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(三) 薬物療法

a 制酸剤

潰瘍治療にあたつて最も好んで用いられる薬剤は制酸剤である。その内水溶性で体内に吸収され易く血液の反応をアルカリ性に傾けるものを全身性制酸剤といい、この作用のないものを非全身性制酸剤というのであるが、現在ではアルカロージスによる種々な不快な症状を顧慮する必要なく安心して長期にわたつて使用し得る非全身性制酸剤が広く一般に用いられるようになつた。しかし前者の代表的な薬品であるところの重炭酸曹達(重曹)も、その使い方の如何によつては時に他剤の及ばない効果を発揮することがある故、一概にこれを見捨ててしまうのは考えものである。

(a)重炭酸曹達(重曹)

既に記した如く現在の大勢としては、本剤使用によるアルカロージス、及び胃内に発生するCO2ガスの潰瘍に対する有害性が着目されて以来、本剤の潰瘍治療剤としての位置はかなり低下したのであるが、これを適当に使用すれば、他剤の及び得ぬ効果を得ることもしばしばある。しかして本剤は患者空腹時に投与するのが最も合理的で、その量は一回一~二瓦以内に止め、一日量としては六~一〇瓦とする。なおその使用に当つては特に腎機能障害の有無に注意しなければならない。

(b)〔か〕性マグネシア(酸化マグネシューム)

(b)●〔か〕性マグネシア(酸化マグネシューム)

本剤の酸中和能力は重炭酸曹達に勝ること四倍で、その上この一瓦は約一〔か〕のCO2ガスを吸収するから、これを前記重炭酸曹達と混用して用いるのは日常の常トウ手段である。即ち重炭酸曹達一瓦が胃液内塩酸と合うと約二五〇ccのCO2ガスを生ずる故に、本剤がそのまま胃内に存するとすれば、その〇・五瓦を以て全CO2ガスは吸収される計算となる。しかし実際には本剤の一部は塩酸の存する液内でMg(OH)2となり、又塩酸と化合してMgCl2を作る故上記の理論通りの効果は期待し得ない。一方、本剤は緩下剤の作用を持つ為、この方面から用量の制約を受けるわけで、一日量を一~二瓦以内に止めておくべきであろう。

本剤の酸中和能力は重炭酸曹達に勝ること四倍で、その上この一瓦は約一〔か〕のCO2ガスを吸収するから、これを前記重炭酸曹達と混用して用いるのは日常の常トウ手段である。即ち重炭酸曹達一瓦が胃液内塩酸と合うと約二五〇ccのCO2ガスを生ずる故に、本剤がそのまま胃内に存するとすれば、その〇・五瓦を以て全CO2ガスは吸収される計算となる。しかし実際には本剤の一部は塩酸の存する液内でMg(OH)2となり、又塩酸と化合してMgCl2を作る故上記の理論通りの効果は期待し得ない。一方、本剤は緩下剤の作用を持つ為、この方面から用量の制約を受けるわけで、一日量を一~二瓦以内に止めておくべきであろう。

(c)三硅酸マグネシューム

無水硅酸と酸化マグネシュームを含み、塩酸を中和、吸着する作用がある。又本剤は胃液と合つてゲラチン状となり潰瘍面を被い、器械的刺戟から保護する作用があるといわれる。毎食前二~三瓦を与える。本剤は非全身性制酸剤に属するもので、アルカロージスを起す恐れは全くない。

(d)水酸化アルミニュームゲル

古くからフランスで用いられていた制酸剤で、近来はアメリカでも広く賞用されている。本剤の一瓦は〇・一Nの塩酸一二~一五ccを中和する。本剤の酸中和速度は極めておそく、従つて他の制酸剤を用いた場合にしばしばみられるところの二次的酸分泌を起す恐れも少ない。内服すればジェリー状となり潰瘍面に附着し、これを保護するともいわれる。その液剤は一回六~八ccを用い一日量三〇~四〇ccとする。本剤もまた非全身性制酸剤に属し、長期大量使用してもアルカロージスを起さない。副作用として便秘をみることが屡々ある。

水酸化アルミニュームゲル粉末の使用量は一回〇・六~一・〇瓦一日二~三瓦。

(e) 胃ムチン

胃ムチンは生理的にも幽門腺、噴門腺、胃底腺頚部細胞及び粘膜上皮細胞から分泌される(各腺細胞から分泌されるものと、粘膜上皮細胞から分泌されるものとは同一のものではない)。最近の研究によれば潰瘍患者の胃液内には粘液を溶かす酵素(Lysozyme)が増加していることが分り、これを潰瘍形成に結び付けて考える者もいる。即ち生理的には上記の粘液が胃液中の酸を中和するのみでなく、粘膜表面に広く附着し胃液内ペプシンの蛋白消化作用が粘膜上皮細胞に及ぶのを防いでいるのであるがLysozymeが増加するとこの粘液層の粘膜保護作用が著しく障害され、ここにペプシンは直接に細胞を侵襲し得ることとなり、遂に潰瘍を発せしめるに至るとするのである。しかして、この説に立脚すればこの粘液を潰瘍治療剤として採り上げるのは当然であり、事実欧米に於いて現在盛んにこの方面の臨床実験が行われている。本剤としては豚の胃粘膜から製した粉状のものが用いられる(使用方法は、毎二時間に二・五瓦ずつ投与)。

(f) 陰イオン交換樹脂

本剤は酸性胃液中で塩酸を吸着し、アルカリ性腸液中でこれを放出する。体内には全く吸収されず、反動性胃液分泌も著しくないといわれる。一回量一瓦一日量六瓦を基準使用量とする。

制酸剤としてその他水酸化マグネシューム、過酸化マグネシューム、炭酸カルシューム、炭酸マグネシューム等が挙げられる。

さて、これ等の薬品の潰瘍患者の訴える自覚的症状(主として疼痛)に対する効果に関しては、大同小異で大きな差異はないものと考えるが、個々の例についてはこの内の一つの薬が余り有効でない時に、他剤を用いて予期以上の効果をみることはしばしばある。即ちこれら制酸剤を用いる際には、固定的の態度は禁物で時に応じて変化するの心構えが大切である。

最後に一言しておきたいのは、前記の諸剤は必ずしも単味で与えるべきではないということである。既述の如く重炭酸曹達と〔か〕性マグネシアとの混合、或は水酸化アルミニュームゲルとマグネシューム剤との併用等は各剤の持つ欠点を互に打ち消しつつ、制酸の目的を達する意味で広く賞用されており、更にムチンと他の制酸剤の併用を特に推賞するものもある。

最後に一言しておきたいのは、前記の諸剤は必ずしも単味で与えるべきではないということである。既述の如く重炭酸曹達と〔か〕性マグネシアとの混合、或は水酸化アルミニュームゲルとマグネシューム剤との併用等は各剤の持つ欠点を互に打ち消しつつ、制酸の目的を達する意味で広く賞用されており、更にムチンと他の制酸剤の併用を特に推賞するものもある。

b 胃運動及び分泌抑制剤

(a) アトロピン

胃の運動及び分泌を抑制することは確かであるが、その目的を達するにはかなりの大量を用いる必要があり、副作用も著しい故本剤の単独投与は行われない。

(b) メサンセライン・ブロマイド

所謂自律神経遮断剤に属する薬剤であるから、消化時に於ける胃液分泌を抑制する能力は余り強くないが、空腹時の胃液分泌を著しく抑制する。この故に十二指腸潰瘍等夜間の胃液分泌亢進の著しいものには本剤が好んで用いられる。なお胃の運動をも強く抑制する。

ただし時に口渇、排尿困難、シューブ等の副作用が強く、連用に耐えかねる場合がある。一回量五〇瓱を基準使用量とし、一日四回与えるのがよい。

(c) ヂエチルアミノエチル、ベンチレートメトブロマイド

前者と同系統の薬品で、副作用がやや少ない。一日量二〇瓱、一日四回与える。

(d) プロパンセライン・ブロマイド

これも前者と同系統の薬品で、副作用が少ない一回量一六瓱、一日四回与える。

(e) ジフエンメサニール・メチルサルフエート

本剤もまた前者と同系統の薬品であるが、腸管運動抑制作用が殆んどないといわれる。一回五〇瓱、一日四回与える。

c 鎮痙剣

(a) パパベリン・ロートX

前者は塩酸パパベリンとして一日〇、〇五瓦、後者も一日〇、〇五瓦を基準使用量とする。各制酸剤と混用して広く用いられる薬剤である。

(b) ジジサイクロミン・ハイドロクロライド

アトロピン様作用とパパベリン様作用を合わせ有し、特に鎮痛作用が著しい。一回一〇~二〇瓱、一日四回投与する。

(c) a-〔N-(β-ヂエチルアミノエチル)、アミノフエニールアセチックアシッドーイツアミレステル・ヂハイドロクロライド〕

本剤もまたアトロピン様作用とパパベリン様作用を併有する。鎮痙、鎮痛剤として賞用する人が多い。経口的には一回量三〇瓱、一日三回与える。

d その他薬物療法

エントロガストロン、ウロガストロン、クロロフイル、塩酸ヒスチヂン等により、潰瘍そのものの治癒を積極的に促進させようとする試みがある。

(四) 空腸栄養療法

患者の鼻腔を通じて細いゴム管を挿入し、その尖端を上郎空腸に達せしめ、この管から各種の流動食物を送る方法で、この目的は胃の完全安静を期待するにある。本療法は少くとも三週間にわたつて行うべきで、その間患者に絶対安静を保たせる必要がある。流入食物としては牛乳、生卵、バター重湯、果汁等が適当とされ、一日量体重一瓧当り三〇Cal以上を毎二時間に分割投与する(一lの牛乳、五〇瓦のバター、六箇の生卵、一〇〇瓦の砂糖で大約一七〇〇Calとなる)。

なお本法実施について注意すべきは、ゾンデの尖端が空腸に達していることを確めること及び食物の温度(三七度C)、注入速度(なるべくゆつくりと)である。

本法は既記各種の内科的療法に対して抵抗した渭瘍にも効を奏することがある故、かかる頑固な症例に接した時は最後の内科的手段として試みる価値がある。

(五) 放射線療法

以上の内科的療法で難治な場合は、後述の外科的療法を実施することが多いが、一部に放射線療法を行う人もある。放射線としては主としてレントゲン線が用いられている。放射線投与の部位としては主として間脳部、側索部及び心窩部が選ばれるが、実施に当つては専門家的知見が要請されている。

小括

以上で潰瘍患者に対する内科的治療万針の大綱を述べたわけであるが、いずれの方法を採用するにせよ、治療開始後一カ月後にレ線再検査を行つてニツシエの消長をみておく必要がある。もしその時ニツシエが治療開始前に較べて大きくなつているか、或は不変の状態にあるならば、更に精力的な治療法に切り変えるか、或は外科的処理を考慮しなければならない。又幸いニツシエが完全に消え去つている場合でも、即座に治療を中絶すべきでなく、その後少なくとも三~四週間はそれまで通りの治療を続行しなければならない。何となれば我々は胃鏡検査の経験により、ニツシエの消失が潰瘍の完全治癒と必ずしも時期的に一致せず、前者は往々後者に先行することを知つているからである。即ち胃十二指腸潰瘍の治療は疾患が最も順調な経過をとつたと仮定しても七~八週間にわたつて行うべきものである。

二 合併症を伴つた潰瘍に対する内科的療法

(一) 大出血の内科的療法

症 状

比較的軽度の出血では、軽い脳貧血発作と皮膚蒼白が唯一の症状で、脈搏や血圧に変動が認められない。出血量が大となると脱力感、衰弱感、眩暈、嘔吐等の乏血症状が顕著になる。吐血、下血は胃出血の必然の結果であるが、前者は脳貧血症状につづいてか、或は一~二時間後に発するものが多く、後者は脳貧血症状後二~二四時間の間に起ることが多い。

第4 南氏食餌式胃大出血後の食餌表の1例

最終出血後口数

食品

1

2

3

4

5

6

7

8

9

10

11

12

13

14

15

16

17

18

19

20

21

滋養注腸

1

2

2

2

2

重湯又は葛湯

150

200

300

300

300

300

300

300

300

300

牛乳

200

300

400

500

600

800

800

800

800

800

800

800

800

800

800

800

800

800

鶏卵

1

2

3

4

4

4

4

4

4

4

4

4

4

4

スープ

200

200

200

200

200

200

200

200

200

200

200

200

お交り

100

300

400

500

500

500

600

600

700

700

パン

80

100

100

120

120

120

バター

25

25

25

25

25

25

野菜(ジャガ芋)

50

50

50

50

50

魚肉

100

カロリー(略)

200

200

200

350

450

500

600

700

800

900

1000

1100

1150

1170

1200

1600

170

1750

1800

1850

2000

(注) 上記の表は最も制限の強い方針のものである。

更に出血量が多くなると、患者は極度の不安状態に陥り、しばしば煩渇を訴える。又大量失血のためショック症状が現われ、血圧は著しく降下し、脈搏は細少頻数となり、往々殆んど触れ難くなることさえある。皮膚蒼白、四肢厥冷が加わり、呼吸は恰も空気欠乏の状態を示し浅表かつ促迫する。

このショック症状は出血後直ちに起ることが多いが、時には数時間後より徐々に発現することもある。

出血後の腹部所見は一様でない。大出血でも全く腹部に所見の無いものも稀ではないが、しばしば胃の膨満状態を認めることがある。

大多数の患者に於いて、血圧降下のため一応出血は止まり、その後は減少した血液を組織液等で補うため血液稀釈が起り、従つて出血後二、三時間後頃から赤血球数及び血球素量ともに著明に低下して来る。この際総循環血液量及びへマトクリットによる血球容積を測定すれば、更に一層この血液稀釈機転を詳細に知ることが出来る。もし出血が停止すれば赤血球数及び血球素量は一定値に固定するようになるが、出血が継続する場合にはますます値が減少してゆく。

出血後は多少とも血中残余窒素量が増し発熱するものもある。殊にショックの際には腎機能不全に陥り易く、乏尿、無尿を来たし尿毒症様症状を起こすこともあるという。

出血が直ちに停止する場合は一週間以内に顕出血は消失し、一~二週間の間に糞便潜血反応が陰性となるのが普通である。出血量及び出血継続の有無は血液量、及びへマトクリット値、赤血球数、血球素量、血圧等の変動を追求して、判断し、これによつて治療万針を確立すべきである。

療 法

a 救急処置

眩暈、失神等のみで未だ吐血、下血をみない時期にも、患者の既往歴、脈の性質、全身状感等から考えて潰瘍出血の疑わしい場合は直ちに絶対安静を命じ、経過を注意深く観察する。

既に吐血又は下血が起つた時には絶対安静を命じ、患者には生命に危険無きことを諭し、鼓舞激励に努め、頭部を低くし上腹部に氷嚢を貼付する。医師は決して狼狽した態度を示してはならない。もし甚しい精神不安があり、不穏状態にあるものには鎮静剤を要する。その際にはフエノバルビタール(〇、五~一、〇cc注射)を用い、モルヒネは嘔吐、幽門痙攣を誘発するので単独では使用しない方が良い。止むを得ぬ場合ナルコポンアルトロピン〇、五cc或はパヴィナール〇、五ccの皮下注射を行うことがあるが、比較的軽症では鎮静剤は不要である。

大出血によつてショックを起した場合には、足の位置を少し高くし、また循環系の充実不全に対処するため全皿又は血漿の大量を血管内に点滴注入する。

もし、これ等が得られない時には五%葡萄糖、リンゲル氏液を点滴注入する。

強心剤は出血に基くショックの場合でもあまり必要ではない。血圧の方面から考えた場合は患者の収縮期血圧八〇mm水銀柱以下となつた場合に始めてカンフアー、アミノコルデン等の強心剤の適用が考慮される。従つて脈搏と血圧測定は危険期の去るまでは少くとも一~二時間毎に行う。重症出血患者はしばしば乏尿、無尿を惹起する危険があるので出血後は一日少くとも八〇〇ccの尿排泄量を維持するよう水分の補給を図らねばならない。

ショックに至らない患者に対しても止血の目的で輸血を行うことが考えられるが、失血による血圧低下が止血の面に働いているわけであるから、出血当日の輸血は余程慎重に判断しなければならない。

又出血発作後比較的長時間にわたつて、患者は嘔気になやむことがある。これは管内出血が引き続き起きていることを示す症状として考えねばならぬ場合もあるが、また一方嘔気によつて新たな出血を誘発する可能性もある故全力をつくして、この種の嘔気を消失せしめるのに努力しなければならぬ。しかして、これには局部の冷却のみで有効な場合が少くないが、しからざる場合は、氷片投与或は少量のアネステデンの経口投与などを試みる。

b 食餌療法

胃出血患者に対する食餌療法としては昔から多くの学者によつて各種の方式が提出せられている。

表4南氏食餌法はその中でも所謂厳重制限法に属するもので、これと対照的な立場を採るものは出血当日から細挫食を与える方が良いと主張する。

しかしながら一口に胃出血と云つても、その症状は様々で、そういう患者に対する食餌は患者の状態に応じて定めるべきで、一つの方式に拘束される理由は毫もない。再出血を来たすおそれある場合、例えば老人、動脈硬化症患者では特に食餌は厳重にした方がよい。

c 胃ゾンデを用いる療法

胃内容吸引法、胃内点滴注入法、胃洗浄法等があるが、何れも極めて特殊な場合に用いられるに過ぎない。

d 恢復期療法

この時期の治療は再出血に対する注意、栄養の向上、貧血の恢復を主眼とする。特に貧血の恢復をはやめる為には、輸血、輸液、綜合アミノ酸等の投与を行う。鉄剤は還元鉄または硫酸鉄の形で用いるがあまり早期には用いない。

ビタミン補給も適宜行う。患者に坐位を取らせるのは血球素量六〇%に達してからがよい。

なお大量の血液が腸内に残存している場合には腹部の緊張感、直腸不快感等がある故、浣腸等で大便を排出させなければならないが、これを行うのは止血後三~四日を待つた方がよい。

(二) 穿孔の内科的療法

一刻も早く外科に送らねばならないことはいうまでもないが、それまでの処置として強心剤、輸液・輸血等の全身処置は勿論のこと、胃内容吃引療法を怠つてはならない。本療法と強力なる抗生物質注射によつて、内科的に穿孔患者を助け得る場合も少くないとの報告もある。

(三) 幽門狭窄の内科的療法

幽門狭窄の症状を呈する場合には、一日一回胃洗浄(温水、三%重炭酸曹達液等)しつつ、三~四日間絶食せしめると、狭窄は緩解するものがある。本症患者の嘔吐を反復するものは脱水や、クロールの欠乏が起り易いから、これを補う意味で輸液・輸血を行う。

以上の治療に抵抗する狭窄は外科的に処理する。

B 外科的療法

胃十二指腸潰瘍の外科的療法は合併症を伴わない潰瘍症の治療を対象としたもの、及び潰瘍の合併症、即ち出血、穿孔、狭窄、癌化を治療対象としたものに大別される。なお、術後潰瘍の再発、特に吻合部潰瘍の発生に対する外科的療法はこれを別にして述べる。

いずれにしても外科的療法を加える場合には内科医と協力して外科的適応を判定し、又出来るだけレ線検査及び胃液検査を行うべきである。

潰瘍の成因は未だよく判つていない。神経障害説、血行障害説、内分泌障害説、胃炎説、栄養障害説(ビタミンを含む)等々あるが、潰瘍の発生乃至慢性化と胃液(塩酸ペプシン)との問題に就ては古くから論議せられ、塩酸分泌粘膜部の広汎切除の治療成績が良好であると云う経験的立場から、成因に於ける胃液の意義を重視する学者も多いが、潰瘍成因に於ける胃液の真の意義に就いてはなお研究を要する点も残されている。

一 合併症のない潰瘍の外科的療法

(一) 外科的療法の種類

(a) 胃切除術

(b) 迷走神経切断術

(c) 交感神経切除術

(d) 胃空腸吻合術

(e) 幽門成形術

(f) 胃十二指腸吻合術

(g) 潰瘍切除術

(二) 適応

結果的にいうと、内科的療法が成功しなかつた場合に外科的療法が行われるということになるが、内科的療法の成功、不成功はその判定が困難であり、概して長年月の経過観察を必要とする。しかし、実地上は数カ月に及ぶ適正な内科的療法が行われたにかかわらず、潰瘍の治療に成功しない場合、殊にレ線検査によつてニツシエを証明する場合とか、頑固な幽門狭窄症状が持続する場合には、外科的適応と判定されることが多く、又穿通性潰瘍の証明は直ちに外科的適応とみなしてよい。年齢による適応の制限はないけれども、若年者に対しては術後胃機能脱落の可能性を考慮し、外科的療法の適応選択を厳重にすべきである。以上にあげた事柄を除けば、手術による直接死亡率及び間接死亡率も極めて低率であるから、この意味では手術禁忌というものがない(内科的療法参照)。

(三) 各種の外科的療法

a 胃切除術

部分的な胃切除術、殊に広範囲の胃切除術は、潰瘍手術のうちで最も広く行われている術式であり、これ以外の手術をいつさい行わないという手術方針をとつている外科医が多い。この術式は、適切に行われる限り、再発のおそれもなく、一〇〇%に近い満足すべき治癒率をあげる。

(a) 実施状の注意

(1) 潰瘍手術としての胃切除術を単に吻合型式の上から、ビルロート第一法及び第二法に分類し、又はビルロート第二法に諸種の変法を区別するやり方は一般に行われているが、次述の点を除けば、それら術式の間には治癒効果の面でも、術後障害の面でも、明かに優劣があるとの結論は出ていない。従つてこれら術式の区別には余りこだわる必要がない。

(2) ビルロート第一法及び第二法を比較すれば、第二法に吻合部潰瘍や吻合脚腸の狭窄、内嵌頓性のイレウスが多く、第一法に吻合口狭窄や縫合不全が多い点を念頭におくべきである。

(3) ビルロート第二法を採用する場合には、結腸前吻合型式よりも結腸後吻合型式にした方が(2)にあげた合併症が少いから、この方が望ましい。

(4) 胃潰瘍では出来るだけ潰瘍切除を含む胃切除術を採用すべきであり、潰瘍の癌化を考慮に入れれば当然のことである。しかし高位の胃潰瘍では技術的に潰瘍の除去が困難な場合もあり得るから、このような場合にはマドレーネル胃切除術を行い潰瘍を残して胃切除を行うこともやむを得ない。十二指腸潰瘍が技術的に切除困難な場合には潰瘍を残した手術、即ち所謂フインステレル空置的胃切除術を採用して差支えない。空置的胃切除術によつて空置、残存された潰瘍は胃潰瘍と異なり、十二指腸の潰瘍であるから、癌化のおそれが殆んどなく、又胃内容から遮断されているから、出血や穿孔の危険も少く、治癒しやすい。

(5) 上述したいずれの術式を採用するにしても、一般には広範囲胃切除が行われている。殊に十二指腸潰瘍での胃液の過酸、過分泌が証明される場合には、広範囲に切除した方が潰瘍再発の防止上安全である。この際には切除範囲を小攣側で拡大するよりも大攣側で拡大した方がよい。

(b)合併症

ダンピング症状、胃内容通過障害、吻合部潰瘍、及びイレウスの合併症をみることがある。

b 迷走神経切断術

十二指腸潰瘍及び吻合部潰瘍には行われるが、胃潰瘍には癌化の可性能があるため、胃腸吻合術と同じく、その適応には充分な考慮を要する。

(a)実施上の注意

(1) 迷走神経の切断は横隔膜附近、即ち食道下部で切断した方がよい。この場合、経胸式及び経腹式の二到達路があるが、腹腔内病変を診査し得る便宜のある経腹式到達路を選んだ方がよい。肺門に近い部位乃至それ以上の高位で神経を切断すると心・肺に悪影響を及ぼすことがある。

(2) 神経は左、右両側神経幹のほかに分枝をも切断し、完全切断に努めるべきである。

(3) 神経機能の脱落による胃運動の減弱は術後胃内容停滞を招来し、この手術の術後効果を妨げるから、胃空腸吻合術の併施が望ましい。

(b)合併症

胃内容停滞、下痢、吻合部潰瘍、及びダンピング症状の合併症を伴なうことがある。

c 交感神経切除術

内臓神経及びその他、胃十二指腸を支配する交感神経の切断、乃至その交感神経を切除する手術であるが、一般には無効とされている。

d 胃空腸吻合術

昔はよく行われた手術であるが、現在では胃液の過酸、過分泌の証明されない潰瘍、しかも癌化のおそれのない潰瘍、いいかえれば高年者の十二指腸潰瘍の場合にときに行われることがあるにすぎない。ただしこの場合でもブラウン腸々吻合を併施することは、吻合部潰瘍をつくりやすくするから、避けた方がよい。迷走神経切断術との併用については(b)迷走神経切断術の項で述べた。

e 幽門成形術及び胃十二指腸吻合術

元来、この二術式は幽門狭窄を除去するために行われたものであり、胃切除術の普及した現在では殆んど施行されていないが、施術禁忌というわけにはいかない。迷走神経切断術に併用されることがある。

f 潰瘍切除術

単に潰瘍だけを切除しても潰瘍再発の危険が多いから、胃潰瘍に対する迷走神経切断術の場合に、潰瘍癌化を予防する目的で併用され得るにすぎない。

(四) 術前・中・後処置

(a) 輸血、輸血漿

(b) 輸液

(1) リンゲル氏液

(2) 生理的食塩水

(3) ブドー糖液

(4) アミノ酸剤等

(c) 化学療法

(d) 胃吸引

(e) 経鼻的挿管による栄養補給

(f) その他症候的療法を行う。

二 合併症を伴つた潰瘍に対する外科的療法

合併を伴わない潰瘍の場合とは異り、潰瘍の合併症に対する治療目的は救命を第一として外科的療法を加えることが多い。

術前・中・後処置の進歩によつて手術的侵襲の過大に基く手術死を低率にくい止め得るようになつたから、合併症の治癒と同時に、潰瘍をも治癒させ得るような比較的に手術的侵襲の大きな術式を選ぶことも可能にはなつたが、救急手術の場合には患者の全身状態を考え、それに応じて救命に必要な最少限の術式を選ぶようにしなければならない。

(一) 穿 孔

急性開放性穿孔には即時手術を原則とするが全身状態の特に不良な場合には即時の手術を行わず、ある程度の術前処置を行つてから手術するように心掛けねばならない。

a 術式の選択

(a) 全身状態の比較的良好なもの、特に穿孔後経過の短時間な場合には進んで潰瘍を含む胃切除術を採用した方がよい。

(b) 単純閉鎖術は全身状態の不良な場合に行う。単純閉鎖術に胃腸吻合術を併用することがある。

(c) 迷走神経切除術は行わない方がよい。

(d) 術後胃吸引を併用した方がよい。

(e) 穿孔だけを対象とした姑息的術式を採用した場合には、現在の処置が未完成であることを患者によく理解させる必要がある。

(f) 手術が危険と判定された場合でも胃吸引は良法である。

b 術前・中・後処置

(四)に述べた処置に準ずるが、穿孔の場合には、いかなる場合にも増して、術前・中・後処置を特に強化する必要がある。

(二) 出 血

勿論潰瘍の根治によつて出血の再発を防止する意味では手術的に治療した方が望ましいが、多くの場合内科的療法で止血する傾向があるから、出血即ち手術と考えるのは早計であろう。又この際の全身状態は種々様々で、到底手術的侵襲に耐え得ない場合もあるので、手術適応の可否は常に慎重を要する。実際問題として出血中の潰瘍症の如何なるものが手術適応であるかを列挙することは到底不可能で、その決定は個々の症例に於て内科医との協力によつて考慮さるべきものである。但し高血圧者の出血、既往に陳旧性潰瘍の存在が明かな出血、たとえ少量でも反復する出血、又大出血を来す危惧のある場合等には、外科的療法の対象となる場合が多い。一方全身状態は出血後の時間とも密接な関係があるので、手術適応の可否はなるべく早期に決定すべきであり徒らに待期的に過ぎ、手術時期を失しないよう注意する必要がある。

手術前にはショック症状の有無、貧血の程度等を充分精査して、手術的侵襲に耐えうるや否やを判定し、一般状態がその侵襲に耐え得ない場合は、勿論充分な術前処置を行い、その恢復をまつて実施すべきである。

又所謂胃出血は潰瘍のみでなく、慢性胃炎、食道胃静脈節(肝硬変)、時には胃癌稀には噴門癌等によることがあるので、術者は常にこれ等に即応した準備の上で実施すべきである。

a 術式の選択

(a) 潰瘍を含めた胃切除術が最も良い術式である。

(b) 切除困難な十二指腸潰瘍からの出血には空置的胃切除術を行うこともある。

(c) 切除困難な胃潰瘍も無理に切除せず、そのまま潰瘍を残して胃を切除しても大体差支えない。ただしこの場合には血管の結紮を併用した方がよい。

b 術前・中・後処置

(四)に述べた処置に準ずるが特に血圧の恢復に努めなければならない。

(三) 狭窄

内科的療法に抵抗する狭窄、特に器質的変化の著名な幽門または十二指腸狭窄は手術の適応となる。

a 術式の選択

(a) なるべく胃切除術を採用すべきであり、しかも広範囲の胃切除術が望ましい。

(b) 切除困難な潰瘍は必ずしも切除を要しないから、空置的胃切除術を採用して差支えない。

(c) 胃空腸吻合術は吻合部潰瘍をつくりやすいから、なるべく避けた方がよい。

(d) 幽門成形術及び胃十二指腸吻合術も効果が少いから、なるべく行わない。

(e) 迷走神経切断術はむしろ有害である。

b 術前・中・後処置

(四)に述べた非合併症性潰瘍における処置に準ずる。

(四) 癌化(癌性変性)

すでに癌化した乃至癌化の疑われる潰瘍は絶対適応である。

術式としては胃潰瘍を含む広範囲の胃切除術を行い、高位の胃潰瘍には胃全剔出術の適応がある。

三 吻合部潰瘍に対する外科的療法

内科的療法によつて治癒することもあるから、ある期間の内科的治療が許されるが、吻合部潰瘍は一般に出血、穿孔、穿通の如き合併症をひき起しやすいから、早目に外科的処置を施した方がよい。

a 胃腸吻合術後の吻合部潰瘍に於ける術式の選択

(a) 吻合部腸を含む広範囲の胃切除術を行う。小範囲胃切除術を避ける。

(b) 迷走神経切断術は奏効しないことがあるから、余り行わない方がよい。

(c) 胃切除術と迷走神経切断術を併用することもあるが、この場合でも胃切除範囲は広範囲にした方がよい。

(d) 前述の二術式以外のものは行わない方がよい。

(e) 穿孔、出血及び狭窄の合併症が併発した場合には(一)穿孔(二)出血)(三)狭窄のところに記述した諸注意を併せて考慮する。

(f) 胃、空腸、結腸痩を併発した場合には結腸も同時に切除する。

b 胃切除術後の吻合部潰瘍に於ける術式の選択

(a) 大彎側切除を主とし、再胃切除術を行う。

(b) 再胃切除術に迷走神経切断術を併用してもよい。ときに迷走神経切断術だけを単独に行うこともある。

(c) 穿孔、出血及び狭窄が合併した場合にはa(e)に準ずる。