資料No.6−5

振動障害等の防止に係る作業管理のあり方検討会
報告書のたたき台
(「今後の対策の方向」「今後の課題」「その他」を除く)

はじめに

手腕振動による振動障害の新規労災認定者数は着実に減少しているが、依然として、全業種で412名(平成16年度)が労災認定されている。なかでも建設業242名(平成16年度)、林業115名(平成16年度)と、当該2業種だけで、約87%を占めている。

我が国においては、振動障害防止対策について、振動障害防止対策の指針(昭和50年10月20日付け基発第608号、第610号)により、振動レベルに関係なく、振動ばく露時間を原則として1日2時間以下として規定しているが、近年、国際標準化機構(ISO)、日本産業衛生学会等において、振動レベルと振動ばく露時間を考慮した基準が公表されており、また、EU(ヨーロッパ連合)においても、2002年に振動に係る許容基準が盛り込まれたEU指令が制定されている。

さらに、近年、防振型電気グラインダー等の低振動・低騒音の工具が開発されてきており、これら工具の普及を図ることは、振動障害等の防止に資するものと考えられる。

このような状況を踏まえ、手腕振動に係る振動レベル・振動ばく露時間の基準、振動工具への振動・騒音レベルの表示等について検討を行うため、厚生労働省労働基準局長が参集を依頼した専門家によって構成される本検討会により、〇回にわたる検討が行われ、一定の結論を得ることができた。

1 振動障害防止対策の現状

(1)チェーンソー

チェーンソーの使用に伴う振動障害の予防については、昭和45年2月28日付け基発第134号「チェンソーの使用に伴う振動障害の予防について」により、チェーンソー、刈払機及びオーガの使用に係る当面の対策が示された後、昭和50年10月20日基発第610号「チェンソー取扱い業務に係る健康管理の推進について」において、「チェンソー取扱い作業指針」が示され、これにより振動障害防止対策が講じられることとなった。

「チェンソー取扱い作業指針」では、振動及び騒音ができる限り少なく、かつ、できる限り軽量なものを選定し、定期的に点検整備し、常に最良の状態を保つことを定めているほか、作業の進め方に関する基準として、1日の操作時間は2時間以下とすること、連続操作時間は長くとも10分以内とすること等を定めている。このほか、防振・防寒に役立つ手袋の着用、軽量で暖かい服の着用、暖かい場所での休憩等を作業上の注意点として定めている。

つづいて、チェーンソーによる林業労働者の振動障害を防止することを主な目的として「チェーンソーの規格」(昭和52年労働省告示第85号)が一部の規定を除き昭和52年10月1日から施行され、通常林業労働者が使用しないと考えられた排気量40立方センチメートル未満のチェーンソーを除き、「製造者名」「型式及び製造番号」「製造年月」「排気量」「重量(のこ部を除き、かつ、燃料タンク及びオイルタンクが空である状態における重量をいう。)」「振動加速度(別表第一に定める測定方法により測定された振動加速度の最大値をいう。)」「騒音レベル(別表第二に定める測定方法により測定された騒音レベルをいう。)」が見やすい箇所に表示されていること等の規格を具備していなければ、流通できないこととなった。

また、振動障害予防対策の実効をあげるためには、チェーンソーを用いて立木の伐木等の業務に従事する者が適正な知識と技能をもって作業に当たることが必要であることから、労働安全衛生規則の一部を改正する省令(昭和52年労働省令第29号)が昭和53年10月1日から施行され、立木の直径に関わりなく、チェーンソーを用いて行う立木の伐木、かかり木の処理又は造材の業務が、労働安全衛生法第59条第3項の規定に基づく特別教育の対象業務とされた。この改正に伴い、安全衛生特別教育規程(昭和47年労働省告示第92号)の一部が改正され、学科教育科目の一つとして「振動障害及びその予防に関する知識」が設けられた。

(2)チェーンソー以外の振動工具について

チェーンソー以外のいわゆる振動工具の使用に伴う振動障害の予防については、昭和50年10月20日付け基発第608号「チェンソー以外の振動工具の取扱い業務に係る振動障害の予防について」において「チェンソー以外の振動工具の取扱い業務に係る振動障害予防対策指針」が定められている。

この指針は、[1]さく岩機、チッピングハンマー、リベッティングハンマー、コーキングハンマー、ハンドハンマー、ベビーハンマー、コンクリートブレーカー、スケーリングハンマー、サンドランマー等のピストンによる打撃機構を有する工具を取扱う業務[2]エンジンカッター等の内燃機関を内蔵する工具で、可搬式のもの(チェーンソーを除く)を取扱う業務[3]携帯用皮はぎ機を取扱う業務[4]携帯用タイタンパーを取扱う業務[5]携帯用研削盤、スイング研削盤、その他手で保持し、又は支えて操作する型式の研削盤(使用する研削といしの製造時における直径が150ミリメートルを超えるものに限る。)を取扱う業務のうち、金属、石材等を研削し、又は切断する業務[6]卓上用研削盤又は床上用研削盤(使用する研削といしの製造時における直径が150ミリメートルを超えるものに限る)を取扱う業務のうち、鋳物のばり取り又は溶接部のはつりをする業務を対象としているが、振動ができるだけ小さいものであることといった工具選定基準のほか、業務に応じて、1日の作業時間、一連続作業時間、一連続作業時間後の休止時間に関して基準を設けている。このほか、防振手袋の着用、暖房措置が休憩設備の設置等が定められている。

なお、この指針の対象工具に準ずる工具として、[1]電動ハンマー[2]コンクリートバイブレーター[3]サンダー[4]バイブレーションドリル[5]インパクトレンチが定められている。

2 振動リスクの考え方

(1)ISO5349−1

手腕振動の許容基準の規格化は、ISO/TC108/SC4/WG3において1969年より始まり、1979年にISO/DIS5349として制定され、1986年に許容基準は改定された。その後、改定作業ISO/TC108/SC4/WG3で始まり、2001年5月にISO5349-1(Mechanical vibration - Measurement and evaluation of human exposure to hand-transmitted vibration Part:1 General requirements), ISO5349-2(Mechanical vibration - Measurement and evaluation of human exposure to hand-transmitted vibration - Part:2 Practical guidance for measurement at the workplace)として新しい許容基準が制定された。

新しいISO5349では、1日8時間の等価振動加速度実効値と手腕振動障害の発症率が10%になるまでの振動ばく露年数との関係から1日の許容ばく露限界を決めている

また、改正前の規格では手持動力工具のハンドルの振動の最大軸1軸での許容基準であったが、人体に伝わる振動は三方向の直交軸の全てを含んでおり、3軸の各々における振動は、等しく有害であると想定されることから、人体に伝わる振動を評価するためには、振動している機械、工具又はワークピースと手が接触している部分の、三方向(3軸)すべての周波数補正振動加速度実効値(三方向(3軸)すべての周波数補正振動加速度実効値)を測定することが望ましいとしている。なかでも、原則として3軸の振動を同時に測定することが望ましいものであり、順次測定を行う場合は、各軸の測定条件がすべて同様に行われた場合に許容している。

振動ばく露の評価にあたっては、3軸すべてを合成した量(3軸すべてを合成した量)に基づいて行うこととしている。この3軸合成値は、3軸それぞれの周波数補正振動加速度実効値の二乗和平方根で定義されている(式(1))。

3軸合成値

また、振動測定を1軸又は2軸だけで行う場合における、3軸合成値の推算方法を規定している。まず、振動測定を1軸又は2軸で行う場合、その軸が確認できるときには振動が最大の軸を含むものとしている。そして、その最大振動軸の周波数補正振動加速度実効値から3軸合成値を推算するために、最大1.7の幅の倍率が必要であるとしている(詳細はISO5349-2に規定)。これは、測定された周波数補正振動加速度実効値を、3軸すべての振動を代表するものであると仮定して、式(1)に当てはめるものであり、式(2)で表される。

式(2)

式(2)のルート3を丸めて1.7という倍率が導かれる。

振動ばく露は振動の強さ(3軸合成値)とばく露の継続時間に依存することから、日振動ばく露量を振動の強さ(3軸合成値)と日振動ばく露時間から求めることとしている。この日振動ばく露量は、1日8時間の等価振動加速度実効値(A(8))が評価する際の尺度として用いられることから、式(3)の形で表される。

式(3)

T0は基準ばく露時間(8時間)であり、Tvは時間(h)であらわす,振動ahw(rms)へのばく露の合計日継続時間である。

なお、1日のうちに振動の強さ(3軸合成値)の異なる工具を用いた作業が行われる場合は、振動の合成値は式(4)により得られる。

式(4)

ahv(rms)iはi番目の作業の振動合成値であり,Tiはi番目の作業の持続時間,nは作業の合計数,そしてTvはn個の作業にあたった時間(h)で示す合計時間である。

こうして得られたA(8)の値と健康影響評価との関係については、ISO5349-1附属書C(振動ばく露と健康への影響の関係)の中で示されている。

職業的な振動ばく露者群内の手腕系振動の健康障害を低減するために策定するばく露基準を規定するために用いることができるとして、表1を示しており、A(8)を表1の数値と比較することで、評価することとなる。

Dy、年数
A(8)、m/s2 26 14 3.7

表1 10%の発症率になる1日の振動ばく露値A(8)とばく露年数

なお、振動に起因する白指症状の出現確率が10%となる日振動ばく露量とばく露年数の関係式も式(5)のとおり示されている。

式(5)

Dyは、年数で表す群平均(生涯)ばく露時間である。

また、ISO5349−1附属書E(労働安全衛生のために責任者がとるべき予防措置)において、A(8)の値とは関係なく、振動ばく露の影響を低減することを目的とする技術的予防措置が規定されており、次の措置をとることが望ましいとしている。

[1] 異なる方法を選択できるときは、最小の振動ばく露となる方法を用いることが望ましい。

[2] 異なる工具を選択できるときは、最小の振動ばく露となる工具を用いることが望ましい。

[3] 設備機器は、製造業者の取扱説明書に従い、注意深く保守点検することが望ましい。

[4] 工具は、作業者の手の上に冷たい気体又は流体が放出するのを防ぐものが望ましい。

[5] 可能であれば、低温状態で仕事をするときは振動機器のハンドルを暖めることが望ましい。

[6] 皮膚との接触部分に高い圧力がかかるハンドル形状は避けることが望ましい。

[7] 選択できるのであれば、工具は最小の接触圧(把持及び押し付け力)のものを選ぶのが望ましい。

[8] 工具質量は、振動の強さや接触力のような他の要因が増加しない限り、最小に保つことが望ましい。

ほかに、振動の影響を低減することを目的とする管理面からの予防措置として次の措置をとることが望ましいとしている。

[1] 労働者に、設備機器の適切な使用方法を教えるための適切な教育を行うことが望ましい。

[2]  振動障害は、長い時間にわたる継続する振動ばく露を避ければ、低減することが推測される。したがって、作業工程は、振動にばく露されない期間を含むように段取りすることが望ましい。

[3] 労働者を暖かく保つ措置を講じることが望ましい。

また、手を振動させる工具を使用する人に対する助言として、次の内容を記している。

[1] 仕事をするときは、工具をできる限り軽く握る。

[2] 異常振動が発生したら、作業監督者に連絡する。

[3] 特に労働中、移動中又は振動機器を使っているときは、暖かく乾いた状態を保つために。ふさわしい衣類及び適した手袋を着用する。

[4] 喫煙は、振動機器で仕事をする前及び仕事中は避けるか又は最小限にする。

[5] 白指が起きる、長期間指がしびれるといったことがあれば、医師に助言を求める。

3 欧州の事情、米国の事情

(1)EU振動指令

Directive 2002/44EC of the European parliament and of the council of 25 June 2002 on the minimum health and safety requirements regarding the exposure of workers to the risks arising from physical agents (vibration)は、機械的な振動ばく露から生じる、あるいは生じる可能性のある安全と健康への危険から労働者を保護するための最低必要条件を定めた指令であり(Article1)、加盟国は、2005年7月6日までにこの指令に適合するのに必要な法律、規則、政令を実施しなければならないと定めている(Article14)。

ISO5349−1に従って測定され、得られた周波数補正振動加速度実効値の3軸合成値から、A(8)を求め、A(8)で評価する考え方は、日本産業衛生学会の勧告でも用いられているが、日本産業衛生学会が2.8m/s2を基準としているのに対して、振動ばく露限界値(exposure limit value)を5m/s2、振動ばく露対策値(exposure action value)を2.5m/s2としている(Article3)。
また、Article4以降では、使用者(Employers)の義務が規定されている。

Article4は、危険性の特定と評価(Determination and assessment of risks)に関して規定している。使用者は危険性評価を行う場合には以下のことに特に注意するものとしている。

[1] ばく露のレベル、種類(type)、期間(duration)

[2] Article3に定めるばく露限界値とばく露暴露対策値。

[3] 特に感応しやすい危険にある労働者の健康と安全に関するあらゆる影響。

[4] 機械振動と職場あるいは他の労働機械装置との相互作用から生じる労働者の安全に対する間接的影響。

[5] 機械装置の製造者から提供される情報。

[6] 機械振動のばく露レベル軽減のために考案された代替機械装置の存在。

[7] 使用者の責任のもとでの通常労働時間を超えた全身振動曝露の延長。

[8] 低温など特定の労働条件。

[9] 可能な限り、発表情報を含む、健康監視(健康診断)から得られた適当な情報。

また、使用者はArticle5、Article6に従って、どのような対策を講じるべきかを特定しなければならないと規定している。

Article5は、ばく露の回避・軽減を図るための規定をしている。Article5では、Article4に定める危険評価に基いて、Article3で定めるばく露対策値を以上の場合、使用者は、機械振動ばく露とそれに伴う危険を最小限に減少するための技術的、組織的な対策の計画を作成し、実行することとし、その際、以下を考慮することとしている。

[1] 機械振動曝露のより少ない他の作業方法

[2] 適切な人間工学的設計による労働設備(機械装置)の選択、できるだけ振動の少ない労働の考慮。

[3] 手腕系組織に伝達する振動を減少させるハンドルなど、振動による傷害の危険を減らす補助機械装置の提供。

[4] 労働設備(機械装置)、職場、職場体制の適切な維持管理計画。

[5] 職場や事業所の設計や配置。

[6] 機械振動曝露を最低限に減らすために、労働者に労働設備(機械装置)の正しく安全な使用法を教育するための十分な情報と訓練。

[7] ばく露時間とばく露強度の制限。

[8] 十分な休止時間を伴う適切な勤務時間割。

[9] 寒冷や湿気から労働者を保護する衣料の提供。

また、「いかなる場合にも、労働者はばく露限界値を超えてばく露されてはならない。この指令を遵守するために使用者がとった対策にもかかわらず、ばく露限界値を超えた場合には、使用者はただちにばく露限界値以下に曝露を削減する対策を講じる。使用者は曝露限界値を超えた原因を特定し、曝露限界値を再び超えないように、保護・予防対策を改善する。」と規定している。

このように、Article5では、ばく露対策値及びばく露限界値に着目した対策が規定されているものである。

Article6では、労働者に対する情報提供や訓練に関して規定されている。

使用者は、労働中に機械振動から生じる危険にばく露される労働者及び・あるいはその代表者が、Article4に定めた危険評価の結果に関連する、特に以下の事項についての情報と訓練を受けられるよう保証するものと規定している。

[1] 機械振動から生じる危険をなくする、あるいは最低限に減少するために、この指令を実施すべくとられる対策。

[2] ばく露限界値とばく露対策値。

[3] Article4に従って実行された機械振動の評価と測定の結果、及び使用されている労働設備(機械装置)から生じる可能性のある傷害。

[4] 傷害の徴候を見つけ報告すべき理由と方法。

[5] 労働者が健康監視を受ける権利が生ずる状況。

[6] 機械振動ばく露を最小限にする安全な労働行為。

なお、ばく露限界値に関してArticle5(3)に定める義務の履行に関し、次の猶予規定が設けられている。

「加盟国は、国内法あるいは慣習にしたがった労使双方との協議の後、2007年6月6日以前に労働者に与えられて、ばく露限界値を満たすことができない労働設備(機械装置)が使用されているところでは、最新の技術進歩および/あるいは採られた組織的対策を考慮して、2005年6月6日から最大5年間の移行期間を利用する権利がある。」

また、ばく露限界値に関して規定しているArticle5(3)の適用に関して、「ある労働者の機械振動曝露が、通常はArticle3にあるばく露暴露対策値を下回るが、時々大きく変動してばく露限界値を超える場合、加盟国はArticle5(3)の適用を免除されることができる。しかし、40時間の平均ばく露値はばく露限界値以下でなければならず、またその労働のばく露パターンから生じる危険がばく露限界値でのばく露から生じる危険よりも低いことを示す証拠がなければならない。この適用免除は、加盟国に対して、国内法および慣習に従った労使双方との協議を行った後に認められる。この適用免除は、特殊な状況を考慮して、発生する危険が最小限に減少され、当該労働者に対し健康監視を強化することを保証するような条件を伴っていなければならない。」と規定しており、一定の条件の下で、A(8)で評価しなくてもよいこととしている。

(2)ANSI

米国では、米国標準規格として、手に伝わる振動への人体ばく露の測定及び評価に対する指針(ANSIS2.70−2006 Guideline for Measurement and Evaluation of Human Exposure to Vibration Transmitted to the Handが策定され、2006年5月19日に発効した。

基本的な方針として、ISO5349−1、ISO5349−2、ISO8041といったISOの規格が引用され、また、EU振動指令で規定されているばく露対策値及びばく露限界値が取り入れられている。つまり、A(8)で2.5m/s2(ばく露対策値)が手腕振動への健康リスク閾値に相当し、5.0m/s2(ばく露限界値)を超えるレベルの手腕へ振動ばく露される労働者は、高い健康リスクを持つことが予期されるとし、ばく露対策値を超えた場合は、AnnexB及びCに規定される行動を含む、健康リスクを低減するために労働者の手腕振動へのばく露を低減するためのプログラムを開始することが望ましく、また、労働者をばく露限界値より大きい振動にばく露させないことを推奨すると規定している。

AnnexBでは、健康リスクを回避または低減するためには、次の特別の注意を払うことが望ましいとしている。

[1] 手腕振動へのばく露がより少なくなる他の作業方法

[2] 行う労働に考慮した、考えうる最小限の振動を発生する適正な作業機器または良い人間工学的設計

[3] 手腕系へ伝わる振動を低減するハンドルのような、振動に起因する不詳のリスクを低減する補助機器

[4] 振動を発生する危機を良好な作業状態に維持するために策定された保守プログラム

[5] 可能であるならば、不適当な作業姿勢及び工具の重量に関係する不必要な静的負荷を低減するための作業場及び作業ステーションの設計及びレイアウト

[6] 安全性を向上し、可能性のある手腕振動へのばく露を低減するために、機器の適切な使用について労働者を指導するための適切な情報及び訓練

[7] 手腕振動ばく露の継続時間及び強さの制限

[8] 適切な休憩時間を伴う適切な作業計画

[9] 寒冷及び湿潤から労働者を保護する適切な衣類

また、工具及び保護具に関しては、「可能であるならば、手腕振動は振動を発生する機器で低減することが望ましい。防振手袋のような個人用保護具を、手腕系に振動が伝わるのを低減するために、用いてもよい。」と規定している。

AnnexCでは、労働者に対する教育訓練に関して、労働者に次に関する情報を提示することが望ましいと規定している。

[1] 手腕振動へのばく露を排除又は低減するために採る対策

[2] ばく露対策値及びばく露限界値

[3] なぜ、そしていかにして手腕振動に関係する負傷を発見し、報告するか。

[4] なぜ、そしていかにして手腕振動に関係する負傷の一因になるかもしれない作業状態を発見し報告するか。

[5] 手腕振動へのばく露を最小限にする安全労働訓練

この米国標準規格で課題として残るのが、具体的な振動測定方法がこの規格及び関連規格で規定されていない状態にあることである。

たしかに、この米国標準規格の本文中に、対応する国際規格又はそれに相当する規格があれば、振動測定はそれを用いて行うとしているものの、国際規格となると、ISO8062、ISO22867しかないため、国際規格になく、EN50144、EN60745に規定されているような多くの電動工具に関しては、この米国標準規格の適用方法が確定していない。

4 日本産業衛生学会の勧告

ISO5349−1が新しく制定されたことを受け、日本産業衛生学会において手腕振動の許容基準が検討され、2001年7月に制定された。当該許容基準は、10年間の振動作業で我が国の男性における非振動性レイノー減少有症率3%を超えない程度にとどめることを目標に設定されている。

日本産業衛生学会の手腕振動の許容基準では、ISO5349−1と同様に、手持動力工具の振動が人体に与える影響を評価するにあたっては、3軸の周波数補正加速度実効値を用いて行われ、その合成値を式(1)で求め、

式(6)

より求められたT(分で表される許容ばく露時間)を図×の許容基準値と比較し、評価するものとしている。式(6)は、A(8)=2.8m/s2を意味する。

英国や北欧で報告されている非職業性レイノー現象の男性有症率は、4〜19%(平均的には10%程度)であるのに対し、我が国の非職業性レイノー現象の有症率は、これまで報告されているものを概括すると、我が国の一般集団における非振動性レイノー現象の有症率は、男性で1から3%、女性で1から4%程度と考えることができる。

白指有症率の推測式に振動ばく露年数10年、振動加速度(単軸)2m/s2を代入すると、白指有症率2.6%(≒3.0%)という値が得られる。

この振動加速度(単軸)は、工具の振動が一番大きい方向の1軸のみの振動加速度値であるが、現在、3軸合成値が評価基準として一般的に用いられている。2m/s2に、ISO5349で定めるところによる変換倍率1.4を乗じて得られた値2.8m/s2が日本産業衛生学会の許容基準として示されているものである。
なお、日本産業衛生学会の許容基準では、ばく露時間が6分未満であっても周波数補正振動加速度実効値の3軸合成値は25.0m/s2を超えてはならないとし、また、周波数補正振動加速値実効値の3軸合成値が1.4m/s2以上のもののみを対象としている。このほか、振動が小さいものであっても、ばく露時間は1日4時間以内にとどまるよう努め、4時間を超える場合でもばく露時間が1日8時間を超えてはならないとしている。

述べてきたように、日本産業衛生学会の勧告は、振動の大きさと作業時間の許容基準を示したものであるが、振動障害防止には作業時間の管理だけでなく、工具等の整備、操作方法、保護具の使用、保温、同時に随伴する騒音対策、日常の健康管理等総合的な管理が必要であるとしている。

5 振動に関する測定装置

人体への影響を評価する方法に関する国際規格に対し、測定器については、国際規格がなかったが、ISOでは振動測定器に関する規格として1990年にISO8041(Human response to vibration - Measuring instrumentation)が発効した。その後、手腕振動の評価方法であるISO5349が2001年に改定されたこと受け、ISO8041が改正され、2005年が発効した。

我が国では、1974年に「全身振動に対する曝露の評価に対する指針」(ISO2631)が発効されたのを受けて、環境振動用の測定器規格であるJISC1510(振動レベル計)及びJISC1511(手持工具用振動レベル計)が発効した。JISC1511は、工具が発する振動の振動レベルを計測するもので、デシベルで表示されることに特徴がある。

一方我が国では、ISO8041(2005)のドラフトの段階で、JIS化の取り組みがなされ、ISO8041(2005)の趣旨を全面的に取り込んだ規格JISB7760-1(全身振動用測定器)、JISB7761-1(手腕振動用測定器)が2004年に制定され、2005年に発効している。

ISO8041は、手腕振動・全体振動双方について一つの規格であるが、JISは手腕振動と全身振動とで測定器の規格が分かれている。

6  国内外における振動値等の表示に関する取組み

(1)基発第11号通達とISO8662

我が国では、労働省によって、メーカー各社の手持動力工具の工具振動レベルを比較できる測定方法が通達されている(昭和63年1月8日基発第11号「手持動力工具(チェーンソーを除く。)の工具振動レベル測定方法について」)。一方、ISOでは、各種手持動力工具別にISO8662のパート1からパート14までの工具別振動測定方法を制定している。ここでは、基発第11号とISO8662の内容を紹介するとともに、両者の比較を行う。

(2)基発第11号

我が国では、JISB4900(手持動力工具の工具振動レベル測定方法)で測定方法が定められていたが、なお測定条件によって測定値が変動するため、手持動力工具の主要機種ごとに、JISB4900の測定方法で測定を行う際の標準動作を設定することが必要であった。そこで、専門家による検討結果に基づき、標準動作を設定した測定方法として策定されたのが、基発第11号である。なお、同通達により、チェーンソー及び刈払機の振動測定については、「チェーンソーの規格」(昭和52年労働省告示第85号)の別表第一における振動加速度の測定方法により行うことが定着していることから、それによることとされている。

基発第11号で扱われる手持動力工具は、工具の機構により、22の工具をピストン内蔵工具(打撃工具)、エンジン内蔵工具、振動体内蔵工具、回転工具、締付工具の5種類に分類し、それぞれに、測定値、測定方法、測定手順が規定されている。

測定値は、全ての工具で、振動評価値である等価工具振動レベルで評価することが規定されている。また、測定方法に関して、被加工物が指定されており、測定時の工具の状態が説明されている。測定手順は、何台の工具で何回測定するか、及び1回の測定時間が指定されている。測定位置については、工具のハンドル部の手の位置又はその至近点とされている。基発第11号は、測定方法が文面でしか説明されていないので実際の測定状況が把握しにくいという欠点がある。

なお、JISB4900は、JIS7761-1が制定された2004年3月20日と同日、   廃止されている。

(3)ISO8662(Hand-held portable power tools - Mesurement of vibration at the handle)

ISO8662は、手持動力工具による振動障害の予防、EU機械指令における物理的要因(振動)から生じる危険に対する労働者のばく露に関する安全衛生の必要最低条件の振動評価をより適切なものにするため、さまざまな工具の特徴を考慮し、また国際的に測定データに互換性を持たせるための国際規格として、手持動力工具の工具別振動測定方法を規定したものである。

ISO8662は14パートから成り、工具の特徴により13パートに工具を分類している。

各パートには、測定値、測定治具、測定軸及び測定位置、測定方法、測定手順等が規定されている。基発第11号と異なり、振動評価値としては、周波数補正振動加速度実効値が全てで規定されており、工具の動力源や動作等による電圧・油圧・空気圧またはBlow frequencyやRotationalspeed 、feed force等の測定条件となるものも規定している。治具に関しては、変換器や測定時に使用する器具について説明がされている。測定方向及び測定位置は、振動方向を考慮した測定方向の指定と工具のどの位置で測定するかが記述されている。測定方法は、条件によって被加工物の設計や測定時の操作者の姿勢と工具の状態も説明されている。測定手順は、実際に試験を行う場合に、何人が何回測定するのか、及び1回の測定時間が設定されている。実際に測定するとなると、たとえ測定方法が記載されていても文面だけでは理解しにくいが、ISO8662では、測定するときの状態が絵や写真で示されている。また、試験結果の報告書の記述方法として、実際に書き込めるように様式が示されており、測定データが測定条件により曖昧なものにならないように考慮されている。

(4)基発第11号とISO8662との比較

基発第11号もISO8662も、メーカーが手持動力工具をより低振動のものにするため、あるいは振動障害の予防に必要な振動評価値を得るために工具別の振動測定方法を規定しているものである。

各手持動力工具に適した測定方法を考慮するため、あるいは測定方法の中に含まれる測定条件を指定し、測定データの曖昧さをなくすために、測定方法の規定が必要である。しかし、基発第11号に対して、ISO8662は国際規格であり、世界各国で測定されたデータに互換性を持たせることも目的の中に考慮されている。

また、基発第11号とISO8662とでは、測定値、測定回数、測定方向、測定位置、測定方法に相違点があり、振動測定方法及び振動評価方法において互換性がないものである。

なお、2004年4月からISO8662のパート1からパート14までの規格をJIS規格に取り入れるためのJIS規格策定作業が行われ、JISB7762のパート1からパート14として2006年に発効している。

(5)EU機械指令

(5−1)EU機械指令

現在、EU加盟国内で販売される全ての手持ち式(hand-held)又は手誘導式(hand-guided)の動力工具(machinery)について、その取扱説明書に適切な試験規則により得た振動値(2.5m/s2以上のものはその値、2.5m/s2未満のものについてはその旨)を記載することが、EU機械指令(DIRECTIVE 98/37/EC OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL of 22 June 1998)に規定されている。適切な試験規則とは、適用する試験規則の優先順位が定められているということであり、優先順位は次のとおりである。

[1]欧州規格(EN規格)

[2]該当するEN規格がない場合は、国際規格(ISO、IEC規格等)

[3]N規格、国際規格とも該当する規格が内場合は、EU加盟国の国内規格

[4][1]、[2]、[3]いずれにも該当する規格がない場合は、試験方法・条件等の詳細を取扱説明書に記載する。

振動値を取扱説明書に記載するにあたり、記載箇所、記載方法についての制約はなく、一般的にはCE(Comunite European)適合宣言とともに記載される、あるいは機械仕様の一部として記載されている。また、EU機械指令は、カタログあるいは動力工具本体に振動値を記載あるいは表示することを求めていない。メーカーが自主的にカタログに振動値を記載する動きが見られたが、不当な競争を煽るおそれがある等の理由から、カタログに振動値を記載しないことで業界による自主規制が行われている。

取扱説明書への振動値の記載を含め、EU機械指令(DIRECTIVE 98/37/EC OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL of 22 June 1998)で要求されている事項を満足しなければ、メーカーはCEマーキングを行うことはできず、事実上、EU加盟国での販売ができないことを意味している。第三者機関によるCE適合認証制度といった制度が導入されているわけではなく、メーカーの自己申告に委ねられている。

いわゆる「ニセモノ」が明らかな虚偽記載をしていた事例はあるようであるが,一般のメーカーが虚偽記載をしていたという事例は見受けられない。虚偽記載に対する罰則は定められていないようであるが、メーカー自身が、虚偽記載は信頼を損ね、多大な損失を被るものであることを十分認識していることが影響しているものと考えられる。

メーカー間の競争が熾烈なため,競業他社の記載内容について信用できない等としてメーカー間で紛糾する事例はあるようであるが,そのような場合,当事者のいずれかが公的機関に測定を依頼し、決着しているようである。

また、「買い上げ試験」のようなシステムはあるようであるが、これで記載されている振動値に問題があったということは見受けられない。

(5−2)振動測定に関する試験規則

振動測定に関する試験規則として、EN規格では、電動工具についてEN50144(safety of hand-held electric motor operated tools)、EN60745(Hand-held motor operated electric tools−Safety)がある。

EN50144は、EN60745に移行しつつあるが、EN60745の適用を受ける電動工具について、そのほとんどが、振動・騒音測定に係る事項について、臨時的にEN50144の規定をそのまま当てはめている。

なお、空気圧工具、油圧工具、一部の電動工具等については、ISO8662に拠ることとなっており、主として農林業で用いられるエンジンチェーンソー及びエンジン刈払機については、ISO22867に拠ることとなる。

(5−3)人体への健康影響を評価する際等の問題

ISO5349(2001)では、人体への影響を評価する振動として、3軸合成値の考え方が取り入れられているのに対し、ISO8662の全て、EN50144、EN60745のほとんどは未だ単軸測定を規定しており、3軸合成値の考え方に対応しきれていない現状となっている。

2001年のISO5349の改正に伴い、ISO8662やEN60745を単軸測定から3軸測定へ改定する方向に作業が進められているものの、EN60745はCENREC(欧州電気標準化委員会)が担当し、ISO8662の改定はISOとCEN(欧州標準化委員会)の共同作業で行われており、担当を別にすることから、ISO8662のメインである油空圧工具とEN60745の電動工具とで振動測定方法が統一される見込みは少ないものと考えられる。

しかし、EU加盟国へ輸出している我が国内を代表するメーカーにあっては、単軸測定を規定しているEN規格・ISO規格に係る動力工具であっても、当該EN規格・ISO規格に準拠しつつ3軸測定を実施している。したがって、単軸測定による振動値を取扱説明書に記載するものの、3軸の測定値もデータとして持ち合わせている。

なお、ISO22867(2004)は3軸測定を規定しており、測定機器として新しいISO8041を指定しているので、ISO22867に基づき測定された振動値は、ISO5349−1に当てはめ、人体への影響評価として用いることができる。

ISO8662は、2006年にJISB7762として我が国でも取り入れられたところであるが、EN50144、EN60745及びISO22867は、現在のところ、JIS規格として取り入れられる予定はない。

(5−4)単軸値と3軸値に関するEUにおける対応

試験規則に基づく単軸値と人体への影響を評価する際に用いる3軸合成値の差異に関しては、EUでも課題とされており、ISO 8662が3軸対応に改正を急いでいる、EN 60745も3軸測定への切替えを急いでいるという状況にある。しかし、これらの規格が3軸測定へ切り替えた格好ですべて揃うには相当の期間を要することから、その間はCENがTR 15350というTechnical Report(Guideline for the assessment of exposure to hand-transmitted vibration using available information including that provide by manufactures of machinery)を発行し対応しようとしている。これは、単軸値に一定の係数を掛けて3軸値をシュミレートしようとするもので、これはISO 5349-1及びISO 5349-2の記述を根拠とし、CEN独自のデータを加えて係数を決めている。

欧州(特に英国)では,単軸値・3軸値の概念が浸透しており,かつ、取扱説明書への振動値記載にどの規格に準拠したか(例えば、電動工具ならEN 50144かEN 60745)を記載していることから,取扱説明書に記載された振動値が、単軸値か3軸値かの判断はユーザーサイドが行っている。当然、工具を使用する事業者もその判断が出来ており、単軸値であれば多くはそれに1.5の係数を乗じて、3軸合成値を算出し、使用時間管理に用いている。英国のHSE(The Health and Safety Executive )のGuide to good practice on HAND-ARM VIBRATIONにもこれに関する記述がされている。


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