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○新潟精神病院における恙虫病原体接種事件について

(昭和三二年一一月四日)

(医発第九六三号)

(各都道府県知事あて厚生省医務・公衆衛生局長連名通知)

さきに医療法人青山信愛会新潟精神病院において、概要別紙1のような事件が発生したが、厚生省においては、これについて詳細な調査を行った結果別紙2のように新潟県知事あて通知し、また、法務省人権擁護局長からも別紙3及び別紙4のような勧告が新潟精神病院及び新潟大学に対して行われた。

本件のような事例に鑑み、貴管下の医療関係者等に対し、治療及び研究に際しては、患者の人権が十分に尊重せられ、特に精神障害者、乳幼児等意思能力が十分でない患者の取扱は、一般患者に対するよりも一層慎重な配慮の下に行われるよう十分周知徹底されたい。

別紙1

新潟精神病院における恙虫病原体接種事件の概要

医療法人青山信愛会新潟精神病院では、昭和二十七年九月頃新潟大学医学部桂内科と話し合いの上、同院の入院患者に対して恙虫病原体による発熱療法を実施すること、及び桂内科は病原体の接種と恙虫病自体の治療について技術を提供し、あわせてその病態観察をさせてもらうことを決め、同年十一月から昭和三十一年一月に至る間において、同院の入院患者一五〇名に対して恙虫病原体を接種し、患者の大部分に三九度前後の発熱状態を数日間持続せしめた後抗生物質を投与してこれを解熱せしめた。

また、接種患者中一一名の者についてはその接種部位の皮膚の一部分を切除したがそのうち五名については接種後二四時間以内にこの切除を行っている。此の際適応患者の選択は病院側が行ったが、病原体の接種、抗生物質の投与、皮膚切除等は桂内科から出向いた医師の手によって行われた。右療法を実施すること及び皮膚の一部を切除することについて病院側はあらかじめ保護義務者の了解を得ておらず、病原体接種の事実及び接種後の病態観察についてもカルテ本文には記載がなくカルテの末尾に附した体温表に発熱状況等が記録されていた。

別紙2

新潟精神病院入院中の患者に対する恙虫病原体接種事件について

(昭和三二年六月八日 衛発第四六一号)

(新潟県知事あて厚生省医務・公衆衛生局長連名通知)

貴管下医療法人青山信愛会新潟精神病院に入院中の精神病患者に対して恙虫病原体を接種した事件については、衆議院文教委員会及び日本弁護士連合会においても人権侵犯の疑ある事件としてとりあげられたところであるが、当局における調査の結果は左記のとおりであって甚だ遺憾であると認められるので、今後再びかかることのないよう新潟精神病院長及び新潟大学医学部長に対して貴職から十分注意されたい。

1 本件が精神病の治療のために恙虫病原体の接種による発熱療法を行ったものであるとしても、診療録には体温表以外に本件関係の記載がなく、病原体接種前後の症状の観察が殆んど行われていないこと等治療行為としての裏付けに不完全な点が多かったと認められること。

2 一部患者の病原体接種部位から接種後短期間に皮膚を切除したことについては、潰瘍予防の意図があったとしても恙虫病の発症予防の効果について観察する意図も働いていたと認められること。

3 精神障害者を取り扱う場合には、一般患者に対するよりも更に慎重な配慮が要望されるに拘らず、本件においては、あらかじめ保護義務者の了解を得るよう務めなかったこと等総じて慎重を欠くと思われる点が多く、精神障害者に対する人権尊重の精神の不足が新潟精神病院及び新潟大学医学部の当事者の間にあったと認めざるを得ないこと。

別紙3

精神病患者に対する恙虫リケッチヤ接種事件について(勧告)

(昭和三二年八月三〇日)

(医療法人青山信愛会新潟精神病院長あて法務省人権擁)

(護局長通知)

標記の件について申告があったので調査したところ、次の事実が認められる。

1 新潟精神病院小島保副院長は、昭和二十七年九月頃かねて恙虫病に対する治療法(抗生物質の微量投与法)の研究を行っていた新潟大学医学部桂重鴻教授の主宰する桂内科研究室より勝田和夫助手を通じ、同病院に入院中の精神病患者に恙虫リケッチヤを接種して発熱させ精神病に対する発熱療法を兼ねて、前記恙虫病治療法の実験研究を行いたい旨の申出を受け、病院長と相談の上これを了承し、昭和二十七年十一月十五日頃から昭和三十一年二月頃までの間、右の話合に基いて前記桂内科研究室の勝田助手等により、入院中の森田露子外一四九名に対して恙虫リケッチヤの接種をなさしめた。

2 右恙虫リケッチヤ接種は、入院中の精神病患者に対する発熱療法としてなされたものであるとはいえ

(1) リケッチヤの接種ならびに接種後発熱療法に必要である発熱の程度、その持続期間、抗生物質の投与による下熱時期の決定その他の医療措置は桂内科研究室の医師に一任し精神病院の主治医は積極的にこれに関与していない。

(2) 病院備付の診療録には恙虫リケッチヤ接種による右発熱療法についてなんらの記載なく、看護日誌にもその事実を記載するよう指導がなされてない。

などの事実より考察すると、前記一五〇名の入院患者についてなされた恙虫リケッチヤ接種は、むしろ前記桂内科研究室が行っていた恙虫病治療の研究実験にその重点が置かれ、精神病患者に対する治療については十分な措置が講ぜられたものとは認定し難い。

今後入院患者の取扱いに当っては、患者の人権尊重に深く意を用い、精神衛生法の趣旨に徹して患者の治療保護に当られたく要望する。

別紙4

精神病患者に対する恙虫リケッチヤ接種事件について(勧告)

(昭和三二年八月三〇日)

(新潟大学学長あて法務省人権擁護局長通知)

標記の件について申告があったので調査したところ次の事実が認められる。

1 新潟大学医学部桂重鴻教授の主宰する桂内科研究室においてはかねてから恙虫病に対する治療法(抗生物質の微量投与法)の研究を行っていたものであるが、昭和二十七年九月頃同研究室勝田和夫助手を通じ新潟精神病院小島保副院長に対し、同病院入院中の患者に恙虫リケッチヤを接種し発熱療法をかねて前記恙虫病治療法の研究実験を行いたい旨の申入れをした。

同病院はこれを了承し両者協議のもとに昭和二十七年十一月十五日頃から昭和三十一年二月頃までの間に、勝田助手等桂内科研究室の医師の手により、入院中の森田露子外一四九名の患者に対し、恙虫リケッチヤの接種を行いさらに右接種した患者のうち金子イネ外一〇名に対してその接種部位の皮膚を一糎平方、深さ三粍程度切除した。

2

(1) 右恙虫リケッチヤ接種は、入院中の精神病患者に対する発熱療法としてなされたものであるとはいえ

(イ) 前記の患者に対するリケッチヤ接種はもちろん、事後の治療措置は右桂内科研究室の医師がこれに当り、とくに発熱療法に必要である発熱の程度、その持続期間及び下熱時期の決定等については、精神病院の主治医は積極的にこれに関与していない。

(ロ) 病院備付の診療録には恙虫リケッチヤ接種による右発熱療法についてなんらの記載なく、看護日誌にもその事実を記載するよう指導がなされてない。

(2) 前記皮膚切除の理由について、接種部位の潰瘍及びその悪化を防ぐためとられた治療措置であるなどと説明されているが、この切除についてもなんら診療録に記載するところなく、十分な事後措置が講ぜられている事情が窺われない。

などの事実から考察すると、桂内科研究室の桂教授以下関係医師は、自己の恙虫病治療法の実験研究に執心の余り、精神障害者の発熱療法について病院側に対する連絡指導等適切な措置を欠いたものといわざるを得ない。

医師が治療の効果を挙げるため、治療方法につき合理的な範囲内において実験を行うことは許されるところであるけれども、患者に施用する治療方法についての実験に際しては、常に当該患者に対する治療上の効果を挙げることに専心すべきであって、実験研究の成果を期待することに急なる余り、患者に対する治療行為を忽にすることは人権尊重の見地から到底許容し得べからざるところである。

今後の実験研究に際しては、以上の趣旨をよく理解せられ、人権尊重につき十分配慮ありたく勧告する。