資料4−1

我が国における「合理的配慮」のあり方について(論点整理)

1 はじめに

○ 2006年12月に国連で採択された障害者の権利に関する条約(以下「権利条約」という。)については、2007年9月に我が国として署名したことを踏まえ、その締結に向けて、国内法制の整備を図る必要があるところである。

権利条約は、障害者の権利及び尊厳を保護・促進するための包括的・総合的な国際条約であり、アクセシビリティ、家族、教育、労働等様々な分野において、講ずべき事項を規定している。

○ このうち、労働・雇用に関しては、第27条において、

[1] あらゆる形態の雇用に係るすべての事項(募集、採用及び雇用の条件、雇用の継続、昇進並びに安全・健康的な作業条件を含む。)に関する差別の禁止、

[2] 公正・良好な労働条件、安全・健康的な作業条件及び苦情に対する救済についての権利保護、

[3] 職場において合理的配慮が提供されることの確保

等のための適当な措置をとることにより障害者の権利の実現を保障・促進することとされている。

○ これらについては、経済的、社会的及び文化的権利として、締約国は、その完全な実現を漸進的に達成するため、自国における利用可能な手段を最大限に用いること等により、措置をとることとされているが、現行の雇用関係法令上、明確に位置付けられていない事項が含まれていると考えられる。

このうち、特に、[3]の「合理的配慮」についてはこれまでの我が国にない概念であり、これを既に国内法制に取り込んでいる各国の状況を参考に、どのような措置を講ずることが考えられるのか、その際、我が国の国内法制に組み込むことについてどのような課題があるのか、整理することとする。

2 障害を理由とする差別の禁止と「合理的配慮」との関係

○ 権利条約は、「合理的配慮」とは、「障害者が他の者と平等にすべての人権及び基本的自由を享有し、又は行使することを確保するための必要かつ適当な変更及び調整であって、特定の場合において必要とされるものであり、かつ、均衡を失した又は過度の負担を課さないもの」(第2条)と定義し、職場における合理的配慮の提供を締約国に求めている(第27条)。

一方、権利条約は、「障害を理由とする差別」とは「障害を理由とするあらゆる区別、排除又は制限であって、政治的、経済的、社会的、文化的、市民的その他のあらゆる分野において、他の者と平等にすべての人権及び基本的自由を認識し、享有し、又は行使することを害し、又は妨げる目的又は効果を有するもの」であり、合理的配慮の否定もこれに含まれると定義しているところである(第2条)。

このため、障害を理由とする差別の禁止と合理的配慮との関係をどのように理解し、国内法において位置付けるか問題になる。

○ アメリカでは、「障害をもつアメリカ人法」(以下「ADA法」という。)において、採用から解雇に至るまでの雇用の全局面における障害に基づく差別を禁止している。その適用対象は、「障害」をもち、かつ、当該職務に対して「適格性」を有する人とされているが、ここで、「適格性」を有する人とは、職務の“本質的機能”の遂行を、“合理的配慮が提供されたならば”、あるいはなくとも(ただし、配慮することが使用者にとって過度の負担となる場合を除く)できる人、とされている。

また、使用者が、合理的配慮の提供が過度の負担となることを証明することなく、適格性を有する障害者の身体的または精神的制限に対して合理的配慮を行わないことも差別になるとされている。

すなわち、「合理的配慮」概念は、差別禁止の一基準であると同時に、その拒否を差別と位置付けることにより、使用者に対する義務としての側面を有している。

○ フランスでは、平等取扱いを促進するために障害者に対してなされる「適切な措置」の拒否は差別になるとされており、使用者は、過度の負担が生じる場合を除き、具体的な状況に応じて障害者に資格に応じた雇用や職業訓練が提供されるよう「適切な措置」を講ずることとされている。

○ ドイツでは、「合理的配慮」に相当するものとして、重度障害者は、障害および仕事に対する影響を考慮したうえで、雇用主に対して、企業施設、機械、装置や職場、労働環境等を含めた作業場の設置・整備など、一定の事項を請求する権利を有するが、当該請求を履行することが、雇用主にとって過大であり、極端な出費を強いることになる等の場合には請求権はないものとされている。

○ 以上から、「合理的配慮」について、その位置付けについて、

[1] 合理的配慮を行うことを、一般的な使用者の義務若しくは労働者の請求権とするか否か、又は、差別禁止の判断要素とするか、

[2] 合理的配慮の拒否そのものを差別として違法とするか、又は、その拒否により差別が生じていることを違法とするか、

といった点が検討課題として考えられる。

[1]については、アメリカ及びフランスにおいても、合理的配慮の拒否を差別として禁止することにより、実質的には使用者に合理的配慮を行うことを義務付けていることになるので、各国に大きな相違はないと考えられる。

[2]については、フランス及びドイツでは、合理的配慮の拒否そのものを違法としている法制度になっているが、実際の紛争においては、差別又は不利益待遇の禁止を理由とした損害賠償請求等の形で争われている。

いずれの国でも、実質的には合理的配慮の拒否により何らかの差別が生じていることに対して救済を図っている点では相違がないと考えられるが、我が国において、どのような法律構成とするかについては、検討が必要である。

3 障害を理由とする差別

○ 前述のとおり、各国の制度をみると、「合理的配慮」は、障害を理由とした差別の禁止と密接に関連しており、差別禁止は、権利条約に規定された大きな柱であることから、まず、障害を理由とした差別の禁止について、整理を行う。

(1) 障害を理由とする差別の禁止

○ アメリカにおいては、いち早く1990年に「障害をもつアメリカ人法」(Americans with Disabilities Act。以下「ADA法」という。)が制定されている。

フランスにおいても1990年に「障害及び健康状態を理由とする差別を禁止する法律」が、ドイツにおいても2001年に「社会法典第9編『障害者のリハビリテーション及び参画』」等が制定される等、差別禁止規定が整備されてきたところであり、さらに、均等待遇に関する2000年のEUの指令を受けて国内法の改正が行われている。

○ 我が国においては、障害者基本法において、「障害者に対して、障害を理由として、差別することその他の権利利益を侵害する行為をしてはならない」(第3条第3項)ことを規定しているが、担保措置は明記されておらず、雇用面での障害を理由とした差別の禁止について、具体的に担保されているとは言い難い。

このため、権利条約の趣旨を踏まえ、我が国においても、担保措置や具体的な基準も含めた法的整備を図ることについて、検討する必要がある。

その際、以下の点に留意する必要がある。

[1]「障害を理由とする」差別

「障害を理由とする」差別とは、障害の有無を理由とした差別を指すのか、又は障害全般(障害の種類、程度等も含まれる)を理由とした差別を指すのか(例えば、募集・採用の際に、障害があることを理由に採用拒否することを指すのか、軽度障害者は採用するが重度障害者の採用を拒否することも含むのか)という問題がある。アメリカ、フランス及びドイツにおいては、障害の有無のみならず障害の種類や程度を理由とした差別についても禁止していることを踏まえれば、我が国においても、後者の考え方を採ることが考えられる。

[2]間接差別

権利条約は、障害者が他の者と平等に人権・基本的自由を享有・行使することを妨げる効果を有するものを差別と定義しており、また、アメリカ、フランス及びドイツにおいても、間接差別も禁止しているところである。

募集条件、勤務条件等において、外見上は中立的でも、障害者にとって相当の不利益(不都合)を与え、かつ職務とは関連のない条件を設定するなど「合理性」のない条件等を設定し、実質的に障害者を差別することは、このような間接差別に該当すると考えられるが、何をもって「合理性」があるとするか(例えば、職場等での勤務が必要な職種・業務について、自力で通勤できることを募集条件とすることが「合理性」があるか否か)については、整理が必要である。

[3]差別と職務能力との関係

また、[2]の間接差別には該当しないが、障害があるために、知識面、技術面、身体面(移動その他の生活活動等)、コミュニケーション面等の一部の能力が十分でない場合に、当該能力に基づき職務能力を評価した結果として、勤務条件や賃金を異ならせることも、実質的に障害者の権利(特に採用)を実現する観点から、差別に当たるとの意見も聞かれるところである。

アメリカにおいては、職務能力、職務経験、資格の有無等により昇進等に差異が生じることは、差別に当たらない(なお、合理的配慮の提供により職務能力が向上する場合には、配慮をせずに差別することは許されない)。また、フランスにおいては、労働医によって確認された労働不適性に基づく取扱いの差異は、客観的かつ必要なものである限り、差別には当たらない。ドイツにおいても、職業上の要請に基づく異なる取り扱い等については一定の条件のもとで認められている。

我が国においても、職務能力と採用基準、勤務条件、賃金等との関連性が各国ほど明確でない面があるとはいえ、職務能力がこれらの重要な判断要素であることは間違いなく、合理的配慮が適切になされた上でなお職務能力に基づく評価としての差異が生ずることをまでも否定することは適当でないと考えられる。

[4]「あらゆる形態」の雇用

権利条約では、「あらゆる形態の雇用」に係る差別を対象として規定しているところである。これには、むしろ福祉的観点からサービス提供の是非、内容等が定められる授産施設等は含まれないと考えられるが、雇用契約を締結した上でサービス提供がなされる就労継続支援(A型)については、どのような形で適用できるか、さらに検討する必要がある。このほか、例えば派遣労働における派遣先事業主への適用関係等についても、検討が必要と考えられる。

(2) 差別が禁止される「障害者」の範囲

○ アメリカでは、「障害」を持ち、当該職務に対する「適格性」を有する者が対象である。すなわち、障害の種類・対象を限定していない。

○ フランスでは、「障害及び健康状態」を理由とする差別が、差別禁止の一般原則において禁止されている(労働法典L.122-45条)。差別禁止原則における「適切な措置」の対象となる障害者の範囲は、雇用義務制度の対象者(戦争遺族を除く。)と重なり、障害者権利自立委員会により障害労働者認定を受けた者、障害により労働・稼得能力が3分の2以上減少していることを条件として障害年金を受給している者等に限定されている(障害の種類での限定はない)。なお、障害労働者認定は任意の制度であるのに対して(障害を持っていても雇用義務制度の枠外で雇用されることが可能)、差別禁止原則は、認定の有無に関わらず適用される。

○ ドイツでは、差別禁止の対象となる障害者の範囲は、重度障害者(労働能力喪失程度が50%以上の障害のある者)及び重度障害者と同等にみなされる障害者(労働能力喪失程度30%以上の障害がある者を含む)に限定される。

○ 以上のように、差別禁止の対象となる障害者の範囲は各国において異なり、フランス及びドイツにおいては、雇用率制度と連動させているが、アメリカにおいては広範に設定されているところであり、我が国において、差別禁止の対象となる障害者の範囲をどのように設定するのか、検討する必要がある。

(3) 事業主の範囲

○ アメリカにおいては、差別が禁止される事業主の範囲を、週20時間以上働く15人以上の従業員を雇用している者等に限定されている。

一方、フランス及びドイツにおいては全ての使用者を対象としているところであり、差別を禁止する事業主の範囲についても、併せて検討する必要がある。

(4) 差別が禁止される事項

○ 権利条約においては、雇用に係るすべての事項を対象としており、特に、「募集、採用及び雇用の条件」「雇用の継続」「昇進」「安全・健康的な作業条件」が含まれる旨を明記しているところである(第27条第1項(a))。

○ 雇用面での差別禁止事項としては、アメリカにおいては、「応募手続、採用、昇進、解雇、報酬、職業訓練およびその他の雇用上の規定、条件および特権」が対象となっている(ADA法第102条(a))。

フランスにおいては、「募集手続や企業での研修・職業訓練からの排除、懲戒、解雇」「報酬・職業訓練・再就職・配属・職業資格・職階・昇進・異動・契約更新における直接的あるいは間接的な差別的取扱い」が禁止の対象となっている(労働法典L.122-45-4条)。加えて、健康状態や障害を理由とする採用拒否、懲戒、解雇、健康状態や障害に依拠する条件を募集や研修・職業訓練の申込みに付することは、刑法典において、刑罰の対象となっている。

ドイツにおいては、「職業活動の機会を得るための条件、労働条件、職業相談・職業教育の機会、職業団体等への参加」等が対象となり(一般均等待遇法)、また、解雇については、障害を理由とした解雇を禁止している(解雇保護法)。

○ 各国の状況を踏まえ、差別禁止事項として以下の事項については検討を行う必要があると思われる。

[1] 募集(応募)手続、採用

[2] 賃金その他の労働条件

[3] 昇進、配置

[4] 職業訓練(教育)

[5] 解雇、契約更新(雇止め)

○ また、各国において異なる取扱いが見られる事項については、国ごとの制度、慣習等によって異なり得るものであり、慎重な検討が必要ではないかと考えられる。特に、以下の点については、我が国の制度、慣習等に照らして様々な問題が生じ得ると考えられる。

[1]募集及び採用

○ アメリカにおいては採用そのものも差別禁止事項であり、違反した場合には損害賠償請求の対象となる。

フランスにおいては、まず、労働法典において「募集手続」からの排除が差別に該当するとして禁止されている。他方、採用拒否は、労働法典では差別禁止事項に挙げられていないが、刑法典において罰則が科されることとなっている(拘禁刑・罰金)。

ドイツにおいても、「職業活動の機会を得るための条件」(採用条件も含まれる)についての不利益待遇が禁止され、違反した場合には損害賠償請求の対象となる。

○ 我が国では、採用に関しては事業主に広範な裁量があると考えられており、例えば、性別による差別禁止(雇用機会均等法第5条)や年齢による差別禁止(雇用対策法第10条)についても、「募集・採用の機会」について差別を禁止しているところである(これらは、応募条件からの排除など募集・採用の機会を均等に確保すべきことを規定しているが、採用そのものの差別的取扱いまでを禁止しているわけではない)。

また、採用については、具体的紛争において差別の存在が認められたとしても、他の応募者がいる中で、当該障害者を採用すべきとまでは(少なくとも行政・司法機関等は)直ちに判断できないため、担保措置についても難しい面がある。

[2]賃金、安全衛生その他の労働条件

○ アメリカ、フランス及びドイツにおいては、いずれも賃金について、障害を理由とした差別を禁止しているところである。

○ 我が国では、職務内容と賃金との関係が明確でなく、年齢、家族構成等様々な要素から賃金が決められており(そもそも賃金は労使間で決定すべきとのみ規定され、賃金額の決定要素は規定がない)、実際に障害を理由とした差別であるか否かをどのように判断するか大きな課題である。

○ 差別の有無は合理的配慮判断と関連し、シロクロを単純につけられるものではない中で、どのように差別禁止を担保するかについては、さらに検討する必要がある。

○ 賃金以外の労働条件についても、例えば、男女雇用機会均等法においては、退職の勧奨や解雇についても差別禁止が規定されており、労働条件のうちどの範囲についての差別を禁止するかについても、さらに検討する必要がある。

4 「合理的配慮」義務

(1) 具体的内容

○ 1で述べたとおり、アメリカ、フランス及びドイツにおいても、法令上の規定の仕方に相違はあっても、実質的に事業主に対して合理的配慮を行うことを義務付けているところであり、我が国においても、何らかの形で、事業主が障害者である労働者(又は応募者)に対して「合理的配慮」を行うようにしていくことが考えられる。ここでは、その内容が必ずしも明らかでない「合理的配慮」について、具体的にどのような配慮が求められるのか、考察する。

○ 権利条約においては、「合理的配慮」とは、「障害者が他の者と平等にすべての人権及び基本的自由を享有し、又は行使することを確保するための必要かつ適当な変更及び調整」であって、「特定の場合において必要とされるもの」かつ「均衡を失した又は過度の負担を課さないもの」とされている(第2条)。

○ アメリカにおいては、ADA法上明確な定義はなく、[1]施設を容易に利用・使用できるようにすること、[2]職務の再編成、パートタイム化、勤務スケジュールの変更、配置転換、機器・装置の入手等、試験等の適切な調整、朗読者・通訳の提供その他の類似の配慮を例示している。

○ フランスにおいては、労働法典上「適切な措置」として、[1]労働環境の整備−機械や設備を障害者が利用可能なものにする、作業場所や就労場所の整備(障害労働者が必要とする個別の介助や設備を含む)、就労場所へのアクセス保障、[2]労働条件への配慮−労働時間の調整(障害者を介護する家族等にも認められる)が定められている。

○ ドイツにおいては、社会法典上「合理的配慮」として、重度障害者が雇用主に対して以下のことを請求する権利を有することとされている。

[1]自らの能力と知識を最大限に活用し、一層発達させることのできる仕事

[2]職業的進歩を促すための職業教育が企業内措置として実施されるよう特別に配慮する。

[3]職業教育の企業外措置に参加できるように妥当な範囲で便宜を図る。

[4]企業施設、機械、装置ならびに職場、労働環境、職務編成及び労働時間の構成を含む障害に応じた作業場の設置と整備

[5]必要な技術的作業補助を職場に装備

○ このように、「合理的配慮」の内容は、各国とも法令上必ずしも明確でなく、また国によって相違が見られるため、各国の公約数的な内容を抽出することは容易ではない。このため、ここでは、特に事例の蓄積が進み、EEOC(雇用機会均等委員会)によるガイドラインが整備されているアメリカにおける「合理的配慮」の具体的内容を参考に、その外縁をイメージすることとしたい。

○ アメリカにおいては、EEOCのガイドラインや裁判例において、以下のような内容が示されている。

1) 施設・情報へのアクセシビリティ等

・  スロープ、点字標識の設置、トイレ、給水器へのアクセスの確保 等

・  視覚障害者に対するパソコン装置の整備、拡大印刷等の整備、点字や音声によるメッセージの送付、聴覚障害者に対する電子メールによる情報提供(通常は放送による情報提供が行われている場合) 等。

2) 職務の再編成

本質的職務を遂行できるよう職務の内容を変更すること、周辺的職務を取り除くこと(他の従業員への分配等)等。

3) 勤務地の変更

職務に関するものであれば、会社の既存のルールに反するものであっても合理的配慮となる。テレワークも含まれるが、通常は指揮命令を受けている職務について指揮命令を受けない形での在宅勤務を認めることまでは一般的には含まれない。

4) 労働時間の変更・休暇の付与

定期的に治療が必要な者等に対して必要(休暇については車椅子等の修理、介助犬の訓練、手話・点字の訓練等の理由も可〔EEOC16〕)。スケジュールの柔軟化、合理的な期間の無給休暇の付与は通常「過度の負担」とはならないが、超長期かつ復帰目途の立たない休暇や、通常フルタイムの職場での無期限的なパート労働等は「過度の負担」となり得る。

5) 空席の職位への配置転換

現在の職位では配慮できない場合又は配慮をしても職務遂行できない場合に、他の職位への配置転換を検討する必要がある(空席があれば賃金・身分等が同等な職位が望ましい)。

空席がある場合には、障害者を候補者とするだけでは足りないが、“極めて高度の適格性”をもつ他の候補者を差し置いて配置することまでは求められない(過度の負担となり得る)。

年功序列制度がある中で、それに反する配置転換までは、「合理的な」配慮としては求められない。

6) 企業内外における教育訓練・試験

訓練教材や試験を調整・変更することも合理的配慮に当たる。教育訓練(企業の内外を問わない)や試験を行う際に、手話、通訳者、点字、拡大文字、音声案内等の方法を障害者に提供しなければならない。

7) 援助者・介助者の配置

資格をもつ朗読者や通訳を提供することも求められるが、どの程度提供(配置)するかについては過度の負担との関係で定めることになる。

○ これらの配慮事項のうち、我が国に導入した場合に、我が国の制度、慣習等にかんがみて、今後検討を深めていく必要があると考えられるものとして、以下のような事項が挙げられる。

【職務の再編成】

“本質的職務”を遂行できるよう職務の内容を変更したり、“周辺的職務”について他の従業員に分配すること等は、障害者に対する配慮として望ましいものと考えられるが、一方で、我が国においては、職務の“本質的”部分と“周辺的”部分との切り分けが困難であって、どこまでが「合理的配慮」に該当するかが明らかでない場合が多いことに留意する必要がある。

【勤務時間の変更】

集団的な業務遂行が一般的な我が国において、当該職場の制度・ルールにない勤務方法の調整(在宅勤務、テレワーク、短時間労働)をどこまで求めるか。

【配置転換】

我が国では、「職位」に係る職務内容が必ずしも明確でなく、また、年功序列的かつキャリア形成を重視した配置が一般的に行われている中で、他に“高度の適格性”を有する候補者がいない場合には当該障害者を配置すべきことまで「合理的配慮」に含めるべきか。

【援助者・介助者の配置】

朗読者、手話・指文字等の介助者やジョブコーチの配置まで求められるのか。これが配慮に含まれるとすれば、逆に、「介助者なしで、〜の業務を遂行できること」を採用・勤務の条件として設定することは、合理的配慮を欠いた結果としての募集手続上の差別に該当するとも考えられる。

このような援助者の配置について、

[1] 基本的に「合理的配慮」に含まれるが、「過度の負担」となる場合には置かなくてもよい、

[2] “本質的(中核的)職務の遂行”には、援助者なしに遂行できることが必須である場合には、そもそも援助者を置くことは「合理的配慮」に含まれない、

の両様の考え方がある。[2]の立場に立つ場合には、「合理的配慮」の要件として、“本質的職務”“適格性”といった考え方を検討する必要があると思われる。

【募集手続】

応募者の障害の種類、程度等に応じて、アクセシビリティを確保したり、試験方法を調整することは合理的配慮に含まれると解されるが、さらに、「評価過程の調整」を含めるべきか、という論点がある。

【企業内苦情処理】

○ アメリカにおいては、合理的配慮の内容とはされていない一方、EEOCにおいては差別の判断に当たって企業内苦情処理手続を設けることを重視しており、実務上重要なものと理解されている。

○ どのような配慮が「合理的」であるかは個々のケースごとに様々であり、障害者にとって、配慮内容ができる限り「効果的」なものとなるよう、我が国においても、企業内において苦情処理手続(相談を含む)が整備されることを推進することが考えられる。

(2) 過度の負担

○ アメリカにおいては、「過度の負担」とは、配慮が事業体に過度の負担を課すかどうかを決定する際に考慮される以下の要素に照らし、著しい困難または支出を必要とする行為とされている。

(i) この法律の下で要求される配慮の性質およびコスト。

(ii) 合理的配慮の規定が適用される施設の総財源、その施設で雇用されている被用者の数、経費(expenses)および財源への影響または、配慮がなされたならば、当該施設の運営に与える影響。

(iii) 適用事業体の総財源、被用者の数という点からいた適用事業体の事業規模、施設の数・種類・立地。

(iV) 事業体の労働力の構成、構造、機能を含む適用事業体の事業の性質または事業、適用事業体における当該施設の地理的孤立性、管理、財政上の関係。

○ フランスにおいては、「過度の負担」が生じるか否かの判断においては、使用者が負担する費用の全部または一部を補填する様々の助成が考慮され、こうした助成を考慮してもなお、適切な措置の費用が、企業の負担能力を超えている場合にのみ、「過度の負担」が生じているとされる。

○ ドイツにおいては、雇用主にとって過大であり、極端な出費を強いることになる等の場合に、過度な負担と認められることとされている。

○ なお、「過度の負担」とは、配慮に係る金銭的負担(例えば施設・設備の改修等)のみならず、勤務時間や職務内容の変更などの雇用管理上の負担等も含まれる概念である。

○ 「過度の負担」について、アメリカのように企業規模をその判断要素としている場合があるが、我が国においても、大企業と中小企業では対応能力に差異がある中で、企業規模の差異をどのようにとらえるか。

○ どのような配慮が「過度の負担」と言えるかについては、個々の事例によって異なり、詳細な基準を設けることは困難であり、アメリカのように、判断基準を明確にするとともに、事例の蓄積を行っていくことが考えられる。

○ なお、「合理的配慮」のうち、特に作業施設・設備の整備や援助者の配置等、経費を要する事項については、フランスにおいては、法律上、企業に提供される様々な助成・支援を考慮した上で、求められる配慮に係る負担が過重か否かを判断することとされている。納付金の支払先であるAgefigh(非営利民間組織:association privee)からの助成措置は、制度的に「合理的配慮」と関連づけられている。

我が国の納付金制度に基づく助成金は障害者雇用のための設備整備等に対して奨励的に行うものであり仮にフランスのように「過度の負担」と助成・支援と関連づけるとすると、現行の納付金制度のあり方について見直すことも必要である。

5 権利保護(紛争解決手続)のあり方

(1) 私法上の効果・救済

○ アメリカにおいては、障害を理由とした差別に対して、損害賠償、採用、復職、バックペイ等の請求が可能である。フランスにおいては、直接的・間接的な差別的取扱いはすべて無効となり、解雇無効の訴え(復職又は復職を望まない場合における解約保証金や損害賠償の請求)や損害賠償請求を行うこともできる。ドイツにおいても、損害賠償請求が可能となる。

(2) 公法上の効果・救済等

○ アメリカにおいては、裁判所に提訴する前にEEOC(雇用機会均等委員会)への申立てをすることとされている。EEOCは、事業主に対し、調査を経て協議・調整・説得を行うほか、180日(=EEOCが排他的管轄権)経過後も解決しない場合、EEOCが自ら原告となって提訴するか、被害者に訴権付与通知を送達することとされている。

○ フランスにおいては、独立行政機関であるHALDE(高等差別禁止平等機関)が、提訴を受けて、調停や和解金支払いの提案・勧告を行う。刑法典に定めのある差別違反(採用拒否、懲戒、解雇及び健康状態や障害に依拠する条件を募集や研修・職業訓練の申込みに付すること)は、刑罰(3年の拘禁刑及び45,000ユーロの罰金)の対象となる。

○ ドイツでは、独立行政機関である雇用斡旋事務所による仲裁手続等のほか、企業内の重度障害者代表が、義務違反の有無を監視し、解決に向けた交渉を事業主と行う。

○ 事業主が講ずべき「合理的配慮」については、ハローワーク等の行政機関が助言、指導等をするとともに、具体的な差別事案に対しては、個々の事業主や障害者の状況に応じて、事業主が講ずべき合理的配慮がどの程度かを慎重に検討しながら差別の有無を判断する必要があるとともに、何らかの差別があった場合にどのような措置を講ずべきか、双方の立場を踏まえて判断することが望ましいと考えられる。具体的にどのような機関がこのような調整的な紛争処理手続を担うべきかについては、さらに検討する必要がある。

(3) ガイドラインの策定

○ 実際に紛争が生じた場合に、最終的に民事裁判で確定するまで、相当長期間を要するおそれがあり、具体的紛争となる前に、事業主、障害者双方にとって、どのような配慮が必要が明らかにしておくことが望ましい。このため、合理的配慮が必要な状況や配慮の内容、過度の負担に該当するか否か等についてのガイドラインを策定するとともに、それらを含め、差別が争われた事例について収集し、その概要をまとめることが望ましいと考えられる。


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