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厚生労働科学研究費補助金(食品・化学物質安全総合研究事業)
分担研究報告書

ダイオキシンの汚染実態把握及び摂取低減化に関する研究

(3)ダイオキシン類の迅速測定法及び分析の精密化に関する研究
(3-1)食品中のダイオキシン類測定迅速法の開発(Ahイムノアッセイ)


分担研究者 豊田正武 実践女子大学教授(元国立医薬品食品衛生研究所・食品部長)


研究要旨
 市販魚中のダイオキシン類の毒性等量を推測するスクリーニング法として、Ahイムノアッセイキットの検討を行った。魚試料はアルカリ分解後、クリーンアップを行い、PCDD/Fs及びnon-ortho PCBs分画を本法により測定した。その結果、従来法であるHRGC/HRMS分析のPCDD/Fs及びnon-ortho PCBs毒性等量値と良好な相関が得られた(r = 0.92)。さらに、従来法におけるmono-ortho PCBsを含めた総ダイオキシン類毒性等量に対しても相関は良好であった(r = 0.88)。本法は、安価で簡便にダイオキシン類測定が可能であるため、ダイオキシン類のスクリーニング法として有用であると考えられる。しかしながら、操作ブランク値が高く認められ、低濃度汚染試料の数値化が困難であることが示唆された。今後は、より詳細なダイオキシン類測定に関する評価を行い、信頼性を高めていく必要があると考えられる。

研究協力者
国立医薬品食品衛生研究所・食品部
 堤 智昭、天倉吉章
株式会社 クボタ
 中西俊夫、小林康男、山田隆生
株式会社 日新環境調査センター
 芦枝和典

A.研究目的
 ダイオキシン類の摂取は、そのほとんどが食事経由である。わが国では、特に魚介類を介したダイオキシン類の摂取が多いため1)、魚介類のダイオキシン類の毒性等量(TEQ)濃度を迅速に測定できる方法が開発されれば、食品衛生上有意義である。
 ダイオキシン類は生体内において芳香族炭化水素レセプター(AhR)と結合する。その後、AhR nuclear translocator(ARNT)と複合体を形成し、特定のDNA領域(dioxin responsive element; DRE)と結合後、毒性を誘発すると考えられている。この毒性発現メカニズムを利用したダイオキシン類検出法の一つにAhイムノアッセイがある。本法はダイオキシン類とAhR、ARNT及びDREの複合物を、96ウェルマイクロプレートに固相化した後、ARNTに対する抗体によりダイオキシン類の複合物を定量する方法である(図1)。本法の特徴としては下記の点が上げられる。
1. 分析時間が短時間である(約6時間)。
2. 培養細胞を使用しないため、特別な機器を必要としない。
3. 96ウェルマイクロプレートを使用して行うため、多数検体処理能を有する。
4. 既にキット化されているため、汎用性が高い。
 従って、ダイオキシン類のスクリーニング法として、有用な特徴を有すると考えられた。そこで本研究では、Ahイムノアッセイによる、市販魚中のダイオキシン類測定の検討を行った。

B.研究方法
1.試薬、試液及び器具
 Ahイムノアッセイのための前処理で使用するアセトン、ジクロロメタン、ヘキサン、メタノール、トルエンはダイオキシン類分析用(関東化学(株))を用いた。水酸化カリウム、塩化ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、無水硫酸ナトリウム及び硫酸は関東化学(株)製の特級試薬を使用した。多層シリカゲルカラムは、PCB分析用(和光純薬工業(株))のシリカゲル、ダイオキシン類分析用(和光純薬工業(株))の2%(w/w)水酸化カリウムシリカゲル、10%(w/w)硝酸銀シリカゲル、22%(w/w)硫酸シリカゲル及び44%(w/w)硫酸シリカゲルを使用し、食品のダイオキシン分析暫定ガイドライン2)に従って作製した。アルミナカラムは、ダイオキシン分析用(ICN社)を使用し、ガイドライン2)に従って作製した。硫酸シリカゲルカラムはガラス製カラム(内径15 mm & 長さ300 mm)に、シリカゲル(0.2 g)、44%硫酸シリカゲル(6 g)、及び無水硫酸ナトリウム(4 g)を順次、充填し作製した。また、Ahイムノアッセイのキットはクボタ(株)より購入した。
 高分解能ガスクロマトグラフ質量分析計(HRGC/HRMS)分析で使用した溶媒は、全てダイオキシン類分析用(関東化学(株))を使用した。シリカゲルはPCB分析用(和光純薬工業(株))、10%硝酸シリカゲルはダイオキシン分析用(和光純薬工業(株))、アルミナはダイオキシン分析用(ICN社)、活性炭は活性炭分散シリカゲル(関東化学(株))を使用し、各カラムは食品のダイオキシン分析暫定ガイドライン2)に従い作製した。ダイオキシン類標準品はWellington社製を使用した。

2.試料
 魚試料は、東京都内のスーパーマーケットで購入した。筋肉部をホモジナイザーで均一化し使用した。

3.装置
 ホモジナイザーは(株)日本精機製作所製マルチブレンダーミルを用いた。また、吸光マイクロプレートリーダーはTECAN社製サンライズクラシックを、HRGC/HRMSは日本電子製(JMS-700)を使用した。

4.Ahイムノアッセイによる魚試料中のダイオキシン類測定
4-1)前処理
 均一化した魚試料(湿重量ベースで20 g)を採取し、2 mol/L 水酸化カリウム水溶液(約50 ml)を加え、アルカリ分解(室温で16時間)を行った。メタノール(50 ml)を加えた後、ヘキサン(50 ml)により振とう抽出(10分×3回)を行った。ヘキサン抽出液を、2%(w/v)塩化ナトリウム水溶液(50 ml)により2回洗浄後、少量の濃硫酸を加え、硫酸処理を行った。硫酸層に着色が認められなくなるまで、繰り返し硫酸洗浄を行った後、2%(w/v)塩化ナトリウム水溶液(50 ml)により3回洗浄した。 無水硫酸ナトリウムにより脱水後、減圧下で濃縮を行った。濃縮液は多層シリカゲルカラムに添加し、ヘキサン(220 ml)で溶出を行った。溶出液は減圧下で濃縮後、アルミナカラム(15 g)に添加し、ヘキサン(150 ml)で洗浄後、2%(v/v)ジクロロメタン/ヘキサン(200 ml)によりMono-ortho PCBs分画を溶出、さらに60%(v/v)ジクロロメタン/ヘキサン(200 ml)によりNon-ortho PCBs及びPCDD/Fs分画を溶出した。Non-ortho PCBs及びPCDD/Fs分画は減圧下で濃縮後、硫酸シリカゲルカラムに添加し、ヘキサン(100 ml)で溶出を行った。溶出液は減圧下で濃縮後、DMSO(20 μl)に置換し、Ahイムノアッセイに供した。なお図2に、前処理法の概略を示した。

4-2)Ahイムノアッセイ
 Ahイムノアッセイの手順はキットの説明書に従った。2,3,7,8-TCDD標準液あるいは前処理済の試料を、活性化cytosol(AhR、ARNT及びDREを含む)と混合した(DMSOの最終濃度は1%)。96ウェルプレートに混合液(200 μl/ウェル)を入れ、30℃で2時間インキュベーションした。Wash Bufferで3回洗浄後、1次抗体液(200 μl/ウェル)をプレートに加え、30℃で1時間インキュベーションした。その後、Wash Bufferで3回洗浄し、2次抗体(200 μl/ウェル)をプレートに加え、30℃で1時間インキュベーションした。Wash Bufferで3回洗浄後、基質溶液(200 μl/ウェル)を加え、30℃で30分間インキュベーション後、マイクロプレートリーダーにより吸光度(405 nm)を測定した。試料中のダイオキシン類濃度は、得られた吸光度からバックグラウンド(溶媒対照の吸光度)を差し引いた後、標準曲線の吸光度と比較し、2,3,7,8-TCDD換算量(Ah immunoassay-based TEQ)として表した。また、操作ブランク値が認められた場合は、試料の測定値よりブランク値を差し引き数値化した。

5.HRGC/HRMSによる魚試料中のダイオキシン類測定
 平成13年度厚生科学研究費補助金(生活安全総合研究事業)分担研究報告書(1-2)(ダイオキシン類の迅速測定法の開発及び分析の精密化に関する研究)と同様に行った。

C.研究結果及び考察
1.前処理操作の確立
 一部のMono-ortho PCBsが多量に共存した場合、AhRに対するアンタゴニスト作用により本法で得られる測定値が抑制されることが指摘されている3)。魚試料ではMono-ortho PCBsが多量に存在する場合がある。その結果、Mono-ortho PCBs共存下では偽陰性の結果が得られることが予測され、スクリーニング法の性質として望ましくない。また、Mono-ortho PCBsは毒性等価係数(TEF)が小さく総TEQ濃度中で占める割合が低い場合が多いことから、測定対象に含めなくても、おおよそのTEQ濃度を把握するには十分と考えられた。そこで本研究では、前処理操作においてアルミナカラムによりMono-ortho PCBsを分離した後、Non-ortho PCBs及びPCDD/Fs分画をAhイムノアッセイにより測定する方法を選択した(図2)。前処理操作におけるダイオキシン類の回収率を、HRGC/HRMSにより求めた結果を表1に示した。60%ジクロロメタン/ヘキサン分画(測定対象分画)におけるNon-ortho PCBs及びPCDD/Fs異性体の回収率は70%以上であり、良好な値であった。また、測定分画にMono-ortho PCBsは、ほとんど回収されておらず、アルミナカラムの分画は良好であった。

2.魚試料の測定
 Ahイムノアッセイと、従来法であるHRGC/HRMS分析のダイオキシン分析の相関を検討するため、市販魚試料(13検体)に対して比較試験を行った(表2)。同一の測定対象物(Non-ortho PCBs及びPCDD/Fs測定値)に対して比較した場合、Ahイムノアッセイは従来法と比較し、2〜3倍のTEQ値が得られる場合が多かった。しかし、従来法との相関は良好(r = 0.92)であり、これらダイオキシン類のTEQ濃度を把握するためのスクリーニング法として期待できた(図3(a))。さらに、Mono-ortho PCBsを含めたダイオキシン類の測定値と比較した場合も、良好な相関(r = 0.88)が得られたことから(図3(b))、TEFが定められている全異性体のTEQ濃度のスクリーニング法としも有用であることが示唆された。
 本研究では並行して行った操作ブランクにブランク値が認められたため、魚試料の測定値はブランク値を差し引いて数値化した。ブランク値は試料中の濃度に換算すると、5.1 pg Ah immunoassay -based TEQ/gに相当し、比較的高い値であった。従って、低濃度汚染の魚試料を数値化する際は、注意が必要であると考えられる。本研究では操作ブランクの試行回数が1回であるため、ブランク値のばらつきを考慮した本法の検出及び定量下限値は算出できない。高いブランク値が認められた原因としては、本法はAhRに結合しアゴニスト作用を発揮する化合物は全て検出してしまうため、このような作用を有する何らかの化合物が前処理操作中に混入し、ブランク値を上昇させたと考えられる。なお、操作ブランクにダイオキシン類の高濃度の汚染は認められなかった(データ未掲載)。
 現在、日本においては食品中のダイオキシン類に関する規制値はない。しかし、EUでは、2002年7月より食品中ダイオキシン類の規制値が施行されている4)。将来、食品に対し規制値が定められた場合は、現在の公定法であるHRGS/HRMS分析だけで対処することは困難であり、スクリーニング法の開発が強く望まれている。今後は、ブランク試験を複数回行い検出・定量下限値の設定及び添加回収試験等のバリデーションデータの収集を図り、Ahイムノアッセイの食品中ダイオキシン類分析へ応用性を高めていくことが必要と考えられる。

D.結論
1) 従来法であるHRGC/HRMS分析と比較試験を行った結果、良好な相関(r = 0.92)が得られ、TEQ量を推測するスクリーニング法として適した性質を有していた。
2) Ahイムノアッセイは簡便(6時間で測定)かつ安価(1検体あたり数万円)でダイオキシン類の測定が可能であり、食品中ダイオキシン類のスクリーニング法として期待できる。
3) 操作ブランク値が高く、低濃度の検体では数値化するにあたって注意が必要である。今後はブランク値を考慮した検出及び定量下限値の設定が必要であると考えられる。

E.参考文献
1) Tsutsumi T, Iida T, Hori T, Nakagawa R, Tobiishi K, Yanagi T, Kono Y, Uchibe H, Matsuda R, Sasaki K, Toyoda M. Update of daily intake of PCDDs, PCDFs, and dioxin-like PCBs from food in Japan. Chemosphere, 45 (2001) 1129-1137.
2) 厚生省生活衛生局"食品中のダイオキシン類及びコプラナーPCBの測定方法暫定ガイドライン"平成11年10月
3) 中西俊夫、小林康男、中尾晃幸、宮田秀明:AhイムノアッセイTMによるダイオキシン類簡易測定技術の実証研究 -Ahレセプターに対するCo-PCBsのアンタゴニスト効果- 第11回環境化学討論会講演要旨集(2002) 84-85.
4) EU, 2001. Commission proposes strategy to reduce dioxin in food and feed, 20 July.

F.研究業績
1.論文発表
 なし

2.学会発表
 なし



表1 前処理操作におけるダイオキシン類の回収率



表2 AhイムノアッセイとHRGC/HRMS分析のダイオキシン類分析の比較



図1 Ahイムノアッセイ原理



図2 前処理方法の概略



図3 AhイムノアッセイとHRGC/HRMS分析による市販魚中ダイオキシン類測定値の相関


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