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3節 本人に会えたときの基本的態度と見立て


 ひきこもっていた人が、相談の場に出てくるのは、来所であれ、自宅であれ、また表面的な態度はどうあれ想像を絶する努力をしているのです。このことを念頭において、援助者が本人と出会ったとき、本人がどのような体験をすることが目標となるのか、そのために援助者はどのように対応したらよいのかについて述べてみます。

最も大きな目標は、本人が相談について安心感や安堵感を体験することです
 本人との出会いにおいて、どのような疾患が存在するかどうかを検討するよりも、適切な情緒的態度に基づいた問題の見立てが大切です。「ひきこもり」の人との援助作業における失敗は不正確な診断によるのではなく不適切な情緒的態度によることが多いのです。彼らは多くの場合、「人と親しくなりたいが、親しくなると、人に支配されたり、見捨てられたりして自分が傷つく、しかし孤独ではいられない」というジレンマを持っています。つまり、この大目標は、援助者による、本人が安心しながら成長できるような環境作りといえます。

大目標を達成するために、本人が体験することが望ましいのは以下のような9項目です。援助者は、それらの達成にむけて対応しましょう
1)相談の場にくることが出来た価値を、本人が知る
 援助者は本人に会うことが出来たら、まず話を聞くよりも前に「出てこられたこと」「人と会えたこと」をねぎらうことが必要です。これまで、一人でがんばってきた、どうにかして今の状態を変えたいとここまで出てきた、ということは非常に大きな努力のもとになされてきたことです。たとえ表面的に無関心・沈黙といった態度をとっていても、「いま、ここにいる」ということは「ひきこもり」から次の一歩を踏み出そうとしている彼らの努力の現われなのです。このことを評価する態度で接することで、本人へのねぎらいの気持が自然に伝えられるといよいでしょう。

2)何を話しても大丈夫だという感触を、本人が持つ
 援助者は、まずは、ごくゆるやかに会話を始めましょう。本人は援助者に対して「分って欲しい」と思いながらも「分ってくれるはずがない」「分られるのが怖い」「分られてたまるか」という気持を抱いている場合があります。また、長期の「ひきこもり」によるコミュニケーション能力の低下や過去の不幸な相談歴といったさまざまな理由のために、人に対する信頼感を最初から十分持てないでいる場合もあります。このように、ジレンマを抱えながら相談に来ていることを念頭に置きつつ話を聞いていくことが重要となるでしょう。
 「君の問題はかくかくしかじかだ」と問題に急に切り込もうとしたり、「ひきこもり」の原因を追求したりせず、ゆっくりと本人の気持をわかろうとする「待ち」の態度が必要です。ここで大切なことは「待ち」というのは消極的なものではなく非常に能動的な態度を意味しているということです。援助者が先走ることなく、本人のペースに合わせるということです。本人の趣味や興味あることなど、話の出来そうな話題を探しながら、関心をもって接することが必要です。過度に同情しすぎず、かといって批判的にならず、どちらかといえば淡々と、人として尊重しつつ、「大切な話も茶飲み話をするように」接することができたら、本人はずいぶん楽になります。何を話しても自分は責められない、認められているということが伝わると、徐々に緊張がほぐれてきます。

3)相談への期待を、本人が表現する
 このようにアプローチしながら、援助者は本人が相談に対する期待について話をするように質問します。彼らは「ただ会ってみたかったから」「他の相談機関にいっているがそれでいいかどうか確認したい」「期待などない」「親に言われて仕方なく」など、建設的なものから否定的なものまで、いろいろな期待や動機を持っています。概して、相談するという経験に関して、本人はいままで期待はずれで落胆していることが多いのです。
 大切なことは、相談に対し否定的な気持を表現したなら、「言いにくいことをきちんと言えた」と評価することです。また家族の意向であると言ったら、「よく、家族の意をくんでくれた」と、それを引き受けた本人をねぎらいましょう。自殺企図や暴力といった危機的状況は、変化したいという願いや相談への期待の表れである場合もあります。本人の主観的な期待を尊重し、肯定的にとらえなおすという作業が必要なのです。本人の期待や動機についての詳細はIV章1節1項を参照してください。

4)今困っていることを、本人が言葉で表現する
 期待とは別に、本人が今、何に困っているか尋ねてみましょう。「ひきこもり」に困っているのは自明かもしれませんが、そのどこにどんなふうに困っているかを聞いてみます。あるいは、本人は「ひきこもり」とは直接関係のないことに困っている場合もあります。
 今まで相談にこないで今来ているということは、本人の周りで何か新しい出来事がおきている可能性を示唆しています。「家族の誰かが病気をした」「父親が引退した」「兄弟が進学した」など家族内の変化やライフサイクル上の変化、社会の変化などが本人に影響を与えているものです。どんなつまらないことでもよいのです。専門家から見てつまらなくても、本人にとっては「大したこと」なので、口にすることが出来た場合は丁寧に扱います。

5)今困っていることにかかわるいろいろな要素について、本人が言葉で表現する
 しばしば、本人は何かにこだわっていて、関心の幅が狭くなっています。そこで、今困っていることを言葉で表現できたら、つぎにそれにまつわる出来事や経験をひとつひとつ丁寧に聞いてみます。この場合、「根掘り葉掘り」的になったり、「深追い」しないことです。援助者が本人のあらゆることに関心を持っていることを示すだけで十分です。それによって、本人の関心や気付きの幅が少しでも広がればよいのです。

6)今までの相談歴の結果について、本人が言葉で表現する
 「ひきこもり」の場合、これまで本人は、援助機関であれ学校の教師であれ、何らかの相談をした経験をもっているので、それらの結果について聞いてみます。これは、今後の対応を考えることに役立ちます。本人は、それまでの相談がうまくいかなかったと判断している場合が多いのです。援助者は、本人の落胆した気持を尊重しながら、「どのようにうまくいかなかったのか」「多少役に立ったことはなかったか」といったことについて一緒に考えましょう。そうすれば、同じ失敗を繰り返す危険が少なくなります。

7)いろいろな援助者や援助機関があることを、本人が知る
 今の社会には、多種多様な、そして異なった特徴をもった援助者や援助機関があります。これらの情報を本人に伝えます。その際、口頭だけでなく書いたものを手渡し、具体的な利用の仕方を説明するのがよいでしょう。案外、本人はこうしたことについて知らないのです。あるいは知っていてもその具体的な使用の仕方を知らないのです。この作業は、本人が継続的援助について複数の選択肢をもつこと、それらを主体的に選択できる可能性を知ることを意味しています。そして「ここで失敗しても別がある」という安心感を与えます。

8)今出来ていることを本人が言葉で表現し、持続する。どんな風になれたらよいかを援助者と一緒に考える
 以上のようなことに留意しながら、援助者は本人と一緒に「どんふうになれたらいいと思うか」「そのためにはまずどんなことができたらいいか」「今出来ていることはどんなことか」などについて考えます。これは、本人と援助者が共有する行動目標を作る作業ですが、それらはごくごく小さな具体的な行動レベルで作り上げられる必要があります。これができると、援助が少しずつ動き出します。早急な変化を求めるのではなく、まずは「歯を磨く」「近くに買い物に行ける」など、今出来ていることがとても大切で、それを続けていくことが貴重であるというメッセージを伝えることが重要です。
 最初、「どうなりたいか」についてはっきりしたことが言えるのはとても難しいことです。「わからない」から「ひきこもり」を続けている、とも言えるわけで、最初この話題をめぐるやりとりは曖昧なものになりがちです。しかし、援助者が本人の可能性を信じ、「未来にはいろいろな選択肢もあるはず」ということを強調しつつ、ともに考えていくうちに「「ひきこもり」ながらも、こんなことが出来ていた、とかこんなふうにできたら」「調子が良いときには、こういうことがしてみたい」ということが作り上げられていくのです。もちろん、このようにとりあえず立てられた目標は、これから始まる援助や相談の中でどんどん姿を変えていき、それらにそって援助方法も多様化していきます。

9)本人がまた来てみようという気持を示す
 本人との出会いは、どんな場合であれ1回で終わらせないことが大切です。本人の相談に対する期待によっても違いますが、ここまで述べてきたように、本人の希望を尊重した「やってみたいこと」という、具体的でごく小さな行動目標を作り上げたならば、必ず次のアポイントメントをとることが大切です。小さな行動目標は、「本人の質問に対し、今度来るまでに援助者が調べてくる」ということもあります。他の援助機関に紹介することになった場合は「その援助機関へ行く」ということが目標ですから、その結果どうなったかについて相談するために再度会う必要がでてきます。このように共通の目標を持ちながら、継続的に会うということが、「何か出来そうだ」「また来てみよう」という気持ちを引き起こすことに役立ちます。さらに、これまでのやりとりから得られた情報をもとに簡潔な問題の見立てを伝えることも、今後の相談へつなげる役割を持ちます。総じて言えば、最初の出会いがその場限りでの対応にならず、長期的取り組みに繋がるような姿勢と対応が必要なのです。

見立て
 見立てるという作業は、これまで述べたような大目標と9つの小目標を本人と援助者が達成するための努力です。その中で得られた情報を手がかりに、援助者が問題を整理するためのチェックリストを以下にあげます。つまり、見立ては、診断分類よりもっと広い視野からおこなう問題の理解と援助計画の立案を意味します。なお精神医学的な診断に関することはII章「関与の初期段階における見立てについて」を参照してください。

1)問題の評価
  a.入院などの即座の対応の必要性
  b.自殺の危機を考える
  c.現在のストレス状況を考える
  d.本人・家族に役立つ社会的資源を知る
  e.本人の長所を知る
  f.今困っていることを知る
  g.相談歴とその結果を知る
  h.相談への期待を知る
  i.継続的援助の可能性の評価

2)留意すること
 援助者は、この見立ての作業において次のようなことに留意する必要があります。
a.神話にとらわれない:特定の概念や流行の考え方にとらわれず多角的に理解します
b.縄張り意識を捨てる:ネットワーキングのために大切です
c.多忙を理由としない:失敗はしばしば労を惜しむことからきます
d.欠点の強調に陥らない:本人の長所を発見することが大切です
e.単眼思考に陥らない:幅の広い、複眼的思考が大切です


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