平成12年9月8日
脳死下での臓器提供事例に係る検証会議
目次
はじめに
第1章 救命治療、脳死判定等の状況の検証結果
1.入院直後の診断と治療に関する評価
2.救命治療に関する評価
3.臨床的な脳死の診断及び法に基づく脳死判定に関する評価
第2章 ネットワークによる臓器あっせん業務の状況の検証結果
あっせんの経過の概要とその評価
検査所見(3月28日 01:10から02:44まで) 体温:37.9℃ 血圧:121/86mmHg 心拍数:135/分 JCS:300 自発運動:なし 除脳硬直・除皮質硬直:なし けいれん:なし 瞳孔:固定し瞳孔径 左 6mm 右6mm 脳幹反射:対光、角膜、毛様体脊髄、眼球頭、前庭、咽頭、咳反射 なし 脳波:感度10μV/mmで平坦波形であった。2μV/mmでは、筋電図アーチファクトが混入していたが、27日14:40の脳波記録も参考にして平坦脳波と判定。 診断内容 以上の結果から臨床的脳死と診断。 |
検査所見 (第1回) (3月28日09:04から11:46まで) 体温:38.1℃ 血圧:134/94mmHg 心拍数:139/分 JCS:300 自発運動:なし 除脳硬直・除皮質硬直:なし けいれん:なし 瞳孔:固定し瞳孔径 左 6.0mm 右6.5mm 脳幹反射:対光、角膜、眼球頭、前庭、毛様脊髄、咽頭、咳反射すべてなし 脳波:感度10μV/mmでは平坦波形であり、2μV/mmでは交流、筋電図、心電図などによるアーチファクトが混入しているものの平坦脳波に該当する。 無呼吸テスト:陽性
脳死判定終了後に実施された聴性脳幹誘発電位(ABR):I波を含む全ての波を識別できない。 |
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検査所見 第2回)(3月28日18:31から21:00まで) 体温:38.6℃ 血圧:119/86mmHg 心拍数:143/分 JCS:300 自発運動:なし 除脳硬直・除皮質硬直:なし けいれん:なし 瞳孔:固定し瞳孔径 左 6.0mm 右6mm 脳幹反射:対光、角膜、眼球頭、前庭、毛様脊髄、咽頭、咳反射すべてなし 脳波:平坦脳波に該当する(感度10μV/mm,感度2μV/mm)。 聴性脳幹誘発電位(ABR):I波を含む全ての波を識別できない。 無呼吸テスト:陽性
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判定内容 以上の結果より第1回目の結果は脳死判定基準を満たすと判定(3月28日11:46) 以上の結果より第2回目の結果は脳死判定基準を満たすと判定(3月28日21:00) |
平成12年3月27日10:05頃に患者が心肺停止状態となっているのを父親が発見。救急隊が患者を搬送し、10:51に病院に到着。その際には心拍停止状態であったが、治療により心拍は再開。その後、3月28日2:44に臨床的に脳死と診断され、3:05に関東甲信越ブロックセンターに連絡があった。
4:30にコーディネーター3名が臓器提供施設に到着し、院長、副院長、救命救急センター部長及び庶務課長と面談し、院内体制等を確認。また、医学的情報を収集し、一次評価を行った。 |
3月28日5:35にコーディネーター2名が家族(父、母、姉)と面談。脳死判定・臓器提供の内容、手続等を記載した文書を用いてこれらを説明するとともに、施設が本人の意思表示の有効性について確認中であることを説明。その際、家族からは、皆でよく臓器提供について話し合っていたことや「本人の意思を尊重したい。本人の体は宝石箱のようであり、病気で苦しんでいる人にその宝石を分け与えることができる。」旨の話があった。その後手続にまだ時間を要するため、家族には一時休んでもらうこととなった(6:40終了)。7:40には、院長、救命救急センター部長、倫理委員会委員長が家族と面談し、その際家族から患者の臓器提供の意思を尊重したいとの強い意志が示されている。施設において患者の意思表示は有効との結論となったため、8:20にコーディネーター2名が家族(父、母、姉)と面談し、承諾手続に入った。8:30に父親が脳死判定承諾書、臓器摘出承諾書に署名捺印。また、その後コーディネーター等は、情報公開の内容等について家族の意向を確認。その結果、原疾患等は公表しない取扱いとなった。 |
3月28日12:10にレシピエント候補者の選定を開始。また、22:35に各臓器別にレシピエント候補者の意思確認が開始された。
心臓については、ネットワークのメディカルコンサルタントの検討を踏まえ、1時間を超える心停止のため移植ができない可能性も説明しつつ移植実施施設に連絡。移植実施施設が現地で移植可能かどうかを評価することとなった。現地での評価の結果、心拍出量の低下があったため、第1、第2候補者については移植実施施設側は移植を辞退したが、第3候補者の移植実施施設側は移植を受諾した。肝臓については、まず確定したレシピエントが小児であるため、分割肝移植を検討し、次候補者の意思確認を経て最終的に分割肝移植が実施された。また、膵臓については、第1候補者から第8候補者まで意思確認を行ったが、医学的理由によりすべて移植は辞退され、最終的にメディカルコンサルタントが医学的理由により移植は不可能と判断。なお、膵臓のレシピエント候補者の意思確認については、移植実施施設との連絡が取れなかったこと及び移植への適応評価が困難な事例であったことにより、意思確認を終了するまでに約7時間を要した。 また、感染症やHLAの検査等については、ネットワーク本部において適宜検査を検査施設に依頼し、特に問題はないことが確認されている。 |
3月28日21:45に脳死判定医等より脳死判定結果が伝えられた後、コーディネーターからその後の摘出手術に向けた流れの説明があった。また、22:30にコーディネーターと病院の医師及び看護婦で摘出手術の打合せが行われた後、摘出手術に必要な機材準備等が行われた。 |
3月29日にレシピエント候補者の意思確認と並行してコーディネーターによる臓器搬送の準備が開始され、参考資料3のとおり搬送が行われた。 |
3月30日、コーディネーターから家族に無事移植手術が終了したことを報告し、葬儀への出席の了解を得た。その後、遺体をお見送り。4月3日に、心臓移植の経過 について父親へ報告し、お別れの会(お通夜)に出席。翌日4月4日には、コーディネーター3名で旅立ちの会(告別式)に出席した。5月9日に、コーディネーター3名で家族に移植後のレシピエントの経過報告を行うとともに、何か問題となって いることがないかどうかを確認したが、特に問題はないとのことであった。 |
〈参考資料1〉
3月27日 10:05頃 |
父親が心肺停止状態の患者を発見、救急隊を要請。 |
10:21 | 救急隊の覚知 |
10:26 | 救急隊の現着 心肺停止状態。 父親が人工呼吸を行っていた。 心電図モニター:施行せず。特定行為:施行せず。 |
10:38 | 車内収容 |
10:51 | 救急車で病院到着 |
10:52 | 医師引継(以上救急隊からの情報) 来院時心肺停止状態。意識レベル:JCS300点。心電図:心静止。瞳孔:6×6mm、対光反射:消失。 人工呼吸、心臓マッサージ、静脈路確保、気管内挿管施行。 |
11:00 | エピネフリン1mg+生食10ml静注。心電図:心静止。 |
11:05 | メチルプレドニゾロン1000mg+生食20ml静注。 |
11:10 | バゾプレシン40単位+生食10ml静注。 心電図:心静止。直腸温:32.6℃ |
11:18 | バゾプレシン40単位+生食10ml静注後、心拍再開。心拍数:110/分。瞳孔散大、対光反射消失。 |
11:20 | ドパミン点滴静注開始。ウリナスタチン30万単位静注。 |
11:30〜 | 胸・腹部・頸椎単純エックス線撮影施行。 |
12:00 | 初回ガス分析でpH7.073、BE-22.6mmol/lと著明な代謝性アシドーシスを呈していたため、炭酸水素ナトリウム150mEqを静注。気管内チ ューブから血性泡沫状喀痰吸引。 |
12:20 | 主治医が家族に脳は重篤な障害を受けているとの病状説明。家族から意思表示カードを持っていたはずなので、脳死なら臓器提供をしたいとの申し出があり、家族の一人が意思表示カードを探すために帰宅。この約1時間後、主治医に意思表示カードを提示。 |
13:20 | 自発呼吸発現:毎分5〜10回程度のため息様の失調性呼吸。意識レベルJCS300点、GCS3点、瞳孔散大は変化なし。 |
13:30 | 治療方針検討:(1)推定1時間以上にわたる長時間の心停止、(2)瞳孔散大、対光反射消失持続、(3)循環動態不安定なため、脳低温療法等の積極的治療の適応はなく、保存的治療を行いながら病態の把握を進めることを確認。 |
13:50〜 | 心エコー施行:左室壁運動正常、弁の異常認めず。 |
14:00 | ノルエピネフリン投与開始。 |
14:00〜 | 腹部エコー施行:胆嚢拡大あり。肝、腎、脾、膵に異常を認めず。 |
14:40〜 | 病室で脳波検査施行、筋電図混入するためベクロニウム使用:平坦脳波確認。 |
15:45 | 第一回頭部・胸部・腹部CT検査施行:頭部CT所見−全体にlow densityで脳の構造不明瞭。basal cistern消失、brain swellingを呈し、高度の頭蓋内圧亢進を示唆する所見。 |
16:00頃 | 血圧上昇傾向。 |
16:10 | 循環動態モニターのため、Swan-Ganzカテーテル留置。心係数2.9、 肺動脈圧20/11mmHg。 |
16:50 | 胸部エックス線撮影施行。 |
17:00 | 主治医が家族に脳波検査の結果を説明。 |
17:30〜 18:00 |
主治医、救命救急センター部長及び婦長が家族と面談。再度臓器提供の申し出を受けたが、現在は自発呼吸があり脳死ではないので、臨床的に脳死と判定された時点で希望に添うよう対応すると応対。 |
18:00 | ノルエピネフリン投与中止。マンニトール200ml点滴静注。 |
21:00 | 体温39.3℃に上昇、クーリング施行。 |
21:30 | 心拍数155/分。輸液速度早める。 |
22:20 | 自発呼吸停止。SpO2 90%代に低下。血圧次第に低下、ドパミン増量、輸液速度を早めて対処。 |
22:39 | ノルエピネフリン投与再開。 |
23:09 | 尿量500ml/hと増加したためバゾプレシン投与開始。 |
23:41 | 意識レベル:深昏睡変わらず。瞳孔:6×6mm、対光反射消失。 |
3月28日 00:10 |
自発呼吸停止、深昏睡、瞳孔散大、対光反射消失、循環動態悪化を父親に伝え、臨床的脳死診断を行うことの了承を得た。 |
01:00 | 脳死判定の前提条件、除外条件を確認。 |
01:10 | 臨床的脳死診断開始。病室で脳波測定開始したがノイズ多いため 手術室へ移動して測定:平坦脳波確認。 |
02:35〜 | 病室へ戻り脳波以外の必須検査施行。 |
02:44 | 臨床的脳死と診断。 家族、病院長に結果を報告。 |
03:05 | 日本臓器移植ネットワーク関東甲信越ブロックセンターに連絡。 |
03:06 | 第二回頭部CT検査施行:第4脳室消失、全体に斑状のlow density。 より一層の頭蓋内圧上昇、brain swellingを示す所見。 |
03:10 | 脳死判定委員会開催。4名の脳死判定医を選出。 |
07:40〜 08:00 |
家族と面談 |
08:30 | コーディネーターが脳死判定承諾書、臓器摘出承諾書を受領。 |
09:04 | 法に基づく第一回脳死判定開始。 |
11:30 | 脳死判定に立ち会った母親が途中退席。 |
11:46 | 法に基づく第一回脳死判定終了。 |
16:30 | ABR再検:平坦。 |
18:13〜 18:35 |
院長、救命センター部長、主治医及びコーディネーターが家族に経過説明。 |
18:31 | 法に基づく第二回脳死判定開始 |
19:05 | 脳波測定開始 |
21:00 | 法に基づく第二回脳死判定終了。法的に脳死と判定される。 |
21:10 | 病院長、コーディネーターに結果を報告。 |
21:15 | ABR施行:平坦。 |
21:30〜 | 警察、監察医務院院長により検視・検案施行。死体検案書交付。 |
21:45 | 血圧低下傾向、血漿蛋白製剤投与。 |
23:00 | 心エコー施行:左室壁運動低下を認める。 |
3月29日 01:00頃 |
循環機能低下している事をコーディネーターに説明。 |
02:00頃 | コーディネーターから、移植チーム到着までに状態が悪化するようなら、緊急に肝・腎のみでも摘出できる用意をしたいとの申し入れあり。家族の了解を得た後、手術室、麻酔科医に連絡、準備をしてもらう。家族からは最悪の場合は心停止後にでも腎提供をしたいと申し出あり。 |
03:00〜 | 循環動態やや改善。 |
03:15 | ノルエピネフリン投与中止。血圧90mmHg台を維持。 |
04:30 | 肺動脈圧上昇したためバゾプレシン投与中止。 |
05:50 | 東北大学肺移植チーム来院、気管支鏡検査施行。 |
06:00 | 尿量増加したためバゾプレシン投与再開。 |
06:50 | 大阪大学、国立循環器病センター心移植チーム来院、心エコー検査施行。 |
08:00 | 大阪大学肺移植チーム来院、診察。 |
10:15 | 手術室へ向かう。 |
10:29 | 手術室入室 |
11:12〜 | 摘出手術開始 |
16:15 | 摘出手術終了 |
〈参考資料2〉
〈参考資料3〉
〈参考資料4〉
脳死下での臓器提供事例に係る検証会議名簿
氏名 | 所属 |
宇都木 伸 川口 和子 嶋 多門 島崎 修次 竹内 一夫 アルフォンス・デ ーケン 新美 育文 貫井 英明 平山 正実 藤森 和美 ○藤原 研司 柳田 邦男 |
東海大学法学部教授 全国心臓病の子供を守る会幹事 福島県医師会会長 杏林大学医学部救急医学教授 杏林大学名誉教授 上智大学文学部人間学教室教授 明治大学法学部教授 山梨医科大学脳神経外科学教授 東洋英和女学院大学人間科学部教授 聖マリアンナ医学研究所カウンセリング部長 埼玉医科大学第3内科教授 作家・評論家 |
〈参考資料5〉
医学的検証作業グループ名簿
氏名 | 所属 |
大塚 敏文 桐野 高明 島崎 修次 ○竹内 一夫 武下 浩 貫井 英明 |
日本医科大学理事長 東京大学医学部長 杏林大学医学部救急医学教授 杏林大学名誉教授 宇部短期大学学長 山梨医科大学脳神経外科学教授 |
医学的検証作業グループ参考人名簿
浅井 昌弘 大熊 輝雄 |
慶應義塾大学医学部教授 国立精神・神経センター前総長 現大熊クリニック院長 |
〈参考資料6〉
脳死下での臓器提供事例に係る検証会議における第5例目に関する検討経過
平成12年4月17日 | 医学的検証作業グループ(第1回) |
5月11日 | 第2回脳死下での臓器提供事例に係る検証会議 |
5月18日 | 医学的検証作業グループ(第2回) ・5例目を検証。 |