添付一覧
○性病の治療指針
(昭和三八年六月七日)
(保発第一一号)
(各都道府県知事あて厚生省保険・公衆衛生局長連名通知)
性病等の治療方針、治療基準及び治療方法(昭和三十二年四月厚生省告示第百二十五号)に掲げる性病の治療指針(昭和三十二年三月二十日保発第一八号の一厚生省保険局長、公衆衛生局長連名通達)及び船員性病治療指針(昭和三十二年三月十九日保発第一七号厚生省保険局長通達)について、本日、別添のとおり全面改正し、昭和三十八年七月一日から実施することとなつたので通知する。
〔別添〕
性病の治療指針
目次
第一 性病治療指針
Ⅰ 梅毒
Ⅱ 淋病
Ⅲ 軟性下疳
Ⅳ 鼠径りんぱ肉芽腫症
第二 船員性病治療指針…
第一 性病治療指針
Ⅰ 梅 毒
梅毒の経過及び予後は多数の因子によつて左右されるものであつて必ずしも一定しないが、感染後可及的速やかに十分な治療を行なうことがその予後を良くする最大の因子であることはいうまでもない。
梅毒は感染後速やかに治療された場合には殆んど常に完全に治癒せしめ得るものとされているが、感染後長く放置されるに従つて、治療を十分に行なつても完全に治癒せしめ難い場合や欠陥を残して治癒する場合が多くなる。
梅毒を自然経過に従つて三期に分けることが広く行なわれているが、ペニシリン治療が広く行なわれるようになつて以来、治療を論ずるにあたつては早期梅毒即ち感染から満二カ年以内のものと晩期梅毒とに区別するのが常となつた。梅毒はその侵す器官によつて治療法及び予後を異にするから、その治療にあたつてはそれぞれの専門に属する知識を要することはいうまでもない。
梅毒の診断は、一般に臨床症状、局所からのトレポネーマ検出及び諸種の血清反応によつて行なわれる。初期硬結ないし硬性下疳を生じてから梅毒血清反応の陽転するまでの時期即ち血清陰性第一期は駆梅療法の最良の機会とされているが、此の時期の診断は臨床症状及び局所からのトレポネーマ検出とによる。第二期疹が生じた以後は臨床症状と血清反応とによつて診断する。近時皮疹その他の梅毒症状を有せざる梅毒即ち潜伏梅毒が増加したこと、並びに梅毒に罹患しながら、その症状に気付かぬ場合の稀でないことが広く知られるに及んで、梅毒血清反応の意義は益々高く評価されるに至つた。しかしながら梅毒に罹患していても梅毒血清反応が陰性の場合や梅毒以外の原因で梅毒血清反応が陽性である場合もあるから、梅毒血清反応の成績によつて梅毒の有無を判定せんとする場合には、臨床症状、既往歴、家旅歴等を参照する必要がある。
髄液の梅毒血清反応は必ずしも血液のそれと平行するものではなく、髄液にこれが陽性に現われるということは髄膜内に梅毒性病変が存在することを示すものとされている。駆梅療法実施後の観察にあたつて血液のみならず、髄液についても血清反応を行なう場合がある。
駆梅療法が奏効した場合、治療終了後直ちに血清反応が陰転するものとは限らない。即ち数カ月にわたつて血清反応が陽性にとどまる場合も少なくなく、血清反応の陰転に一年以上を要することもある。定量血清反応によつて経過を追求した場合、血清抗体価が順調に減少してゆく場合は駆梅療法が奏効したとみなして多くの場合大過なく、また治療の奏効しなかつた場合には血清抗体価が高いままで固定することが稀でなく、若しくは一旦低下した血清抗体価が再び上昇することがある。
陳旧な梅毒の場合、強力な駆梅療法によつて梅毒性病変の『臨床的治癒』したと思われるにも拘わらず、血清抗体価の低下が或る限度にとどまつて、血清反応が陰転し難い場合がある。このようなもの即ち抗療梅毒を、梅毒の既に『治癒』したにも拘わらず血清反応の陽性にとどまつているものとすべきか、あるいは梅毒の『治癒』が完全でないものとすべきかについては諸家の見解の一致しないところである。従つて抗療梅毒にあつては、個々の症例につき患者の年令、体力等を顧慮して、治療を続行すべきか否かを判断することになる。
1 一般方針
(1) 梅毒の治療法はペニシリン系薬剤が主として用いられるが、マクロライド系薬剤、場合によつてはテトラサイクリン系薬剤、クロラムフエニコール等の単独療法、砒素、膏鉛療法及びこれらの併用療法等もある。
(2) ペニシリン系薬剤、その他の抗生物質の単独療法は治療期間の短縮されること、副作用の少ないこと、全身状態の如何に拘わらず比較的容易に投与し得ること、経口、注射等投与方法の選択が可能なことなどの利点がある。
(3) 過敏症等によつてペニシリン系薬剤が使用し難い場合、若しくはペニシリン系薬剤を十分に使用しても治療効果の得られない場合などが他の療法の主な適応領域である。
(4) 駆梅療法剤の投与方法は医師の判断により経口、注射など適宜定める。
(5) 梅毒治療にあたつては梅毒血清反応によつてその経過を追求すべきである。治療後はもとより治療前にも検査(定性反応のみならず定量検査を併用)を行ない、また可能な限り髄液について検査を行なうことが望ましい。
(6) 先天梅毒の診断を決定する場合、本人のみならず家族全員について梅毒血清反応(定性及び定量)を行なう必要がある。また本人の感染時期の不明な場合にも家族全員について同様梅毒血清反応を行ない診断の補助とすることが望ましい。
(7) 左記の場合においては家族歴、既往歴、臨床所見並びにトレポネーマ所見について顧慮する必要があるが、同時に梅毒血清反応(定性及び定量)を反復実施することも必要である。
(a) 梅毒血清反応は疑陽性ないし判定保留の場合。
(b) 生物学的偽陽性反応(BFP)を呈し得る疾患――紅斑性狼蒼その他のいわゆる膠原病、癩、スピロヘータ性疾患、ウイルス性疾患、リケツチヤ性疾患、プラスモジユーム性疾患、肝疾患等――の既往歴があるかあるいは現在罹患中の患者で梅毒血清反応が陽性の場合。
(c) 家族的因子その他の原因不明のBFPが疑われる場合など。
(8) 梅毒の治療にあたつてはそれぞれの専門分野と協力することが望ましい。
(9) 梅毒の治療終了後少なくとも五年間は定期的に臨床的及び血清学的検査(定量反応が望ましい)を要する。即ち治療終了後最初の二年は少なくとも三カ月に一回、次の三年間は少なくとも六カ月に一回は血清学的検査を実施すべきである。この間髄液の検査も行なうことが望ましい。
(10) 梅毒血清反応は補体結合反応(ワツセルマン法、緒方法など)及び沈降反応(凝集法、ガラス板法など)の双方について一種類以上を実施するものとする。これらの諸反応について定量検査を行なうことが望ましい。
(注意)
ペニシリン系薬剤の用量の「単位」を「g」に換算するにあたつては、一gが六〇万単位に相当するものとしてよい。
2 早期梅毒(Ⅰ期、Ⅱ期及び早期潜伏梅毒)
早期梅毒に対してはペニシリン系薬剤を主として用いる。術式には左記の療法があるが、効果の思わしくないときは、左記療法中同一術式あるいは異なる術式で治療を二~四クール繰り返す。二~四クールを終了したときには症状及び梅毒血清反応(定量)の経過によりその後の治療方針を検討すべきである。Ⅰ期(血清陰性期を含む。)には(a)、(b)を主として用い、Ⅱ期及び早期潜伏梅毒には(a)、(b)のみならず(c)~(f)が用いられる。
(a) ペニシリン系薬剤単独療法
〔用法例〕一日量六〇万単位、総量六〇〇万単位を標準とする。一日量並びに注射間隔は適宜変更してもよいが治療期間は二週間内外を標準とする。
(内服は二倍量使用)
アミノベンジルペニシリンの使用法は、「抗生物質の使用基準」による。
(b) マクロライド系薬剤単独療法
〔用法例〕一日一・〇~一・二g 内服三〇日間毎日連続
(c) ペニシリン系薬剤、砒素、蒼鉛併用療法
〔用法例〕ペニシリン系薬剤:一日九〇万単位
週二回ずつ四〇~六〇回 筋肉内注射
マフアルゾール:一回〇・〇四~〇・〇六g週二回ずつ 四〇~六〇回静脈内注射
次サリチル酸蒼鉛:一回一・五cc(〇・二g含有)週一回ずつ 二〇~三〇回筋肉内注射
(注意)
Ⅰ 用法例には砒素剤としてマフアルゾールを記載したがネオアルゼノベンゾールを用いてもよい。
Ⅱ マフアルゾール又はネオアルゼノベンゾールによる副作用の強い場合には抗生物質と蒼鉛のみを併用してもよい。
(d) ペニシリン系薬剤、マクロライド系薬剤以外の抗生物質(テトラサイクリン系薬剤、クロラムフエニコール、合成セフアロスポリンC系薬剤など)については、これら抗生物質が副作用その他の理由で用いられぬ場合あるいはこれらの抗生物質による療法で所期の効果の得られぬ場合に用いるものとし、一日量一・〇~二・〇g三十日間連続内服するが、合成セフアロスポリンC系薬剤の使用法は、「抗生物質の使用基準」による。
(e) 砒素、蒼鉛併用療法
(1) マフアルゾール:一回量〇・〇四~〇・〇六gを週二回ずつ計四〇~六〇回静脈内注射
次サリチル酸蒼鉛:一回量一~一・五cc(一cc中〇・一三g含有)を週一回ずつ二〇~三〇回筋肉内注射
(2) ネオアルゼノベンゾール:一週一回又は五日に一回ずつ(三~四号)全量五~六g静脈内注射
次サリチル酸蒼鉛:一回量一~一・五cc(一cc中〇・一三g含有)を週二回ずつ計二〇回筋肉内注射
(f) マクロライド系薬剤、砒素、蒼鉛併用療法
前記砒素、蒼鉛療法継続中マクロライド系薬剤を一日量一・〇~一・二g週二回の内服を併用する場合がある。
3 晩期梅毒
(イ) 晩期潜伏梅毒
(a) ペニシリン系薬剤単独療法二の早期梅毒の場合に準ずる
(b) マクロライド系薬剤単独療法 〃
(c) ペニシリン系薬剤、砒素、蒼鉛併用療法 〃
(d) ペニシリン系薬剤、マクロライド系薬剤以外の抗生物質による療法 〃
(e) マクロライド系薬剤、砒素、蒼鉛併用療法 〃
(f) 砒素、蒼鉛併用療法 〃
(ロ) 晩期顕症梅毒(皮膚、粘膜、骨、内臓、その他)
前記の(イ)晩期潜伏梅毒の場合に準ずる。
なお、それぞれ専門分野と協力して実施するのを原則とする。
(ハ) 心臓血管梅毒
1 治療は、本器管が休止することがなく、重要であることから、常に対症療法を考慮しなければならない。
2 ペニシリン系薬剤、一回六〇万単位筋肉内注射、一日一回毎日二十日間行なう。最小八日、最大三十日までの増減をしうる。
なお週二回 五~一〇週間の治療法もある。できればマクロライド系薬剤を一回〇・八g内服、一日一回毎日前記注射の前一時間、同期間併用する。
3 現在では、蒼鉛、ヨードの併用は次善策として応用される。
前処置を行なうときは、蒼鉛を〇・一gずつ五日おきに三回筋肉内注射する。
4 代償状態において治療するのが一般であるが、うつ血性心不全、夜間呼吸困難、狭心症、心筋梗塞に使用して差支えないことが多い。
5 治療中に冠不全の悪化が確認されれば直ちに投与を止める。
6 治療後退院したものは、外来において経過を観察し、遠隔成績の観察は、六カ月から一年の間隔をおいて永続的に行なう。血清抗体価は一般に固定するが、それはトレポネーマと直接の関係はない。
7 再発の際は、前回よりも一層注意し、できるだけ強力な治療を行なう。
8 大動脈瘤には、ヨード、ニトログリセリン、アミルニトリツト、麻薬、駆梅療法、血管外科療法が考慮される。
(ニ) 神経梅毒(精神科の治療指針参照)
1 ペニシリン系薬剤は神経梅毒のすべての型に使用される。ただし、脱落した神経細胞は再生しないから、固定した症状は回復し難いことに留意しなければならない。
2 ペニシリン系薬剤一回六〇万単位筋肉内注射 一日一回毎日二十日間行なうを標準とし、奏効不明瞭な場合には適宜延長する。
なお週二回、五~一〇週間の治療法もある。できればマクロライド系薬剤を一回〇・八g内服、一日一回毎日、前記注射の前一時間、同期間併用する。
3 遠隔成績の観察は、最初の二年間は、一~四カ月に一回、臨床観察と髄液検査をくり返す。その後は一年毎に行なう。血清抗体価は一般に固定するが、それはトレポネーマと直接の関係はない。
4 治療後一~三カ月以内の増悪は再治療の適応である。脊髄癆ならば、電撃神経痛の再現や増悪が再治療の適応になることがある。
治療後三カ月から一八カ月で、髄液の所見が改善しないか、または、あまり改善しないとき、細胞数や蛋白量が急激に上昇したときは再治療する。
5 重金属、ヨードは次善策として使用される。しかし、治療による症状の増悪(ヘルクスハイマー現象)は、薬剤が強力でなかつたところに多かつたことに注意しなければならない。
6 ペニシリン、アレルギーのため、その治療に耐えないときは、前記マクロライド系薬剤を主眼とし、発熱療法、テトラサイクリン系薬剤、合成セフアロスポリンC系薬剤を併用してもよい。
7 神経梅毒は心臓血管梅毒と違つて、その効果を比較的明瞭に判定しながら治療することができる。すなわち、髄液中の細胞数測定、脊髄癆における電撃神経痛などの観察は、一般感染症における体温測定に似ている。治療開始後三日位で、細胞数や神経痛に改善がみられないときは、上述のマクロライド系薬剤及び発熱療法の併用を考慮する。
8 視神経萎縮の症状は発熱療法中一過性に悪化する場合があることに留意する。
9 電撃神経痛は、トレポネーマの活躍によるだけでなく、発熱、過労によつてもおこる。治療後のそのような電撃神経痛に対しては、ビタミンB12、大量療法、ビタミンB1療法などがある。
4 妊婦梅毒
妊婦に対して先天梅毒児出産予防のため行なう治療は次による。
(a) ペニシリン系薬剤単独療法
早期顕症梅毒には一日六〇万単位ずつ八日間、計四八〇万単位、早期潜伏梅毒には一日六〇万単位ずつ十日間、計六〇〇万単位の筋肉内注射を用いるが、その他の晩期梅毒については、病型に応じて前掲3、晩期梅毒の項に準じて治療を行なう。
(b) その他の抗生物質製剤(マクロライド系薬剤、テトラサイクリン系薬剤、合成セフアロスポリンC系薬剤)単独療法一日一g三十日間経口投与、計三〇g。合成セフアロスポリンC系薬剤の使用法は「抗生物質の使用基準」による。
(注 意)
Ⅰ 治療はなるべく妊娠早期に行なうこと。
Ⅱ ペニシリン系薬剤が適当でない場合には他の療法を行なう。
Ⅲ 治療後も分娩まで少なくとも月一回は臨床的及び血清学的検査を行なう。陰転を目標にするが、その困難なときは、血清抗体価が比較的低い価に低下固定することが望ましい。
Ⅳ 血清反応が上記程度に改善されない時は、副作用がない限り、状況に応じて二クールまたはそれ以上つづけてもよく又は期間をおいて行なつてもよい。
Ⅴ 分娩後さらに母児の臨床的及び血清学的検査を行ない必要に応じて治療を行なわれなければならない。
(c) 砒素、蒼鉛併用療法
ペニシリン系薬剤が適当でない場合のみ2早期梅毒の(e)に準じて行なう。
(注 意)
特に砒素剤の副作用に注意しなければならない。
5 先天梅毒
先天梅毒は胎児梅毒、乳児梅毒、再発又は幼児梅毒、遅発梅毒、潜伏梅毒と分類され、それぞれ臨床的に特徴がある。
乳児梅毒はこのうち最も治療しやすい病型であり、原則としてペニシリン系薬剤、マクロライド系薬剤その他の抗生物質により治療する。
幼児梅毒、遅発梅毒、潜伏梅毒は極めて難治であり、抗生物質、砒素、蒼鉛剤の三者併用を行なう必要がある場合が多い。
治療に当つては特に幼児梅毒、遅発梅毒、潜伏梅毒では梅毒血消反応の定量反応を行なう必要があり、定性反応のみでは治療効果の判定、治療打切りの決定が困難である。
(イ) 新生児、乳児先天梅毒(一年未満)
(a) ペニシリン系薬剤単独療法
〔用法例〕 体重一kg当たり五〇万単位を全量として十~十五日間経口投与する。
また、総量体重kg当たり三〇万単位を十~十五日間に筋肉内注射してもよい。
(b) マクロライド系薬剤単独療法
〔用法例〕 エリスロマイシン休重kg当たり六〇mgを一日量として十日間経口投与。
(c) テトラサイクリン系薬剤又はクロラムフエニコール体重kg当たり六〇mg、合成セフアロスポリンC系薬剤体重kg当たり二〇mgを十日間投与する場合もある。
(注 意)
(1) 体重kg当たりは大人よりも大量を要する。
(2) ペニシリン系薬剤を使用できない時、又は一クールのペニシリン治療により血清反応が陰転しない時は、(b)、(c)を用い得る。
(3) クロラムフエニコールは原則として新生児、未熟児には用いない。
(4) 乳児の場合、血清反応が陰転するのを確認せねばならない。
治療終了一カ月後になお血清反応が陽性であれば直ちに反復治療を行なう。
(ロ) 幼児、遅発、潜伏梅毒(一~十五年)
(a) ペニシリン系薬剤を体重kg当たり五〇万単位を全量として十~十五日間に経口投与する。
体重kg当たり二〇万単位を総量として筋肉内注射してもよい。
(b) (a)により無効の場合、ペニシリン系薬削、砒素、蒼鉛併用療法を行なう。砒素剤としては、ミオサルバルサン初回体重kg当たり五mg、第二回kg当たり七・五mg、第三回kg当たり一〇mg、第四~一〇回kg当たり一五~三五mg、一週一回注射する。マフアルゾールをこの量の十分の一量静脈内注射してもよい。
蒼鉛剤は次サリチル酸蒼鉛をkg当たり一mgより始め体重kg当たり二~三mgとして、週二回筋肉内注射する。
(注 意)
(1) この時期では梅毒血清反応の陰転率は低い。従つて定量反応を行なう必要がある。一応定量値が緒方法で一〇〇倍以下で、動揺が少なくなることを臨床上の目標とする。
(2) (a)、(b)を梅毒血清(定量)反応が安定するまで繰り返す。
(3) ペニシリン系薬剤が用いられない場合、或いは何クールか行なつて無効の場合に、マクロライド系薬剤、クロラムフエニコール、テトラサイクリン系薬剤、合成セフアロスポリンC系薬剤を用いてもよい。
(4) ペニシリン系薬剤の使用量は成人量をこえる事もあり得る。
(ハ) 成人における先天梅毒
成人における先天梅毒の診断は特に詳細な間診、臨床所見、及び家族全員の梅毒血清反応検査成績の上に立つて行なうべきである。又1一般方針(7)に注意することが必要である。
治療術式は3晩期梅毒に準ずる。
治療終了後の経過観察については1一般方針(9)を参照のこと。
6 局所療法
必要に応じて適宜これを行なう。
7 副作用
ペニシリン系薬剤、砒素、蒼鉛の使用にあたつては、副作用として次の点に注意しなければならない。
(a) ペニシリン系薬剤
(1) 一般に副作用は少ないが、ヘルクスハイマー反応については注意を要する、ヘルクスハイマー反応は、治療開始後六~九時間に発生し一二~一八時間で減退する。発熱、全身違和、全身疼痛、下疳増悪、皮膚発疹の増悪あるいは新生等をおこすことがある。
(2) 特に心臓血管梅毒では、この現象がおこると中には危険な場合があるので、細心の注意を要するが、これ以外の病型のものでは、本反応が現われても高度でない限り治療を続行しても差し支えない。
(3) 時に重篤な各種の症状をおこすことがあるので注意を要する。
(b) 砒素剤
(1) 悪心、発熱、嘔吐、倦怠感、頭痛、心悸亢進、下痢、神経痛、歯痛、しびれ感、浮腫、蛋白尿、発疹等をおこすことがある。ときに黄疽、顆粒細胞減少症をおこすことがある。
(2) なお、マフアルゾールの使用の際には、注射部位の血管疼痛を訴えることが多いので、この防止のために、注射時間を約二〇秒とするのがよいとされている。砒素剤注射で副作用のある場合、血液を予め注射筒内に吸引した後静脈内注射すれば副作用が軽減する場合もある。
(c) 次サリチル酸蒼鉛
歯肉炎や顆粒細胞減少症をおこすことがある。
Ⅱ 淋 病
1 一般方針
(1) 急性淋病と慢性淋病は治療の趣を異にする。急性淋病は種々の抗生物質によく反応して治療成績はよいが、慢性淋病では種々の局所療法(尿道洗浄及び注入、前立線マッサージ、尿道鏡的処置、女子では膣及び膀胱の洗浄等)の併用を必要とすることが多い。
(2) 淋病の治療にはペニシリン系薬剤、マクロライド系薬剤、テトラサイクリン系薬剤、クロラムフエニコール又はストレプトマイシンが用いられる。ただし、以上薬剤が無効又は耐性若しくは副作用が著しい場合はカナマイシンを使用する。
(3) 近時非淋菌性尿道炎がかなり多いので、菌検索を行なつて淋菌を碓認してから治療すること。
2 ペニシリン系薬剤単独療法
〔用法例〕
(1) 油性ペニシリンG
三〇~九〇万単位、一日一回、皮下或いは筋肉内注射
(2) 水性懸濁ペニシリンG
四〇万単位、一日 一~二回、皮下或いは筋肉内注射
(3) 可溶性ペニシリンG
二〇~四〇万単位、四時間おき六回、筋肉内注射
(4) アミノベンジルペニシリンの使用法は、「抗生物質の使用基準」による。
(注意)
(Ⅰ) 油性ペニシリンGで効果のないときは水性縣濁ペニシリンG一日二回法(三~四時間おき)あるいは可溶性ペニシリンG療法を試みる。
(Ⅱ) 合併症を伴う場合にはペニシリンの使用量を増量する。
(Ⅲ) 通常各々の注射総量一八〇万単位に及んでも効果のないときは他剤に切り換える。
(Ⅳ) 内服用ペニシリンを使用する場合は一日量二〇〇~四〇〇万単位を四~六回に分服する。
(※) 用量の「単位」を「g]に換算するにあたつては、一gが六〇万単位に相当するものとしてよい。
3 マクロライド系薬剤
テトラサイクリン系薬剤
クロラムフエニコール、ストレプトマイシン、カナマイシン又は合成セフアロスポリンC系薬剤単独療法
(1) マクロライド系薬剤
一日量一・二~一・五gを四回に分けて経口投与
(2) テトラサイクリン系薬剤
一日量二gを四回に分けて経口投与
(3) クロラムフエニコール単独療法
一日量二gを四回に分けて経口投与
(4) ストレプトマイシン又はカナマイシン単独療法
一回一gを一二~二四時間毎に注射
(5) 合成セフアロスポリンC系薬剤の使用法は、「抗生物質の使用基準」による。
(注意)
急性淋病の場合は二日間の治療で効果のないときは他剤に切り換える。慢性淋病の場合には治療日数を適宜延長し、必要な局所療法を併用する。
4 局所療法
必要に応じで適宜これを行なう。
5 副作用
(1) ペニシリン系薬剤
梅毒の項に同じ。
(2) マクロライド系薬剤、テトラサイクリン系薬剤、クロラムフエニコールには、多少胃腸障害その他の副作用があるが、服薬を中止すれば回復する。
(3) ストレプトマイシン、カナマイシンを長期間使用すると第八脳神経障害をおこすことがある。
6 淋病治癒の判定
(1) 尿道に機械的並びに化学的刺激(所謂誘発試験)を行なつた後に分泌物をとつて培養し、且つ前立腺のマツサージによつて出てくる分泌物を培養し、何れも陰性であることを確めて治癒の判定をくだすことができる。
(2) この機械的刺激としては金属プジーを用い、化学的刺激としては硝酸銀溶液ピロカルピン溶液等が用いられる。
(3) 女子淋病に対しては、尿道粘膜、スキン腺、バルトリン腺、子宮頚管から白金耳でとつた材料の培養、殊に月経直後の頚管分泌物の培養成績をもつて治癒の判定を行なう。
(4) なお、培養を実施できない診療施設にあつては、前述の機械的、化学的方法によつて採取した分泌物の鏡検を繰り返し励行する必要がある。
Ⅲ 軟性下疳
1 一般方針
軟性下疳の治療には、サルフア剤、ストレプトマイシン、テトラサイクリン系薬剤、クロラムフエニコール又はマクロライド系薬剤を用いる。
2 サルフア剤単独療法
一日量三~四gを三~四回に分け経口投与、相当の効果を認めるまで使用する。
持続性サルフア剤は各々その常用量(概ね第一日二g、第二日以後一g)を与える。
3 ストレプトマイシン単独療法
一日一g、筋肉内注射、相当の効果を認めるまで使用する。
4 テトラサイクリン系薬剤又はクロラムフエニコール
一日一・五~二gを四回に分け経口投与、相当の効果を認めるまで使用する。
5 マクロライド系薬剤
一日一~二gを四回に分け経口投与、相当の効果を認めるまで使用する。
6 局所療法
必要に応じ適宜これを行なう。
Ⅳ 鼠径りんぱ肉芽腫症
1 一般方針
鼠径りんぱ肉芽腫症の治療は、サルフア剤、テトラサイクリン系薬剤、クロラムフエニコール又はマクロライド系薬剤により行なう。
2 サルフア剤単独療法
一日量四g、四回に分け経口投与、相当の効果を認めるまで使用する。
持続性サルフア剤は各々その常用量(概ね第一日二g、第二日以後一g)を用いる。
3 テトラサイクリン系薬剤又はクロラムフエニコール単独療法何れも一日量二gを四回に分け経口投与、相当の効果を認めるまで使用する。
4 マクロライド系薬剤
一日一~二gを四回に分け経口投与、相当の効果を認めるまで使用する。
5 局所療法
必要に応じ適宜これを行う。
第二 船員性病治療指針
一般方針並びに診療取扱
1 船員の性病治療も「性病治療指針」によることを原則とするが、陸上勤務者と異なり諸種の制約があるので、この指針によつて行なう場合もある。
2 船員の性病は、乗船等の勤務の都合上、特に短期間に治療を完了するように考慮されなければならない。
3 船員は、その乗船する船舶の移動に従つて転医することが多いから、一貫した適正な治療が行なわれ難い場合が多い。従つて転医に際しては、被保険者証の所定欄に診療の内容を記載する等の措置を講じて、次に診療する医師の便を図るものとする。
4 船員には性病が多い傾向があるので、治療にあたつては、患者の性病予防思想のかん養に努め、適正な指導及び措置を講ずることが要望される。
梅毒
1 早期梅毒
早期顕症梅毒は下船して治療しなければならない。
乗船等の勤務の都合上特に短期に治療を完了する必要かある場合はその手段として、ペニシリン系薬剤大量衝撃療法がある。
〔用法例〕
油性ペニシリンG(又はバイシリン)一日三〇〇万単位筋注(二カ所以上に分注)二回、計六〇〇万単位を標準として、その注射間隔は五~十日とする。
(注意)
(1) 前記の方法によつても効果が認められないときは、六~八週の休療の後、再治療を行なうこと。
(2) 大量衝撃療法は、副作用として注射部位の疼痛硬結を残すことがある。
砒素、蒼鉛療法は、乗船中とかく不規則かつ不十分になりやすいから、船内診療所における治療又は長期下船の場合等継続治療の行ないうる場合のみとする。
2 晩期梅毒
(1) 晩期顕症梅毒は下船のうえ治療を行なうべきであり、その場合の療法は、「性病治療指針」による。
(2) 晩期潜伏梅毒の場合は乗船させて差支えない。その療法は、「性病治療指針」による。
淋病、軟性下疳及び鼠径りんぱ肉芽腫症
何れも下船のうえ治療しなければならない。その治療は「性病治療指針」による。