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III章.援助を進めるときの原則

1節 援助の目標立て


 前述したように、「ひきこもり」という状態は、しばしば本人の意思の力だけでは離脱することが困難です。そのため、適切な援助がないところでは長期化しやすいという特徴もあります。精神保健福祉の観点から言えば、柔軟な思考や行動が難しくなってしまい、日常の活動が制限されたり、社会参加が制約された状態とも見ることが出来ます。したがって回復にあたっては、さまざまな精神保健福祉のサービスを活用することが有用です。この節では、「ひきこもり」の事例に関わるにあたっての、支援の組み立て方のアウトラインを示します。そして、IV章で詳しく説明する援助技法の、全体のなかでの位置づけを明確にすることを目的としたいと思います。

目標1:家族との関係作り
 「ひきこもり」の援助は、状態像の特徴からいって、相談機関との接触の時点で、本人が相談の場に現れることがすくなく、家族など周囲の人々の相談としてはじまります。しかも、本人があらわれるまでにも時間がかかることが大抵です。したがって、必然的に家族への対応が援助において重要な要素になります。家族への援助の延長に、本人との関わりがあるのが定石と考えたほうがよいようです。持続的な家族との関係作り、そして家族のエンパワメントは、援助活動の基盤となるものです。
 具体的には以下のような活動が考えられます。
 ・相談機関での家族との個別面接
 ・「家族に会いに行く」家庭訪問
 ・家族が適切な情報を得ることが出来、他の家族と話し合える機会にもなる「家族心理教育」
 ・家族に対する、危機介入的対応

目標2:本人との関係作り
 「ひきこもり」の状態にある人は、対人関係に対する安心感が、しばしば損なわれているといわれます。とくに、あらたに会う人にどのように評価されるか、どのような関係になるのか、といったことにまつわる不安感や緊張感は、かなり強いようです。つまり、「ひきこもり」の状態になると、他者と会う事が、大仕事になってしまいます。
 したがって、援助する側に必要な事の第一は、相手を評価したり説得する事ではなく、まず相手に安心感を送り届けられるような、関係作りに努めることです。ひきこもっている人に対して、あなたを応援しようとしている人がいる、あなたの可能性を信じている人がいるといったメッセージがゆくゆくは伝わるように、まずは相手を傷つける意志のない存在として前にいることを表現できるようなふるまいをすることが最初の仕事になります。
 こういった関わりは、およそ以下のような活動を通じて実行されます。
 ・相談機関での本人面接
 ・「本人に会いに行く」家庭訪問
 ・電話相談・インターネット相談

目標3:アセスメント(見立て)
 関係作りをしながら、援助のために必要なアセスメント(見立て)をおこないます。現実的には家族のアセスメント、それから本人のアセスメントという手順になると思いますが、どちらも基本は同じです。アセスメントは「何が原因か」を明らかにすることではありません。「この人たちには、どのような可能性があるのか」「どのような生活を望んでいるのか」、「そのためにできることはどんなことなのか」ということを明らかにするために行います。やりとりのなかで情報を得て、これからどのように援助をおこなっていけばよいかを作りあげていきます。
 アセスメントは、最初から包括的なものができるわけではありません。アセスメントとは、別の言い方をすれば「相手を知る」ということですから、関わりが深まるにつれて、アセスメントも変わりうるのです。そこで、まずは、援助の初動が何をめざして行なわれたら良いかが明らかになるような、スケッチ程度のアセスメントからはじめます。
 家族にたいする援助初期のアセスメント(見立て)例
 ・家族のおかれているのは緊急事態か
 ・家族が今かかえている困難はどのようなものか
 ・家族がすでにできていることは何か
 ・家族の疲労度はどの程度か
 ・家族は本人とどのように関われるのか。同伴しての来所は可能か
◇アセスメントの内容は、援助者側のみが把握するだけでなく、「私たちはこのように、皆さんのことを理解しましたが、妥当ですか」と、ご家族に提示することも有用です。このようなやりとりで、「まず、どのようなことをしていくか」が家族とのあいだで明確になります。

本人に対する援助初期のアセスメント(見立て)例
 本人の場合は、直接最初から会えるとは限りませんので、その場合は、家族から得た情報でおおまかなアセスメントをすることになります。本人に会えたところで、ていねいなアセスメントが始まります。
 ■本人に会える前のアセスメント
 ・すみやかに医療が必要な状態かどうか
 ・緊急に関わりをはじめることが必要か
 ■本人に会えてからのアセスメント
 ・「ひきこもり」の中で本人がやれていることはどんなことか
 ・本人は、これからの生活がどのようになれたらと、望んでいるか
 ・本人の長所はどんなところか
 ・生理的情報:睡眠・食欲・便通・日内リズム
 ・精神活動についての情報:全体的な気分・気持ちにゆとりがあるか・あせりは強いかそうでもないか

目標4:プランニング(計画作り)
 アセスメント(見立て)をしつつ、これからどんなふうに相談を進めていくかというプランニング(計画作り)が始まります。プランニングは、家族や本人の当面の希望、望んでいることと、援助者側の見立て、考え方との折り合いの中で決まっていきます。プランニングは援助者側が勝手におこなうものではありません。家族や本人と「とりあえず、こんな風にやってみようか」と相談しながらつくりあげていくものです。「とりあえずのプラン」「半年先くらいまでのプラン」「もう援助が必要ないと思える最終ゴール」などが明確になるとよいと思います。しかし、以上のプランがいっぺんに作られるものでもありません。「とりあえずのプラン」を作りあげて、それにそって動いているうちに、少し先の見通しもついてくるということでよいでしょう。
 このうち、もっとも具体的で明らかであることが必要なのは「とりあえずのプラン」です。このプランが現実的で実行可能であることが、相談に来る人々の意欲を高めます。
 プランには、実際は「目標(こうなりたいというすがた)」と、「そのための工夫」が入ります。より近い未来のためのプランほど、「そのための工夫」が具体的であることが望ましく、将来についてのプランでは「なりたいすがた」が、明確であればそれでよいかと思います。

家族とつくるプランの例
 ■「とりあえずのプラン」
 ・2週に一回、保健師との相談をつづける ・ ちかぢか、保健師と一緒に、本人の状態についてどう考えたらよいか精神科医に相談にいく
 ・暴力の問題について、緊急に対処を考える

 ■「半年先くらいまでのプラン」
 ・保健師が家族に会いに自宅か自宅の近くまで訪問する
 ・「ひきこもり」の心理教育プログラムに家族が参加する
 ・信用できる臨床心理技術者をみつけて、継続の相談ができるようにする
 ・本人と家族が一緒に食事がたまにはできるようにする

 ■「最終ゴールのプラン」
 ・本人がアルバイトでも始め、母親や父親も、自分たちの生活を大事にできる
 ・本人に留守番をまかせて、両親だけで旅行ができる
 ・本人が精神科医に通うようになって、気持ちが落ち着いて生活できる
 ・本人が大検(大学入学資格検定)の勉強が落ち着いて出来、自分の望んでいることにむかって生活をおこなえる

本人とつくるプランの例
 ■「とりあえずのプラン」
 ・2週間に1回、保健所のスタッフと会う
 ・1週間、暴力を我慢する
 ・今やれている、楽しみ(ビデオをみる)をこれからも続ける
 ・睡眠の状態を2週間記録して、今度保健師に会うときに、睡眠について一緒に考える

 ■「半年先くらいまでのプラン」
 ・保健所のスタッフと一緒に、今は苦手なバスに乗ってみる
 ・保健師と一緒に、一度精神科の医者に、睡眠や音に敏感なことについて相談してみる
 ・保健所のスタッフと一緒にハローワークに行ってみる

 ■「最終ゴールのプラン」
 ・自分にあった職場で、パートタイムで働く
 ・一人暮らしが楽しくできるようになる
 ・福祉系の資格をとって、働く
 ・仲のいい友人と、韓国に旅行にいく

目標5:ネットワーキング(資源の紹介)
 関わりがつながってくると、家族や本人の生活が次第次第にふくらんできます。「とりあえずのプラン」に取り組んでいるうちに、何か「もう少しやってみたいこと」が出来上がってきます。そのときに、家族や本人を、さらに資源とつなげていくことも、援助者の大切な仕事です。
 地域精神保健に関わるものには、仕事のうえでのさまざまな限界があります。実際、一つ一つの事例と十分に時間が取れないのがたいていの職場です。自分が出来ない部分は、他の資源を使ってこそ、層の厚いサービスが展開できるのです。家族や本人の望んでいることに応じて、いくつかの資源を活用していくことをネットワーキングとよびます。ネットワーキングを上手にするには、以下の点に留意することが必要です。
 ・一人で抱え込まない
 ・「たらいまわし」にならないように、ていねいにつなげる。新しい資源につながった後も、しばらくは並行して関わる
 ・日ごろから、ネットワークができる相手との関係作りをしておく

社会的な援助の例
 居場所(フリ-スペース、デイケアなど)
 就労・就学支援プログラム(ハローワーク、フリースクール、就労支援センター、小規模作業所)
 家族の会
 緊急時対応
 インフォーマルな関係作り

心理的な援助の例
 個人カウンセリング
 SSTグループ
 認知行動療法
 家族療法
 家族心理教育

医学的な援助の例
 抗精神病薬・抗うつ薬・抗不安薬などの投与
 医学的診断による見立て


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