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2節 さまざまな援助技法を活用する

  -1 電話相談


「ひきこもり」の電話相談の特質

 電話相談には、電話でのカウンセリング的な機能、緊急対応や制度利用、情報提供の機能、支援を実施している専門相談機関の入り口としての機能など、それぞれの機関の持つ性格や役割によってさまざまな機能があります。また相談体制の枠組みも、機関の通常の電話窓口での対応/電話相談専用の窓口での対応、相談受付の時間帯、担当スタッフの数、特定の期間のキャンペーン/継続業務、などさまざまです。
 しかし一般に電話での相談は、(1)抱えている問題の整理や、(2)相談内容によって適切な相談機関に繋げるという交通整理、(3)必要な情報提供、(4)一定の見立てをおこなう中で必要であれば自機関の来所相談へと繋げる、などが大きな役割となるでしょう。

電話相談の特徴と注意点
 電話相談においても、基本的な態度は一般的な個別相談とおなじです。しかし、電話相談は一般的に以下のような特徴をもっています。
■電話相談は比較的敷居の低い相談形態です
 一般的に電話相談は、誰でも、どこからでも、自分のプライヴァシーを明らかにしないまま、予約無しで、しかも安価に相談に乗ってもらうことが可能です。こうしたことは、相談という垣根を低くするメリットがあります。それは一般的に長期化しやすい、「ひきこもり」の相談を早めにできる大変貴重なチャンスです。
 反面、情報だけを得られれば、という本人や家族の期待が強く出てしまい、一回限りの情報提供だけで終了してしまう可能性もあります。相談員からは、情報の活用の仕方(情報提供は、あくまでも本人が希望し自らが動き出すことが前提であること)などについても丁寧に話しをしておく必要があります。また、情報提供や他の機関にリファーする際も「問題があったらまた電話をしてきてください」などの言葉を添えておくことも必要でしょう。なお、話を聞いていく中で必要性を感じたら来談をすすめるなどして、電話相談を来所相談につなげていくことも大切です。 できれば電話相談用に、地域の相談機関・社会資源の一覧表を用意すると便利です。

■相談としての構造が明確にしにくい場合があります
 電話相談は相談としての構造が曖昧になりがちです。機関としてできることと出来ないことなどの限界を明らかにしておく必要があります。具体的には、時間の制約や、同じ相談員で継続相談が出来にくいこと、フィードバックが出来ないため話しの内容が一般的・表面的な内容に偏る可能性のあることなどを説明する必要があるでしょう。

■これまでの経緯や思いがあふれてしまうことがあります
 家族なり本人の今までの思いや不満が一気にあふれてしまい、話が混乱する場合があります。その場合、まず相談員はその不安や不満などをできるだけ聞くように努めます。次には、電話をかけて来た人が、何をどのように解決したいのかを語ってもらうようにします。沢山出てきてしまう場合には、大変さに共感しつつも、その内の第1番目と2番目位について絞って語ってもらうようにします。

■例外的に複数回に渡って関与する場合もあります
 電話相談は一回限りのケースも多いと考えられますが、時には継続して電話をかけてくることも考えられます。強いうつ・強い自殺念慮・自殺企図など緊急の場合などを例として、必要な場合には、反対にこちらから相談者に再度かけてもらうよう依頼する場合もあります。とくに「ひきこもり」本人からの相談の場合には、相談機関と本人をつなぐ窓口が電話のみとなっている場合もあり、継続的な援助の必要性・有効性が考えられるケースも多いと考えられます。その場合は申し送りを行い複数の職員間で対応を継続させたり、あるいは特定の相談員が特定の個人に対応するような体制を検討し、継続電話相談の体制を作ることが検討されるでしょう。

■緊急的な相談に遭遇する可能性があります
 電話相談においては、その電話相談が危機介入的なものを目的としている・いないにかかわらず、強い自殺年慮・自殺企図や暴力行為など、きわめて緊急的な相談に遭遇する可能性があります。相手の話をよく聞きながら危険度を評価しつつ、電話相談のみで解決できる問題か、他の手段を講じるべきかを判断しましょう。緊急時の対応については、IV章2節の「緊急時対応」を参照してください。

家族からの電話相談の場合にこころがけること
 家族からの電話の場合には、可能であれば家族が相談に出かけて来る気持ちになることを一つの目標としましょう。これは、家族自身がひきこもっている状態から、相談のためであっても家を離れ、外出する機会を作るという意味合いもあります。また、電話を通してよりも、対面での相談の場のほうが、援助の可能性が広がるためです。
 そのため、第一に伝えることは、電話をくれてよかった、これからは一緒に頑張りましょう、ということです。孤軍奮闘するのではなく、これから先は一緒に考えていく仲間ができたという感覚を持ってもらえるようにすることが大切です。
 また、家族の質問に答えを出しすぎないようにすることも有効でしょう。電話相談では今現在こんなことで困っている、どうしたらいいか答えを知りたいというような問いかけも少なくありません。こうした場合、緊急事態を除いては、どうしていくのがいいかじっくり一緒に考えていくのも一つの手法です。そのためにまず電話をかけてきた親が相談の場に顔を出してください、ということを丁寧に伝えていきます。

事例紹介:「ひきこもり」の本人からの電話相談への対応
 ここでは参考に、民間フリースペースにおけるひきこもっている本人への電話相談を例示します。
● 基本的態度
 本人からの電話相談は、それを通じてすぐに問題を解決したり整理することなどがしにくいといえますし、また本人も必ずしもそれを求めているとは限りません。電話がその人にとって唯一の窓口であり、「ともかく他の人に接したい」「誰かに不安をきいて欲しい」といった思いから電話をかけてくることがあります。こうした思いに対し、援助者が問題の解決をしようと意気込み、質問攻めなどで切り込むと逆効果である恐れもあります。相談者は電話相談を通じ、本人にとって心地よいコミュニケーションをとることを目標とし、相手のペースに添って話すことをこころがけるとよいでしょう。
 基本的には、つながりがもてるのはその1回限りかもしれないと考えて話を聞くようにします。実際に何ヶ月・何年もためらって、その日ようやく電話できた、というような例もあります。やっとの思いでかけてきた電話を有効に使えるよう、「また今度」はない、と意識して電話に対応するようにしましょう。また、ご本人に安心してもらうために、相談はあくまで秘密でありプライヴァシーが守られることも伝えましょう。
 なお、学校や家族などに言われて無理して電話をしてくる場合、自分自身や家族、学校や教師などに怒りをもっていることもあります。その場合には、そうした状況に理解を示しながら、「にもかかわらず電話をかけてきて嬉しい」などねぎらうようにしましょう。

● ゆっくり幅を持たせて、対応する
 本人からの電話の場合、なかなか自分のことは話さずに、こちらの機関についての質問を次々にしてくる場合があります。「何歳くらいの人が、何人くらい来ているのか」「どんなことをしているのか」。そうした質問は、自分は特殊なのではないかと不安で、自分が相談してもいいかどうか確認していると考えて、あまり具体的になりすぎず、なるべく幅を持たせて答えるようにします。こうでなければいけない、というような決まりはなく、電話をかけてきているあなたも受け入れているというこちら側の態度を示すことにもなります。

● 本人のいる状況をイメージする
 一方的に話を聞くだけではなく、本人のいる状況がイメージできるように、こちらからも質問を投げかけます。たとえば「今どこの部屋から電話しているの」という質問で、自分の部屋にこもっているのか家族が過ごす居間から電話することができているのかを知ることができます。こうしたやりとりを通じ、どんな状況から電話しているのかを推察しやすくなります。
 自分の困難な状況を話し続ける本人に対して、その困難をいきなり打開する策を示すのは至難の業です。会話の合間に相手の今いる状況を把握して、今現在できることを探していきます。

● 電話をしながらでもできる行動を提案し、体験を共有する
 電話で会話を続けながら、ちょっと後押しをして何かをしてみる体験を共有することを本人からの電話相談でこころがけるとよいでしょう。たとえば「カーテン、締め切ってないでちょっとだけ開けてみたら?」「いいお天気で気持ちいいね」といったような感じです。ここで注意することは、大きな提案をするのではなく、電話をしながらでもできるような身近な小さな行動を起こしてみるように提案することです。このように、そうした小さな行動でも少し気分が変わることを体験したり、それができたことを一緒に味わうようにするのも一つのテクニックです。

● 電話を切るとき
 電話を切る時には、電話をくれたことをねぎらい、話ができたことをうれしく思うといったような感想を伝えます。さらに「もっと話が聞きたいなぁ」という言葉も明るく添えるとよいでしょう。いつでも電話をくれるのを待っている、というメッセージを伝えます。また「どんな顔をしているのかなぁ、会いたいなぁ」という事もあります。本人に関心を持っているということを最後まで柔らかく伝えるように心がけます。
 ただし本人が直接相談に来るのは、大変な勇気と労力のいることです。性急に来所相談を目標とするのではなく、基本的にはこの場で心地よいコミュニケーションをする、可能であればまた電話をしてくれることを目標にするなど、相手のペースに合わせた対応をしましょう。

参考文献:佐藤誠 高塚雄介 福山清蔵著 電話相談の実際 1999双文社


 -2 家庭などへの訪問


 「ひきこもり」の状態のように、外出に困難を感じる人々への援助にあたって、援助者が訪問をおこなうというあり方は、当然考慮されてよい方法です。すでに、精神障害の領域では、なかなか通院通所が出来ない患者さんの居住地域に援助者が足を運び、生活の場で支援するという方法論が、地域生活の安定に寄与するという成果をあげています。
 おそらく、「ひきこもり」の状態にある人々への支援にあたっても、同様の効果を訪問活動があげることは期待されます。しかし、訪問には、こちらの力量や立場、あるいは相手の事情によって、多様なあり方が考えられます。必ずしもひとつのガイドラインとして整理できない部分もあるかと思われます。本章では、現時点で考えられる訪問の選択肢のいくつかについて提示をおこないます。

生活の場にふれること VS 生活の場に侵入すること
 訪問とは、「家族や本人の生活の場に足を運ぶ」活動です。訪問してみると、視覚・聴覚・触覚・嗅覚など様々な知覚により情報がとらえられ、今まで気がつかなかった家族や本人の状態がわかるものです。生活の状況を肌身で理解して、その実状に応じた支援やサービスを提供することが可能になるのは、訪問の最大のメリットでしょう。
 一方、訪問される側の立場に立つと、それは他者がプライベートな空間に侵入してくる体験に他なりません。もし、この他者が無害な存在であり、また、新鮮な息吹きを運んでくる存在だとすれば、この訪問は、孤立感や不安感を和らげるものとして歓迎されるでしょう。ときには、プライヴァシーを共有しうる、より親しい存在と意識されるかもしれません。しかし、もし、この他者が根掘り葉掘りプライヴァシーをあばく存在、安定を揺さぶる存在として意識されれば、それは望まれざる訪問者となります。かえって、邪魔な存在、拒否の対象となるでしょう。
 訪問を開始するにあたって、以下の点は最小限考慮すべき項目と思われます。
 ・訪問は、一種の契約関係により成立する援助活動であり、第三者の要請による「援助としての訪問活動」はありえません。少なくとも家族と十分関係づくりが出来てからはじめること
 ・一回の訪問で、多くの事をしようと思わないこと。とくにはじめのうちは短時間で切り上げること
 ・訪問開始時に、少なくとも数回分の訪問のスケジュールを作ること。一度しか訪問しないという計画は、力みが入るので、かえって侵入的になることがあります
 ・訪問だけで援助活動を組み立てないこと。来所相談、家族心理教育への参加など、複数のプログラムのなかで家族や本人を支えること。また、訪問を振り返る時間を家族や本人と持つこと

訪問の目的
 訪問は、その主たる対象ごとに場合わけすると、およそ次の3つのパターンが考えられます。
 ・家族に会いに行く訪問
 ・本人に会いに行く訪問
 ・家族と本人が一緒にいるところに会いに行く訪問
 それぞれ、その目標とするところは、少しずつ異なります。ただ漫然と訪問に行くのではなく、この訪問でどのようなことが出来ればよいのかを、ある程度明確に意識しておくことは、その後の援助の進め方を検討するうえでも、有用なことです。
 しかし同時に、こちらの意図とは別に、訪問してみると家族だけでなく本人にもあえたり、思わぬ拒否にあったり、ハプニングはつきものです。
 目標を明確に持つと同時に、状況が変われば対応も変えるといった柔軟な姿勢があることが望まれます。

家族に会いに行く訪問
 家族との継続相談がはじまって、家族と援助者との関係性が落ち着いてきたときに、家庭訪問をすることがあります。この場合本人と会える場合もあるかもしれませんが、それはあくまで副産物です。長年にわたる「ひきこもり」のために、家族までもがひきこもり、自宅に他人を招かなくなって久しいような状況で、家庭の風通しをいくらかでも良くできれば、家族が自宅で他者とほんの少しでも和やかに雑談ができればといったような目的でおこないます。ただし、こちらはいくら家族のためと思っても、家族にしてみれば「ぜひ本人を連れ出してもらいたい」と思うのは、しばしばありがちなことです。「今回は、お母様のお友達のようなつもりで、少しだけ、おうちのご様子を教えていただければとおもって訪問をしたいのですが」と、こちらの意図をきちんと明らかにしておきましょう。

■訪問に行くことを本人にどう伝えるか
 スタッフが家庭を訪問するとなったとき、家族から本人にそのことをどう伝えるかというのも大切なポイントです。不意打ちにはならないように、数ヶ月前くらいには、家族が相談にきていることが、伝わっているほうが安全でしょう。それも、「本人のために相談に行っている」というよりも、むしろ「家族自身が自分の考え方の整理など相談したくて行っている」というような表現で、伝わっていることが望ましいところです。そして、訪問についても「いつも相談に行っているところから、ちょっと私に会いに、遊びに来てくれる」というように、軽い感じで伝えてもらうのがコツのようです。

■実際に家庭を訪問する
 ひきこもった本人のいる家に誰か他人が訪ねてくること自体がもう何年もされていない場合もあり、訪問は、それだけで家庭にとって大きな介入になりえます。本人も相談機関から誰かが尋ねてくるとなると、何をいわれるのか、どんなことをされるのかと非常に緊張するようです。まずは多くのことを望まず、会話が少なくなりがちな家庭の中で明るい話し声が聞こえる時間を作りに行くという感じで、あまり硬くなりすぎず、本人へも圧迫的になりすぎないように注意します。「家族に会いに行く訪問」は、あくまで家族が訪問の対象です。本人の意思を確かめずに、本人の部屋に入ったりする行動は慎みましょう。
 最初のうちは、あまり長居をせず、せいぜい30分程度で、雑談程度、ちょっと立ち寄った程度の軽い訪問が、安全で、かつ次の展開につなげやすい訪問です。このような訪問をしながら、訪問後何か小さな変化が生じているかを、来所相談のときに家族とていねいに振り返るとよいでしょう。

■本人に会えたとき
 訪問を繰り返すうちに、本人がちらっと姿を見せたり、ときには訪問者のいる部屋に入ってきたりするようになります。顔を出さないまでも隣の部屋にいる気配で、訪問者に関心を持って近づいてきていることがわかるときもあります。本人の姿が見えたら「こんにちは」と明るく声をかけますが、その後は家族との会話を変わらず続けるのがよいようです。ちらっと顔を出したとたん、急に一対一で会話することを求められたら、戸惑うし、緊張するものです。あえて本人に注目しすぎずに、家族との会話を続けて、そのなかで本人にも声をかけられる部分で声をかけるというのがよいようです。

本人に会いに行く訪問
 本人に会いに行こうと意図した訪問でも、容易に本人に会えるとは限りません。また、本人の同意が取れるまでは、あくまで任意の働きかけに過ぎません。したがって、当初は直接会うことよりも、侵入的でない援助者、何かあったら相談できる存在であることを雰囲気で伝えられたらよいかと思います。ご家族と主として会話をしながら、「おじゃまします」「また、きますね」などの、声かけ程度からはじめるのがちょうど良い場合もあります。「拒否されてはいないようだ」との感覚をもてたら、短い手紙などを書きおいておくのもよいかもしれません。

■本人に会えたとき
 本人に会えたときには、自己紹介をして自分がどのような立場にあるかを簡潔に話します。本人は訪問者に対して、期待と不安を同時に持っています。会えて良かった、嬉しかったということを淡々と、しかし素直に口に出して本人に伝えましょう。
 長期間自宅にひきこもっていた場合、誰かと話したくても話す自信が持てなかったり、上手く話せないのではといった不安感が先に立ってしまい、話すこと自体に戸惑いを感じることもあります。初対面では以下のような配慮が必要です。
 ・初対面は大変疲れるもの。興が乗っているようなときでも20分程度で切り上げること
 ・無口な方との面接では、沈黙を恐れないこと。沈黙に耐え切れず、援助者側が一方的にしゃべってしまうことがないように
 ・過去や未来のことをいきなり話すのではなく、「今・ここ」の話題を扱うこと。相談というよりも、和やかな「おはなし」であるように。まずは、問題よりも、本人がすでにやれていること、本人の長所をさがして、ほめること
 ・「また会いに来てもいいか」ということをたずね、可能であれば、つぎに会うときの約束をとりつけること
 ・話を終えるときに、「勇気をもって会ってくれた」ことにたいする感謝とねぎらい、おそらく神経を使ったであろうから、ゆっくり休んでもらいたいとのコメントをつたえること

■本人と慣れてきたら
 生活の場への訪問のメリットは、会話だけでなく、本人の好きなことを一緒にするという体験ができることです。たとえば、一緒にゲームをする、ペットがいたらそれにふれる、散歩をする、一緒に喫茶店に行く、などです。「本人がやってみたい何かを手伝う訪問」になると、訪問の幅も広がります。選択肢として「一緒に相談機関まできてみる」という、課題もいれ、本人の活動が広がることを応援します。仕事や勉強といった課題にどのように取り組みたいのかということにもふれ、その実現のための工夫を一緒に考えるということもあります。
 なお、本人が単身で住んでいる場合などには、互いの緊張を解くために、一人での訪問は控え、複数で訪問するなどの配慮が必要でしょう。

本人と家族が一緒にいるところに会いに行く訪問
 ときには、家族と本人が一緒にいる場所で話ができる場合があります。家族療法に詳しい方は別として、一般的には、親や本人のどちらかに肩入れしすぎてしまい、家族のあいだの板ばさみになることがあります。訪問の当面の目標は、「家族全体の応援者がいる」ことを伝えることです。たとえば、次のような工夫は会話をつなげていくのに役にたちます。
 ・どちらかといえば、親に6分、本人に4分程度の肩入れをめざす。これは、本人と家族の意見が対立するようなときに、本人に肩入れするあまり家族に対して否定的になってしまいがちなことへの戒めです。逆に家族に100%の肩入れでもうまくいかないことはいうまでもありません。
 ・本人・家族に共通する話題で、雑談をする。その際、本人のコメントと家族のコメントの両方を聞く。そのときに、援助者自身の体験も少し披露できると、よい関係づくりができるようです。
 ・本人のすでに出来ている点、家族のすでに出来ている点などをていねいに会話の中から拾い上げていきます。「何が問題なのか」というのは、しばしば聞かれる問いですが、安易に答えを見出さないこと。「今まで体験したちょっとでもよい状態」のときのことなどを詳しく聞き、解決の糸口を一緒に考えること。
 ・本人に関する話題ばかりでなく、家族に関する話題もとりあげる。ときには、本人とは無関係の話題に、本人がコメントを述べるような場面も良いようです。
 ・本人と家族の意見の食い違いがあるときには、違いがあることを、ていねいに確認すること。そして、「お母さんは○○というように考えているんだけれど、誰々さんは××と考えているわけだ。そういう考え方の違いがあるんだね」というようなおさえ方をすること。けっして、片方の意見のみを優遇するようなことはないようにすること。
 ・暴力のような、危険な行為に関しては、援助者の見解を明確に述べること。


 -3 家族向けの心理教育的グループ


家族が集まることの意義
■「ひきこもり」の家族援助の基本は個別面接での関わりです
 家族の回復に向けた援助の基本は、個別の面接です。援助者との間にしっかりとした信頼関係が作られ、家族が安心感を持てることが非常に重要です。

■同じような問題を持つ家族が集まることにも意義があります
 ときには、家族の焦りなどが影響して変化が起きにくかったり、有効な変化が得られるまでに時間がかかることもあります。同じような問題を抱えている複数の家族で構成されるグループに参加することは、「特殊な問題を抱えてしまった」と感じていた家族がよく似た立場の人に出会う場となり、孤独感の軽減や大きな安心感が得られる場ともなります。また、それぞれに困難を抱えつつも、問題に対処してきた者として会話をしていく中で、それぞれが抱えている問題への対処がしやすくなり、変化が促進されることもあります。

心理教育的アプローチとは
■心理教育的アプローチは、家族を元気づける援助技法です
 心理教育的アプローチは、慢性的な疾患や長期にわたる問題を抱える家族を援助するために用いられる技法で、情報提供の場と相談の場の二つが中心となります。それにより、正しい知識の習得、孤立感の軽減、よりよい工夫のためのヒントなどを得ることができます。
 心理教育的な援助は、個々の家族とおこなう場合と、グループでおこなう場合があります。グループ形式で実施することで、相互のやりとりの中から新たな問題解決の可能性の選択肢が広がる、コミュニケーション能力が向上するといった効果も得られます。グループに参加するということは家族の社会参加の機会となり、家族の居場所として機能することもあります。

■「ひきこもり」の家族への心理教育の効果
 家族を対象とした心理教育的グループはこれまで統合失調症などを中心に発展し、患者の再発率を低下させ、生活を安定させるといった効果が報告されています。心理教育的グループは同様に慢性に経過することが多いその他の問題(たとえば摂食障害や老人介護)を抱えた家族に対しても実施されるようになり、実証的な効果の検討もされつつあります。
 「ひきこもり」もまた、回復までには年単位の時間を要することが多く、慢性に経過して家族にも大きな負担となる問題と捉えることができます。心理教育的グループによって家族の負担軽減や対処能力の回復・向上がおきうるのではないかと考えられます。すでに相談機関の中では、家族相談会、家族勉強会といった名称でその心理教育の手法を取り入れた試みをおこなっているところがあります。
 しかしそれらの取り組みは「ひきこもり」からの回復への直接的な効果の実証には至っておらず、今後の経験の積み重ねが必要な分野です。このガイドラインの中では、すでに行われている「社会的ひきこもり」の問題を中心とした心理教育的家族グループの取り組みを、ひとつの参考として取り上げます。

グループをはじめる前に
※詳しい内容は成書を参考にしてください。
■グループの枠組みを決めておきます
 時間・開催回数を決めます。また、参加者同士が情報を共有しやすいという意味で、参加開始時期も一定期間内に限る方がよいようです。

■顔と名前が一致し、やり取りできる程度がグループサイズの目安です
 会場の大きさ、時間、スタッフ数によって違いますが7〜12人程度、スタッフを含めて10〜15人程度参加していると、落ち着いた雰囲気で、しかもある程度多彩な発言が得られるようです。
 参加者の属性(母親のみなど)については、グループの目標や機関の性質などによって決定しておくといよいでしょう。

■スタッフの役割分担も大切です
 スタッフの役割ではグループリーダー、ホワイボードを使った板書係などがあります。人数に余裕がある場合は、情報提供や記録の係を別に決めておくとよいでしょう。

■グループの進行を明確にしておきます
 グループの進行(時間割)を明確にしておくことは、参加者の不安や孤立感の軽減に役立ちます。また援助者自身の安心感にもつながります。毎回の進め方や簡単なルールは、掲示してつねに参加者で共有できるようにしておくといよいでしょう。

心理教育的グループの進め方
 実際のグループは、主に援助者側からの情報提供の時間と、参加者同士で具体的な問題の解決に向けた話し合いの時間とに大きく分けることができます。以下の例を紹介します。

(1) はじめの挨拶:参加者の労をねぎらったり、進行の説明をします。
(2) ウォーミングアップ:例えば”良かったこと探し”などを全員で語らいます。
(3) 情報提供
(4) 話し合い
1)テーマの決定
2)現状・困っていること・解決したいポイントを明確にする
3)アイディアを出し合う
4)相談者がすぐに取りかかれそうな、アイディアを選ぶ
(5) 感想:参加者、スタッフ全員で感想を述べます。
(6) 終わりの挨拶:参加してくださったことへの感謝、次回の連絡をします。

心理教育的グループ運営上の工夫
■ゆっくりと休憩時間をとることにも、大きな意味があります
 休憩時間は家族同士で一息ついて交流する時間にします。お茶などがあるとリラックスしたコミュニケーションがとりやすくなることもあります。

■グループ進行では、なるべく柔らかな雰囲気を作ることが大切です
 グループにおいて、ここでは話をしても大丈夫だと感じられる雰囲気を作ることが、重要です。雰囲気作りはスタッフ全員の仕事でもあります。

■ドロップアウトを防ぐために
 回を重ねる中で、欠席者やドロップアウトしてしまう参加者が出てくることもあります。こうしたことを少なくするためには、以下の工夫があります。
 1) 前回休んだ場合でもグループの進行がわかるようにする
 2) 次回相談したいこと、要望などを書く欄を作り、対応できなくても何らかのフィードバックをする
 3) 情報提供は、できるだけ簡潔で理解しやすいように配慮する
 4) 発言者が偏って、他の参加者が置き去りにされないようにする

グループの効果をつねに評価していく姿勢が必要です
 グループを有効に活用していくためには、個別の面接の中でグループに参加する目的をきちんと位置づけること、家族がグループで感じたことや学んだことについて個別面接の中でもフォローしていくことが必要です。アンケートやアセスメント表を使用した、家族の主観的評価、面接者の客観的評価からグループの与える影響を見極め、機関内でもその評価を共有するようにして事業評価をしていくことが必要でしょう。

参考文献:鈴木戈・伊藤順一郎著 SSTと心理教育 1997 中央法規
後藤雅博編 家族教室のすすめ方 1998 金剛出版


 -4 本人向けのグループ活動

  -1デイケア・居場所


グループ活動の持つ意味
 個別の面接は二者関係が基本ですが、本人のグループ活動参加はそれを三者関係へと拡げるという大きな意味合いを持ちます。「ひきこもり」を起こしている場合、仮に本人が家庭や個別の面接から、外の社会に参加しようとしても、本人たちは対人関係や集団活動への不安、基本的な社会的経験の不足などにより幾つもハードルがあると考えられます。人によっては<「ひきこもり」からのリハビリテーション>をおこなう必要があるのです。「デイケア」や「グループ活動」への参加は、家庭と実社会の中間的な領域として家族的な関係から社会的な関係への質的な変化へと踏み出すことを意味します。
 こうした活動を進展するためには、非精神病圏のためのデイケア・デイサービスを拡充したり、新規に事業を立ち上げなくとも保健所などの精神障害者のためのデイケア・デイサービスを積極的に活用していくことが考えられます。

■本人にとっての意味
(1) 居場所としてのグループ
 本人が家族から離れ新たな居場所を求める場合には、学校や職場のような評価を感じやすい場所では、対人関係や集団活動の不安などのため、なじめないことがあります。そのため、取りあえず“そこに居るだけで良い”ところから始められる場所が必要になります。それが“居場所としてのグループ”です。同じような仲間がいる場所に、安心して居られることは、本人の孤立感の低減につながり、また“今のままの自分で良いんだ”という自己肯定感を育むと考えられます。
(2) 対人関係の中で自己を理解する場として
 集団の中に入ることは、ひとりや、家庭や援助者との狭い関係の中で得られる以上の自分への深い理解をもたらします。自分が他者に与える印象、他者がどのように自分について考えているか、どのような行動をとると相手が喜んだり不快になったりするか、など他者からの反応によって、これまで気づかなかった自分に気づくことができます。
(3) 自己表現の場としてのグループ
 グループ活動へ参加することで、自己表現の機会が増え表現を練習していくことにつながります。言葉による表現のほか、スポーツやゲーム、創作活動などを介した自分なりの表現をしたりする場合もあります。
(4) さまざまな経験の学習としてのグループ
 メンバー同士で話をしたり、趣味の活動をしたり、一緒に外出して行動するなどは、不足しがちな集団での経験や多様な社会経験を増やす契機となります。集団活動を通じ、新しい経験を獲得したり、これまでの経験を再学習しとらえなおすことができるのです。
(5) 通過点・足がかりとしてのグループ
 回復が進んだ場合でも、社会への一歩を踏み出すのは難しいものです。グループで学習サポートをしたり、あるいはグループで就労、ボランティアなどの経験をするなど、グループへの参加を足がかりにし社会への参加を勧めていくことも必要でしょう。
(6) 希望を抱く
 グループ活動では、自分が少しずつよくなっていくと実感し、また他の人がよくなるのを見ることからも、「よくなる可能性」について希望をもつことができます。本人が希望的かつ楽観的な見通しをもつことができると、回復の可能性が広がります。

プログラムの内容
 グループには、1)構造化されたグループワークとしての性格が強いもの 2)「溜まり場」としての機能を重視したピアグループとしての性格が強いもの、が考えられます。内容や開催頻度は機関など設置主体の性格によりさまざまだと思われますが以下に例を示します。

■構造化されたグループ活動の内容
 1)の場合、ゲームやスポーツ、パーソナルコンピューター利用などの技術獲得、創作活動など、何らかの活動を介在させてグループをおこなうことが考えられます。その場合、出来上がりや技術の習得によって充実感を得るために、専門家による講座開催を考えてもよいでしょう。また映画館や喫茶店など外部の社会場面を利用する内容などは、本人の社会的な経験や生活範囲を広げたりその評価に活かすこともできます。
 また社会参加への準備として、就労のためのトレーニングや体験就労などの就労プログラム、学習指導・大検受験希望などへの学習サポート活動の設置も考えられます。
 なお、本人がプログラムに意欲的に参加できるように、利用者である本人とスタッフが相談してプログラムを作成したりするなど工夫することも有効でしょう。

■「溜まり場」としての機能を重視したグループ
 活動レベルの高い構造化されたグループには不安や緊張を覚える人もおり、無理に参加すると疎外感を感じてしまう場合もあります。そこで、とくに目的や、することがなくても安心していられ2)の「溜まり場」としてのグループをすることもできます。ここでは明確な目的よりひとまず「空間を心地よく共有する」ことが目指されます。
 しかし場所を用意しておくだけでは、逆に何をしていいかわからなくなってしまうものです。読書やゲーム、スポーツ、パーソナルコンピューターの使用など、幾つかの選択肢を準備しておくこともよいでしょう。会話を促進したり、人間関係の調整に対応できるようスタッフを配置しておくのもよいでしょう。

グループ活動への導入
 こうしたグループ活動への導入の適否と時期と方法を整理しておきましょう。
(1) 個別での面接で、本人と援助者との関係が深まり、同時に本人の中から集団での再体験をしてみたいという希望が確認された場合、グループ活動への導入が検討されます。
(2) 本人がどのような意図や目標でグループに参加したいのかを確認し、それをサポートしておくとよいでしょう。これは、グループを卒業して、新しいステップに移行する場合にも、目標達成を確認するという意味でも必要になってきます。
 ですが、これは「友人の獲得」や「他者との会話」などの大きな目標でなくてもよいのです。大きな目標をたてると、逆にそれが失敗して、負の体験が積み重なることもあります。「とりあえずそこにいてみる」「5分間参加する」「挨拶してみる」など小さな目標設定も大切なことです。また期限限定の参加を目標とするなど、「とりあえずの練習」という位置づけにしておくのもよいでしょう。
 とくに、たまり場の性格を重視したグループでは「何もせずとも安心できること」が求められますので、目標をたてることなく「そこにいることを試す」ことを優先させてよいでしょう。
(3) 最初は、参加する時間や活動に幅を設けるなど“見学参加”という位置づけをしてみます。少し低いハードルを設けて、援助者が本人と一緒に検証して行きます。最初は「転校生」と同じですから、本人の緊張などでなじみにくいものです。皆に受け入れられようと努力をして疲れてしまう場合や、集団から距離をとって自分の世界に入って安定しようとする人もいます。こうした緊張や不安の中で本人がスタッフをふりかえったときに、スタッフは傍らについて、それをうけとめられる体制を作っておくとよいでしょう。
 なお、1)構造化されたグループと2)溜まり場としてのグループが二つある場合には、2)のグループをベースとして、1)のグループに徐々に参加していくことも可能です。

いくつかの留意点
■定期的な個別面接の継続
 グループ活動への参加ができても、個別の面接は必ず必要です。グループでの活動は、社会活動になれない本人にとってストレスフルな状況であることも多いものです。グループを離れても、話ができる人がいることを保障し、「辛い・しんどい」時にはそこに戻れるという構造を保つことで、社会的な場面でも安心して生き生き活動できるのです。
 親との面接も本人の年齢にもよりますが、適宜実施した方が良いと思われます。それまで密接な関係であった親が、本人がグループに定期的に出ていくことで喪失感を味わったり、本人に一見無関心のような状態(機関へ任せきり)になることもあります。親子間で適切な距離感を保持してもらうためにも親との面接の継続は有効です。

■さまざまな情緒・葛藤の再体験
 グループという集団の中では本人が傷ついたり、望んでいたような相互理解ができず失望を抱いたりすることも当然起こりえます。あるいは人間関係につきまとう、妬みや怒り、不安などさまざまな葛藤や情緒を再体験することになるでしょう。
 しかし、こうした葛藤や情緒は事前に防止するのではなく、逆に社会的な関係の中では、当然そのような体験もありそれを成長に繋げる、という発想をするとよいでしょう。以前本人が混乱した情緒を感じた時には、自分一人でその混乱を抱え込むことも多かったと思われます。それに対し、グループでの情緒の体験は、相談員が定期的な個別面接の中でよりそって一緒に考えるという構造になります。これは以前の体験を修正する大きな契機となりますし、もし状況への対処が可能になれば貴重な成功体験となります。

■グループ活動からのドロップアウトについて
 対人関係に不安や緊張を覚えがちな本人にとって、グループ活動になじめずドロップアウトしてしまうことは往々にしてあるものです。これを防ぐためには、参加を期間限定にする、目標を小さく設定してみる、あるいは「練習」というスタンスをとる、などの工夫がありえます。ドロップアウトした場合は、またいつでもグループ活動に戻れることを保証し、再びわくかもしれない本人の自発性をキャッチできるようにしましょう。
 また、自機関でおこなっているグループ活動になじまなかったからといって、その本人にはグループ活動は全くなじまない、と判断するのは性急です。他の資源の活動や、あるいは精神障害の作業所・デイケアなどなら合っているのかもしれません。1つでもその本人が落ち着ける場所がみつかればよいのです。色々な選択肢を検討しましょう。

■グループの対象者に関して
 年代別や性別など対象者の属性でグループをわけたり、ニーズごとにグループを組織化することも考えられます。対象者が均質な場合はニーズがはっきりし、目的も明確になるというメリットがあります。他方、さまざまな人が混在するグループのほうが、コミュニティに近いため、多様な経験ができるという観点もあるでしょう。対象者のニーズ、自機関の状況などをもとに、どのような組織化をするかを検討しましょう。

■精神障害のデイケアなどのグループ活動への導入
 本人の参加者数や予算などにより、グループ活動を単独で組織化できない場合には、精神障害のデイケア・デイサービスなど、既存のグループ活動を積極的に活用することもよいでしょう。その場合本人の希望やイメージとは一致しないサービスであることも考えられますから、導入の前に、既存のサービスの内容を説明し、そのうえでどのような目的で参加するのか(例えば「友人をつくること」、あるいは「ひとまず家庭外の場所へ参加してみること」)を明確にしておくことが必要だと思われます。

スタッフの役割
 できれば、グループをサポートする職員なりアルバイト・ボランティアがいると、メンバーの動きの観察ができて望ましよいでしょう。
 スタッフの役割は、話題の提供や、うまくなじめない参加者のフォロー、その場の暖かい雰囲気を作り出すこと、本人が能動的に参加して「自分はできている・やれている」と感じられるようにサポートすること、などです。そのためスタッフはリーダーシップをとりすぎず、並列的な「仲間意識」を感じさせるとよいでしょう。


   -2 SSTグループ


 本人グループの一つにSST(Social Skills Training 生活技能訓練)という援助技法があります。SSTとは人が生活していくために必要とされるコミュニケーション能力(技能)が、障害や環境などによって衰えてしまったり、身についていない状態に対して個別やグループを利用して学習していくものです。
 「ひきこもり」自体は病気や障害が原因と言うことではありませんが、ひきこもっているという環境によって、「人とつきあっていくやり方」が使われなくなることで鈍ったり、本来、人と関わることが多い若い頃からひきこもっていることによって「やり方」を学ばずに時がたってしまったということもあるように思われます。
 SSTの実際のやり方やロールプレイの進め方は「ひきこもり」独自ではないので、SSTに関する成書を参考にしてください。しかし、「ひきこもり」状態にある人を対象としたSSTグループを維持・運営していくときには、精神病圏のケースとは違う配慮が必要なので以下に述べていきたいと思います。

SSTグループ活動をする上での留意点
■動機づけについて
 本人グループなどへの参加をはじめたり、就労を意識しはじめたメンバーからは「友人を作りたいがどのように声をかけていいかわからない」「何を話していいのかわからないから世間話や雑談が苦手」とか、人と関わることで自分の守備範囲を広げていきたいというコミュニケーション能力に関するニーズをもっているため、SSTに対する動機づけは比較的得やすいようです。
 しかし、全体的には、SSTに参加して対人技能を学習しようというモチベーションは必ずしも高くないかもしれません。根本的な問題として、彼らには人と親密に関わろうというニーズが希薄であることも多いからです。この時点で援助者はモチベーションやニーズを明確にしようとしすぎるよりも、まずはグループにつなぐことを目標にした方がいよいでしょう。

■場面が少ない
 各自の目標を身近な生活場面に切り下げることや、それらを宿題として実行し現実の場で活かしていくことの難しさがあります。これは、本人がごく限られた範囲内だけで日常生活を送っていることが起因しているとも考えられます。本人たちからなかなか場面が出ないときには、援助者側がストレスとなりうる日常生活のさまざまな場面想定したことが書かれた「場面カード」を利用したり、ご本人が日常生活を維持していくために使っていたり、もっている力を知るために「生活技能アンケート」を実施して具体的に提示する方法が有効です。

■自己開示に抵抗感が強い
 自分のことを集団の場で語ることを避けようとする傾向は、「ひきこもり」ケースでは比較的共通してみられます。「場面カード」の利用は現実の事ではなく、あくまでも想定された場面ですから自分自身のプライヴァシーを開示しなくてもすむという利点もあるようです。
 SSTはグループで行わなければいけないものではありませんから、あまりにプライベートすぎる場面の時には、個別面接のなかでSSTを応用したやり方を利用することも有効です。

■課題が出せない
 グループを進めていくと「練習する課題がない」「相談したいことがない」と発言するメンバーがいます。自分の課題に直面することを避けている人に多く見られる傾向です。
 あるいは、自己開示に抵抗感が強いために、人と関わるとしても、自分の内面や生活史にふれられないような技術を身につけたいというモチベーションで参加するメンバーもおり、ひきこもりがちな傾向を改善しようとするよりは、人と関わることや、さまざまな場に参加するような機会を避けるためのやり方を身につけようと課題を出してきます。その場を切り抜けようとするやり方を身につけていくことも対処方法の一つだと思いますが、「なぜ避けるのか」について話し合える個別面接をすることでその人自身の方向性や希望を捉えていくことも必要です。
 しかし、こうした不安や葛藤を持ちながらも、SSTで現実的な行動レベルの対処方法と、日常生活のなかで切り抜けられる場面が増えることで、不安・葛藤が軽減されるケースもあります。たとえば「招待されてしまった友人の結婚式での振る舞い」や「美容室に行く」など、現実的に直面していく状況として予想される場面での行動をあらかじめリハーサルしておくことは社会に参加する上で大切なことだと思います。

■ドロップアウトと個別相談の併用
  援助者と当事者がいくら心地よい場をつくっていくように努力していっても、「ひきこもり」という性質上、グループに参加しない方やグループを避けてしまう方がいるということは常に直面し続ける課題です。
 安全な居場所としてのグループ運営に配慮することはもちろんですが、大切なことはドロップアウトを防止することよりも、グループからひきこもる心の動きについて本人との間で十分に話し合える時と場を共有していることです。彼らがどのようにグループを体験したのかを個別相談の場で話し合い、SSTの場面でのエピソードをすりあわせることで本人と援助者間の理解が深められる機会にもなります。
 発達障害圏のケースに対しては、前述の他に、さらに工夫と配慮が必要になります。わかりやすい言葉で簡潔に話す、一つの行動を実行する小さな要素にわける、社会行動を構成するいくつかの標的行動を順番に練習する、一つの行動を繰り返し練習する、「板書」や「お手本を示す」などの視覚的な手がかりをより多くすることが必要になります。彼らはグループに参加していても、流れについて行けず何となく浮いている印象があり、そのままドロップアウトするケースがあります。十分マンパワーがあれば、発達障害圏のケースを対象としたグループを立ちあげることで安定した場を提供することができるかもしれません。

■歪みを修正する
 SSTは認知行動療法に基づいていますので、彼らの認知の歪みを修正することを目的に利用することもできます。相手にうまく伝えられなかったことを気にしたり、緊張してあがったり、赤面したりして恥をかいたという考えにとらわれ、その結果、対人交流の場を避けようとしていたり、十分なスキルを持っているのに、実際の場面でやろうとしなかったりすることもあります。
 ロールプレイをとおして、その方法で十分相手に伝えられていること、その方法では相手に笑われることはない、などを伝えることによって、認知の歪みを修正してくことができるのです。

SSTの使い方
■より目的をしぼった活用の方法
 前述のように、彼らは自分のことを集団のなかで語ることを避ける傾向があります。個人の課題を出してロールプレイをするよりも、たとえば他の集団(たとえば自助グループなど)に参加し始めた人などを対象にしたものや、就労準備などを目的にしたSSTや共通課題(モジュール)などは、SSTへの参加への動機づけがはっきりするうえ、SSTの構造自体も明確になります。
 いかに本人のニーズや目標の共有をはかりながらSSTグループを運営していくかが大切になるでしょう。

■複数のプログラムのなかの一つとして位置づけた利用方法
 SSTはそれだけで効果があがるものではありません。実際の生活場面で活かせてこそ身に付くものです。SSTを、スポーツ、音楽鑑賞などの活動や、話し合いなどいくつかのプログラムのなかの一つとして位置づけて利用すると、参加する本人たちにとっても選択肢の幅が広がり、スキルを実行する場面も増えると思われます。また、複数のプログラムがあることで、SSTが自分に合わなかったときもグループへの参加の保証が可能になります。
 メンバーとともにショッピングや喫茶店に出かけることは、SSTを現実的な場面で取り組むことになりスキルアップにつながりますし、その中から現実的な課題が明確になり、次回のSSTで練習していくこともできるでしょう。
 援助者は、メンバーがSSTという技法を使ってどのようなコミュニケーション能力を学習したいのかを常に共有しながらグループを運営していきましょう。

参考文献:東大生活技能訓練研究会編 わかりやすい生活技能訓練 1995 金剛出版
Alan S.Bellack他著 熊谷直樹他監訳 わかりやすいSSTステップガイド上・下 2000 星和書店


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