せられるようになり、今日精神科の治療も、薬物療法の時代を迎えたといえる。ここで用いられる特殊薬物は、内科、外科、産婦人科などの領域でも使用されるが、精神科ではその使用の意味も、用量も他科の疾患とは著しく相違しており、そこに特殊性がみいだされる。

精神障害の治療に用いられる特殊薬物は次のとおりである。

特殊薬物の種類

I フエノチアジン系化合物及びその類似化合物

Ⅱ レセルビンその他

Ⅱの2 ブチロフエノン系化合物

Ⅲ イミノジベンチル系化合物、その類似化合物及びその他

Ⅳ ヒドラジン系化合物

V カルピプラミン系化合物

I フエノチアジン系化合物及びその類似化合物

精神科の特殊薬物療法中もつとも多く使用されており、その薬理作用の主なものは、中枢作用として鎮静催眠作用、麻酔増強作用、下熱作用、鎮吐作用が、末梢作用として交感神経遮断作用、副交感神経遮断作用、抗ヒスタミン作用等がある。ここではフエノチアジン系化合物及びその類似化合物のなかで臨床的評価も定まり、広く使用されている十三種類のものについて述べる。個々の薬物には、それぞれその効果に特徴があり、それに応じて適応性もきめなければならない点もあるが、概してその効果には本質的な差異はみられないと言つてよい。

一 使用薬剤の種別

(一) プロマジン

(二) メパジン

(三) クロルプロマジン

(四) プロクロルペラジン

(五) パーフエナジン

(六) アセチルプロマジン

(七) メトプロマジン

(八) レボメプロマジン

(九) トリフルプロマジン

(一〇) フルフエナジン

(一一) チオプロペラジン

(一二) プロチベンジル

(一三) クロルプロチキセン

個々の薬物の用法、用量に入るまえに、これらすべてに共通する投与法の原則についてのべることにする。

二 投与法

これらの薬物の単独療法の場合の投与法としてはおおむね次の三種の投与方法がある。

a 漸増漸減法

この方法は副作用を考慮したもので、もつとも一般的に用いられるものである。治療第一日の用量は、個々の薬物によつて一定しないが、ある適当量より出発し、その後は症状の変化、副作用の出現などを観察しながら、日を追つて少量ずつ増量し、一日投与量がある量に達したならば、それを五〇~六〇日間連続して投与し、症状の改善をまつて漸次減量して治療を終了する。その治療期間は標準三カ月である。

b 初期大量漸減法

この投与法を仮りに初期大量漸減法とよぶが、この方法は特に興奮状態にある患者で急速な鎮静を期待する場合に用いる方法である。個々の薬物によりその用量を異にするが、治療第一日より大量を用い、興奮等がおさまり、症状の改善をみたならば漸次減量して維持量を五〇~六〇日間あたえ、症状の消褪をみて治療を終える。一クールの期間は三カ月以内が標準である。

c 少量維持投与

前記のa、bの投与法によつて急性期の多彩な症状がおさまり治療を一応終つても、投薬を中止すると再び症状の悪化をきたしやすい例、また慢性の傾向をもつた精神障害、例えば種々の程度の欠陥症状をもつ精神分裂病のような場合に、疎通性を喚起し作業意欲をおこさせる目的で、比較的少量の維持量を一カ年以上投与することもありうる。

前記いずれの場合も投与は一日三~四回の経口投与が原則であるが、興奮はげしく緊急に鎮静を要する場合、内服を拒絶する場合にはやむを得ず筋注を行なうことがあるが(通常最初の四~五日)、この場合も可及的速やかに経口投与にきりかえられるべきである。

前記のa、b、cの治療終了後、あるいはcの治療中、病状の悪化、症状の改善不充分等が認められるときは再びこれらの治療をはじめることができる。なお筋注の場合の用量は、各薬物を通じておおむね経口投与の場合の三分の一程度が適当である。

三 用量

(一) プロマジン これは臨床的な効果の点ではクロルプロマジンよりもややおとるが、副作用がすくないというところに特徴がある。漸増漸減法の際は治療第一日の用量は五〇mg程度から日を追つて二五~五〇mgずつ増量し、症状の変化、副作用の出現などを注意しながら一日最高六〇〇mgまで内服させるが、これはもちろん対象となる精神疾患の種類、症状の軽重、その陳旧度などによつて一定しない。六〇〇mg以下で効果をみる場合もあり、症状によつてはときに六〇〇mg以上を投与することもある。一クールの期間はおよそ三カ月が標準であり、この期間中に治療が終るように計画しなければならないが、症状によつては稀には三カ月以上に亘ることもある。

治療の初期に衝撃的に大量を使用する場合は四〇〇mg程度から最高六〇〇mgを一日量とする。

症状に改善がみられたならば少量ずつ漸減してゆき、およそ最初の量の半分位のところを維持量として五〇~六〇日間持続的に投与し、症状の消褪をみて再び漸減して治療を終了する。また少量維持投与による治療を行う場合その一日量は五〇~一〇〇mgの範囲内が適当であろう。

(二) メパジン 投与法、用量ともにクロルプロマジンに準ずるものである。効果の点では後者に劣る場合が多いが、クロルプロマジンでは効果のない例でも本剤の奏効することもある。

(三) クロルプロマジン これは今日の精神科薬物療法の発端となつた薬物であり、既に長年の間広範な臨床研究がなされその評価も定まつており、特殊薬物の中でも多く使用されているものである。クロルプロマジンが治療効果をあらわすにはどの程度の用量を要するかという問題については、今日なお研究者のあいだでも色々と意見があるが、ここではほぼ標準と思われるところをのべることにする。投与法は副作用を警戒する点で経口的な漸増漸減法が原則である。治療第一日は一日量五〇mgからはじめ日を追つて二五~五〇mgを増量してゆく。効果があらわれる量は個々の症状によつてまちまちであるが一日量四五〇mgまでが多くの場合限度である。もちろん症状によつては時に四五〇mg以上を投与することもある。症状に改善がみられたならその量を三週間位つづけて投与し、その後日を追つて漸減してゆき、最高投与量の半分位のところで二~三週間持続的に与え、症状の消褪をまつてさらに漸減してゆき治療を終了する。一クールの期間は通常三カ月以内であるが症状によつてはこの期間をこえる場合もある。少量維持投与を行なう場合には一日量五〇~一〇〇mgが適当である。

(四) プロクロルペラジン 投与法の原則はクロルプロマジンの場合と同様であるが、用量は漸増漸減法の場合一日量五mgよりはじめ、最高六〇mgまでとする。ときに症状によつては六〇mg以上を用いることもある。少量維持投与の場合の一日量は一五~二〇mg程度が適当である。

(五) パーフエナジン この場合も投与法の原則は経口投与による漸増漸減法である。一日量八mgからはじめて一~二日ごとに四~八mgずつ増量し、最高は三二~四八mgとする。やむを得ず筋注を行なう場合は一日量一〇~二五mgまでとし、可及的速やかに経口投与にうつるようにする。

一クールの期間はクロルプロマジンの場合と同様三カ月であるが、ときに症状によつてはこれをこえるときもある。効果のうえではクロルプロマジンと本質的に類似の性質をもつているが、陳旧分裂病に対してその疎通性を増し、意欲面の能動化をもたらし、作業治療へのきつかけを得させる傾向をもつていることは注目すべきである。少量維持投与の際の一日量は八~一二mg程度が標準である。

(六) アセチルプロマジン 投与法の原則はクロルプロマジンの場合とかわらないが、その用量は大体クロルプロマジンの二/三量程度と考えてよい。ただし筋肉注射ではクロルプロマジンの場合と同量用いて差し支えない。

(七) メトプロマジン 本薬物はクロルプロマジンの塩素がメトキシ基によつて置換された構造をもつものである。薬理的にはクロルプロマジンと類似しているが副作用は後者に比して少ない。投与法は原則として経口投与である。治療第一日は七五mgからはじめ日を追つて増量してゆき、その最大量は症状及び期待する効果の度合によつて個々に決定されねばならない。おおむね一日量五〇〇mg程度であるが、重症のものでは稀にこれより増量することもある。期待する効果があらわれたならば漸減してゆく。一クールの期間は通常三カ月以内である。少量維持投与を行なう際の一日量は一〇〇~一五〇mg程度であり、またやむをえず筋注を行なう場合の用量は大体経口投与量の二/三が適当である。

(八) レボメプロマジン 精神症状に対する効果はクロルプロマジンと差はないが、傾眠作用が強い。この点にこの薬剤の特徴があり適応症の選択にはこの特徴を利用すべきである。投与法は経口的漸増漸減法が原則である。治療第一日は一日量二五mgからはじめ、一~二日おきに二五mgずつ増量してゆく。一日量一〇〇~二〇〇mg程度にまで増量すれば多くの場合効果がみられる。その量で三~四週間つづけてやがて漸減してゆく。特別な場合には二〇〇mg以上用いることがある。一クールの期間は標準三カ月以内であるが、ときにこれをこす場合もある。また慢性精神障害、例えば陳旧分裂病に対して少量維持投与を行なう場合の一日用量は五〇~七五mg程度が適当である。

(九) トリフルプロマジン クロルプロマジンの塩素をトリフルメチル基で置換したもので、副作用が比較的すくないといわれている。投与法は経口投与による漸増漸減法が原則である。副作用、個々の耐容量を考慮し、一日二五~三〇mgから、漸次増量してゆく。効果を期待できる例では、一日量一五〇mg程度に達して改善がみとめられるが、一~二週間その量を持続的に与え、やがて漸減し三〇~五〇mgを維持量として四週間位持続する。一クールの期間は通常三カ月以内である。少量維持投与を行なう際の一日量、三〇mg程度が標準である。

(一〇) フルフエナジン クロルプロマジンの二五倍といわれる強い鎮静効果をもつ薬物で、左記の適応症のなかで不安苦悶の強い抑うつ状態、神経症あるいは精神身体症に有効である。治療第一日は〇・五mgの経口投与からはじめ、毎日あるいは隔日に〇・五mgあるいは一mgずつ増量し一日量四~六mgにまで達したならばそれを約一カ月間持続的に投与し、漸減して治療を終える。一クールの期間はおおむね一カ月以内であるが、ときにこれより長くなる場合もある。以上の投与量では副作用は著しくなく外来患者にも危険なく使用できる。

(一一) チオプロペラジン プロクロルペラジンの塩素をジメチルスルフアミド基で置換したもので、副作用は著しいが、比較的速効を示す。漸増法は最初一日量一〇~一五mgより始め、毎日五mgあるいは隔日に一〇mgずつ増量し、筋緊張亢進症状が発現するまでつづける。この期間は大体三~九日が多い。一日量の最高は普通六〇mg以下のことが多い。筋緊張症状が発現しはじめたならば二~五日以内に投与を中止し、該症状の消失するのをまつて再び投与をはじめる。この際患者の感受性に応じて有効量を使用することが望ましいが、再び漸増法を行つてもよい。

一定量維持法は有効量の決定した後、その量を一定期間投与する。多くは五~一〇日で筋緊張症状が発現するから、その際には投与を中止する。この方法を数回くり返すこともあるが、症状改善の程度に応じて一日量五~二〇mgを一カ月ぐらい持続することもある。

副作用について特に注意しなければならない点は、筋緊張亢進-運動寡少症状(仮面様顔貌、舌運動障害、開口運動障害、咀嚼運動障害、自動運動障害、痙性筋緊張等)運動亢進症状(振戦、顔面神経痙攣、尖り口、痙攣性斜頸、弓なり緊張、牙関緊急、捻転痙攣、徘徊、衝動行為等)及び自律神経症状(発汗、顔面紅潮、呼吸促進、流涎、皮脂分泌過多、尿量減少等)がしばしば見られることであり、かつその程度もかなり著しいので、これらの症状に特に留意して投与の継続及び中止の時期を考慮すると共に、投与量の調節を計らなければならない。

(一二) プロチベンジル 新しく合成されたアザフエノチアジン系化合物である。一日の用量は二〇〇~七〇〇mg程度が適当で、ときに症状によつてはこれをこえることもある。その他の点はクロルプロマジンに準ずる。副作用は少ない。

(一三) クロルプロチキセン フエノチアジン核中の窒素原子が炭素原子で置換されている点でフエノチアジン系化合物と異る。臨床的効果としては抑うつ状態に有効であり、またイミプラミン等と同じく精神運動興奮状態に用いて有効なときがある。一日の用量は、五〇~二〇〇mg程度が適当でときに症状によつてはこれをこえる場合もある。

Ⅱ レセルビンその他

(一) レセルビン インド蛇木(ラウオルフアイア・セルペンチーナ)の根皮より抽出した純粋アルカロイド製剤であり、精神科の特殊薬物としてクロルプロマジンと共に最も古いものである。またその臨床的効果の点でもクロルプロマジンと非常によく似ており、両者の優劣は一律には論じがたいが、比較的高年の人に対してレセルピンを用いることが多い。

投与法の原則はクロルプロマジンと同じく、経口的漸増漸減法を用いる。治療第一日に一~二mgよりはじめ、毎日〇・五~一mgを増量しつつ症状の変化、副作用等を注意しながら治療をつづけてゆく。通常五~一〇mg程度で症状の改善が見られるが、この量を四~六週間位維持し、のち漸減する。一クールの標準は大体三カ月以内であるが、症状に応じて、ときに一〇mg以上三カ月以上用いることもある。治療の初期にやむを得ず筋注を行なう場合には一日量は大体二~五mg程度であり、このときも可及的速やかに経口投与に切りかえるべきである。少量維持投与を行なう場合には一日量一~二mg程度が標準である。

(二) テトラベナジン レセルピンと同じくモノアミン遊出作用をもつが、それが中枢神経のみのアミン遊出作用である点で前者と異なつている。適応症はレセルピン、フエノチアジン系化合物に準ずるが、とくに幻覚妄想状態に有効であるといわれる。また慢性麻薬中毒者の禁断症状を軽減する上に効果がある。一日の用量は経口投与の場合は七五~一五〇mg程度が適当で、ときに症状によつてはこれをこえる場合もある。副作用は少ないがときにパルキンソニズム等を見ることがある。投与期間はクロルプロマジンに準ずる。

四 前記薬物の適応症

フエノチアジン系化合物、レセルピン及びその類似化合物の適応症として以下の状態像があげられる。

(一) 精神運動興奮状態

(躁病、精神分裂病、症状精神病、心因反応、中毒精神病、脳動脈硬化性精神病、老人痴呆、進行麻痺、頭部外傷性精神障害、脳炎後精神障害、精神薄弱、精神病質)

(二) 譫妄状態

(症状精神病、中毒精神病、頭部外傷性精神障害)

(三) もうろう状態

(てんかん、心因反応)

(四) 疎通性減弱、自発性減退状態

(精神分裂病、中毒精神病、脳動脈硬化性精神病、老人痴呆)

(五) 昏迷状態

(精神分裂病、うつ病、心因反応)

(六) 幻覚妄想状態

(精神分裂病、中毒精神病、症状精神病、進行麻痺、老人痴呆)

(七) 抑うつ状態

(うつ病、退行期精神病、老人期精神病、心因反応、精神分裂病、脳動脈硬化性精神病)

(八) 不安苦悶状態

(精神分裂病、うつ病、初老期精神病、脳動脈硬化性精神病、神経症)

五 副作用

以上フエノチアジン系化合物、レセルピン及びその類似化合物による本療法はシヨツク療法に比すればはるかに危険性の少ないものであるが、それでも若干の副作用があることを知つておく必要がある。

(一) パルキンソン様症状(パーキンソン病態)

これは多く一過性であり、可逆的であつて重大な障害ではない。

(二) 肝機能障害

本療法中に肝機能障害を起すことがあるので少なくとも週一回は検尿を行なわねばならない。ときに黄疸をみることがあるが、投薬の減量または中止によつて速やかに消褪する。

(三) 虚   脱

これは甚しいときには死の原因となることもあるが、甚だ稀である。しかし起立性血圧低下の可能性を考慮して、服薬後三〇分は安静を守らせるのが安全である。かつ血圧測定を定期的に行なうべきである。

(四) そ の 他

口渇、鼻閉、心悸亢進、顔面紅潮等は治療の初期にときにみられる副作用であるが、これらは治療を続行してゆくうちに消褪することが多い。その他に全身倦怠感、発疹、発熱、頻脈、下痢、便秘、傾眠、稀に出血、痙攣、無顆粒細胞症等をみることがあるから注意を要する。

六 併用療法

(一) 電撃療法との併用

本療法の施行中著るしい副作用のない場合は数回の電撃療法を試みて有効なことがある。しかしこれによつて投与量を減少することができる場合に限るべきであつて、すでに電撃療法が無効であることが経験ずみのものでは、かかる併用療法は無意味に近い。なおレセルピン療法中の電撃療法は危険とされている。塩酸プロメタジンの併用によつて副作用の出現を抑え、あるいはこれを軽減しうる場合がある。

(二) レクリエーシヨン、作業療法との併用

特殊薬物療法が精神療法や作業療法への道をひらくことはよく知られていることであるが、これら薬物療法によつて多少とも疎通性が得られたならばただちに積極的に精神的、対人的のはたらきかけ、日常生活の訓練からはじめて、レクリエーシヨン、作業療法へ誘導するよう試みるべきである。ここに精神科治療の特殊性があり、これによつて薬物療法の万全が期せられるのである。ただし、作業療法開始後の特殊薬物の少量維持投与は必要なことが多い。

(三) 持続睡眠療法との併用

持続睡眠療法において往々遭遇する危険を軽減する目的で、特殊薬物を併用し、催眠剤を減量することができる。

Ⅱの2 ブチロフエノン系化合物

精神科の特殊薬物として、フエノチアジン系化合物及びレセルピンに次いで開発されたもので、従来の向精神薬とは全く構造式を異にする有力な薬物群で神経遮断作用が強力で高い反応活性を有する。

臨床効果はフエノチアジン系化合物及びレセルピンに類似しているが、一般に効果の発現が早く、精神運動亢奮状態、幻覚妄想状態、無為自閉状態などに優れた効果を示す。

随伴症状として一般に錐体外路症状の出現をみる傾向がある。しかし、この系の化合物はその化学構造式の差異により、向精神作用及び随伴症状出現にもかなりの相違がある。

現在臨床的評価も定まり、広く使用されている三種のものについて述べる。

(一) ハロペリドール:強力な中枢抑制作用及び静穏作用を有している。特徴としては静穏作用に比して睡眠作用が弱く、毒性も弱い。

主な適応症は精神分裂症、躁病、心因反応などで、とくにあらゆる興奮を鎮静し、衝動的、攻撃的な患者を静穏化するとともに、幻覚、妄想に対しても緩解的な効果を有している。

投与法は急を要しない場合は経口的に一日〇・七五mgよりはじめ、数日間隔で〇・七五mg程度づつ、十分な効果のみとめられるまで漸増する。通常一・五~六mg程度の経口投与が適当とされる。急を要する場合は最初一日量三~六mgを経口投与し、臨床上の改善状態を観察しながら漸次減量する。(あるいは初期に一回五mgの筋肉内注射を一日一~三回行ない、症状の改善に応じて一日五~一〇mgの経口投与に切り換える方法もある。)

臨床上十分な効果がみとめられたら、その後は維持量として一日〇・七五~三mgを投与する。維持量への移行は症例によつて異なるが、副作用を考慮して四~六週後には維持量に減量する。

副作用としては大量投与を行なうと初期の段階で錐体外路系の症状が起ることがある。この場合は抗パーキンソン剤を併用すればこれらの症状を抑制又は防止することが出来る。その他、焦躁感、食思不振、不眠、軽度の顔面浮腫などがみられることがある。

(二) トリフルペリドール:ブチロフエノン系化合物の中で最も強力な神経遮断作用をもつているが、臨床的には鎮静作用の他に、特異的な作用として神経学的症候を伴うある種の精神興奮作用をもそなえている。従つて自閉や自発性欠如を伴う分裂病に用いて接触性の改善、意欲の増進が著明である。

また、急性精神運動性興奮や錯乱状態に対してもしばしば著効を奏する。

適応症は精神分裂病であり、また一日の用量は通常〇・五~一mgより開始して漸増し、二~五mgに達する。

副作用としては運動不能、筋緊張亢進症や焦躁、アカシジア(静坐不能症)徘徊症などの錐体外路症状が出現するが、抗パーキンソン剤の併用で容易に抑制または防止出来る。

(三) フロロピパミド(デイピペロン):適応症は精神分裂病で、急性、慢性分裂病の幻覚、妄想状態、精神運動興奮状態にも、また自閉、自発性減退状態にも有効である。用量は一日五〇~一五〇mgを初回量とし、漸増し、治療量としては一日一五〇~六〇〇mg程度を投与するが、症状によつてはこれをこえる場合もある。

本剤は錐体外路系に及ぼす影響は比較的少なく、植物神経系に作用する特徴があり、副作用として多少の低血圧症候群、眠気などがみられる場合がある。

Ⅲ イミノジベンチル系化合物、その類似化合物及びその他

(一) イミプラミン 感情調整剤あるいは抗抑うつ剤として知られている薬物である。フエノチアジン系化合物、レセルピン等の出現はとくに精神分裂病の治療に大きな進歩をもたらしたが、抑うつ状態に対して著効を期待しうる薬物がほとんどなかつた。しかし最近においていわゆる抗うつ剤が相次いで臨床的に応用されるようになり、中にはすぐれた効果がみられるものもでてきた。イミプラミンもそのひとつである。フエノチアジン核のSがエチール基に置換されたもので、構造的にはフエノチアジン系のものに近似する。

一 投与法及び用量

外来患者、軽症患者などで経口的に投与する場合には治療第一日五〇~七五mgを二~三回に分服させ、漸増してゆき最高二〇〇mgまで用いる。ときに病状に応じて二〇〇mg以上用いることもある。入院患者等で重症の場合は最初から筋肉注射で一日量五〇~一〇〇mgを与え漸次内服にかえて行く方法もある。一クール八週間以内が標準であるが、効果があらわれても急速に用量を減らしまた投与を中止すると、症状が悪化してくることがあるので、寛解に達しても五〇~一〇〇mgの維持量を更に二~三週間続けた方がよい。一クールで効果のないときは別の治療にきりかえる。外来で扱える患者では一〇〇~一五〇mg以下の量で奏功することもある。

二 適応症

抑うつ状態(内因性うつ病、反応性うつ病、退行期うつ病、老人期うつ病、動脈硬化症に伴なううつ状態、抑うつ性傾向をもつ神経症または精神分裂病)

三 副作用

特に重篤な生命に関するような副作用はみられない。便秘、尿閉、ねむけ、口渇、頭重、頭痛、食思不振、めまい、動悸、全身倦怠などがかなり広くみられる。治療上とくにさしさわりのない場合には治療を続行してよい。一般に副作用は投薬当初に多く、漸次軽減してゆく点はクロルプロマジンの場合と類似している。まれに意識の変容あるいは混濁、失神などをみることもある。

(二) アミトリプチリン イミプラミンに類似し、イミノ核の窒素原子が炭素原子と置換して、側鎖と二重結合をもつ点が異なる。薬理作用はイミプラミンと略々同様で、投与法、用量、適応症及び副作用はイミプラミンに準ずる。

(三) ヘマトポルフイリン 適応症は抑うつ状態である。ヘマトポルフイリンの〇・五%水溶液を一日量一〇~三〇滴(一〇~三〇mg)程度を経口的に投与する。一クールを大体二カ月とするが、ときにはこれをこえる場合もある。副作用は少い。

(四) オピプラモール イミプラミンに類似の化学構造で、イミプラミンのイミノジベンチール核がイミノスチルベン核に変つたものである。本剤はイミプラミン同様感情調整剤ないしは抗うつ剤としての精神作用を有する他に、投与初期に鎮静効果がみとめられ、不安、緊張、焦躁の緩解、睡眠障害の改善がもたらされ、次いで気分の昂揚作用と、さらに自律神経機能の調和と安定をもたらす点、緩和精神安定剤ならびに自律神経安定剤としての作用も兼ねそなえている。

従つて適応症としては神経症ないし神経衰弱状態、心急症、自律神経失調症、各種精神身体症ならびにうつ病、抑うつ状態、抑うつ傾向を伴つた精神分裂病などである。用量は一日一五〇~三〇〇mg、一クール一~二カ月が適当とされるが、症状によつてはさらにこれをこえる場合もある。副作用はイミプラミン同様、ときに眠気、口渇、便秘、倦怠感、めまい等がみられるが、一般に軽度である。

Ⅳ ヒドラジン系化合物

(一) フエニプラジン モノアミンオキシデース阻害剤の中枢神経作用の研究にもとづき、最近フエニプラジンが強力な阻害作用を示しかつ中枢刺激作用をもつことが明らかにされ、臨床的にも抗うつ剤として前記イミプラミンと共に有用なものとなつた。

一 投与法、用量

治療第一日に朝一回一二mgを内服させ、その量を二週間維持し、その後効果のあらわれかた、副作用の有無によつて投与量を加減するが、普通には状態が改善されたころ六mg位に減量し、さらに経過を観察しながら一日おきに投与し、次第に減量してゆく、症状の改善がみられない場合には、ときに一日一八mg位までを二~三日間用いることがある。一クールを大体三週間とし、その間に効果がみられない場合は他の治療にきりかえるべきである。

二 適応症 イミプラミンに同じ。

三 副作用

悪心、嘔吐、食思不振、睡眠障害、血圧降下等が主であるが、ときに重篤な肝障害をみることがあり、不用意に連用すると、重症黄疸を起すことがあるから注意を要する。副作用はいずれも投薬を中止することによつて消褪するが、稀には黄疸など回復困難な例もある。したがつて治療継続中はしばしば検尿を行ない、肝障害をうたがわせる所見があれば、ただちに治療を中止するべきである。

(二) フエネルジン フエニプラジンとほぼ同じ効果が期待される。投与法、用量、適応症、副作用などフエニプラジンに準ずる。

(三) ナイアラマイド 同じく抑うつ状態に対して用いる。一日の用量は七五~一五〇mg程度を経口的に投与するが、ときに症状によつてはこれをこえる場合がある。一クールを大体二カ月とする。副作用は前二者に比しては少ない。

(四) イソカルボキサジド 適応症その他は前と同じ。一日の用量は一〇~三〇mg程度が適当である。ときに症状によつてはこれをこえる場合もある。

(五) 他の療法との併用

以上のヒドラジン系化合物はイミノジペンチル系化合物、フエノチアジン系化合物、その他またはレセルピンと併用してその効果をます場合があり、また少数回の電撃療法と併用することもある。

V カルピプラミン系化合物

一 カルピプラミン

この薬剤は強力精神安定剤や抗うつ剤とは異なる向精神作用を有し、特に精神分裂病に対して疎通性、自閉の改善、抑うつ気分の解消、自発性の出現などの効果が認められる。

(一) 投与法、用量

経口投与を行ない、用量は一日七五~三〇〇mgで、時によりさらに増量可能である。原則としては、漸増漸減法がよい。

(二) 適応症

精神分裂病のみでなく、さらに精神分裂病様状態(幻覚・妄想状態)を呈する精神疾患にも用いうる。

Ⅶ 精神科領域で用いられるその他の薬物

前項でのべたように、フエノチアジン系化合物、レセルピン、イミプラミン、ヒドラジン系化合物その他は、目立つた精神異常状態に効果を示すが、なお精神科領域においては、内臓神経症、苦悶神経症、強迫神経症などの精神神経症に対して精神療法と併行して、ヒドロキシジン、ペナクチジン等のベンツヒドロール系化合物、メプロバメート、エクチル尿素などのいわゆる狭義のトランキライザーを用いて有効なことがある。

しかしここでは、特に中枢刺激剤あるいは精神賦活剤についてその使用方法を記しておくことにする。これらは主として軽うつ状態、無為昏迷の傾向のある症例などに精神賦活的に作用させ、また特殊な場合として睡眠発作を主徴とするナルコレプシーの治療に用いられる。これらに属するもののうちピプラドロールは前記のトランキライザーであるヒドロキシジン、ベナクチジンと同じくベンツヒドロール系化合物であるが、作用は中枢刺激剤である。またこのピプラドロールと構造は同じであるが、異性体であるアザサイクロノールは、薬理作用が全く異なり、抗幻覚作用を示し有用なこともあるので例外として後段に付記することにする。

一 ピブラドロール

二 メチルフエニデート

三 ジメチルアミノエタノール

四 カフイロン

五 フエニルイソヒダントイン

投与方法、用量

これらの五種の薬物はいずれも精神賦活剤として用いられる。軽症の抑うつ状態に対して、ピプラドロールは一日量二~六mgを、メチルフエニデートは一日量一〇~三〇mgを、ジメチルアミノエタノールは一日量二〇~一〇〇mgを、カフイロンは一日量一〇〇~三〇〇mgを及びフエニルイソヒダントインは一日量一〇~三〇mgをいずれも睡眠障害をさけるため、朝昼二回に分けて投与する。治療をはじめて二週間後に、症状に改善がみとめられない場合は他の治療法に切りかえる。

副作用としては不安、緊張、焦燥感、心悸亢進、睡眠障害などの他、特に胃部不快感、食思不振などが注目される。カフイロンは中でもこの傾向がつよい。このような副作用からみても、軽うつ状態といつても不安の傾向のあるものなどに対してはむしろ避けるべき場合も少なくなく、いずれにしても投与中は特に状態の推移に十分な注意を要する。また症例によつては抑制減退、多幸軽躁状態を示すこともあり、同じく中枢刺激剤としてかつて重大な社会問題をおこしたヒロポンその他の覚せい剤の苦い経験にかんがみ、嗜癖や中毒に陥る危険に対して慎重な注意をはらう必要がある。以上のうちジメチルアミノエタノールは、最も緩和な薬物で、副作用も少ないが、刺激、賦活の作用も軽い。なおカフイロンは合剤で、構造的に相似したR三八一・R三八二なる化合物を二:三の割合に混合したものである。

六 アザサイクロノール 前記の如く、ピプラドロールの異性体であるが抗幻覚作用を主とする薬物である。比較的急性に起こつた幻覚の目立つ症例に奏功することが多い。

投与方法、用量としては、一日量一〇〇~二〇〇mgを二~三回に経口投与する。やむを得ぬときは静注するが一回の注射量は一〇〇mgが適当である。いずれの場合も治療をはじめて二週間後に期待した効果がみられなければ他の治療法にきりかえる。またまれに単独で奏功しない例でフエノチアジン系薬物と併用して始めて奏功する場合がある。このさいも二週間の併用で奏功しないときは他の療法にきりかえる。

適応症としては幻覚妄想状態、譫妄状態(急性精神分裂病、中毒精神病、頭部外傷性精神障害、症状精神病、進行麻痺)があげられる。

副作用としては、ときに発疹がみられる程度で重篤なものはない。

七 クロルジアゼポキサイド これの適応症は神経症(不安神経症、強迫神経症、心臓神経症など)不安苦悶状態、抑うつ状態及びてんかん性性格変化など相当広い範囲に亘るものである。一日の用量は一〇~六〇mg程度が適当である。副作用は少い。

付記 ナルコレプシーの治療

ナルコレプシーは、昼間にくり返しおこる睡眠発作、乃至容易に起る睡む気、ときとして、笑い、驚きなどの情動の動きに伴なう脱力発作を主とする疾患であるが、反面夜間は熟眠できず、夢が多くいわゆる入眠時幻覚を伴なつたりする。全体としては生理的の覚せい、睡眠のリズムに障害のある状態であり、治療としては、前記の中枢刺激剤によつて昼間の覚せい状態を維持すると共に、必要により睡眠剤によつて夜の眠りをよくすることである。この場合の中枢刺激剤の使用については、前項の場合と用量を異にする所もあるので、ここにまとめて記しておく。

一 ピプラドロール 睡眠発作に対しては、通常一日量四mgくらいからはじめて、症状の推移をみながら一四mgくらいまで増量する。この間前記のような副作用に注意する。投与法としては、朝昼二回食後に用い、必要により夜は眠剤を用いる。脱力発作に対してもある程度有効である。

二 メチルフエニデート 一日量は二〇~一〇〇mg、投与法、副作用その他についての注意もピプラドロールの場合に準ずる。

三 カフイロン 前記の如く合剤であり、一錠五〇mgである。一日量としては一〇〇~五〇〇mg(二~一〇錠)で、投与法その他も前項に準ずるが、副作用としては、特に食思減退に注意を要する。不安、焦燥の傾向のおこることは比較的少ない。脱力発作に対しても比較的有効である。

四 カフエイン 軽症のナルコレプシーに対しては、安息香酸ナトリウムカフエイン〇・八~二・〇gの二分投与で奏功することがある。ただし少し重い例では睡眠発作を止め得るほどには副作用のため増量できないことが多い。

五 フエニルイソヒダントイン 精神賦活剤として前に掲げたが、ナルコレプシーの脱力発作にも有効な場合がある。他の薬物で所期の効果が得られぬ場合、本剤を単独に、あるいは他と併用して有効な場合がある。一日の用量は一〇〇~二〇〇mg時には三〇〇mg程度が適当である。

六 イミプラミン これは既に抗うつ剤として記したものであるが、これが特にナルコレプシーの脱力発作に有効である。二五~五〇mgを夕食後一回に与えるが、場合によつては朝夕二回とする。服薬を中止しても二~三日は効果が持続することが多い。なお入眠時幻覚症に対しても効果の見られることがある。要するに脱力発作の著しい場合に他の刺激剤と適当に併用するのが原則である。

Ⅷ 抗てんかん剤

てんかんは周知のように慢性に経過する難治の疾患であつて、症候性てんかん、特に外傷性てんかんでは瘢痕切除などの外科的療法が適応となることもあるが、いまだにてんかんの真の原因療法はみいだされていない。したがつて真正てんかん、症候性てんかんの如何を問わず、大多数の患者では根気よく抗てんかん剤の服用を続けて、対症的に発作の抑制をはかるほかはない。現在用いられている抗てんかん剤の数は多いが、すべての発作型に有効なものはなく、ある種の発作型に特異的な効果のあるもの、あるいはある発作型には有効であつても他の発作型を増悪させるものなどがあるので、薬物療法の開始に先立つて、詳細な問診や臨床検査、またできる限り悩波検査によつて発作型を厳密に鑑別することが必要である。

また薬物療法の継続にあたつては発作回数の増減、発作型の変化、副作用の有無などに注意しながら投薬量を加減し、適宜脳波検査を行なつて異常波の消長によつて病勢の推移を観察すべきであつて、たとえ一時的に経過が良好であつても軽卒に投薬を中止すべきではない。

療法の原則

(一) 適薬の判定 同じくてんかんであつても発作型によつて有効な薬物に相違がある。大発作に有効な薬物が必ずしも小発作に有効ではない。また同じ発作型であつても薬物の効果には個人差がある。フエノバルビタールの無効な大発作にジフエニルヒダントインを与えて著効を収めることがあり、その反対の場合もある。

一般に原則としてはまずフエノバルビタール、ジフエニルヒダントインの単独、乃至は併用療法が試みられ、それで初期の効果が得られない場合あるいは特殊な病型に対しては最初から他の抗てんかん剤が使用される。

(二) 適量の決定 投与量は多きに過ぎても少なきに過ぎてもならない。発作を抑制できる最低量を決定せねばならない。年令、体格などを考慮してまず標準量を与え、無効な場合は少量ずつ増量し、副作用の発現した場合は減量する。

(三) 数薬併用の有利 これによつて効果の相乗作用と副作用の軽減を期待できる。例えばフエノバルビタールとジフエニルヒダントインの併用によつて、大発作抑制作用は著しく増強し、しかもフエノバルビタールの単独投与よりも睡気などの副作用ははるかに少ない。

(四) 服薬の継続 薬物療法が対症的なものである以上、一時的に発作を抑制できてもただちに服薬を中止することは危険である。大発作患者が急激に服薬を廃したため、てんかん発作重積症をおこすことがある。たとえ臨床的に相当長期間発作が消失しても、脳波上に異常波の認められるような場合には服薬を継続する必要がある。

(五) 発作に対する重点的服薬 夜間睡眠中に発作の多い患者では就寝前の服薬が重要であり、女性では月経時に発作の多い場合はその前後の増量がしばしば好結果をもたらすことがある。

(六) 患者の忍耐 薬物の無効をかこつ患者の中には、医師の投薬が試行的で、まだ有効な薬物をみいだせないうちか、あるいはその有効量に達しないうちに服薬を中止しているものが案外多い。医師は患者が希望をもつて忍耐づよく服薬を続けるように精神的指導を行なわねばならない。

一 臭素剤

臭素剤による治療はてんかんの近代的薬物療法の嚆矢といえる。最近では後にのべる合成薬物のうちに強力な抗てんかん剤が多く発見されているので、臭素剤の臨床的価値は減少したが、ときとしては他の薬物の無効なときに思わぬ偉効を奏することもある。主に臭素カリの二~三gを用い、無効なときは五~一〇gまで増量することもあるが、胃腸障害、発疹などの副作用があり、大量投与によつて中毒性譫妄をおこすこともあるから注意を要する。臭素カリの他臭素ナトリウム、臭素アンモニウムも併用される。

二 環状合成薬物

(一)バルビツール酸誘導体

(1) フエノバルビタール 今日てんかんの治療には欠くことのできない薬物である。大発作その他の痙攣には極めて有効であるが、小発作や精神運動発作には殆んど効果がない。

用法は一日量〇・一~〇・二g、ときには〇・三gぐらいまでを三~四回に分服する。

副作用は元来が催眠剤であるために、睡気をおこしやすいことであるが、連用すると比較的よくなれる。

(2) メチルフエノバルビタール フエノバルビタールにくらべて催眠作用の少ないことが特徴である。主として痙攣に用いられるが、小児の小発作にも有効である。用量はフエノバルビタールよりやや多く、一日量〇・一五~〇・四gである。大量に用いたとき睡気を催すほか特記すべき副作用はない。

(3) メタルビタール 大発作、小発作に対して用いられるが、とくに器質性の発作に有効である。一日の用量は〇・二~〇・五g程度が適当であるが、症状によつてはこれをこす場合もある。

(4) フエニルエチル―ヘキサヒドロピリミジン-ダイオン(プリミドン)バルビツール酸類似の抗痙攣剤で、フエノバルビタールにくらべて催眠作用が少ない。大発作に有効で精神運動発作にも相当有効であるが、小発作には無効である。用量は一日一・〇~一・五g、副作用としてはときに睡気、頭重、眩暈、悪心、嘔吐などが認められる。

(二)ヒダントイン誘導体

(1) ジフエニルヒダントイン 強力な抗痙攣剤であつて、大発作その他の痙攣に賞用され、精神運動発作にも有効である。しかし小発作に対しては全く無効なばかりか、ときとしては発作を増悪させることもある。フエノバルビタールとの効果の優劣は、個人差もあつて一概にいえないが本剤には全く催眠作用のない点が特徴といえる。用量は一日〇・一五~〇・三g、副作用としては眼振、失調、眩暈、発疹、胃腸障害などが認められるが、投薬を中止すれば消失する。また長期連用者には歯肉増殖、ときとしては体毛増生をみることがある。歯肉増殖は危険は伴なわないが、高度になると歯牙を損償し、容貌をそこなうので、歯肉切除を行ないフエノバルビタールにきりかえる。

(2) エチルフエニルヒダントイン 大発作やその他の痙攣に有効で、精神運動発作にも奏効するといわれるが、これらの効果はジフエニルヒダントインにやや劣る。しかし歯肉増殖などの副作用が少ないので、このためにジフエニルヒダントインの投与が制限されるときに利用される。用量は一日一・〇~二・五g程度である。

(三)オキサゾリジン誘導体

(1) トリメチル―オキサゾリジン-ダイオン 小発作に特効的であるが、精神運動発作に対しても相当有効であり、ことにジフエニルヒダントインとの併用で効果が増強することが多い。これに反して大発作などの痙攣に対しては殆んど無効であり、ときとしては発作を増悪させるので、大、小発作を共に持つている患者に対しては、本剤とフエノバルビタール、ジフエニルヒダントインなどの併用が必要である。用量は一日一~二g、副作用としては羞明がもつとも多いが、危険は伴なわないから服薬を続けて差支えない。そのほか発疹、発熱、胃腸障害、全身倦怠、食思不振などがある。さらに重篤な副作用としては、稀ではあるが無顆粒細胞症や再生不能性貧血が報告されている。したがつて本剤は貧血などの血液疾患のある者には禁忌で、また服薬中には適宜白血球算定を行なうことが必要である。

(2) エチール―メチールサクシナマイド(エトサクシミド)化学構造は、コハク酸イミド系であるが、その臨床作用は、オキサゾリジン系薬剤に酷似し、化学構造の系列からみても、これに類似している。本剤は、脳波上3/sec,SpikedWaveを示すアブサンス(欠神発作)に卓効を示し、かつほかの小発作-ミオクローヌス発作、失立発作、点頭てんかんなど、小発作群に有効である。小発作と大発作の合併症例においても、大発作を誘発することがすくない。また小児において精神運動発作と区別しがたい小発作自働症にも卓効を示す。使用量は、年令によつて多少ことなるが、初回二〇〇~四〇○mgから始め、六〇〇~九〇〇mgときには一、二〇〇mgまで増量可能である。副作用としては、頭痛、胃腸障害が認められるが、継続して服薬していると消失する。この系統の薬剤は、造血器障害を招く可能性があるが、本剤にはこのような危険はすくない。

三 直鎖系合成薬物

(一) フエナセチルウレア 精神運動発作に有効であるといわれるが、大、小発作に対してもある程度有効である。ただ副作用が多く、性格変化の増悪、食思不振、全身倦怠、頭痛、不眠、心悸亢進、発疹、発熱などがみられ、稀ではあるが重篤な肝臓障害のため死亡した例も報告されている。

したがつて精神運動発作に対しては、ひとまず他の薬剤を投与してそれが無効のとき本剤を初めて投与し、また投与中は適宜肝機能検査を行なう必要がある。用量は一日一~三g。

(二) フエネトライド 大発作、精神運動発作に有効である。一日の用量は〇・五~一・〇g程度が適当で、副作用としては不快な自覚症状、歩行失調などが見られる場合がある。また尿ウロビリノーゲンが陽性に出る場合もあるから肝機能検査を怠つてはならない。副作用は減量によつて消褪する。

(三) メプロバメート 大発作には無効であるが、小発作には有効てある。その効果はトリメチル-オキサゾリジン-ダイオンには劣るが、これが無効のとき、また副作用の強いときに投与する価値はある。用量は一日〇・八~一・六g。

四 利尿剤その他

(一) アセタゾールアミド 小発作に有効であるが、その他の発作型にも奏効することがある。他の種々の抗てんかん剤を投与して無効な場合、本剤を試みる価値がある。用量は一日〇・七五~一・〇g程度である。

(二) クロルジアゼボキサイド 情動調整作用については既に掲げたが、本剤は特に易怒性、爆発性、攻撃性等のてんかん性性格変化及び不機嫌症にたいして有効であり、また大発作にたいしても抑制的に働く場合がある。一日の用量は一〇~六○mg。

(三) ギヤボブ 大発作、小発作に対して有効な場合がある。一日量は〇・二五~一・〇g程度で、場合によつては二・〇gまで用いられることもある。しかし原則として他の薬剤の無効または効果不充分のときに併用し、ときには単独投与を試みる。

(四) カルバマゼピン 本剤は化学構造が、抗うつ剤イミプラミンに類似しているが、強力な発作抑制作用のあることが臨床上の特長とする。とくに大発作、精神運動発作、焦点発作に有効である。したがつて、かなり広いスペクトラムを有し、自律神経発作に有効な場合もある。また発作抑制による精神症状の顕現化、あるいは増悪を招くことがすくない。むしろ、てんかん性格特長にもとづく反応性の不機嫌状態、あるいはいわゆるてんかん性の精神障害を改善せしめる場合も多い。

イ 使用量は、成人一日量として、二〇〇~四〇〇mgより始め、発作回数を指標として一日六〇〇~一、二〇〇mgまで増量できる。とくにいわゆる難治のてんかん症例では、比較的大量の使用により、いままで抑止されなかつた発作が消失することも経験されている。

副作用は、傾眠、発疹、軽度のふらつきなどであるが、一般に軽微である。

(五) スルフアミール―フエニ―ブタンズルタム(スルチアム)本剤は、主として精神運動発作に有効である。また従来の抗てんかん剤で、同発作が抑止が十分でない場合に本剤の奏効することがある。使用量は、一日二〇〇mgから始め、六〇〇mgまで増量することができる。副作用としては、四肢のしびれ感、蟻走感などがあるが、これらは服用中に消失することが多い。まれに、身体の動揺感、嘔吐、呼吸促進などの症状が現われることがあり、服薬を中止せざるを得ない場合も起る。

精神運動発作と大発作、あるいは頓挫性発作の合併している難治症例にも、ほかの薬剤と併用して効果をあげることができる。発作抑制の結果、精神症状の悪化のみられることは本剤においてはすくなく、ときには精神面の安定化が認められることさえもある。

抗てんかん剤は内服が原則であるが、とくにてんかん発作重積症などのように経口投与が困難な場合は、注射により治療しなければならない。この際はフエノバルビタールの筋注(〇・一~〇・三g)容性フエノバルビタールの皮注、抱水クロラールの注腸(二~三g)などが有効である。重積がながびく場合には心臓衰弱をおこしやすいので、強心剤を併用することがある。

Ⅸ アルコール中毒の抗酒剤療法

慢性アルコール中毒、即ち自らの意志によつて多量のアルコール含有飲料の習慣的飲用を制止できない状態の患者の脱習慣療法には従来からアポモルヒン療法その他があつたが、最近最も広く使用されているのはジスルフラム療法である。これは本剤の一定量を服用中に飲酒すると、身体内に多量のアルデヒドが発生し、これによつて激烈な中毒症状が起り、患者は激しい苦痛をなめるので、以後飲酒を慎しむようになるのである。石灰窒素にも同様の作用のあることがわが国で発見されたが、これらを一括して抗酒剤という。しかし現今一般に使用されているのはジスルフイラム製剤である。

一 使用量

一日の用量は最初の一週間は〇・五gを二回に分服する。したがつて一週間の総量は三・五gとなる一週間後に飲酒試験は必ず医師の立合の下において行うべきであり、清酒の分量は一〇〇~二〇〇ccで十分である。そして激烈な反応が起ることを認めたうえで、更に一週間乃至二週間毎日〇・二五gのジスルフイラムを頓服として服用せしめる。その後に再び飲酒試験を行つて、患者が間違いなく服薬していることを認める。投与量は全量七gを超えない方がよい。

ジアナマイドは石灰窒素の分解生成分であり、適応症はジスルフイラム製剤と同様である。用法用量については患者の飲酒に対する態度、飲酒時の状態、全身状態その他を考慮して決めることが必要であるが、次の二通りの用法がある。

1 断酒療法

通常、本剤五〇~二〇〇mgを一日一回または二回に分割して投与する。飲酒試験は常用酒量の一○分の一以下の酒類を除々に飲ませて行なう。

飲酒試験の結果発現するアルコール反応に応じて投与量を調節する。

2 節酒療法

飲酒者の酒量および希望する節酒量によつても異なるが、通常酒量として、清酒の場合では一八〇ml程度、ビール六〇〇ml程度となるよう投与量の調節をすることが望ましい。

このような目的に対しては、一般に本剤の二〇~六〇mgを一日一回内服投与する。なお、飲酒抑制効果の持続するものに対しては隔日に投与してもよい。

飲酒試験は通常本剤投与後、一〇分~一二時間以内におこなう。

この場合、清酒の飲酒例では九〇mlを一〇~一五分間以上を要して徐々に飲ませることが必要であり、また自己の適量にとどめ、苦しくなるまで飲まさせないことが大切である。

同時に全期間を通じて精神療法を行い、アルコール中毒に陥つた原因を追究して除きうるものはその原因を除去し、併せて意志の鍛練につとめなければならない。

二 注意

本剤による飲酒不堪は服用を中止すればまもなく消失する。故に少量を持続的に服用させる方法もあるが、好結果が得られるかどうかは結局本人の意志に基く。故に本療法の開始に当つては、患者によく説明して医師の命による飲酒試験のほかは絶対にアルコールをとらせてはならない。また本人に秘して本剤を服用させる方法は危険があるので行なうべきではない。

また本剤を多量に用いるときは往々精神障害を発することがあり、したがつて本療法はあくまで医師の厳重な監督のもとに行なわれるべきである。

X 精神療法

精神療法(心理療法)の定義は諸学者によつてまちまちであるから、簡単にいえば、神経症や精神障害者を治療する手段として、精神的面から効果ある心理的影響を与え、情緒の調整を図り、正しい自覚と洞察へ導く手技を総称するものである。

精神療法は、治療者が患者との面接の場において行う場合が一般であるが、一人もしくは二人の治療者と、数人の神経症又は精神障害者とが集まり、治療者と患者、及び患者相互間における人間関係の精神的働きかけを利用して行なう場合もあり、これを集団療法という。

個人を対象とする精神療法は、主として外来通院で行うが、これには、精神分析療法、暗示及び催眠術療法、支持説得療法がある。しかし集団療法も日をきめて外来通院で行われる。森田療法は後述の如く入院治療を標準とするが、外来患者に対しても説得と指導を行うことが多い。

A 精神分析療法

精神分析療法は、防衛、抵抗、転移などの精神現象を中心として、自由連想法や夢の解釈などの方法により、治療者が患者に協力し、その精神病理の力動について体験を通して洞察せしめ正しい自覚を得させることによつて治療効果をもたらす方法であつて、フボイドにより創案されたものである。

自由連想法は、丁度独白のように自然に思い浮ぶ考えや感じを言葉で発表させてゆくので特殊な環境を準備する必要がある。あまり明るすぎない静かな部屋で、患者を寝台かまたは長椅子に楽な姿勢で横たわらせ、治療者に相手から見えないところでしかも患者の言葉を聞き漏らさないようにする。

このような面接治療が進むにつれて、患者の心理が医師に転移することによつて依存的となるような場合は、面接回数を減らし、これと反対に、抵抗反撥する場合は面接の回数を増すことが必要である。

標準型の精神分析療法は、一回の治療面接におおむね五〇分以上を要するが、その治療回数は通常一週三回が妥当とされる。

簡便型の精神分析法でも、標準型の場合と同じく幼児期の体験を分析し、解明することに重点がおかれるが、簡便型では現実的な生活の正しい方向が明かになるようにし、環境適応が上手にできるようにさせ、周囲の対人関係が調整せられるように行われる。

標準型の精神分析療法は、慢性神経症のいわゆる根の深い深層神経症に適用され、簡便法は浅層神経症に対して用いられるが、面接回数が進むにつれて標準型から簡便型に切替えることは実際的である。この簡便法の面接回数は一週二回以内を適当とする。

B 森田療法

森田療法は創始以来三十年余を経て国内にも普及し外国の学者も注目し認識しつつある療法である。森田療法の根本方針は神経症者の苦悶、不安、取越苦労、感覚異常などの主訴が、第一に内向的な神経質の性格にもとづいて発生することを強調する。そしてある発病動機があつて心気性傾向が強くなり、不安感情や感覚的苦痛の固着を起した場合、患者自身がこの苦痛から逃れようとすればする程、反対に症状が確実に固定してしまうものであることを説明し、心構えの正しい方向を指示する。そして主訴が神経質素質にもとづくことを認識させ、苦痛を苦痛とし、不安を不安として忍受しながら、本来の面目である現実的な生活から逃避せず、脱落しないように指導する。神経症者は、自己の病気を重大なものと過大に評価し、取越苦労から焦燥感が強くなつて、誤つた治療に迷い入り、益々症状を固定させて行く。この心的機制は、森田のいわゆる精神交互作用によるので、悪循環に陥つた状態から抜け出させるために、患者自身の中に、見出されずにある本来の自己実現の力を引き出し、生存適応力を高めるような方向に生活態度を指導し再教育するのである。この治療手段として、患者の誤つた療養法を矯正するのに必要な精神処方を指示して後、毎日これを実行させ、それによつて体験したことがらと心的経過を日記に記述させ、これを校閲して指導するのである。森田療法の標準型は入院治療であつて、入院によつて実生活の刺激から隔離し、最初の一週間を絶対臥褥期とし、苦痛を忍受しながら安静臥褥を守らせる。次いで起床を命じて軽い作業から重い作業へと移り、最後に複雑な作業期では社会的刺激に当らせ、実生活での臨機応変性を会得せしめるのである。この間毎朝日記によつて、心的態度を正しく指導したり個人的説得も加えて、病感執着の自己中心の殼から抜けでるように指導する。また一方では集団療法的に、同病のものと共に各自の心境を発表させ、医師がこれを批判し指導する。それ故に医師は絶えず患者の全生活に注意していなければならない。この生活を共にすることの精神的負担は極めて重いので、強力な精神療法といわねばならない。

森田療法の入院期間は約六十日とされているが、深層神経症、境界神経症では九十日余を要する。

C 暗示療法-催眠術

覚せい暗示は、催眠状態に導くことなく、人間の被影響性を利用して、術者の観念なり意志なりを注入する方法である。催眠術は術者の与える刺激だけに注意を集中させ、意識活動を狭くし催眠状態に導くのである。催眠術の効果ある疾患は、精神神経症の他に、慢性薬物中毒及び嗜癖、夜尿症、チツクなどの機能的神経症などがあげられる。

催眠術の施行時間は、個人によつて差異があるが、五十分以上を要する場合が多く、施行回数は一週一~二回である。

D 支持説得療法

患者の適応能力を支えることに主眼をおき、患者を元気づけ自信をもたせることによつて適応困難から回復させていく精神療法を支持療法という。なかでも指導や忠告がひろく用いられるが、このさい患者の自発的意欲に重点をおき、患者が医師を信頼して内心の問題を表現できるような治療状況が必要である。いわゆる説得療法には指示的なものが多いが、いずれも抑制や禁止を要求する教訓的なものであつてはならない。精神薄弱者や根治の困難な異常性格者にも、患者の自発性に重点をおいた支持説得療法が必要であり、神経症や感情的適応障害については、患者の求める指導忠告の根底にある基本的欲求を見出し、患者自らこれを洞察するよう導く必要がある。その場の思いつきの指導や忠告は精神療法とはいえないのであつて、この点に留意する必要がある。

E 集団療法

神経症者グループで行われる集団療法は、治ゆした神経症者の体験の発表により、再学習への道をひらき、他山の石を見て自己中心の殼から脱する機縁を作り治療の目的を達するものである。また中毒者の脱慣後の弱点の矯正にも慢性精神障害者の治療にも集団療法は効果がある。

集団精神療法はレクリエーシヨン療法(例えば遊び療法)と密接な関係がある。心理療法として遊戯療法は、児童精神医学の領域でこころみられ、問題児、チツク、非行児などが治療の対象に選ばれる。この場合、教育治療者は、子供の表現する言語や行動を通して、子供自身の立場に立つてその適応の成長を育てる非指示的態度がのぞましい。

ⅩⅠ 作業療法

作業療法の種類は、これを広い意味にとれば、生活指導、レクリエーシヨン療法、及び何等かの生産的な作業に従事するせまい意味での作業療法が含まれる。そしてこれらはすべて、根本的には同一指導原理によつてつらぬかれている。種々な症状をもちまた一方無為、寡動の状態にある患者を人間的な活動性にとんだ規則正しい生活へ導き、各種の症状の改善をはかると共にその生活圏を拡大し、更に進んで病院内の保護的な環境から、実社会での生活に堪えうる状態にちかづけることがその目標である。したがつてこれらの療法は、他の特殊療法との有機的なつながりを持ちつつ、確固とした治療方針と計画のもとで実施されなければならず、ただ漠然とその患者が働けるからといつて院内の労務に従事させることは作業療法とはいえない。

一 レクリエーシヨン療法

レクリエーシヨン療法の起源は古いものであるが、この療法が狭義の作業療法とは別に組織的に治療体系の中にとり入れられたのは比較的最近のことで、今日では、生活指導、作業療法と共に、精神病院で欠くことのできない治療法の一つになつている。

実施方法

(一) この治療は日常の生活指導、作業療法と密接な関連をもたせ、できるだけこれらの働きかけを同時に行うことが必要である。

(二) 治療種目は、室内、病棟中庭、病棟外、更には病院外で行うものに区別され、またその対人関係の複雑さの程度によつても種々に分けられる。例えば、映画、演劇、レコード・コンサート、テレビ、ラジオ等他から与えられる形式のもの、絵画、手工、俳句、詩歌、読書等ひとりで行うもの、相手を必要とするピンポン、テニス、ダンス、碁、将棋等、また複雑な人間関係を必要とする団体競技等がある。

(三) 治療種目を選ぶにあたつては患者の個人的な種々な条件を参考にするが、治療集団の形成する雰囲気によつて適当に選択するようにする。

(四) 治療は毎日つづけることが大切であり、したがつて指導者は、日課表、週課表等を作つて実施することがのぞましい。しかし型にはまつた指導ではなく、臨機応変に、患者の状態の変化、グループの雰囲気に注意して、適宜内容を変更してゆく融通性が必要である。

(五) 指導員は、患者に興味をもたせることを第一に考え、その配置に気を配り、活発な場を形成し、その中に患者を誘導することにつとめなければならない。

療法上の注意

(一) 治療を継続してゆくうえには、医師、看護婦、指導員は常に意志の疎通をはかり、計画、実行、反省等のための集会をもつて話し合いをする必要がある。

(二) ある程度治療がすすんだならば、患者に自主性をもたせ、計画等にも参加させてゆくようにする。

二 狭義の作業療法

作業療法の起源は極めて古いが、医学的に明白な治療意識をもつて本療法を実施するようになつたのは、十八世紀の終り頃からである。二十世紀になつて本療法は更に組織化され、それまで主として慢性軽症患者が対象であつたが、最近の特殊薬物療法の導入によつて、よりひろく、新鮮例にも用いられ易くなつた。

一 実施方法

(一) 治療開始前にまず治療目標を明らかにすることが必要である。例えば、幻覚、妄想の消褪をはかるためとか、活動性を回復させるためとか、あるいは感情刺激性の鎮静のためとか、あるいは社会性の訓練のためとかいうふうに、当初にその目標を処方箋に記入して看護者、作業指導員にその努力の方向を知らせる。

(二) 作業種目の選定は、仕事の内容と、患者の性格、状態及び作業指導員の人柄、指導の仕方等諸要素を考慮して選び、必ずしも患者の既往の職歴等にこだわる必要はない。

精神病質者の作業療法の場合は、とくに作業指導員との人間関係が、効果を上げるうえで重要な役割をする。

(四) 作業時間は、おおむね正常人の労働時間以内とし、患者の能力、症状及び疲労状況等に応じて加減する。なお症状によつては一時間程度でも毎日継続すれば効果がある。

(五) 作業は毎日続けることによつて効果があがる。断続的な作業は折角形成されようとするよき生活習慣をこわし、治療効果を減殺する。

(六) 作業指導員は、常に患者とともに作業すべきであつて、ただ監視して命令するような態度があつてはならない。

(七) 一週間に一回は休息の日をもうけ、祭日、雨天等の日を利用して茶話会等を催し患者の慰安と気分転換をはかることがのぞましい。

(八) 作業中は適宜休憩時間をおく。ただしそれが長過ぎると作業意欲を減殺し、患者の注意を病的方向に走らす。短か過ぎると疲労し作業をいやがるようになる。絶えず患者の状態を観察し、適当に修正し、作業の場では、部門部門で独特の雰囲気をつくり上げるべきである。

(九) 肉体労働のはげしい作業では、エネルギーの消耗を補う意味でおやつを支給する。軽作業でも、休憩時に茶菓を支給することは作業の雰囲気をたのしいものにする。

(一〇) 作業を奨励する意味で、煙草銭程度のものを支給することもある。これは賃金ではないが特に身寄りのない患者達には日常生活上のうるおいとなる。

(一一) 作業指導員の数は、患者の症状、状態に応じて適宜に増減する。

症状の悪い時には一人の患者に一人以上の看護者を必要とすることもある。

(一二) 作業指導員と患者、また患者相互、作業指導員相互の人間関係については常に注意し、もしも、不適当となつた場合はただちに変更することが必要である。

(一三) 作業指導員は、作業のことばかりでなく、常に患者の一身上の世話を心掛けるようにする。これは患者の社会復帰に大いに役立ちまた事故の防止にも役立つ。

(一四) 作業後の入浴は特にのぞましい。これは治療効果を倍加する。

(一五) 作業療法の種目は、できるだけ多い方がのぞましい。これは施設の規模、看護者や作業指導員の数等によつて制限されるであろうが、施設の地理的条件、地域社会の状況をよく生かしてできるだけ創意工夫して、その種目を多くするようにつとむべきである。作業療法は、施設が小さいからできない、設備がないからできないというべきものではなく、患者の人格、人間性を尊重し平等の立場に立つて、人間的接触をより緊密にして行くことが作業療法の根本理念であることを認識すれば、たとえ一つの病室でも、廊下の一部分でも作業療法の場として活用できることを忘れてはならない。

(一六) 患者がもし院内での自治活動例えば、各種の趣味のサークル、集まり、患者自治会等の組織をつくることを欲するならば、医師、看護者はこれを支持し、病院当局もこれに、精神物質両面の支持を惜しまないようにすべきである。この種の患者自治活動は、その指導さえよろしきをうれば、患者の活動性を増し、創意性を発揮させ、社会的適応性をうるために、すぐれた効果をもつものであり、それ自身一つの高度な作業療法である。ただし熟練した医師がその相談役、指導役となることが必要である。

二 療法上の注意

(一) 本療法は一見他の療法と趣を異にしているために、治療行為でないように思われるおそれがあるから、治療の経過、成績等について、常に観察記録される必要がある。

(二) 本療法は他の療法よりも関係する人員が多く、またその中には医学や看護学の知識に乏しいものもあるので、関係者全部にそれが、治療を目的とするものであることを周知せしめておく必要がある。そうでないと往々にして、作業による生産物や患者の労働による成果に眼を奪われて、本来の目的を忘れることがあるからである。

(三) 本療法中、指導員または看護員は常に患者に対する言語、態度に注意し、いやしくも使役するが如き感を患者に与えてはならない。

(四) 患者は作業中、ときに種々な危険物または不潔物を拾得することもあるので、そのようなことのないように注意し、必要によつては作業終了時身体検査もしなければならない。

三 適応症

本療法の対象となる患者は従来ややもすると、鎮静期並びに回復期に入つたもののみに限られるように考えられているが、必ずしもそれらのみに限定せず、新鮮例及び興奮患者にも本療法は試みらるべきである。また他の療法と併用することも相互にその治療成績を向上させてよい。

病症例としては、精神分裂病、進行麻痺、躁うつ病、神経症その他広く各種精神障害に用いられる。ただし治療の方法については、疾病別または病態別によつて多小異にする必要がある。

四 禁忌

特に禁忌とすべきものはないが、発病当初で、不安興奮の特に激しい場合または躁病の発揚初期病院の環境になれないとき等は、本療法は一時中止するか、または周到な配慮のもとになされなければならない。