2節 さまざまな援助技法を活用する
-1 電話相談
「ひきこもり」の電話相談の特質 |
電話相談には、電話でのカウンセリング的な機能、緊急対応や制度利用、情報提供の機能、支援を実施している専門相談機関の入り口としての機能など、それぞれの機関の持つ性格や役割によってさまざまな機能があります。また相談体制の枠組みも、機関の通常の電話窓口での対応/電話相談専用の窓口での対応、相談受付の時間帯、担当スタッフの数、特定の期間のキャンペーン/継続業務、などさまざまです。
しかし一般に電話での相談は、(1)抱えている問題の整理や、(2)相談内容によって適切な相談機関に繋げるという交通整理、(3)必要な情報提供、(4)一定の見立てをおこなう中で必要であれば自機関の来所相談へと繋げる、などが大きな役割となるでしょう。
電話相談の特徴と注意点 |
■相談としての構造が明確にしにくい場合があります
電話相談は相談としての構造が曖昧になりがちです。機関としてできることと出来ないことなどの限界を明らかにしておく必要があります。具体的には、時間の制約や、同じ相談員で継続相談が出来にくいこと、フィードバックが出来ないため話しの内容が一般的・表面的な内容に偏る可能性のあることなどを説明する必要があるでしょう。
■これまでの経緯や思いがあふれてしまうことがあります
家族なり本人の今までの思いや不満が一気にあふれてしまい、話が混乱する場合があります。その場合、まず相談員はその不安や不満などをできるだけ聞くように努めます。次には、電話をかけて来た人が、何をどのように解決したいのかを語ってもらうようにします。沢山出てきてしまう場合には、大変さに共感しつつも、その内の第1番目と2番目位について絞って語ってもらうようにします。
■例外的に複数回に渡って関与する場合もあります
電話相談は一回限りのケースも多いと考えられますが、時には継続して電話をかけてくることも考えられます。強いうつ・強い自殺念慮・自殺企図など緊急の場合などを例として、必要な場合には、反対にこちらから相談者に再度かけてもらうよう依頼する場合もあります。とくに「ひきこもり」本人からの相談の場合には、相談機関と本人をつなぐ窓口が電話のみとなっている場合もあり、継続的な援助の必要性・有効性が考えられるケースも多いと考えられます。その場合は申し送りを行い複数の職員間で対応を継続させたり、あるいは特定の相談員が特定の個人に対応するような体制を検討し、継続電話相談の体制を作ることが検討されるでしょう。
■緊急的な相談に遭遇する可能性があります
電話相談においては、その電話相談が危機介入的なものを目的としている・いないにかかわらず、強い自殺年慮・自殺企図や暴力行為など、きわめて緊急的な相談に遭遇する可能性があります。相手の話をよく聞きながら危険度を評価しつつ、電話相談のみで解決できる問題か、他の手段を講じるべきかを判断しましょう。緊急時の対応については、IV章2節の「緊急時対応」を参照してください。
家族からの電話相談の場合にこころがけること |
事例紹介:「ひきこもり」の本人からの電話相談への対応 ここでは参考に、民間フリースペースにおけるひきこもっている本人への電話相談を例示します。 ● 基本的態度 本人からの電話相談は、それを通じてすぐに問題を解決したり整理することなどがしにくいといえますし、また本人も必ずしもそれを求めているとは限りません。電話がその人にとって唯一の窓口であり、「ともかく他の人に接したい」「誰かに不安をきいて欲しい」といった思いから電話をかけてくることがあります。こうした思いに対し、援助者が問題の解決をしようと意気込み、質問攻めなどで切り込むと逆効果である恐れもあります。相談者は電話相談を通じ、本人にとって心地よいコミュニケーションをとることを目標とし、相手のペースに添って話すことをこころがけるとよいでしょう。 基本的には、つながりがもてるのはその1回限りかもしれないと考えて話を聞くようにします。実際に何ヶ月・何年もためらって、その日ようやく電話できた、というような例もあります。やっとの思いでかけてきた電話を有効に使えるよう、「また今度」はない、と意識して電話に対応するようにしましょう。また、ご本人に安心してもらうために、相談はあくまで秘密でありプライヴァシーが守られることも伝えましょう。 なお、学校や家族などに言われて無理して電話をしてくる場合、自分自身や家族、学校や教師などに怒りをもっていることもあります。その場合には、そうした状況に理解を示しながら、「にもかかわらず電話をかけてきて嬉しい」などねぎらうようにしましょう。
● ゆっくり幅を持たせて、対応する
● 本人のいる状況をイメージする
● 電話をしながらでもできる行動を提案し、体験を共有する
● 電話を切るとき |
参考文献:佐藤誠 高塚雄介 福山清蔵著 電話相談の実際 1999双文社
-2 家庭などへの訪問
「ひきこもり」の状態のように、外出に困難を感じる人々への援助にあたって、援助者が訪問をおこなうというあり方は、当然考慮されてよい方法です。すでに、精神障害の領域では、なかなか通院通所が出来ない患者さんの居住地域に援助者が足を運び、生活の場で支援するという方法論が、地域生活の安定に寄与するという成果をあげています。
おそらく、「ひきこもり」の状態にある人々への支援にあたっても、同様の効果を訪問活動があげることは期待されます。しかし、訪問には、こちらの力量や立場、あるいは相手の事情によって、多様なあり方が考えられます。必ずしもひとつのガイドラインとして整理できない部分もあるかと思われます。本章では、現時点で考えられる訪問の選択肢のいくつかについて提示をおこないます。
生活の場にふれること VS 生活の場に侵入すること |
・ | 訪問は、一種の契約関係により成立する援助活動であり、第三者の要請による「援助としての訪問活動」はありえません。少なくとも家族と十分関係づくりが出来てからはじめること |
・ | 一回の訪問で、多くの事をしようと思わないこと。とくにはじめのうちは短時間で切り上げること |
・ | 訪問開始時に、少なくとも数回分の訪問のスケジュールを作ること。一度しか訪問しないという計画は、力みが入るので、かえって侵入的になることがあります |
・ | 訪問だけで援助活動を組み立てないこと。来所相談、家族心理教育への参加など、複数のプログラムのなかで家族や本人を支えること。また、訪問を振り返る時間を家族や本人と持つこと |
訪問の目的 |
・ | 家族に会いに行く訪問 |
・ | 本人に会いに行く訪問 |
・ | 家族と本人が一緒にいるところに会いに行く訪問 |
家族に会いに行く訪問 |
■訪問に行くことを本人にどう伝えるか
スタッフが家庭を訪問するとなったとき、家族から本人にそのことをどう伝えるかというのも大切なポイントです。不意打ちにはならないように、数ヶ月前くらいには、家族が相談にきていることが、伝わっているほうが安全でしょう。それも、「本人のために相談に行っている」というよりも、むしろ「家族自身が自分の考え方の整理など相談したくて行っている」というような表現で、伝わっていることが望ましいところです。そして、訪問についても「いつも相談に行っているところから、ちょっと私に会いに、遊びに来てくれる」というように、軽い感じで伝えてもらうのがコツのようです。
■実際に家庭を訪問する
ひきこもった本人のいる家に誰か他人が訪ねてくること自体がもう何年もされていない場合もあり、訪問は、それだけで家庭にとって大きな介入になりえます。本人も相談機関から誰かが尋ねてくるとなると、何をいわれるのか、どんなことをされるのかと非常に緊張するようです。まずは多くのことを望まず、会話が少なくなりがちな家庭の中で明るい話し声が聞こえる時間を作りに行くという感じで、あまり硬くなりすぎず、本人へも圧迫的になりすぎないように注意します。「家族に会いに行く訪問」は、あくまで家族が訪問の対象です。本人の意思を確かめずに、本人の部屋に入ったりする行動は慎みましょう。
最初のうちは、あまり長居をせず、せいぜい30分程度で、雑談程度、ちょっと立ち寄った程度の軽い訪問が、安全で、かつ次の展開につなげやすい訪問です。このような訪問をしながら、訪問後何か小さな変化が生じているかを、来所相談のときに家族とていねいに振り返るとよいでしょう。
■本人に会えたとき
訪問を繰り返すうちに、本人がちらっと姿を見せたり、ときには訪問者のいる部屋に入ってきたりするようになります。顔を出さないまでも隣の部屋にいる気配で、訪問者に関心を持って近づいてきていることがわかるときもあります。本人の姿が見えたら「こんにちは」と明るく声をかけますが、その後は家族との会話を変わらず続けるのがよいようです。ちらっと顔を出したとたん、急に一対一で会話することを求められたら、戸惑うし、緊張するものです。あえて本人に注目しすぎずに、家族との会話を続けて、そのなかで本人にも声をかけられる部分で声をかけるというのがよいようです。
本人に会いに行く訪問 |
■本人に会えたとき
本人に会えたときには、自己紹介をして自分がどのような立場にあるかを簡潔に話します。本人は訪問者に対して、期待と不安を同時に持っています。会えて良かった、嬉しかったということを淡々と、しかし素直に口に出して本人に伝えましょう。
長期間自宅にひきこもっていた場合、誰かと話したくても話す自信が持てなかったり、上手く話せないのではといった不安感が先に立ってしまい、話すこと自体に戸惑いを感じることもあります。初対面では以下のような配慮が必要です。
・ | 初対面は大変疲れるもの。興が乗っているようなときでも20分程度で切り上げること |
・ | 無口な方との面接では、沈黙を恐れないこと。沈黙に耐え切れず、援助者側が一方的にしゃべってしまうことがないように |
・ | 過去や未来のことをいきなり話すのではなく、「今・ここ」の話題を扱うこと。相談というよりも、和やかな「おはなし」であるように。まずは、問題よりも、本人がすでにやれていること、本人の長所をさがして、ほめること |
・ | 「また会いに来てもいいか」ということをたずね、可能であれば、つぎに会うときの約束をとりつけること |
・ | 話を終えるときに、「勇気をもって会ってくれた」ことにたいする感謝とねぎらい、おそらく神経を使ったであろうから、ゆっくり休んでもらいたいとのコメントをつたえること |
■本人と慣れてきたら
生活の場への訪問のメリットは、会話だけでなく、本人の好きなことを一緒にするという体験ができることです。たとえば、一緒にゲームをする、ペットがいたらそれにふれる、散歩をする、一緒に喫茶店に行く、などです。「本人がやってみたい何かを手伝う訪問」になると、訪問の幅も広がります。選択肢として「一緒に相談機関まできてみる」という、課題もいれ、本人の活動が広がることを応援します。仕事や勉強といった課題にどのように取り組みたいのかということにもふれ、その実現のための工夫を一緒に考えるということもあります。
なお、本人が単身で住んでいる場合などには、互いの緊張を解くために、一人での訪問は控え、複数で訪問するなどの配慮が必要でしょう。
本人と家族が一緒にいるところに会いに行く訪問 |
・ | どちらかといえば、親に6分、本人に4分程度の肩入れをめざす。これは、本人と家族の意見が対立するようなときに、本人に肩入れするあまり家族に対して否定的になってしまいがちなことへの戒めです。逆に家族に100%の肩入れでもうまくいかないことはいうまでもありません。 |
・ | 本人・家族に共通する話題で、雑談をする。その際、本人のコメントと家族のコメントの両方を聞く。そのときに、援助者自身の体験も少し披露できると、よい関係づくりができるようです。 |
・ | 本人のすでに出来ている点、家族のすでに出来ている点などをていねいに会話の中から拾い上げていきます。「何が問題なのか」というのは、しばしば聞かれる問いですが、安易に答えを見出さないこと。「今まで体験したちょっとでもよい状態」のときのことなどを詳しく聞き、解決の糸口を一緒に考えること。 |
・ | 本人に関する話題ばかりでなく、家族に関する話題もとりあげる。ときには、本人とは無関係の話題に、本人がコメントを述べるような場面も良いようです。 |
・ | 本人と家族の意見の食い違いがあるときには、違いがあることを、ていねいに確認すること。そして、「お母さんは○○というように考えているんだけれど、誰々さんは××と考えているわけだ。そういう考え方の違いがあるんだね」というようなおさえ方をすること。けっして、片方の意見のみを優遇するようなことはないようにすること。 |
・ | 暴力のような、危険な行為に関しては、援助者の見解を明確に述べること。 |
-3 家族向けの心理教育的グループ
家族が集まることの意義 |
■同じような問題を持つ家族が集まることにも意義があります
ときには、家族の焦りなどが影響して変化が起きにくかったり、有効な変化が得られるまでに時間がかかることもあります。同じような問題を抱えている複数の家族で構成されるグループに参加することは、「特殊な問題を抱えてしまった」と感じていた家族がよく似た立場の人に出会う場となり、孤独感の軽減や大きな安心感が得られる場ともなります。また、それぞれに困難を抱えつつも、問題に対処してきた者として会話をしていく中で、それぞれが抱えている問題への対処がしやすくなり、変化が促進されることもあります。
心理教育的アプローチとは |
■「ひきこもり」の家族への心理教育の効果
家族を対象とした心理教育的グループはこれまで統合失調症などを中心に発展し、患者の再発率を低下させ、生活を安定させるといった効果が報告されています。心理教育的グループは同様に慢性に経過することが多いその他の問題(たとえば摂食障害や老人介護)を抱えた家族に対しても実施されるようになり、実証的な効果の検討もされつつあります。
「ひきこもり」もまた、回復までには年単位の時間を要することが多く、慢性に経過して家族にも大きな負担となる問題と捉えることができます。心理教育的グループによって家族の負担軽減や対処能力の回復・向上がおきうるのではないかと考えられます。すでに相談機関の中では、家族相談会、家族勉強会といった名称でその心理教育の手法を取り入れた試みをおこなっているところがあります。
しかしそれらの取り組みは「ひきこもり」からの回復への直接的な効果の実証には至っておらず、今後の経験の積み重ねが必要な分野です。このガイドラインの中では、すでに行われている「社会的ひきこもり」の問題を中心とした心理教育的家族グループの取り組みを、ひとつの参考として取り上げます。
グループをはじめる前に |
■顔と名前が一致し、やり取りできる程度がグループサイズの目安です
会場の大きさ、時間、スタッフ数によって違いますが7〜12人程度、スタッフを含めて10〜15人程度参加していると、落ち着いた雰囲気で、しかもある程度多彩な発言が得られるようです。
参加者の属性(母親のみなど)については、グループの目標や機関の性質などによって決定しておくといよいでしょう。
■スタッフの役割分担も大切です
スタッフの役割ではグループリーダー、ホワイボードを使った板書係などがあります。人数に余裕がある場合は、情報提供や記録の係を別に決めておくとよいでしょう。
■グループの進行を明確にしておきます
グループの進行(時間割)を明確にしておくことは、参加者の不安や孤立感の軽減に役立ちます。また援助者自身の安心感にもつながります。毎回の進め方や簡単なルールは、掲示してつねに参加者で共有できるようにしておくといよいでしょう。
心理教育的グループの進め方 |
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心理教育的グループ運営上の工夫 |
■グループ進行では、なるべく柔らかな雰囲気を作ることが大切です
グループにおいて、ここでは話をしても大丈夫だと感じられる雰囲気を作ることが、重要です。雰囲気作りはスタッフ全員の仕事でもあります。
■ドロップアウトを防ぐために
回を重ねる中で、欠席者やドロップアウトしてしまう参加者が出てくることもあります。こうしたことを少なくするためには、以下の工夫があります。
1) | 前回休んだ場合でもグループの進行がわかるようにする |
2) | 次回相談したいこと、要望などを書く欄を作り、対応できなくても何らかのフィードバックをする |
3) | 情報提供は、できるだけ簡潔で理解しやすいように配慮する |
4) | 発言者が偏って、他の参加者が置き去りにされないようにする |
グループの効果をつねに評価していく姿勢が必要です |
参考文献: | 鈴木戈・伊藤順一郎著 SSTと心理教育 1997 中央法規 後藤雅博編 家族教室のすすめ方 1998 金剛出版 |
-4 本人向けのグループ活動
-1デイケア・居場所
グループ活動の持つ意味 |
■本人にとっての意味
(1) 居場所としてのグループ
本人が家族から離れ新たな居場所を求める場合には、学校や職場のような評価を感じやすい場所では、対人関係や集団活動の不安などのため、なじめないことがあります。そのため、取りあえず“そこに居るだけで良い”ところから始められる場所が必要になります。それが“居場所としてのグループ”です。同じような仲間がいる場所に、安心して居られることは、本人の孤立感の低減につながり、また“今のままの自分で良いんだ”という自己肯定感を育むと考えられます。
(2) 対人関係の中で自己を理解する場として
集団の中に入ることは、ひとりや、家庭や援助者との狭い関係の中で得られる以上の自分への深い理解をもたらします。自分が他者に与える印象、他者がどのように自分について考えているか、どのような行動をとると相手が喜んだり不快になったりするか、など他者からの反応によって、これまで気づかなかった自分に気づくことができます。
(3) 自己表現の場としてのグループ
グループ活動へ参加することで、自己表現の機会が増え表現を練習していくことにつながります。言葉による表現のほか、スポーツやゲーム、創作活動などを介した自分なりの表現をしたりする場合もあります。
(4) さまざまな経験の学習としてのグループ
メンバー同士で話をしたり、趣味の活動をしたり、一緒に外出して行動するなどは、不足しがちな集団での経験や多様な社会経験を増やす契機となります。集団活動を通じ、新しい経験を獲得したり、これまでの経験を再学習しとらえなおすことができるのです。
(5) 通過点・足がかりとしてのグループ
回復が進んだ場合でも、社会への一歩を踏み出すのは難しいものです。グループで学習サポートをしたり、あるいはグループで就労、ボランティアなどの経験をするなど、グループへの参加を足がかりにし社会への参加を勧めていくことも必要でしょう。
(6) 希望を抱く
グループ活動では、自分が少しずつよくなっていくと実感し、また他の人がよくなるのを見ることからも、「よくなる可能性」について希望をもつことができます。本人が希望的かつ楽観的な見通しをもつことができると、回復の可能性が広がります。
プログラムの内容 |
■構造化されたグループ活動の内容
1)の場合、ゲームやスポーツ、パーソナルコンピューター利用などの技術獲得、創作活動など、何らかの活動を介在させてグループをおこなうことが考えられます。その場合、出来上がりや技術の習得によって充実感を得るために、専門家による講座開催を考えてもよいでしょう。また映画館や喫茶店など外部の社会場面を利用する内容などは、本人の社会的な経験や生活範囲を広げたりその評価に活かすこともできます。
また社会参加への準備として、就労のためのトレーニングや体験就労などの就労プログラム、学習指導・大検受験希望などへの学習サポート活動の設置も考えられます。
なお、本人がプログラムに意欲的に参加できるように、利用者である本人とスタッフが相談してプログラムを作成したりするなど工夫することも有効でしょう。
■「溜まり場」としての機能を重視したグループ
活動レベルの高い構造化されたグループには不安や緊張を覚える人もおり、無理に参加すると疎外感を感じてしまう場合もあります。そこで、とくに目的や、することがなくても安心していられ2)の「溜まり場」としてのグループをすることもできます。ここでは明確な目的よりひとまず「空間を心地よく共有する」ことが目指されます。
しかし場所を用意しておくだけでは、逆に何をしていいかわからなくなってしまうものです。読書やゲーム、スポーツ、パーソナルコンピューターの使用など、幾つかの選択肢を準備しておくこともよいでしょう。会話を促進したり、人間関係の調整に対応できるようスタッフを配置しておくのもよいでしょう。
グループ活動への導入 |
いくつかの留意点 |
■さまざまな情緒・葛藤の再体験
グループという集団の中では本人が傷ついたり、望んでいたような相互理解ができず失望を抱いたりすることも当然起こりえます。あるいは人間関係につきまとう、妬みや怒り、不安などさまざまな葛藤や情緒を再体験することになるでしょう。
しかし、こうした葛藤や情緒は事前に防止するのではなく、逆に社会的な関係の中では、当然そのような体験もありそれを成長に繋げる、という発想をするとよいでしょう。以前本人が混乱した情緒を感じた時には、自分一人でその混乱を抱え込むことも多かったと思われます。それに対し、グループでの情緒の体験は、相談員が定期的な個別面接の中でよりそって一緒に考えるという構造になります。これは以前の体験を修正する大きな契機となりますし、もし状況への対処が可能になれば貴重な成功体験となります。
■グループ活動からのドロップアウトについて
対人関係に不安や緊張を覚えがちな本人にとって、グループ活動になじめずドロップアウトしてしまうことは往々にしてあるものです。これを防ぐためには、参加を期間限定にする、目標を小さく設定してみる、あるいは「練習」というスタンスをとる、などの工夫がありえます。ドロップアウトした場合は、またいつでもグループ活動に戻れることを保証し、再びわくかもしれない本人の自発性をキャッチできるようにしましょう。
また、自機関でおこなっているグループ活動になじまなかったからといって、その本人にはグループ活動は全くなじまない、と判断するのは性急です。他の資源の活動や、あるいは精神障害の作業所・デイケアなどなら合っているのかもしれません。1つでもその本人が落ち着ける場所がみつかればよいのです。色々な選択肢を検討しましょう。
■グループの対象者に関して
年代別や性別など対象者の属性でグループをわけたり、ニーズごとにグループを組織化することも考えられます。対象者が均質な場合はニーズがはっきりし、目的も明確になるというメリットがあります。他方、さまざまな人が混在するグループのほうが、コミュニティに近いため、多様な経験ができるという観点もあるでしょう。対象者のニーズ、自機関の状況などをもとに、どのような組織化をするかを検討しましょう。
■精神障害のデイケアなどのグループ活動への導入
本人の参加者数や予算などにより、グループ活動を単独で組織化できない場合には、精神障害のデイケア・デイサービスなど、既存のグループ活動を積極的に活用することもよいでしょう。その場合本人の希望やイメージとは一致しないサービスであることも考えられますから、導入の前に、既存のサービスの内容を説明し、そのうえでどのような目的で参加するのか(例えば「友人をつくること」、あるいは「ひとまず家庭外の場所へ参加してみること」)を明確にしておくことが必要だと思われます。
スタッフの役割 |
-2 SSTグループ
本人グループの一つにSST(Social Skills Training 生活技能訓練)という援助技法があります。SSTとは人が生活していくために必要とされるコミュニケーション能力(技能)が、障害や環境などによって衰えてしまったり、身についていない状態に対して個別やグループを利用して学習していくものです。
「ひきこもり」自体は病気や障害が原因と言うことではありませんが、ひきこもっているという環境によって、「人とつきあっていくやり方」が使われなくなることで鈍ったり、本来、人と関わることが多い若い頃からひきこもっていることによって「やり方」を学ばずに時がたってしまったということもあるように思われます。
SSTの実際のやり方やロールプレイの進め方は「ひきこもり」独自ではないので、SSTに関する成書を参考にしてください。しかし、「ひきこもり」状態にある人を対象としたSSTグループを維持・運営していくときには、精神病圏のケースとは違う配慮が必要なので以下に述べていきたいと思います。
SSTグループ活動をする上での留意点 |
■場面が少ない
各自の目標を身近な生活場面に切り下げることや、それらを宿題として実行し現実の場で活かしていくことの難しさがあります。これは、本人がごく限られた範囲内だけで日常生活を送っていることが起因しているとも考えられます。本人たちからなかなか場面が出ないときには、援助者側がストレスとなりうる日常生活のさまざまな場面想定したことが書かれた「場面カード」を利用したり、ご本人が日常生活を維持していくために使っていたり、もっている力を知るために「生活技能アンケート」を実施して具体的に提示する方法が有効です。
■自己開示に抵抗感が強い
自分のことを集団の場で語ることを避けようとする傾向は、「ひきこもり」ケースでは比較的共通してみられます。「場面カード」の利用は現実の事ではなく、あくまでも想定された場面ですから自分自身のプライヴァシーを開示しなくてもすむという利点もあるようです。
SSTはグループで行わなければいけないものではありませんから、あまりにプライベートすぎる場面の時には、個別面接のなかでSSTを応用したやり方を利用することも有効です。
■課題が出せない
グループを進めていくと「練習する課題がない」「相談したいことがない」と発言するメンバーがいます。自分の課題に直面することを避けている人に多く見られる傾向です。
あるいは、自己開示に抵抗感が強いために、人と関わるとしても、自分の内面や生活史にふれられないような技術を身につけたいというモチベーションで参加するメンバーもおり、ひきこもりがちな傾向を改善しようとするよりは、人と関わることや、さまざまな場に参加するような機会を避けるためのやり方を身につけようと課題を出してきます。その場を切り抜けようとするやり方を身につけていくことも対処方法の一つだと思いますが、「なぜ避けるのか」について話し合える個別面接をすることでその人自身の方向性や希望を捉えていくことも必要です。
しかし、こうした不安や葛藤を持ちながらも、SSTで現実的な行動レベルの対処方法と、日常生活のなかで切り抜けられる場面が増えることで、不安・葛藤が軽減されるケースもあります。たとえば「招待されてしまった友人の結婚式での振る舞い」や「美容室に行く」など、現実的に直面していく状況として予想される場面での行動をあらかじめリハーサルしておくことは社会に参加する上で大切なことだと思います。
■ドロップアウトと個別相談の併用
援助者と当事者がいくら心地よい場をつくっていくように努力していっても、「ひきこもり」という性質上、グループに参加しない方やグループを避けてしまう方がいるということは常に直面し続ける課題です。
安全な居場所としてのグループ運営に配慮することはもちろんですが、大切なことはドロップアウトを防止することよりも、グループからひきこもる心の動きについて本人との間で十分に話し合える時と場を共有していることです。彼らがどのようにグループを体験したのかを個別相談の場で話し合い、SSTの場面でのエピソードをすりあわせることで本人と援助者間の理解が深められる機会にもなります。
発達障害圏のケースに対しては、前述の他に、さらに工夫と配慮が必要になります。わかりやすい言葉で簡潔に話す、一つの行動を実行する小さな要素にわける、社会行動を構成するいくつかの標的行動を順番に練習する、一つの行動を繰り返し練習する、「板書」や「お手本を示す」などの視覚的な手がかりをより多くすることが必要になります。彼らはグループに参加していても、流れについて行けず何となく浮いている印象があり、そのままドロップアウトするケースがあります。十分マンパワーがあれば、発達障害圏のケースを対象としたグループを立ちあげることで安定した場を提供することができるかもしれません。
■歪みを修正する
SSTは認知行動療法に基づいていますので、彼らの認知の歪みを修正することを目的に利用することもできます。相手にうまく伝えられなかったことを気にしたり、緊張してあがったり、赤面したりして恥をかいたという考えにとらわれ、その結果、対人交流の場を避けようとしていたり、十分なスキルを持っているのに、実際の場面でやろうとしなかったりすることもあります。
ロールプレイをとおして、その方法で十分相手に伝えられていること、その方法では相手に笑われることはない、などを伝えることによって、認知の歪みを修正してくことができるのです。
SSTの使い方 |
■複数のプログラムのなかの一つとして位置づけた利用方法
SSTはそれだけで効果があがるものではありません。実際の生活場面で活かせてこそ身に付くものです。SSTを、スポーツ、音楽鑑賞などの活動や、話し合いなどいくつかのプログラムのなかの一つとして位置づけて利用すると、参加する本人たちにとっても選択肢の幅が広がり、スキルを実行する場面も増えると思われます。また、複数のプログラムがあることで、SSTが自分に合わなかったときもグループへの参加の保証が可能になります。
メンバーとともにショッピングや喫茶店に出かけることは、SSTを現実的な場面で取り組むことになりスキルアップにつながりますし、その中から現実的な課題が明確になり、次回のSSTで練習していくこともできるでしょう。
援助者は、メンバーがSSTという技法を使ってどのようなコミュニケーション能力を学習したいのかを常に共有しながらグループを運営していきましょう。
参考文献: | 東大生活技能訓練研究会編 わかりやすい生活技能訓練 1995 金剛出版 Alan S.Bellack他著 熊谷直樹他監訳 わかりやすいSSTステップガイド上・下 2000 星和書店 |