II章.関与の初期段階における見立てについて
「ひきこもり」の事例との関わりの困難は、多くの場合その初期にあっては本人に会えず、主に、家族からの情報で、支援のためのアセスメントをしなければならないことです。そのため、限られた情報から、初期の対応の枠組みを決めていかねばなりません。
地域精神保健福祉の実践的な観点からいえば、適切な初期対応を進めるためにとくに欠かせないのが、次の2点からの見立てです。
・生物学的な治療(薬物療法)が必要か
・暴力などの危険な行為のため、緊急対応が必要か
これらの見立てのうちに、薬物療法をふくむ専門的な対応や緊急対応が必要と思われた場合は、それぞれの独自の対応を進めていくことになります。
生物学的な治療(薬物療法)が必要か |
■ | 生物学的要因が強く関わっているときには、薬物療法などの専門的治療が支援のひとつになります |
うつ病
ここで述べるのは、「抗うつ薬」の対象となるような「うつ病」のことです。
憂うつな気分と共に、意欲の減退、集中力の低下などが生じ、自分自身に対する感情も大変否定的になってしまいます。一般的に、頭が働かず、感じたり考えたりということもなかなかできない状態になり、決断をおこなうこともむずかしくなります。やはり、環境の変化や挫折体験などのストレス状況から発症しがちですが、対人場面で「とりかえしがつかないことをしてしまった」とか「他人に迷惑をかけてしまった」と苦しむことが多いようです。この点、「ひきこもり」の状態にある人が普通に感じる空虚感とはやや異なります。また、便秘や食欲不振、早朝覚醒があるがなかなか起き上がれない、といった身体症状を伴いがちです。
抗うつ剤を中心とした薬物療法と支持的な環境での認知療法,認知行動療法で回復可能です。
強迫性障害
もともと,この障害があるために、外出などが困難になる場合と、「ひきこもり」の2次的な問題として、強迫性障害が生じてしまう場合があります。
たとえば「自分のからだは汚れているのではないか」とか「自分はひどいことをまわりの人にするのではないか」など、強迫観念といって一つのものごとに考えがとらわれてしまう症状と、その強迫観念を打ち消すように、あるいは強迫観念に左右されて、例えば一日に何十回となく手を洗ったり、何度も繰り返し確認したりといった行動をくりかえす強迫行為という症状があります。時に、強迫行動に家族を巻き込んでしまうので、つきあう家族も大変疲れることがしばしばです。
薬物療法と認知行動療法などの併用が回復には有効です。
パニック障害
ひどい動悸や呼吸困難,息苦しさを体験する「パニック発作」があり、以後、乗り物に乗ったり、会議や授業に出たりすると「また似たような発作がおきるのではないか」との予期不安が強まり、次第に単独での外出が困難になってしまう状態です。このような社会的な場面にでる事にまつわる恐怖感を広場恐怖とよびます。これらの問題も神経伝達物質の一種の機能障害によるものといわれています。
抗うつ剤や抗不安薬をもちいて不安発作を予防するとともに、予期不安に対して行動療法や認知行動療法が有効です。
摂食障害
体重の減少に対して強いこだわりがあり、ダイエットのために拒食をしたり、食べても太らないようにと過食や嘔吐を繰り返したりということが生じます。女性に多い病気です。食にまつわる症状のほかにも、自分に対して自信を持つことが難しく、対人関係で困難を感じる状態におちいってしまっていることも多く、結果として「ひきこもり」の状態におちいっている人が相当数います。
抗うつ剤を中心とした薬物療法と、支持的な環境での認知行動療法、家族療法などをおこなうことで、回復に向かいます。
PTSD(外傷性ストレス障害)
強い恐怖や、戦慄、無力感を感じさせるような突然の衝撃的な出来事を経験することによって生じる、特徴的な精神疾患です。原因となった外傷体験が繰り返し意図せずして思い出されたり、逆に体験を思い出すような状況や場面に対して感情や感覚が麻痺したりします。不眠やイライラなどが持続する場合もあります。このような心理的困難のために生活を維持できず、「ひきこもり」の状態になってしまいうるのです。専門的な精神・心理療法にくわえ、抗うつ剤の服用が回復に役立ちます。
適応障害
どんな人でも、強いストレス状況におかれると、不安や緊張が強くなり、精神的な失調をきたすことがあります。たとえば、軽度知的障害の人などが、無理をせざるを得ない状況に追い込まれ、混乱がひどくなる場合があります。睡眠障害、被害関係念慮(周囲に対して疑り深くなる)、聴覚過敏などの精神病的症状があらわれ、生活に支障をきたし「ひきこもり」になる場合があります。
このような時は、抗精神病薬を服用し、神経の緊張や疲れがとれるように生活を工夫することで、回復にむかうことが出来ます。
暴力などの危険な行為のため、緊急対応が必要か |
■ | 「ひきこもり」の中で他者や自分に対して攻撃的な行動が見られることがあります |
3 | 伊藤順一郎、吉田光爾、小林清香ら:社会的「ひきこもり」に関する相談・援助状況実態調査。地域精神保健活動における介入のあり方に関する研究 平成15年度報告書 2003(印刷中) |
4 | 倉本英彦ら:保健所・精神保健福祉センターを対象にした「ひきこもり」の全国調査から。地域精神保健活動における介入のあり方に関する研究 中間報告書 p33-p45 2001. |
■ | 家族が暴力について話せる関係を作ることが、支援につながります |
■ | とくに緊急対応が必要な場合は、複数の援助者が連携して対応にあたりましょう |