事件番号等  平成19年労第364号(通勤災害関係事件)・取消 概 要  夫婦共稼ぎの請求人が出勤の途中で保育園を経由する経路は、特段の合理的な理由 があるとして、原処分を取り消した事例 要 旨 1 事案の概要及び経過   請求人は、X年7月13日午前10時30分頃、自宅から本保育園を経由して事  業場へ貨物自動車で出勤する途中に交通事故で負傷、直ちに病院へ運ばれて入院し  、「頚椎脱臼骨折、くも膜下出血、頚部挫創」と診断されており、以後、転医して  入院している。   請求人は、通勤による負傷であるとして、監督署長に療養給付及び休業給付の請  求をしたところ、監督署長は、被災者の負傷は通勤によるものとは認められないと  して、これらを支給しない旨の処分をした。 2 当審査会の判断 (1)通勤災害については、労災保険法第7条第2項において、通勤とは、「労働者   が、就業に関し、住居と就業の場所との間を、合理的な経路及び方法により往復   することをいい、業務の性質を有するものを除くものとする。」と規定しており   、同条第3項において、「労働者が、前項の往復の経路を逸脱し、又は同項の往   復を中断した場合においては、当該逸脱又は中断の間及びその後の同項の往復は   、第1項2号の通勤としない。ただし、当該逸脱又は中断が、日常生活上必要な   行為であって厚生労働省で定めるものをやむを得ない事由により行うための最小   限度のものである場合は、当該逸脱又は中断の間を除き、この限りでない。」と   されている。また、「労働者災害補償保険法及び労働保険の保険料の徴収等に関   する法律の一部を改正する法律の施行(第二次分)等について」(昭和48年1   1月22日付け基発第644号)によると、合理的な経路及び方法とは、「住居   と就業の場所との間を往復する場合に、一般に労働者が用いるものと認められる   経路及び手段等をいうものである。これをとくに経路に限っていえば、乗車定期   券に表示され、あるいは、会社に届出ているような、鉄道、バス等の通常利用す   る経路及び通常これに代替することが考えられる経路等が合理的な経路となるこ   とはいうまでもない。さらに、他に子供を監護する者がいない共稼労働者などが   託児所、親せき等に子供をあずけるためにとる経路などは、そのような立場にあ   る労働者であれば、当然、就業のためにとらざるを得ない経路であるので、合理   的な経路となるものと認められるが、逆に、特段の合理的な理由もなく、著しく   遠回りとなるような経路をとる場合には、これは合理的な経路とは認められない   ことはいうまでもないことである。」と解されるとされている。 (2)本件の場合について、請求人は、2つの通勤経路をとっており、この経路が「   合理的な経路」と認められるかにつき検討すると、請求人が自宅から会社へ直接   向かう最短の経路は距離24kmで、「合理的な経路」であると認められる。また   、請求人の自宅から保育園を経由して会社へ向かう経路は、距離約43kmであり   、最短の経路からみて約19km迂回するもので、著しく遠回りとなる経路である   と言えるので、特段の合理的な理由がない限り、「合理的な経路」とは認められ   ないものと判断される。 (3)そこで、次に、本件が「特段の合理的な理由」が存在する場合に該当するかど   うかについて検討する。   ア 請求人は、夫婦共稼ぎであるため子を保育園に預けていたもので、夫婦のい    ずれかが保育園の送迎を行わないと就労できない状況であったことは、原処分    庁も認めている。     また、請求代理人は、本件公開審理の席上、「本保育園は、A人、B人、C    人等の子弟が通う20人ほどの保育園で、親戚のA人が開所しており、請求人    は、宗教上の理由から本保育園に預けている。」と述べているとおり、請求人    の最短の通勤経路上にも多数の保育園があるが、日本語での保育が困難なD系    の子を預かり、宗教上の理由を満たすことができ、かつ、妻の勤務に都合の良    い保育園であることが必要であること等を考え合わせると、遠方にあるものの    、本保育園以外の保育園には預けることができない状況であった。このことに    ついても、原処分庁は認めているところである。   イ さらに、原処分庁は「妻と子が一緒の保育園のバスで通勤・通園できる状況    であったことを考えると、他に子供を監護する者がいないとは言えない。」と    述べているが、本保育園については、請求代理人が本件公開審理の席上、「二    交替・三交替と親の勤務の時間がバラバラで、親の側の需要というのが多様化    している。そのため、本保育園では特定のカリキュラム(就学時間)を組んで    行うようなことはやっておらず、親が引き取りに来れば子供を引き渡す、その    ような感じになっております。」と述べているように、本保育園は決められた    就園時間はなく、子供を預ける日系外国人労働者の共働き夫婦は、勤務時間に    あわせ、夫婦の間で子供を監護できなくなる時間に子供を預け、勤務が終わっ    た時に子供を迎えに行くと言うように、子供を預ける時間については各家庭の    事情で、まちまちの対応をとれるように保育時間が自由になっていた。     また、請求人の場合、12時間以上という長時間保育による子の負担の軽減    等も考え、夫婦で都合のつく者が送迎を行う等、協力して子供の保育を行うこ    ととしていたものであり、この点についても、一般的な共稼ぎの家庭に置き換    えて考えた場合でも、常識的で理解できるところである。   ウ 原処分庁は、「母親と子供が一緒に保育園のバスで通園できる状況であった    。」と述べているが、上記に述べるとおり、本保育園においては決められた就    園時間と言うものがないことから、請求人の早番遅番の都合と母親の出退勤の    都合に合わせ車と保育園のバスとで交互に送迎を行っていたものであり、母親    が常に一緒に送迎を行うというような要請を無理なく課しうる状況にはなかっ    たことが伺われる。よって、本件が日本の一般的な共稼ぎ家庭にあるような、    夫が勤務時間に都合の良い場合にのみ子供を保育園に送ると言うような行為と    同一であると論ずることができず、また、請求人が常態的に送り迎えをしなけ    ればならない必然性を否定される事案であるとも言い難く、したがって、請求    人の主張には肯けるものがあり、通達に言う「他に子供を監護する者がいない    。」ケースに該当するものと言える。 (4)したがって、本件の事故の経路は迂回路を経由しても、あながち不合理であっ   たとは言いがたく、請求人が出勤の途中で保育園を経由する経路は、「就業のた   めに、その立場にある労働者であれば、当然とらざるを得ない経路」であると認   められ、特段の合理的理由があると言えるため、「合理的な経路」であると判断   する。 (5)よって、請求人が当日出勤のためにとった経路は、遠回りであるものの特段の   理由があり、合理的な経路上で事故に遭ったものであり、本件事故は通勤災害と   認められるものと判断する。 (6)以上のとおりであるから、監督署長が請求人に対してした療養給付及び休業給   付を支給しない旨の処分は妥当ではなく、取り消されなければならない。