主な裁判例

<安全配慮義務に関する裁判例>
 陸上自衛隊事件(昭和50年最高裁第三小法廷判決)
 川義事件(昭和57年最高裁第三小法廷判決)

<出向に関する裁判例>
 日東タイヤ事件(昭和48年最高裁第二小法廷判決)
 新日本製鐵(日鐵運輸第二)事件(平成15年最高裁第二小法廷判決)
 ゴールド・マリタイム事件(平成4年最高裁第二小法廷判決)

<転籍に関する判例>
 日立製作所横浜工場事件(昭和48年最高裁第一小法廷判決)

<懲戒に関する裁判例>
 フジ興産事件(平成15年最高裁第二小法廷判決)
 国鉄札幌運転区(国労札幌支部)事件(昭和54年最高裁第三小法廷判決)
 ダイハツ工業事件(昭和58年最高裁第二小法廷判決)

<整理解雇に関する裁判例>
 東洋酸素事件(昭和54年東京高裁判決)
 ウォタマン事件(昭和57年大阪地裁決定)
 ナショナル・ウエストミンスター銀行事件(平成12年東京地裁決定)
 労働大学(本訴)事件(平成14年東京地裁判決)
 山田紡績事件(平成18年名古屋高裁判決)



<安全配慮義務に関する裁判例>

陸上自衛隊事件(昭和50年最高裁第三小法廷判決)

(事案の概要)
 陸上自衛隊員Aは、自衛隊内の車両整備工場で車両整備中、後退してきたトラックにひかれて死亡した。これに対し、Aの両親Xらは、国Yに対し、Yは使用者として、自衛隊員の服務につき、その生命に危険が生じないように注意し、人的物的環境を整備し、隊員の安全管理に万全を期すべき義務を負うにもかかわらず、これを怠ったとして、債務不履行に基づく損害賠償を求めて訴えをおこした。

(判決の要旨)
 思うに、国と国家公務員(以下「公務員」という。)との間における主要な義務として、法は、公務員が職務に専念すべき義務(国家公務員法101条1項前段、自衛隊法60条1項等)並びに法令及び上司の命令に従うべき義務(国家公務員法98条1項、自衛隊法56条、57条等)を負い、国がこれに対応して公務員に対し給与支払義務(国家公務員法62条、防衛庁職員給与法4条以下等)を負うことを定めているが、国の義務は右の給付義務にとどまらず、国は、公務員に対し、国が公務遂行のために設置すべき場所、施設もしくは器具等の設置管理又は公務員が国もしくは上司の指示のもとに遂行する公務の管理にあたつて、公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務(以下「安全配慮義務」という。)を負つているものと解すべきである。もとより、右の安全配慮義務の具体的内容は、公務員の職種、地位及び安全配慮義務が問題となる当該具体的状況等によつて異なるべきものであり、自衛隊員の場合にあつては、更に当該勤務が通常の作業時、訓練時、防衛出動時(自衛隊法76条)、治安出動時(同法78条以下)又は災害派遣時(同法83条)のいずれにおけるものであるか等によつても異なりうべきものであるが、国が、不法行為規範のもとにおいて私人に対しその生命、健康等を保護すべき義務を負つているほかは、いかなる場合においても公務員に対し安全配慮義務を負うものではないと解することはできない。けだし、右のような安全配慮義務は、ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入つた当事者間において、当該法律関係の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務として一般的に認められるべきものであつて、国と公務員との間においても別異に解すべき論拠はなく、公務員が前記の義務を安んじて誠実に履行するためには、国が、公務員に対し安全配慮義務を負い、これを尽くすことが必要不可欠であり、また、国家公務員法93条ないし95条及びこれに基づく国家公務員災害補償法並びに防衛庁職員給与法27条等の災害補償制度も国が公務員に対し安全配慮義務を負うことを当然の前提とし、この義務が尽くされたとしてもなお発生すべき公務災害に対処するために設けられたものと解されるからである。



川義事件(昭和57年最高裁第三小法廷判決)

(事案の概要)
 宿直勤務中の従業員が盗賊に殺害された事故につき会社に安全配慮義務の違背に基づく損害賠償責任があるとされた事例

(判決の要旨)
 雇傭契約は、労働者の労務提供と使用者の報酬支払をその基本内容とする双務有償契約であるが、通常の場合、労働者は、使用者の指定した場所に配置され、使用者の供給する設備、器具等を用いて労務の提供を行うものであるから、使用者は、右の報酬支払義務にとどまらず、労働者が労務提供のため設置する場所、設備もしくは器具等を使用し又は使用者の指示のもとに労務を提供する過程において、労働者の生命及び身体等を危険から保護するよう配慮すべき義務(以下「安全配慮義務」という。)を負つているものと解するのが相当である。もとより、使用者の右の安全配慮義務の具体的内容は、労働者の職種、労務内容、労務提供場所等安全配慮義務が問題となる当該具体的状況等によつて異なるべきものであることはいうまでもないが、これを本件の場合に即してみれば、上告会社は、A一人に対し昭和53年8月13日午前9時から24時間の宿直勤務を命じ、宿直勤務の場所を本件社屋内、就寝場所を同社屋一階商品陳列場と指示したのであるから、宿直勤務の場所である本件社屋内に、宿直勤務中に盗賊等が容易に侵入できないような物的設備を施し、かつ、万一盗賊が侵入した場合は盗賊から加えられるかも知れない危害を免れることができるような物的施設を設けるとともに、これら物的施設等を十分に整備することが困難であるときは、宿直員を増員するとか宿直員に対する安全教育を十分に行うなどし、もつて右物的施設等と相まつて労働者たるAの生命、身体等に危険が及ばないように配慮する義務があつたものと解すべきである。



<出向に関する裁判例>

日東タイヤ事件(昭和48年最高裁第二小法廷判決)

(事案の概要)
 上告人Y会社は、従業員である被上告人Xに対しY会社の系列代理店である訴外A会社に出向を命じたところ、Xがこれを拒否したので、業務命令違反を理由にこれを懲戒解雇した。Y会社においては、出向に関しては休職規定において、出向その他特命による業務処理のために必要があるときの特命休職の規定があるものの、就業規則においては従業員の出向義務自体についての明文の規定はなかった。

(判決の要旨)
 原審の認定判断は、相当として是認することができ、このことは、就業規則の性質を所論のように法規範と解するかどうかによって左右されるものではない。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

(原判決の要旨)
 Y会社の定める就業規則には従業員の休職については別に定める休職規程によるとだけ定め(62条)、その休職規程によれば、休職に該当する場合の一として他社出向その他特命による業務処理のために必要があるときに特命休職を命ずることを定め、休職期間、休職期間中の給与、復職についてそれぞれ2ないし5条で簡単に定めていることが認められるが、従業員の出向義務自体についての明文の規定はなく、労働者の同意なしに一方的に出向をYが命じうる根拠を示す証拠はないといわなければならない。
 いわゆる移籍出向と称せられるものを除いて出向は、なんらかの関連性ある、多くは資本と業務の面で緊密な関係をもつ会社間における人事移動であって、出向元会社の従業員である身分を保有しながら、すなわち休職という形のまま、出向先会社で勤務する雇傭状態であって、指揮命令権の帰属者を変更することである。これは本来重要な、しかも多くの場合不利益な労働条件の変更であり、労働協約の内容として定められていない場合は、労働者個人との合意のもとに行われるべきものである。つまり、一定の労働条件の枠中においてのみ労務を提供するにとどまる労働契約の中では、出向について特別の約定を定めていない限り(すなわち、労働者の同意のない限り)、使用者は労働者に対して出向を当然に命令することはできないものというべきである(なお、民法625条、労働基準法1条、2条1項、15条1項参照)。仮に就業規則に契約の効力の変更を認める見解によるとしても、就業規則に明白に出向義務を規定する必要があるといわなければならない。
 従って、本件出向を命じた業務命令は労働契約を超えた事実上の命令であって、出向者の承諾のない限り効力をもたないものというべきであり、右命令を拒んだことに由来する本件懲戒解雇は、その余の判断をまつまでもなく、違法であって、無効といわなければならない。



新日本製鐵(日鐵運輸第二)事件(平成15年最高裁第二小法廷判決)

(事案の概要)
 X1、X2は、Y会社に入社し、製鉄所内の構内鉄道輸送業務に従事していた。Yは業界全体の不況に際し、業務委託と出向を内容とする再構築計画を策定し、各対象者に承諾を求めるという方法で出向者を決定した。しかし、X1、X2は同意しなかった。Yは組合の了解を得た上で、X1、X2に出向を命令した。

(判決の要旨)
 原審の適法に確定した事実関係によれば、(1)本件各出向命令は、Yが製鉄所内の構内輸送業のうち鉄道輸送部門の一定の業務を協力会社であるA社に業務委託することに伴い、委託される業務に従事していたXらにいわゆる在籍出向を命ずるものであること、(2)Xらの入社時及び本件各出向命令発令時のYの就業規則には、「会社は従業員に対し業務上の必要によって社外勤務させることがある。」という規定があること、(3)Xらに適用される労働協約にも社外勤務条項として同旨の規定があり、労働協約である社外勤務協定において、社外勤務の定義、出向期間、出向中の社員の地位、賃金、退職金、各種の出向手当、昇格・昇給等の査定その他処遇等に関して出向労働者の利益に配慮した詳細な規定が設けられていること、という事情がある。
 以上のような事情の下においては、YはXらに対し、その個別的合意なしに、Yの従業員としての地位を維持しながら出向先であるA社においてその指揮監督の下に労務を提供することを命ずる本件各出向命令を発令することができるというべきである。

 本件各出向命令が権利の濫用にあたるかどうかについて判断する。
 Yが構内輸送業のうち鉄道輸送部門の一定の業務をA社に委託することとした経営判断が合理性を欠くものとはいえず、これに伴い、委託される業務に従事していたYの従業員につき出向措置を講ずる必要があったということができ、出向措置の対象となる者の人選基準には合理性があり、具体的な人選についてもその不当性をうかがわせるような事情はない。また、本件各出向命令によってXらの労務提供先は変わるものの、その従事する業務内容や勤務場所には何らの変更はなく、上記社外勤務協定による出向中の社員の地位、賃金、退職金、各種の出向手当、昇格・昇給等の査定その他処遇等に関する規定等を勘案すれば、Xらがその生活関係、労働条件等において著しい不利益を受けるものとはいえない。そして、本件各出向命令の発令に至る手続に不相当な点があるともいえない。これらの事情にかんがみれば、本件各出向命令が権利の濫用に当たるということはできない

 以上のとおりであるから、所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができる。



ゴールド・マリタイム事件(平成4年最高裁第二小法廷判決)

(事案の概要)
 管理職であった者に対して勤務中の所在不明、無断早退等を理由としてなされた懲戒解雇が裁判上その効力を否定され、復職させることになったが、会社内に配置すべきポストがないとして下請企業への出向を命じたのに対し拒否されたため解雇された事例について「会社は従業員に対し、他の会社または団体に出向して勤務させることがある」旨の就業規則に基づく取引先会社への出向命令につき、業務上の必要性、人選の合理性に欠けるため権利濫用にあたり無効とした原判決が維持された事例。

(判決の要旨)
 所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

(原判決の要旨)
 改正就業規則において新たに出向に関する規定をもうけたことは、従業員にとって労働条件の不利益な変更にあたるというべきであるとしても、右規定は、労働組合との協議を経て締結された本件労働協約に基づくものであるのみならず、その内容において、出向先を限定し、出向社員の身分、待遇等を明確に定め、これを保証しているなど合理的なものであって、関連企業との提携の強化をはかる必要が増大したことなど控訴人の経営をめぐる諸般の事情を総合すれば、出向に関する改正就業規則及び出向規程の各規定はいずれも有効なものというべきであり、その運用が規定の趣旨に即した合理的なものである限り、従業員の個別の承諾がなくても、控訴人の命令によって従業員に出向義務が生じ、正当な理由がなくこれを拒否することは許されないものと解するのが相当である。
(中略)
 以上を総合すると、控訴人のなした本件出向命令には、その業務上の必要性、人選上の合理性があるとは到底認められず、むしろ、協調性を欠き勤務態度が不良で管理職としての適性を欠くと認識していた被控訴人を、出向という手段を利用して控訴人の職場から放逐しようとしたものと推認せざるを得ない。
 なお、控訴人は、当審における主張2において、控訴人とA商会との間には昭和63年4月以降資本面ないし役員面での提携をはかり、本店所在地をA商会ビル内に移転したことを理由に本件出向命令の合理性、必要性をいうが、本件出向命令発令後三年余を経て生じたこれらの事情によって、その合理性、必要性を根拠づけることは相当ではなく、右主張は失当である。
 そうすると、本件出向命令は業務上の必要があってなされたものではなく、権利の濫用に当たり、同命令は無効というべきである。



<転籍に関する判例>

日立製作所横浜工場事件(昭和48年最高裁第一小法廷判決)

(事実の概要)
 Xは昭和36年4月1日以来Y会社の横浜工場の従業員であったが、昭和45年8月5日、Y会社が系列会社であるZ会社に同月6日付けで転属させる意向をXに対して伝えたところ、Xは同月11日にZ会社で働くことを承諾した。しかし、同じ日に、Z会社はXに対して雇うことが出来ない旨の通知をし、また、Y会社も、Xを同月5日付けで退職したものとして取扱い、Xが横浜工場の従業員であることを否定した。

(判決の要旨)
 原審が労働者であるXの承諾があってはじめて右転属が効力を生ずるものとした判断は、相当として是認することができる。

(原判決の要旨)
 本件転属は、Xの承諾があって、初めて効力を生ずるものというべく、Xは、本件転属はZ会社がXを雇うことを条件とするY会社とXとの間の労働契約の合意解約である旨主張するけれども、これを認めるに足る証拠なく、本件転属がY会社のXとの間の労働契約上の地位の譲渡であり、Y会社とZ会社との間の本件転属に関する合意が成立した以上、Xがこれを承諾すれば、Y会社のXとの間の労働契約上の地位は直ちにZ会社に移転するから、XはY会社の従業員たる地位を失うと同時に、当然Z会社の従業員たる地位を取得するものというべく、その間に改めてZ会社との間に労働契約を結ぶ余地のないことは明白である。

 Z会社で支障なく就労できることが本件転属承諾の要素となっていたことは明白であるところ、XはZ会社で就労させてもらえるものと信じて本件転属を承諾したのに、当時すでにZ会社ではその就労拒否を決定していたのであるから、右承諾は要素に錯誤があり、無効といわざるを得ない。



<懲戒に関する裁判例>

フジ興産事件(平成15年最高裁第二小法廷判決)

(事実の概要)
 工場の設計等を業とするY社は、昭和61年に旧就業規則を作成し、労働者代表の同意を得て所轄労働基準監督署長に届け出ていた。Y社は平成6年4月1日から新たな就業規則を実施することとし、同年6月2日、労働者代表の同意を得た上で同8日に所轄労働基準監督署長に届け出た。各規則には懲戒解雇事由が定められており、所定事由があれば懲戒解雇することができる旨定めていた。
 Y社は同年6月15日、同社で設計業務に従事していた労働者Xが、「得意先の担当者らの要望に十分応じず、トラブルを発生させたり、上司の指示に対して反抗的担度をとり、上司に暴言を吐くなどして職場の秩序を乱したりした」との理由で、新たな就業規則の懲戒解雇に関する規定を適用してXを懲戒解雇処分に付した。Xは、本件解雇以前にY社の担当者に対して、自らに適用される就業規則について質問したが、その時点では旧就業規則がXの就労場所に備え付けられておらず、当該担当者は、就業規則は本社に置いてあるから見ることができると回答した。
 Xは、本件懲戒解雇は就業規則に違反して無効であると主張し、従業員たる地位の確認、未払賃金の支払及び損害賠償を請求した。1審は諸般の事情に照らせばXの解雇はやむを得ないとして、割増賃金の未払部分についての支払のみ認容した。2審は概ね1審を支持したことからXが上告したもの。

(判決の要旨)
 使用者が労働者を懲戒するには、あらかじめ就業規則において懲戒の種別及び事由を定めておくことを要する(最高裁昭和54年10月30日第三小法廷判決=国鉄札幌運転区(国労札幌支部)事件参照)。そして、就業規則が法的規範としての性質を有する(最高裁昭和43年12月25日大法廷判決=秋北バス事件)ものとして、拘束力を生ずるためには、その内容を適用を受ける事業場の労働者に周知させる手続が採られていることを要するものというべきである。
 原審は、Y社が、労働者代表の同意を得て旧就業規則を制定し、これを所轄労働基準監督署長に届け出た事実を確定したのみで、その内容を<Xの勤務している事業場>の労働者に周知させる手続が採られていることを認定しないまま、旧就業規則に法的規範としての効力を肯定し、本件懲戒解雇が有効であると判断している。原審のこの判断には、審理不尽の結果、法令の適用を誤った違法があり、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。



国鉄札幌運転区(国労札幌支部)事件(昭和54年最高裁第三小法廷判決)

(事実の概要)
 Y(国鉄)の労働組合員であるXらは、春闘に向けたアピールのために、旅客が立ち入らない場所に備え付けられたロッカー約300個に、縦40cm、横13cmのビラを1枚から2枚ずつセロハンテープで貼付した。Yは組合に対して、組合掲示板以外の場所に文書を掲示することを禁じていたため、Xらの行動に対してもこれを現認した駅助役らが制止したが、Xらはこの制止に従わなかった。よってYはXらを就業規則所定の懲戒事由に該当するとして戒告処分に付した。
 Xらは当該処分の無効の確認を求めて出訴した。1審はXらの請求を棄却したが、2審はXらの行為がYの業務を阻害しなかったことを重視し、ビラ貼りの正当性を認め、Yの処分を無効とした。これに対してYが上告したものである。

(判決の要旨)
 思うに、企業は、その存立を維持し目的たる事業の円滑な運営を図るため、それを構成する人的要素及びその所有し管理する物的施設の両者を総合し合理的・合目的的に配備組織して企業秩序を定立し、この企業秩序のもとにその活動を行なうものであって、企業は、その構成員に対してこれに服することを求めるべく、その一環として、職場環境を適正良好に保持し規律のある業務の運営態勢を確保するため、その物的施設を許諾された目的以外に利用してはならない旨を、一般的に規則をもって定め、または具体的に指示、命令することができ、これに違反する行為をする者がある場合には、企業秩序を乱すものとして、当該行為者に対し、その行為の中止、原状回復等必要な指示、命令を発し、又は規則に定めるところに従い制裁として懲戒処分を行うことができるもの、と解するのが相当である。

 本件ビラの貼付が行われたロッカーはYの所有し管理する物的施設の一部を構成するものであり、Yの職員は、その利用を許されてはいるが、本件のようなビラを貼付することは許されておらず、また、Xらの所属する国労も、Yの施設内にその掲示板を設置することは認められているが、それ以外の場所に組合の文書を掲示することは禁止されている、というのであるから、Xらが、たとえ組合活動として行う場合であっても、本件ビラを右ロッカーに貼付する権限を有するものでないことは、明らかである。<中略>
 Xらの本件ビラ貼付行為は、職場環境を適正良好に保持し規律のある業務の運営態勢を確保しうるように当該施設を管理利用する使用者の権限を侵し、Yの企業秩序を乱すものとして、正当な組合活動であるとすることはできず、これに対しXらの上司が既述のようにその中止等を命じたことを不法不当なものとすることはできない。
 そして、日本国有鉄道法31条1項1号は、職員がYの定める業務上の規程に違反した場合に懲戒処分をすることができる旨を定め、これを受けて、Yの就業規則66条は、懲戒事由として「上司の命令に服従しないとき」(3号)、「その他著しく不都合な行いのあったとき」(17号)と定めているところ、前記の事実によれば、Xらは上司から再三にわたりビラ貼りの中止等を命じられたにもかかわらずこれを公然と無視してビラ貼りに及んだものであって、Xらの各行動は、それぞれYの就業規則66条3号及び17号所定の懲戒事由に該当するものというべきである。



ダイハツ工業事件(昭和58年最高裁第二小法廷判決)

(事実の概要)
 自動車製造を業とするY社の工員であったXは、日米間の沖縄返還協定をめぐるデモに参加し、凶器準備集合等の嫌疑で現行犯逮捕・勾留され、その間Y社を欠勤した。その後Xは出勤したが、Y社が事情聴取のために命じた労務課への出頭を無視し、従前の職場で作業を行い続けたことから、Y社はXに自宅待機を命じた。しかしXは連日にわたってY社工場に立ち入ろうとして警士(警備員)とトラブルを繰り返したため、Y社はXを20日間の出勤停止処分とした。Xは出勤停止期間中も工場に立ち入ろうとして警士ともみ合ったほか、Y社の門前で抗議ビラの配布を行った。そこでY社は、前記出勤停止処分の後に、再度Xを20日間の出勤停止処分に付した。2回目の出勤停止処分が満了する日に、Y社は、Xの働く適当な職場がないとして無期限の自宅待機命令をなしたが、Xは当該待機命令中、工場に立ち入って、これを排除しようとする警士ともみ合いになり、ベルトコンベアが3分間停止する事態となった。また、別の日には同様に工場に立ち入り、警士に対して打撲傷を与えた。Y社はこれらの事態に対し、Xを懲戒解雇した。
 Xは従業員としての地位の確認を求めて出訴した。1審及び2審は1回目の出勤停止処分を有効としたが、2回目の出勤停止処分及び懲戒解雇については無効と判示した。これに対してY社が上告したものである。

(判決の要旨)
 本件第二次出勤停止処分及び本件懲戒解雇がいずれも権利濫用に当たるとする原審の判断は、首肯することができない。
 思うに、使用者の懲戒権の行使は、当該具体的事情の下において、それが客観的に合理的理由を欠き社会通念上相当として是認することができない場合に初めて権利の濫用として無効になると解するのが相当である。
 このような見地に立って、まず本件第二次出勤停止処分をみると、<中略>本件第一次出勤停止処分の対象となった一連の就労を要求する行為とその目的、態様等において著しく異なるところはないにしても、より一層激しく悪質なものとなり、警士が負傷するに至っていることと、Xは本件第一次出勤停止処分を受けたにもかかわらず何らその態様を改めようとせず、右処分は不当で承服できないとしてこれに執拗に反発し、その期間中工場の門前に現れて右処分の不当を訴えるビラを配布するという挙に出たこととを併せ考えると、本件第二次出勤停止処分は、必ずしも合理的理由を欠くものではあく、社会通念上相当として是認できないものではないといわなければならず、これを目して権利の濫用であるとすることはできない。
 次に、本件懲戒解雇について考えるに、<中略>Xは、実力を行使して工場構内に入構しようとし、そのため多数の警士に傷害を負わせ、更に一時的にもせよ工場内のベルトコンベアを停止せざるをえないような事態を招いているのである。<中略>警士が負傷する可能性のあることはXにも当然予見できたことといわなければならない。しかるに、Xは、あえてこのような実力による就労という行動に出ているのである。<原審ではベルトコンベアの停止による被害は微少であると認定しているが、>Xの行為により工場の業務そのものにまでかかる具体的な被害が招来されたことは、むしろ極めて重大な事態といわなければならない。自宅待機命令が必ずしも適切なものではなく、Xが右命令は不当なものであると考えたとしても、その撤回を求めるためには社会通念上許容される限度内での適切な手段方法によるほかはないのであって、Xの行為は企業秩序を乱すこと甚だしく、職場規律に反すること著しいものであり、それがいかなる動機、目的の下にされたものであるにせよ、これを容認する余地はない。
<中略>
 以上のようなXの行為の性質、態様、結果及び情状並びにこれに対するY社の対応等に照らせば、Y社がXに対し本件懲戒解雇に及んだことは、客観的にみても合理的理由に基づくものというべきであり、本件懲戒解雇は社会通念上相当として是認することができ、懲戒権を濫用したものと判断することはできないといわなければならない。



<整理解雇に関する裁判例>

東洋酸素事件(昭和54年東京高裁判決)

(事案の概要)
 酸素・窒素等の製造販売を営むY社は、昭和44年下期に4億円余の累積赤字を計上した。その原因は、業者間の競争激化、石油溶断ガスの登場による価格下落、生産性の低さ等の問題を抱えるアセチレンガス製造部門であった。このためY社は同社川崎工場アセチレン部門の閉鎖を決定し、昭和45年7月24日、同年8月15日付けでXら13名を含む同部門の従業員全員について就業規則にいう「やむを得ない事業の都合によるとき」を理由として解雇する旨通告した。そこで、XらはY会社を相手に地位保全等の仮処分を申請した。なお、その際他部門への配転や希望退職募集措置などは採られず、また、就業規則や労働協約上にいわゆる人事同意約款は存在しなかった。

(判決要旨)
 解雇が労働者の生活に深刻な影響を及ぼすものであることにかんがみれば、企業運営上の必要性を理由とする使用者の解雇の自由も一定の制約を受けることを免れないものというべきである。
 特定の事業部門の閉鎖に伴い同事業部門に勤務する従業員を解雇するについて、それが就業規則にいう「やむを得ない事業の都合による」ものと言い得るためには、(1)同事業部門を閉鎖することが企業の合理的運営上やむを得ない必要に基づくものと認められる場合であること、(2)同事業部門に勤務する従業員を同一又は遠隔でない他の事業場における他の事業部門の同一又は類似職種に充当する余地がない場合、あるいは同配置転換を行ってもなお全企業的にみて剰員の発生が避けられない場合であって、解雇が特定事業部門の閉鎖を理由に使用者の恣意によってなされるものでないこと、(3)具体的な解雇対象者の選定が客観的、合理的な基準に基づくものであること、以上3個の要件を充足することを要し、特段の事情のない限り、それをもって足りるものと解するのが相当である。
 以上の要件を超えて、同事業部門の操業を継続するとき、又は同事業部門の閉鎖により企業内に生じた過剰人員を整理せず放置するときは、企業の経営が全体として破綻し、ひいては企業の存続が不可能になることが明らかな場合でなければ従業員を解雇し得ないものとする考え方には同調できない。
 なお、解雇につき労働協約又は就業規則上いわゆる人事同意約款又は協議約款が存在するにもかかわらず労働組合の同意を得ず又はこれと協議を尽くさなかったとき、あるいは解雇がその手続上信義則に反し、解雇権の濫用にわたると認められるとき等においては、いずれも解雇の効力が否定されるべきであるけれども、これらは、解雇の効力の発生を妨げる事由であって、その事由の有無は、就業規則所定の解雇事由の存在が肯定された上で検討されるべきものであり、解雇事由の有無の判断に当たり考慮すべき要素とはならないものというべきである。
 よって、先に述べた判断基準に照らして当該事案を検討すると、(1)について、同部門の業績不振は業界の構造的変化とY会社特有の生産能率の低さに帰因し、その原因の除去と収支改善は期待できず、(2)について、同部門従業員47名のうち46名は現業職であるから、配転の対象となる職種は現業職及びこれに類似する特務職に限られるが、かかる職種は当時他部門でも過員であり、近い将来欠員の発生の見込みはなく、配転先確保のため他部門で希望退職者を募集すべき義務があるかは、当時、求職難の時期であり全従業員を対象に希望退職者を募集すると同業他社から引き抜かれ、これに同部門従業員を配置すると当分の間作業能率が下がることは避けられない等の事情を勘案すると希望退職者を募集すべきであり、これにより同部門閉鎖によって生ずる余剰人員発生を防止することができたはずとはいえない。(3)について、同部門は独立した事業部門であって、その廃止で企業全体での過員数が増加したのであるから、管理職以外の同部門の全従業員を解雇の対象としたことは一定の客観的基準に基づく選定であり、その基準も合理性を欠くものではない。
 以上のとおりであるから、本件解雇は就業規則にいう「やむを得ない事業の都合による」ものということができ、本件解雇について就業規則上の解雇事由が存在することは、これを認めざるを得ないものというべきであり、他に同認定を妨げるべき特段の事情の存在は認められない。
 また当時Y社には人事同意約款等は存在せず、アセチレン部門が経営上放置し得ないほど赤字で廃止もあり得ることは繰り返し説明がなされていた。この事情のもとでは、Y社が組合と十分な協議を尽くさないで同部門の閉鎖と従業員の解雇を実行したとしても、特段の事情のない限り、本件解雇が労使間の信義則に反するとはいえない。



ウォタマン事件(昭和57年大阪地裁決定)

(事案の概要)
 営業部員である原告が経営不振を理由に整理解雇されたため、地位保全と賃金支払の仮処分を求めた事例。

(判決要旨)
 ところで、整理解雇はもっぱら使用者側に存する事由に基づいて労働者を一方的に解雇するものであるから、憲法上労働者のいわゆる生存権、労働権が保障されている趣旨にかんがみ、整理解雇が有効であるためには、(1)人員整理の必要性(企業が客観的に高度の経営危機にあり、解雇による人員削減が必要やむを得ないものであること)、(2)解雇回避努力(解雇を回避するための具体的な措置を講ずる努力が十分になされたこと)、(3)人選の合理性(被解雇者の選定が合理的に行われたこと)、(4)労働者に対する説明協議(人員整理の必要性と内容について労働者に対して誠実に説明を行い、かつ十分に協議して納得を得るよう努力を尽くしたこと)の4つの要件を具備充足することが必要不可欠であり、右要件のうち何れか一つでも欠く場合は、その整理解雇は無効であると解するのが相当である。



ナショナル・ウエストミンスター銀行事件(平成12年東京地裁決定)

(事案の概要)
 Xは、昭和58年に、外資系銀行のYに入社し、貿易担当業務を担当していた。
 平成9年当時、Yは経営方針転換により、貿易担当業務から撤退し、その統括部門であるGTBS(グローバル・トレード・バンキング・サービス)部門の閉鎖を決定した。同部門の閉鎖により、Xのポジションが消滅するが、Yは、Xを配転させ得るポジションは存在しないとして、Xに対し一定額の金銭の支給及び再就職活動の支援を内容とする退職条件を提示し、雇用契約の合意解約を申し入れた。しかし、Xはこれを拒否し、Yでの雇用の継続を望んだため、Yは他部署のクラークのポジションを提案したが、Xがこれも受け入れなかった。そこで、YはXに対し、普通解雇する旨の意思表示を行った。

(決定の要旨)
 GTBS部門閉鎖の決定は、リストラクチャリング(事業の再構築)の一環であるところ、このような事業戦略にかかわる経営判断は、高度に専門的なものであるから、基本的に、企業の意思決定機関における決定を尊重すべきものであり、リストラクチャリングの目的からすれば、経営が現に危機的状態かどうかにかかわらず、余剰人員の削減が俎上に上ることは必然ともいえる一方、余剰人員として雇用契約の終了を余儀なくされる労働者にとっては、再就職までの当面の生活の維持に重大な支障を来すことは必定であり、余剰人員を他の分野で活用することが企業経営上合理的であると考えられる限り極力雇用の維持を図るべきで、雇用契約の解消について合理的な理由があると認められる場合であっても、労働者の当面の生活維持及び再就職の便宜のための相当の配慮とともに、雇用契約を解消せざるを得なくなった事情について労働者の納得を得るための説明など、誠意をもった対応が求められるとした上で、いわゆる整理解雇の四要件は、整理解雇の範疇に属すると考えられる解雇について解雇権の濫用に当たるかどうかを判断する際の考慮要素を類型化したものであって、各々の要件が存在しなければ法律効果が発生しないという意味での法律要件ではなく、解雇権濫用の判断は、本来事案ごとの個別具体的な事情を総合考慮して行うほかないものである。

 Yとしては、Xとの雇用契約を従前の賃金水準を維持したまま他のポジションに配転させることができなかったのであるから、Xとの雇用契約を継続することは、現実的には、不可能であったということができ、したがって、Xとの雇用契約を解消することには、合理的な理由があるものと認められる。

 Yは、平成9年4月のXに対する雇用契約の合意解約の申し入れに際し、就業規則所定の退職金約800万円に対して特別退職金等約2330万円余の支給を約束し、同年9月の解雇通告に際し約335万円を上乗せし、同年10月には退職金名目で1870万円余をXの銀行口座に振り込んでいるが、これはXの年収が1052万円余であることに照らし、相当の配慮を示した金額である。さらに、YはXの再就職が決まるまでの間の就職斡旋会社のための費用を無期限で支払うことを約束しており、YはXの当面の生活維持及び再就職の便宜のために相応の配慮をしたものと評価できる。
 また、Yは、サービゼズの経理部におけるクラークのポジションを年収650万円でXに提案したが、当時、同ポジションには年収450万円の契約社員が十分に満足のいく仕事をしていたところ、退職予定のない同人を解雇してまでXにポジションを与えるべく提案をしたものであり、これに加えて、賃金減少分の補助として退職後1年間について200万円の加算支給の提案をするなど、Yはできるかぎり誠意をもってXに対応したものといえる。
 以上のとおり、Xとの雇用契約を解消することには合理的な理由があり、Yは、債権者の当面の生活維持及び再就職の便宜のために相応の配慮を行い、かつ雇用契約を解消せざるを得ない理由についても債権者に繰り返し説明するなど、誠意をもった対応をしていること等の諸事情を併せ考慮すれば、未だ本件解雇をもって解雇権の濫用であるとはいえない。



労働大学(本訴)事件(平成14年東京地裁判決)

(事案の概要)
 Yは、労働運動の強化等の労働者教育事業を行うことを目的するという団体であり、Xらは、昭和49年ないし昭和55年から、Yに雇用されている者である。
 Yは、昭和55年以降赤字経営が続いたため、賃金の減額、人員の削減、経費の削減等を実施したが、依然として赤字は解消せず、平成11年3月には希望退職の募集を行ったものの、応募者がいなかった。そこで、Yは、Xら3名に対し、平成11年11月25日、Yの就業規則26条4号「事業を廃止・縮小するなど、やむを得ない事業上の都合によるとき」に基づき、平成11年11月29日をもって解雇する旨の意思表示をした。

(判決の要旨)
 本件解雇は、Yの就業規則26条4号の「やむを得ない事業上の都合」を理由とするものであるところ、この事由による解雇は、使用者の側における事業上の都合を理由とするものであり、解雇される労働者の責めに帰することができないのに、一方的に収入を得る手段を奪われるものであって、労働者に重大な不利益をもたらすものである。したがって、一応は前記の解雇事由に該当する場合であっても、解雇が客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当として是認できないときは、解雇は権利の濫用として無効になると解すべきであり、これは、使用者において人員削減の必要性があったかどうか、解雇を回避するための努力を尽くしたかどうか、解雇対象者の選定が妥当であったかどうか、解雇手続が相当であったかどうか等の観点から具体的事情を検討し、これらを総合考慮して判断するのが相当である。

 Yは、現に倒産の危機にあったとはいえないが、従前のまま経営を続けると、近い将来存続が危ぶまれるような状況に陥る可能性が高かったといわざるを得ない。当時の社会情勢からみると、もはや売上げの増加を図ることは困難であったから、Yとしては、経営再建を実現するためには、まず経費を削減する方策を講じることが必要な状況にあったということができる。人員削減は、この経費削減のための一つの方策であるから、Yには何らかの人員削減の必要性があったと認められる。

 Yは、様々な方法で経費削減を実施したほか、平成11年3月、事務局職員を対象に希望退職者を募集したが、希望退職に応じた職員はいなかった。Yが希望退職者を募集した際に提示した退職金は180万円に過ぎなかったから、この条件で希望退職に応じる者が現れるとは期待しがたいが、Yの経営状況に照らすと、Yがこれ以上高額の退職金を提示することは困難と言わざるを得ない。そうすると、Yは、Xらの解雇を回避するために一応の努力をしたということができる。

 「適格性の有無」という人選基準は極めて抽象的であるから、これのみでは評価者の主観に左右され客観性を担保できないだけでなく、場合によっては恣意的な選定が行われるおそれがある。このような基準を適用する場合、評価の対象期間、項目、方法などの具体的な運用基準を設定した上で、できるだけ客観的に評価すべきである。
 しかし、Yが「適格性の有無」という人選基準について具体的な運用基準を設定した上で各職員の適格性の有無を検討したことの主張立証はない。YがXらの不適格性として主張するのは、Xらの勤務態度に関する個別の出来事であり、これが他の職員との比較でどのようであったかも判然としない。<中略>
 このように、「適格性の有無」という人選基準は抽象的なものであり評価者の主観により左右されやすいものであるところ、客観的合理性を担保する方法で評価が行われた形跡がないこと、Yがこのような人選基準の存在を本件訴訟前に説明しなかったことに合理的理由が見いだせないだけでなく、Yが本件解雇当時これとは異なる人選基準を適用するかのような説明をしていたことからすると、「適格性の有無」という人選基準によって人選の合理性を基礎付けることはできない。

 以上によれば、本件解雇当時のYの経営状況に照らすと、何らかの人員削減の必要性が認められ、Yは解雇を回避するための一応の努力をしたと評価することができるが、合理的な人選基準によりXら3名を解雇対象者として選定したとは認められない。
 Xらに対する本件解雇は、いずれも著しく不合理であり、社会的に相当とはいえないから、解雇権の濫用として無効というべきである。



山田紡績事件(平成18年名古屋高裁判決)

(事案の概要)
 大正2年創業のY社は、紡績業と不動産業を営んでいたが、平成12年10月に名古屋地裁に民事再生手続開始を申し立てたところ、同地裁は同年11月15日に再生手続開始決定をした。これを受けてYは紡績業の廃止と、原告Xら105名を含む紡績業に従事する従業員のほぼ全員を事業部門閉鎖を理由に解雇したため、Xらが本件解雇は解雇権濫用に当たるとして、労働契約上の地位にあることの確認と未払賃金、将来の賃金の支払を求めた。

(判決の要旨)
 控訴審における控訴人の主張は、(4要素に照らして)いずれも採用することができず、原判決の判断を左右するものではなく、原判決に説示のとおりの理由により整理解雇を無効であるとした。

(原判決の要旨)
 本件解雇は、労働者に帰責性なく、紡績業の廃業という経営上の理由によってされた解雇であり、しかも、被告が破産手続を申し立て、破産宣告がされた結果、管財人による解雇が行われた場合とも異なるものである。そうすると、本件解雇は、整理解雇に当たり、これまでの判例法理によって形成されてきたいわゆる整理解雇法理が適用されると解される。
 本件解雇が整理解雇法理の適用を免れない以上、本件解雇が有効となるには、被告がこの解雇事由に当たることを主張立証しただけでは足りず、さらに、整理解雇法理の適用を受けて、その法理を充たすことが必要であると解される。
 (中略)本件解雇は、解雇した従業員が100人を超える大規模なものであるにもかかわらず、Y会長がその独断で行ったものであり、かつ、その判断は、民事再生法等に違反する不正がないかを監督するにすぎないH監査委員やその補助者であるK公認会計士の意見を強引に自己の見解の裏付けとして解釈し、いわばそれらを口実にしてされたものであって、いわゆる整理解雇法理の第1要素(人員削減の必要性)を完全には充足していないばかりか、第2要素(解雇回避努力義務の履践)、第3要素(被解雇者選定基準の合理性)及び第4要素(解雇手続の妥当性)については全くこれを充たしておらず、しかも、その検討すら全く行っていないものである。したがって、本件解雇は、これまで裁判例等により形成されてきた整理解雇法理をないがしろにするものであって、極めて乱暴な解雇であるといわざるを得ず、解雇権の濫用に当たり無効というべきである。

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