1 | 背景と目的 平成16年2月に発生した京都府のA養鶏場における高病原性鳥インフルエンザの集団発生に際して、A養鶏場従業員や京都府職員等、延べ7,000人を超える人が現場で防疫作業に従事した。京都府が実施した防疫作業は同月27日から3月22日にわたり行われた。 防疫作業従事者は、感染予防の目的で個人防護具の着用や抗インフルエンザウイルス薬(リン酸オセルタミビル:商品名タミフル)の予防内服等の感染防御策を行った。しかし、A養鶏場従業員は、京都府が防疫作業を開始した平成16年2月27日以前には、このような感染防御策なしで作業に従事していた。また、高病原性鳥インフルエンザ発生を確認する際に府職員(3名)にて実施された緊急な初期現地調査の時点においては、緊急調査の性格から抗インフルエンザウイルス薬の予防投薬などは行われていなかった。当時、現地においては、ウイルスが大幅に増幅していたと考えられる。 今回、調査対象となった58名をはじめとする防疫作業従事者に、インフルエンザ様疾患の発生は無かったが、無症状感染者の有無が不明であったため、感染状況把握の目的で血清抗体価調査を行った。 本調査は、高病原性鳥インフルエンザ事例への対応が重要となるなかで、インフルエンザウイルスの感染リスク、感染防護や抗インフルエンザウイルス薬の効果等を検証し、今後の対策の確立に資するため、関係者の理解と協力を得て実施した。 |
2 | 方法
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3 | 結果 調査対象者全員から血液採取とアンケートの回答が得られた。防疫作業従事者58名のうち4名については、平成16年3月11日に採取・保存してあった血清が確保され、本人の同意の下に結果的にペア血清として抗体価測定が行われた。他の54名はシングル血清のみが得られた。
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4 | 考察
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5 | 本調査における制約 これまでヒトへのH5N1亜型インフルエンザウイルスの感染に関する知見が少ないことから、カットオフ値を10にしたことの妥当性が十分に検討できなかった。 ほとんどの者がシングル血清のみの評価であったため、厳密な感染時期の特定ができず、感染防御策の有効性の正確な評価を行うことができなかった。 検査結果が出るまで、時間がかかったが、H5N1亜型インフルエンザウイルスの感染に関する疫学調査の手法が未確立であり、また、世界的にも注視されている中、検査の手法、分析・評価の手法等、信頼性のある科学的検証をしっかりとする必要があったことから、これまで時間がかかった。 | ||||||||||||||||||||||||||||||
6 | 提言 以上の結果を踏まえ、今後、養鶏場において高病原性鳥インフルエンザの発生が再び起こった際の参考として、以下の提言を行う。
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7 | まとめ 平成16年2月に京都府A養鶏場で起こった高病原性鳥インフルエンザの集団発生事例に際しては、同月27日から3月22日にかけて、京都府によって、作業員に対する感染防御および発症阻止策を講じた上で、防疫作業が行われた。この際に、防疫作業従事者58名を対象に、作業後の同年4月、高病原性鳥インフルエンザウイルス(H5N1)に対する血清抗体価調査及び作業内容や健康状態に関するアンケート調査を行った。これらの対象者については、同年4月の一時点のシングル血清抗体価を行うとともに、そのうち4名は防疫作業中の同年3月11日に採取した保存血清が得られ、ペア血清によるウイルス中和抗体価測定が行われた。 作業に従事しなかった対照者33名については、同年6月の一時点のシングル血清抗体価を行った。 対照者の血清中和抗体価が全員検出感度である10未満であった事から、10以上を陽性とした。作業従事者58名のうち、4名がシングル血清にて陽性であり、今回の鶏の集団発生に伴い高病原性鳥インフルエンザウイルスへの「感染の可能性が高い」と判断された。また、ペア血清抗体価が得られた4名のうち1名が抗体陽転を示し、「感染した」と考えられた。これら抗体陽性となった5名は、いずれも発熱等の全身症状が無く、高病原性鳥インフルエンザウイルスには感染した又は感染の可能性が高いと考えられたが、発症はしていなかった。 シングル血清陽性者4名のうち3名、及びペア血清で抗体陽転のあった者1名はA養鶏場従業員であり、京都府による防疫作業が行われる前に、十分な感染防御策なしに高病原性鳥インフルエンザの発生した養鶏場で死亡鶏の処理作業等に従事しており、その間に高病原性鳥インフルエンザウイルスに感染した可能性が高いと推察された。他のシングル血清陽性者1名(府職員)は、高病原性鳥インフルエンザ対策としての感染防御策が実施される前に、集団発生が起こっている鶏舎にて緊急の初期調査を実施しており、その間に感染した可能性が高いと推察された。 他の防疫作業従事者に比較し、A養鶏場従業員の陽性率が高かったことから、高病原性鳥インフルエンザの発生時の従業員の感染予防の観点から、養鶏業者への啓発及び迅速な発見と報告が重要と考えられた。また、今回集団発生事例の防疫作業については、延べ7,000人を超える人が従事したが、高病原性鳥インフルエンザの発症事例がなかったこと、一方で長期間業務に従事し今回調査対象となった58名中53名(養鶏場職員を除いた場合42名中41名)は、感染が認められなかったことなどから、個人防護具による感染防御策および抗インフルエンザウイルス薬予防内服による発症阻止策は有効であったと考えられ、防疫作業におけるこれらの徹底が重要であると認識された。今回の調査から得られた知見は限定的であり、今後もこのような防疫作業が行われる際には、健康に関する実態調査を行うことが望ましい。 今回の調査では、「感染した」又は「感染の可能性が高い」とされた者が5名あったが、高病原性鳥インフルエンザの発症者はいなかった。高病原性鳥インフルエンザウイルスのヒトへの感染は一過性であり、ヒトの体内における持続感染はない。したがって、これらの5名については、今後も発症のおそれや他に感染させる可能性はなく、また、今回調査対象となった者以外についても、今般の高病原性鳥インフルエンザの集団発生事例に関し、今後の追加検査の必要性はない。 |