06/11/21 労働政策審議会労働条件分科会 第68回議事録 第68回 労働政策審議会労働条件分科会  日時 平成18年11月21日(火)   17:00〜 場所 厚生労働省17階専用第18・19・20会議室 ○分科会長(西村) ただいまから、第68回「労働政策審議会労働条件分科会」を開催 いたします。本日は久野委員、島田委員、長谷川委員、八野委員、山下委員が欠席です。  議題に入ります。本日は労働契約法制について、事務局で改めて資料を用意していた だきましたので、それについて議論をしていただきます。本日は中山専門委員及び徳住 専門委員にご出席いただいておりますので、労働契約法制のうち、判例や裁判実務にか かわる論点について議論していただきます。  なお、本日は長谷川委員が欠席ですので、徳住専門委員は、石塚委員の指名を受けた 場合にご発言をいただきます。まずは、事務局から資料の説明をお願いいたします。 ○監督課長 資料No.1「今後の労働契約法制について検討すべき具体的論点(1)(素 案)」についてです。労働契約の内容が労使の合意に基づいて自主的に決定され、労働 契約が円滑に継続するための基本的な考え方として次のようなルールを明確化してはど うか。  まず「労働契約の成立及び変更について」(1)合意原則です。労働契約は、労働者 及び使用者の合意によって成立し、又は変更されることを明らかにしてはどうか。(2) 労働契約と就業規則の関係等です。(1)(2)は、現在労働基準法に類似の規定があります。 (1)は就業規則の定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分について は無効とし、無効となった部分は、就業規則で定める基準によることを、労働契約法に おいて規定することとしてはどうか。これは、現在労働基準法に同じ規定があります。  (2)は、就業規則が法令又は当該事業場について適用される労働協約に反する場合には、 その反する部分については無効とすることとしてはどうか。(2)の部分については、「就 業規則は法令又は当該事業場に適用される労働協約に反してはならない」という規定が 労働基準法にありますので、これに反する部分については無効としてはどうか、という 部分が付け加わっています。  (3)は、合理的な労働条件を定めて労働者に周知させていた就業規則がある場合には、 その就業規則に定める条件が、労働契約の内容となるものとすることとしてはどうか。  (4)は、労働者及び使用者が就業規則の内容と異なる労働契約の内容を合意した部分(特 約)がある場合には、就業規則ではなく、その合意(特約)によることとしてはどうか。  (3)は、就業規則の変更により労働条件を変更する場合の考え方です。(1)のイは、 使用者が就業規則を変更し、その就業規則を労働者に周知させていた場合において、就 業規則の変更が合理的なものであるときは、労働契約の内容は、変更後の就業規則に定 めるところによるものとしてはどうか。  この就業規則の変更が合理的なものであるときの、その「合理的なもの」であるかど うかの判断要素として、ロにあるように、次に掲げる事項その他の就業規則の変更に係 る事情としてはどうか。iは、労働組合との合意その他の労働者との調整の状況。労使 の協議の状況ということです。iiは、労働条件の変更の必要性。iiiは、就業規則の変更 の内容です。  ハは、労働基準法第9章に定める就業規則に関する手続。これは、届出義務とか意見 聴取義務を書いているわけですが、こういう手続が守られていることについて、そうい う手続が上記イ、ロの変更のルールとの関係で重要であることを明らかにしてはどうか。  2頁で、就業規則の変更によっては、変更されない労働条件を合意していた部分(特 約)については、イの就業規則の変更によるのではなく、その合意のほうが優先される ということです。  (2)は、現在就業規則を作成していない10人未満の事業場が、就業規則作成義務で新し く就業規則を作成する場合で、従前の労働条件が変更になるような場合には、先ほどの (1)と同じような取扱いとしてはどうか。  2「主な労働条件に関するルール」の(1)は安全配慮義務と呼ばれているものです。 使用者は、労働者の生命、身体等を危険から保護するように配慮しなければならないと してはどうか。  (2)は出向です。(1)使用者が、労働者に在籍型出向を命じることができる場合にお いて、出向の必要性、対象労働者の選定方法その他の事情に照らして、その権利を濫用 したものと認められる場合には、出向命令は無効とするとしてはどうか。(2)で、使用者 が労働者に在籍型出向を命じることができる場合はどういう場合なのか、を明らかにし てはどうか。  (3)は転籍です。使用者は、労働者と合意した場合に、転籍をさせることができる こととしてはどうか。  (4)は懲戒です。使用者が労働者を懲戒することができる場合において、その懲戒 が、労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠 き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無 効とすることとしてはどうか。  3「労働契約の終了等」の関係です。(1)は解雇です。現在、労働基準法第18条の 2に解雇権濫用法理に関する条文がありますが、これを労働契約法を新しく作る場合に、 それに移行してはどうかということです。  (2)は整理解雇です。経営上の理由による解雇は、使用者が使用する労働者の数を 削減する必要性、整理解雇を回避するために必要な措置の実施状況、整理解雇の対象と する労働者の選定方法の合理性、整理解雇に至るまでの手続その他の事情を総合的に考 慮して客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、そ の権利を濫用したものとして、無効とすることとしてはどうか。  (3)は、解雇に関する労働関係紛争の解決方法です。労働審判制度の調停、個別労 働関係紛争制度のあっせん等の紛争解決手段の状況も踏まえつつ、解雇の金銭的解決の 仕組みに関し、さらに労使が納得できる解決方法を設けることとしてはどうか。以上が 資料No.1です。  資料No.2は、関連する裁判例を紹介しているものですので、個別の説明については省 略させていただきます。以上、簡単ですが資料の説明です。 ○分科会長 今後の労働契約法制について検討すべき具体的論点の(1)というのは、 労働契約の成立及び変更について、主な労働条件に関するルール、労働契約の終了等と 大きくこの3つに分かれています。最初の「労働契約の成立及び変更について」から議 論していただきます。これらの論点について、ご意見等がありましたらお願いいたしま す。 ○石塚委員 冒頭の議論開始に当たり、労働側としての基本的な見解を最初に表明させ ていただきます。本日、詳細な論点ペーパーが出されてきました。労働側としての基本 的問題意識は、この間申し上げているとおり大きく2つの領域があります。1つは就業 規則の話です。2つ目は、とりわけ解雇の金銭解決制度です。  まず、就業規則との関係ですが、労働基準法上、就業規則が労働者の保護に大きく貢 献してきたことは、労働側も当然のこととして認めております。したがって、労働基準 法における就業規則の役割というのは今後とも重要である、と労働側としても認識して おります。しかしながら、この間何度も申し上げてきたとおり、就業規則というのは、 使用者が一方的に作成・変更するものでありますので、そういう就業規則制度そのもの を、労使の合意が基本であるはずの労働契約法にそのまま盛り込むことについては賛成 することはできない、これが労働側の基本的な立場です。  もう1つ、労働側として大きくこだわっている解雇の金銭解決制度の話であります。 解雇ルールに関しては、労働側としてとりわけ解雇の金銭解決制度の創設に反対してお ります。現在でも、裁判上の和解、あるいは労働審判制度をはじめとした裁判外におけ る紛争解決において、金銭解決することができるわけです。したがって、基本的見解と しては、新たに金銭解決制度を作る必要性はないし、懸念されるものとしては、金さえ 払えば解雇できる、という風潮すら見出しかねないことに関して懸念しているわけです。  整理解雇について、ペーパーの中では4要素ではなく、4要件というものを法制化し、 紛争解決の予見性を高めて、同時に労働者の保護に資するルールとすべきであるという ことを基本的見解として主張してまいりましたが、同じような見解を基本的なものとし て持っておりますので、これを表明しておきます。  以上、議論開始に当たり、この間述べてきたことでありますけれども、我々の基本的 な見解を冒頭に述べさせていただきました。 ○紀陸委員 就業規則の(3)のロで、合理的なものであるかどうかの判断要素という ことで3つ挙がっています。これら3つについて、いわば重要度の点で差異があるのか どうかをお尋ねいたします。いま、石塚委員からいろいろありましたけれども、私ども としては基本的に労使の協議の重要性は非常に高いと思っております。例えば、過半数 労働組合と合意した場合に、その合理性の推定を認めるというレベルまでいくべきでは ないか。それが、いろいろな意味で企業の中における労使協議の重要性と申しますか、 その価値をより高めるためにも重要であるし、一方的に就業規則変更が行われることを 防ぐ意味で、労使がきちんと、しかも過半数組合と話合いをしたというような経緯を踏 まえた場合には、合理性の推定を認めることによって、いろいろな意味で紛争の防止・ 抑制が可能になるのではないかと思っております。この辺についての考え方を伺います。 ○監督課長 いま、いくつかの点でご指摘をいただきました。私どもといたしましては、 合理的であるかどうかというものについては、労働条件の変更の必要性であるとか、就 業規則の変更の内容というのは当然必要だろうと思います。現実問題として、まさに労 使の協議はどのようになっているのか、ということは非常に重要なポイントではないか と考えております。  先ほどご指摘のありました、過半数組合のところについては、従来この審議会の議論 の中では、過半数組合が労働者を公正に代表するものとして、というような位置づけを もって使用者側と合意するということが、就業規則の内容の合理性の1つの目安となる のではないかという提案もさせていただきました。それらの点については、現実でいろ いろなケースが考えられるということで、直接ここには記述していないということに至 っているわけですが、基本的には労使の協議というものは、現在の判例の中でも必ず触 れられているという意味では、重要性があると言えるのではないかと考えております。 ○田島委員 いまの論議の前の(2)のほうで、先ほど石塚委員が言われたように、(1) の合意原則と、就業規則が使用者側が一方的に作成できるというのと、関係性が明確で ないのです。本来的には合意が前提であるべきですし、いま紀陸委員が言ったように、 労使協議を大切にするならば、なぜ就業規則なのか、というのをきちんと説明していた だきたいと思います。  (2)の(3)のところで、これまでの論議で労働基準法で規定されている意見聴取、届 出、周知という3つの要件がきちんと触れられていたのが、ここでは、周知させていた 就業規則がある場合には労働契約の内容となるという形で、労働基準法できちんと規定 づけされているものが、ここには触れられていないのですが、その点についてはなぜな のかを先にお聞きします。 ○監督課長 就業規則と労働契約の関係ですが、私どもの資料では、まず労働契約の合 意原則を原則として位置づけているわけです。ただ、社会の実態として、我が国にも就 業規則がある。それは、統一的、画一的に決定されるという事情の下で、それぞれ有効 に機能しているというのはたぶんご理解いただける範囲ではないかと思います。そうい う意味で、労働契約は合意が原則であるとしつつも、合理的な労働条件を定めている就 業規則を労働者に周知させていた場合には、その就業規則によると。  ただし、(2)の(4)にあるように、いや就業規則によらないで、それは私は合意でや るのですよと書いた場合には、それが優先されるというような形で、両者の関係を明ら かにしていっているという具合に、私どもとしては提案している次第です。  もう1つは就業規則の労働基準法との関係ですが、これは(2)の(1)と(2)の部分で、 労働基準法と同じ条文ではありますけれども、就業規則に定める基準に達しない労働条 件を定める労働契約は、その部分は無効である。これを担保するためというか、これを 見つける手がかりとなるために、労働基準法第89条の手続があるわけです。ここには直 接的には書いておりませんが、当然労働基準法第89条のほうには、その手続があるわけ です。たとえ労使が合意していた場合であっても、これは就業規則に定める基準に達し ない労働条件を定める労働契約は無効になる、という規定はワークするものであると考 えております。 ○渡邊佳英委員 (2)の(3)に、合理的な労働条件を定めた就業規則がある場合と表現 されていますが、これは最高裁の判例を踏まえるならば、「就業規則が合理的でない場 合である」べきではないかと考えております。規則が合理的でないと主張するのは労働 者側であると考えていて、立証責任も労働者が負うべきであります。この案では、使用 者側に立証責任が生じてしまうのではないかと考えております。  同じく(3)で、使用者が周知させていた就業規則でなければ無効になってしまうのでは、 中小企業の実態にそぐわないのではないか。確かに労働基準法では、就業規則を周知し ていなければ違反かもしれませんけれども、労働契約法は労使合意が基本です。周知し ていなければ無効というのは、実態を考えると若干厳しいのではないかと考えておりま す。  (3)の(1)のハについてですが、労働基準監督署への届出を要件とする必要はないの ではないかと考えております。就業規則の変更は、労使の合意で成立するものであり、 役所に届け出していないからといって、就業規則の変更が無効になってしまうのでは、 実務上大変混乱してしまうのではないかと思います。仮に届出を忘れたとしても、労使 の合意で就業規則の変更等が合意成立しているし有効であるとあります。労使合意で成 立・変更するのが、労働契約法上の基本であるならば、役所への届出を要件とするのは 厳しすぎるし、趣旨にそぐわないのではないかと考えます。 ○監督課長 (2)の(3)については、就業規則の合理性があるかどうかということが第 一に議論になるのはもちろんそうですが、現在の裁判例を見ましても、(2)の(3)の入 口の場面での合理性の判断と、(3)の(1)での合理性の判断というのは、自ずと異なっ ているものの、やはりこれは一義的には使用者に証明責任があるのではないかと考えて おります。  2番目の周知の点で、判例にも周知が必要だと書いてあるものもあるわけですが、相 手方が知らない内容が契約になるというのは、いささか具合が悪いと思います。渡邊委 員のご発言の中にも、合意しているというお話がありましたが、そこはそういうことで お互いに内容を知っていて合意していれば、これはもちろん構わないわけです。そこは、 就業規則を周知するというのは当たり前の話ではないのかと考えています。  ハの点については、先ほどの説明の中では、重要であるということで説明させていた だきましたが、私どもといたしましては、必ずしも第89条の届出をうっかり忘れていた 場合に、全体がバッサリとバツになる、というようなことをここで書いているつもりで はないです。たまたまうっかり忘れていて、ほかのところは全然大丈夫な就業規則の場 合には、当然(3)にある合理性があるかどうかという判断をしてもらったほうが、そ れはお互いのためになるわけです。ただ、あまり堂々と忘れられるのはもちろん困るわ けですので、それは非常に重要であるということで、要件ではないけれども、重要な考 慮要素で、という位置づけということで提案させていただいたところです。 ○石塚委員 私どもの基本的立場というのは、労使の合意が基本であるはずなのに、使 用者側がいわば一方的に変更し得る就業規則というものを、そのままの格好で持ち込む ことに関しては反対という原則的立場をとっています。したがって、こうであればいい とか、こうでなくてはいけないという踏み込んだ主張を本日行うつもりはないわけです。 詳細な論点ペーパーが出ていますので、いくつか解明しなくてはいけない、非常に重要 なワーディングがあると思っています。それに関して正確な理解を得たいと思いますの で、いくつか質問させていただきます。  そういう基本的な立場に立って、まずいちばん重要なのは、(2)の労働契約と就業 規則との関係等の(3)の理解をどのようにするのかという点だと思っています。とりわけ 「労働者に周知させていた就業規則がある場合には」という、この「周知させていた就 業規則」という言い方が、私どもは初めて目にする言い方なのです。この点を、どのよ うにきちんと理解するのかという点について、以後の議論が違ってくるやに思います。 先ほど、全く知らないのもという表現がありましたけれども、この点について専門委員 の立場から質問させていただきます。 ○徳住専門委員 (2)の(3)について、合理的な労働契約の拘束力の問題と、最低基準 効の周知の問題を区分けして書いてあるのか、それともどちらかだけしか書いていない のか、その辺の説明をいただけないかということ。「周知されていた」というこの周知 の程度はどのようにお考えなのか、その辺の説明をいただければと思います。 ○監督課長 答えは両方一緒になります。最低基準効のほうは周知だけでいい、という のはそういうことになっております。ここに書いてある「周知」というのは、私どもの 考え方では労働基準法第106条の周知に限るものではなく、これは実質判断を伴うもの と理解させていただきたいと考えております。一応そういうことです。 ○紀陸委員 就業規則の機能といったようなことについて、中山専門委員から説明して いただけますか。 ○中山専門委員 いま、何人かの委員からお話がありました、就業規則を労働契約法で 位置づけ、条文化するかというところですが、労働契約法制は名前のとおり労働契約の 法律を作るわけですから、基本は労働条件の設定と変更をどういうルールで定めている のか、というところはどの企業においても極めて重要なところです。労働契約は、合意 で労働条件が設定されて変更される、というのは原則論として書いてありますが、これ は個別の契約論です。  就業規則のほうは、集団的な労働条件の変更といいますか、多数の労働者を使ってい る所で、同じように採用した人については、当然基本的な労働条件、ルールは集団的、 画一的に決めていかなくてはいけないので、集団的なルールの設定変更については、個々 人が100%、つまり必ずしも個別合意していなくても、内容の合理性があったり、手続 等が整備されていれば、全体についてその労働条件が拘束する。  その点で、この就業規則というのは日本では極めて実務上重要な機能を有している。 特に、正社員の労働条件については、基本的には就業規則で決まっているという実態が あるわけです。しかも、裁判所でも不利益変更、あるいは労働条件、就業規則がどうい う場合に労働契約の内容になるか、合理性があればなる。不利益変更についても、不利 益変更法理というので、最高裁で基本的なルールが形成されて、実務はそれで動いてい るわけですから、労働契約法制の中で、個別の労働契約だけを決めて就業規則は何も定 めないというのでは、これは片落ちといいますか、労働契約のいちばん重要なところを 定めないことになります。そこは、実務への影響ということを考えれば、なるべく就業 規則の関係では、判例法理を忠実に条文化する、その限度では必要なのではないかと思 っております。  要件論は先ほど出ましたので申し述べませんが、基本的に労働契約法制の中で入れる かどうかというところで、これが入らないと、個々の合意で労働条件が変更されるとい うのだけあったのでは、正社員を中心とする就業規則で労働条件が設定変更されている 多くの職場で、この労働契約法制がほとんど機能しないということになるので、その点 は十分考える必要があると思います。立法化する必要性との関係では、どうしても入れ ざるを得ないだろうと思います。 ○石塚委員 いま基本的な見解をお聞きしましたけれども、就業規則をめぐってどのよ うに理解すべきかという点はこの間、何遍も議論してきました。そういう意味では、現 実的に機能しているということはわかっております。ただ、ちょっと落着きが悪いとい うか、非常に抽象的な話をしますと、就業規則自体は約款として理解して、それで理解 することに関しては私どももいいと思います。ただ、問題は約款として理解しても、な おかつ変更に反対する者に対して拘束力を持ち得るか、持ち得ないかという議論が学説 上は残っているのだ、というふうに私どもとしては理解しています。  学説上かなり無理があるというか、疑問を残したまま来ているわけなのだけれども、 一方において秋北バス以降、日本の判例法理において、就業規則なるものが実務上有効 に機能してきたということがあるわけです。したがって私どもとしては、そういう疑問 を相当持っているわけですけれども、実務的な有効性に関して否定するわけではない。 そういう意味においては、秋北バス以降一連の判例を大事にした格好でやるべきと理解 しています。  その際に問題になるのはいくつかあって、(2)の(3)ですが、先ほど周知という話も ありましたけれども、2行目に「その就業規則に定める労働条件が、労働契約の内容と なるもの」というように、「なる」という表現が出てまいります。「労働契約の内容と なる」という言い方は、私の知っている限りにおいては、秋北バス以降の判例の中の表 現としてはありません。したがって、新しい表現だろうと理解しております。  例えば、いちばん有名な秋北バスの判決文からいきますと、「その適用を受ける」と いう表現です。それから「就業規則が労働契約の内容となっている」、これは電電公社 帯広でもあります。いちばん多いのは、就業規則というものが「労働契約の内容をなし ている」という表現です。これは、電電公社帯広もそうですし、日立武蔵もそうですし、 これらは最高裁判例の判決文として使われた表現です。  したがって、「その適用を受ける」とか、あるいは「労働契約の内容となっている」 とか、「労働契約の内容をなしている」という表現であれば、これは最高裁判例が使っ てきた表現でありますので、ある意味ではその範疇なのかと理解できます。ここでは「就 業規則に定める労働条件が、労働契約の内容となる」ということですから、即ち就業規 則に定める就業規則が、いわば労働契約の内容にすり変わっている、というように私ど もとしては取れるわけです。  そこで事務局サイドに質問ですけれども、「労働契約の内容となる」という表現と、 この間の最高裁判例の判例法理における、いま申し上げたさまざまな表現の違いの意味 合いは一体なんであるかについてお聞きします。 ○監督課長 ご指摘の最高裁の判決で、「適用を受ける」だとか、「内容となっている」 とか、「内容をなしている」というような表現があることは私どもも承知しております。 これらの最高裁の判例の特に(2)ですと入口の部分ですので、そういう方の労働契約 の内容がどのようになっているのかというのが確定していないと、これはその方の労働 契約はスタートしないというようなことです。私どもとしては、この入口の場面ではそ ういう労働契約の内容になると。  これは、すり変わるという意味ではないのではないかと考えておりますが、基本的に 秋北バス事件、電電公社帯広事件、日立武蔵工場事件という所で、秋北バス事件につい ては「適用を受ける」ということで違う表現となっておりますが、「労働契約の内容と なっている」といった電電公社帯広事件。それから「なしている」というのはちょっと 古い言い方ではないかと理解しておりますが、これらとは基本的に軌を一にするもので あると考えております。 ○新田委員 提起されているペーパーの基本的な考え方は、就業規則は使用者が一方的 には作れないということですか。 ○監督課長 (2)の場面と(3)の場面では微妙に違っていると思いますが、通常(2) の場面は入職の場合のことを考えているのではないかと思います。そこで合意が成立し て、どういう労働条件で働くのですか、それは就業規則に書いてありますよという場合 です。これは、就業規則があるわけですから、労働者がそれぞれ納得して就職するかし ないか、という判断が働くものと思います。  (3)の(1)の変更の場面では、いままで働いていた就業規則をどのように変更するの かということ。それについてはイのところで、「就業規則の変更が合理的なものである ときは」変更されると。ロとして、その合理的なものの中身としては労使の協議の状況 が重要である、ということを押さえているわけです。ここは、私どもとしては、労使で お互い納得して就業規則を変更していく、というようなルールがいま必要なのではない かという形で提案させていただいております。 ○小山委員 (2)の(4)の「労働契約の内容を合意した部分(特約)については、(3)に よるのではなく、その合意」とあるのですけれども、この特約というのは具体的にどう いう場合を指すのか、もう少し例示的に教えてください。 ○監督課長 これは、使用者と労働者が個別に合意をしていればいいわけですので、さ まざまな場合があると思います。例えば1つの例で言えば、就業規則には全国へ転勤す る場合があると書いてあって、あなたはここの事業所だけですよという約束があれば、 そういうのも特約に当たるし、そのほかさまざまないろいろな場合があると思います。 ○小山委員 その特約は、具体的にどういう形での合意が確認されているのか。これは、 就業規則上ではないという意味ですよね。そうだとすると、個別の契約が文書で交され ているとか、何らかのそういう要件があるということですか。 ○監督課長 労働契約は、基本的に諾成契約ということになっていますので、文書があ ればそれに越したことはないわけですが、文書がない場合でも、これは約束したとお互 いの人がそう言っていれば、それは契約として成立しているという理解です。 ○新田委員 合意原則と、就業規則の位置づけがまだ納得しきれていないのですが、そ れはそれとして質問いたします。周知という言葉は、もちろん判例でもずっとあるので すけれども、労働契約のところで、こうした就業規則の考え方で物言いをされていると きの周知というのはどの程度のことを考えているのか、あるいは手続というのはどうい うことを考えているのか、その辺のところの具体的なイメージを聞かせていただけます か。 ○監督課長 具体的には労働基準法第106条に周知の手続が書いてあるわけです。それ は、それぞれの人に配っていただくとか、掲示していただくとか、そういうのももちろ ん構わないわけです。それがあれば、もちろん確実なわけです。それを必ずしも満たし ていない場合であっても、実質的にこれは周知といえる中身があれば、それは構わない のではないか。  ただ、それについては個々のケースによって多少違いが出てくる可能性があるので、 細かくこれはイエスこれはノーというのは、具体例に応じてという形にならざるを得な い部分は残ると思いますが、客観的に見て、これは周知させているのだというのが判断 する状況、基準法を守っていただいていればそれに越したことはないということだと思 います。 ○田島委員 (3)のロのところに、合理的なものの判断要素でi、ii、iiiと入ってい ますけれども、この順番はなぜ労使協議がiに来ているのか。いままでの例ですと、必 要性、変更の内容の相当性、代償措置というような内容に触れて、そして労使協議がど うであったかという総合判断の中で出ていたと思うのです。この順番の意味合いはどう なのかということ。それからiiiの「変更の内容」ではなかなかわかりづらいので、これ についてはいままでの変更内容の相当性の問題とか代償措置というものも変更内容に含 まれているのかどうなのか。この内容というのはどういうことを指しているのかをお聞 かせください。  もう1点については、昨年私どもの組織でも事例があったのですけれども、就業規則 を一方的に変更して、労働時間を2時間ずらした例がありました。そのときに、我々は 労働時間変更に反対ですから、朝の2時間は出勤闘争、夜の2時間はストライキで、合 意なしの一方的な変更はおかしいということで争って、地裁で全面的に勝ち、いまは解 決して元の時間に戻った例があります。そうしますと、iの労働組合との合意がなかっ た場合にどのようにしようとしているのかお聞かせください。 ○監督課長 i、ii、iiiについては、いろいろな判例でも紹介されているとおりです。 当然就業規則を変更するわけですから、変更の必要性、あるいは変更の内容というのは 当然議論になってくるわけです。そうした中で、そういうことが変更される場合に、労 働組合との合意、その他労働者との調整状況、いわゆる労使の協議の状況があるかどう かというのは大きなポイントではないか、と私どもは考えているわけです。  例えば、典型的な場合、非常に多くの組合と合意をしている、しかも、その組合に入 っていない少数の労働者の状況も把握しているというような場合には、iとして合理性 の判断をする場合に大きな要素になってくると理解しております。ご質問の中にありま した、労働組合とは全然話もしていませんでした、別に労働組合とは合意していません でしたということになると、そういう合理性の判断の大きな要素というのはないという ことになるのかと思います。  真ん中のご質問にありました、代償措置があるかどうかというようなことは、私ども の理解ではiiiの「就業規則の変更の内容」のところに入ってくるということで理解して おります。 ○石塚委員 いまの点について、専門委員から質問させてください。 ○徳住専門委員 いまの合理性のものということで、これについては使用者側が立証し なければいけないということを前提にお話になりましたけれども、第四銀行などでは7 つの要素を言っています。代償措置及びその他の改善状況の問題をいまおっしゃいまし たけれども、労働者が被る不利益性の問題と、変更後の一般的状況、相場という点につ いてはどこで入れるのか。どうしてその点を明確にしないでこの3つだけにしたのかと いう問題も、併せてお話いただきたいと思います。  この3つだけにしますと、使用者側が労働組合と協議を尽くしましたと。必要性が本 当にありますと言って、内容も相当であるということを言えば、合理性があると取られ かねないような文章になっているのではないか。ほかの文章を見ましても、労働者が被 る不利益性と必要性の相関的牽連関係で考えている場面が多いので、それを外された意 味ですね。この条文からいくと、使用者側がこの3つを中心に合理性を立証した場合、 どういう関係になるのか。その辺はどのように考えているのか併せてお聞かせください。 ○監督課長 いまのご質問の不利益の程度であるとか、一般的状況については、iiiの内 容の中に含まれるのではないかと考えています。第四銀行事件が引用されましたので、 資料No.2の9頁です。第四銀行事件は、7つの要素を並べているということで非常に有 名な判決ですが、その上のほうで「当該就業規則の作成又は変更が、その必要性及び内 容の両面からみて」というようなところもあります。そういう「合理性の有無は、具体 的には」という具合につながっているということもあります。  私どもとしては、第四銀行事件で、細かく書いていることはアプリオリに外している というわけではなく、それはiiiのところにいまご指摘の点を含めて包含されているとい う関係に立っているのではないか、ということで提案しております。 ○徳住専門委員 第四銀行の前の部分を引用するとおっしゃったのですけれども、そう すると、「その必要性及び内容の両面からみて」という記載になっています。「それに よって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても」とこれは飛び出しているの です。ですから、この飛び出している部分を内容の中に収められるかということは、解 釈として問題のような感じがするのですがいかがでしょうか。 ○監督課長 私は第四銀行事件と申し上げましたが、ほかの判例でありましても、例え ばみちのく銀行事件などで、内容の合理性で、内容の変更の必要性と、この変更の内容 ということがいろいろなところで議論しているわけです。ここの「不利益の程度を考慮 しても」というのは、そこで内容を見た結果、それはどういう効果を及ぼすか、という 判断に及ぶ部分を記述しているのではないかということで、この「不利益の程度」とい うのは書かなくても、当然判断するときに入ってくるものだと、この書き方で大丈夫な のではないかと思います。  もう一言付言いたしますと、本来不利益かどうかそのものを争っているという場面も 考えられるわけです。先ほどの時間がずれるというのは不利益だということで争ったの でしょうけれども、賃金制度が変更になった場合に有利か不利か非常にわかりにくい、 というような場面もあると思いますので、ここの規定の中で不利益であるということに 限って、この合理性の審査のルールが適用されるというよりも、もう少し幅広く捉えた ほうがいいのではないかという考慮も働かせて、このような提案をさせていただきまし た。 ○石塚委員 (3)にi、ii、iiiと並んでいて、労働組合との合意、その他労働者との 調整の状況というのは、一見すると労働組合の立場からするとありがたいように見える のですけれども、私どもの立場は、最高裁判例の流れというものを意図的に歪曲すると いうことであってはならない、というのが基本的立場であります。  例えば、裁判所の判断と労働組合との関係からいくと、秋北バスでの有名な表現であ りますけれども、2頁の上のほうで「当該規則条項が合理的なものである限り、個々の 労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許さ れないと解すべき」というところにアンダーラインが引いてあります。  問題なのはその次の行でありまして、「これに対する不服は、団体交渉等の正当な手 続による改善に待つほかない」というのがあります。これは私どもの理解としては、裁 判所が、合理的であって、その拘束性を裁判所が認めたと、その後でも労働組合による 集団的交渉によって解決を図り得る、ということではないかと私どもは理解しておりま す。裁判所が、これは合理的だからちゃんと従いなさいと言ったところで、やはりそれ に対する不服という道があったはずだと私どもは理解しています。  そうなりますと、この条文でi、ii、iiiと並べたときに、労働組合との合意、その他、 労使は調整状況に入ってしまえば、これを勘案してOKだとすると、裁判所の判断が示 された後に、団体交渉等によってその中身を直していく、ないしは不服なものを直して いくということの道を閉ざしてしまうのではないか、という懸念を持っています。この 理解が正しいのか正しくないのかわかりませんけれども、これは秋北バスで示された判 例の1つの流れだと思っていますので、その辺の見解を賜りたいと思います。 ○監督課長 私どもが提案した趣旨といたしましては、当然団体交渉というのは他の法 律を含め、その他の法律によって、労使でそういうことをやるということで権利として あるわけですので、そういう団体交渉の道をこの規定によって閉ざすということは考え ておりません。 ○石塚委員 先ほど説明のあった(3)のハのところで、「上記イロの変更ルールとの 関係で重要であることを明らかにする」という微妙な表現を使っているのですが、これ をどのように理解するかで、先行き相当幅が出てきてしまうのだろうと思っています。 現段階として、どのように解すべきか、専門委員の立場から質問させていただきます。 ○徳住専門委員 前回のペーパー等から、労基法を遵守した就業規則の部分が変わった のは大きいと私自身は思っていて、それがハに変わったのではないかと個人的には理解 しています。労働基準法を遵守するというのは、秋北バスの根底の部分でも最も重視し ている部分なわけです。就業規則の合理性を担保するものとして、労基法上の諸手続を 遵守する。意見聴取、届出、周知をなぜ外されたかということが大変疑問で、秋北バス の原則部分についてはきちんと確立しておく必要があるのではないか。  というのは、就業規則とは何かという定義規定が、効力規定がもともと労基法の中に もないのです。労働協約ですと、労使の代表が署名・捺印すれば出るのですけれども、 就業規則については何をもって就業規則かというものの、先祖返り的な議論をせざるを 得ない。過半数代表の意見を聞いて労基署に届けると、それなりに労基署のチェックを 受けますから、条文的な要素を認めた就業規則になると思うのです。もしこれがないと すると、何をもって就業規則かという問題があります。  私も、現実に裁判をやっている事件で、就業規則で年功序列型賃金から、成果主義賃 金に変えるときに、労基署に届けたのは5年後なのです。その間にマニュアルで、こう いうふうに賃金体系を変更しますと。そのマニュアルが就業規則だと会社は言っている のですけれども、条文の体もなしていませんし、労基署にも届けていませんし、労働者 代表の意見も聴取していないけれども周知されているのだと。みんなを集めて、うちは こういうふうに変えるのだと言っている。  その点を明確にしないと、秋北バスが最も大切にした、諸手続の問題を明確にしない と、何をもって就業規則というかという問題等にはね返ってくるので、ハの部分につい て明確にする必要があるのではないかというのが私の意見です。 ○監督課長 就業規則については、確かにおっしゃるように定義規定はありません。い ま、最低基準効というのは周知だけでできるというルールもあるわけです。そういう意 味では、実態判断を含む部分があるというのは、現行でもそうであるということです。 そういうものを変更するときにどういう手続があるのがいいのかということです。  確かに、労働基準法第89条の届出というのは、ご指摘のありました秋北バス事件でも、 その内容を合理的なものとするための監督的な手法として、それは前提ですよ、という ような規制にほかならないということです。言い方を換えるとあれなので、「その内容 を合理的なものとするために必要な監督的規制にほかならない」ということで、そうい うことを言っているわけです。  これについてまさに問題になるのが、先ほど使用者側委員からもご議論がありました けれども、もしかしたら、いまの事例もその範疇に入るのかもしれませんが、周知はし ているが、届出はしていない。その内容については妥当性があるのか、合理性があるの かどうか、というようなことが議論になってきた場合、ここで仮にこの要件という形で、 この入口を閉ざしてしまうというような作業をしてしまうと、例えば第89条が要件です と、これでないものは就業規則と言いませんというような極端なことを申し上げると、 これは(3)の(1)に書いてある、まさにそれが合理的であるのかどうか、というような 審査になかなか入れなくなってしまうということがあるのではないか。  そういう意味で、間口を広げるという意味で、一旦第89条の届出義務については必ず しも要件とはしないとしつつも、就業規則の法令違反のチェックというような観点から、 第89条が端緒となるというのは事実ですので、これを重要な考慮要素として位置づける という形でするのがいいのではないか。これで、実態問題として、(3)の(1)のルール が幅広く働くことによって、労使双方にとって、これはこういう合理性判断をするほう がメリットが大きいのではないかということです。  これは、たぶん判例においても、ご指摘のあった秋北バス事件のところも、前段のほ うで書いてあるということで、これは判例の趣旨とも同じような内容になると捉えられ るのではないかと考えております。 ○紀陸委員 中山専門委員からお願いいたします。 ○中山専門委員 いまの点ですが、(3)の(1)のハの「重要であることを明らかにする」 というのはどういう意味合いになるのかということになるのですが、「重要である」と いう言い方でわからないのですけれども、少なくとも労働基準法で定める意見聴取、届 出手続、周知も含めて労働基準法上の手続については、秋北バスの前段で実質的にこう いう手続で担保されていると。担保されているということですが、あの解釈で、不利益 変更の場合に、必ず労基法の手続が効力要件になるのだというのは、考え方によります が直ちにはあれを読めないだろうと思うのです。  しかも、その後の下級審判例は、高裁レベルですけれども、秋北バスを踏まえつつも 周知でいいのだと。つまり、意見聴取、届出手続が効力要件でないという趣旨の判決が 高裁レベルでも出ております。フジ興産が資料に付いていますが、これも周知を強調し ていて、その他の手続については特に触れていない。これは、事案として触れる必要は ないのかもしれないのですけれども、読み方は必ずしも周知だけでいいのだと最高裁が 表明したかどうかは問題あるかもしれませんが、少なくとも現在の高裁レベルの判決は、 秋北バスを踏まえた上で周知を効力要件にしている。  その周知も、労働基準法上の事業場における備えつけとか、もちろんそれがあればい いのですけれども、別にそれがなくても実際に知らしめる手続がとられていればそれで もいいという考え方も現にあります。それから、事業場で常時10人未満の所では、そう いう手続が義務づけられていない、就業規則の作成義務自体がないわけです。そういう 小さい企業で見れば、周知手続といっても実際に備えつけがなくても、各人に知らしめ るような手続があればそれでもいいのではないかと思います。  いずれにしろ、重要であることを明らかにするというのは、裁判例の現在の考え方か らしても、これを効力要件に準ずるような重要な位置づけにすることは、実務のいまの 扱いからしても不適だろうと思います。 ○田島委員 いまの点は極めて重要だと思いますし、いまの判断の仕方によっては、町 の本屋に行くと、労働法の解説書がたくさん出ていますが、それを全部書き換えなけれ ばならなくなるのではないかと思います。その点で公益の先生たちに、私たちは効力と してはその3つの意見聴取、届出それと周知というのが、きちんと使用者側に課せられ ている問題だと思っていますが、その点について公益の先生の意見があればお聞かせい ただきたいと思います。 ○分科会長 廣見委員お願いいたします。 ○廣見委員 判例の読み方等については、荒木委員なり渡辺章委員のほうが適切なのか もしれませんが、私の考えていることだけ若干申し述べたいと思います。確かにいまお 話にありますように、それぞれの判例を見るかぎりでは、この就業規則の9章に定める 手続を充足していることが効力要件としてとらえられているかどうかは定かではない、 ということが言えようかと思います。ただ、就業規則の言ってみれば重要性、あるいは いま労働側委員からもお話のありましたような視点、そういうことを考えていったとき には、やはりこの就業規則の手続的な側面というものは、非常に重要な要素として考え られて然るべきではないかというのが、私の基本的な考え方です。  もちろんそういったような手続的な要件というのでしょうか、ですから意見聴取であ ったり届出であったりといったものが、どういう形でこの変更とかかわらしめるのかと いうのは、法律を仮に作るとしたときの書き方にもかかわってくると思いますが、要件 として書き込むとなれば、それはそれでまたひとつの問題があるという気もいたします。 それは先ほど課長が話されましたような視点からしても、要件とするのが適切かどうか という問題はあるような気がします。  では、要件としなければどういう方法があり得るのかということですが、私は労働基 準法9章に定める就業規則の手続がきちんと踏まれているかどうか、そういう手続を踏 んだ就業規則であるということが、ここにi、ii、iiiで書かれているような判断要素と 同レベルにおいて、考慮要素の1つとしてとらえられていくべきではないかと。したが って、それは最終的には総合的な判断をされて、就業規則の変更の合理性が結論づけら れるということになるわけですが、その過程において重要な要素であるという位置づけ でやるべきなのではなかろうかと、このように考えています。  ○渡辺章委員 地裁の判決なので適当な例かどうかはわからないのですが、新たな退職 金規定の制定をした、利益変更ですね。それはその変更されたことが全部実質的に周知 をされ、その間で従業員の意見も聞いた。しかし、人事課長が机の中にしまっておいて、 不安になって届出なかったという事例があります。それでルールがないと言えるのかと、 就業規則の最低基準効もないといえるのかというと、それは届出ということで全部堅持 していないということで、周知され意見聴取されたルールを無効だというのはおかしい のではないかという議論を、判例研究会でした記憶があります。  ですから、意見聴取の90条はiに入っていて、106条の周知は要件として入っている。 そうするとあと、届出について私自身もこの案を見て、そういう場合、就業規則である こと自体をも否定してしまうのかと。変更にもいろいろな変更があり得るので、その手 続的要件だけで無効にしてしまうという形でルール化することには、かなり危険がある のではないかと。そういう点を考慮して重要な要素という限りで、届出については位置 づけると、そんなところかなと思った次第です。 ○荒木委員 ここでは新しい立法をしようとしていますので、そういう状況の中での政 策的な判断をしていると思います。今回の提案では、一方で合意によって労働条件の変 更も決めるという原則を最初のほうで書いていて、他方で就業規則による統一的な変更 については、合理性判断でいこうというルールを作ろうとしています。  そうすると、いうなれば2つのルートがあるわけです。合理性判断のルート、この入 口の要件として、労基法上のすべての手続を満たしていないと、この合理性審査のルー ルを使えない、ということになると、どこにいくかといいますと、元に戻って合意があ ったのかなかったのかというルートにいくことになるのではないか。その場合に通常の 裁判所の解釈としては、合意というのは明示の合意と黙示の合意があり得る。そういう 場合に労働者が黙って働いていたのではないかということから、黙示の合意による処理 がなされる可能性が高い。それが適切かというと、おそらくその場合には届出が怠って いたような就業規則が、本当に契約を規律するような合理性があるかについて裁判所に 審査させるべきであると考えます。そういたしますと、合理性の入口の要件を非常に高 めておくと、その限りでは一見よさそうなのですが、実は処理に当たっては労働者の保 護に欠ける可能性が大きくなるのではないか。そういうことも考えると、手続要件につ いては入口要件とはしないという政策判断には合理性もあるのではないかと考えます。  裁判例の中には就業規則の効力要件としては、周知のみであるという判断をしたもの がありますが、これも仔細に分析しますと、労働基準法93条に与えた最低基準効の議論 を内容を吟味せずに引いたものがございます。しかし、我々がいまここで議論をしてい るのは、93条の最低基準効ではなくて、秋北バスが立てた労働契約内容を規律する効力 を議論しているので、その点では周知のみで足りると簡単に言うこともできない。そう いうことを踏まえますと、意見聴取や手続といった手続要件についても十分に考慮した 上で、合理性を判断する方向が妥当なのではないかと現在は思っています。 ○分科会長 1番の問題についてだいぶ時間を使ってご議論をしていただきましたが、 まだ2つ残っていますので、2番目のテーマに移りたいと思います。2頁目の真ん中ぐ らいから「主な労働条件に関するルール」についての論点が挙げられています。これら の論点についてご意見をいただきたいと思いますが、いかがですか。 ○紀陸委員 いちばん最初に安全配慮義務が非常に抽象的な書きぶりで書いています が、こういうような抽象的な規定で、いわゆる法が意図とする紛争の抑制につながるか どうか、非常に疑問なところですし、かえって解釈をめぐって紛争が起こり得るという 可能性すらあると思いますので、こういった法文化には、私どもとしては反対の立場を 表明したいと思います。 ○渡邊佳英委員 安全配慮義務ですが、すでに、安全衛生法等で細かく規定されていま すし、違反した場合には厳しい罰則が科せられていまして、これ以上使用者に安全配慮 義務を課すのは、私としても反対です。そもそも労使の契約のあり方になぜ使用者の義 務だけが記載されるのか、極めて理解に苦しみます。契約は双方の合意で成り立つので すから、そういう面では安全配慮義務がどうかということではなくて、労働者にも義務 というものを課すべきではないかと思います。  (4)の懲戒ですが、使用者の権利濫用については、民法や労働基準法で厳しく制限 されていて、いたずらに権利濫用の規定を作る必要はないのではないかと思います。な ぜ出向や懲戒だけを取り出して、権利濫用の規定をするのか極めて疑問です。また「労 働者の行為の性質及び態様」とありますが、解雇でさえもこのような条件はないわけで す。解雇のほうが懲戒よりも重い規定だと思いますが、なぜ懲戒だけにこのような記述 があるのか、解雇とのバランスをどのように考えているのかわからないと思います。こ ういう文章というのは、書き方は尺度すべきではないかと思います。以上です。 ○石塚委員 これもこの間、いろいろ議論をしてきたところですが、安全配慮義務に関 して結論から言いますと、労働側としてはこの事務局の書きぶりで問題はないと思って いますが、若干補足を専門委員からしたいと思います。 ○徳住専門委員 今回の立法をどういう形でやるかという場合に、やはり最高裁判例等 で実務上確定したものを、その範囲内で立法化していくというスタンスで考えられてい ると思うのです。安全配慮義務の点については、ご存じのように最高裁判例等、また下 級審でほぼ確立して、使用者側に安全配慮義務を法文といいますか、それを課している ことについては、ほぼ固まった内容ではないか。これについて確かに安全衛生法で部分 的とかありますが、網羅的規定を労使の契約法の中に取り込むというのは、私はルール の明確化にとっていいのではないかと。  使用者の方が労働者の義務もあるのではないかと。確かに労働者の義務をどう定める かという問題がある。ただ、今回の場合は使用者の義務を何にするか、労働者の義務を 何にするかという、そのトータル的な立法作業をされていないわけですね。その中で何 をつかみ出すかということは難しい問題です。健康保持義務についてのことを言われて いると思いますが、その点については最高裁判例とか判例の中で確立したものはありま せん。例えば最高裁判例の電通事件等では、最終的には労働者の素因である過失相殺も 否定しているという状況から、私は労働者の素因とか、モノ及び過失、健康保持義務の 問題については、まだ確定的な判断義務内容だとか、考慮の仕方が確定していないと思 われるので、私はそれは抜きにして安全配慮義務だけ確定するのは、基本的な今回の立 法ルールにかなうのではないかと思っています。 ○紀陸委員 時間の関係もありますので、この出向のところで、使側として大きな2の 意見だけ追加で申し上げたいと思います。出向のところの(2)で「出向を命じることがで きる場合を明らかにする」とありますが、以前から主張していますが、出向を行う場合 のパターンは非常にさまざまなので、こういう中に細かい要件を規定するのは非常に難 しいであろうと思います。実際に雇用を維持するために企業が出向を命ずるというのは 普通のパターンなので、ここはあまり細かいことを書かなくてもいいであろうと思って います。出向要件を定める書きぶりには反対させていただきたいと思います。 ○奥谷委員 先ほどの安全配慮義務のところの、使用者に対して義務を付けるのであれ ば、労働者側にも機密保持義務とか競業禁止義務とか、そういった義務事項を付けるべ きではないのでしょうか。労使対等ということであれば、使用者だけに義務を課すので はなくて。 ○田島委員 労使対等といっても労働の場合に安全配慮義務というのは、今までの判例 で確立していますし、いわゆる働く所が安全だというのは、これはお互いの契約の前提 条件としてやはり使用者責任をもって処すべきだと思っています。対等、対等と言うけ れども、例えば労働者が会社のお金を1,000円盗ったら、これ懲戒ですよ。しかし、使 用者は不払残業で労働者に払わなくても、それは残業代払えばいいですよという形なわ けで、圧倒的に使用者側のほうが強いわけです。そういう中では、やはり働くルールの 中で安全配慮をしなければいけないというのは、私は使用者責任として契約法上きちん と入れるべきだと思います。  もう1つの出向の場合に(3)と少し違うのが、(3)の転籍の場合には籍が移るか らということで、本人かどうかはわかりませんが、合意というのが入っていますね。(2) のところでは権利の濫用は駄目ですよという形で合意まで義務づけていないわけですか ら、そういう場合には、いわゆる出向できる場合をきちんとルール化をしていくという のは、明らかにしていくのは当然のことではないかと思っています。  (3)の転籍のところでは、合意した場合の合意の場合に、いわゆる個々人の合意が 前提だろうと思いますが、この点で集団的な包括的な合意まで含んだ合意という形で提 起しているのかどうなのか。この合意の中身を(3)のところにきたら課長からもお答 えいただければと思います。 ○廣見委員 いま安全配慮義務のことについて、それぞれの労使の委員から主張がござ いました。その他の点も大変重要な問題ではありますが、確かにこの安全の問題という のは、中でも極めて重要な問題であると、このように考えています。全体として労働者 側あるいは使用者側の義務等について、どういうふうに整理をしていくのかという問題 は、確かに立法論としてあり得るわけで、例えばこういった労働契約法制を考えたとき に、総則的な規定の中でどういうものを書くかという問題があります。これはまた別途 議論をする機会があると、このように私は承知しておりますが、それはともかくとして、 この安全配慮義務ということだけに限ってみますと、判例法理として極めて明らかに確 立されたものであると、このように理解しています。  もう1つはいま申し上げたようなことで、働く者にとって安全・健康の問題は極めて 重要であるということは論を俟たないわけです。そういう中で安全衛生法等は詳細な規 定を持っていることは事実ですが、安全衛生法等については、罰則等で定められた使用 者に対する義務規定として、言ってみれば行政上の監督その他罰則を背景にした規定に なっているわけです。そういうものと一方では契約のベースとしての問題、こういう問 題を別途とらえ直して、確立された判例法理である安全配慮義務を簡潔な形で記すとい うことは、極めて重要なことなのではないかと、このように考えております。 ○平山委員 安全配慮義務のところ、判例も添付されています。この分についてはこう いう趣旨の安全配慮義務、こういうことであれば具体的な事例に即した形、判例という ことで理解はできます。ただ、そうは言っても確立された判例が本当に使用者に対して 求めているのか、どこまでの義務を求めているのかというのは非常に曖昧です。文章1 行で安全配慮義務と言われても、どこまでの備えをしなければいけないのか。これは労 働安全衛生法の域を越える部分についても、安全配慮義務が及ぶ概念だと思うのです。  それは自然災害で、例えばこちらの建物は立派な建物でした。こちらの建物は古い建 物でしたと。こちらの建物が倒れてなくなりましたと。この違いで問いますかみたいな、 何かの確立されている判例であっても、求める程度・範囲というのは何かあると思うの です。そこは実際に運営していく立場からすると、どこまで求められるかというのは、 ほとんどわからないのではないですか。そこを本当にきちんとしきれるのか。自然災害 から何からいろいろな局面があります。労働安全衛生法に書かれるのは然り、当然やっ ていく、そういうことに関して我々はどうすれば、どこまで備えるということを求めら れるのかについては、何がご見解か。 ○廣見委員 いま具体的にどこまで求められるのかという話がございました。ここで言 う安全配慮義務、確かにすべての局面において、それぞれ労働をしている個々の現場に おいて、すべての義務の具体的内容があらかじめ定められる、画することができるもの では基本的にないと、このように思っています。  そういう意味では確かに不確かなものではないのかという問題がありますが、いまの 確立された判例法理の中で問われているものは何かを考えてみますと、それは1つは具 体的な行政法規法を中心にした、例えば具体的には労働安全衛生法を中心とする諸規定 があります。そういうものを中心に、現実には使用者の皆さんは安全等に対する取組み が労働の場ではなされている。そういうものは現実にあるわけですが、それを超えてや はり働く以上、そこに労働者を指揮して働いてもらう以上は、安全あるいは危険からの 防護について配慮すべきという、言ってみればそういう抽象的ではありますが、義務が ある。これの確認であろうと思うのです。  ですから、それはそれに則った形で従前の配慮がなされていれば、現実の問題として 争いに仮になったとすれば、もちろんそれは帰責性の問題その他に、故意あるいは過失 がどのように立証されていくのかということになってくるわけです。それをあらかじめ 前もって細部を確定するということは、そもそもできない問題だろう。基本的にはそう いうものとして、しかし、安全に配慮する義務を確立された判例法理としてある。それ は受け止めていかざるを得ないのではないかと思っています。 ○奥谷委員 安全配慮ということに対しては、経営者としては当たり前で、安全な所で 働かせるというのは、むしろリスクを背負いたくないわけですから、前もってそういっ たことは考えてやるべきことです。ましてや安全衛生法などという別の規定もきちんと あるわけですから。あえてそういったことを義務づける、もし、義務づけるのであれば、 我々にとりましたら細かく何が何かというのを規定してもらわないと分からないわけで す。漠として安全配慮というだけではですね。基本的にはどの経営者もリスクは取りた くないわけですから、安全配慮は当たり前のことだと思って仕事はさせていると思いま す。危険な所にあえて行かせるということはリスクですから、そういったことはしない わけです。あえてこういったものに、安全配慮と義務づけることがナンセンスかなとい う気がします。 ○廣見委員 それだけきちんと配慮していただいていれば、こういう形で確立された判 例法理の配慮義務を法律の中に入れることは、また逆に問題は一向にないのではなかろ うかと、基本的にはそのように思います。 ○奥谷委員 ですが、あえて今こういったことを入れること自体がおかしいということ なのです。 ○分科会長 ただ、他方で安全配慮義務に関わる裁判例というのも1,000件を超えるの です。だからそういうふうなさまざまな事例に合わせて安全配慮義務の具体的な内容は、 ある意味で確定されていくわけです。ある意味でこれほど裁判上、判例上確立したもの というのはあまりないので、これを入れる必要はないというのは、よくわからないです ね。 ○渡辺章委員 判例上の確立度という点から言えば、就業規則法理より更に明確なので す。むしろ就業規則法理自体が少し動揺しているくらいです。具体的に、では何を義務 づけられるのかということは、職場の状況、業種、業態によってさまざまであるという ことを前提にして言えば、私の理解する限りでは陸上自衛隊事件、川義事件と代表的な ものがありますが、労働の場所、施設、器具という物的な就業環境と、それからその中 で働く労務の提供の方法・管理に関する人的な就業環境、指揮命令ですね。その2つに 分けて労働者の生命・身体・健康を保護する配慮義務だと。その場所、施設、器具とい う物的状況は、それぞれ業種、業態によって非常に違うわけです。ビルの空調施設など の問題も含めて大変な違いがありますが、それはケースごとに具体的に判断していく以 外にない。  労働安全衛生法があるからいいではないかと言うけれども、労働安全衛生法があらゆ る場合について、危害防止基準をくまなく行政的取締規定として定めることは無理なこ とで、個々の具体的な労働契約の中で、いわば道理に沿った解釈でどの程度まで安全配 慮のための義務を負うかということが、契約法の中で論じられる意義があるのではない か。いま会長から1,000件以上と言われましたが、これほど膨大な判例領域はなくて、 またこれほどかなり明確に確立されたものでもないので、今回の契約法の中からこれを 省くことについては、いかがなものかと思います。  1つ、今日、渡邊佳英委員に珍しく私賛成することは、判例配慮義務というのは、こ の場所で喫煙してはいけないと言ったら、労働者も喫煙してはいけないのです。ですか ら、私は安全配慮義務は双方的なものだと思っています。それを具体的にどういうふう に法律に書くかというのは問題ですが。お手元にある15頁でも下のほうのゴシックの所 で、労働契約関係の一方または双方が信義則上負う義務だといって、労働者の義務を免 除しているわけでもないですし、また、就業規則の最高裁判例で出てくる電電帯広の場 合でも、合理的な就業規則の労働者の健康管理規定に基づいて、あるときにはそれに従 う法的な義務があるということもあるわけで、多少双方性を確認をしていく必要がある のではないかと私は思います。  ただ、徳住専門委員のお話ですと、そういう労働者の義務をやると、損害賠償請求の 過失相殺の法的根拠になるのではないかという懸念を示されたようなのですが、しかし、 それは義務を負う以上、義務を履行しなければある意味でその過失相殺を受けるのはや むを得ない。私はそういうふうに思っております。 ○中山専門委員 いまの点ですが、やはり問題なのは、安全配慮義務違反の義務を使用 者が負う以上、一体どういう義務を果たしたらいいのかというのは、事前予防なり紛争 予防のために必要なのです。私の理解するところでは、この安全配慮義務は、とにかく 事故なり事が起こったときに、使用者に民事上の責任を課する場合に過失ありや否やと か、不法行為における過失と同じように、その場の状況でどうすべきであったかという 義務づけを想定して、安全配慮義務と言っているのです。本来の雇用契約で賃金支払い のように、給付が分かっていて、これをやらないと安全配慮義務違反ですよというもの は実はなくて、千差万別の状況で事が起こったときに、いわばその事件に遡ってどうい うものがあったのですかと。ですから交通事故でも、道交法違反とか法規に違反してい るのは明らかですが、それ以外に民事で前方注意義務等のところでケースバイケースで、 いや、これは注意があったというときに、どういう義務を課するかというので、安全配 慮義務の場面ではまさに使用者に安全配慮義務という義務を課すのですが、中身がわか らない。  むしろ本当にこれが義務でしたら労働者は給付、それを履行しろということが言える わけですが、それが事故なり事が起こらなければこれは分からないわけです。あるいは 民事で請求できないのだろうと思うのです。そういう義務なものですから、通常の権利 義務関係をここでもし定めているという意味合いとは、どうも安全配慮義務を使用者が 負うと言った場合に、非常に中身が不定で、一体どこまでやるのですかというところが 非常に問題だろうというところだと思います。ですからその点だけ、安全配慮義務の使 用者の義務というのが特殊なものだというところから、この規定するのに反対と、こう いう論拠が1つあるのだと思います。 ○渡辺章委員 例えば権利濫用と禁止とか、信義誠実に履行しなければいけないとか、 あるいは債務の本旨に従った履行をしないと損害賠償責任を負うとか。くまなくその義 務の内容を法律の中に書き込めないと、専門の先生にそのようなことを言うのは恐縮で すが、いずれにしてもケースを積み重ねていく中で、経験的に具体的内容を分類整理を して、義務の内容を具体化していく作業は、いずれでも必要だと思うのです。しかし、 だからといって、抽象性を免れないからと言って、その義務が労働契約上、尊重、重視 されるべきだということは両立すると思うのです。それならば、逆に言うと、どこまで 特定されればルール化ができるのかということは、限りなくなってしまうのではないか と思うのですが、その点はどうですか。 ○中山専門委員 これはもともと個人の意見を述べているのですが、ここはまさに個人。 仮に安全配慮義務を判例で確定するように、いま渡辺委員が言われたように、それ自体 抽象的であっても極めて重要だというのであれば、私はむしろ総則規定とかそういう所 へ置くかどうかを検討するほうが適切ではないかなと思うのです。主な労働条件に関す るルールとして、職場の中で権利義務関係のルールとしては、これは直接出てこないの だろうと思うのです。もちろん事が起これば総則規定であろうが安全配慮義務違反とい うことを前提にして、また問題が裁判所で審理がされるだろうと思うのですが、職場に おける通常の権利義務関係のルールとしては、いかがなものかなというところなのです。  ○岩出委員 いまと同じことに関連してですが、2の(1)の安全配慮義務の問題につ いて、身体等の「等」の中には、現在、電通事件を初めとする一連の、それこそ精神障 害等に関する問題が起こっているので、心身の健康というのは含んでいると考えてよろ しいのですよね。それはイコールであるとすると、交替された場合には公益委員の渡辺 委員が言われているように、私も健康管理義務、健康配慮義務等があると思っている論 者の1人です。これは学会の報告でもいたしました。  確かに労働側から、必ずそれは過失相殺の問題とか反論されるわけですが、現実に過 失相殺の事由として挙げられている下級審の例は多々あるわけですし、身分保証の問題 からして、最近出た人事院の分限免職の基準等においても、その辺は十分考慮されてい る問題です。ちなみに書き分け方としては、労働安全衛生法の4条が労働者に対して課 している義務は努力義務です。その点で実定法的な書き方としては、使用者の義務と労 働者の義務を程度を書き分ける方法はあるわけで、それについて言及することは検討さ れて然るべきと考えています。以上です。 ○分科会長 残り時間が20分なものですから、申し上げたいことは2に関してはあれな ので、3の問題でよろしいでしょうか。 ○石塚委員 ちょっと待ってください。転籍で労働者が合意した場合にはという、この 合意の中身についての、先ほどの質問にお答えください。 ○監督課長 ここに書いてある合意については、原則として個別の承諾が必要であると いう具合に考えられます。ただし、この事前に判明している営業譲渡の場合など、例外 的にそういう営業譲渡のときに転籍があるということがわかっている場合に、個別に具 体の判断をする余地はあろうかと存じます。 ○石塚委員 確認しますと、包括的合意があればいいといったような、乱暴な議論では ないということですね。 ○監督課長 そういうことです。 ○分科会長 それでは「労働契約の終了等」のテーマに。 ○紀陸委員 いろいろなパターンがありますので、包括的合意でもいいという立場なの で、その点は申し添えさせてください。 ○分科会長 「労働契約の終了等」に移らせていただきます。ご意見をどうぞ。 ○石塚委員 その前に懲戒なのですが、ここでいろいろなことが書いてありますが、先 ほど使用者側から意見が出てきましたが、私どもとしては基本的立場としては、やはり 就業規則に明記すべきだと思っていることだけ申し上げておきます。 ○紀陸委員 整理解雇の点については、こういう規定で書くということなのですが、私 どもとしては判例の確定がないだろうということで、この4つというのですか、いろい ろ細かいことを書く必要はなかろうという立場です。それから解雇の金銭解決について は趣旨の誤解があるのだと思うのです。私どもはあくまでいろいろなトラブルをスムー ズに解決するという、そこに力点があって、経営側として具合の悪いような形でこの制 度を利用しようという意図は全くない、ということだけはご理解をいただきたいと思っ ています。いろいろな意味でこのほかに違う制度もありますが、選択肢をたくさん増や してトラブルの長期化を防ぐ、その点に力点があるのだということをご理解いただきた いと思っています。 ○田島委員 解雇のルールについては、整理解雇はこの4つの要件はやはり要件として きちんと明記する必要があるだろう。これは解雇をしてはいけませんよということでは なくて、解雇する場合のルールなわけですから、きちんとその要件としておくべきだろ う。ただこの場合に要件なのか要素なのか、いわゆる条件的な形で、総合的な考慮とい うふうに書いてありますが、やはりこの必要性なり解雇回避措置それから選定方法の合 理性、手続は極めて大事なものなので、いま使用者側委員が言われたような形で細かく 書く必要がないのではなくて、きちんと書くべきだろうと思っています。  (3)の金銭解決については、何度も議論をしていますが、調停とかあっせんなどは 両者の合意で和解をしているわけです。ところが今回提案されているのはそうではあり ません。したがって金銭という問題が出ていて、使用者側の場合には選択肢が短縮とか いう形で言うけれども、労働者にとってははっきり言って、職場に戻るという選択肢が 消えてしまうという重要問題をはらんでいるので、この金銭解決はやはり今回の契約法 には馴染まないと思っています。  1点ですね、先週の土曜日の朝、私はびっくりしたのですが、日経新聞にまだ全く議 論をしていない「2年分で」という案が報道されたのですが、あれは労働省でそういう 考えがあるのか、あるいは全く労働省が関与しない所で「2年分」という形で出された のか。これについては、あれほど重要な紙面の一面トップで出されたことに対して、事 務方から、あれは全く検討されていないのだったら「ない」ということを、この場では っきりさせてもらいたい。影響力が大きい新聞なので、もし見ていなかったら持ってき ていますのでお渡しします。是非この辺ははっきりさせていただきたい。金額面などの 論議にまだ入っていないわけですね。入っていないのがああいうふうに報道されるのは、 極めて不愉快です。最後の点だけは意見として言わせていただきます。 ○分科会長 私も大変驚きました。 ○監督課長 すみません。私どもが提案させていただいているのは、今日のお手元の資 料にある限りです。 ○田島委員 ということは事実でないということですね。 ○監督課長 その報道についてのコメントはする立場にはございません。3頁の(3) に書いてあるのが私どもの提案内容です。 ○分科会長 そのほか何かございますか。 ○石塚委員 基本的な主張は先ほどからずっとやってきましたし、繰り返すことは避け ます。ただ、基本的な主張以外の部分で労側の意見として申し上げておきたい点が2つ あります。1つは3(1)の解雇に関して、基準法の18条2を労働契約法に移行すると いう点については、労働側としては賛成の立場にあることをまず申し上げます。あと、 4要件と4要素の話は冒頭申し上げたとおりなので繰り返しません。  整理解雇をめぐる問題で、使用者側の意見から基本的な立場がありましたが、私ども としては冒頭に申したとおり、解雇の金銭解決については問題が大きすぎると言ってい ます。3頁の(3)の「解雇に関する労働関係紛争の解決方法」ということですが、現 実、かなり労働審判が機能してきたことに関しては評価します。これは取りようによっ ては、解雇の金銭解決は労働審判でできると言ったことで、短絡的に何かとられかねな いような持っていき方に関しては、疑問を呈したい。だから解雇の金銭解決に持ってい くために、労働審判制度が前置きされるみたいなことになってはならないな、という危 惧を持っている点だけを表明しておきたいと思います。以上です。 ○分科会長 使用者側の方、いかがですか。 ○岩出委員 質問なのですが、3頁の(3)、まさに書いてあるとおりですが、労働審 判の調停とかあっせんの解決手段を踏まえつつという言葉の意味合いなのですが、具体 的に私も相当労働審判をいまやってきていますし、あっせん委員会もやっているのです が、そういった解決事例の統計的蓄積などはなされているのでしょうか。 ○監督課長 当然、統計的な蓄積は逐一なされるものと承知しています。現在、私ども が入手している資料は、前回の審議会でお示ししました8月時点の資料でして、これは いますぐ出てこないのですが、バインダーの中に入っていますので後ほどご覧ください。 ○岩出委員 解決する割合とかそういうのは分かるのですか。 ○監督課長 いま記憶だけで申し上げて数字が少し違っているかもしれませんが、一応 全部で130件で、そのうち地位の確認、不存在を含むのが60件です。そのうち労働審判 のものが3、調停成立が24、取下げが1、未裁というか継続中というのが32というこ とで、平成18年8月末現在の資料です。これは65回の労働条件分科会で提出しました 資料です。 ○岩出委員 非公式な発言になってしまいますが、実際いろいろな調停の中で、裁判官 からいろいろな発言が出たりして、非公式な見解として聞いていただきたいのです。あ るいはあっせん委員会の委員からは非公式な見解として聞いたことを報告させていただ きます。例えば個別紛争の委員会の解雇案件の解決金の相場が、大体3カ月ぐらいとか いう話があったり、決定的ではないですよ。それから労働審判の調停での金銭解決の目 安として解雇理由が明らかにあるに近い場合に3カ月分、ややグレーが6カ月分、解雇 理由がない場合は1年分とか、そういう相場形成が若干図られつつあるように見受けら れるのですが、そのような認識については厚生労働省はお持ちでしょうか。 ○新田委員 非公式でいまの意味はどういうこと、どういう発言なのですか。 ○岩出委員 そういう統計資料をフォローするかどうかです。 ○新田委員 どういう意味合いですか。 ○岩出委員 踏まえつつの意味合いを聞いているわけです。 ○新田委員 2年分とかというのも私たちは何も言っていないと、提案はこれだけだと いうことを言っているのに聞くというのは、どういうことなのですか。非公式なのでし ょう。それでは公式に言ってください。 ○岩出委員 踏まえつつというのは、そういうことをですね。 ○新田委員 非公式な発言とおっしゃったではないですか。 ○岩出委員 はい、そうですよ。ですからそういう資料も出ているのですが。 ○新田委員 非公式の発言はいいんですか、ここは。どういう意味合いですか。 ○岩出委員 私の情報源が非公式という意味で言っているのです。だから今後、例えば 労働判例等で労働審判の事例集が出たりしていますよね。そういう形でいろいろな統計 資料が集まってくると思うのですが、そういうのをフォローしていく予定があるかとい う意味で聞いているのです。 ○監督課長 具体的にいくらになっているかというのは、具体的な数字としても私ども は統計に頼るような数字は現在入手していませんので、ここでも示していないという次 第です。もちろん個々の事例でいくらいくらというのが分かる場合もありますが、それ は統計処理に適切かどうかというのは、別の問題だと思います。繰り返しになりますが、 今日の審議会で私どもが提案している内容については、この資料に書いてあるとおりで す。 ○田島委員 私が言っているのは岩出委員と全く違うことで、やはり調停とかあっせん というのを踏まえた仕組みというのは、全然別な問題でしょうと言っているわけです。 それは本人が同意してそういう形で和解、調停に応じますよと、あっせんに応じますよ というのが前提条件なのです。  ところが今回の解雇の金銭的解決というのはそうではないでしょうと、本人は職場に 戻りたいと言っても、あるいは裁判で勝訴しても金銭で何かというものが、この解雇の 金銭の仕組みなわけですから。したがってその踏まえつつというその前提条件は、まず おかしいでしょうと言っているわけであって、そういう中で、いや、いま個別紛争、労 働審判では相場がこれくらいだなんて言うのは、ちょっと不見識だと思いますし、基本 問題として私が言っているのはそういうことだということです。それについて全く踏ま えつつという前提条件がおかしいでしょう。ですからこういうおかしなことを提案する 解雇の金銭解決の仕組みは、是非外していただきたいというのが意見です。 ○徳住専門委員 前回もこの問題について発言しましたが、労働審判は確かにこの4月 1日からスタートして、いろいろな統計とか問題点等が検討されているというふうに聞 いています。私もいろいろ裁判官とお話をしたり、講演を聞いたりしているのですが、 いろいろな動きがあってまだ未確定な、どちらかというと制度としてはヒヨコみたいな 制度だと私は思っています。裁判官の先月の話でも、労働者側が希望していないのに労 働審判で金銭解決の主文を出したのは1例もないと、まだそれを関知していないという ことを言っておられました。  ですから、現実的には労使双方が金銭で解決しようという事例も結構ありまして、そ れはそれなりに労使の弁護士も実務的に解決しているわけですが、そのこととこの金銭 解決をリンクする立法提言をするのは、過度に労働審判に期待することとか、労働審判 のこれからの運用を歪める可能性があると思うので、今回は私はこの金銭解決制度と労 働審判とのリンクを条文化したり提言する必要はないのではないかと思っています。も う少しいろいろな蓄積とか流れの中でこの問題は議論されてしかるべきではないか、と いうのが私の考えです。 ○分科会長 そろそろ時間がまいりましたが、今回は労働契約の成立及び変更、主な労 働条件に関するルール、それから労働契約の終了等といった論点をご議論いただきまし た。 ○紀陸委員 中山専門委員から金銭解決の評価につきまして一言申し上げさせていただ きたいと。 ○中山専門委員 金銭解決については、先ほど紀陸委員から述べられた見解と結論が同 じですし、理由も同じなのですが、労働審判の関係で啓発すべきだと、それから性格が 違うのだというところがありましたが、それは制度としては違うのかもしれませんが、 少なくとも金銭解決を考える場合に、労働審判では例えば集団解雇とか同じ解雇でも労 働審判に適さない、それから通常の解雇でも比較的解雇理由が簡単な、事実認定につい ていろいろ調べる必要もない、わりと簡易な事件を本来対象としていますから、こちら のほうでカバーできるのが1つ、そこでカバーできないものが1つあるだろうと。  それから和解について、確かに通常の本裁判でも和解で解決しているではないかとい うお話がありましたが、和解は我々もやっていますが、その相場というのは一般的に言 われることはありますがケースバイケース。それから使用者、労働者のそれぞれの事情 で、和解金の中身あるいは金額、相場は、ルールはとてもなくて、ケースバイケースな のです。ですから私は雇用の多様化もありますし、それから流動化の中で是非この制度 を入れていただきたいと思うのです。  金銭解決の場合には当然一定の範囲の中で、金銭を給付して契約を終了することにな りますから、私は最初からそういう制度があるということ自体でも、熾烈な解雇紛争が 最後の最後まで人格訴訟と言われるようなことにならないように、お互いにその制度の 中で現実的な解決をする、是非とも必要な制度だと思います。その点は労働審判ではカ バーできないことで、金銭解決制度があること自体、非常に大きな意味をもっていると いうことを述べさせていただきたいと思います。 ○分科会長 時間がまいりましたので、これで終わらせていただきたいと思いますが、 次回は労働契約法制及び労働時間法制についてご議論をいただきたいと思います。次回 の日程について事務局から説明をお願いいたします。 ○監督課長 次回の労働条件分科会は11月28日(火)17時から19時まで、場所は厚 生労働省17階専用第18、19、20会議室で開催予定でございます。よろしくお願いいた します。 ○分科会長 本日の分科会はこれで終了いたします。本日の議事録の署名は石塚委員と 原川委員にお願いいたします。本日はお忙しい中ありがとうございました。                  (照会先)                     労働基準局監督課企画係(内線5423)