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○予防接種事故に関する責任の所在について

(昭和四一年六月一六日)

(衛発第四二〇号)

(各都道府県知事・各政令市市長あて厚生省公衆衛生局長通知)

標記の件について、別紙(1)のとおり照会があつたので別紙(2)のとおり回答したから御了知願いたい。

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別紙(1)

〔照会〕当地区医師会員中には予防接種等に出動するに当り、万一事故のあつた場合を懸念して左記事項について不安を抱くものあり、これに関する御解答並びに厚生省等監督官庁の統一解釈について御教示願いたし。

(1) 保健所の計画した予防接種に地区医師会々員が出動して、万一注射による事故のあつた場合の責任の所在如何(民事的及び刑事的責任について)。(イ)特異体質による事故と判明した場合、(ロ)問診(既往症、現症の診察)不充分で、既往及び現在の疾患を見落したためと判定された場合、(ハ)注射操作中何等かの原因により感染を起こしたことが原因と判明した場合、(ニ)注射液種、分量を取違えたための事故と判明した場合、(ホ)注射操作中皮内、皮下注射すべきものが、誤つて血管内注射となつたための事故と判明した場合、(ヘ)注射が原因で橈骨、神経麻痺を起こした場合。

(2) 予防接種実施規則(昭三三・九・一七厚生省令第二十七号、改正昭三九・四・一六厚生省令第十七号)による注射針を一人一人取変える規定に対する見解。並びに万一注射針を一人一人取変えなかつたための事故と判明した場合の責任の所在。

(3) 予防接種実施要領(昭三四・一・二一衛発第三二号、昭三六・五・二二衛発第四四四号)による単位時間内の規定人員(一時間一〇〇名以内)を超えて注射を実施することに対する見解。並びに万一これがため注射前の問診等不充分となり事故を起こしたと判明した場合の責任の所在。

(静岡 T生)

別紙(2)

〔回答〕

(1)

① 予防接種実施規則に定められている問診等を行なつたうえでなお判明しない特異体質により事故が生じた場合は、実施側に民事上及び刑事上の責任は生じないものと思われます。

② インフルエンザ等の予防接種に際し、既往に鶏卵に対する反応歴があつた場合などその予防接種により事故が生じるおそれがある場合に問診等でこれを把握することを怠たり予防接種を行ない、アレルギー体質に起因すると認められる事故が生じたときは実施側に過失があるものと思われます。

この場合、実施主体である市町村等について、国家賠償法あるいは民法の使用者責任(いずれか一方ですが現段階では二説あります)による賠償責任の問題が生じましよう。医師については後者の場合には民事上の責任を生じますが、前者の場合は直接民事上の責任は生じることはありません。ただ国家賠償法上の問題と解した場合には過失の程度(重過失とみられる場合)によつては市町村等は国家賠償法により賠償した額について医師に求償することができます。刑事上は医師に明白な過失があつた場合は業務上過失傷害等の点が問題となることも考えられます。

イ 医師が注射液の種類、分量をとり違えたために事故が生じた場合は、医師の過失であり、責任の所在は②の場合と同様であります。

ロ 医師の予防接種を補助している保健婦等が注射液の種類分量を取り違えた場合において医師が確認することなく予防接種を行なつたために事故が生じたときは、保健婦等及び医師に過失があるものと思われ、責任の所在は②の場合と同様であります。

④ 御質問の「注射針操作中なんらかの原因で感染をおこした場合」とは、空気中の雑菌等により注射針が汚染され、そのために感染をおこした場合をいつておられるものと思われますが、このような例は現実的には殆んど考えられないことですし、原因と事故との因果関係を証明することも困難でしよう。かりにこのような事例があり、因果関係を証明できれば②の場合と同様であります。

注射針が医師等の指などが不潔なために汚染され、そのために感染をおこした場合は②の場合と同様であります。なお極めて非衛生的な場所を会場として予防接種を行ない、そのために雑菌等による感染をおこしたことが判明した場合等は、実施主体である市町村等に過失があるものとして国家賠償法または民法上の使用者責任による賠償責任が問題となるでしょう。刑事上は市町村等の責任者等に明白な過失があれば、業務上過失傷害等の点があるいは問題になることも考えられましよう。

⑤ 医師が皮内または皮下に注射すべき場合に注射針の先端が血管内に入つていないことを確かめずに血管内に注射して事故が生じたときは、医師の過失であり、責任の所在は②の場合と同様であります。

⑥ 注射が原因で橈骨神経麻痺をおこした場合ですが、このような場合は極めて稀であり、神経走行の異常による偶発的なものと思われ通常医師に過失はないものと思われます。

ただ、注射針が直接神経に挿入された場合は、非常な痛みなど異常な反応があるのが通例であり、このような反応があるのに予防接種を行なつたために事故が生じた場合は医師の過失となりましよう。この場合の責任の所在は②の場合と同様であります。

(2)

① 注射針等を被接種者の一人一人ごとに取り換えなければならないという趣旨は、主として注射針が伝染性病原体の感染の媒体となることを防ぐためのものであります。

② 注射針等を被接種者の一人一人ごとに取り換えなかつたために事故が生じた場合ですが、これには大まかにいつて実施主体である市町村か被接種者の一人一人ごとに取り換えるのに必要な注射針等を用意しないで医師が取り換えることができなかつた場合と用意されていたのに医師が取り換えなかつた場合とがありますが、前者の場合は市町村及び医師の過失であり、後者の場合は医師のみの過失であると思われます。これらの場合の責任の所在は(1)の②の場合と同様です。

(3)

① 予防接種実施要領では、医師一人を含む一班が一時間に予防接種を行なう人員は、予診の時間を含めて種痘では八○人程度、種痘以外の予防接種では一〇〇人程度を最大限とすることとしておりますが、これはこの限度をこえて予防接種を行なうときは一般的に問診等が不充分となるおそれがあることを考慮しての一応の基準であります。

従いまして、被接種者の健康状態等によつては充分な問診等を行ない、かつ、この基準を上回る数の対象に予防接種を行なうことが可能な場合もありましようが、それは差支えないことであります。

② 右の基準をこえて予防接種を行なつたために問診等が不充分となり事故を起したと判明した場合ですが、この場合は問診等が不充分であつたという点が直接的に問題であり、基準をこえて予防接種を行なつたということは問診不充分という点が問題となつた場合実施側に不利な事実となるものと思われます。

なお、この場合の責任の所在については(1)の②と同様であります。