資料4−4

ドイツにおける「合理的配慮」について

障害者職業総合センター 指田忠司

1.「合理的配慮」の概要

(1) 背景
(a) 障害差別禁止法の展開

ドイツにおける憲法は、1949年に制定された基本法(Grundgesetz)であるが、同法第3条は平等原則を規定し、第1項において「すべての人は法の前に平等である」とし、第2項で男女の同権と国の義務を定めている。また同条第3項は「何人も、その性別、門地、人種、言語、出身地及び血統、信仰又は宗教的若しくは政治的意見のために、差別され、又は優遇されてはならない」ことを定めていたが、1994年10月、これに「何人も、障害を理由として差別されてはならない」という1文が加えられた。 この改正は、東西ドイツの統一後に起った憲法改正の動きの中で、障害者の権利を主張する団体からの圧力によって実現したもので、障害者関係団体は、この改正を歓迎していたが、政策への影響は小さいとされていた。というのは、憲法は国家と国民の間の関係を規律するのみで、私人間の関係については原則として適用されないからである。私人間の法律関係では、契約自由が尊重されることから、たとえドイツ社会のコンセンサスとして、一定の差別が基本法第3条の趣旨からみて「望ましくない」と評価され、私人にも一定の制限が課せられるとしても、差別(社会的に望ましくない不平等待遇)一般については、民法典の一般条項(公序良俗違反の法律行為の無効、債務の履行における信義誠実の原則など)をよりどころとするしかないと考えられるからである。

(b)個別法による障害差別禁止

障害者の権利を擁護し、その平等を実現するための運動は、前述の憲法改正の後も引き続き行われ、社会法などの分野において個別法における差別禁止規定の制定という形で顕在化してきた。その例は以下のような法典に見ることができる。

・社会法典第9編「障害者のリハビリテーション及び参画」(2001年)

雇用主による重度障害者に対する差別の禁止、重度障害者の雇用状況を改善するための積極的措置(重度障害者代表の選挙、雇用主による重度障害者問題担当者の任命、保護措置等)を規定。

・障害者対等化法(2002年)

障害者に対する差別の撤廃と障害者の社会生活への平等な参加の保障を目的とする。公権力の担い手による差別を禁止。公共交通及びホテル・飲食店におけるバリアフリーを規定。認定を受けた障害者団体に対し団体訴権を付与。

(c)一般均等待遇法の制定

EU理事会は、これまでに次の4つの指令を発布し、加盟国に対して一定期限を定めてその国内法化を求めてきた。

[1] 人種及び民族的出自を問わない均等待遇原則適用に関する指令(2000年6月29日)

[2] 雇用と職業における均等待遇のための一般枠組み設定に関する指令(2000年11月27日)

[3] 雇用、職業訓練、昇進へのアクセスならびに労働条件に関する男女均等待遇原則の実現に関する指令(76/207/EEC)を改正する欧州議会及び欧州理事会の指令(2002年9月23日)

[4] 財及びサービスへのアクセスとその供給における男女均等待遇原則の実現に関する指令(2004年12月13日)

このうち[1]〜[3]に関しては、一部の差別事由についてなお猶予期間が残されていたものの、ドイツの場合、加盟国に求められる国内実施の期限(2003年12月)をすでに経過していた。ドイツが指令を国内法化する義務に違反していることに対しては、欧州委員会の提訴に基づき、 [1]及び[2]について、それぞれ2005年4月28日と2006年2月23日に欧州司法裁判所が義務違反を確認する判決を下していた。

2005年9月の総選挙後、現在の大連立政権が誕生し、その連立協定には、「EUの均等待遇指令をドイツ法化する」との一文が書き込まれた。これを受けてメルケル新首相は、2005年11月30日、連邦議会での施政方針演説で、EU指令についてはその規定どおりに、そのまま国内法化する方針を示した。そして2006年8月、上記の均等待遇に関するEUの4つの指令を実施するための法律(「2006年8月14日の均等待遇原則の実現のための欧州指令を実施するための法律」)が、夏休み入り直前の議会を通過し、2006年8月18日から施行された。

このように、EU指令の国内法化という外圧を契機に、人種、民族的出身、性別、宗教・世界観、障害、年齢、性的志向による差別の撤廃を目指す、ドイツで初めての包括的な差別禁止法が制定されたのである。

この法律は、次の4つの章で構成される。第1章と第2章は、それぞれ新法である。

第1章 一般均等待遇法

第2章 兵士の均等待遇に関する法律(兵士均等待遇法)

第3章 その他の法律の改正

第4章 施行、廃止

このうち、最も重要なのは、第1章の一般均等待遇法(Allgemeinesgleich−behandlungsgesetz)である。

(d)割当雇用制度と差別禁止

ドイツでは、1974年に制定された重度障害者法が障害者の雇用施策の基本的な法律とされ、長らくこの法律の下で割当雇用制度と負担調整賦課金(=納付金)制度を中核とする雇用促進施策が運用されてきた。この法律は1986年に大幅な改正が行われたが、重度障害者の雇用主の義務に関しては、当初「できるだけ多数の」となっていた文言が「少なくとも規定数の」重度障害者が働けるように、職場環境を整備することとされたのみで、他の部分については変更がなかった(第14条第3項)。

また、1990年10月の東西ドイツの統一条約発効を踏まえ、1990年にも改正が行われたが、この段階でも上述の部分に変更は見られない。

しかし、雇用主の義務については、2000年までの改正において規定の仕方が反対側、すなわち、障害労働者の側から規定する方式に変わっている。つまり、この規定について、雇用主の義務から、重度障害者の権利として規定し直し、権利主体を明らかにしたのである。また、この場合における権利主張の内容についても、障害者の能力と知識を活用し得る職務の開発、職業訓練、環境整備、技術的支援などを具体的に列挙しながら規定している。

2001年6月、かねてより関係者が求めていたリハビリテーション給付に関する法律と、重度障害者法との一本化が進められ、社会法典第9編が成立した。

同法典では、第1条において、障害者の自己決定と社会参加における同権を規定し、差別を防止し、これと闘うためにリハビリテーション給付を受けることができると規定する。そして雇用分野に関しては、第81条において、重度障害者法第14条第3項の規定を踏襲しただけでなく(同条第4項)、雇用主による差別禁止についても新たに1項を設けて(同条第2項)、雇用における差別禁止の原則を明確に打ち出した。

しかし、2006年8月の一般均等待遇法の制定に伴い、障害を理由とする差別=不利益取り扱いに関しては、新法が適用されることとなり、社会法典第9編第81条第2項は、「雇用主は重度障害者をその障害を理由として不利な取り扱いをしてはならない。これに関して個別には一般均等待遇法の規定が適用される。」と改正され、個別次案に関しては新法で取り扱うこととなった。

(2) 制度の概要

(a)割当雇用制度

ドイツでは、重度障害者の雇用について割当雇用制度が採用されており、現在の法定雇用率及び負担調整賦課金(納付金)の額は以下のとおりである。

・法定雇用率:

民間部門・公的部門: 5%

ただし、1999年10月31日現在、6%を達成している連邦官庁及び公共事業体については6%を維持。

・負担調整賦課金の額:

以下のように、  実雇用率の達成度によって金額が異なる。

年平均雇用率が2%未満の場合: 未達成分1人につき260ユーロ

年平均雇用率が2%以上3%未満の場合: 未達成分1人につき180ユーロ

年平均雇用率が3%以上5%または6%未満の場合: 未達成分1人につき105ユーロ

(b)重度障害者

重度障害者とは、労働能力喪失程度が50%以上の障害のある者である。労働能力喪失程度30%以上の障害のある者も、重度障害者と同等に扱われる。

障害程度は、機能損傷と疾病のリストからなるガイドラインに従って判定される。

障害の有無及び程度の判定は、障害者の申請に基づいて、連邦援護法を実施する行政官庁(援護庁、州援護庁)の援護鑑定医が行う。ただし、年金決定通知、それに相当する行政庁の通知または裁判所の決定等がある場合には、特に障害者がこの方法によることを希望して申請しないかぎり、この判定は行わない。

注)判定基準は以下の(c)というわけではない。30〜50の障害程度は、おそらく日本の障害等級で言えば、3級程度ではないかと思われる。ドイツにおける障害程度については、平成11年度から数年間にわたって厚生科学研究で実施された研究成果が公表されており、そこに障害・疾病と障害程度との関連表が資料として添付されている。

また、疾病のリストには、発達障害や、わが国でいう「難病」に相当する疾病も含まれている。

(c)重度障害者特別グループの雇用対策

雇用義務履行の枠内で、以下の者を適切に雇用するものとする。

・障害の種類または程度により労働生活においてとりわけ重度障害者に該当する者であって、特に次に掲げる者

a) その障害のために仕事を行うのに一時的にではなく特別な補助者を必要とする者、または
b) その障害の結果として就業が、一時的にではなく雇用主にとって尋常でない出費をもたらす者
c) その障害の結果として一時的にではなく明らかに大幅に少ない労働成果しかあげることができない者
d) 知的もしくは精神的な障害または頻発する発作だけを理由として障害の程度が50以上である者
e) 障害の種類または程度により職業教育法の趣旨による職業教育を修了しなかった者
・満50歳に達した重度障害者
(d)重度障害者代表

ドイツでは、民間部門、公的部門を問わず、5人以上の重度障害者が常用で雇用されている場合には、重度障害者代表を選出し、重度障害者の職場における利益を擁護することとされている(任期4年の無償任務だが、昇進等における不利益がないように配慮されている)。

[参考] 社会法典第9編第95条
第95条 重度障害者代表の任務
(1) 重度障害者代表は、事業所または官公署への重度障害者の編入を促進し、事業所または官公署における重度障害者の利益を代表し、重度障害者の側に立って助言、援助を行う。重度障害者代表はその任務を以下の方法で遂行する。
1. 重度障害者のための法律、命令、賃金協約、事業所協定もしくは公勤務協定および管理指令が実施されているかどうか、特に第71条、第72条および第81条から第84条に則り雇用主に課されている義務が果たされているかどうかを監視する。
2. 重度障害者に役立つ対策、特に予防的措置を、所轄機関に申請する。
3. 重度障害者の提案や苦情を受けつけ、それが正当だと思われる場合には、雇用主と交渉して解決に努める;代表は重度障害者に対して交渉の状況および結果を伝える。

重度障害者代表は、第69条1項による管轄官庁に対して障害、その程度および重度障害の認定申請を行う際、ならびに職業安定所に同等扱いを申請する際に就業者を支援する。重度障害代表は、雇用主に知らせた後、通常100人以上の重度障害者を有する事業所または官公署においては最高得票数を以って選ばれた代理に、200人以上の重度障害者を有する事業所または官公署においてはさらに二番目に多い得票数を以って選ばれた代理に一定の任務を分担させることができる。一定の任務分担には、相互の調整が必要である。

(2) 雇用主は、個々の重度障害者またはグループとしての重度障害者に関わるすべての案件において、重度障害者代表に対して遅滞なく包括的な情報を与え、決定の前にその意見を聴かなければならない。第1文による重度障害者代表の関与なく下された決定の実施または施行は、停止されるものとし、7日以内に重度障害者代表の関与を事後実施する;その後に最終決定を下すものとする。重度障害者代表は、第81条1項による手続に参加する権利を有し、第81条1項による連邦雇用機構による仲介の提案があった場合、または重度障害者の応募があった場合には、応募書類の決定に関わる部分を閲覧し、面接に加わる権利を有する。

(3) 重度障害者は、雇用主による自身について記録された人事書類または自身に関わるデータを閲覧する際には、重度障害者代表を立ち合わせる権利を有する。重度障害者代表は、重度障害者によってこの義務を免除されない限りは、そのデータの内容について秘密を厳守する。

(4) 重度障害者代表は、すべての経営協議会、公勤務者委員会、裁判官委員会、検察官委員会もしくは裁判官人事委員会の会議およびその委員会ならびに労働保護委員会の会議に、助言者の立場で出席する権利を有する;重度障害者代表は、個々の重度障害者またはグループとしての重度障害者に特に関わる案件を、次の会議の議事日程に組み込むよう提案することができる。重度障害者代表が、経営協議会、公勤務者委員会、裁判官委員会、検察官委員会もしくは裁判官人事委員会の決定を重度障害者の重大な利益の著しい侵害であるとみなした、または重度障害者代表が、第2項1文に反して関与しなかった場合には、重度障害者代表の申請に基づき、決定は決議の時点から1週間停止される;事業所組織法および公勤務者代表法の決議停止に関する規定が準用される。停止により期限が延長されることはない。裁判所組織法の第21e条1項および3項の事例においては、緊急の場合を除き、該当する重度障害のある裁判官の申請に基づき、重度障害者代表は裁判所総務部のもとでその意見を聴かれる。

(5) 重度障害者代表は、事業所組織法第74条1項、連邦公勤務者代表法第66条1項ならびに雇用主と前項に挙げた代表の間のそれ以外の公勤務者代表法の相当規定に基づく話合いに参加を求められる。

(6) 重度障害者代表は、少なくとも暦年に1回は事業所または官公署において重度障害者の会合を実施する権利を有する。事業所労働者総会および公勤務者総会に適用される規定が準用される。

(7) 一つの案件において裁判官の重度障害者代表だけでなくその他の官庁職員の重度障害者代表が参加している場合には、両者は共同でことにあたる。

(8) 重度障害者代表は、当該代表が重度障害者代表として担当している事業所または官公署における事業所労働者総会および公勤務者総会に参加することができ、その重度障害者代表がその事業所または官公署に所属していない場合でも、発言する権利を有する。

(3) 障害者雇用対策における位置付け

一般均等待遇法は、人種、又は民族的出身、性別、宗教・世界観、障害、年齢若しくは性的志向による不利益待遇を防止し、又は排除することを目的としている。

これらの理由による不利益待遇が許されない分野は、職業活動の機会を得るための条件(採用条件も含む)、賃金その他の労働条件、職業相談・職業教育の機会、職業団体等への参加、社会的保護(社会保障・保健サービスなど)、社会的恩典、教育、公衆の利用に供される物品・サービス(住居など)の入手・提供である。ただし、解雇については、解雇保護法の規定のみが適用される(なお、重度障害者の解雇については、社会法典第9編第85条において、社会統合事務所による事前の同意が必要とされる)。

注)障害の程度や種類をとりあげて、不利益取扱い又は差別との関連を規定している条項は見当たらない。

また、不利益待遇禁止規定の対象について、事業主の規模により限定する条項は見当たらない。

なお、職業上の要請に基づく異なる取り扱い(8条)、宗教・世界観を理由とする異なる取り扱い(9条、例: 特定の宗教団体が異なる宗教の人を雇用しない場合など)、年齢による異なる取り扱い(10条)については、一定の条件のもとで異なる取り扱いが認められている。

また、「直接不利益待遇」「間接不利益待遇」「ハラスメント」「セクシュアル・ハラスメント」「不利益待遇の指示」が禁止されているほか、現に存する不利益を防止し又は補償するための積極的是正措置(ポジティブ・アクション)が許容されることを規定する。

「合理的配慮」義務の位置付け

「合理的配慮」を「ポジティブ・アクション」の一形態とみるかどうかについては、あいまいである。歴史的に見て、「合理的配慮」に対する権利は、障害を理由に「差別されない権利」との関連づけはなかった。合理的配慮の内容に含まれる職場環境の整備等に対する重度障害のある労働者の権利は、前述のように、社会法典第9編に先立つ1974年の重度障害者法にもすでに規定されていたとみることができるが、それはあくまで割当雇用制度における義務雇用数を達成することを主眼としての環境整備等を意味していたものであり、請求権としての性質は弱いものとして理解されている。

2.「合理的配慮」の具体的内容

(1)雇用主の提供義務

雇用主が講ずべき「合理的配慮」については、社会法典第9編(SGB IX)第81条第4項において以下のように規定されている。

重度障害者は、障害および仕事に対する影響を考慮したうえで、雇用主に対して以下のことを請求する権利を有する。

[1]  自らの能力と知識を最大限に活用し、一層発達させることのできる仕事
[2]  職業的進歩を促すための職業教育が企業内措置として実施されるよう特別に配慮する。
[3]  職業教育の企業外措置に参加できるように妥当な範囲で便宜を図る。
[4]  企業施設、機械、装置ならびに職場、労働環境、労働組織および労働時間の構成を含む事故の危険に配慮した 作業所の設置と整備
[5]  必要な技術的作業補助を職場に装備
(2)過度な負担と認められる場合

上記の請求を履行することが、以下に該当するときは、その請求権はないものとする。

[1]雇用主にとって過大である
[2]極端な出費を強いることになる
[3]国もしくは同業者組合の労働者保護規定もしくは公務員法の規定に抵触する
(3)ドイツの特徴
・ ドイツの場合、「合理的配慮」を提供すべき対象は、重度障害者及び重度障害者と同等に看做される障害者に限定される。
・ ただし、「合理的配慮」を提供する主体は、公的部門・民間部門の別を問わない。

3.実効性確保(権利救済)措置・手続

(1) 私法上の効果の有無・内容

合理的配慮を行わなかったことが、障害による差別を構成するかについてはまだ十分な議論が尽くされていない。ただし、合理的配慮の不提供が金銭賠償の原因となりうることはドイツにおいてもコンセンサスがあると言われている(民法典を根拠とする損害賠償)。

[参考] 雇用主には、募集の際の差別禁止(第11条)、雇用者の保護のために必要な措置を取ることなどの義務が課せられるが、雇用主が不利益待遇の防止を目的として雇用者に教育を行った場合には、この義務を果たしたものとみなされる(第12条)。

雇用者の権利としては、苦情を申し立てる権利が認められる(第13条)ほか、雇用主がハラスメント又はセクシュアル・ハラスメントを止めさせない場合には、自分を守るために勤務を拒否する権利が与えられる(第14条)。また、不利益待遇の禁止に対する違反があった場合には、雇用主には損害賠償義務が課せられ、雇用者には、原則として2ヵ月以内に補償及び損害賠償を請求する権利が与えられる(第15条)。

さらに、一般均等待遇法は、不利益待遇を受けた者に対し訴訟の際に認められる2つの優遇措置について定める。

まず、不利益待遇を受けた者は不利益待遇を推定させる情況証拠を示せば、不利益待遇からの保護規定に対する違反がなかったことの立証責任は相手側に転換される(第22条)。

次に、一定規模(会員75名又は加盟団体7)以上の反差別団体に対して、弁護士訴訟が法定されていない裁判手続に、不利益待遇を受けた者の補佐人として参加することを認める(第23条)。

(2) 企業内での苦情処理義務
重度障害者代表の項を参照

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