資料4−2

アメリカにおける「合理的配慮」について

日本学術振興会 長谷川珠子

1.「合理的配慮」の概要

障害者に対する「合理的配慮」の提供義務は、障害を理由とする差別を禁止した連邦法である「障害をもつアメリカ人法」(Americans with Disabilities Act、以下ADA)のなかに規定されている1。以下では、(1)背景として、(i)ADA制定以前に存在していた宗教差別の場面での合理的な配慮の提供義務について解説し、次に(ii)ADA制定に至る経緯を紹介する。

(1) 背景

(i)宗教差別における合理的配慮

アメリカにおいて、差別禁止の観点から「合理的配慮」概念が用いられたのは、宗教差別の場面が最初である。1964年に制定された公民権法第7編(Title VII of the Civil Rights Act of 1964)は、人種、皮膚の色、宗教、性または出身国を理由とする雇用の全局面における差別を禁止していた。しかしながら、宗教差別について、労働者の宗教上の戒律(例えば安息日(Sabbath))が使用者の方針・基準と衝突する場合にどのように対処すべきかが問題となり、1972年改正の際に採用されたのが、「合理的配慮」概念であった。すなわち、使用者にとって、過度の負担(undue hardship)となることを証明することなく、被用者の宗教上の戒律・慣行に対し、「合理的な配慮」を提供(reasonable accommodate)しないことが、違法な宗教差別に当たると規定した(42 U.S.C.A. 2000e-(j))。この宗教差別における合理的な配慮の考え方が、ADAの合理的配慮規定にも重要な示唆を与えたことは確かであるといえる。ただし、宗教差別における使用者の合理的配慮義務は高度のものではないと解されており、ADAにおける合理的配慮義務とは義務の範囲や継続性、配慮の内容、過度の負担の基準など、様々な面において異なる。

(ii)ADA制定にいたる背景

障害を理由とする雇用差別の禁止がはじめて定められたのは、リハビリテーション法(Rehabilitation Act)の1973年改正である。同改正法は、障害を理由とする雇用差別の禁止およびアファーマティブ・アクションの提供の義務付


1 ADAの正式名称は、「障害を理由とする差別に対する明確かつ包括的な禁止を確立する法律」(An Act to establish a clear and comprehensive prohibition of discrimination on the basis of disability)である。

けを定めるものであった。しかしながら、その規制対象が、連邦政府、および連邦政府と一定金額以上の契約を結ぶ民間企業等に限定されていたため、一般の民間企業にも及ぶ包括的な障害者差別禁止法の制定が望まれていた。

ADA制定にいたる第一歩は、1988年4月に共和党と民主党の上院議員らによって共同提案の形で提出された「1988年のADA」法案である。その後、法案の再提出や、委員会での議論、公聴会の開催を経て、1990年7月26日にADAの制定に至った。制定過程における議論では、障害者が置かれている状況(学歴、収入、生活水準)について調査を受け、学歴や収入の面で障害者が障害をもたない人よりも不利な立場にあることが明らかにされている。また、障害があることと能力がないこととが同視され、さらに善意という見せ掛けによってうわべを繕うことにより、障害者を差別・排除するような政策・慣行の差別的性質が隠されてきたとの主張がなされた。結果として、障害者の社会への参加が妨げられ、障害者は社会福祉プログラムに依存するようになり、そのためのコストが毎年数十億ドル以上に達していることが指摘されている。国際競争が激化するなかでアメリカが発展していくためには、障害者の活用が重要となるとし、仕事へのアクセスを阻んでいる差別を禁止するADAが制定された。合理的配慮の必要性については、上院および下院の委員会における障害者らの証言により、利用可能な合理的配慮を提供されないことが差別の一類型として挙げられていた。

(2) 制度の概要

以下では、ADAの基本的枠組みを概説し、「合理的配慮」の理解に必要な範囲でADAのなかの個々の規定について解説する。なおADAは、第1編において雇用差別を禁止するが、これだけでなく、公共サービス(公共交通など)(第2編)や、民間事業体によって運営される公共性のある施設およびサービス(商業施設や交通サービス等)(第3編)における差別を禁止し、また、聴覚障害者および言語障害者のためのテレコミュニケーション等に関する規定(第4編)も置いている。以下では特に断らない限り、雇用差別を禁止したADA第1編を単にADAと表記する。

(i)障害をもつアメリカ人法(ADA)の基本的枠組み

ADAは、公民権法第7編とリハビリテーション法をモデルとして作られており、採用から解雇に至るまでの雇用の全局面における障害に基づく差別を禁止している。また救済の手続き・内容も公民権法第7編とほぼ同様である。

規制対象は、適用事業体(covered entity)と呼ばれ、使用者、雇用斡旋機関、労働団体、労使合同委員会(joint labor-management committee)が含まれる(ADA§101(2))。このうちの使用者とは、州際通商に影響を与える産業に従事し、当年あるいは前年に週20時間以上働く15人以上2の従業員を雇用しているものをさす(ADA§101(5)(A))3

適用(保護)対象は、「障害(disability)」をもち、かつ、当該職務に対して「適格性」を有する人であり、そのような適格性を有する障害者に対し、障害を理由として「差別」することが禁止される。「障害」の定義および「適格性」の基準は、他の差別禁止法にはないADAに特徴的な規定である。また、「適格性」の判断に当たっては、「合理的配慮」の提供が検討されなければならない。

ADAの差別禁止の構造は以下のようにまとめられる。

[1]「障害」、すなわち

・ 一つあるいはそれ以上の主要な生活活動(one or more major life activities)を

・ 実質的に制限する(substantially limits)

・ 身体的あるいは精神的損傷(a physical or mental impairment)

をもつ人であって、かつ

[2]「適格性」を有する人、すなわち

・ 職務の本質的機能(essential functions of the job)の遂行を

・ 合理的配慮が提供されたならば、あるいはなくとも

(ただし、配慮することが使用者にとって過度の負担(undue hardship)となる場合を除く)
できる人に対し、

[3]障害を理由に「差別」してはならない。

以下では、ADAの適用対象を理解するため、障害の定義と適格性の要件について検討する。

(ii)「障害」の定義

「障害」の定義について、ADAは、「一つあるいはそれ以上の主要な生活活動を実質的に制限する身体的あるいは精神的損傷」と定める(ADA§3(2)(A))。さ


2 1992年7月の施行当初は25人以上の従業員を雇用する使用者が規制範囲とされていたが、1994年7月以降は15人以上の従業員を雇用する使用者に対して効力が及ぶようになり、公民権法第7編の規定と同一のものとなった。

3 なお、アメリカ合衆国、アメリカ合衆国が完全に所有する法人、インディアン部族、あるいは真正な私的会員制クラブは使用者に含まれない(ADA§101(5)(B))。

らに、「過去にそのような損傷の経歴を有していること」(ADA§3(2)(B))および「そのような損傷があるとみなされていること」(ADA§3(2)(C))も障害に含まれる4

雇用機会均等委員会(Equal Employment Opportunity Commission、以下EEOC)の発行する「ADA第1編についての解釈ガイダンス」(Interpretive Guidance on Title I of the Americans with Disabilities Act) によれば、「主要な生活活動」とは、「一般人における平均的個人がほとんどあるいはまったく困難を感じずに実行できる基本的活動」であり、具体的には「自分の身の回りの世話、手作業、歩くこと、見ること、聞くこと、話すこと、呼吸すること、学ぶこと、および働くことという活動が含まれ、それに限定されない」(§1630.2(i))。実質的な制限かどうかは、[1]損傷の性質および重度、[2]損傷の存続期間または予測存続期間、[3]損傷の永続的・長期的影響、損傷から生じる予想される永続的・長期的影響によって判断される(§1630.2(j))。

このようにADAでは、これが「障害」に当たるという詳細な損傷のリストを置くのではなく、その人の損傷がその人の主要な生活活動を実質的に制限するのかどうかという点から、障害の有無を判断するというアプローチを採用している5

(iii)「適格性」の判断

ADAの定義による障害を抱えていれば、誰でもADAの保護対象となるわけではない。このような障害をもち、かつ当該職務に対する「適格性」を有することが要求される。この「適格性を有する人(qualified individual with a disability)」とは、職務の本質的機能(essential functions of the job)6の遂行を「合理的配慮」があれば、あるいはなくとも、できる人をいう(ADA§101(8))。したがって、合理的配慮をしてもなお、当該職務の本質的機能を遂行できない人は、障害者であってもADAの保護対象とはならない。

適格性の有無は、第一に、当該職務が要求する、障害によっては影響を受けない選定基準をその人が満たしているかによって判断される。第二に、「合理的配慮」についても考慮したうえで、職務の本質的機能の遂行が可能かどうかについて、判断される。なお、職務にとって周辺的な(marginal)業務を遂行できないことは、適格性の判断に影響しない。


4 この障害の定義は、第1編の雇用の分野だけでなくADA全体に通用する定義である。

5 しかしながら、最近の裁判例は障害の範囲を狭く解釈する傾向にある。

6 職務にとって本質的な機能が遂行できればよいのであって、周辺的な(marginal)業務を遂行できないことは適格性の判断に影響しない。

職務のどの部分が本質的機能に当たるかは、使用者の判断が尊重され、求人広告や採用面接の前に書面での職務説明がある場合、これらの書面が職務の本質的機能を示す証拠とみなされる(ADA§101(8))。

(3) 障害者雇用対策における位置付け

アメリカは、障害を理由とする雇用差別を禁止することにより、障害者の雇用の促進を図っている。ADAは差別禁止の枠組みのなかに、「合理的配慮」概念をもちこみ、障害者が職務遂行上必要とする場合に、合理的配慮をしないことがADAの禁止する差別に当たるというアプローチを採用した。以下、ADAの禁止する差別について、「合理的配慮」との関連に着目して解説する。

ADAの差別禁止は、「応募手続、採用、昇進、解雇、報酬、職業訓練およびその他の雇用上の規定、条件および特権」に及ぶ(ADA§102(a))。使用者は、雇用の全局面において、適格性を有する障害者に対し、障害を理由として7差別してはならない。ADAは、意図的な差別(直接差別)だけでなく、障害に対し差別的な効果をもつ基準や管理方法を用いること(間接差別)についても禁止している(ADA§102(b)(3)(A)等)8。障害者を実際に排除したり排除する傾向のある職務基準を用いることは、それが職務に関連しかつ業務上の必要性に合致していない限り許されない(ADA§102(b)(6))。職務基準や試験方法が障害者にとって不利な効果をもつ場合には、合理的配慮を提供することにより、その不利な効果を取り除くことが求められる。

「合理的配慮」との関係では、以下の規定が置かれている。合理的配慮の提供が当該使用者にとって過度の負担となることを証明することなく、応募者または従業員である、適格性を有する障害者の既知の身体的または精神的制限に対して合理的配慮を行わないこと、あるいは、合理的配慮をしなければならないという理由で、そのような応募者又は従業員に雇用機会を与えないことも差別となる(ADA§102(b)(5)(A),(B))。合理的配慮義務は、雇用されている従業員のみならず、応募過程においても適用される。使用者の配慮義務は、既知の障害に対してのみ生じるため、配慮が必要であることは障害者自身が知らせる責任を負う。


7 当該従業員の身体的・精神的損傷が、生活活動を実質的に制限するものである限り、その損傷の種類や程度を理由として差別することも許されない。

8 当該適格性を有する従業員あるいは応募者の関係者が障害者であるということを理由として、平等な雇用機会を与えないことも差別となる(ADA§102(b)(4))。例えば当該従業員の子供が障害者であり、その世話のために時間がかかるかもしれないというような使用者側の考慮から、当該従業員の雇用機会が排除されることを防ぐことが意図されている。

職業能力、職務経験、資格の有無等により昇進等に差異が生じることは、差別に当たらないが、合理的配慮の提供により職務能力が向上するような場合には合理的配慮の提供が義務付けられ、配慮をせずに差別することは許されない。

2.「合理的配慮」の具体的内容

(1)合理的配慮

(i)連邦法(ADA)レベル

ADA§101(9)は、「『合理的配慮』という用語は以下のものを含む」とし、「(A)従業員が使用する既存の施設を障害者が容易に利用でき、かつ使用できるようにすること。(B)職務の再編成、パートタイム化または勤務スケジュールの変更、空席の職位への配置転換、機器や装置の入手・変更、試験・訓練教材・方針の適切な調整・変更、資格をもつ朗読者または通訳の提供、および障害者への他の類似の配慮。」と定めている。このように、ADAの条文上は「合理的配慮」についての定義は置かれていない。配慮の例が列挙されているだけである。

(ii)EEOCによる施行規則および解釈ガイダンス

一連の雇用差別禁止法について各種のガイドラインを作成するEEOCが、ADAの内容についても様々なガイドラインを作成している。裁判所は、EEOCの作成するガイドラインに原則として拘束されないが9、使用者や障害者に対する実務上の影響は大きい。

以下では、「ADAの平等雇用規定を実施するための施行規則(以下、EEOC施行規則)」(Part 1630 Regulations to Implement the Equal Employment Provisions the Americans with Disabilities Act)、「ADA第1編についての解釈ガイダンス(以下、解釈ガイダンス)」(Interpretive Guidance on Title I of the Americans with Disabilities Act)、および「ADAにおける合理的配慮および過度の負担についての実施ガイダンス(以下、実施ガイダンス)」(Enforcement Guidance: Reasonable Accommodation and Undue Hardship)を参考に、ADAが要求する合理的配慮について検討する10

EEOC施行規則によれば、合理的配慮という用語は以下の意味をもつとして、


9 実際に、連邦最高裁もEEOCの作成するガイドラインとは異なる判決を下し、これを受けてEEOCがガイドラインを修正するという動きもみられている。

10 このほか、「中小企業と合理的配慮」(Small Employment and Reasonable Accommodation)、「合理的配慮としての在宅勤務・テレワーク」(Work ad Home/Telework as a Reasonable Accommodation)など、合理的配慮に関し様々なガイドラインが作成されている。

3類型が示されている。第1が応募プロセスにおける調整・変更である。これは募集・採用段階において、障害者が適格性を有するポジションへのアクセスを可能とする措置を意味する。第2が、労働環境や仕事のやり方・状況についての調整・変更である。これは、適格性を有する障害者がその職務の本質的機能を遂行できるようにする措置を意味する。第3が障害をもつ従業員が障害を持たない従業員と同等の利益および得点を享受することを可能にする変更・調整である11。このように、合理的配慮は、[1]募集・採用段階に関するもの、[2]従業員の労働環境・仕事の方法に関するもの、[3]障害をもたない人との同等の立場を確保するもの、というように三段階に分けて検討することができる。

個々の具体的な合理的配慮については、以下の説明がなされている。

【施設・情報へのアクセシビリティ】

従業員が利用する施設を障害者のアクセスが容易になるようにし、また、利用できるようにしなければならない。これには、従業員が職務遂行をする区域だけでなく、従業員が他の目的のために利用する非就業区域(休憩室、食堂、トレーニング室、洗面所など)にも及ぶ。

従業員が利用する情報へのアクセスについても、障害者と障害をもたない人が同等の状況に置かれなければならない。たとえば、視覚障害者に対しては、パソコン装置の整備や拡大印刷等の設備、点字または音声によるメッセージの送付等が合理的配慮として要求される。また、通常放送による情報提供が行われている場合には、聴覚障害者に対しては電子メール等による情報提供が行われなければならない12

【職務の再編成】

職務の再編成とは、障害者が本質的職務を遂行できるように職務の内容を変更すること、および障害者が遂行できない周辺的職務を取り除くことをさす。周辺的な職務を他の従業員に分配することは合理的配慮といえるが、本質的な職務を免除することや新たな職位を設けることは合理的配慮とはいえない。

【勤務地の変更】

勤務地の変更もそれが職務に関するものである限り、合理的配慮として要求され、たとえ会社の既存のルールに反するものであっても合理的配慮として求められることがある13。テレワークに関しても、基本的に合理的配慮に含まれ、個々の事例ごとに合理例が判断される。

【労働時間の変更・休暇の付与】

11 EEOC施行規則1630.2(o)(1)。

12 実施ガイダンス、Question 14。

13 実施ガイダンス、Question 33。

勤務割(work schedule)の変更は、定期的に治療を受ける必要のある人などに対して必要となる。本質的職務を遂行する時間が固定されているような職位において、勤務割の変更が要求された場合には、業務上その変更が大きな混乱をもたらすか、それゆえ過度の負担となるかどうかが検討されなければならない。

休暇の付与も合理的配慮となるが、休暇の期間については特に規定がない。

【空席の職位への配置転換】

現在の職位において障害をもつ従業員に合理的配慮をできない場合、または合理的配慮をしてもなお職務の本質的機能を遂行することができない場合、当該従業員が適格性を有する他の職位への配置転換を検討することが求められる。配置転換先は、賃金・身分等に関して同等な職位であることが望ましいが、同等な職位に空席がない場合、低い等級の職位への配置転換をすることができる。この場合、従前の高い賃金を維持する必要はない。

配置転換はあくまで空席の職位がある場合に検討される必要があるため、新たに職位を設けたり、既に働いている従業員を他に追いやって空席を設ける必要はない。また、応募者は、希望する職位について職務の本質的機能を遂行できることが求められるのであって、配置転換を検討する必要はない。

【試験・訓練教材の調整・変更】

試験や訓練教材を調整したり変更することも合理的配慮となる。試験・教材についても、手話、通訳者、点字、拡大文字、音声案内等の方法を障害者に提供しなければならない14。この義務は企業内外の教育訓練に及ぶ。したがって、社外で訓練を行う場合にも、訓練方法の調整する義務を負うし、さらに訓練場所へのアクセスを確保する義務も負う。

【援助者・介助者の配置】

資格をもつ朗読者や通訳を提供することも合理的配慮として求められるが、義務の範囲については、過度の負担との関係で定まる。

【合理的配慮には含まれないもの】

使用者は、職場で必要となる範囲を超えて、「個人的な」ベネフィットを提供する必要はない(車椅子、メガネ、義足など)。

(2)過度の負担

(1)連邦法(ADA)レベル


14 実施ガイダンス、Question 15。

過度の負担(Undue Hardship)については、ADA§101(10)に定めがある。それによると、「(A)一般に:「過度の負担」とは、(B)に示された要素に照らし、著しい困難または支出(significant difficulty or expense)を必要とする行為をいう。」とされ、「(B)考慮すべき要素:配慮が事業体に過度の負担を課すかどうかを決定する際に考慮される要素。」として以下の4点が挙げられている。すなわち、「(i)この法律の下で要求される配慮の性質およびコスト。(ii)合理的配慮の規定が適用される施設の総財源、その施設で雇用されている被用者の数、経費(expenses)および財源への影響または、配慮がなされたならば、当該施設の運営に与える影響。(iii)適用事業体の総財源、被用者の数という点からいた適用事業体の事業規模、施設の数・種類・立地。(iv)事業体の労働力の構成、構造、機能を含む適用事業体の事業の性質または事業、適用事業体における当該施設の地理的孤立性、管理、財政上の関係。」である。

(3)合理的配慮に関する裁判例

ADAが、どのような措置・対応を合理的配慮として求めているのか、またどの程度の要求が過度の負担となるのかを理解するために、合理的配慮について争われた裁判例を示す。

【アクセシビリティへの配慮】

・Marcano-Rivera v. Pueblo Int'l, Inc., 232 F.3d 245 (1st Cir. 2000)

使用者は、車椅子用のスロープをつけたり点字標識をつけるなどして職場へのアクセスを可能としなければならないし、トイレや給水機へのアクセスも確保しなければならない。

・Vande Zande v. Wisconsin Dep’t of Admin., 44 F.3d 538 (7th Cir. 1995)

車椅子の従業員のためにランチルームのシンクを低くすることは、そのためにかかる高いコストやトイレにある低いシンクがあることを考慮すると、使用者に対して過度の負担を課すことになる(使用者勝訴)。

【職務の再編成】

・Alexander v. The Northland Inn, 321 F.3d 723 (8th Cir. 2003)13

職務の再編成が、職務内容の核となる部分を変更したり、他の従業員に大きな負担を負わせることにならないならば、使用者は障害者ができない職務を他の従業員に割り当てなければならない。本件では、職務の本質的機能について


15 原告は、ホテルの清掃業務をするスタッフの監督的役割を果していたが、原告の職務はそれらのスタッフの監督と同時に清掃の手伝いをすることも含まれる。したがって、腰および首の損傷により床の清掃ができないことは、職務の本質的機能を遂行できないことになり、そのような本質的機能を他のスタッフに割り当てることはADAの要求するところではない。

まで、他の従業員に割り当てる義務は使用者にないとして、使用者勝訴の原審を認容。

【労働スケジュールの変更16

・Ward v. Massachusetts Health Research Institute, 209 F.3d 29 (1st Cir. 2000)

障害者の治療や休息の必要に応じて労働スケジュールを柔軟化すること、または、合理的な期間の無給休暇を認めることは、ほとんどの場合過度の負担とはならない。(使用者勝訴の原審を差戻し)

・Walsh v. United Parcel Service, 201 F.3d 718 (6th Cir. 2000)

極めて長期(18ヶ月)の休暇を超えてなお休暇を認めることは過度の負担となる(使用者勝訴)。

・Terrell v. USAir, 132 F.3d 621 (11th Cir. 1998)

通常パートタイム労働を認めていない場合は、無期限的にパートタイム労働を障害をもつ従業員に認めることは過度の負担となりうる。(使用者勝訴)

・Vande Zande v. Wisconsin, (7th Cir. 1995)

ほとんどの職務は監督下においてチームで行われるため、生産性を下げずに自宅で勤務する事は一般的に困難である。指揮命令を受けない在宅勤務を認めることは一般に合理的配慮としては要求されない(否定)。

・Humphrey v. Memorial Hospitals Association, 239 F.3d 1128 (9th Cir. 2001)

テレワークを障害をもつ従業員に認めることが過度の負担となるかどうかは、従業員の仕事の性質によって決まる(使用者勝訴の原審を破棄・差戻し)。

【配転・再配置】

・Smith v. Midland Brake, Inc., 180 F.3d 1154 (10th Cir. 1999)

同等の職位に空席があり、かつ他の配慮が不適切な場合、その空席を障害をもつ従業員に競わせるだけでは足りない。先任権が関与しない限り、障害をもつ従業員が空席に再配置されるべきである。

・Burchett v. Target Corp., 340 F.3d 510 (8th Cir. 2003)


16 無給の休暇を合理的な範囲で認めることも、合理的配慮であると考えられているが、これに関連する連邦法として、1993年に制定された家族および医療休暇法(Family and Medical Leave Act、以下FMLA)がある。FMLAは、従業員本人の傷病の治療、従業員の近親者の傷病等に対する看護、または従業員の出産・育児等に対し、無給休暇を付与することを使用者に義務付けるものである。FMLAに基づく無給休暇が認められるためには、勤続期間や労働時間などの要件を満たす必要があり、またその期間も1年間に12週間までと定められている。他方、ADAの合理的配慮としての休暇が認められる場合には、それらの要件を満たす必要はなく、休暇の期間の定めもない。

再配置は「最終手段」であって、従業員が働き続けられる場合にのみ講じる必要がある。

・Jay v. Intermet Wagner, Inc., 233 F.3d 1014 (7th Cir. 2000)

合理的配慮として「新しい」職位を設ける必要はない。(使用者勝訴の原審を維持)

・Hansen v. Henderson, 233 F.3d 521 (7th Cir. 2000).

現職者を他に追いやって職位を空けることまでは合理的配慮義務として要求されない。(使用者勝訴の原審を維持)。

・Lucas v. W.W. Grainger, Inc., 257 F.3d 1249 (7th Cir. 2001)

空席の職位は、障害者が以前就いていた職務と同様・同等のものでなければならない。高い賃金が支払われる職位に就かせる必要や、以前とはまったく異なる内容の職務に就かせる義務はない。(使用者勝訴の原審を維持)

・Williams v. United Ins. Co. of America, 253 F.3d 280 (7th Cir. 2001)

従前の職務が障害ゆえに遂行できなくなり、他の職位への配置転換を検討するに当たり、より適格性を有する他の従業員を差し置いてまで、障害をもつ従業員をその職位に配置する必要はない。(使用者勝訴の原審を維持)

・EEOC v. Humiston-Keeling, Inc., 227 F.3d 1024 (7th Cir, 2000)

他の候補者が極めて高度の適格性をもつ場合には、最低限の適格性を有する障害者を再配置することは過度の負担になりうる。

・U.S. Airways, Inc. v. Barnett, 122 S.Ct. 1516(2002)

先任権に反する場合は、たいていの場合過度の負担となりうる。

3.実効性確保(権利救済)措置・手続

アメリカにおいて雇用差別禁止法に基づいて救済を求める場合、まず行政(EEOC)上の手続きを経なければならない。したがって、ADAに基づく救済の請求も、行政上の救済を尽くしたうえで、裁判所での救済を求めることになる。

(i)司法上の救済枠組み

司法上の救済については、公民権法第7編の手続きと同じ枠組みが用いられている。(3)で示したように、EEOCから訴権付与通知を得た差別の被害者は、裁判所に訴えを提起することができる。提訴は、訴権付与通知が送達されてから原則として90日以内になされなければならない。裁判所での主張は、EEOC等での行政上の審査には拘束されず、新たに開始される。差別の「合理的根拠」としてEEOC等で認定された事項が、証拠として認められるかどうかは、認定の性質および当事者の参加の程度によって決まる。

陪審による審理を受ける権利は、金銭的な損害賠償を認めている場合に限られ、その場合、どちらの当事者からも陪審審理を求めることができる。

司法上の救済は、被害者の被った身体、財産その他の損失(精神的損害)を填補するために支払われる補償的損害賠償(compensatory damages)と、懲罰的損害賠償(punitive damages)、採用、復職、バックペイ等がある。補償的損害賠償は、被害者の被った身体、財産その他の損失(精神的損害)を填補するために支払われるもので、懲罰的損害賠償は、違反者に積極的な悪意または従業員の権利の甚だしい軽視があったことを原告が証明した場合にのみ与えられる17。なお、損害賠償が認められるのは意図的な差別(直接差別)のみであり、差別的インパクト(間接差別)ゆえの違反に対しては損害賠償は否定されている。

(ii)差別事件の立証ルール

アメリカでは、公民権法第7編に関する裁判例のなかで、差別の立証方法として、以下のルールが形成されている。

差別意思を示す直接証拠が存在しない場合、様々な間接証拠から差別意思を推認することが必要となるが、この立証方法について、連邦最高裁は二つの最高裁判例18を通し、原告と被告に証明の機会と責任を分配する3段階のルールを確立した。

第1段階として原告(労働者)が、法が差別を禁止する事由(人種、性など)に基づいて、異なる不利な扱いをされたことを証明しなければならない(これを「一応の証明」(prema facie case)という)。第2段階として被告(使用者)が、その反証として、適法で非差別的な理由があることを提示する責任を負う。第3段階として再び原告が、被告の述べた理由は差別的な動機を隠すための口実であることを証明する機会を与えられる。このような原告と被告に証明責任を分配するルールは、差別意思の推定以外の場面でも利用されるようになり、ADA事件のなかでも類似の3段階ルールが利用されている。

(iii)合理的配慮が争われた事件での立証ルール

合理的配慮について争われた連邦最高裁判所(U.S. Airways, Inc. v. Barnett)が、両当事者の立証責任について、以下の判断をおこなっている。

原告(労働者)が、合理的配慮を提供されたならば職務の本質的機能を遂行でき、かつ、そのために必要な配慮が合理的であるならば、原告は「適格性」


17 ただし、違反者が政府機関である場合には懲罰的損害賠償は認められない。

18 McDonnell Douglas Corp. v. Green, 411 U.S. 792(1973), Texas Dept. of Community Affairs v. Burdine, 450 U.S. 248(1981).

を有するということになる。したがって、原告は、その配慮がなされたならば職務遂行ができることを示し、その配慮は、一見したところでは合理的であるということを証明しなければならない。原告がこの証明に成功した場合、責任は被告(使用者)に移り、提案されている配慮は過度の負担になることを被告が証明しなければならない。

このほか、連邦最高裁は、「合理的配慮が職場の中立ルールに反していたり、障害をもたない人よりも障害者を優遇するようなものであっても、単にその事だけをもって当該配慮が合理的ではないということになるわけではない」こと、とはいえ「『合理的』という言葉は、『効果的』という言葉と同義ではないし、同僚従業員への影響のゆえに当該配慮が合理的ではないと判断される場合もある。確かにADAは職場に障害者が参画することを促進する積極的な行為を要求するものであるが、それらは多大な合理性を超えた行為までをも要求するわけではない」ことを述べている。

(2) 公法上の効果の有無・内容(罰則/助言・指導・勧告/公表/命令 等)

特になし。

  (3) 行政機関等による救済手続(相談/助言・指導/斡旋・調停・仲裁/調査 等)

雇用差別の救済を求める場合、差別の被害者は裁判所に提訴する前にEEOCへの申立(charge)をしなければならない。申立期限は差別行為のあった日から原則として180日以内と定められている。申立の際には、[1]差別の申立人と差別をした人・企業の名前、[2]差別行為の性質についての概要(採用、解雇、ハラスメントなど)、[3]差別の種類(人種m性、出身国、宗教、年齢、障害)19、[4]当該差別がなされた時間と場所を記載しなければならない。

申立を受けたEEOCは、申立人が訴えている相手方(使用者など)に通知を行い、申立について調査(investigation)し、ADA違反であるということを信じるに足る合理的根拠(reasonable cause)があるかどうかを判断する。差別についてのそのような根拠がある場合、EEOCは、協議(conference)、調整(conciliation)および説得(persuasion)を通して差別的実務を排除するよう努めなければならない。

調査や調整を行っている間の180日間はEEOCが排他的管轄権を有し、その手続きによっては差別が解決されない場合、EEOC自らが原告となって訴訟を提起


19 EEOCへの差別の申立は、ADAに基づくものだけでなく、公民権法第7編に基づく申立や年齢差別禁止法(Age Discrimination in Employment Act)に基づく申立等がある。

することができる。180日を経過してもEEOCが提訴しない場合、EEOCは被害者に訴権付与通知(Notice of Right to Sue)を送達する。被害者はこの訴権付与通知を得ることによってはじめて司法上の救済手続きを開始することができる。

(4) その他(企業内での苦情処理義務 等)

使用者の義務として定められている訳ではないが、合理的配慮を提供する際の使用者と障害者との協議がEEOCによって重視されている。

障害の程度や状態、職務内容は多種・多様であるため、具体的な場面において、どのような配慮をすることが適切であるかが、単純に決まるわけではない。そのため、配慮の内容を決定し実施するプロセスにおいては、使用者と障害者が話し合ってお互いの情報を共有することが重要になる。EEOCは、この過程を「インフォーマルな相互関与プロセス」と呼び、適切な合理的配慮を提供するための重要なツールと位置づけている。このプロセスにおいては、まず職務の本質的機能が何であるかが決定され、その機能を遂行する上で妨げとなる障壁(特定の任務や労働環境等)が検討される。次に、その障壁を取り除くことのできる配慮の候補がいくつか確認され、それらを有効性および平等機会の観点から評価し実際に供与する配慮が決定される。

解決に至らず裁判になった場合に、このようなプロセスを経て誠実に対応したかどうかは、裁判で重視されるわけでは必ずしもない。しかし、実際の問題として使用者は裁判で不利になることのないよう、誠実に対応することが多いといわれている。

4.その他

ADA制定以降の障害者雇用の促進効果については、様々なところで研究されているが、積極的な効果はみられていないというのがだいたいの統一的な見解である。すなわち、ADAの制定前後の雇用率および賃金について調査した結果、賃金については大きな変化はみられていないものの、障害をもつ労働者の雇用率が障害をもたない労働者の雇用率に比べて低下したことが報告されている(Acemoglu & Angrist2000:921-924)。

しかし、障害者の雇用率の低下が、ADAの制定によるものなのか、あるいは、障害者給付等の他の要因によるものなのかは、必ずしも明らかとなっていない。また、雇用水準の低下はADAの影響によるものだとの主張のなかでも、合理的便宜にかかるコストが原因であるとする論者(DeLeire2000)や、採用時の差別の立証が困難であることが原因であるとする論者(Jolls2000)など、共通の理解があるわけではない。


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