第1章 救命治療、法的脳死判定等の状況の検証結果

1.初期診断・治療に関する評価

1.1 脳神経系の管理

1.1.1 経過

平成18年3月9日より右後頭部に比較的強い痛みを訴えていたが、頭痛薬の内服で様子を見ていた。3月11日11:00頃、我慢できない強い頭痛があり、配偶者の車で医療機関へ向かったが、途中に意識消失を来たし、11:57に当該病院に救急搬送された。

来院時の意識水準は、JCS 200、GCS 4:E(1)V(1)M(2)、両側瞳孔は縮瞳 (2.0mm)していた。四肢は、痛み刺激によって上肢は異常伸展位、下肢はわずかに屈曲位を示した。CTでは、脳室内出血を伴う後頭蓋窩に強いくも膜下出血、および脳室拡大所見を認めた。経口挿管にて呼吸管理を行いつつ、H&K gradeIV, WFNS gradeVのくも膜下出血の診断で、ICU入院となった。両側肺水腫所見の合併を認めた。

入院同日(3月11日)18:30から脳血管撮影4-vessel studyが施行され、右椎骨動脈に出血源と思われる動脈解離病変(解離性動脈瘤)が確認された。他の脳血管に、出血原因となりうる異常病変は認められなかった。細い後下小脳動脈が解離病変部より分岐していたが、再出血予防を優先し、血管内治療による椎骨動脈病変部トラッピング術が計画された。翌12日にNLA(ニューロレプト麻酔)局所麻酔下で、血管内治療により動脈瘤を含む椎骨動脈コイル・トラッピング術(internal trapping)を施行、引き続き右前角より脳室ドレナージが施行された。ドレナージ終了後に一時的に自発呼吸停止、洞性頻脈を呈したが速やかに回復し、以後ICUにて全身管理を行った。

翌13日、CTにて右後下小脳動脈領域に梗塞巣を認めたが、水頭症所見は改善した。その後、意識障害の程度は変動しつつ徐々に改善傾向を示し、3月18日から21日までは、自発開眼し、口頭指示に一部応ずるような時期(GCS 10-11)もあった。しかし3月22日から意識レベルは再び悪化し、GCS 6前後となった。脳室ドレナージは長期間となったため、3月22日より23日にかけて24時間閉鎖し、CT所見で脳室拡大の進行がないことを確認の後、23日15:00頃に抜去した。同CT所見では、左後大脳動脈領域に梗塞巣を認め、右前大脳動脈領域にも淡い低吸収域が疑われた。ドレナージ抜去に先立ち、挿管チューブの経鼻的挿管への入れ換えが行われた。しかし、意識障害はさらに増悪し、24日朝にはGCS 3となり、10:00amには瞳孔不同が出現した。CTでは、びまん性の著明な脳腫脹所見を認め、間もなく両側瞳孔散大、自発呼吸停止となった。

その後、3月24日19:30から臨床的脳死診断を行い、同日22:08に終了、臨床的脳死状態であると診断された。本人の書面による意思表示及び家族の同意により3月25日13:56から第1回法的脳死判定、3月25日22:30から第2回目の法的脳死判定を開始し、3月26日0:24に終了し、法的脳死と判定された。

1.1.2 発症急性期の診断および治療の妥当性

本例では、救急受診時のCT、および発症より約6時間後に行われた血管撮影所見より、右椎骨動脈解離性動脈瘤破裂による重症くも膜下出血の診断がなされた。検査方法の選択、実施時期、診断内容は適切であり、診断は妥当である。再出血防止を目的に、発症翌日に血管内治療による病変部椎骨動脈トラッピング術、および水頭症に対する脳室持続ドレナージ術が行われている。椎骨動脈トラッピング術により後下小脳動脈は犠牲となったが、治療内容は病状から十分納得できるものであり、実施時期、具体的手技を含め妥当であったと判断する。肺水腫など全身合併症状についても、適切な診断・加療が行われた。

1.1.3 急性期治療後の診療内容に対する評価

本例は、重症のくも膜下出血例で、全経過を通じ、気管内挿管による呼吸管理が必要で、意志疎通のできるような意識レベルの改善は得られていない。初期治療後、一時意識障害改善の傾向もうかがわれたが、症状は再増悪し不幸な転帰をとった。症状再増悪の原因について、主治医団は劇症型の脳血管攣縮を主因と推定している。

症状悪化の時期に脳血管に関する検査は行われておらず、血管攣縮診断の是非は確定できない。しかし臨床経過・CTなどの検査より、他に病態変化を説明できる所見はなく、脳血管攣縮の診断は妥当と判断できる。

1.2 呼吸器系の管理

3月11日、救急外来にて気管挿管され、同期的間欠的強制換気(SIMV)による呼吸管理が開始された。その後も集中治療室にてSIMV による管理が行われた。急性肺障害(神経原性肺水腫)に対してエラスポールが投与された。また、3月23日、経鼻的チューブへの入れ替えが行われた際にもSpO2は保たれており、呼吸管理は適切になされたといえる。

1.3 循環器系の管理

血圧及び脈拍は経時的にモニターされ、降圧剤及び輸液にて、血圧は120〜140/60〜90mmHg、脈拍は80〜120/分に維持されており、適正に管理されたといえる。

1.4 水電解質の管理

輸液及び尿量管理にて、水分バランスは適正に管理された。また、適宜血液検査にて電解質を確認、入院時136mEq/l、最低値134mEq/lとやや低Na血症傾向であったが、問題となる程度のデータはなく、適正に維持されたといえる。

1.5 まとめ

本症例は、椎骨動脈解離性動脈瘤破裂によるH&K Grade IVの重症くも膜下出血で発症し、緊急入院した。血管内治療による椎骨動脈トラッピング術、脳室ドレナージ術が行われ、一時的に症状の改善傾向は見られたが、発症12-13日後より劇症型の脳血管攣縮のためと考えられる病状悪化があり、不可逆的な脳機能喪失状態に陥った。発症急性期の診断・治療を含め、本症例に対する診療対応は、全経過を通じ妥当である。

2. 臨床的脳死の診断及び法に基づく脳死判定に関する評価

2.1 脳死判定を行うための前提条件について

本症例は、椎骨動脈の解離による重症くも膜下出血である。血管内治療と脳室ドレナージ術により一時的に症状の改善傾向は見られたが、発症12-13日後より脳血管攣縮のためと考えられる病状悪化があり、CTではびまん性の著明な脳腫脹所見を認め、不可逆的な脳機能喪失状態に陥ったものである。

本症例は、上述の経過概要に記述にあるように脳死判定の対象としての前提条件を満たしている。すなわち、

1. 深昏睡及び無呼吸で、人工呼吸を行っている状態が継続している。3月11日14:30に人工呼吸を開始し、3月24日10:00には深昏睡となり、9時間30分後に臨床的脳死の診断を開始している。

2. 原因、臨床経過、症状、CT所見から脳の一次性、器質的病変であることは確実である。

3. 診断、治療を含む全経過から、現在行いうる全ての適切な治療手段をもってしても、回復の可能性は全くなかったと判断される。

2.2 臨床的脳死診断

〈検査所見及び診断内容〉

検査所見(3月24日19:30から22:08まで)
体温:39.7℃(直腸温) 血圧:89/55mmHg(開始時)108/67mmHg(終了時)
JCS:300
自発運動:なし  除脳硬直・除皮質硬直:なし  けいれん:なし
瞳孔:固定し瞳孔径 右7.0mm 左8.0mm
脳幹反射:対光、角膜、毛様体脊髄、眼球頭、前庭、咽頭、咳反射すべてなし
脳波:平坦脳波に該当する(標準感度 10μV/mm、高感度 2μV/mm)
聴性脳幹反応:I 波を含むすべての波を識別できない

施設における診断内容
以上の結果から、臨床診断として脳死と診断して差し支えない。

2.2.1 脳波

平坦脳波に相当する(標準感度 10μV/mm、高感度 2μV/mmのもとで記録)

3月24日20:00から同22:00まで、30分以上の記録が行われている。電極配置は、国際10-20法のFp1、Fp2、C3、C4、T3、T4、O1、O2、A1、A2であり、単極導出(Fp1 - A1、Fp2 - A2、C3 - A1、C4 - A2、 T3 - A1、 T4 - A2、O1 - A1、O2 - A2)と双極誘導(Fp1 - C3、C3 - O1、Fp2 - C4、C4 - O2、Fp1 - T3、T3 - O1、Fp2 - T4、T4 - O2)で記録されている。記録感度は標準(10μV/mm)と高感度(2μV/mm)で、時定数0.3秒、High cut filter 60Hz、交流遮断用filterを用いて行われている。心電図と頭蓋外導出モニターの同時記録が行われている。刺激としては呼名および顔面の痛み刺激が行われている。心電図の混入と考えられるものや一部静電誘導によるアーチファクトが重畳しているが、脳由来の波形を認めず、平坦脳波と判定している。

2.2.2 聴性脳幹反応

両耳刺激、最大音圧刺激105dB、加算回数2000回による記録が行われ、I波を含む全ての波を識別できず、無反応と判定できる。

2.3 法的脳死判定

〈検査所見及び判定内容〉

検査所見(第1回)(3月25日13:56から16:24まで)
体温:36.7℃(膀胱温) 血圧:127/70mmHg(開始時)121/55mmHg(終了時)
脈拍数:109/分(開始時) 101/分(終了時)
JCS:300
自発運動:なし  除脳硬直・除皮質硬直:なし  けいれん:なし
瞳孔:固定し瞳孔径 右7.5mm 左7.0mm
脳幹反射:対光、角膜、毛様体脊髄、眼球頭、前庭、咽頭、咳反射すべてなし
脳波:平坦脳波に該当する(標準感度 10μV/mm、高感度 2μV/mm)
聴性脳幹反応:I波を含むすべての波を識別できない
無呼吸テスト:無呼吸

     (開始前) (2分後) (4分後) (6分後) (終了後)
PaCO2 (mmHg)41 59 65 72
PaO2 (mmHg)375 395 383 359
血圧 (mmHg)126/61 121/55
SpO2 (%)100 100 100 100

検査所見(第2回)(3月25日22:30から3月26日0:24まで)
体温:37.3℃(膀胱温) 血圧:110/58mmHg(開始時)105/46mmHg(終了時)
脈拍数:118/分(開始時) 106/分(終了時)
JCS:300
自発運動:なし  除脳硬直・除皮質硬直:なし  けいれん:なし
瞳孔:固定し瞳孔径 右7.5mm  左6.5mm
脳幹反射:対光、角膜、毛様体脊髄、眼球頭、前庭、咽頭、咳反射すべてなし
脳波:平坦脳波に該当する(標準感度 10μV/mm、高感度 2μV/mm)
聴性脳幹反応:I波を含むすべての波を識別できない
無呼吸テスト:無呼吸

      (開始前) (2分後) (4分後) (6分後) (終了後)
PaCO2 (mmHg)44 60 69 75
PaO2 (mmHg)457 422 389 389
血圧(mmHg)116/59   125/46
SpO2 (%)100 100 99 100

施設における診断内容
以上の結果より

・第1回目の結果は脳死判定基準を満たすと判定できた(3月25日 16:24)

・第2回目の結果は脳死判定基準を満たすと判定できた(3月26日 0:24)

2.3.1 脳波

平坦脳波に相当する(標準感度 10μV/mm、高感度 2μV/mmのもとで記録)

第1回目は3月25日14:48から15:39まで、および第2回目は3月25日22:30から同23:15まで、いずれも30分以上の記録が行われている。電極配置は、国際10-20法のFp1、Fp2、C3、C4、T3、T4、O1、O2、A1、A2であり、単極導出(Fp1 - A1、Fp2 - A2、C3 - A1、C4 - A2、 T3 - A1、 T4 - A2、O1 - A1、O2 - A2)と双極誘導(Fp1 - C3、C3 - O1、Fp2 - C4、C4 - O2、Fp1 - T3、T3 - O1、Fp2 - T4、T4 - O2)で記録されている。第1回目、第2回目ともに記録感度は標準(10μV/mm)と高感度(2μV/mm)で、時定数0.3秒、High cut filter 30Hzで交流遮断用filterは使用せず、さらに心電図と頭蓋外導出モニターの同時記録が行われている。刺激としては呼名および顔面の痛み刺激が行われている。いずれにおいても心電図の混入と一部静電誘導によるアーチファクトが重畳しているが、これらの判別は容易である。脳由来の波形を認めず、平坦脳波に該当する。

聴性脳幹反応について

第1回目・第2回目法的脳死判定のいずれにおいても、両耳刺激、最大音圧刺激105dB、加算回数2000回による記録が行われ、I波を含む全ての波を識別できず、無反応と判定できる。

2.3.2 無呼吸テストについて

2回とも必要とされるPaCO2のレベルを得てテストを終了している。

テスト前の及び60mmHg以上のPaCO2を得た時点でのPaO2は十分高く維持されており問題ない。テスト中、低酸素、低血圧等は無く、それぞれ安全に行われたと判断できる。

2.4 まとめ

本症例の脳死判定は、脳死判定承諾書を得た上で、指針に定める資格を持った判定医が行っている。法に基づく脳死判定の手順、方法、結果の解釈に問題はなく、結果の記載も適切である。

以上から本症例を法的脳死と判定したことは妥当である。


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