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2015年の高齢者介護
〜高齢者の尊厳を支えるケアの確立に向けて〜
(高齢者介護研究会報告書概要)


I.はじめに

わが国の高齢者介護の歴史
 わが国の高齢者介護は、1963年に老人福祉法が制定されて以降、人口の急速な高齢化が進む中で、その時代、時代の要請に応えながら発展してきた。

 2000年に導入された介護保険制度は、時代を画す改革であり、この制度によって高齢者介護のあり方は大きく変容した。
研究会における検討
 わが国の高齢化にとって大きな意味を持つ「戦後のベビーブーム世代」が65歳以上になりきる2015年までに実現すべきことを念頭に置いて、これから求められる高齢者介護の姿を描いた。

 作業に当たっては、介護保険制度の実施状況を踏まえ、課題を整理した。

 これからの高齢社会においては、「高齢者が尊厳をもって暮らすこと」を確保することが最も重要であり、高齢者が介護が必要となってもその人らしい生活を自分の意思で送ることを可能とすること、すなわち「高齢者の尊厳を支えるケア」の実現を基本に据えた。

 「尊厳を支えるケアの確立」の前提として、介護保険制度を持続可能なものとしていくことが必要。

 公的な共助のシステムである介護保険制度と、フォーマル・インフォーマル、自助・共助・公助のあらゆるシステムをこれまで以上に適切に組み合わせながら、「高齢者が尊厳をもって暮らすこと」を実現していくことが国民的な課題である。


II 高齢者介護の課題

介護保険制度の状況を踏まえた課題の整理
 介護保険制度は、「自立支援」を目指すものであるが、その根底にあるのは「尊厳の保持」である。

 介護保険制度の実施状況を踏まえて検証を行い、直面する高齢者介護の課題をとりあげる。
介護保険施行後の高齢者介護の現状
 軽度の要介護者の出現率に大きな都道府県格差が存在。その要因について詳細な検証が必要。

 要支援者への予防給付が、要介護状態の改善につながっていない。

 特別養護老人ホームの入所申込者の急増。

 重度の要介護認定者の半数は施設サービスを利用。在宅生活を希望する高齢者が在宅生活を続けられない状況にある。

 特定施設の利用が増加。居住型サービスへの関心が高まっている。

 ユニットケアの取組が進展。個人の生活、暮らし方を尊重した介護が広がりを見せている。

 ケアマネジメントについては、アセスメントなど、当然行われるべき業務が必ずしも行われていない。

 要介護高齢者のほぼ半数は痴呆の影響が認められる者(痴呆性老人自立度がII以上)であるにもかかわらず、痴呆性高齢者ケアは未だ発展途上、ケアの標準化、方法論の確立にはさらに時間が必要。

 事業者を選択するために必要な情報が十分に提供されていない。

 サービスの質に関する苦情が多い。従事者の質の向上、人材育成が課題。

 劣悪な事業者を市場から排除する効果的手段が不十分。
問題を解決しあるべき姿の実現に向けて
 介護保険施行後の現状を踏まえると、高齢者介護の課題は、
(1) 介護予防・リハビリテーションの充実
(2) 生活の継続性を維持するための、新しい介護サービス体系
(3) 新しいケアモデルの確立:痴呆性高齢者ケア
(4) サービスの質の確保と向上
の4点

 これらの4点は、構造的に相互に関連している。
 要介護高齢者のほぼ半数は痴呆の影響が認められる者であることから、これからの高齢者介護は痴呆性高齢者対応でなければならない((3)「新しいケアモデルの確立:痴呆性高齢者ケア」)が、そのためには(2)「生活の継続性を維持するための、新しい介護サービス体系」が必要になる。
 それぞれのサービスには、(4)「サービスの質の確保と向上」が必須である。
 そもそも介護サービスは自立支援に資するものでなければならず、介護を必要とする状態にならないことも含め、(1)「介護予防・リハビリテーションの充実」が必要になる。

 介護保険制度は、「尊厳を支えるケアの確立」に向けて、中心的な役割を果たすことが期待されるが、あらゆる課題が介護保険制度で解決されるものではない。

 高齢者自身の取組である自助、人々の支え合いである共助(介護保険もその一つ)、地方自治体の取組などの公助を適切に組み合わせていくことが必要である。
実現に向けての実施期間
 戦後のベビーブーム世代が高齢期に達する2015年までに、「高齢者の尊厳を支えるケアの確立」を実現する。

【補論1】
  わが国の高齢者介護における2015年の位置付け


III 尊厳を支えるケアの確立への方策

1.介護予防・リハビリテーションの充実

介護予防を進める視点
 介護を必要としない、あるいは、介護を必要とする期間をできるだけ短くし、地域社会に積極的に参加することを可能とすることは、生きがいのある充実した人生を送ることにつながる。

 介護に要する費用の増大を防止する観点からも、高齢者自らが介護予防に取り組むとともに、相互の助け合いの仕組みを充実させていく必要がある。その際には、助け合いの仕組みに地域に住む高齢者が性別を問わず積極的に参画することが望まれる。

 介護予防を広い概念としてとらえ、社会参加、社会貢献、就労、生きがいづくり、健康づくりなどの活動を社会全体の取組として進めていくことが必要である。
リハビリテーションの意義
 本来の意味は「権利・資格・名誉の回復」であり、より積極的に将来に向かって新しい人生を創造していくことである。

 リハビリテーションは、その人の持つ潜在能力を引き出し、生活上の活動能力を高めていくこと。それにより豊かな人生を送ることも可能となる。
介護予防・リハビリテーションの現状
 今の介護予防・介護のリハビリテーションは、本来の効果が得られていない。
 健康づくりや介護予防に関する正しい理解が深まっていない
 どのようなサービスが効果的であるのかが整理されていない
 要支援者や軽度の要介護者のサービスメニューが用意されていない
 医療のリハビリと介護のリハビリが必ずしも一体的に提供されていない
具体的方策
 要支援者、軽度の要介護者に対する保険給付について、より介護予防、リハビリテーションを重視したものとすること、サービスの重点化などを検討する。

 また、医療のリハビリと介護のリハビリが相互に連携し、一体的に提供されるようにする必要がある。
介護サービスの提供について
 リハビリ前置の考え方に立ち、リハビリを実施しても自立していない活動について、他の介護サービス等で補うこととすることが必要。

 リハビリは、日常生活の自立度の向上を重視した個別のプログラムに基づき提供されることが必要。

 施設でのリハビリは自宅復帰の可能性を考えたものでなければならない。

 介護予防・リハビリテーションについては、さらに詳細な精査・研究を行うことが必要である。


2.生活の継続性を維持するための、新しい介護サービス体系

可能な限り在宅で暮らすことを目指す
 介護のために生活や自由を犠牲にすることなく、自分らしい生活を続けることができる点が自宅の良さである。

 一方、施設には、「365日・24時間の安心感」という長所があるが、それまでの生活の継続性が絶たれてしまう場合も多い。

 これからの高齢者介護は、施設入所は最後の選択肢と考え、可能な限り住み慣れた環境の中でそれまでと変わらない生活を送ることができるようにすることを目指すべきである。

 また、施設での生活を限りなく自宅に近いものとすべく、施設におけるケアのあり方を見直していくことも必要である。


(1)在宅で365日・24時間の安心を提供する。
:切れ目のない在宅サービスの提供

小規模・多機能サービス拠点
 在宅での生活を継続していくためには、在宅に365日・24時間の安心を届けることができる新しい在宅サービスの仕組みが必要である。

 本人や家族の状態の変化に応じて、様々な介護サービスが切れ目なく、適時適切に在宅に届けられることが求められる。

 そのためには、日中の通い、一時的な宿泊、緊急時や夜間の訪問サービス、さらには居住するといった、切れ目のないサービスを一体的・複合的に提供する拠点(小規模・多機能サービス拠点)が必要である。

 また、スタッフには、利用者の心身の状態の短期的な変化や、中長期的な要介護状態の重度化の過程を把握することが求められる。

 このようなサービスは、安心を身近に感じられ、また、即時対応が可能となるよう、利用者の生活圏域の中で完結する形で提供されることが必要である。

 小規模・多機能サービス拠点の中には、医療サービスなど地域の他のサービス資源を活用しながらターミナルケアまで実践しているところもある。在宅を支える小規模・多機能サービス拠点の発展可能性・地域のネットワークの中での位置付け等について、さらなる研究が必要である。


(2)新しい「住まい」
:自宅、施設以外の多様な「住まい方」の実現

住み替えという選択肢
 要介護者の生活に適さない家屋など、「住まい」は自宅での生活の継続を困難にする要因の1つ。

 自宅での生活を継続するため、介護ニーズにも対応した、高齢者が安心して住める「住まい」への住み替えという選択肢を提示することは重要な課題。

 住み替えの形は以下の2つが考えられる。
(1)  要介護状態になる前に、将来、介護サービスが提供されることが約束されている「住まい」へ早めに住み替える
(2)  要介護状態になってから、「自宅」同様の生活を送ることのできる介護サービス付きの「住まい」に移り住む
早めの住み替え
 現行制度では、高齢者向け優良賃貸住宅やシルバーハウジング等が該当。バリアフリー仕様や緊急通報装置、生活援助員が配置されている。

 これらの住宅に住む人に対する介護については、
(1)  住宅自体に介護サービス提供機能を付帯させる、
(2)  小規模多機能サービス拠点を併設する、
(3)  外部の介護サービスと提携する
など様々な方法があるが、365日・24時間の安心が確保されることが重要。
要介護になってからの住み替え
 現行制度では、痴呆性高齢者グループホームと特定施設が該当。これらのサービスは、施設自体は「住まい」であり、住居費や食費は入居者が負担。介護保険制度は介護費用部分のみをカバーしている。

 特定施設の対象(現在は、有料老人ホームとケアハウスのみ)を拡大し、自宅ではない新しい「住まい」に対して介護サービスが提供できる仕組みを考えていくべき。
社会資本としての住まい
 劣悪な住環境の下では尊厳ある生活を送ることはできない。新しい「住まい」は、最低限求められる水準が確保されている必要がある。

 今後は、福祉サービスの視点から住宅をとらえ、新しい「住まい」を必要な社会資本として整備していくことが望まれる。

 「介護を受けながら住み続ける住まい」という観点では、新たな住まいを整備するだけでなく、既存の住宅資源を活用することも重要。


(3) 高齢者の在宅生活を支える施設の新たな役割
施設機能の地域展開、ユニットケアの普及、施設機能の再整理

施設機能の地域展開−施設の安心機能を地域に広げる
 365日・24時間の安心を提供する施設機能は、在宅の高齢者にとっても有用な資源。

 特別養護老人ホームは、これまでも、通所介護事業所等を併設する、地域交流スペースを設けて、介護教室を開催するなど、その機能を入所者以外の人々にも提供してきた。

 今後は、施設の人的・物的資源を地域に展開し、在宅サービスの拠点を施設外に設け、地域の高齢者を支援していくことが求められる。
 例: サテライト方式による通所介護拠点の設置、逆ディサービスの実施

 将来的には、サテライト方式の通所介護拠点を強化し、利用者のニーズに応じて訪問・宿泊・居住機能を備えることが考えられる。
→ 特別養護老人ホームによる小規模・多機能サービス拠点の展開

 こうした拠点の整備により、仮に施設への入所が必要になったとしても、地域での在宅サービス利用を経ての入所となるので、これまで利用してきた在宅サービスとの連続性や入所前の地域とのつながりを維持した生活を継続することが可能となる。

 施設のバックアップを受けた地域の多機能サービス拠点は、在宅での生活と施設での生活との間に断絶が生じないよう、その隙間を埋めるものとして大きな役割を果たすことが期待される。
ユニットケアの普及−施設においても個別ケアを実現する
 施設においても、入所者一人一人の個性と生活のリズムを尊重した介護(個別ケア)が求められる。

 ユニットケアは、個別ケアを実現するための手法。これを取り入れる特別養護老人ホームが増えつつあり、制度化もされている。また、老人保健施設や介護療養型医療施設でも、ユニットケアを実施する施設が現れてきている。

 ユニットケアは、痴呆性高齢者グループホームが痴呆性高齢者ケアに効果を発揮している状況をみた施設職員等により、施設での個別ケアへの試みとして産み出されたもの。

 一人一人の個性や生活のリズムに沿い、また、他人との人間関係を築きながら日常生活を営める介護を行う手法。このため、個性や生活のリズムを保つための個室と、互いの人間関係を築くための共同生活室というハードウエアが必要であり、同時に、グループごとに配置されたスタッフによる個性と生活のリズムに沿ったケアの提供(生活単位と介護単位の一致)というソフトウエアが必要。ユニットケアは、ソフトウエアとハードウエアが相まって効果を発揮する。

 現時点では、特別養護老人ホームのほとんどは従来型のハード(4人部屋主体)であるが、これらの施設においても、個別ケアに向けた努力が行われてきている。このような動きについても積極的な支援が行われるべき。

 既存施設がユニットケアを導入する場合に、1ユニット分の定員を本体建物から減らし、その分サテライト方式による小規模・多機能サービス拠点を整備することも考えられる。

 小規模・多機能サービス拠点を推進していく観点から、サテライト方式によるサービス拠点と本体施設を1つの施設として運営可能とすることを検討すべき。

【補論2】
  ユニットケアについて
介護保険3施設の機能の再整理−共通の課題とそれぞれの役割
 在宅ケアの充実に伴い、施設入所者の重度化は進行していく。今後の介護保険施設は、より重度の要介護者を受け入れ、適切なケアを提供するという機能が求められる。

 他方、介護保険3施設(特別養護老人ホーム、老人保健施設、介護療養型医療施設)の機能分担については、かねてより議論があり、また、それぞれの果たすべき機能と実態とが合っていないとの指摘もある。

 3施設の担うべき機能は、大きく分けると以下の3点。
(1) 日常生活の中で、自立した生活を支援する機能
(2) 在宅生活への復帰を目指してリハビリを行う機能
(3) 長期にわたる療養の必要性が高い重度の要介護者に対してケアを提供する機能3施設がそれぞれの機能を生かし、どのようなサービスを提供するのかが、今後の検討課題。

 特別養護老人ホームは、既にユニットケアが制度化されており、一人一人の個性や心身の状態に対応した生活支援を行う施設。

 老人保健施設、介護療養型医療施設でも生活環境・療養環境の改善は目指すべき方向。ユニットケアを導入している事例もある。

 老人保健施設は、リハビリ施設であり、在宅復帰を支援する機能が求められるが、自宅に復帰する退所者は半数以下であり、リハビリ機能・在宅復帰支援機能を適切に評価する仕組みを導入することも検討すべきである。

 介護療養型医療施設は、他の施設と比較して、重介護・重医療の高齢者を対象としており、より多くの医療的ケアが提供されているが、在院患者の平均在院日数は長期間にわたっており、療養環境の向上が求められる。
施設における負担の見直し
 在宅に比べ、施設には割安感がある。これが特別養護老人ホームの入所申込者が多いことの要因の一つとなっている。

 在宅に365日・24時間の安心が提供され、施設で個別ケアが行われれば、在宅と施設で同じ内容の介護を受けられるようになる。

 介護の内容が同様であれば、低所得者に配慮しながら、自己負担の考え方も同じとする方向で考えていく必要がある。

 ユニットケアを行う特別養護老人ホームでは、居住費用は自己負担となっている。他の施設についても、在宅との均衡に配慮した見直しを行っていくべきである。


(4)地域包括ケアシステムの確立

ケアマネジメントの適切な実施と質の向上
 介護保険制度の創設により、ケアマネジメント(個々の要介護者の心身の状況等に合致したケアを総合的かつ効率的に提供する仕組み)が導入された。
 ケアマネジメントの手順
(1)  高齢者の状況を把握。生活上の課題を分析(アセスメント)した上で、
(2)  総合的な援助方針、目標を設定するとともに、(1)に応じた介護サービス等を組み合わせる(プランニング)。
(3)  (1)及び(2)について、ケアカンファレンス等により支援にかかわる専門職間で検証・調整し、認識を共有した上で(多職種協働)、
(4)  サービスを実施するとともに、サービス等の実施状況や要介護高齢者の状況の変化等を把握(モニタリング)し、ケアの内容等の再評価・改善を図る。

 しかし、その効果は必ずしも十分に発揮されておらず、高齢者のニーズに合致しないサービスが提供されている事例も見受けられる。
 生活上の課題の分析を十分に実施せず、高齢者の希望のみを聴取してサービスを組み立てる
 サービスの実施状況や利用者の要介護状態の変化等を把握せず、漫然とサービス利用を続けさせる

 ケアマネジメントを立て直すには、ケアマネジャーの資質の向上とともに、ケアマネジメントの標準化、困難事例等への支援、ケアマネジャーの中立・公正の確保が必要。

 また、要介護高齢者の生活を支える観点からは、高齢者の状態の変化に対応し、様々なサービスを継続的・包括的に提供していく必要があり、施設・在宅全体を通じたケアマネジメントを適切に行う必要がある。
様々なサービスのコーディネート
 介護保険の介護サービスやケアマネジメントのみでは、高齢者の生活全てを支えきれるものではない。
例:医療が必要なケース、家族との関係に問題を抱えているケース等

 介護以外の問題にも対処しながら、介護サービスを提供するには、保健・福祉・医療の専門職やボランティアなど地域の様々な資源を統合した包括的なケア(地域包括ケア)が提供されることが必要。

 地域包括ケアを有効に機能させるためには、関係者の連絡調整を行い、サービスのコーディネートを行う在宅介護支援センター等の機関が必要。

 在宅介護支援センターは、生活上の支援を望む高齢者に対して総合的な相談対応をしてきたが、ケアマネ事業所(居宅介護支援事業所)との役割分担が不明確との指摘もある。在宅介護支援センターが地域包括ケアのコーディネートを担うためには、その役割を再検討し、機能を強化していく必要がある。

 地域包括ケアにより、医療サービスと介護サービスが適切に組み合わされて提供されれば、ターミナルケアが必要な状態に至るまで、高齢者の在宅での生活を支えることが可能になる。


3.新しいケアモデルの確立:痴呆性高齢者ケア

痴呆性高齢者ケアの確立
 精神上の障害による要介護状態についての取組は、遅れていると言わざるを得ない。

 課題は痴呆性高齢者ケアの確立。痴呆性高齢者ケアの推進は、高齢者のケアモデル全体を新たな次元へと進展させることになる。

 要介護高齢者のほぼ半数は痴呆の影響が認められ(痴呆性老人自立度がII以上)、施設の入所者については8割が痴呆の影響が認められる(詳細は補論3を参照)。これからの高齢者介護においては、痴呆性高齢者対応が行われていない施策は、施策としての存在意義が大きく損なわれているものと言わざるを得ない。
痴呆性高齢者を取り巻く状況
 痴呆性高齢者が地域の一員として生活を送ることは容易でない。
(1)  系統的・組織的なケアへの挑戦がようやく痴呆性高齢者グループホームという形で始まったばかりである。
(2)  不安や混乱のため、家族等との人間関係を保つことが困難なことが少なくない。また、サービスの利用を断られる場合すらある。
(3)  家族の痴呆に関する知識と理解は十分とは言えず、相当重度になるまで治療や介護の必要性に気づかない、あるいは目をそむけたり、放置してしまいがちである。
(4)  専門職も含め、地域の人々の痴呆に対する認識が十分に浸透していない。
痴呆性高齢者の特性とケアの基本
 痴呆性高齢者は、記憶障害が進行していく一方で、感情やプライドは残存しているため、周りの対応によっては、焦燥感、喪失感、怒り等を覚えることもある。

 また、自分の人格が周囲から認められなくなっていくというつらい思いをしているのは、本人自身である。

 こうしたことを踏まえれば、痴呆性高齢者こそ、その人の人格を尊重し、その人らしさを支えることが必要であり、「尊厳の保持」をケアの基本としなければならない。

 また、痴呆性高齢者が環境の変化に適応することがことさら難しいことに配慮し、生活の継続性が尊重されるよう、日常の生活圏域を基本としたサービス体系を整備していく必要がある。

 さらに、痴呆の症状や進行の状況に対応できる個別サービスのあり方等を明らかにし、本人の不安を取り除き、生活の安定と家族の負担の軽減を図っていかなければならない。
痴呆性高齢者ケアの普遍化
 痴呆性高齢者ケアに求められる、環境を重視しながら、徹底して本人主体のアプローチを追及することは、すべての高齢者のケアに通じるもの。

 痴呆性高齢者グループホームにおける「小規模な居住空間、なじみの人間関係、家庭的な雰囲気の中で、住み慣れた地域での生活を継続しながら、ひとりひとりの生活のあり方を支援していく」という方法論は、痴呆性高齢者グループホーム以外でも展開されるべき。

 今後、痴呆性高齢者がますます多数を占めることを考えれば、身体ケアのみではなく、痴呆性高齢者に対応したケアを標準として位置付けていくことが必要。

 「小規模・多機能サービス拠点」、「施設機能の地域展開」、「ユニットケアの普及」、は、痴呆性高齢者に対応したケアを求める観点から産み出されてきたもの。これらの方策の前進がさらに求められるゆえんは、痴呆性高齢者ケアの確立が必要であるからである。<
地域での早期発見、支援の仕組み
 早期発見も重要。早期に発見し、適切な診断とサービスの利用により、行動障害の緩和が可能な場合が多い。地域での早期発見と専門家に気軽に相談しやすい体制が重要となる。

 そのためには、かかりつけ医等専門職だけでなく、地域住民全体に痴呆に関する正しい知識と理解が浸透することが必要。

 さらに、地域の関係者のネットワークによる支援と連携の仕組みを整備することで、本人や家族の安心を高めていくことが必要である。

【補論3】
  痴呆性高齢者ケアについて


4.サービスの質の確保と向上

高齢者による選択
 介護保険制度では、自分自身に適した介護サービスを自ら選択・決定することができ、また、在宅サービスについては、民間事業者やNPO法人もサービスを提供できる。

 このような仕組みの下では、事業者間の競争を通じたサービスの質の向上が期待されるが、そのためには、利用者がサービスを選択・決定するために必要な情報が十分にあることが必要である。
サービスに関する情報と評価
 介護サービスの「自立支援の効果」を評価する具体的な尺度は研究段階であるため、サービスの質に関する情報が十分に存在していない。

 質の高いサービスが選択され、事業者自身も質の向上のために自己努力することができるよう、自立支援の効果の評価手法の確立が求められる。

 具体的には、現在、痴呆性高齢者グループホームについて実施している外部評価の仕組みを他のサービスにも早期に導入することが必要である。
サービスの選択等の支援
 利用者のサービスの選択を支え、適切なサービス利用を確保するためのケアマネジメントは、利用者の立場に立って公正に行われることが必要。

 適切なサービスが提供されるためには、利用者自らサービス内容等について意思表明を行うことも必要であるが、その個性や周辺の人との関係から意思表明しにくい状況にある者も少なくない。

 現在、市町村において利用者と事業者の間をつなぐ「介護相談員の派遣」が行われているが、今後は、ボランティア、地域住民を活用し、利用者の意思表明に対する支援を充実していくことが望まれる。

 また、成年後見制度など本人の意思決定を補完する仕組みを利用しやすくすることも必要である。特に、これらの仕組みを必要とする高齢者を把握しやすい市町村の取組の充実が求められる。
ケアの標準化
 「ケアの標準化」は、効果的なケアの提供・選択を可能にするなど、サービス水準の確保・向上に寄与するものであるが、現在は、「ケアの標準化」が十分になされていない。

 「ケアの標準化」のためにも、高齢者ケアを科学的アプローチにも耐えうる専門領域として確立していくことが求められる。
介護サービス事業者の守るべき行動規範
 営利・非営利を問わず、介護サービス事業者には、公益性の高い
介護サービスは人間の尊厳や人権に関わるサービスである
介護保険は高齢者・現役世代・事業主・国・地方公共団体など、様々な主体が保険料や税という形で財源を支えている。

 「公的制度と公的財源によって支えられた市場」である介護サービス市場の特性にふさわしい事業者の行動規範、適切な事業経営のあり方、経営モデルの確立が強く求められる。
劣悪なサービスを排除する仕組みの必要性
 利用者側にサービスに関する情報がないこともあり、劣悪なサービスが競争により淘汰されているとは言い難く、事実、劣悪な事業者による問題事例は後を絶たない。

 劣悪な事業者を放置することは、利用者である高齢者に回復不能のダメージを与えることとなりかねない。劣悪な事業者は、市場の競争による淘汰を待つまでもなく、迅速に市場から排除することが必要である。

 現在、都道府県による指定取消処分があるが、指定を取り消されても保険外の事業を行うことは可能である。また、市町村には不正請求の返還命令権限があるが、サービス面に関する関与(規制)を行うことは予定されていない。
介護サービスを支える人材
 ユニットケアの普及など介護サービスに求められる質は高度化していく傾向にあり、これまで以上に、介護サービスを支える人材の資質の確保・向上は重要な課題。

 優秀な人材を確保、育成していくためには、介護現場に高い魅力を持たせること、適時適切な教育研修の体系化、スキル向上の仕組み、従業者としての要件化などを図るべきである。
保険の機能と多様なサービスの提供
 介護保険の給付対象は、専門的評価に基づいた「自立支援に必要なもの」でなければならない。

 他方、高齢者の生活様式や嗜好の多様化などにより、いわゆる贅沢なサービスや個人の嗜好に合わせたサービスへの需要は増えるものと考えられる。

 今後は、このような介護保険の対象とならないサービスを提供する市場やボランティアの助け合いの場の形成も求められることとなる。


IV.おわりに

持続可能な制度の確立
 我が国の高齢化は2015年を越えても進展し、これに伴って介護サービスに要する費用も増大していく。

 介護給付費は高齢化の進展を上回る伸び率で急激に増大しており、このような傾向が続くならば、将来的に国民の保険料負担は、現行より相当程度高い水準になることが避けられない。

 また、厳しい財政状況が続く中で、急増する介護サービスに要する費用が、財政上極めて重い負担となっていくことが強く懸念される。

 このため、高齢者の尊厳を支えるケアを具現化していくためには、何よりも、介護保険制度を中心とする高齢者介護の仕組みを、給付と負担のバランスが確保された、将来にわたって持続可能なものとしていくことが不可欠である。

 研究会としては、本報告書の諸提案を実効あるものとし、将来においても若い世代を含めた社会全体が活力あるものとなるよう、介護保険制度のサービスメニューの見直し・保険給付の重点化等をあわせて検討しつつ、限りある財源・社会資源の最適な配分を行っていくことを強く望む。

 また、その際には、全国的な公平性の確保にも配慮しつつ、より効率的な保険運営が行えるよう、保険者が独自性を発揮できる、より柔軟な仕組みを検討することも必要であると考える。

 国において、将来にわたって持続可能な制度の確立に向け、関係者による検討の場で今後議論が深められ、制度改正の機会において具体化されることを期待したい。
あるべき高齢者介護の実現のために
 2015年までに残された時間は少なく、直ちに取り組まなければならない課題も多い。早急に着手し、将来を見据えて計画的に取り組んでいくことを求める。

 ゴールドプラン21の終了後の新たなプランの策定に当たっては、本報告書の示すビジョンの趣旨を体して取組を進めていくべきである。


補論

【補論1】
わが国の高齢者介護における2015年の位置付け
 2015年を論ずる意義
 2002年から2015年までの65歳以上人口及び高齢化率の伸びは、2015年以降の伸びと比較して際だって高い。

 2015年の高齢者像
 引退した雇用者の増加
 高齢単独世帯の増加
 在宅での介護者(意識の変化の可能性)
 居住環境の重視
 消費と流行を牽引してきた世代が高齢者に
【補論2】
ユニットケアについて
 ユニットケアに必要なソフトウエア
 入居者とコミュニケーションを図りながら、一人一人の心身の状況・生活習慣・個性などを具体的に把握し、その上でその人のリズムに沿った生活と、他の入居者との交流を支援することが必要。

 ユニットケアに必要なハードウエア
 ケアと同時に、(1)一人一人の個性と生活リズムを生かすケアを行う場としての個室、(2)入居者が相互に社会的関係を築くことを支援するケアを行う場としてのリビングといったハードウエアも必要。

 ユニットケアを行う施設の留意点
 施設長や各ユニットのリーダーは常に相互のコミュニケーションを図り、スタッフ同士の連携や、スタッフの意識・技術を高める研修などの機会を充実させることが必要。
【補論3】
痴呆性高齢者ケアについて
 痴呆性高齢者の現状と今後
 要介護認定のデータ等を基に、2002年9月末の所在別・程度別の痴呆性高齢者数を推計。さらに程度別の痴呆性高齢者数の将来推計を実施。

 痴呆ケアモデル構築に向けて
 痴呆の原因診断の重要性
 痴呆介護予防推進の必要性
 早期発見の意義と課題
 介護サービス体系の再構築
 地域の関係者の連携とコーディネートのための仕組み
 相談・告知・権利擁護
 専門的人材の育成
 効果的な介護サービス内容の明確化と普及

 痴呆ケアモデルの存立基盤
 正しい知識の啓発・普及


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