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4節 ネットワークを通した「ひきこもり」への援助


 「ひきこもり」は原因がひとつに求められるような「単一な疾患」ではないので、地域保健の立場からは多面的な関わりを必要とします。また援助の際に生物・心理・社会的な側面からのアプローチが必要となりますが、結局目標は再社会化なので、多様な人が関わる(多様な機関が関わる)ような、より社会に近い形が望ましいといえます。
 一方地域精神保健福祉サービスとして予防的側面から考えると、一次予防・二次予防・三次予防のそれぞれにネットワークが必要とされます。

必要とされるネットワーク
(1)早期介入・予防のためのネットワーク(教育領域との連携)
子育て支援、ハイリスク児への支援
不登校の遷延化予防のネットワーク
(2)緊急対応ネットワーク(医療・司法領域との連携)
(3)回復支援ネットワーク(地域の社会資源との連携)
家族の継続相談から社会資源との接触へ
緊急対応での処遇から引き続いての支援

 ここでは「回復支援ネットワーク」のうち主として継続相談から社会資源へのネットワーク形成について述べることにします。
 先に述べられているように、「ひきこもり」の支援は家族相談から始まります。たらい回しにならないようにいったん受けとめて継続相談とする必要がありますが、多面的問題である以上、必ず他の援助機関や社会資源と連携する、あるいは紹介する必要が生じてきます。むしろ逆に言えばひとつの機関でずっと援助しようと思わないことも大事なのです。そうすると効果的に「連携する仕方」が大事だということになります。

三者関係を作る
 例えば、保健所で相談を受けて精神保健福祉センターへ心理的・医療的アセスメントあるいは家族教室参加のために紹介する場合を考えてみます。その場合の原則は以下のようなものです。
  (1)紹介は機関宛でなく、あるいは部署宛でなく「個人」宛におこなう
  (2)紹介した後も家族から報告をしに来てもらい相談を継続する
  (3)家族の了解を取って紹介先と役割分担を協議し、継続する
 紹介するときには、それぞれの地域でそれまでの機関同士のルールがあるから、それを無視するわけには行きませんが、紹介はできる限り「応対やサービスの内容がよくわかっている個人宛に」おこなうのが原則です。さらに「紹介」が家族にとって「見捨てる」「たらい回し」にならないために、「紹介してもこちらを継続する」ことが重要です。これによって紹介をすることで関係機関(関係する人)が増えることになるのです。
 とくに医療機関への紹介はつながりをすぐにきらないことが大切です。たとえ医療的関わりが主になっても、将来的に「地域で生活する」部分は残るし、家族はそれまで通り地域で生活しているので相談は継続する必要があります。
 紹介先の機関(人)との協議は、よく知っている紹介先であれば事前におこなうことになりますが、紹介先で話をした上で役割分担を決めることになります。例えば「センターでの家族教室が月1回で、保健所での相談がその2週後で都合月2回家族が行くところがある形にする。緊急時の連絡先は保健所」などと決めます。同じ様な家族相談を2カ所でおこなうのに意味があるかと言うことになりますが、相談に行ける場所は1カ所より複数がよいと考えます。担当者が休みの場合や、立場の違う見方がある方が、より「社会に近い」かたちだからです。
 これでネットワークの基本である3者関係ができます。これと同じパターンで、紹介先の精神保健福祉センターが医療機関を紹介しながら家族教室も継続する、あるいは保健所では、市町村の保健師さんに依頼しながら相談を継続する、などとそれぞれのできる範囲で増やしていけばネットワークができていきます。

それぞれの機関内でのネットワークの増大と強化
 保健所、精神保健福祉センターそれぞれの機関の中でも、「ひとりで」対応しようとしないことが大切です。先に述べた「3者関係」を作るやり方は、同じサービス機関の中でもチームワークと連携を作るのに有効です。それぞれの職種や職制によって役割分担を決めておきます。これは担当者が休んだときにも、他の人が対応できるようにするためでもありますが、本人が登場したときに「すでに形成されている肯定的な社会関係」の中に入ってくる、ということのためでもあります。「複数で関わる」「重層的なサービス」という考え方が大事なのです。

新しい社会資源の開拓

 ●すでにある社会資源

医療 精神科・心療内科・小児科・産婦人科
保健 保健所・精神保健福祉センター・市町村保健師
福祉 児童相談所
教育 教育センター・市町村教育相談所・学校
司法 思春期対策に関する窓口(電話・補導員)
一般 市町村相談所(女性相談) 助産(子育て支援)

 最初の窓口となったり、その後も相談に応ずることのできる機関は、実はかなりたくさんあります。けれども、そのどれもが「ひきこもり」についての専門的な場所ではなく、本人が来ないと相談継続するのが難しい場所であったりします。しかし、うまく依頼することによって、保健領域以外でも少し役割を担ってもらうことも可能です。学齢の時期を過ぎると児童相談所や学校、教育相談所などの教育関係は難しいようにも思えますが、学校時代のいい関係を取れていた先生や部活動の先生などが有効な社会資源となる場合があります。また家庭内暴力などがあるときに近くの駐在所の警察官が訪問して家族の力になっていることもあるのです。ただ職務の性質上、他機関との連携が取りにくい場合があるので個人的、一時的な援助にかぎられてしまっていることが多く、連携を取る必要があります。
 医療は多くの場合本人主体で、とくに明確な疾患ではない家族の相談は近所の診療所でも継続が難しいのですが、保健領域が主に関わっているときには、一部の役割をになってくれる場合があります。精神科領域だけではなく歯科医やアトピー、喘息などの慢性疾患の主治医と市町村保健師の連携で社会的場面を増やしていける場合もあります。

 ●民間の資源:
 最近は「ひきこもり」を対象とした、ボランティアグループ、家族会、フリースペースなども徐々に増えています。そういうところとも当然ネットワークを作って行く必要があります。とはいうものの、まだこういった民間の社会資源は一部地域に限られています。今ある社会資源とネットワークを作るというよりも、そういったものに発展していく芽を育てるというかたちのネットワーキングが要請されています。

 ●インフォーマルな社会資源:
 家族が持っている社会資源を発見し広げる事も重要です。たとえば本人の友人、家族の友人、親戚、近隣、宗教関係などです。遠くに離れている兄弟などでも意外に影響力がある場合があり、本人への働きかけの有効性とともに、家族が地域社会や親類などの中で孤立しないことが結果的にはよい方へ進むのです。

 ●どうやって普段から連携をとるか:
  (1)研修会や講習会をネットワーク形成の場所として考える
  (2)家族教室をネットワークの場所として考える
 研修会や講演会はいろんな機関に呼びかけます。家族教室をおこなうときにスタッフは実施機関だけではなく他の機関の人にも参加してもらうようにします。情報提供の役目を取ってもらってもいいし、企画段階から参加してもらってもよいでしょう。

本人を支えるネットワーク
 本人がこの様なサービスのネットワークに登場してきても、いきなり相談機関の担当者と深い関係を結ぶことはありません。むしろそういう結びつき方は多くの「ひきこもり」を続ける人にとっては怖いことです。そのため、最初は当たり障りのない関係が少しずつある方がよいでしょう。そのためには、家族が「たったひとりの偉い専門家」のところへ本人を連れてくる、というパターンのイメージよりも、家族を支えているいろんな普通の人の集まりの安全なネットワークの中へ入る、というイメージがよいでしょう。信頼できる個人的関係は重要ですが、その関係は「支援ネットワークの代表」というかたちでつながるのが望ましいのです。
 家族の継続相談から、訪問などをきっかけにして援助者と本人の関係ができたり、あるいは本人が相談機関や医療機関のカウンセリングに、あるいはフリースペースに通うなど動き始めた場合も、それまでの家族を支えたネットワークは維持する必要があります。できれば本人と家族の担当者は違う方がいいし、必然的にそうなるでしょう。そこでも本人を含めた家族へ重層的に支援サービスがある、というかたちが理想的です。
 このように、本人が登場し継続的に接触できる場合には、それまでの相談機関のネットワークに加えて地域にある精神障害者のリハビリテーションのための施設やサービスが使える場合があります。地域生活支援センター、作業所、クラブハウス、セルフヘルプグループ、家族会のおこなう支援活動、職業リハビリテーションの施設やプログラム、などです。現在でもこういった施設やサービスには以前と違って人格障害や神経症圏の利用者がかなり増えており、チームが組めてバックアップがあればかなり対応できている場合もあり、重要な社会資源になりうるものです。

緊急時ネットワーク
 緊急対応のためのシステムとネットワークについては本書の他のところで述べられています。ただこのような司法、医療も含めた緊急・危機のときこそ、関係諸機関が一同に会し、役割分担をおこなうときで、ネットワーク形成にとっては千載一遇の機会であると考えるべきでしょう。当然本人との接触もあるわけで、そこからスタートするときには関わった諸機関のネットワークが、その後も維持され、家族と本人への支援ネットワークへ繋がるように考えるべきです。いわば緊急時は通常の継続的なネットワークの特殊型と考えるべきで、「どこかに処遇するため」だけのネットワークではありません。問題はその後にあり、十分医療機関や司法機関と連携して、いつ地域に戻ってもいいような態勢にしておくことが大事です。

ケースマネージャーの必要性
 ネットワークを利用して支援する、あるいは必然的に支援はネットワークを必要とします。その場合、複数の機関がある種統一的にとりあえずの目標を共有して役割分担することが必要です。それが、サービスの調整と統合であり、基本的には家族、本人のニーズに基づいて行われなければなりません。そうすると必然的にどこかの機関の誰かがケースマネージャーとして振る舞わなくてはならなくなりますし、そうすることが有効になります。

まとめ
 家族支援のスタートから重層的なサービスを心がける
 どこの機関もある意味では非専門家なので一部ずつ役割分担する
 サービス提供機関同士、機関内のスタッフ同士も「ひきこもらず」オープンに今あるサービス機関、社会資源を少しひきこもり向けに衣替えするように働きかけること


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