資料1(参考)フランスの障害者雇用制度 東京大学大学院 永野仁美
I.障害者雇用の構造
1.障害労働者の定義(労働法典L.323-10)
「身体的、知的、精神的機能又は感覚器官の機能の悪化により雇用を獲得し維持する可能性が現実に減退しているすべての者」
2.障害者が働く場
[1]通常の民間企業・公的セクター
[2]適応企業(従業員の80%以上が障害者)
[3]ESAT(労働支援機関・サービス)
→[1]・[2]は、通常の労働市場での労働:労働法典の適用あり。
→[3]は、保護された環境下での労働:
安全衛生等に関する規定の他は、労働法典の適用なし。
*障害者が、通常の労働市場で働くのか、保護された環境で働くのかは、障害者権利自立委員会が理由を付した上で決定(労働法典L.323-30条)。
表1.フランスの障害労働者数(2006年12月31日)
(1)雇用に就いている障害者 715,000人
[1]通常の労働市場 610,000人
このうち公的セクター 175,000人 民間セクター 380,000人 適応企業 20,000人 自営業者 35,000人
[2]保護された労働環境
ESAT(労働支援機関・サービス):105,000人
(2)求職者 236,000人
このうちカテゴリー1(フルタイム・無期労働契約)148,000人 カテゴリー2(パートタイム・無期労働契約)71,000人 カテゴリー3(有期労働契約・季節労働契約)17,000人
出典:Rapport annuel 2006(Agefiph)
II.差別禁止原則と雇用義務制度の並存
1.差別禁止原則
(1)沿革
・1990年7月12日の法律:障害を理由とする差別禁止原則の確立
・2005年2月11日の法律:「適切な措置」概念の導入
(2)一般原則:禁止される行為(労働法典L.122-45条)
[1]募集手続や企業での研修・職業訓練からの排除
[2]懲戒
[3]解雇
[4]報酬・職業訓練・再就職・配属・職業資格・職階・昇進・異動・契約更新における直接的・間接的な差別的取扱い
これらの行為は、すべて無効。
採用拒否、懲戒、解雇、健康状態や障害に依拠する条件を募集や研修・職業訓練の申込みに付することは、3年の拘禁刑及び45,000ユーロの罰金の対象ともなる(刑法典225-1条・225-2条)
(3)障害を理由とする差別についての特別規定
[1]労働医が確認した労働不適性に基づく取扱いの差異(L.122-45-4条1項)
客観的かつ適切で必要なものである限り差別には当たらない。
[2]平等取扱いを促進するための「適切な措置」(L.122-45-4条2項)
「適切な措置」の拒否は差別になる(L.323-9-1条3項)。
使用者は、過度の負担が生じる場合を除き、具体的な状況に応じて、障害者の資格に対応した雇用や職業訓練が提供されるよう、「適切な措置」を講ずること(L.323-9-1条1項)。
(4)「適切な措置」の対象者(労働法典L.323-9-1条1項)
−障害者権利自立委員会により障害認定を受けた労働者;
−10%以上の恒久的労働不能を持つ労災年金の受給者;
−労働・稼得能力が3分の2以上減少している障害年金の受給者;
−障害軍人年金の受給者、又はそれに類する者;
−ボランティア消防士の障害年金・障害手当を受給している者;
−障害者手帳の保有者;
−成人障害者手当(AAH)の受給者。
(5)「合理的配慮」の具体的内容
[1]労働環境の適応(L.323-9-1条2項)
例 機械や設備を障害者が使用可能なものにすること
作業場所や就労場所の整備(必要な個別の介助や設備を含む)
作業場所へのアクセス保障
[2]労働時間の調整(L.212-4-1-1条)
労働時間の調整は、障害者を介護する家族や近親者にも認められる。
(6)「過度の負担か否か」の判断
使用者が負担する費用の全部又は一部を補填する助成が考慮される(L.323-9-1条)。
→助成を考慮してもなお、適切な措置の費用が企業の負担能力を超えている場合にのみ、「過度の負担」が生じているとされる。
(7)実効性確保(権利救済)の方法
[1]私法上の効果
労働法典違反→無効確認訴訟、損害賠償請求訴訟
差別被害者の側の立証責任の軽減あり。
[2]刑法上の効果
刑法典違反→3年の拘禁刑・45,000ユーロの罰金(刑法典225-1条・225-2条)
法人の場合、個人に対する罰金の5倍の罰金、職業的・社会的活動の禁止等
[3]HALDE(高等差別禁止平等機関)への提訴
HALDE:2004年12月30日の法律で創設された権利救済機関
調停、和解案の提示、勧告の作成
2.雇用義務制度
(1)雇用率:6%
従業員数20名以上の事業所が対象
2005年法により、除外率制度と重複カウント制が廃止。
ただし、納付金の計算において、「特別の適性を必要とする職種」や重度障害認定は考慮され、納付金減額の理由とされる(→納付金の計算)。
(2)雇用義務制度の対象となる者
「適切な措置」の対象者+戦争犠牲者遺族
戦争犠牲者の遺族が対象となるのは、制度の沿革による。
障害者手帳の保有者、AAH(障害者手当)受給者は、2005年法で新たに加えられた。
(3)履行方法
[1]直接雇用
[2]保護労働セクターとの契約(3%まで)
[3]研修での受入れ(2%まで)
[4]納付金の支払い
[5]労働協約の締結
納付金額の計算方法
1.不足する障害労働者数の計算(D.323-2-1条)
不足数=雇用すべき障害者数−(6ヶ月以上在籍する障害者数+雇用見なし分)
例 従業員数300名のA事業所。うち20名はトラック運転手(特別の適性を要する雇用)。雇用義務対象者を7名雇用。保護労働セクターとSMIC8000時間分の契約(雇用義務対象者を4人雇用したことに相当)。A事業所が雇用しなければならない雇用義務対象者は、18名(300×0.06)→不足数=18−(7+4)=7
2.雇用維持・直接雇用等の雇用努力、重度障害者の雇用(D.323-2-2条)
[1]恒久的に適用される減額係数:
−26歳未満又は51歳以上の雇用義務対象者の雇用について0.5;
−適応企業、CDTD、ESATから退出した障害者の雇用について1。
[2]雇用の初年度のみに適用される減額係数:
−初めての障害労働者の雇用について0.5。
−長期失業者(12ヶ月以上)の雇用について1。
[3]重度障害者認定を受けた者の雇用について1。

(注:助成金ではなく、納付金の減額を選んだ場合。)

例 A事業所で雇用された雇用義務対象者7名のうち、1人は54歳で重度障害者(0.5+1)、1人は長期失業後に雇用(1)、1人は適応企業からの退出後に雇用(1)→不足数=7−(0.5+1+1+1)=3.5
3.特別の適性を要する雇用(D.323-2-3条)
特別の適性を要する雇用の割合が、80%未満の場合、減額係数は、1−(1.3×特別の適性を要する雇用の割合)
(80%以上の場合は、別の計算方法が適用:不足数×40×SMIC)
例 A事業所の特別の適性を要する雇用の割合は、20/300×100=6.66%
   1−(1.3×6.66%)=0.91→不足数=3.5×0.91=3.18
4.企業規模(事業所の規模ではなく、企業規模)
従業員数20名から199   :SMICの400倍
従業員数200名から749名 :SMICの500倍
従業員数750名以上    :SMICの600倍
例 A事業所が、従業員数700名の企業に属している場合、納付金の額は、
   3.18×500×8.27(SMIC)=13,149.30ユーロ
注:最終的に得られた納付金額は、不足数×50×SMICを下回ってはならない。
(4)制裁的納付金・罰金等
[1]制裁的納付金
3年以上に渡り、納付金の支払いしかしていない企業
→SMIC×1,500倍の制裁的納付金(支払先はAgefiph)(=労働者を最低賃金で1年間雇ったときにかかる費用に等しい)
[2]罰金等
納付金の支払いもしていない企業→SMIC×1875倍の罰金(支払先は国庫)
公的機関の行う入札への参加拒否
III.差別禁止原則と雇用義務制度の関係
[1]ポジティブ・アクションとしての雇用義務制度
[2]雇用義務制度で徴収された「納付金」→「適切な措置」への「助成金」
[3]それぞれの制度の弱点を補い合う関係⇒両制度を相補的に機能させることで、障害者雇用の促進を図る。

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