<就業規則に関する主な裁判例>
 秋北バス事件(最高裁昭和43年12月25日大法廷判決)
 電電公社帯広局事件(最高裁昭和61年3月13日第一小法廷判決)
 大曲市農業協同組合事件(最高裁昭和63年2月16日第三小法廷判決)
 日立製作所武蔵工場事件(最高裁平成3年11月28日第一小法廷判決)
 第四銀行事件(最高裁平成9年2月28日第二小法廷判決)
 みちのく銀行事件(最高裁平成12年9月7日第一小法廷判決)
 フジ興産事件(最高裁平成15年10月10日第二小法廷判決)

<安全配慮義務に関する裁判例>
 陸上自衛隊事件(最高裁昭和50年2月25日第三小法廷判決)
 川義事件(最高裁昭和59年4月10日第三小法廷判決)

<出向に関する裁判例>
 日東タイヤ事件(最高裁昭和48年10月19日第二小法廷判決)
 新日本製鐵(日鐵運輸第二)事件(最高裁平成15年4月18日第二小法廷判決)

<転籍に関する裁判例>
 日立製作所横浜工場事件(最高裁昭和48年4月12日第一小法廷判決)

<懲戒に関する裁判例>
 関西電力事件(最高裁昭和58年9月8日第一小法廷判決)
 フジ興産事件(最高裁平成15年10月10日第二小法廷判決)
 ダイハツ工業事件(最高裁昭和58年9月16日第二小法廷判決)

<整理解雇に関する裁判例>
 ナショナル・ウエストミンスター銀行事件(東京地裁平成12年1月21日決定)
 山田紡績事件(名古屋高裁平成18年1月17日判決)



<就業規則に関する主な裁判例>

秋北バス事件(最高裁昭和43年12月25日大法廷判決)

(事実の概要)
 被上告会社Yは、就業規則を変更し、これまでの定年制度を改正して、主任以上の職にある者の定年を55歳に定めた(一般従業員については50歳)。このためそれまで定年制の適用のなかった上告人Xらは定年制の対象となり、解雇通知を受けた。

(判決の要旨)
 元来、「労働条件は、労働者と使用者が、対等の立場において決定すべきものである」(労働基準法2条1項)が、多数の労働者を使用する近代企業においては、労働条件は、経営上の要請に基づき、統一的かつ画一的に決定され、労働者は、経営主体が定める契約内容の定型に従って、附従的に契約を締結せざるを得ない立場に立たされるのが実情であり、この労働条件を定型的に定めた就業規則は、一種の社会的規範としての性質を有するだけでなく、それが合理的な労働条件を定めているものであるかぎり、経営主体と労働者との間の労働条件は、その就業規則によるという事実たる慣習が成立しているものとして、その法的規範性が認められるに至っている(民法92条参照)ものということができる。
 そして、労働基準法は、右のような実態を前提として、後見的監督的立場に立って、就業規則に関する規制と監督に関する定めをしているのである。すなわち、同法は、一定数の労働者を使用する使用者に対して、就業規則の作成を義務づける(89条)とともに、就業規則の作成・変更にあたり、労働者側の意見を聴き、その意見書を添付して所轄行政庁に就業規則を届け出で、(90条参照)、かつ、労働者に周知させる方法を講ずる(106条1項、なお、15条参照)義務を課し、制裁規定の内容についても一定の制限を設け(91条参照)、しかも、就業規則は、法令又は当該事業場について適用される労働協約に反してはならず、行政庁は法令又は労働協約に抵触する就業規則の変更を命ずることができる(92条)ものとしているのである。これらの定めは、いずれも、社会的規範たるにとどまらず、法的規範として拘束力を有するに至っている就業規則の実態に鑑み、その内容を合理的なものとするために必要な監督的規制にほかならない。このように、就業規則の合理性を保障するための措置を講じておればこそ、同法は、さらに進んで、「就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効とする。この場合において無効となった部分は、就業規則で定める基準による。」ことを明らかにし(93条)就業規則のいわゆる直律的効力まで背認しているのである。
 右に説示したように、就業規則は、当該事業場内での社会的規範たるにとどまらず、法的規範としての性質を認められるに至っているものと解すべきであるから、当該事業場の労働者は、就業規則の存在および内容を現実に知っていると否とにかかわらず、また、これに対して個別的に同意を与えたかどうかを問わず、当然に、その適用を受けるものというべきである。
 新たな就業規則の作成又は変更によって、既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として、許されないと解すべきであるが、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許されないと解すべきであり、これに対する不服は、団体交渉等の正当な手続による改善に待つほかない。
 停年制は、〈中略〉人事の刷新・経営の改善等、企業の組織及び運営の適正化のために行われるものであって、一般的にいって、不合理な制度ということはできない。また、本件就業規則については、新たに設けられた55歳という停年は、産業界の実情に照らし、かつ、Y会社の一般職種の労働者の停年が50歳と定められていることとの比較権衡からいっても、低きに失するともいえない。しかも、本件就業規則条項は、停年に達したことによって自動的に退職するいわゆる「停年退職」制を定めたものではなく、停年に達したことを理由として解雇するいわゆる「停年解雇」制を定めたものと解すべきであり、同条項に基づく解雇は、労働基準法第20条所定の解雇の制限に服すべきものである。さらに、本件就業規則条項には、必ずしも十分とはいえないにしても、再雇用の特則が設けられ、同条項を一律に適用することによって生ずる過酷な結果を緩和する道が開かれているのである。しかも、原審の確定した事実によれば、現にXらに対しても引き続き嘱託として、採用する旨の再雇用の意思表示がなされており、また、Xら中堅幹部をもって組織する「輪心会」の会員の多くは、本件就業規則条項の制定後、同条項は、後進に譲るためのやむを得ないものであるとして、これを認めている、というのである。以上の事実を総合考慮すれば、本件就業規則条項は、決して不合理なものということはできず、同条項制定後、直ちに同条項の適用によって解雇されることになる労働者に対する関係において、Y会社がかような規定を設けたことをもって、信義則違反ないし権利濫用と認めることもできないから、Xは、本件就業規則条項の適用を拒否することができないものといわなければならない。

 民法(明治29年4月27日法律第89号)(抄)
第92条 法令中の公の秩序に関しない規定と異なる慣習がある場合において、法律行為の当事者がその慣習による意思を有しているものと認められるときは、その慣習に従う。


電電公社帯広局事件(最高裁昭和61年3月13日第一小法廷判決)

(事案の概要)
 Xは、Y公社帯広電報電話局に勤務し、電話交換の作業に従事する職員であった。Xは、昭和49年7月、頸肩腕症候群と診断され、公社の健康管理規程に定める 指導区分のうち、最も病状の重い「療養」にあたることとされた。その後、指導区分の変遷を繰り返し、Xは、本来の職務である電話交換の作業には従事せず、電話番号簿の訂正等の事務に従事していた。Yは、昭和53年10月、Xに対し、頸肩腕症候群の精密検診を受診するよう、二度にわたって業務命令を発したが、Xはこれを拒否した。労働組合は、この検診が労使確認事項であるとしながらも、Xが受診拒否の意向を示しており、業務命令発出という形にまで発展したことを重視し、非公開で団交を行った。この際、Xは、会議室に立ち入り、組合役員の退去指示にも従わなかった。この間、Xは、約10分間にわたり、職場を離脱した。
 Yは、Xに対し、受診拒否が就業規則59条3号(上長の命令に服さないとき)の懲戒事由に該当し、また、職場離脱は、同59条18号(第5条の規定に違反したとき)所定の懲戒事由に該当するとして、懲戒処分をした。

(判決の要旨)
 一般に業務命令とは、使用者が業務遂行のために労働者に対して行う指示又は命令であり、使用者がその雇用する労働者に対して業務命令をもって指示、命令することができる根拠は、労働者がその労働力の処分を使用者に委ねることを約する労働契約にあると解すべきである。すなわち、労働者は、使用者に対して一定の範囲での労働力の自由な処分を許諾して労働契約を締結するものであるから、その一定の範囲での労働力の処分に関する使用者の指示、命令としての業務命令に従う義務があるというべきであり、したがって、使用者が業務命令をもって指示、命令することのできる事項であるかどうかは、労働者が当該労働契約によってその処分を許諾した範囲内の事項であるかどうかによって定まるものであって、この点は結局のところ当該具体的な労働契約の解釈の問題に帰するものということができる。
 ところで、労働条件を定型的に定めた就業規則は、一種の社会的規範としての性質を有するだけでなく、その定めが合理的なものであるかぎり、個別的労働契約における労働条件の決定は、その就業規則によるという事実たる慣習が成立しているものとして、法的規範としての性質を認められるに至っており、当該事業場の労働者は、就業規則の存在及び内容を現実に知っていると否とにかかわらず、また、これに対して個別的に同意を与えたかどうかを問わず、当然にその適用を受けるというべきであるから(最高裁昭和43年12月25日大法廷判決〈秋北バス事件〉)、使用者が当該具体的労働契約上いかなる事項について業務命令を発することができるかという点についても、関連する就業規則の規定内容が合理的なものであるかぎりにおいてそれが当該労働契約の内容となっているということを前提として検討すべきこととなる。換言すれば、就業規則が労働者に対し、一定の事項につき使用者の業務命令に服従すべき旨を定めているときは、そのような就業規則の規定内容が合理的なものであるかぎりにおいて当該具体的労働契約の内容をなしているものということができる。
 公社就業規則及び健康管理規程によれば、公社においては、職員は常に健康の保持増進に努める義務があるとともに、健康管理上必要な事項に関する健康管理従事者の指示を誠実に遵守する義務があるばかりか、要管理者は、健康回復に努める義務があり、その健康回復を目的とする健康管理従事者の指示に従う義務があることとされているのであるが、以上公社就業規則及び健康管理規程の内容は、公社職員が労働契約上その労働力の処分を公社に委ねている趣旨に照らし、いずれも合理的なものというべきであるから、右の職員の健康管理上の義務は、公社と公社職員との間の労働契約の内容となっているものというべきである。
 もっとも、右の要管理者がその健康回復のために従うべきものとされている健康管理従事者による指示の具体的内容については、特に公社就業規則ないし健康管理規程上の定めは存しないが、要管理者の健康の早期回復という目的に照らし合理性ないし相当性を肯定し得る内容の指示であることを要することはいうまでもない。しかしながら、右の合理性ないし相当性が肯定できる以上、健康管理従事者の指示できる事項を特に限定的に考える必要はなく、例えば、精密検診を行う病院ないし担当医師の指定、その検診実施の時期等についても指示することができるものというべきである。
 以上の次第によれば、Xに対し頸肩腕症候群総合精密検診の受診方を命ずる本件業務命令については、その効力を肯定することができ、これを拒否したYの行為は公社就業規則59条3号所定の懲戒事由にあたるというべきである。
 そして、前記の職場離脱が同条18号の懲戒事由にあたることはいうまでもなく、以上の本件における2個の懲戒事由及び前記の事実関係にかんがみると、原審が説示するように公社における戒告処分が翌年の定期昇給における昇給額の4分1減額という効果を伴うものであること(公社就業規則76条4項3号)を考慮に入れても、公社がXに対してした本件戒告処分が、社会通念上著しく妥当を欠き、裁量権の範囲を超え、これを濫用してされた違法なものであるとすることはできないというべきである。


大曲市農業協同組合事件(最高裁昭和63年2月16日第三小法廷判決)

(事実の概要)
 組合Yは、Xらが在職していた訴外旧A農協等七つの農業協同組合が合併して新設された農業協同組合である。旧A農協には、従来より退職給与規定が存したが、合併後にY組合が新たに退職給与規定を作成・適用したが、この新規定は、Xらの退職金支給倍率を低減させるものであった。他方、Xらの給与額は合併に伴う給与調整等により相当程度増額されており、退職時までの給与調整の累積額はおおむね本訴の請求額に等しい。また、合併の結果Xは休日・休暇、諸手当等の面で旧A農協当時よりも有利になり、定年も男子は1年間延長された。

(判決の要旨)
 当裁判所は、昭和40年(オ)第145号同43年12月25日大法廷判決〈秋北バス事件〉において、「新たな就業規則の作成又は変更によつて、既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として、許されないと解すべきであるが、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいつて、当該規則条項が合理的なものであるかぎり、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許されない」との判断を示した。右の判断は、現在も維持すべきものであるが、右にいう当該規則条項が合理的なものであるとは、当該就業規則の作成又は変更が、その必要性及び内容の両面からみて、それによつて労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認できるだけの合理性を有するものであることをいうと解される。特に、賃金、退職金など労働者にとつて重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものというべきである。
 これを本件についてみるに、まず、新規程への変更によつてXらの退職金の支給倍率自体は低減されているものの、反面、Xらの給与額は、本件合併に伴う給与調整等により、合併の際延長された定年退職時までに通常の昇給分を超えて相当程度増額されているのであるから、実際の退職時の基本月俸額に所定の支給倍率を乗じて算定される退職金額としては、支給倍率の低減による見かけほど低下しておらず、金銭的に評価しうる不利益は、本訴におけるXらの前記各請求額よりもはるかに低額のものであることは明らかであり、新規程への変更によつてXらが被つた実質的な不利益は、仮にあるとしても、決して原判決がいうほど大きなものではないのである。他方、一般に、従業員の労働条件が異なる複数の農協、会社等が合併した場合に、労働条件の統一的画一的処理の要請から、旧組織から引き継いだ従業員相互間の格差を是正し、単一の就業規則を作成、適用しなければならない必要性が高いことはいうまでもないところ、本件合併に際しても、右のような労働条件の格差是正措置をとることが不可欠の急務となり、その調整について折衝を重ねてきたにもかかわらず、合併期日までにそれを実現することができなかつたことは前示したとおりであり、特に本件の場合においては、退職金の支給倍率についての旧花館農協と他の旧六農協との間の格差は、従前旧花館農協のみが秋田県農業協同組合中央会の指導・勧告に従わなかつたことによつて生じたといういきさつがあるから、本件合併に際してその格差を是正しないまま放置するならば、合併後の上告組合の人事管理等の面で著しい支障が生ずることは見やすい道理である。加えて、本件合併に伴つてXらに対してとられた給与調整の退職時までの累積額は、賞与及び退職金に反映した分を含めると、おおむね本訴における被上告人らの前記各請求額程度に達していることを窺うことができ、また、本件合併後、Xらは、旧花館農協在職中に比べて、休日・休暇、諸手当、旅費等の面において有利な取扱いを受けるようになり、定年は男子が1年間、女子が3年間延長されているのであつて、これらの措置は、退職金の支給倍率の低減に対する直接の見返りないし代償としてとられたものではないとしても、同じく本件合併に伴う格差是正措置の一環として、新規程への変更と共通の基盤を有するものであるから、新規程への変更に合理性があるか否かの判断に当たつて考慮することのできる事情である。
 右のような新規程への変更によつてXらが被つた不利益の程度、変更の必要性の高さ、その内容、及び関連するその他の労働条件の改善状況に照らすと、本件における新規程への変更は、それによつて被上告人らが被つた不利益を考慮しても、なおY組合の労使関係においてその法的規範性を是認できるだけの合理性を有するものといわなければならない。したがつて、新規程への変更はXらに対しても効力を生ずるものというべきである。


日立製作所武蔵工場事件(最高裁平成3年11月28日第一小法廷判決)

(事案の概要)
 Xは、Yに雇用されてそのM工場に勤務し、トランジスターの品質及び歩留りの向上を所管する製造部低周波製作課特性管理係に属していた。
 YのM工場の就業規則には、Yは、業務上の都合によりやむを得ない場合には、Xの加入するM工場労働組合(以下「組合」という。)との協定により1日8時間の実働時間を延長することがある旨定められていた。そして、M工場とその労働者の過半数で組織する組合との間において、昭和42年1月21日、「会社は、1 納期に完納しないと重大な支障を起すおそれのある場合、2 賃金締切の切迫による賃金計算又は棚卸し、検収・支払等に関する業務ならびにこれに関する業務、3 配管、配線工事等のため所定時間内に作業することが困難な場合、4 設備機械類の移動、設置、修理等のため作業を急ぐ場合、5 生産目標達成のため必要ある場合、6 業務の内容によりやむを得ない場合、7 その他前各号に準ずる理由のある場合は、実働時間を延長することがある。前項により実働時間を延長する場合においても月40時間を超えないものとする。但し緊急やむを得ず月40時間を超える場合は当月1ケ月分の超過予定時間を一括して予め協定する。」旨の書面による協定(以下「本件36協定」という。)が締結され、所轄労働基準監督署長に届け出られた。
 上司であるA主任は、同年9月6日、Xに対し、残業をしてトランジスター製造の歩留りが低下した原因を究明し、その推定値を算出し直すように命じたが、Xは右残業命令に従わなかった。Yは、後日Xに対し、始末書の提出を求めたが、このことにつき、2度にわたり争いが生じ、警備員に付き添われて、ようやく退場した。そこで、Yは、組合の意向も聴取した上で、それに従い、就業規則上の懲戒事由(しばしば懲戒を受けたにもかかわらず、なお悔悟の見込がないとき)に該当するとして、懲戒解雇した。

(判決の要旨)
 思うに、労働基準法(昭和62年法律第99号による改正前のもの)32条の労働時間を延長して労働させることにつき、使用者が、当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合等と書面による協定(いわゆる36協定)を締結し、これを所轄労働基準監督署長に届け出た場合において、使用者が当該事業場に適用される就業規則に当該36協定の範囲内で一定の業務上の事由があれば労働契約に定める労働時間を延長して労働者を労働させることができる旨定めているときは、当該就業規則の規定の内容が合理的なものである限り、それが具体的労働契約の内容をなすから、右就業規則の規定の適用を受ける労働者は、その定めるところに従い、労働契約に定める労働時間を超えて労働をする義務を負うものと解するを相当とする(最高裁昭和43年12月25日大法廷判決〈秋北バス事件〉、最高裁昭和61年3月13日第一小法廷判決〈電電公社帯広局事件〉)。
 本件の場合、右にみたように、YのM工場における時間外労働の具体的な内容は本件36協定によって定められているが、本件36協定は、Y(M工場)がXら労働者に時間外労働を命ずるについて、その時間を限定し、かつ、前記「1」ないし「7」所定の事由を必要としているのであるから、結局、本件就業規則の規定は合理的なものというべきである。
 そうすると、Yは、昭和42年9月6日当時、本件36協定所定の事由が存在する場合にはXに時間外労働をするよう命ずることができたというべきところ、A主任が発した右の残業命令は本件36協定の「5」ないし「7」所定の事由に該当するから、これによって、Xは、前記の時間外労働をする義務を負うに至ったといわざるを得ない。
 A主任が右の残業命令を発したのはXのした手抜作業の結果を追完・補正するためであったこと等原審の確定した一切の事実関係を併せ考えると、右の残業命令に従わなかったXに対しYのした懲戒解雇が権利の濫用に該当するということもできない。以上と同旨の見解に立って、Yのした懲戒解雇は有効であるから、〈中略〉原審の判断は、正当として是認することができる。


第四銀行事件(最高裁平成9年2月28日第二小法廷判決)

(事実の概要)
 Xは、昭和28年4月にY銀行に入行し、平成元年11月4日をもって60歳達齢により定年退職したが、Y銀行とY銀行労働組合との間では、昭和58年3月30日に、定年を55歳から60歳に延長するかわりに給与等の減額、特別融資制度の新設等を内容とする労働協約を締結していたため、Xの55歳以後の年間賃金は54歳時の6割台に減額となり、従来の55歳から58歳までの賃金総額が新定年制の下での55歳から60歳までの賃金総額と同程度となつた。

(判決の要旨)
1 新たな就業規則の作成又は変更によって労働者の既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として許されないが、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒むことは許されない。そして、右にいう当該規則条項が合理的なものであるとは、当該就業規則の作成又は変更が、その必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認することができるだけの合理性を有するものであることをいい、特に、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものというべきである。右の合理性の有無は、具体的には、就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度、使用者側の変更の必要性の内容・程度、変更後の就業規則の内容自体の相当性、代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況、労働組合等との交渉の経緯、他の労働組合又は他の従業員の対応、同種事項に関する我が国社会における一般的状況等を総合考慮して判断すべきである。
2 これを本件についてみると、定年後在職制度の前記のような運用実態にかんがみれば、勤務に耐える健康状態にある男子行員において、58歳までの定年後在職をすることができることは確実であり、その間54歳時の賃金水準等を下回ることのない労働条件で勤務することができると期待することも合理的ということができる。そうすると、本件定年制の実施に伴う就業規則の変更は、既得の権利を消滅、減少させるというものではないものの、その結果として、右のような合理的な期待に反して、55歳以降の年間賃金が54歳時のそれの63ないし67パーセントとなり、定年後在職制度の下で58歳まで勤務して得られると期待することができた賃金等の額を60歳定年近くまで勤務しなければ得ることができなくなるというのであるから、勤務に耐える健康状態にある男子行員にとっては、実質的にみて労働条件を不利益に変更するに等しいものというべきである。そして、その実質的な不利益は、賃金という労働者にとって重要な労働条件に関するものであるから、本件就業規則の変更は、これを受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合に、その効力を生ずるものと解するのが相当である。
3 そこで、以下、右変更の合理性につき、前示の諸事情に照らして検討する。
 〈本件就業規則の変更によるXの不利益はかなり大きなものであること、Yにおいて、定年延長の高度の必要性があったこと、定年延長に伴う人件費の増大等を抑える経営上の必要から、従前の定年である55歳以降の賃金水準等を変更する必要性も高度なものであったこと、円滑な定年延長の導入の必要等から、従前の定年である55歳以降の労働条件のみを修正したこともやむを得ないこと、従前の55歳以降の労働条件は既得の権利とまではいえないこと、変更後の55歳以降の労働条件の内容は、多くの地方銀行の例とほぼ同様の態様であること、変更後の賃金水準も、他行の賃金水準や社会一般の賃金水準と比較して、かなり高いこと、定年が延長されたことは、女子行員や健康上支障のある男子行員にとっては、明らかな労働条件の改善であること、健康上支障のない男子行員にとっても、60歳まで安定した雇用が確保されるという利益は、決して小さいものではないこと、福利厚生制度の適用延長や拡充等の措置が採られていること、就業規則の変更は、行員の約90パーセントで組織されている組合との合意を経て労働協約を締結した上で行われたものであること、変更の内容が統一的かつ画一的に処理すべき労働条件に係るものであることを認定した上で、〉
  〈以上について〉考え合わせると、Yにおいて就業規則による一体的な変更を図ることの必要性及び相当性を肯定することができる。〈中略〉
  したがって、本件定年制導入に伴う就業規則の変更は、Xに対しても効力を生ずるものというべきである。


みちのく銀行事件(最高裁平成12年9月7日第一小法廷判決)

(事案の概要)
 Xら6名(少数組合の組合員でいずれも当時55歳以上の管理職・監督職階にあった)は、60歳定年制を採用していた東北地方の中位行Yの銀行員であった。Yは賃金制度の2度わたる見直しを行う際に、労組(従業員の73%が加入)の同意は得たが、少数組合の同意を得ないまま実施した。この変更に基づいて、専任職発令がXらに出され、Xらは管理職の肩書きを失うとともに賃金が減額した。Xらは、本件就業規則の変更は、同意をしていないXらには効力が及ばないとして、専任職への辞令及び専任職としての給与辞令の各発令の無効確認、従前の賃金支払を受ける労働契約上の地位にあることの確認並びに差額賃金の支払を請求する訴えを起こした。

(判決の要旨)
 〈就業規則の作成又は変更によって、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として許されないこと、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒むことは許されないこと、当該規則条項が合理的なものであるとは、当該就業規則の作成又は変更が、その必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認することができるだけの合理性を有するものであることをいうこと、労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容が必要なこと、その合理性の有無は、具体的には、就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度、使用者側の変更の必要性の内容・程度等を総合考慮して判断すべきこと〉以上は、当裁判所の判例〈第四銀行事件等〉の趣旨とするところである。
 〈他の地銀では従来定年年齢がYよりも低かったこと、Yの経営効率を示す諸指標が全国の地銀の中で下位を低迷していたこと、金融機関間の競争が進展しつつあったこと等を考慮した上で、〉本件就業規則等変更は、Yにとって、高度の経営上の必要性があったということができる。
 本件就業規則等変更は、〈中略〉これに伴う賃金の減額を除けば、その対象となる行員に格別の不利益を与えるものとは認められない。したがって、本件就業規則等変更は、職階及び役職制度の変更に限ってみれば、その合理性を認めることが相当である。
 本件就業規則等変更は、変更の対象層、前記の賃金減額幅及び変更後の賃金水準に照らすと、高年層の行員につき雇用の継続や安定化等を図るものではなく、逆に、高年層の行員の労働条件をいわゆる定年後在職制度ないし嘱託制度に近いものに一方的に切り下げるものと評価せざるを得ない。
 本件就業規則等変更は、多数の行員について労働条件の改善を図る一方で、一部の行員について賃金を削減するものであって、従来は右肩上がりのものであった行員の賃金の経年的推移の曲線を変更しようとするものである。もとより、このような変更も、前述した経営上の必要性に照らし、企業ないし従業員全体の立場から巨視的、長期的にみれば、企業体質を強化改善するものとして、その相当性を肯定することができる場合があるものと考えられる。しかしながら、本件における賃金体系の変更は、短期的にみれば、特定の層の行員にのみ賃金コスト抑制の負担を負わせているものといわざるを得ず、その負担の程度も前示のように大幅な不利益を生じさせるものであり、それらの者は中堅層の労働条件の改善などといった利益を受けないまま退職の時期を迎えることとなるのである。就業規則の変更によってこのような制度の改正を行う場合には、一方的に不利益を受ける労働者について不利益性を緩和するなどの経過措置を設けることによる適切な救済を併せ図るべきであり、それがないままに右労働者に大きな不利益のみを受忍させることには、相当性がないものというほかはない。本件の経過措置は、前示の内容、程度に照らし、本件就業規則等変更の当時既に55歳に近づいていた行員にとっては、救済ないし緩和措置としての効果が十分ではなく、Xらは、右経過措置の適用にもかかわらず依然前記のような大幅な賃金の減額をされているものである。したがって、このような経過措置の下においては、Xらとの関係で賃金面における本件就業規則等変更の内容の相当性を肯定することはできないものといわざるを得ない。
 本件では、行員の約73%を組織する労組が本件第一次変更及び本件第二次変更に同意している。しかし、Xらの被る前示の不利益性の程度や内容を勘案すると、賃金面における変更の合理性を判断する際に労組の同意を大きな考慮要素と評価することは相当ではないというべきである。 専任職制度の導入に伴う本件就業規則等変更は、それによる賃金に対する影響の面からみれば、Xらのような高年層の行員に対しては、専ら大きな不利益のみを与えるものであって、他の諸事情を勘案しても、変更に同意しないXらに対しこれを法的に受忍させることもやむを得ない程度の高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであるということはできない。したがって、本件就業規則等変更のうち賃金減額の効果を有する部分は、Xらにその効力を及ぼすことができないというべきである。


フジ興産事件(最高裁平成15年10月10日第二小法廷判決)

(事案の概要)
 Xは、Y社の設計部門であるエンジニアリングセンターにおいて、設計業務に従事していた。Y社は、昭和61年8月1日、労働者代表の同意を得た上で、同日から実施する就業規則(以下「旧就業規則」という。)を作成し、同年10月30日、A労働基準監督署長に届け出た。旧就業規則は,懲戒解雇事由を定め,所定の事由があった場合に懲戒解雇をすることができる旨を定めていた。
 Y社は、平成6年4月1日から旧就業規則を変更した就業規則(以下「新就業規則」という。)を実施することとし、同年6月2日、労働者代表の同意を得た上で、同月8日、A労働基準監督署長に届け出た。新就業規則は,懲戒解雇事由を定め,所定の事由があった場合に懲戒解雇をすることができる旨を定めている。
 Y社は、同月15日、新就業規則の懲戒解雇に関する規定を適用して、その従業員Xを懲戒解雇(以下「本件懲戒解雇」という。)した。その理由は、Xが、同5年9月から同6年5月30日までの間、得意先の担当者らの要望に十分応じず、トラブルを発生させたり、上司の指示に対して反抗的態度をとり、上司に対して暴言を吐くなどして職場の秩序を乱したりしたなどというものであった。
 Xは、本件懲戒解雇以前に、Yの取締役Bに対し、センターに勤務する労働者に適用される就業規則について質問したが、この際には、旧就業規則はセンターに備え付けられていなかった。

(判決の要旨)
 原審は、次のとおり判断して、本件懲戒解雇を有効とし、Xの請求をすべて棄却すべきものとした。
(1) Y社が新就業規則について労働者代表の同意を得たのは平成6年6月2日であり、それまでに新就業規則がY社の労働者らに周知されていたと認めるべき証拠はないから、Xの同日以前の行為については、旧就業規則における懲戒解雇事由が存するか否かについて検討すべきである。
(2) 前記2(3)〈Y社は、昭和61年8月1日、労働者代表の同意を得た上で、旧就業規則を作成し、同年10月30日、A労働基準監督署長に届け出ていたこと〉の事実が認められる以上、Xがセンターに勤務中、旧就業規則がセンターに備え付けられていなかったとしても、そのゆえをもって、旧就業規則がセンター勤務の労働者に効力を有しないと解することはできない。
(3) Xには、旧就業規則所定の懲戒解雇事由がある。X社は,新就業規則に定める懲戒解雇事由を理由としてXを懲戒解雇したが、新就業規則所定の懲戒解雇事由は、旧就業規則の懲戒解雇事由を取り込んだ上、更に詳細にしたものということができるから、本件懲戒解雇は有効である。

 しかしながら、原審の判断のうち,上記(2)は,是認することができない。その理由は、次のとおりである。
 使用者が労働者を懲戒するには、あらかじめ就業規則において懲戒の種別及び事由を定めておくことを要する(最高裁昭和54年10月30日第三小法廷判決〈国労札幌支部事件〉)。そして、就業規則が法的規範としての性質を有する(最高裁昭和43年12月25日大法廷判決〈秋北バス事件〉)ものとして、拘束力を生ずるためには、その内容を適用を受ける事業場の労働者に周知させる手続が採られていることを要するものというべきである。
 原審は、Y社が、労働者代表の同意を得て旧就業規則を制定し、これをA労働基準監督署長に届け出た事実を確定したのみで、その内容をセンター勤務の労働者に周知させる手続が採られていることを認定しないまま、旧就業規則に法的規範としての効力を肯定し、本件懲戒解雇が有効であると判断している。原審のこの判断には、審理不尽の結果、法令の適用を誤った違法があり、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は理由がある。
 そこで、原判決を破棄し、上記の点等について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。


<安全配慮義務に関する裁判例>

陸上自衛隊事件(昭和50年最高裁第三小法廷判決)

(事案の概要)
 陸上自衛隊員Aは、自衛隊内の車両整備工場で車両整備中、後退してきたトラックにひかれて死亡した。これに対し、Aの両親Xらは、国Yに対し、Yは使用者として、自衛隊員の服務につき、その生命に危険が生じないように注意し、人的物的環境を整備し、隊員の安全管理に万全を期すべき義務を負うにもかかわらず、これを怠ったとして、債務不履行に基づく損害賠償を求めて訴えをおこした。

(判決の要旨)
 思うに、国と国家公務員(以下「公務員」という。)との間における主要な義務として、法は、公務員が職務に専念すべき義務(国家公務員法101条1項前段、自衛隊法60条1項等)並びに法令及び上司の命令に従うべき義務(国家公務員法98条1項、自衛隊法56条、57条等)を負い、国がこれに対応して公務員に対し給与支払義務(国家公務員法62条、防衛庁職員給与法4条以下等)を負うことを定めているが、国の義務は右の給付義務にとどまらず、国は、公務員に対し、国が公務遂行のために設置すべき場所、施設もしくは器具等の設置管理又は公務員が国もしくは上司の指示のもとに遂行する公務の管理にあたつて、公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務(以下「安全配慮義務」という。)を負つているものと解すべきである。もとより、右の安全配慮義務の具体的内容は、公務員の職種、地位及び安全配慮義務が問題となる当該具体的状況等によつて異なるべきものであり、自衛隊員の場合にあつては、更に当該勤務が通常の作業時、訓練時、防衛出動時(自衛隊法76条)、治安出動時(同法78条以下)又は災害派遣時(同法83条)のいずれにおけるものであるか等によつても異なりうべきものであるが、国が、不法行為規範のもとにおいて私人に対しその生命、健康等を保護すべき義務を負つているほかは、いかなる場合においても公務員に対し安全配慮義務を負うものではないと解することはできない。けだし、右のような安全配慮義務は、ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入つた当事者間において、当該法律関係の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務として一般的に認められるべきものであつて、国と公務員との間においても別異に解すべき論拠はなく、公務員が前記の義務を安んじて誠実に履行するためには、国が、公務員に対し安全配慮義務を負い、これを尽くすことが必要不可欠であり、また、国家公務員法93条ないし95条及びこれに基づく国家公務員災害補償法並びに防衛庁職員給与法27条等の災害補償制度も国が公務員に対し安全配慮義務を負うことを当然の前提とし、この義務が尽くされたとしてもなお発生すべき公務災害に対処するために設けられたものと解されるからである。


川義事件(昭和57年最高裁第三小法廷判決)

(事案の概要)
 宿直勤務中の従業員が盗賊に殺害された事故につき会社に安全配慮義務の違背に基づく損害賠償責任があるとされた事例

(判決の要旨)
 雇傭契約は、労働者の労務提供と使用者の報酬支払をその基本内容とする双務有償契約であるが、通常の場合、労働者は、使用者の指定した場所に配置され、使用者の供給する設備、器具等を用いて労務の提供を行うものであるから、使用者は、右の報酬支払義務にとどまらず、労働者が労務提供のため設置する場所、設備もしくは器具等を使用し又は使用者の指示のもとに労務を提供する過程において、労働者の生命及び身体等を危険から保護するよう配慮すべき義務(以下「安全配慮義務」という。)を負つているものと解するのが相当である。もとより、使用者の右の安全配慮義務の具体的内容は、労働者の職種、労務内容、労務提供場所等安全配慮義務が問題となる当該具体的状況等によつて異なるべきものであることはいうまでもないが、これを本件の場合に即してみれば、上告会社は、A一人に対し昭和53年8月13日午前9時から24時間の宿直勤務を命じ、宿直勤務の場所を本件社屋内、就寝場所を同社屋一階商品陳列場と指示したのであるから、宿直勤務の場所である本件社屋内に、宿直勤務中に盗賊等が容易に侵入できないような物的設備を施し、かつ、万一盗賊が侵入した場合は盗賊から加えられるかも知れない危害を免れることができるような物的施設を設けるとともに、これら物的施設等を十分に整備することが困難であるときは、宿直員を増員するとか宿直員に対する安全教育を十分に行うなどし、もつて右物的施設等と相まつて労働者たるAの生命、身体等に危険が及ばないように配慮する義務があつたものと解すべきである。


<出向に関する裁判例>

日東タイヤ事件(昭和48年最高裁第二小法廷判決)

(判決の要旨)
 原審の認定判断は、相当として是認することができ、このことは、就業規則の性質を所論のように法規範と解するかどうかによって左右されるものではない。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

(原判決の要旨)
 Y会社の定める就業規則には従業員の休職については別に定める休職規程によるとだけ定め(62条)、その休職規程によれば、休職に該当する場合の一として他社出向その他特命による業務処理のために必要があるときに特命休職を命ずることを定め、休職期間、休職期間中の給与、復職についてそれぞれ2ないし5条で簡単に定めていることが認められるが、従業員の出向義務自体についての明文の規定はなく、労働者の同意なしに一方的に出向をYが命じうる根拠を示す証拠はないといわなければならない。
 いわゆる移籍出向と称せられるものを除いて出向は、なんらかの関連性ある、多くは資本と業務の面で緊密な関係をもつ会社間における人事移動であって、出向元会社の従業員である身分を保有しながら、すなわち休職という形のまま、出向先会社で勤務する雇傭状態であって、指揮命令権の帰属者を変更することである。これは本来重要な、しかも多くの場合不利益な労働条件の変更であり、労働協約の内容として定められていない場合は、労働者個人との合意のもとに行われるべきものである。つまり、一定の労働条件の枠中においてのみ労務を提供するにとどまる労働契約の中では、出向について特別の約定を定めていない限り(すなわち、労働者の同意のない限り)、使用者は労働者に対して出向を当然に命令することはできないものというべきである(なお、民法625条、労働基準法1条、2条1項、15条1項参照)。仮に就業規則に契約の効力の変更を認める見解によるとしても、就業規則に明白に出向義務を規定する必要があるといわなければならない。
従って、本件出向を命じた業務命令は労働契約を超えた事実上の命令であって、出向者の承諾のない限り効力をもたないものというべきであり、右命令を拒んだことに由来する本件懲戒解雇は、その余の判断をまつまでもなく、違法であって、無効といわなければならない。


新日本製鐵(日鐵運輸第二)事件(平成15年最高裁第二小法廷判決)

(事案の概要)
 X1、X2は、Y会社に入社し、製鉄所内の構内鉄道輸送業務に従事していた。Yは業界全体の不況に際し、業務委託と出向を内容とする再構築計画を策定し、各対象者に承諾を求めるという方法で出向者を決定した。しかし、X1、X2は同意しなかった。Yは組合の了解を得た上で、X1、X2に出向を命令した。

(判決の要旨)
 原審の適法に確定した事実関係によれば、(1)本件各出向命令は、Yが製鉄所内の構内輸送業のうち鉄道輸送部門の一定の業務を協力会社であるA社に業務委託することに伴い、委託される業務に従事していたXらにいわゆる在籍出向を命ずるものであること、(2)Xらの入社時及び本件各出向命令発令時のYの就業規則には、「会社は従業員に対し業務上の必要によって社外勤務させることがある。」という規定があること、(3)Xらに適用される労働協約にも社外勤務条項として同旨の規定があり、労働協約である社外勤務協定において、社外勤務の定義、出向期間、出向中の社員の地位、賃金、退職金、各種の出向手当、昇格・昇給等の査定その他処遇等に関して出向労働者の利益に配慮した詳細な規定が設けられていること、という事情がある。
 以上のような事情の下においては、YはXらに対し、その個別的合意なしに、Yの従業員としての地位を維持しながら出向先であるA社においてその指揮監督の下に労務を提供することを命ずる本件各出向命令を発令することができるというべきである。

 本件各出向命令が権利の濫用にあたるかどうかについて判断する。
 Yが構内輸送業のうち鉄道輸送部門の一定の業務をA社に委託することとした経営判断が合理性を欠くものとはいえず、これに伴い、委託される業務に従事していたYの従業員につき出向措置を講ずる必要があったということができ、出向措置の対象となる者の人選基準には合理性があり、具体的な人選についてもその不当性をうかがわせるような事情はない。また、本件各出向命令によってXらの労務提供先は変わるものの、その従事する業務内容や勤務場所には何らの変更はなく、上記社外勤務協定による出向中の社員の地位、賃金、退職金、各種の出向手当、昇格・昇給等の査定その他処遇等に関する規定等を勘案すれば、Xらがその生活関係、労働条件等において著しい不利益を受けるものとはいえない。そして、本件各出向命令の発令に至る手続に不相当な点があるともいえない。これらの事情にかんがみれば、本件各出向命令が権利の濫用に当たるということはできない

 以上のとおりであるから、所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができる。


<転籍に関する判例>

日立製作所横浜工場事件(昭和48年最高裁第一小法廷判決)

(事実の概要)
 Xは昭和36年4月1日以来Y会社の横浜工場の従業員であったが、昭和45年8月5日、Y会社が系列会社であるZ会社に同月6日付けで転属させる意向をXに対して伝えたところ、Xは同月11日にZ会社で働くことを承諾した。しかし、同じ日に、Z会社はXに対して雇うことが出来ない旨の通知をし、また、Y会社も、Xを同月5日付けで退職したものとして取扱い、Xが横浜工場の従業員であることを否定した。

(判決の要旨)
 原審が労働者であるXの承諾があってはじめて右転属が効力を生ずるものとした判断は、相当として是認することができる。

(原判決の要旨)
 本件転属は、Xの承諾があって、初めて効力を生ずるものというべく、Xは、本件転属はZ会社がXを雇うことを条件とするY会社とXとの間の労働契約の合意解約である旨主張するけれども、これを認めるに足る証拠なく、本件転属がY会社のXとの間の労働契約上の地位の譲渡であり、Y会社とZ会社との間の本件転属に関する合意が成立した以上、Xがこれを承諾すれば、Y会社のXとの間の労働契約上の地位は直ちにZ会社に移転するから、XはY会社の従業員たる地位を失うと同時に、当然Z会社の従業員たる地位を取得するものというべく、その間に改めてZ会社との間に労働契約を結ぶ余地のないことは明白である。

 Z会社で支障なく就労できることが本件転属承諾の要素となっていたことは明白であるところ、XはZ会社で就労させてもらえるものと信じて本件転属を承諾したのに、当時すでにZ会社ではその就労拒否を決定していたのであるから、右承諾は要素に錯誤があり、無効といわざるを得ない。


<懲戒に関する裁判例>

関西電力事件(昭和58年最高裁第一小法廷判決)

(事実の概要)
 Xは、電力会社であるY社に雇用され、発電所にて勤務する者であった。Xは、昭和44年元旦、Y社の社宅にビラ約350枚を配布した。Y社はXが配布したビラの内容は会社を誹謗・中傷するもので、会社と従業員との間の信頼関係を破壊し、ひいては企業秩序の紊乱をもたらすものであって、就業規則78条5号(「その他不都合な行為があったとき」)に該当するとして、Xを譴責処分に付した。
 Xは譴責処分の無効確認と慰謝料の支払を求めて出訴した。1審は譴責処分の無効確認を認容し、Y社が控訴したところ、2審は譴責処分を有効と判示した。これに対してXが上告したものである。

(判決の要旨)
 案ずるに、労働者は、労働契約を締結して雇用されることによって、使用者に対して労務提供義務を負うとともに、企業秩序を遵守すべき義務を負い、使用者は、広く企業秩序を維持し、もって企業の円滑な運営を図るために、その雇用する労働者の企業秩序違反行為を理由として、当該労働者に対し、一種の制裁罰である懲戒を課することができるものであるところ、右企業秩序は、通常、労働者の職場内又は職務遂行に関係のある行為を規制することにより維持しうるのであるが、職場外でされた職務遂行に関係のない労働者の行為であっても、企業の円滑な運営に支障を来すおそれがあるなど企業秩序に関係を有するものもあるのであるから、使用者は、企業秩序の維持確保のために、そのような行為をも規制の対象とし、これを理由として労働者に懲戒を課することも許されるのであり(最高裁昭和49b年2月28日第一小法廷判決=国鉄中国支社事件参照)、右のような場合を除き、労働者は、その職場外における職務遂行に関係のない行為について、使用者による規制を受けるべきいわれはないものと解するのが相当である。
 これを本件についてみるのに、右ビラの内容が大部分事実に基づかず、又は事実を誇張歪曲してY社を非難攻撃し、全体としてこれを中傷誹謗するものであり、右ビラの配布により労働者の会社に対する不信感を醸成して企業秩序を乱し、又はそのおそれがあったものとした原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、是認することができないではなく、その過程に所論の違法があるものとすることはできない。そして、原審の右認定判断に基づき、上に述べ来ったところに照らせば、Xによる本件ビラの配布は、就業時間外に職場外であるY社の従業員住宅において職務遂行に関係なく行われたものではあるが、前記就業規則所定の懲戒事由にあたると解することができ、これを理由としてXに対して懲戒として譴責を課したことは懲戒権者に認められる裁量権の範囲を超えるものとは認められないというべきであり、これと同旨の原審の判断は正当である。


フジ興産事件(平成15年最高裁第二小法廷判決)

(事実の概要)
 工場の設計等を業とするY社は、昭和61年に旧就業規則を作成し、労働者代表の同意を得て所轄労働基準監督署長に届け出ていた。Y社は平成6年4月1日から新たな就業規則を実施することとし、同年6月2日、労働者代表の同意を得た上で同8日に所轄労働基準監督署長に届け出た。各規則には懲戒解雇事由が定められており、所定事由があれば懲戒解雇することができる旨定めていた。
 Y社は同年6月15日、同社で設計業務に従事していた労働者Xが、「得意先の担当者らの要望に十分応じず、トラブルを発生させたり、上司の指示に対して反抗的担度をとり、上司に暴言を吐くなどして職場の秩序を乱したりした」との理由で、新たな就業規則の懲戒解雇に関する規定を適用してXを懲戒解雇処分に付した。Xは、本件解雇以前にY社の担当者に対して、自らに適用される就業規則について質問したが、その時点では旧就業規則がXの就労場所に備え付けられておらず、当該担当者は、就業規則は本社に置いてあるから見ることができると回答した。
 Xは、本件懲戒解雇は就業規則に違反して無効であると主張し、従業員たる地位の確認、未払賃金の支払及び損害賠償を請求した。1審は諸般の事情に照らせばXの解雇はやむを得ないとして、割増賃金の未払部分についての支払のみ認容した。2審は概ね1審を支持したことからXが上告したもの。

(判決の要旨)
 使用者が労働者を懲戒するには、あらかじめ就業規則において懲戒の種別及び事由を定めておくことを要する(最高裁昭和54年10月30日第三小法廷判決=国鉄札幌運転区(国労札幌支部)事件参照)。そして、就業規則が法的規範としての性質を有する(最高裁昭和43年12月25日大法廷判決=秋北バス事件)ものとして、拘束力を生ずるためには、その内容を適用を受ける事業場の労働者に周知させる手続が採られていることを要するものというべきである。
 原審は、Y社が、労働者代表の同意を得て旧就業規則を制定し、これを所轄労働基準監督署長に届け出た事実を確定したのみで、その内容を<Xの勤務している事業場>の労働者に周知させる手続が採られていることを認定しないまま、旧就業規則に法的規範としての効力を肯定し、本件懲戒解雇が有効であると判断している。原審のこの判断には、審理不尽の結果、法令の適用を誤った違法があり、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。


ダイハツ工業事件(昭和58年最高裁第二小法廷判決)

(事実の概要)
 自動車製造を業とするY社の工員であったXは、日米間の沖縄返還協定をめぐるデモに参加し、凶器準備集合等の嫌疑で現行犯逮捕・勾留され、その間Y社を欠勤した。その後Xは出勤したが、Y社が事情聴取のために命じた労務課への出頭を無視し、従前の職場で作業を行い続けたことから、Y社はXに自宅待機を命じた。しかしXは連日にわたってY社工場に立ち入ろうとして警士(警備員)とトラブルを繰り返したため、Y社はXを20日間の出勤停止処分とした。Xは出勤停止期間中も工場に立ち入ろうとして警士ともみ合ったほか、Y社の門前で抗議ビラの配布を行った。そこでY社は、前記出勤停止処分の後に、再度Xを20日間の出勤停止処分に付した。2回目の出勤停止処分が満了する日に、Y社は、Xの働く適当な職場がないとして無期限の自宅待機命令をなしたが、Xは当該待機命令中、工場に立ち入って、これを排除しようとする警士ともみ合いになり、ベルトコンベアが3分間停止する事態となった。また、別の日には同様に工場に立ち入り、警士に対して打撲傷を与えた。Y社はこれらの事態に対し、Xを懲戒解雇した。
 Xは従業員としての地位の確認を求めて出訴した。1審及び2審は1回目の出勤停止処分を有効としたが、2回目の出勤停止処分及び懲戒解雇については無効と判示した。これに対してY社が上告したものである。

(判決の要旨)
 本件第二次出勤停止処分及び本件懲戒解雇がいずれも権利濫用に当たるとする原審の判断は、首肯することができない。
 思うに、使用者の懲戒権の行使は、当該具体的事情の下において、それが客観的に合理的理由を欠き社会通念上相当として是認することができない場合に初めて権利の濫用として無効になると解するのが相当である。
 このような見地に立って、まず本件第二次出勤停止処分をみると、<中略>本件第一次出勤停止処分の対象となった一連の就労を要求する行為とその目的、態様等において著しく異なるところはないにしても、より一層激しく悪質なものとなり、警士が負傷するに至っていることと、Xは本件第一次出勤停止処分を受けたにもかかわらず何らその態様を改めようとせず、右処分は不当で承服できないとしてこれに執拗に反発し、その期間中工場の門前に現れて右処分の不当を訴えるビラを配布するという挙に出たこととを併せ考えると、本件第二次出勤停止処分は、必ずしも合理的理由を欠くものではあく、社会通念上相当として是認できないものではないといわなければならず、これを目して権利の濫用であるとすることはできない。
 次に、本件懲戒解雇について考えるに、<中略>Xは、実力を行使して工場構内に入構しようとし、そのため多数の警士に傷害を負わせ、更に一時的にもせよ工場内のベルトコンベアを停止せざるをえないような事態を招いているのである。<中略>警士が負傷する可能性のあることはXにも当然予見できたことといわなければならない。しかるに、Xは、あえてこのような実力による就労という行動に出ているのである。<原審ではベルトコンベアの停止による被害は微少であると認定しているが、>Xの行為により工場の業務そのものにまでかかる具体的な被害が招来されたことは、むしろ極めて重大な事態といわなければならない。自宅待機命令が必ずしも適切なものではなく、Xが右命令は不当なものであると考えたとしても、その撤回を求めるためには社会通念上許容される限度内での適切な手段方法によるほかはないのであって、Xの行為は企業秩序を乱すこと甚だしく、職場規律に反すること著しいものであり、それがいかなる動機、目的の下にされたものであるにせよ、これを容認する余地はない。
<中略>
 以上のようなXの行為の性質、態様、結果及び情状並びにこれに対するY社の対応等に照らせば、Y社がXに対し本件懲戒解雇に及んだことは、客観的にみても合理的理由に基づくものというべきであり、本件懲戒解雇は社会通念上相当として是認することができ、懲戒権を濫用したものと判断することはできないといわなければならない。


<整理解雇に関する裁判例>

ナショナル・ウエストミンスター銀行事件(平成12年東京地裁決定)

(事案の概要)
 Xは、昭和58年に、外資系銀行のYに入社し、貿易担当業務を担当していた。
 平成9年当時、Yは経営方針転換により、貿易担当業務から撤退し、その統括部門であるGTBS(グローバル・トレード・バンキング・サービス)部門の閉鎖を決定した。同部門の閉鎖により、Xのポジションが消滅するが、Yは、Xを配転させ得るポジションは存在しないとして、Xに対し一定額の金銭の支給及び再就職活動の支援を内容とする退職条件を提示し、雇用契約の合意解約を申し入れた。しかし、Xはこれを拒否し、Yでの雇用の継続を望んだため、Yは他部署のクラークのポジションを提案したが、Xがこれも受け入れなかった。そこで、YはXに対し、普通解雇する旨の意思表示を行った。

(決定の要旨)
 GTBS部門閉鎖の決定は、リストラクチャリング(事業の再構築)の一環であるところ、このような事業戦略にかかわる経営判断は、高度に専門的なものであるから、基本的に、企業の意思決定機関における決定を尊重すべきものであり、リストラクチャリングの目的からすれば、経営が現に危機的状態かどうかにかかわらず、余剰人員の削減が俎上に上ることは必然ともいえる一方、余剰人員として雇用契約の終了を余儀なくされる労働者にとっては、再就職までの当面の生活の維持に重大な支障を来すことは必定であり、余剰人員を他の分野で活用することが企業経営上合理的であると考えられる限り極力雇用の維持を図るべきで、雇用契約の解消について合理的な理由があると認められる場合であっても、労働者の当面の生活維持及び再就職の便宜のための相当の配慮とともに、雇用契約を解消せざるを得なくなった事情について労働者の納得を得るための説明など、誠意をもった対応が求められるとした上で、いわゆる整理解雇の四要件は、整理解雇の範疇に属すると考えられる解雇について解雇権の濫用に当たるかどうかを判断する際の考慮要素を類型化したものであって、各々の要件が存在しなければ法律効果が発生しないという意味での法律要件ではなく、解雇権濫用の判断は、本来事案ごとの個別具体的な事情を総合考慮して行うほかないものである。

 Yとしては、Xとの雇用契約を従前の賃金水準を維持したまま他のポジションに配転させることができなかったのであるから、Xとの雇用契約を継続することは、現実的には、不可能であったということができ、したがって、Xとの雇用契約を解消することには、合理的な理由があるものと認められる。

 Yは、平成9年4月のXに対する雇用契約の合意解約の申し入れに際し、就業規則所定の退職金約800万円に対して特別退職金等約2330万円余の支給を約束し、同年9月の解雇通告に際し約335万円を上乗せし、同年10月には退職金名目で1870万円余をXの銀行口座に振り込んでいるが、これはXの年収が1052万円余であることに照らし、相当の配慮を示した金額である。さらに、YはXの再就職が決まるまでの間の就職斡旋会社のための費用を無期限で支払うことを約束しており、YはXの当面の生活維持及び再就職の便宜のために相応の配慮をしたものと評価できる。
 また、Yは、サービゼズの経理部におけるクラークのポジションを年収650万円でXに提案したが、当時、同ポジションには年収450万円の契約社員が十分に満足のいく仕事をしていたところ、退職予定のない同人を解雇してまでXにポジションを与えるべく提案をしたものであり、これに加えて、賃金減少分の補助として退職後1年間について200万円の加算支給の提案をするなど、Yはできるかぎり誠意をもってXに対応したものといえる。
 以上のとおり、Xとの雇用契約を解消することには合理的な理由があり、Yは、債権者の当面の生活維持及び再就職の便宜のために相応の配慮を行い、かつ雇用契約を解消せざるを得ない理由についても債権者に繰り返し説明するなど、誠意をもった対応をしていること等の諸事情を併せ考慮すれば、未だ本件解雇をもって解雇権の濫用であるとはいえない。


山田紡績事件(平成18年名古屋高裁判決)

(事案の概要)
 大正2年創業のY社は、紡績業と不動産業を営んでいたが、平成12年10月に名古屋地裁に民事再生手続開始を申し立てたところ、同地裁は同年11月15日に再生手続開始決定をした。これを受けてYは紡績業の廃止と、原告Xら105名を含む紡績業に従事する従業員のほぼ全員を事業部門閉鎖を理由に解雇したため、Xらが本件解雇は解雇権濫用に当たるとして、労働契約上の地位にあることの確認と未払賃金、将来の賃金の支払を求めた。

(判決の要旨)
 控訴審における控訴人の主張は、(4要素に照らして)いずれも採用することができず、原判決の判断を左右するものではなく、原判決に説示のとおりの理由により整理解雇を無効であるとした。

(原判決の要旨)
 本件解雇は、労働者に帰責性なく、紡績業の廃業という経営上の理由によってされた解雇であり、しかも、被告が破産手続を申し立て、破産宣告がされた結果、管財人による解雇が行われた場合とも異なるものである。そうすると、本件解雇は、整理解雇に当たり、これまでの判例法理によって形成されてきたいわゆる整理解雇法理が適用されると解される。
 本件解雇が整理解雇法理の適用を免れない以上、本件解雇が有効となるには、被告がこの解雇事由に当たることを主張立証しただけでは足りず、さらに、整理解雇法理の適用を受けて、その法理を充たすことが必要であると解される。
 (中略)本件解雇は、解雇した従業員が100人を超える大規模なものであるにもかかわらず、Y会長がその独断で行ったものであり、かつ、その判断は、民事再生法等に違反する不正がないかを監督するにすぎないH監査委員やその補助者であるK公認会計士の意見を強引に自己の見解の裏付けとして解釈し、いわばそれらを口実にしてされたものであって、いわゆる整理解雇法理の第1要素(人員削減の必要性)を完全には充足していないばかりか、第2要素(解雇回避努力義務の履践)、第3要素(被解雇者選定基準の合理性)及び第4要素(解雇手続の妥当性)については全くこれを充たしておらず、しかも、その検討すら全く行っていないものである。したがって、本件解雇は、これまで裁判例等により形成されてきた整理解雇法理をないがしろにするものであって、極めて乱暴な解雇であるといわざるを得ず、解雇権の濫用に当たり無効というべきである。

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