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4節 緊急時の対応

  -1 ケア会議の開き方


「ひきこもり」事例の緊急事態をどのように捉えるか
 「ひきこもり」のある時点で、本人が暴力的、反社会的な行動や傾向を引き起こしてしまう場合があります。それは家庭内暴力であったり、近隣への迷惑行為であったり、自傷行為であったりします。また、自傷他害をほのめかすようなメモや手紙が発見されることもあります。変化に乏しいとみなされがちな「ひきこもり」事例において、これらの緊急事態をどう捉えればよいでしょうか。
 多くの場合において、「ひきこもり」を維持させていた環境の変化がみられます。例えば、きょうだいの進学や就職・結婚、親の病気による入院や死亡、新たな同居者の出現、仕送りの中断、近隣に住む人の苦情、税金や年金掛け金などの請求。援助者が意図しないところで、環境の変化がある日突然生じ、それが「ひきこもり」の生活を脅かし、本人の心の中に緊張が高まってきます。そして、その緊張に耐えることができなくなって、あるいは、その緊張に対処するかのように、問題とされる行動が現れてきます。または、社会や周囲のプレッシャーに押されて「ひきこもり」から社会に少し出たけれども、社会との隔たりやずれのために不安と緊張が高まり、緊急を要するような行動が現れることもあります。ほかには、ひきこもっている本人から、親やきょうだいへの家庭内暴力が以前から続いており、その暴力を受けていた家族が我慢の限界を感じて相談に来られる場合もあります。
 いずれの場合も、本人・家族や周囲の安全をはかる必要性から、事例の言動を「問題行動」と捉え、いかにその「問題」をなくすかに主眼点を置いた対応を求めて相談に来られます。しかし、今まで動きの少なかった「ひきこもり」本人やその家族関係が、動き始めた徴候として捉えることも可能です。緊急事態は、「問題行動」として捉えるだけではなく、その動きが「ひきこもり」からのターニングポイントになる「チャンス」と捉える視点も重要です。

緊急事例の相談を受けたときの援助の流れ
1)第1線機関における緊急の相談を受けたとき
 家族や周囲の人から、緊急である、すぐにでも何とかして欲しい、入院させたい、会ってほしい、警察に連れて行ってほしいなどの期待が、家族の身近な機関である、学校、市町村役場、福祉事務所、医療機関などに寄せられます。継続的に個別面接や家族教室とかで関わりを持っている場合には、情報の集積があるため、その後のプランも立てやすいのですが、初回相談が緊急対応を求める場合も少なくありません。その場合、答えを早急に出すのではなく、まずは、情報の収集、緊急度と重症度のとりあえずの判定を行います。緊急度の判定のためには、「ひきこもり」の程度や「ひきこもり」がいつから始まったかという情報だけではなく、緊急を要する当該行動がいつから、どれくらいのスピードで始まったかが重要な情報になります。また、家族や周囲の身体的精神的被害の程度、家族や周囲のサポート能力、本人の援助を利用する能力なども必要な情報です。

第1線機関の役割
家族や近隣からの訴えや期待

情報の収集
「ひきこもり」の開始時期、「ひきこもり」の程度
問題行動の始まり、行動のエスカレートの速度
家族や周囲のサポート能力
本人の援助を利用する能力

緊急度と重症度の判定
即日の対応と介入
1週間以内の対応と介入
判断困難
本人への直接介入、家族
の避難や分離
家族への継続支援
判断困難

継続的な支援の始まり

 緊急度や重症度が高くて単独の機関のみでは支援が困難な場合、または、緊急度や重症度の判断が困難な場合、そんな場合には、コンサルテーションやコーディネーションができる機関を利用することが、次のステップになります。地域事情や事例本人の年齢にもよりますが、保健所、精神保健福祉センター、児童相談所などがそのような機関になります。また、これらの機関においては、危機を感じた第1線の援助者がアクセスしやすい工夫と、「ひきこもり」事例についてアクセスできる合意を予め形成しておくことは重要です。

2)2次機関としての判断
 保健所や精神保健福祉センターなどの2次機関で、市町村や学校などの第1線機関からの緊急事例の相談があった場合、または、自機関で受理した場合も含めて、やはり緊急度と重症度を正確に判定し、その段階に応じて、単独機関だけの対応でよいか、第1線機関と2次機関との連携協力だけでよいか、多数の関係機関を集めたネットワークミーティングを開催するか、を判断します。ネットワークミーティングを開催するのは、大変な労力と大勢の人の時間を費やすことになります。そのために、開催することをためらう傾向になります。また、現場より遠くなれば遠くなるほど、緊急度や切迫感は感じ取れなくなるものです。コーディネーター機関の担当者に求められることは、家族など身近な人や第1線の支援者が感じている切迫感を、十分納得いくまで、よく把握することです。そして、それが、次のステップのネットワークミーティングを開催していく原動力になるのです。

3)ケア会議(ネットワークミーティング)を開催する
 ネットワークミーティングは、多機関・多職種が集まりそれぞれの持っている支援の枠組みを組み合わせながら支援していくための仕掛けです。元々は、アルコール関連問題や児童虐待の分野で活用されているケア会議の方法です。「ひきこもり」は比較的新しい概念のため、高齢者や従来の精神障害者のケア会議と異なり、参加する機関には「ひきこもり」に対する理解や認識・対応方法にずれが存在することがあります。「ひきこもり」事例に対するネットワークが何もないからこそ、ネットワークミーティングを開催しなければならないのです。
 開催にあたっての留意点がいくつかあります。アルコール問題や児童虐待以上に、「ひきこもり」については各機関の対応に温度差があり支援方法もさまざまです。現時点で集まっている情報を適切に伝えながら、当該機関がネットワークミーティングに参加する必要性を説明します。集まるタイミングも非常に重要です。集まってほしい機関や職種すべての日程を調整していると、何週間も先になってしまいます。しかし、真に緊急な事態であるからには、その緊急度に応じて即座に関係者を集めたネットワークミーティングを開催しなければ意味がありません。タイミングを重視すると、集まるメンバーの必要度の高い人から優先的に時間を合わせていくことになります。派遣依頼の公式文書を起案し送付する時間がない場合もあります。それでも開催が必要であれば、口頭で依頼することもやむをえないでしょう。どうしても関係者の集まることが困難な場合に、コーディネーターが個別に電話連絡をおこなう、複数の関係機関に出向いて経過を説明するなどの対応を迫られることが現場ではよくあります。一同に関係者が会さないこの方法は、誤解や合意のずれが生じる可能性があります。この点に留意しながら、合意の得られたプランや方針を関係機関に伝達することですすめていきます。
 ケア会議の開催においては、事例の情報をそれぞれが共有することになります。複数の機関での情報を共有する際のプライヴァシーの留意点は、別の項目で触れられますが、今後のネットワーク支援を展開する上においても家族の同意は必要なことです。場合によると家族が同席することもいいかもしれません。

4)ケア会議(ネットワークミーティング)で何をおこなうか
 ケア会議(ネットワークミーティング)が行われるにあたり、冒頭で司会が確認して伝えておくべき事項が何点かあります。今回の会議が必要になった理由、会議の目的、各参加者の立場と役割、当事者の同意の有無、参加者の守秘義務、終了時刻などです。これらの項目についての確認は会議をめりはりよく進行させます。その上で、情報の共有、評価、役割の明確化、援助プラン、危機状況での具体的な対応について、参加者からの追加補足意見を加味しながら進めていきます。「ひきこもり」事例は、情報が限定的であり一面的になりやすい傾向があります。多方面からの情報を集めることにより、正確に状況を把握できるだけでなく、事例の健康な面や「問題行動」の意味を発見することにつながります。

ネットワークミーティングの開催
○ 開催時に伝えること
 ・ 会議が必要になった理由
 ・ 会議の目的
 ・ 各参加者の立場と役割
 ・ 当事者の同意の有無
 ・ 参加者の守秘義務
 ・ 終了時刻
○ 明らかにしていくこと
 ・ 情報の共有
 ・ 評価
 ・ 役割の明確化
 ・ 援助プラン(介入、保護、分離)
 ・ 危機状況での具体的な対応

 各機関の役割を明確にしていく中で、専門機関や行政機関にだけ役割が集中してしまうこともよくみられます。それぞれのできることとできないことを明確にしながらも、決して「たらいまわし」や一極集中の「押し付け」になるのではなく、各関係機関がそれぞれに持ち味をもって同時に関われるような重層的な支援の輪ができることを目指します。何よりも、援助プランでできあがった支援の輪が、家族や本人にとって、大勢の人から支援されているという実感や安心感につながるようなものでなくてはなりません。

5)介入、保護、分離の選択
 事例本人に誰がどのように介入するのか、どのような形で保護をおこなうのか、家族が家庭から離れることで分離をすすめるのか、これら具体的な対応について、その是非とメリット・デメリットについて十分論議をしておきます。「ひきこもり」は、保健医療機関が相談の窓口になっていることが多く、その事実だけで周囲は病気として捉え、医療の枠組みの中での支援や保護を念頭に置いている場合がよくみられます。しかし、「ひきこもり」事例の保護を、疾患の存在やその疑いを前提とした医療的な枠組みでおこなうことは無理な場合が少なからずあり、かえって事態を混乱させてしまい、その後の継続的な支援にはつながってこない場合も多くあります。
 「ひきこもり」事例の緊急介入では、医療の枠組みだけで捉えるのではなく、その問題として生じている事態に対して社会一般的な介入を第一選択としていくこともありえる選択肢です。暴力や近隣への反社会的な行動には警察による司法対応が自然であり、家庭内暴力や犯行をほのめかすような言動には、虞犯行為ととらえて児童福祉 2次機関(保健所、精神保健福祉センター、児童相談所など)の役割

第1線機関からの訴えと期待

ネットワークミーティング
介入方法の選択
・ 医療対応
・ 福祉対応(児童相談所など)
・ 警察や司法の対応
・ 一般的な社会のルールの適用
・ 家族の避難や分離

介入の実施
・ 処遇や介入に対する本人の
  納得や現実の受け入れ
・ 介入後のサポート

継続的な支援の始まり

 法や少年法を根拠とした介入も可能になります。また、近隣への迷惑行為についても、自治会や管理組合などからの通常の介入が自然です。このような社会の常識的なルールに沿った介入は、当初本人は反発しながらも、「こんなことをしたらこのような処遇を受けるのはしようがない」という納得が生じます。この納得と現実の受け入れは、次の変化のステップになります。加えて、危機介入後の適切なサポートをタイミングよく提供できれば、その介入は次の継続的な支援につながり、回復を促していくチャンスになります。どの選択肢を選ぶか、その法的根拠はあるのか、判断が高度な場合、それぞれの専門家からのスーパーバイズを受けることも必要でしょう。警察、弁護士、少年鑑別所など、司法領域の専門家との連携も躊躇することなく求めていくことも重要です。

緊急時対応が円滑に進むために
 「ひきこもり」の介入の難しさ、法律の適応の難しさについて、関係機関と日頃からコンセンサスを形成しておくことは大事なことです。そして、事例を丁寧にアセスメントし援助プランを立て経過をフォローした後、その転帰から学ぶといった日々の経験の蓄積が、「ひきこもり」事例の危機介入ネットワークの構築につながり、ひいては回復を支えるネットワークや予防・早期発見のネットワークにも展開していきます。


  -2 暴力が生じている場合の家族支援


緊急時対応が必要となる状況
 ひきこもっている本人が同居者(多くは家族)に対して暴力的になる場合には、家族も援助者も苦慮することが多く、緊急対応が必要となることがあります。
 本人は援助機関の利用をしばしば拒絶し、家族もまた自らの自責感や世間体などから本人の相談・援助に消極的な態度をとることも少なくありません。しかし、放置すると傷害事件や家族の精神健康状態の悪化などに発展することもあるので注意を要します。

家庭内暴力の存在を打ち明けられたとき
 家庭内暴力が生じていることが分かった際には、援助者はその実態について確実に把握し、過小評価しないよう心がけることが大切です。本人の暴力の存在を語りたがらない家族は多く、また語ったとしてもそれがごく一部に過ぎないことがあります。その理由としては、本人に対する自責感や憐憫の情、体面を気にするなどといった点の他、本人の暴力や報復を心底恐れていることなども挙げられます。暴力が長期化している場合には家族が抑うつ状態やトラウマ反応などを呈していることもあり、その際に被害者となっている家族の訴えはいっそうまとまりを欠くことが多いのです。
 援助者は本人のみならず、家族の精神状態・健康状態にも目をむけ、家族から暴力の訴えがあった場合は、例え表現が軽微であっても看過せず、本人と家族への介入の必要があるかどうかを検討すべきと考えられます。

家族支援の指標
 援助者は被害を受けている家族に対し、暴力的な環境を回避する(暴力を一旦抑止する)いう選択がありえる点を早い時点で提示することが大切です。同時に、どのようなとき、どう対応するか、などを家族と協議しておくとよいでしょう。家族に抑うつ状態などが存在する場合には、家族自身の心理的・精神的援助を必要とすることも多いものです。
 具体的な対策としては、1)被害を受けている家族の緊急避難、2)警察のポリスパワーによる介入、3)精神保健福祉法における措置入院、4)近親者などのネットワークによる説得、などがあります。これらに関しては、サポートする専門的支援者(家族の状況をよく把握し、「ひきこもり」本人ないし被害を受けている家族と良好な関係が保てている者など)の存在が必須であり、積極的援助の一環として対応することになります。
 また、この時期は、地域保健師の家庭訪問など第三者が接触する良い機会であるという見方もできます。地域での支援活動を積極的に活用し、第三者が本人と会い、状態を判断する場面をぜひ設定したいものです。家族が安全に本人との関係を取り戻すためにも、第三者的立場のキーパーソンの存在は重要です。

被害者の安全を守ること
 緊急時対応に至った場合には、家族の安全をまず第一に考えることが肝要です。家族への対応は、被害を受けていない家族の中に協力者があるかどうか、被害者に対応への余力があるかどうか、医師や地域のサポートがあるか、など総合的に検討します。被害者の身体的・精神的健康度とサポート体制の確立の度合いによりますが、これを検討した結果、例えば被害者に重篤なうつ状態やPTSD症状が持続する場合には、中長期的に生活を分離するという選択もありうることを念頭に置いておきましょう。
 避難が想定される場合には、その準備としてできる限り具体的なアドバイスをおこなうことが望ましよいでしょう。例えば、当面の生活費、健康保険証、貯金通帳・カード、数日分の着替えなどをすぐ持って出られるところに保管しておくことが挙げられます。また、経済的に困窮しているケースなどでは福祉事務所などと連携を取っていく必要もあります。

暴力からの避難先
 緊急避難が必要となった場合、基本的に、本人に家族の居場所(避難先)は教えず、一定の期間は連絡を取らないほうがよいと考えられています。数日単位の短期避難のみで対策を講じずに戻った場合には、暴力がエスカレートする可能性もあるからです。
 被害者の避難先としては、親戚や友人宅、ホテルなどが利用しやすよいでしょう。自宅以外にアパートなどの生活場所を確保して、随時避難できる態勢を整えておくといった方法もあります。
 また、婦人相談所や一時保護所などの公的シェルター、民間シェルターなどの利用も考慮するとよいでしょう。公的シェルターの相談窓口は福祉事務所(夜間・休祭日では警察)となっており、着のみ着のままで避難してきても保護が可能です。これらの施設の多くは配偶者間暴力の被害者となる女性を対象としていますが、ケースの状況に柔軟に対応する施設もまれではありません。
 その他、本人ないし被害を受けている家族が医療機関と繋がっており、主治医がいる場合には、加害者(患者)の治療に留まらず、被害者(家族)の入院を含めて対応していることもあります。
 ただし、これらの資源や施設の状況には地域差や施設間差が存在し、長期的な滞在が難しい、公的サポート体制が確立されにくいなどの難点がみられるところもありますので援助者は利用方法などについて、あらかじめ調査しておく必要があるでしょう。

本人のフォローについて
 被害者が避難した場合、とくに本人が未成年の場合には、分離に対する不安が起こることがあります。しかし、家族の逃避によって本人は確かに一旦取り残された形になりますが、この機会は自らの加害行為について振り返る良いチャンスでもある点を付記します。本人のもとに被害が重篤でない家族が残る場合には、残った家族と避難した家族が連絡を取り合い、本人にその状況を伝え、関与の放棄ではなく生命や精神状態の危機に起因した緊急避難が一義的な理由であると伝えることは本人の分離不安を軽減し、自らの行為を振り替える方向性をしばしば与えます。


  -3 緊急時対応の法的根拠


緊急時の法理
■基本的な考え方
 「ひきこもり」そのものを対象にして危機介入を整備した法律はありませんが、法の一般原理として緊急時に介入が許されるための幾つかのファクターがあります。
(1) 緊急性
 緊急行為として本人の意思を無視しても介入が許される場合の「緊急性」は、自傷や他害などの結果の発生が切迫している状態であること、その結果を生じることが目前に迫っている状態であることが必要です。
(2) 重大性
 重大性には程度があり、生命や身体に対する危害、人の自由や生活の平穏に対する危害、器物の損壊(細かく言えば壊される物の価値にもよりますが)など、その程度はさまざまです。介入の強度は介入によって防ごうとする結果の重大性の程度とバランスを持ったものでなければなりません(比例原則)。
(3) 明白性
 介入を行わないと一定の結果が生じることが明らかであることが必要です。家族や関係からの情報、今までの行動傾向などから、客観的な根拠に基づいて一定の結果が発生することがはっきりしていると言えるかどうかを検討します。
(4) 介入目的の正当性
 介入の目的はひきこもっている本人自身の生命や健康を守ることであるか家族を含めた他人の生命や身体の安全、自由や平穏の確保など適正なものでなければなりません。関係者が介入の目的を確認する必要があります。
(5) 介入手段の相当性
a. 介入手段の正当性
 介入の手段が医学や心理学、教育学や社会福祉学などによって承認される手法であることが必要です。
b. 介入手段の適合性
 介入手段は当然のことながら発生しようとしている事態を解決する効果をもつものでなければなりません。緊急時の問題が起こる場合は、ひきこもっていること自体が緊急かつ重大であるというよりは、それに付随して、重大な自傷行為や他害行為の可能性が高まっているということが多いと思われます。介入手段の適合性は、「ひきこもり」全般に適合的な手段であることを求めているのではなく、発生しようとしている個別の緊急事態に適合的であることが必要であるという意味に理解すべきでしょう。
c. LRA(less restrictive alternative)
 介入の目的を達成するために、もっと穏やかなやり方ではその目的が達成されず、これ以外に危機を回避する方法がないということ(介入手段の必要最低限度性)を十分に検討する必要があります。
 以上のような諸条件が満たされる場合には、個別的な法律がなくても介入が許される(超法規的違法性阻却)と考えられます。また、こうしたファクターは、個別的な法律の介入の実質的な根拠にもなるものですから、個別的な法律を運用する場合にも、形式的な条文だけにとらわれずに、実質的に上記の条件が認められるかどうかを検討するとよいでしょう。

■緊急性の種類と程度
  本人の意思に基づかない介入を認めるための「緊急性」の条件は、上記のようにかなり時間的に切迫した限定的な状態をいいます。しかし、実際の事態は徐々に事態が悪化し、緊急度が高まってゆくものです。関係者としては、緊急であれば何でも許されるが、緊急でなければ本人や家族の自由意思に任せるしかないというような二者択一的な考えをもつのではなく、緊急性の高まりに応じて介入の度合いを調整すべきで(比例原則の考え方)、最終的に本人の意思に基づかない介入ができるのは究極の「緊急」の場合ですが、そこに至るまでに発生している事態の程度に応じた働きかけを検討すべきです。

■自己決定権と緊急時の法理の関係
 緊急時の法理は、重大な事態の発生が目前に迫っているという特殊な場合に適用される法理ですから、どちらかといえば例外的な法理ということになります。そうした特殊な場合以外は自己決定権の尊重が原則とされなければなりませんから、本人の意思に反して強制的なことをすることはできません。
 けれども、自己決定権については、本人に十分な情報が与えられ、自分が置かれている状況や将来の見通しについての情報が確保されているという前提条件が保障されていることが重要です。AとB、二つの選択肢がある場合に、AとBは、それぞれどのような内容のものであり、どのような違いがあるのかがわからない状況で、闇雲にどちらかを選んでいくとした場合、そのような選択を権利として保障された自己決定と呼ぶことは適切ではなよいでしょう。自己決定権は、最終的な決定権が本人にあることを意味していますが、最終的な決定の前には十分な情報の収集と吟味が必要です。そして、情報の収集と吟味は、通常、さまざまな形態による人とのコミュニケーションによってもたらされるものです。
 家族や友人との交流、地域、その他のコミュニティへの社会参加が十分に果たされている場合、人はさまざまなコミュニケーションの機会に恵まれ、自己決定の前提になる情報の収集や吟味が行えることになりますが、「ひきこもり」のために、そのようなコミュニケーションを持つ機会を失い、情報の収集と吟味がしにくい状態になっている場合、本人の自己決定権を支えるためには、むしろ、不足しがちな情報の提供とその吟味の支援をすることが大切であるといえるでしょう。そのためのコミュニケーションのきっかけを掴んだり、本人の気持ちを尊重しながら必要な情報の理解を助けるコミュニケーションの工夫がたいへん重要な役割を果たすことになります。
 自己決定というと他人からの一切の干渉なしに自分だけで決めるべきことが求められるように見られるかもしれません。しかし、自己決定権の保障は、人の話を聞きながら自分の考えを形成する、自分の意見を述べながら相互に考えを練る、という民主主義社会の対話過程の基本を保障するために重要な原理であって、社会との関係をまったく度外視して孤立した個を作り出そうとするものではないはずです。こうした観点からも、ひきこもっている人との対話の持ち方を工夫してゆくことはたいへん重要なことになると思います。

精神保健福祉法による対応
 ひきこもっている本人に精神障害が認められ、その精神障害のために自傷あるいは他害のおそれを生じているときは、精神保健福祉法に基づく措置入院(同法29条)を用いることができます。
 また、その精神障害のために判断能力が低下していて、医療の必要性を理解することができない状態にあり、適切な医療を施さないと本人の医療及び保護を図れない状態にある場合は、医療保護入院(同法33条)あるいはそのための移送(同法34条)をおこなう可能性もあります。

児童福祉法による対応
 ひきこもっている本人が18歳未満の場合には児童福祉法に基づく要保護措置を用いることも考えられます(同法第2章第4節)。本人が14歳以上で傷害行為など犯罪行為を行った場合には少年法が優先されますが、それ以外で、危機的な状況が迫っていて家族に監護させておくのが適当でないような場合には、福祉事務所あるいは児童相談所に通告して所定の措置を促すことができます。

少年法による対応
 ひきこもっている本人が20歳未満の場合で、傷害行為などの犯罪行為を行った場合、刑罰法令に触れる行為をおこなうおそれ(虞犯)が認められる場合、保護者の正当な監督に服しない場合など(同法3条)には、警察の介入を求めて少年法による保護処分を促すことができます。

刑法による対応
 児童福祉法や少年法は、すでに起こってしまった犯罪行為などに対処するというよりは、本人の保護と健全育成のために、将来的な生活状況の改善を目指すため、自傷や他害行為があったことは保護の必要性を推測させる要素にはなりますが、保護的な措置の必須条件とはされていません。これに対して刑法による対応は、処罰を目的とするものですから現実に犯罪行為を行ったことが必要です。けれども、家族に対してであっても人に危害を加えることが許されないことは、最低限の社会のルールであり、第三者の介入によって抜き差しならなくなっている家族間の関係に変化を与えるとともに、本人に一般社会のルールを再認識してもらうことが効果的な場合もあります。
 以上のような介入方法は、よくも悪しくも本人に大きな衝撃を与えるでしょうし、また、いずれの処分も本人が社会に出て行くときにマイナスのスティグマ(烙印)を与えてしまう危険性があります。従って、緊急時の法理の基本的な考え方を踏まえて介入の適否を慎重に検討する必要があります。


  -4 緊急時対応のプライヴァシー保護


プライヴァシーと情報の共有
 プライヴァシー権とは、自分についての情報をコントロールする権利と定義されます。「ひきこもり」のケースマネジメントのためには、さまざまな関係機関の人たちが情報を共有する必要がある反面で、その情報は人に知られたくない情報を多く含むと考えられるので、本人や家族のプライヴァシーの保護と情報の共有化の間に一定のルールを設定しておくことが必要になります。
 プライヴァシー保護についての基本的な考え方は、情報の提供者自身の同意がなければその情報を他に漏らすことは原則として許されないということです。同意がなくても情報の利用が許される場合としては、個別的に法律が例外を認めている場合であるか緊急法理の適用が認められる場合ということになります。

■家族が有する情報
 家族支援を進めて行く時に、当然、家族から本人の状態についての情報が提供されることになります。しかし、家族が独自に持っている情報については、その情報を持っている家族自身の承諾があれば、情報をえた関係者が他の関係者に情報を提供することは許されることになります。家族が持っている情報が本人に関するものであるとしても、本人からとくに打ち明けられた情報ではなく、家族がともに生活していて観察した情報は家族自身の情報といえますから、その情報利用については情報の所有者である家族の同意があればよいということになります。
 家族が通常の生活状態の中で外に現れている状態を観察してえた情報ではなく、本人から家族にだけに打ち明けられた情報は、本人の同意をえてから情報を提供するように指導すべきでしょう。
 本人が隠している日記帳や引出しの中などを、家族が無断で調べてえた情報は、本人のプライヴァシーを侵してえた情報ですから、そうした行動を慎むように指導すべきです。

■関係者が職務上知りえた情報
 家族あるいは本人から職務上知りえた情報については、関係者の立場によって医師法や公務員法による守秘義務があり、家族・本人の承諾がなければ他の機関の関係者に情報を提供することは許されません。
 情報の共有化のためには、情報を提供した家族・本人から情報使用の目的と範囲を明確にした承諾の書類をもらっておくことが望ましよいでしょう。重要なことは、情報の共有化を含めた本人や家族と関係者のケースマネジメントにおける信頼関係の構築にありますから、最初からまず書類を書いてくださいという対応は必要ありませんが、重要な事柄なので関係者の意識を確認するためにも書面での確認作業をおこなうべきでしょう。
 ネットワーク会議、ケースカンファレンスなどで情報を共有化する場合、本人から得た情報にせよ、家族から得た情報(本人に関するものを含む)情報にせよ、その情報源から、その情報を本人と家族の支援のために(情報使用の目的)、ネットワーク会議で共有化すること(情報使用の範囲)を承諾してもらっておくべきでしょう。家族が日常生活の中で本人の生活を観察して得ている情報は家族自身の情報ですから、その使用については家族の承諾で足ります。テーブルの上に封から出されて置かれたままの手紙など、日常生活上、普通に目に触れる範囲内の情報は既に開披されている情報といえますから、それを家族が見聞して得た情報は、とくに本人の承諾などを要するプライヴァシーには当たりません。しかし、本人が机の中にしまっておいた手紙や日記、鍵をかけてある部屋の中のものなどは本人が開披しない意思であることを示している情報ですから、その情報を本人の承諾なしに持ち出すことは許されません。
 また、近い将来必要になる支援の準備的な段階として、本人や家族が特定されないように匿名化して、ネットワーク会議の情報共有の準備をしておくことも機動的な活動とプライヴァシー保護のバランスの観点から有効な工夫といえるでしょう。

緊急時法理とプライヴァシー
 緊急時の法理によって介入が認められるような場合には、プライヴァシー権を制約することも違法とはなりません。この場合にも、情報の内容や種類によって本人のプライヴァシーへのかかわり方に程度の差がありますし、起こりつつある事態の緊急性・重大性の程度も違いがあります。その情報を開示することで損なわれる本人のプライヴァシーとその情報を開示することで回避しようとする結果の重大性と緊急性の程度のバランスを常に考えて適切な対処をする必要があります。
 自傷行為や他害行為の可能性が明らかに差し迫っているような状況であれば、通常の場合では許されないような本人のプライヴァシーに関わる情報を開示することも許されるでしょう。ただ、こうした場合にも、できる限り本人とのコミュニケーションを大切にし、本人から承諾が得られる可能性がないのかを検討することも必要です。
 また、精神保健福祉法(23条)や児童福祉法(25条)、少年法(6条)は、それぞれ保護を図ろうとする対象者(精神障害者、要保護児童、審判に付すべき少年)について通報・通告の制度を設けています。それに必要な範囲で情報を提供することは、個別法により許容されていることになるので、その範囲内での情報の共有化は許されることになります。


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