第1章 救命治療、法的脳死判定等の状況の検証結果

1. 初期診断・治療に関する評価

1.1 脳神経系の管理
1.1.1 経過

40代の男性。平成18年1月21日16:59、職場で突然意識を消失したため、すぐに救急隊を要請。17:06救急車到着時の意識レベルはJCS 300、脈拍は約30/分、瞳孔は散大し、下顎呼吸であった。救急車内で呼吸停止となったため、食道閉鎖式エアウエイで気道を確保、さらに頸動脈の拍動も触知されなくなったために心肺蘇生が開始された。

17:20当該病院搬入時、意識レベルはJCS 300(GCS:1-T-1)、両側瞳孔径5mmで対光反射は認められなかった。17:24に心拍はアドレナリン(エピクイックR)1Ampの投与にて再開し、その後は塩酸ドパミンの静脈内持続投与(10μg/kg/min)で血圧が維持された。17:52の頭部CT撮影では、びまん性くも膜下出血と第四脳室・第三脳室・側脳室内に血腫がみられ、皮髄境界は不明瞭で強い脳浮腫を認めた。頭部CT所見では後頭蓋窩の脳動脈瘤破裂によると思われたが、CT血管撮影では頭蓋内血管の描出は不良で、動脈瘤の同定は不可能であった。脳外科医により手術適応はないと判断された。21:00頃から尿崩症が出現したために、ピトレシンが使用された。その後も、意識レベルJCS 300、両側瞳孔散大、対光反射無し、自発呼吸無し、という状態が続いた。1月23日家族から意思表示カードが提示された。翌24日臨床的脳死診断、続いて第1回法的脳死判定を行い、翌25日6:10に第2回目の判定の結果、死亡が宣告された。

1.1.2 診断の妥当性

当該病院救急外来搬入時、体表には外傷は認められなかった。頭部CT所見は破裂脳動脈瘤による典型的なびまん性のくも膜下出血の所見を呈していたが、CT血管撮影では、頭蓋内圧亢進及び呼吸器による動きの影響もあり、造影不良のため出血部位は確認できなかった。しかし、外傷の可能性はなく、内因性疾患、すなわち脳動脈瘤破裂による出血が最も考えられる。

以上から、本症例における診断は妥当であると考える。

1.1.3 保存的治療を行ったことの評価

搬入時の頭部CT所見ではびまん性のくも膜下出血が認められるとともに、既に皮髄境界は不明瞭であったこと、CT血管撮影では造影不良で出血部位が特定できなかったことから、保存的治療が選択されたのは妥当な判断である。

1.2 呼吸器系の管理

救急隊到着時、意識レベルはJCS300、瞳孔散大、対光反射もなかった。自発呼吸は認められたが、救急搬送途上で心肺停止となった。エアウエイで気道確保し、心肺蘇生を実施されつつ、覚知から21分後に当該病院の救急外来に搬入された。

来院時、意識レベルはJCS300(GCS1-T-1)で、自発体動も自発呼吸も無く、直ちに気管挿管し、酸素投与下に人工呼吸が行われた。胸部X写真で右上葉に無気肺を認め、動脈血ガス分析ではBEが−14.6mEq/Lと低値であったが、PaO2は117mmHg(SpO2は94%)と良好な値であった。

また、経過中のOxygenation Index(PaO2/FIO2)は222mmHg以上、SpO2は99〜100%が維持され、適切な呼吸管理がなされたと判断できる。

1.3 循環器系の管理

救急外来搬入後、アドレナリン(エピクイックR)1Amp投与にて直ちに心拍が再開した。血圧は、直後に一過性に54/34mmHgに低下したが、塩酸ドパミンの静脈内持続投与にて改善し適切に維持された。以降も、血圧120-150/40-70mmHg、脈拍70-80/分にコントロールされ、適切な循環管理が行われたと判断できる。

1.4 水電解質の管理

来院時は、Na142mEq/L、K5.3mEq/Lであり、その後も高Na血症や低K血症に陥ることなく、Na140-150mEq/L、K3.4-5.3mEq/Lにコントロールされた。電解質が意識障害の原因や持続因子とはなっていないと判断できる。

来院後、3時間を経過してから尿崩症が出現したが、ピトレッシン投与にて尿量は1330ml/日及びその前後に維持された。輸液管理では、血圧維持のためプラスバランスが必要となり、ヘマトクリット値(Ht)が来院時の47%から38.3%に低下したが、低酸素血症を来たす事態にはなっておらず、輸液バランスが意識消失の原因や持続因子ではないと判断できる。

1.5 まとめ

本症例は、突然の意識消失で発症したくも膜下出血症例で、搬入中の救急車内で呼吸と循環が停止し、迅速な心肺蘇生で心拍は再開したものの不可逆的な脳機能停止状態に陥ったものである。搬入時のCT所見からは皮髄境界が不明瞭であるなど、きわめて重篤な影響が既に脳実質に現れていた。このような病態から考えて、保存的治療の選択やその後の治療経過は妥当である。

2. 臨床的脳死の診断及び法に基づく脳死判定に関する評価

2.1. 脳死判定を行うための前提条件について

本症例は、平成18年1月21日に作業中、突然に意識消失を来たし、救急搬送途上で呼吸と循環が停止し、心肺停止状態で当該病院に搬入されたものである。救急外来到着後、直ちに心拍は再開し、全身状態は比較的良好に維持されたが、頭部CT画像で全脳底槽および脳表にびまん性くも膜下出血、第3脳室・側脳室の血腫、脳浮腫を認め、さらにCT血管造影にて造影不良であることなどから、手術適応はないと判断された。

搬入時から深昏睡状態で脳幹反射は認められず、ICU入室後も神経学的所見に改善はなく、JCS300、自発呼吸消失、瞳孔散大、対抗反射消失、痙攣無し、硬直無しの状態が続いた。循環動態は不安定なため、脳低温療法、バルビタール投与は行われなかった。1月24日、神経学的所見並びに全身状態に変化を認めず、臨床的脳死と診断され、同日19:12に第1回法的脳死判定を開始し21:45に終了、6時間2分後の1月25日3:47に第2回法的脳死判定を開始し5:40に終了した。

本症例では、上述の経過概要にあるように、脳死判定の対象としての前提条件を満たしている。すなわち、

1)深昏睡および無呼吸で人工呼吸を行っている状態が継続している。
平成18年1月21日17:20、心肺停止状態で救急外来到着し、その直後に心拍再開するも深昏睡、自発呼吸停止となり、臨床的脳死の診断開始までに約65時間経過している。

2)原因、臨床経過、症状、CT所見から脳の一次性、器質的病変であることは確実である。

3)診断治療を含む全経過から、現在行いうる全ての適切な治療手段をもってしても、回復の可能性は全くなかったと判断される。

2.2 臨床的脳死診断
〈検査所見及び診断内容〉

検査所見(1月24日10:15から13:30まで)

体温:36.7℃(腋窩温) 血圧:109/50mmHg(開始時)125/75mmHg(終了時)

JCS:300

自発運動:なし  除脳硬直・除皮質硬直:なし  けいれん:なし

瞳孔:固定し瞳孔径 右5.5mm 左5.5mm

脳幹反射:対光、角膜、毛様体脊髄、眼球頭、前庭、咽頭、咳反射すべてなし

脳波:平坦脳波に該当する(標準感度 10μV/mm、高感度 2μV/mm)

聴性脳幹反応:I 波を含むすべての波を識別できない

施設における診断内容

以上の結果から、臨床診断として脳死と診断して差し支えない。

2.2.1 脳波

平坦脳波(ECI)に相当する(標準感度 10μV/mm、高感度2μV/mm記録)。

平成18年1月24日12:15から12:50まで、30分以上の記録が行われている。電極配置は、国際10-20法のFp1、Fp2、C3、C4、T3、T4、O1、O2、A1、A2であり、単極導出(Fp1- A1、Fp2- A2、C3 - A1、C4- A2、 O1- A1、 O2 - A2、T3- A1、 T4 - A2)と双極誘導(Fp1- C3、Fp2- C4、C3- O1、C4- O2、Fp1- T3、Fp2- T4、T3 O1、T4 O2)で記録されている。記録感度は標準(10μV/mm)および高感度(2μV/mm)記録である。心電図と頭蓋外導出モニターの同時記録が行われている。刺激としては呼名・顔面疼痛刺激が行われている。心電図の混入と考えられるものと、人の動きや処置によるものと思われるアーティファクトが重畳しているが、脳由来の波形を認めず、平坦脳波と判定している。

2.2.2 聴性脳幹反応

両耳刺激、最大音圧刺激(105dB)、電極配置(Cz-A1、Cz-A2)、加算回数2000回により記録され、 I波を含む全ての波を識別できず、無反応と判定できる。

2.2.3 法的脳死判定

〈検査所見及び判定内容〉

検査所見(第1回)(1月24日19:12から21:45まで)

体温:36.4℃(直腸温) 血圧:96/51mmHg(開始時)110/53mmHg(終了時)

脈拍数:77/分(開始時) 73/分(終了時)

JCS:300

自発運動:なし  除脳硬直・除皮質硬直:なし  けいれん:なし

瞳孔:固定し瞳孔径 右6.0mm 左6.0mm

脳幹反射:対光、角膜、毛様体脊髄、眼球頭、前庭、咽頭、咳反射すべてなし

脳波:平坦脳波に該当する(標準感度 10μV/mm、高感度 2μV/mm)

聴性脳幹反応:I波を含むすべての波を識別できない

無呼吸テスト:無呼吸

 (開始前)(3分後)(5分後)(終了後)
PaCO2 (mmHg)40 55 62  
PaO2 (mmHg)367 104 84  
血圧 (mmHg)126/76 95/74 88/30 101/43
SpO2 (%)99 96 93 99

検査所見(第2回)(1月25日3:47から1月25日5:40まで)

体温:36.1℃(直腸温) 血圧:90/47mmHg(開始時)97/45mmHg(終了時)

脈拍数:70/分(開始時) 69/分(終了時)

JCS:300

自発運動:なし  除脳硬直・除皮質硬直:なし  けいれん:なし

瞳孔:固定し瞳孔径 右5.0mm  左5.0mm

脳幹反射:対光、角膜、毛様体脊髄、眼球頭、前庭、咽頭、咳反射すべてなし

脳波:平坦脳波に該当する(標準感度 10μV/mm、高感度 2μV/mm)

聴性脳幹反応:I波を含むすべての波を識別できない

無呼吸テスト:無呼吸

 (開始前)(3分後)(4分後)(終了後)
PaCO2 (mmHg)41 61 63  
PaO2 (mmHg)303 97 88  
血圧 (mmHg)110/52 88/41 86/40 108/41
SpO2 (%)100 95 94 99

施設における診断内容

以上の結果より

・第1回目の結果は脳死判定基準を満たすと判定できた(1月24日 21:45)

・第2回目の結果は脳死判定基準を満たすと判定できた(1月25日 5:40)

2.3.1 脳波

第1回目は1月24日20:26から20:59まで、第2回目は1月25日4:37から5:09まで、いずれも30分以上の記録が行われている。電極配置は、国際10-20法のFp1、Fp2、C3、C4、T3、T4、O1、O2、A1、A2であり、単極導出(Fp1- A1、Fp2- A2、C3 - A1、C4- A2、 O1- A1、 O2 - A2、T3- A1、 T4 - A2)と双極誘導(Fp1- C3、Fp2- C4、C3- O1、C4- O2、Fp1- T3、Fp2- T4、T3 O1、T4 O2)で記録されている。記録感度は標準(10μV/mm)および高感度(2μV/mm)記録である。心電図と頭蓋外導出モニターの同時記録が行われている。刺激としては呼名・顔面疼痛刺激が行われている。心電図の混入と考えられるものと、処置、人の動き、顔面への刺激や基線のゆれによるものと思われるアーティファクトが重畳しているが、脳由来の波形を認めず、平坦脳波と判定している。

・聴性脳幹反応

第1回目法的脳死判定において、両耳刺激、最大音圧刺激(105dB)、電極配置(Cz-A1、Cz-A2)、加算回数2000回により記録され、 I波を含む全ての波を識別できず、無反応と判定できる。第2回目法的脳死判定においては、聴性脳幹反応検査は施行されていない。

2.3.2 無呼吸テストについて

2回とも必要とされるPaCO2のレベルを得てテストを終了している。

PaO2、SpO2は、やや低値であったが、不整脈などは認められなかったことから、安全に施行されたと判断される。

2.4 まとめ

本症例の脳死判定は、脳死判定承諾書を得た上で。指針に定める資格を持った専門医が行っている。法に基づく脳死判定の手順、方法、結果の解釈に問題はなく、結果の記載も適切である。以上から本症例を法的脳死と判定したことは妥当である。


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