「第4回ボイラー等の自主検査制度の導入の可否に関する検討会」資料
わが国のコンプライアンス体制の現状と課題
立教大学経済学部客員研究員
田中宏司
1.日本経団連の動向
・ | 最近、日本経団連会長御手洗富士夫氏は、「企業倫理徹底のお願い」1で、企業行動の総点検をお願いするとして、次の3項目、7点について、取組み強化を要請している。
コンプライアンス体制の整備と見直し
1 | .各社独自の行動指針の整備・充実 |
2 | .企業倫理担当役員の任命や担当部署の設置等、全社的な取り組み体制の整備 |
3 | .企業倫理ヘルプライン(相談窓口)の整備 |
コンプライアンスの浸透と徹底
4 | .経営トップの基本姿勢の社内外への表明と具体的な取り組みの情報開示 |
5 | .役員を含む階層別・職種別の教育・研修の実施、充実 |
6 | .企業倫理の浸透・徹底状況のチェックと評価 |
不祥事が起きた場合の対応
7 | .適時的確な情報開示、原因の究明、再発防止策の実施、ならびにトップ自らを含めた関係者の厳正な処分 |
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2.コンプライアンス経営の現状と課題
(1)コンプライアンス経営の全体像
<最近の「日本経団連のアンケート」(以下このアンケートを引用)
2>
☆ | 「75.9%が、最近報道される企業不祥事が、自社やグループ会社で起こりうる不祥事であると危機感をもっている。」(経営トップの回答)。 |
☆ | 「65.5%が、企業倫理徹底のための社内組織・体制を整備したものの、中身の充実が課題であると認識している。」(経営トップの回答) |
・ | コンプライアンス(企業倫理)の実践にあたっては、次のような「コンプライアンス経営実践システム」の全体像を描き、社内の実情に合わせて実践することがポイント(図表1参照)。 |
図表1 「コンプライアンス経営実践システム」の全体像
(2)経営トップのメッセージとコミットメント
<最近の「日本経団連のアンケート」>
☆ | 「82.6%が、年頭挨拶、入社式、各種研修会などで企業倫理の重要性を自ら社員に訴えているほか、59.4%が、社内報や社員宛メール等で自らメッセージを社員に伝えている。」(経営トップの回答) |
・ | 企業は経営の基軸として、それぞれ創業の精神、経営理念を掲げている。コンプライアンス経営上、最も重要なことは、このような経営理念に基づき、経営トップがコンプライアンス経営について、どのようなメッセージとコミットメントをしているかが問われる。
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・ | 例えば、次の質問を自らに問うてみる。
第1に、 | 「経営トップは、自社の企業使命、価値観、基本方針等を明示しているか?」 |
第2に、 | 「役員・社員は、自社の企業使命、価値観、基本方針等に共感しているか?」 |
第3に、 | 「経営トップのメッセージやコミットメントとして、ディスクロージャー誌、ホームページ、パンフレットなどに経営理念、経営方針、お客様第一主義、地域との共生などが明示されているか?」 |
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・ | この3つの質問について、(1)「はい」の場合は、コンプライアンス経営の基本が充実していることを示している。(2)「いいえ」「どちらでもない」の場合には、今後の改善策と実行計画を、具体的に検討する必要がある。 |
(3)倫理綱領の役割と重要な項目
<最近の「日本経団連のアンケート」>
☆ | 「95.4%が、企業行動憲章と手引きを読み、そのうち63.4%が自社の憲章や規定の策定に利用している。」(担当者の回答) |
☆ | 「86.6%の企業・団体が企業行動指針などを策定済み。」(担当者の回答) |
☆ | 「21.8%の企業・団体が、全役職員に署名宣誓を求めている。」(担当者の回答) |
・ | 名称は、「倫理規定、企業行動基準、企業行動指針、ビジネス行動規範、ビジネス・コンダクト・ガイドライン、企業行動憲章」など、それぞれの企業や経済団体等の実情に合わせて使用。
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・ | 社内の倫理綱領(行動基準)が正式に議決・承認されたのち、全員に配布して周知徹底を図る。その際、原則として経営者・社員から、「倫理綱領誓約書」「確認書」などを提出する扱いとする。新入社員、途中採用者、新任経営層などに対しても、その都度同様な手続きで周知徹底を図る。 |
【「倫理綱領誓約書」の要点】
● | 文言
・ | 組織の一員として、倫理綱領を受領し、理解した旨の表明。 |
・ | 組織の一員として、これを遵守しなければならないことを了解しその旨誓約する。 |
・ | 質問、疑問のあるときや、違反する恐れのある場合は、倫理担当責任者または倫理担当部署に対し、速やかに照会、報告するなど適切な対応をする。 |
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● | 署名の様式
年月日:
提出先(倫理担当部署、経営企画、法務部等):
自署(氏名):
本人の所属部署名: |
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・ | このような倫理綱領の役割と位置付けを、図解すると、次のように、
(1) | 創業の精神、経営理念等を頂点にして、 |
(2) | 中間に「倫理綱領」「行動基準」が位置して、全ての企業活動における実践の行動指針、ガイダンスとして機能し、さらに |
(3) | その下部に、社内各種規程・業務マニュアル等がある、 |
ということになる。 |
図表2 倫理綱領の役割と位置付け
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※ | 「国家公務員倫理法」 | (2000年4月施行) |
「公益通報者保護法」 | (2006年4月施行) |
「会社法」 | (2006年5月施行) |
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【倫理綱領の重要な柱と項目】
【第1の柱:社会に対する基本姿勢】
1) | 経営理念、企業使命、価値観等の表明
・ | 顧客第一主義、消費者重視経営、社会への貢献、法令・ル−ル遵守等。 |
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2) | 事業・業務活動に関する基本姿勢
・ | 公正な企業活動、良き企業市民、基本的な人権尊重、働きやすい職場環境の提供、人材の育成と活用等。 |
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3) | 企業の社会的責任
・ | 地球環境の保護、社会貢献活動の推進、地域社会との交流等。 |
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【第2の柱:法令等遵守に対する基本姿勢】
4) | 法令遵守の徹底
・ | 独占禁止法、国際取引・貿易関連法規、知的財産権、インサイダー取引等に関する関係法令の遵守徹底。 |
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【第3の柱:組織外のステークホルダーに対する基本姿勢】
5) | ステークホルダーに対するバランスある行動
・ | 消費者重視の具体的な対応。 |
・ | 主要なステークホルダーに対する具体的な対応。 |
・ | 贈答・接待への対応、公務員への供応。 |
・ | 不公正な取引の禁止、購入取引先の決定と互恵取引の禁止。 |
・ | 反社会的個人・団体への対応、政治献金等。 |
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【第4の柱:役員・社員の行動と責務に関する基本姿勢】
6) | 役員・社員の行動と責務
・ | 利益相反の回避、個人的投機の制限、同僚への差別禁止等。 |
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7) | 会社財産の保護と企業情報に関する行動基準
・ | 企業の有形・無形財産の保護、企業・顧客・業者に関する情報の保護、守秘義務の徹底、公正な宣伝・広報等。 |
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【第5の柱:組織体制・罰則規定などに関する基本姿勢】
8) | 運用体制
・ | 対象範囲(役員・社員)の明確化、企業倫理担当部署の明示。 |
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9) | 照会・相談・公益通報体制
・ | 社内の照会・相談・公益通報体制の明示、個人的問題の相談先等の明示。 |
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10 | )違反行為に対する罰則規程
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(4)コンプライアンス経営の体制構築と実践
1)コンプライアンス担当役員・責任者の任命
<最近の「日本経団連のアンケート」>
☆ | 「80.5%の企業・団体が、企業倫理担当役員を任命済み。」(担当者の回答) |
・ | 経営トップは、社内で人望があり高尚な倫理観を有する人材を登用し、正式に人事発令(任命)する。この担当役員・責任者は、社内におけるコンプライアンスの専門家としての役割を担い、具体的な指導や相談に応じるなど、リーダーシップを発揮する。社内では、誰がコンプライアンス担当役員・責任者であるかが重要である。 |
2)コンプライアンス担当部署の設置と適切な運営
<最近の「日本経団連のアンケート」>
「89.3%が、企業倫理担当部署を設置済み。」(担当者の回答)
・ | コンプライアンス担当部署は、原則として既存の部署から独立した部署が望ましい。それが困難な場合には、法務部や総務部などの中に明示的に担当部署を設置しても十分機能しうる。特に、中小企業の場合には、人材・組織上の制約もあり、独立した部署が設置困難な場合には、法務部、経営企画部、総務部など、関連する部門に中に設置することで対応できる。 |
3)教育・研修プログラムの実施
<最近の「日本経団連のアンケート」>
☆ | 「87.4%が、入社式や研修会などで企業倫理への取組みの重要性について説明する。」(担当者の回答) |
☆ | 「38.7%が、研修ビデオ、e−ラーニング・プログラム、他社例紹介などの研修材料を提供する。」(担当者の回答) |
☆ | 「61.8%が、企業倫理徹底のために作成・配布しているツールとして、ハンドブックの配布をあげた。」(担当者の回答) |
・ | コンプライアンスの組織内への周知徹底について、特別なマジックはない。経営層・社員に対し、教育・研修を地道に、根気強く実施することが大切である。 |
【教育・研修プログラムの3ステップ】
第1ステップ: | 経営理念、企業使命、基本的価値観などを十分理解し共有する。
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第2ステップ: | 倫理綱領、行動基準、コンプライアンス・マニュアルなどの内容を説明して、周知徹底する。
組織内におけるコンプライアンス体制、運営状況を説明して、十分に理解を深める。
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第3ステップ: | 事例研究を行い、その成果を実務に反映させる。 |
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4)倫理ヘルプラインの運営方法
<最近の「日本経団連のアンケート」>
☆ | 「79.4%が、企業倫理ヘルプライン(相談・通報窓口)を設置済み。」(担当者の回答) |
・ | 企業倫理・コンプライアンスに関する照会、疑問、相談、報告など、通常の業務報告ルート以外の方法により、経営層・社員の照会、相談、公益通報窓口として機能する。
<主要な方法>
・専用電話 ・専用FAX ・電子メール ・面談 ・文書 ・手紙 |
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【倫理ヘルプラインに是非相談していただきたい事例】
(1) | 秘密情報の漏洩や、乱用など。
・ | お客様、取引先、関連会社、役員・社員に関する秘密情報を外部に漏洩、転売、悪用するような行為やその可能性のある行為。 |
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(2) | 会社資産の乱用、不正使用など。
・ | 経費の不適正な使用、水増し請求、タクシー券,備品などの私的使用などの行為。 |
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(3) | 社会の良識・常識に反する行為や言動など。
・ | 環境汚染へつながる行為、産業廃棄物の不正な処理、企業の一員として恥ずかしい行為など。 |
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(4) | 法令違反、犯罪行為になる恐れのある行為など。
・ | 法令違反、犯罪行為になる兆し、不公正取引、自社商品の品質管理上のミス隠蔽、他社商品との不公正な比較広告などの行為。 |
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(5) | その他、何か問題がありそうな行為など。
・ | 「何かおかしい」「間違いではないか」「問題があるのではないか」「このように改善してはどうか」「私の行動基準についての提案」など。 |
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【倫理ヘルプラインのポイント】
a. | 相談窓口における相談、照会、公益通報などより、不利な扱いや報復・差別行為を受けることはないよう、ルールを厳守する。 |
b. | 相談者(通話者)の相談、照会、公益通報などの秘密を厳守する。 |
c. | 回答者は、企業倫理担当部署の特定のメンバー(複数)が責任をもって担当する。 |
d. | 相談、照会、公益通報の内容等を正式な記録として保管する。 |
e. | セクハラや弱者救済などにも配慮する。 |
f. | 企業倫理委員会は、適正にフォローアップする。 |
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5)企業倫理委員会、コンプライアンス委員会の設置と適正な運営
・ | コンプライアンス委員会は、定例的に毎月開催されることが望ましく、組織横断的にコンプライアンス問題について、全体として対応策や解決策が討議されることが必要である。
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・ | 一部企業で採用されている“外部有識者委員を登用する”ことも委員会の活性化につながる。 |
6)モニタリング・企業倫理監査のポイント
・ | 多くの企業では、従来から 業務監査、会計監査中心に行われているが、今後は、コンプライアンス体制の充実と実効性向上策の要として、コンプライアンス監査の充実が期待されている。
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・ | このようなコンプライアンス監査の結果報告は、コンプライアンス委員会や取締役会に対して行われ、経営陣を交えた見直しや改善策に役立てることが望ましい。
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・ | モニタリングの実効性を上げるためには、それぞれの組織の業態、体質に合わせて、うまく組み合わせて実施する。モニタリング・企業倫理監査の結果を、各職場にフィードバックし、改善のためのアクションプランを作成させ、その実行と改善結果の報告を求める。 |
【モニタリングの主要な具体的方法】
a. | 日常業務を通じてのモニタリング。 |
b. | 監査部署・検査部署によるモニタリング。
・ | 倫理綱領・規程等や社内諸規程に照らして、組織内の遵守・運用状況を定期的にチェックする。 |
・ | 主要メンバーとのインタビューによるモニタリング。 |
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c. | 「倫理ヘルプライン」「コンプライアンス相談窓口」を経由して通報された案件や企業倫理委員会で討議された案件等のつき、実情をチェツクし助言する。 |
d. | 「アンケート調査」「意識調査」などによるモニタリング。 |
e. | 外部監査法人、公認会計士、弁護士などによるモニタリング。 |
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7)コンプライアンス意識調査の実施
・ | コンプライアンス実践状況や役員・社員のコンプライアンス意識について、具体的項目についてアンケート調査の方法で、毎年定例的に実施する。実情調査の結果報告は、経年変化など主要項目別に分析して、コンプライアンス委員会や取締役会に対して行われるほか、各職場にフィードバックされ、継続的改善に活用されることが向上策となる。 |
8)コンプライアンス業績の評価、またはコンプライアンスの評価
<最近の「日本経団連のアンケート」>
☆ | 「35.1%の企業・団体が、企業倫理への取組みを人事考課などに反映している。」(担当者の回答) |
・ | 自社の実情はどうか自問自答してみよう。
「人事考課・業績評価にコンプライアンス実践の実績が考慮されているか?」
「人材採用に際して、個人の倫理観やモラルを十分配慮しているか?」、
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・ | 人事考課については、法令遵守、企業倫理綱領・規程等に基づく倫理的業績を評価する(例えば、倫理判断要件に対し、「上回る」「満たす」「下回る」と評価)。
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・ | さらに、人事考課の社員へのフィ−ドバックに際して、倫理的業績が評価されていることを説明する。 |
【「コンプライアンス業績の評価」の具体的方法】
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[評価] |
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上回る (3点) |
満たす (2点) |
下回る (1点) |
・経営価値観の共有 |
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・全体的枠組みの理解 |
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・法令等理解および遵守能力 |
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・コンプライアンス問題の解決力 |
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・コンプライアンス指導力 |
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・顧客との法令等遵守折衝力 |
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・コンプライアンス自己啓発力 |
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注: | 上記7項目の場合には、優れている15点以上、普通14点程度、 やや劣る13点以下。 |
9)「エシックス・カード」などの活用
・ | 個人として、判断に迷うような場合には、「エシックス・カード」「エシックス・テスト」などが役立つ。 |
<テキサスインスツルメンツ「TIエシックス・カ−ド」>
| もし判断に迷ったら
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「それ」 | は法律に触れないだろうか。 |
「それ」 | はTIの価値基準に合っているだろうか。 |
「それ」 | をすると良くないと感じないだろうか。 |
「それ」 | が新聞にのったらどう映るだろうか。 |
「それ」 | が正しくないと分かっているのにやっていないだろうか。 |
※ | 不明な点がありましたら、納得のゆくまで上司そのほか関係者に確かめて下さい。 |
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出所:日本テキサス・インスツルメンツ株式会社
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松下電器の「企業倫理五つの視点」
(1) 法令順守 | | その行為は、法令に違反していないか |
(2) 経営理念 | その行為は、経営理念や会社の方針に違反していないか |
(3) 社会常識 | その行為は、社会に通用するか |
(4) 消費者 | その行為は、消費者がどう思うか |
(5) 自分の心 | その行為は、間違いないか、もう一度 |
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出所:松下電器産業株式会社
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3.経営者の感じている問題・課題(最近の「日本経団連のアンケート」)
(1)企業倫理意識の徹底
・ | なかなか組織の末端まで意識が徹底しない。 |
・ | 海外の事業所での取り組みが難しい。 |
・ | グループ会社での徹底が難しい。 |
・ | 幹部社員と一般社員との間に意識の差がある。 |
・ | 社員が問題を自分のこととして理解し実践しているか自信がもてない、など。 |
(2)情報の伝達
・ | なかなか負の情報があがってこない。 |
・ | トップダウンで指示を出しても、一部の管理職がとめてしまうことがある。 |
・ | 社内のコミュニケーション不足を感じる、など。 |
(3)組織や体制の整備
・ | いくら整備し教育研修を徹底しても、問題発生を防げない。 |
・ | どうしても問題の報告と対応が後手に回る。 |
・ | 最後は、社員個々人の人的ミスを防ぐかが課題である、など。 |
以上
1 | 日本経団連ホームページ「企業倫理徹底のお願い」2006年9月19日。 |
2 | 日本経団連ホームページ「企業倫理・企業行動に関するアンケート集計結果(概要)」2005年12月13日。調査対象:会員企業・団体(1,558社・団体)、実施期間:2005年8月22日〜10月31日、回答率:経営トップ向け32.5%、担当者向け33.6%。 |