第1章 救命治療、法的脳死判定等の状況の検証結果

1.初期診断・治療に関する評価

1.1 脳神経系の管理

1.1.1 経過

40歳代の女性。平成18年3月6日17:30頃、血液透析中(A病院)に強い頭痛が出現したが、透析に伴う頭痛としてロキソプロフェンナトリウムを投与された。

3月9日18:00頃、買い物中に強い頭痛に続いて意識障害をきたし、B病院へ救急搬入された。18:40に頭部CT検査を施行し、くも膜下出血が認められたためC病院に転送された。

翌3月10日8:30に頭部MRIとMRAが施行され、前交通動脈に動脈瘤が確認されたが、C病院では透析患者の周術期管理ができないため、16:50に当該病院に転送された。プロポフォールにて鎮静されており、転入時の意識レベルはJCS 10、GCS 13であったが、他の神経学的異常所見はみられなかった。17:30、ICU入室時には意識は清明であった。破裂脳動脈瘤に対しては待機手術予定として、鎮静(ミダゾラム、塩酸モルヒネ)・降圧(塩酸ジルチアゼム)下に、持続血液濾過(CHF)が開始された。

3月12日9:40にはJCS 20で舌根沈下してきたため、気管内挿管し、人工呼吸器による補助呼吸が開始された。その後は安定した状態であったが、3月17日に頭部CT検査が行われ、軽度の脳室拡大がみられたため、16:30に脊髄ドレナージが施行された。これに先立って行われた脳血管撮影では、前交通動脈に上方右向きの脳動脈瘤が認められた。

3月18日3:55に突然血圧が200mmHgに上昇して、ドレーンより出血し、JCS 300となり、瞳孔両側散大して対光反射消失、角膜反射も消失した。塩酸ニカルジピンで降圧後に瞳孔径は一時的に縮小したが、再度散大したため、13:30に頭部CTが施行された。これにより全脳室内の血腫と水頭症がみられたため、14:16分より脳室ドレナージを行った。髄液圧は30cmH2Oであった。術後に瞳孔径は3mmに戻ったものの、意識レベル、対光反射、角膜反射の改善はみられなかった。

3月20日14:20、透析中に血圧が突然223mmHgまで上昇し、脳室ドレーンより出血した。降圧後に瞳孔径は一時変動したが、16:30以降は両側散大(8 mm)したまま経過中回復することはなかった。この時の頭部CTでは皮髄境界が不明瞭となっていた。

3月21日5:00、血圧が低下し昇圧剤(塩酸ドパミン)が開始された。

3月22日9:30、鎮静剤(ミダゾラム、塩酸モルヒネ)を中止、3月24日11:00から臨床的脳死診断が開始され、12:52臨床的脳死と診断された。3月24日17:18に第1回法的脳死判定を開始し、19:55に終了、6時間6分経過後、3月25日2:01に第2回法的脳死判定が開始され、4:25に第2回法的脳死判定が終了した。

1.1.2 診断の妥当性

初回の出血時期は3月6日と推定される。頭痛と意識障害で発症し、頭部CTでくも膜下出血が認められ、MRA検査で脳動脈瘤が認められたことから、破裂脳動脈瘤によるくも膜下出血を来したと考えられる。当該病院搬入時には初回出血から4日が経過しており、待機手術としたのは妥当である。当該病院では、当時まだ血管内治療は導入されていなかった。鎮静・血圧管理を行っていたが、3月12日には意識レベルが低下して、3月17日の頭部CTでは脳室拡大がみられた。この時点で交通性の水頭症と考えて脊髄ドレナージを施行したことは妥当である。3月18日には再び出血して脊髄ドレナージが閉塞し、頭部CTでは第四脳室内の血腫による閉塞性水頭症が疑われたために脳室ドレナージが行われたことも妥当である。その後、3月20日に再び出血し、頭部CTでの皮髄境界は不明瞭となった。

以上から、本症例における診断と経過中の処置は妥当であると考える。

1.1.3 保存的治療を行ったことの評価

頭部CTおよびMRA所見から、前交通動脈の動脈瘤破裂によるクモ膜下出血であると診断される。初回出血は3月6日と推測され、当該病院搬入時には急性期手術の時期は過ぎているので待機手術としたことに問題は無い。二回目の出血であると考えられる3月9日が初回出血であると仮定しても、透析患者の急性期手術の予後は悪いと考えられるため、この場合でも待機手術としたことに異論は無いと思われる。

以上より、急性期手術ではなくて待機手術を選択したことは適切であったと思われる。

1.2 呼吸器系の管理

3月10日の当該病院搬入時は自発呼吸があり、経鼻カニューレにて酸素を投与した。経過中、鎮静薬の使用と病態の増悪により3月11日には経鼻エアウェイ、3月12日には経鼻挿管の上、人工呼吸器を装着した。

肺の酸素化能には問題が無く経過してきたが、3月22日より無気肺、胸水貯留、肺炎所見を併発した。しかし、酸素化に大きな問題はなく、経過中、血液酸素飽和度SpO2は、97〜100%で推移した。

1.3  循環器系の管理

循環管理は、慢性透析中の患者のクモ膜下出血に対して、収縮期血圧を上げすぎないように管理されたが、経過中にクモ膜下出血を繰り返し脳死に至った。

昇圧薬と降圧薬を調節して治療に当たったが、経過中の収縮期血圧の最高値は3月20日223mmHgであり、これは再出血にともなうものと考えられる。最低値は3月22日に収縮期血圧58mmHgまで低下したが、この収縮期血圧の低下はごく一過性のものであり、それ以外は収縮期血圧がほぼ80mmHg以上を維持されていた。

1.4 水電解質の管理

本症例は多嚢胞腎による末期の腎不全で、平成16年6月より慢性透析療法中であった。透析病院では週2回の慢性透析を行っていたが、ある程度の尿量は維持されていた。

結果的には、慢性腎不全により腎排泄の低下したBUN、クレアチニンに対しては血液濾過を合計6回行うことで対処したが、溶質については十分には除去されず、BUN 113 mg/dl、クレアチニン 8.6 mg/dlという状態で脳死判定に至った。

電解質に関しては、血清Kは濾過前にやや高い値を示したものの、経過中において血清K、血清Naは比較的よくコントロールされていた。

水分投与量としては、3月12日から中心静脈高カロリー輸液が開始されており、経過中ほぼ一貫して1時間あたり40mL、一時的に50mL/hの輸液がなされていた。基本輸液量が40mL/h×24h=1Lであり、およそ2000kcalが投与されていた。これに種々の薬剤投与にともなう水分量が加算され、一日の水分投与量は1200〜1600mLの間で推移した。水分排出量に関しては、尿量、胃管排出量、血液濾過による除水量からみて、水分バランスが急激に変動することはなく、ほぼ安定していた。6回の血液濾過のうち、脳死判定の前日の最後の1回は810mLの除水を行ったが、20時間を掛けて慎重に実施され、この間も輸液は継続されていたため、この20時間の正味の水分バランスは-249mLであった。

水分バランスの管理、電解質管理において問題はなかった。

1.5 まとめ

本症例は、脳動脈瘤破裂によるクモ膜下出血症例で、当該病院搬入時には発症から4日が経過しており待機手術とされた。その後、水頭症を来したために脊髄ドレナージ、その後に再破裂したために脳室ドレナージを施行したが、頭部CTでは皮髄境界が不明瞭となった事例である。待機手術を選択し、鎮静・血圧管理を行ったのは妥当であるし、その後に交通性水頭症に対して脊髄ドレナージ、再出血による閉塞性水頭症に対して脳室ドレナージを余儀なくされたが、これらの治療経過は妥当であると考えられる。

2. 臨床的脳死の診断及び法に基づく脳死判定に関する評価

2.1 脳死判定を行うための前提条件について

本症例は、平成18年3月6日に脳動脈瘤破裂によりクモ膜下出血を来し、待機手術予定として血圧管理を行っていたが、再破裂を繰り返したものである。脳動脈瘤に対する直達手術は行われていないが、脊髄ドレナージや脳室ドレナージは適宜施行された。しかし、3月18日5:00には自発呼吸が消失し、3月20日14:00〜15:00にかけて急激な血圧上昇の後、急激に血圧が低下し、意識レベルはJCS300点の深昏睡となった。以後、瞳孔は散大・固定したままの状況となる。3月20日のCTにて皮髄境界も不鮮明となり、脳血流がほとんど無くなったと診断された。

なお、ミダゾラム・塩酸モルヒネの投与終了後、48時間が経過し、かつその間に持続血液濾過を20時間実施しており、脳死判定への影響はないものと考える。

本症例では上述の経過概要の記述にあるように、脳死判定の対象としての前提条件を充たしている。すなわち

1. 深昏睡および無呼吸で人工呼吸を行っている状態が継続している。平成18年3月18日には自発呼吸が消失し、3月22日9:30に深昏睡となり、臨床的脳死診断までの時間は、深昏睡になってから49.5時間、呼吸停止から150時間が経過している。

2. 原因・臨床経過・症状・CT所見から一次性脳障害による器質的な脳障害が生じていることは確実である。

3. 診断治療を含む全経過から、現在行い得るすべての適切な治療手段をもってしても、回復の可能性はまったくなかったと判断される。

2.2 臨床的脳死診断

〈検査所見及び診断内容〉

検査所見(3月24日11:00から12:52まで)
体温:35.8℃(直腸温) 血圧:100/64mmHg(開始時)100/60mmHg(終了時)
JCS:300
自発運動:なし  除脳硬直・除皮質硬直:なし  けいれん:なし
瞳孔:固定し瞳孔径 右7.0mm 左7.0mm
脳幹反射:対光、角膜、毛様体脊髄、眼球頭、前庭、咽頭、咳反射すべてなし
脳波:平坦脳波に該当する(標準感度 10μV/mm、高感度 2μV/mm)
聴性脳幹反応:I 波を含むすべての波を識別できない

施設における診断内容
以上の結果から、臨床診断として脳死と診断して差し支えない。

2.2.1 脳波

平坦脳波(ECI)に相当する(標準感度10μV/mm、高感度2μV/mm)。

平成18年3月24日11時04分から12時10分まで、30分以上記録されている。電極配置は、国際10-20法に基づいたFp1、Fp2、C3、C4、O1、O2、T3、T4、A1、A2であり、単極導出(Fp1-A1、Fp2-A2、C3-A1、C4-A2、O1-A1、O2-A2、T3-A2、T4-A1)と双極導出(Fp1-C3、Fp2-C4、C3-O1、C4-O2、Fp1-T3、Fp2-T4、T3-O1、T4-O2)で記録されている。手術創による影響はなく、電極間距離も十分に取れている。標準感度10μV/mmと高感度2μV/mmで記録されている。心電図と頭蓋外電極記録を併用している。頭蓋外記録を含めて電極抵抗も十分に低減されており、極めて良好な脳波記録である。

左右からの呼名、顔面疼痛刺激および光刺激を行っている。心電図の混入と光刺激時の眼瞼筋電図、顔面刺激によると思われるアーチファクトを認める以外に、脳由来の波形を認めず平坦脳波(ECI)と判定できる。

2.2.2 聴性脳幹反応

最大音圧刺激105dB、両耳同時刺激で施行されている。電極配置はCz-A1、Cz-A2であり、加算回数1000回で記録を2回行い、I波を含むすべての波を識別できず無反応と判定できる。

2.3 法的脳死判定

〈検査所見及び判定内容〉

検査所見(第1回)(3月24日17:18から19:55まで)
体温:35.8℃(直腸温) 血圧:98/61mmHg(開始時)91/49mmHg(終了時)
脈拍数:109/分(開始時) 125/分(終了時)
JCS:300
自発運動:なし  除脳硬直・除皮質硬直:なし  けいれん:なし
瞳孔:固定し瞳孔径 右7.5mm 左7.5mm
脳幹反射:対光、角膜、毛様体脊髄、眼球頭、前庭、咽頭、咳反射すべてなし
脳波:平坦脳波に該当する(標準感度 10μV/mm、高感度 2μV/mm)
聴性脳幹反応:I波を含むすべての波を識別できない
無呼吸テスト:無呼吸

(開始前) (2分後) (4分後) (6分後) (終了後)
PaCO2 (mmHg) 43 60 64 72
PaO2 (mmHg) 234 186 112 86
血圧 (mmHg) 90/53    98/54 88/56
SpO2 (%) 99 99 97 93 94

検査所見(第2回)(3月25日2:01から4:25まで)
体温:36.8℃(直腸温)  血圧:128/78mmHg(開始時)146/81mmHg(終了時)
脈拍数:108/分(開始時) 106/分(終了時)
JCS:300
自発運動:なし  除脳硬直・除皮質硬直:なし  けいれん:なし
瞳孔:固定し瞳孔径 右7.5mm  左7.5mm
脳幹反射:対光、角膜、毛様体脊髄、眼球頭、前庭、咽頭、咳反射すべてなし
脳波:平坦脳波に該当する(標準感度 10μV/mm、高感度 2μV/mm)
聴性脳幹反応:I波を含むすべての波を識別できない
無呼吸テスト:無呼吸

     (開始前) (2分後) (4分後) (5分後) (終了後)
PaCO2 (mmHg)39 53 59 60
PaO2 (mmHg)322 292 267 255
血圧 (mmHg)112/70 112/64 104/72
SpO2 (%)100 100 99 99 99

施設における診断内容

以上の結果より

・第1回目の結果は脳死判定基準を満たすと判定できた(3月24日 19:55)

・第2回目の結果は脳死判定基準を満たすと判定できた(3月25日 4:25)

2.3.1 脳波

平坦脳波(ECI)に相当する(標準感度10μV/mm、高感度2μV/mm)。

第1回目は平成18年3月24日18:00から19:00まで、第2回目は平成18年3月25日2:45から3:53まで、いずれも30分以上記録されている。電極配置は2回とも、国際10-20法に基づいたFp1、Fp2、C3、C4、O1、O2、T3、T4、A1、A2であり、単極導出(Fp1-A1、Fp2-A2、C3-A1、C4-A2、O1-A1、O2-A2、T3-A2、T4-A1)と双極導出(Fp1-C3、Fp2-C4、C3-O1、C4-O2、Fp1-T3、Fp2-T4、T3-O1、T4-O2)で記録されている。手術創による影響はなく、電極間距離も十分に取れている。標準感度10μV/mmと高感度2μV/mmで記録されている。心電図と頭蓋外電極記録を併用している。頭蓋外記録を含めて電極抵抗も十分に低減されており、極めて良好な脳波記録である。

左右からの呼名、顔面疼痛刺激および光刺激を行っている。心電図の混入と光刺激時の眼瞼筋電図、顔面刺激によると思われるアーチファクト、2回目で頭蓋外記録に筋電図を認める以外に、脳由来の波形を認めず平坦脳波(ECI)と判定できる。

2.3.2 聴性脳幹反応

1回目、2回目ともに最大音圧刺激105dB、両耳同時刺激で施行されている。電極配置はCz-A1、Cz-A2であり、加算回数1000回で記録を2回行い、I波を含むすべての波を識別できず、2回ともに無反応と判定できる。

2.3.3 無呼吸テストについて

1回目の無呼吸テストでは4分後にPaCO2は64mmHgとなり基準に達したため、10分を待つことなく無呼吸テストを終了している。

2回目の無呼吸テストでは、5分後のPaCO2が60 mmHgと基準に達したため、5分で無呼吸テストを終了している。この間、PaO2は250 mmHg以上で、血液の酸素化が維持されている。以上より無呼吸テストは問題なく終了していると評価できる。

2.4 まとめ

本症例の脳死判定は脳死判定承諾書を得た上で、指針に定める資格を持った判定医が行っている。法に基づく脳死判定の手順、方法、検査の解釈に問題はない。以上から本症例を法的脳死と判定したことは妥当である。


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