06/09/11 労働政策審議会労働条件分科会 第61回議事録 第61回 労働政策審議会労働条件分科会      日時  平成18年9月11日(月)      17:00〜     場所  厚生労働省9階省議室 ○分科会長(西村) ただいまから、「第61回労働政策審議会労働条件分科会」を開催 いたします。本日は、小山委員、八野委員、山下委員、渡邊佳英委員が欠席です。山下 委員の代理として君嶋さんが、渡邊委員の代理として田邉さんが出席されております。 議事に入ります前に、事務局の監督課調査官が交代しておりますのでご紹介いたします。 ○調査官 岸本です。どうぞよろしくお願いいたします。 ○分科会長 議題に入ります。前回の分科会において、今後さらに検討を深めていく観 点から、重要事項に項目を絞った新しい資料を用意することになっておりました。事務 局において、その新しい資料を用意してもらいましたので、その資料の説明をお願いい たします。 ○監督課長 資料No.1「労働契約法制及び労働時間法制の今後の検討について(案)」 です。少子高齢化が進展し労働力人口が減少する中で、我が国の経済社会の活力を維持 するため、就業形態の多様化、あるいは個別労働関係紛争の増加、長時間労働者の割合 の高止まり等のこういった課題に対応し、安心・納得した上で多様な働き方を実現でき る労働環境を整備するための労働契約法制及び労働時間法制の整備が必要である。この 場合、検討すべき項目は多岐にわたるわけですが、次の1及び2の項目を重点として検 討を進めることとしてはいかがでしょうか。  1は労働契約法制です。  (1)基本的な考え方です。(1)労使の継続的な関係を規律する労働契約に関し、労使 両当事者の契約に対する自覚を促しつつ、労働契約が円滑に継続するための基本的な考 え方として、次のことを明確化することについて検討を深めてはどうか。  ポツが5つあります。1番目のポツは、労働契約は、労働者及び使用者の実質的に対 等な立場における合意に基づいて締結され、又は変更されるべきものであること。2番 目のポツは、使用者は、契約内容について労働者の理解を深めるようにするものとする こと。3番目のポツは、労働者及び使用者は、締結された労働契約の内容についてでき る限り書面で確認するようにするものとすること。4番目のポツは、労働契約の両当事 者は、各々誠実にその義務を履行しなければならず、その権利を濫用してはならないも のであること。5番目のポツは、使用者は、労働者が安心して働くことができるように 配慮するものとすること。  (2)上記に加え、使用者は、労働契約において雇用の実態に応じその労働条件について 均衡を考慮するものとなることについて検討を深めてはどうかということです。  (2)は労働契約の成立、変更等の関係です。  (1)労働契約は、労働者及び使用者の合意によって成立し、変更されるものであること を明確化することについて検討を深めてはどうか。  (2)労働契約の締結の際に、使用者が労働基準法を遵守して定めた合理的な就業規則が ある場合には、個別に労働契約で労働条件を定める部分以外については、当該事業場で 就労する個別の労働者とその使用者との間に、就業規則に定める労働条件による旨の合 意が成立しているものと推定することについて検討を深めてはどうか。  (3)我が国では就業規則による労働条件の決定が広範に行われているのが実態であるこ とにかんがみ、就業規則の変更によって労働条件を集団的に変更する場合のルールや、 使用者と当該事業場の労働者の見解を求めた過半数組合との間で合意している場合のル ールについて検討を深めてはどうか。  (4)上記に伴い、労働契約の即時解除や就業規則の効力等に関する規定を労働契約法に 移すことについて検討を深めてはどうか。  (3)は主な労働条件に関するルールです。判例や実務に即して、安全配慮義務、出 向、転籍、懲戒等についてルールを明確化することについて検討を深めてはどうか。  (4)は労働契約の終了等です。  (1)労働基準法第18条の2を労働契約法に移行することについて検討を深めてはどう か。  (2)整理解雇については、「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認め られない場合」として無効とされるか否かは、裁判例において考慮すべき要素とされて いる4要素(人員削減の必要性、解雇回避措置、解雇対象者の選定方法、解雇に至る手 続)を含め総合的に考慮して判断されることについて検討を深めてはどうか。  (3)労働審判制度の調停、個別労働関係紛争解決制度のあっせん等の紛争解決手続の状 況も踏まえつつ、解雇の金銭的解決の仕組みに関し、さらに労使が納得できる解決方法 について検討を深めてはどうか。  (5)は有期労働契約の関係です。有期労働契約が良好な雇用形態として活用される よう、使用者は、有期労働契約の契約期間中はやむを得ない理由がない限り解約できな いものとすることについて検討を深めてはどうか。その際、不必要に短期の有期労働契 約を反復更新することのないよう十分配慮することについても併せて検討を深めてはど うか。  (6)は国の役割です。(1)労働契約法は、労使が十分な話合いの下で労働契約の内容 を自主的に決定するようにするためのものであり、罰則をもって担保されるものではな く、労働基準監督官による監督指導が行われるものでもない。国の役割は、労働契約法 の解釈を明らかにしつつ周知を行うこととすることについて検討を深めてはどうか。  (2)個別労働関係紛争解決制度を活用して、紛争の未然防止及び早期解決を図るための方 策についても検討を深めてはどうか。  3頁の2は、労働基準法制の関係です。産業構造の変化が進む中で、ホワイトカラー 労働者の増加等により就業形態が多様化し、一方では、長時間労働者の割合の高止まり 等が見られる。このため、仕事と生活のバランスのとれた働き方を実現していくための 「働き方の見直し」の観点から、労働基準法制について必要な整備を行うこととしては どうか。  (1)は働き方を見直し仕事と生活のバランスを実現するための方策として、(1)仕事 と生活のバランスを確保するためには、長短二極化している労働時間について、特に長 時間労働となっている者への対策が必要ではないか。このための一つの考え方として、 時間外労働の実態を考慮して設定した一定時間数を超えて時間外労働をさせた場合の割 増賃金の割増率を引き上げることについて、経営環境や中小企業の実態も踏まえつつ、 検討を深めてはどうか。また、この場合に、長時間労働の後には労働義務を一定時間免 除して、健康の確保にも役立てるという新しい考え方の下、労使協定により、当該割増 率の引上げ分については、金銭での支払いに代えて、有給の休日を付与することを選択 できるようにすることについても併せて検討を深めてはどうか。  (2)就業形態の多様化に対応し、仕事と生活のバランスを確保しつつ、新しい働き 方ができるようにするための方策として、(1)企業においては、高付加価値かつ創造的な 仕事の比重が高まってきており、組織のフラット化や、スタッフ職等の中間層の労働者 に権限や裁量を与える例が見られる。このような状況に対応し、高付加価値の仕事を通 じたより一層の自己実現や能力発揮を望み、緩やかな管理の下で自律的な働き方をする ことがふさわしい仕事に就く者が、健康を確保しつつ、その能力を一層発揮しながら仕 事と生活の両面において充実した生活を送ることができるようにする観点から、ホワイ トカラー労働者の自律的な働き方を可能とする制度を創設することについて検討を深め てはどうか。(2)企画業務型裁量労働制について、中小企業においても多様な働き方の選 択肢の一つとして有効に機能するよう、対象業務の範囲やその手続について、制度の趣 旨を損なわない範囲において見直すことについて検討を深めてはどうか。また、苦情処 理措置について、現行裁量労働制がさらに有効に機能するように見直すことについて検 討を深めてはどうか。  (3)は現行制度の見直し等です。(1)上記(1)(2)に加え、働き方を見直すための 方策について次のように検討を深めてはどうか。1番目のポツは、仕事と家庭生活の両 立に資するため、子の看護等突発的な事由でも、年次有給休暇制度本来の目的に沿った 利用を阻害することなく年次有給休暇を活用することができるようにするため、労使協 定により上限日数や対象労働者の範囲を設定した上で、時間単位での年次有給休暇の取 得を可能とすることについて検討を深めてはどうか。2番目のポツは、仕事と生活のバ ランスを確保するために有効な方策について検討を深めてはどうか。(2)スタッフ職が多 様化していることを踏まえて管理監督者となり得るスタッフ職の範囲を明確化すること や、管理監督者である旨を賃金台帳に明示することについて検討を深めてはどうか。(3) 管理監督者について、健康確保措置を整備した上で、深夜業の割増賃金に関する規定の 適用を除外することについても併せて検討を深めてはどうか。(4)事業場外みなし制度に ついて、制度の運用実態を踏まえた必要な見直しをすることについて検討を深めてはど うか。  (4)は労働契約の関係です。(1)労働基準法第36条等の「過半数代表者」について、 選出要件を民主的な手続にすることを明確にすることについて検討を深めてはどうか。  (2)出向、懲戒の事由等については、当該事業場において制度がある場合には、就業規則 に明記することについて検討を深めてはどうか。(3)「有期労働契約の締結、更新及び雇 止めに関する基準」について、有期労働契約が労使双方に良好な雇用形態として活用さ れるよう、有期契約労働者の就業意識やニーズ等にも留意しながら見直すことについて 検討を深めてはどうか。  3は中長期的検討が必要な項目です。 ○分科会長 資料について説明していただきましたが、今後はこの資料の項目を基に議 論を進めていくことにさせていただきたいと思いますがいかがでしょうか。 (異議なし) ○分科会長 それでは、そのようにさせていただきます。本日は、このうち労働契約法 制の基本的な考え方と、国の役割について議論を深めていただきます。この項目の論点 について、既に事務局に整理してもらっていますので、その資料について説明をお願い いたします。 ○監督課長 資料No.2−1の1頁、2頁で、左側の箱の中には、先ほどご説明させてい ただきました「今後の検討」の方向の中身が書かれています。1労働契約法制、(1)基 本的な考え方、今後の検討の方向ということで、(1)労使両当事者の契約に対する自覚を 促しつつ、労働契約が円滑に継続するための基本的な考え方として、次のことを明確化 することについて検討を深めてはどうか、ということでポツが5つあります。そのちょ っと下にあります、労使各側の意見のところについては、前回の分科会で表明された資 料の内容を書いております。繰り返しになりますが念のためご説明いたします。使用者 側として、契約内容についての了知は当事者の義務であり、過度な情報提供義務を使用 者に課すべきではない。労働者側として、労働契約は労働者と使用者の「合意」が基礎 となるべき。労働契約の締結・変更のプロセスにおいて、「合意が適正に形成できる」よ うな情報を使用者が提供する義務を課すなど、労使の非対等性を補正する手法を検討す べきというものです。  これについて右の欄で論点の1つ目の○は、左側でいいますと1の(1)の(1)の2番 目のポツに対応して、「理解の促進」の方法について、契約内容についての情報提供、質 問への誠実な回答等が論点としてあるのではないか。5番目のポツの「安心」の内容に ついて、安全配慮のほか、いじめ、嫌がらせ、パワー・ハラスメント等があるのではな いかということです。  資料No.2−2は「参照条文」と書いてありますが、これについては労使の合意の部分 について、現在、他の法令でどういうことになっているかということです。労働基準法 においては、労働条件の決定ということで、第2条では、労働条件は、労働者と使用者 が、対等な立場において決定すべきものである、という考え方が法律としてあります。 また第2項で、労働者及び使用者は、労働協約、就業規則及び労働契約を遵守し、誠実 に各々その義務を履行しなければならない、という考え方もあるということです。  さらに一般的な民法の規定では、第1条第2項では、権利の行使及び義務の履行は、 信義に従い誠実に行わなければならないとか、第3項では、権利の濫用は、これを許さ ないというような形で、このような規範も既に我が国にはあるということです。  資料No.2−1に戻りまして(2)のところです。雇用の実態に応じた均衡の考慮について 検討を深めてはどうかということです。これは、労使各側の意見として、使用者側から、 いかなる雇用形態に対していかなる人事制度や処遇を行うかは経営の自由であり、均衡 考慮を法令で規定することは妥当ではない。労働者側からは、「均衡考慮」ではなく、 「均等待遇」又は「差別禁止」と明確に規定すべきと書かれております。この論点につ いては、均衡考慮の対象者、均衡考慮の内容等について、ということが考えられると思 います。  これに関連して、資料No.2−4「均衡考慮について」と書いてあるものです。均衡に ついては、「事業主が講ずべき短時間労働者の雇用管理の改善等のための措置に関する指 針」があります。これは、パート指針と呼ばれているものですが、このパート指針の中 で、均衡とはこういう考え方ですというのを参考までに説明させていただきます。  線が引いてあるところを続けて読みます。事業主は、短時間労働者について、何々の 法令を遵守するとともに、その就業の実態、通常の労働者との均衡等を考慮して処遇す るべきであると書いてあります。その線の真ん中のアンダーラインに引き続き、中でも、 その職務が通常の労働者と同じ短時間労働者について、通常の労働者との均衡を考慮す るに当たっては、事業主は、次に掲げる考え方を踏まえるべきであると書いてあります。  一のところが、この職務が通常の労働者と同じ短時間労働者で、なおかつ人事異動の 幅及び頻度、役割の変化、人材育成の在り方その他の労働者の人材活用の仕組み、運用 等について、通常の労働者と実質的に異ならない状態にある短時間労働者については、 処遇の決定の方法を合わせる等の措置を講じた上で、この短時間労働者の意欲、能力、 経験、成果等に応じて処遇することにより、通常の労働者との均衡と確保を図るように 努めるというように、ここでは「均衡の確保」と書いてあります。  二では、この職務が通常の労働者と同じ短時間労働者について、やはり人事異動の幅 及び頻度、役割の変化、人材育成の在り方、その他労働者の人材活用の仕組み、運用等 について、通常の労働者と異なる状態、一番は「異ならない」で、二番は「異なる」で すが、にある労働者についてはその程度を踏まえつつ、意欲、能力、経験、成果等に応 じた処遇に係る措置等を講ずることにより、通常の労働者との均衡を図る。  一番は「均衡の確保」で、二番は「均衡を図る」とちょっと変えて書いてありますが、 このような形でパート指針には書かれていることについて、議論の参考にしていただけ れば幸いです。  資料No.2−3については、昨年ご議論いただきました個別の状況について、平成17 年度の数字ということです。昨年ご紹介させていただきましたのが、平成16年度の数字 で、民事上の個別労働関係紛争の相談の件数というのが、平成16年度が16万166件、 平成17年度は17万6,429件です。その内訳については、民事上の個別労働紛争の相談 ですが、解雇が26.1%、退職勧奨が7.2%、労働条件の引下げが14%、出向・配置転換 が3.4%、その他の労働条件が19.6%、いじめ・嫌がらせが8.9%、その他が20.8%と なっております。この詳細については省略させていただきます。  資料No.2−1の2頁に戻りまして、国の役割のところです。今後の検討の方向として、 (1)労働契約法は、罰則はなく、監督指導も行われない。国の役割は、労働契約法の解釈 を明らかにしつつ周知を行うこととすることについて検討を深めてはどうか。(2)個別労 働関係紛争解決制度も活用して、紛争の未然防止・早期解決を図るための方策について も検討を深めてはどうか。労使各側の意見として、使用者側は、仮に制定するとしても 労働契約法は労使の権利義務を規律する法律であり、指導は不要である。労働者側は、 周知、啓発は必要ということです。右の欄で、国の役割についても周知、啓発というこ とを書いております。以上が資料の説明です。 ○分科会長 労働契約法制の基本的な考え方及び国の役割についてご意見をお願いいた します。まず、基本的な考え方、次いで国の役割の順番でご意見を伺います。 ○田邉氏(渡邊佳英委員代理) 労働契約法制の基本的な考え方について主張させてい ただきます。1点目は、従前使側の委員として主張してまいりましたけれども、労働契 約の基本的な考え方として、労働契約に関するルールの整備というものは、必ずしも新 法による必要はないと考えております。特に、ルールの明確化と称して、使用者に一方 的に義務や手続を課すものであってはならないと考えておりますし、統一的、画一的な 法制化は不要と考えているところは従来と変わりません。  もちろん、労使の契約のあり方を議論すること自体に反対するわけではありませんが、 この議論は労使自治を基本として、あくまで労使が合意できる契約のあり方を議論し、 双方が合意したことを法制化するというものでなければならないと考えております。こ のような観点から、今回提示された案について、基本的な考え方の部分で何点か意見を 申し上げます。  1つ目のポツのところで、「労働契約は、労働者及び使用者の実質的に対等な立場にお ける合意に基づいて締結され、又は変更されるべきものであること」とありますが、現 状でも労働基準法や労働組合法等で、労働者の権利が守られており、その一方で使用者 については、その権限が労働基準法をはじめとした各法令、それから裁判上の権利濫用 法理等で制限を受けていることを考えると、既に実質的に対等の立場にあると言えるの ではないかと考えております。したがって、新法でさらに両者の立場について検討する 必要があるのか、というところは疑問に思うところです。  そもそも、今回の労働契約法制については、労使自治の考え方の下、対等な立場で、 労働契約についてのルールを決めていくことを前提としているものですから、わざわざ そのことについて再度議論する必要があるのかと感じております。  2点目は2つ目のポツのところで、「使用者は、契約内容について労働者の理解を深め るようにするものとすること」とありますが、ここでいう契約内容というのが何を意味 しているのかと考えますと、労働条件のことではないかと受け取れます。労働条件のこ とであるとするならば、1つは就業規則について、使用者については労働基準法で就業 規則の周知ということが謳われております。そのことを考えますと、今回の案でいうと ころの契約内容というのは、個別の労働条件のことを言っているのかという印象を持た せていただきました。  ところが、この個別の労働条件についても、既に労働基準法第15条で、使用者に対し ては労働条件の明示ということで義務付けがされており、労働基準法で決められている 内容をさらにまた労働契約法制で決める必要があるのかというところで、新しい法律を 作った場合、そこでの規定を行うことが必要なのか。むしろ不要なのではないかと考え ております。  3つ目のポツで、「労働者及び使用者は、締結された労働契約の内容についてできる限 り書面で確認するようにするもの」というところがあります。そもそも契約は書面によ らなくては成立しないというものではないと思っております。多くの場合、現在でも個々 の労働契約を結んで採用している実態にはないと考えますし、書面がなければそれが有 効ではないとするのはあまりにも現実的ではない。さらに、すべて書面でということで あれば、それなりの人員の確保が必要になってくるわけですけれども、中小企業にとっ ては、現在以上の内容を付加されるということは非常に負担が重いということがありま すので、実務的にはかなり無理があるのではないかと思っております。  5つ目のポツで、「使用者は、労働者が安心して働くことができるように配慮するもの」 という案ですが、既に労働安全衛生法第3条で、事業者についてはいわゆる安全配慮義 務が課されております。新たに安心という概念を出されているわけですが、安心という のが何を意味するのか。資料No.2−1で「安心」の内容について、安全配慮のほか、い じめ・嫌がらせ、パワー・ハラスメント等とされておりますが、必ずしもこの概念が明 確ではないということで、この場で検討するのが適当であるのか、多少疑問に思うとこ ろです。また、いじめ、嫌がらせは必ずしも労使の構造の中で起きるものではなく、労 労の間でも起きますし、そういうことを考えると労使の契約を規制する労働契約法制の 中で議論することについては疑問を持たざるを得ないと思います。 ○分科会長 この点について労働側の方はいかがですか。 ○田島委員 いまの意見を聞いて愕然としました。いま労働基準法などがあるから労使 対等だと言いましたけれども、本当に労働基準法が守られているのかと言えば、未組織 労働者たちは労使の対等が維持できなくて、そして労働組合ができてやっと初めて経営 者に物を言ったり、要求したりする。労働組合を結成したら、労働基準法を守れという 要求をします。基準法が守られたら、いまの働き方よりも随分改善される問題がありま す。  そういう意味では、現在すでに労使対等が実現していて、労使自治でいいのだという いまの経営者側の認識が本当にそうなのかといったら、私はそんなことはないと思って います。だからこそ、本日資料として出されている、例えば資料No.2−3で、平成14 年度は10万件だったのが、平成17年度は17万件と個別の労働相談があり、そのうちの 4分の1が解雇問題、あるいは労働条件の変更というように、問題がたくさん出ていま す。  そういう中で、本当に職場の労働条件を、あるいは労働契約を確認するときに、労使 が対等にその契約をできる環境をつくっていくというのは当然のことではないかと思い ます。それができるいちばんいい方法は、労働組合法上の労働組合としての権利があれ ば、やはり労働者の集団として交渉できるわけです。しかし、労働組合の組織がなくて も、労と使が対等にできる形での契約法を考えていかなければいけない問題だろうと思 います。いまの使用者側の意見のように、もう労使が対等なのだからいいんだよという 認識は大きな間違いだろうと思います。  もう1点は、労働契約そのものの今回の論点で、いわゆる労働契約というのはどうい うことなのか、あるいは労働契約の対象者はどのように考えるのか、ということは重要 です。例えば、労働基準法と労働組合法では、労働者の対象範囲が違います。分科会長、 そうですよね。 ○分科会長 そうです。 ○田島委員 そういう中で、労働者といいますか、労働契約法の対象をどういう範囲に していくのか。労働側は、かつての主張で、労働基準法上の労働者ではなくて範囲を広 げて、例えば個人請負ということで業務請負というような形でやっていたとしても、実 質的には労働者として働いているような人たちも対象に含めるべきだという主張をして います。そういう「労働契約とはなんぞや」、あるいは「労働契約の対象者」については 全く論点が出ていないのですけれども、そういうことをきちんと出していくべきだろう と思っています。  もう1点は、いじめ・嫌がらせが労働相談の中にたくさんあるというのは、労使の問 題ではなくて労労問題だと言いましたけれども、労労ではなくて、労労のように見えた としても仕事上の進め具合、あるいは成果なり業績を上げるために、いわゆるいじめ・ 嫌がらせが起きているのであって、現象面では労労のように見えたとしても、基本的に は使用者側がそういう問題が起こらないようにしなければいけない責任があるだろうと 思います。それを、現象面だけで労労問題という言い方については、まったく納得がい かないことを主張しておきます。 ○君嶋氏(山下委員代理) 先ほど使用者側からご意見がありまして、こちらの補足で す。まず、労使の実質的に対等な立場というところで、既に現実として労使が対等であ るということではなくて、労働基準法上「労働者と使用者が、対等の立場において決定 すべきもの」という条項があるので、それで十分ではないかという趣旨だったのではな いかと私は理解いたしました。  ただ、この「実質的に対等な立場」という表現に関しては私も若干躊躇を感じます。 もちろん契約ですので労使対等の立場で締結すべきものと思いますけれども、新しく作 ろうとしている法律の中で、「実質的に」という価値判断を非常に大きく含むような表現 を入れるのは果たしてふさわしいことなのかどうかは疑問に感じます。  2点目は、安心して働くことのできるような配慮のところで意見があります。おっし ゃるとおり、雇用主としてハラスメントや嫌がらせのない職場を保持しなければいけな いということはあると思います。ここで、新しい労働契約法の通則としてここに規定す る必要があるのだろうか。安全配慮義務については、だいぶ判例も積み重なっていると ころですが、パワー・ハラスメントという特に新しい議論で、若干いじめに関しての判 例等はありますけれども、確立した法的な概念ではないと考えております。まだ確立し ていないものを、労働契約法の一般規定のところで規定する必要があるのかということ は疑問に感じます。 ○新田委員 最初の方の意見を聞いて私もがっくりしました。契約法を議論する気があ るのか、中断もしたけれども、これらの議論はなんだったのだという思いが強くありま す。その上で、また見解を聞かせていただければと思います。前にも言いましたけれど も、現実にこれだけある紛争、争議は何によって起こっていると認識しているのかと思 えてならないのです。そして、ここしばらく経営側の一連の不祥事が多く報道されてい ます。それも、超一流の企業を含めていろいろな問題が出ています。時間外不払いとい う話だけではなく、外国人の研修生の扱いまで含めて、なんだこれはというようなこと まで出ております。こうしたことをどう解決するのか。  その上で申し上げますと、前々から契約法のところでいちばん大事にしなければなら ないのは、「労使の合意」だということを申し上げています。合意というのは何かという と、条件が提示されて、説明されて、これはなんですか、これはどういうことですか、 どんなレベルなのですかという質問があって、その上でまた説明があって、いやいや世 間ではこれぐらいですよ、というようなことも含めて話が進められて、うんそういうこ となのかということで合意に至るということだと思います。  そのように、労使が向き合って、そして合意に至るということがなければ、契約とい うことではないのではないか、皆さんもおっしゃっているとおり、いろいろ商売上の契 約と同じだということです。そういうことが、いちばん大切なことだと考えています。 今回の契約法で、そのことをどのように明示できるのかということが大変大きな要素だ ろうと思います。  その上で、労使対等ではないところをどのように対等性を担保するのかということが あります。具体的に向き合うときには、やはり誠実に説明する。会社のこと、あるいは 業界のこと、世間のことも含めて、あるいはあなたの技量のことも含めて説明をして、 このように評価していますということがあって納得するということが1つの対等ではな いか。就業規則の話は後ほど議論されるのでしょうけれども、こう決まっているからと いうことで、就業規則も見せてもらえない所もいっぱいあります。見せない所もありま す。そういうことについて、どう思っているのか聞かせてもらいたいと思います。そう いうことをしてやっていくということが、要するに向き合う対等というものをきちんと していくことだろうと思うのです。  そういう意味では、経営側がおっしゃっている、人事制度や処遇を行うかは経営の自 由でありということが書かれていますけれども、これを提案するのは自由ですけれども、 何もかも最後まで自由ということではないでしょうというのは、契約からいうと当然の 話ではないかと思います。そういう意味合いで言えば、最初におっしゃられた4点のご 意見というのは、私はどのように受け取っていいのかわからないのです。  私の意見をもう一遍言いますと、労使対等というものをこの契約法でどうきちんとす るのか。誠実に向き合って合意に至るということをしっかりとやってください、これは この法律の趣旨ですよということを第一義的に謳われなければならないと思いますが、 そのことをどのように見せるのかということがないと、この法律はほとんど値打ちを持 たなくなると考えています。 ○奥谷委員 先ほど、経営者側のガバナンスの問題のことをおっしゃっていましたけれ ども、経営者側の不祥事がかなり多く出て、ガバナンスがなっていないということをお っしゃっていました。NHKさんのことを言うのではないのですけれども、国家公務員、 地方公務員もそうですけれども、働く側の不祥事もかなり出ています。そうすると、こ れは経営者だけの問題ではなくて、働いている側の問題もかなりレベルがモラルダウン しているというか、働く側の質が変化しているというか、昔より倫理感が欠如している 人たちがかなり増えていると思うのです。  平成17年は個別労働紛争がかなり増えているということがアンケートで出ています けれども、これは不況の結果リストラなどで解雇が増えているのだと思います。これが、 急激にこれから増えていくという問題ではなくて、ある事情があってこれだけ増えてい る、世の中の景気環境の部分でこれだけ増えているのだと思います。  対等でないとおっしゃいましたけれども、労働者はかなり保護されています。経営者 が保護されていることはまずありません。労働者側の保護で、例えば契約を満了しても、 労働者側がその契約満了に対してイエスと言わなければ、結局契約は解除できない状況 があります。そうすると、これは対等とは言えないわけです。  契約概念ということを、労使共にきっちり理解させていかないといけないというか、 契約するということはどういうことなのかということは、労働者側もわかっていないと いけない。使用者側もわかっていない部分があるかもしれませんが、むしろ労働者側が その契約とは何であるか、という概念がかなり薄れているというのが実態だと私は感じ ています。そういう意味で、労働者は対等ではない、労使対等ではない、労働者はかな り過保護ぐらいにされています。  先ほどのパワハラの問題などもありますけれども、労労のいじめ問題などがある部分 で、いちいち経営者側が出ていって、どうのこうのという自体が幼稚なレベルに介入す るような部分があるのではないか。むしろ、そんなものは介入しないで、労働者側のレ ベルをもっと高める意識を労働者側が持つべきであります。そこに経営者側がどうのこ うのと言うこと自体ナンセンスだと思います。対等でないという考え方というのは、む しろ保護されていると考えたほうがいいと思います。 ○新田委員 保護の規定がきちんと守られていれば保護されているのです。それだけ言 っておきます。最初におっしゃられたモラルというか倫理の問題、これは私の出身の企 業のことで本当に恥ずかしく思っています。こんなことがなんだ、情けないし、道を歩 くのもいやだと思うぐらいに情けなく思っています。それは受信料を預かって、そして 公共放送の役割を果たすという意味合いで、こんな輩がいてと思ったら、私自身労働組 合の主導部を担っている者として本当に恥ずかしいし、どうしたものかと思っています。  しかし、企業のいろいろな所でいろいろな不祥事が起こるときは、働く側も必死で防 止策を考えると思います。そのことは申し上げておかなければいけないと思います。  ○石塚委員 いままでの議論と直接噛み合うかどうかは別にして、やはり議論が噛み 合っていないですね。労働者側のほうは思いがあって労働契約法は必要だと思っている のです。経営側の主張からいくと、いまは基準法があったりして、その上で屋上屋みた いな格好で、労使自治が基本なわけだから、それを法によってかぶせるようなのは即必 要ではないのではないかということに最後は尽きてしまうのです。このまま行ってしま いますと、労働契約法自体が必要か必要ではないかみたいなところで堂々巡りしてしま うような気がしているのです。  最後は、議論が進展していけば、労使合意ができたものから法制化していけばいいの ではないかというのはそのとおりだと思いますけれども、今回出てきた基本的考え方も そうですけれども、そもそもいまの局面において、なぜ労働契約法が必要なのかという 点について、やはり議論が不足しているという点が1つです。  それから、労働者側は労働契約法が必要だと思っています。なぜかというと、いろい ろな状況変化の中で、いわゆる集団として労使関係があって、その下ですべてが律され てきたという時代ではなくなっているわけで、まさに労働組合に代表されるような集団 と、経営者側との対する労使関係ではない以外の領域があまりにも増えすぎている。そ れは素直に認めるところであります。  そうしますと、労働組合組織率が20%を切った中で、労働者は入社とか、いろいろな 労働条件決定場面について、経営者と個人として向き合わざるを得ない側面がいっぱい 出てきます。そうすると、労働組合に組織化されているうちはまだいろいろなことがあ りますから、正直言って随分保護されている点もあるでしょう。でも、労働者個人が、 まさに使用者と1対1で向き合わなくてはいけない局面が増えてきているし、またこれ からも増えていく一方であります。そうであれば、そこにどのようなルールが必要なの かという点で、私ども労働者側としては、労働契約法は必要だろうと思っています。  そうなったときに、相当技能を持っていて、ある技能を有利に売りたい、私の技能を 買ってくれという交渉ができる個人もあるでしょう。ありますけれども、ごくごく一般 的な労働者個人というのはそこまでいっていません。労使の対等とか非対等という議論 をやったときに、労使というよりも使用者個人と労働者の個人ということを考えたとき に、本当にその労働者個人が納得して契約を結べるような状況をどうやってつくるのだ、 ということを条件として担保することは、労働契約法を考える出発点として非常に重要 なのではないかと思います。  そのときに、労働者は基準法で守られているではないかと言われればそのとおりです けれども、現実の局面において、労働者が自分の考えで、いわば自己決定権といいます か、自己決定できる環境というのは相当いろいろなことがなくてはいけないと思ってい ます。先ほど、労使対等か対等ではないかという議論がありましたけれども、労働者が 自主的な決定、労働契約を結ぶに際しての自主的な決定を担保するためには、いろいろ な方策を検討する必要があります。  この間に労働者側が言っているように使用者の説明義務もあるでしょうし、契約締結 前や変更時の情報提供義務もあるでしょうしといったことが結構あります。これは、い まの労働契約関係のみならず契約関係を結ぶときに、例えば消費者との関係で売手のほ うは、その製品に対してきちんとした説明をするようになってきているし、またその状 況もかなり一般的になってきています。消費契約とイコールだとは思いませんけれども、 契約を結ぶときには、きちんとした説明義務なり、あるいは労働者個人がそれを聞いて 判断できるような前提条件をつくるべきだろうと思っています。  それは、労使が対等とか対等ではないのかというよりも、労働者個人が使用者と向き 合わざるを得ない局面が増えてくる中で、どうしたら対等な契約関係ができるのだろう かという点について、基準法では足らないがゆえに、力関係が非対等ではない労使の契 約というものに、契約の対等性をどうやって結び付けるのか。そのためにはいろいろな ツールが必要なのだろう。そういう意味において、これは「実質的に」という表現が出 てくるのだろうと思っています。ここをきっちりさせたほうがいいのではなかろうかと 思います。  したがって、基準法があればいいではないかという点については、労働契約法の必要 性や役割について強調したい。先ほど労働者側から意見が出ていましたけれども、そう いう観点からいえば、そもそも労働契約法における労働契約とは一体何なのか、そこに おける労働者とは何なのか、使用者とは何なのかという概念規定、定義をはっきりさせ ておくべきなのではないか。そこを飛び越えて、いきなり実質的な中身の契約の基本的 考え方に踏み込んでいるものですから、ちょっと手前の議論、つまり総論部分が不足し ているのかと思います。  繰り返しになりますけれども、労働者側としては、新しい時代環境の下において、労 働契約法制はまさに公明透明なルールを定めるものとして必要だと思います。 ○長谷川委員 冒頭に使用者側の人が、「労働契約に関する法律は必要ではない」という ところから今日の議論が始まるから混乱するのだと思います。資料No.2−3によると個 別的労働紛争がずっと増加していることが分かります。この個別的労働紛争は基準法に 抵触したものとかいろいろ仕分けして、最後に個別的労働紛争の民事的なものについて だけが17万6,429件ということです。  実際の労働相談は100万件ぐらいあると言われているのです。使用者がどんなことを 言っても、現実は100万件の労働相談が起きているのです。そのときに、基準法違反の ものは基準監督署が臨検したり、指導したりして処理しています。それ以外に17万6,429 件があるということなのです。その内容を見ますと、解雇が26.1%、退職勧奨が7.2%、 労働条件の引下げが14%、出向・配置転換が3.4%、その他労働条件が19.4%、いじめ・ 嫌がらせが8.9%、その他が20.8%となっています。  これらのことについて、基準法のどこかに何かルールが書いてありますか。解雇につ いては、3年前のときに第18条2項に解雇ルールの一般原則、解雇は社会的相当性だと か合理性がなければできないとした解雇権濫用法理を2003年のときに入れました。これ は基準法に入っているわけですけれども、当初から基準法に入れるのはふさわしくない よね、ということは出ていて、これは契約法だ、むしろ解雇一般法にしたほうがいいの ではないかという議論もあったぐらいです。労働契約に関する民事ルールというのはど こにも書いていないんですよ。だから解雇されたとか、労働条件を会社が大変だから 30%引き下げられたとか、退職金を引き下げられたというのは、基準法のどこを見ても 何も書いていないのです。労働者は保護されているといっても、これらに関しては何も ないです。  それでは、どうやって紛争を解決しているかというと、相談に行った労働局などいろ いろな所で、大体が判例百選を出して、これで訴訟でもすればこうです、こうですと当 てはめていく。そうすると、これは使用者のほうに無理がありますねとか、労働者もこ うですねと言って紛争処理されているわけです。私は、判例百選を全部言える人は労働 者の中に誰もいないと思います。判例百選を鞄だとか、自分の机の前に置いている人は、 弁護士か法曹関係者です。もしくは、厚生労働省で労働相談をやっている人だけです。 労働者は全然判例など知りません。相談に行って初めてわかるわけです。これだけ紛争 が多くなってきて、個別的労働紛争の解決機関も、各労働局もできましたね、今年の4 月からは労働審判制度もできましたね、紛争処理機関はできましたけれども、しかし労 働契約の法律をちゃんと整備することが必要ですねということです。  法律の整備の仕方については、まず判例を法制化することもあります。しかしそれだ けでは芸がないでしょう。「どういう法律を作るかについては、この審議会で議論しまし ょう」というのが、事実関係を言えばそれ以上でもそれ以下でもないと思います。だか ら、100万件の労働相談があって、17万件の個別的な労働紛争相談事件、民事的なもの があるという事実と、法律は全く整備されていないということは明らかなわけです。そ したら、それをなんとかしましょうというのが議論だと思います。  労働者が保護されているかどうかというのは議論の中で深めていけばいいと思うので すけれども、確かに戦後の労働法は、労働基準法と労組法で労働者を保護してきていた と思いますし、それは事実です。しかし、それでは事足りなくていろいろな労働紛争が 起きているので、次は労働契約法の整備ですねというのは、労働側も使用者側も公益側 も、みんな一致できることではないかと思うのです。この間、長い休憩、休息を2カ月 取ってお互い頭を冷やしたわけです。本当は、労働契約法というのはもっと膨大な事項 について盛りこむものなのですよ。労働契約法に対して、使用者と労働者の権利義務を 基本的なもののほかに、どういうものを入れるかといえばいっぱいあります。安全配慮 義務はあるし、職場環境配慮義務はあるし、個人情報の保護義務もあるし、いっぱいあ ります。損害賠償についてはどうするか、と山のようにいっぱいあるけれども、しかし、 いまの状況で契約法を作ろうとすれば、最低限どれでしょうかということについて議論 しましょうと、お互いにそういう姿勢があってもいいのではないかと思っています。  使用者から見れば、いろいろな労働者がいるし、労働者から見ればいろいろな使用者 もいるわけですから、そこは双方そんなものでしょうと。そこを超えて、どういう契約 法を作るかという議論を是非すべきではないかと思います。労働者側が今回の契約法に 望む基本的な態度はそういうことです。  やはり、この社会が契約社会になったのだと思うのです。私自身について言うと、夫 の母が在宅介護になったときに、契約社会だと実感したのは、介護器具をリースすると きに、1週間に1回風呂に入れようと思ったら風呂屋が来て、「長谷川さん、重要説明事 項ですよ」と言って、ちゃんと印刷されたものを持ってきて、きちんと説明してくれま した。「ここは重要ですからね、ここは読んでくださいね、読みますよ」と言ってね。「わ かりましたか」というのでいくつか質問して、それでは印鑑を押してください、そうで すねということでお願いしました。  ベッドを借りるときも、ベッドのリースの会社の人が来て、「これは重要説明事項です からね」と言って読んで、「わかりましたか。あなたが、もしここを壊したらそちらで弁 償ですよ」と言われました。そうですねと言って、それで印鑑を押しました。やはり契 約社会になったと思いました。  昔、自分の小さな家を買ったときに、不動産屋が20分にわたって、売手と買手を目の 前にして、延々と契約書を読みました。20分ずっと聞いていましたけれども、そのころ はまだ契約というものがピンと来ませんでしたけれども、今回介護を利用して、私たち の生活の中に随分契約意識というものが出てきたと思いました。  そのような社会の中で、労働契約は先ほどおっしゃったように、そういうふうになっ ていないのです。会社から採用されると黙って働いていて、そうしているうちに就業規 則が契約の内容になっていたとか、黙って働いていたのだからそういうことなのだと思 うのです。だから労働のところというのは、一般社会の契約とは若干違うようなことに なっているのは事実だと思うのです。きれいになるとは思いませんけれども、しかし労 働契約というものに対していろいろ紛争があるとすれば、市民社会だってこんなに変わ っているのだから、市民社会の中で労働契約というのはどうあるべきかというのは、皆 さんで議論したほうがいいのではないかと思います。一挙にあれもこれも作るのは難し いから、本日示されたように、締結と展開のところと終了のところについてひとまず検 討してみましょうということですから、少し検討してみてはどうかと思います。 ○分科会長 いま、石塚委員と長谷川委員から、個別労働紛争に関係して、労働基準法 に規定されていないものが結構出てきているのではないかと。個別労働紛争は、労働基 準法にかかわる問題もたぶん含んでいると思うのですが、それを除いたら個別労働契約 紛争というのが、かなり含まれています。そうすると、それは労働基準法に書かれてい ないではないかと。そういうことだと、それに関するルールというのは、やはり必要な のではないかというように、石塚委員も長谷川委員もおっしゃったと思うのです。こう いう問題に関して、使用者側はいかがですか。 ○平山委員 労働基準法との関係は前回も言いましたので、改めて申し上げませんが、 個別労働紛争がすごく増えているということは、契約が成り立っていても、その中身を お互いによく了知していない、承知していないということがあるかもしれません。これ はもう本当にそのときの状況で、何が起こったかということもあるでしょう。いろいろ な価値観の持ちようが違うとか、さまざまな局面があると思うのです。17万件ぐらいあ りましたか。いろいろな価値観の問題もありますから、この労働契約法制でこれらが一 気になくなることはないと思います。ただ、もし契約についての自覚がお互いにない中 で起こっているものを、本当に少なくできる、これを予防できるということについて、 意味があるという議論をするなら、やはり意味があるのだということを共有しないとい けないだろうと思います。  「基本的な考え方」の1行目に、「労使両当事者の契約に対する自覚を促し」とありま す。ここの所ではお互いの権利や義務というか、働く側には権利もあるけれど義務もあ るということが、契約の中でちゃんとわかっているかということもあるかもしれません。 この「自覚を促し」という言葉は、すごくポイントになるだろうと思います。労働契約 というものをお互いにどう認識して、その手続なり制定なりを変更するには、こういう ようにやろうというような議論で紛争を予防できるようになっていけば。なっていけば と言うより、むしろそういう議論にしていかないと、と思います。  この法律がないから事業ができないとか、労働組合側も仕事ができないなどというこ とにはなりません。そういうギリギリまでいけば、必要ないと言えば必要ないというこ とになるかもしれないですよね。しかし、個別労働紛争がこれだけ多いというときに、 役に立てる法律になるかどうか、ということだろうと思うのです。「基本的な考え方」と いうことで述べられているわけですが、たぶん内容に立ち入っている部分もあると思う のです。基本的な考え方で契約をどう自覚しようか、そのための手続はどうしようかと いうことと併せて、最後の「労働者が安心して働くことができる」というのは、内容に 立ち入っていますよね。契約法制の中身の問題ですよね。「安心して働くことができるよ うに配慮する」というのは、何を中身でそれを担保するのかという議論になっているで しょう。  (2)の「均衡を考慮した」というのも、何を対象にして均衡を考慮するのか。その前の 「安心して働くことができるように配慮する」というのも、当然組織としてのアウトプ ットをきちんと出そうということになれば、やはり職場がきちんと保たれているという のが必須条件ですから、ここにあるようないろいろなことが起こったら困るわけです。 それらが起こらないような努力というのが、それぞれの使用者、労働組合、働く側も努 力しないといけないことです。  しかし、これにはあまりにもいろいろな局面が出てきます。個人の価値観もものすご く違いますし、個人の好き嫌いもあるかもしれません。それは1つには測れない、一律 には表せないと思います。これを法律で、なおかつこういう中身について契約法制に本 当に規定できるのだろうかという気がします。私は率直に言って、これは非常に難しい と思います。そういう意味で言えばポツの5つ目と(2)は、「基本的な考え方」に記述され る内容ではないのではないか、中身の話ではないかと思います。 ○分科会長 先ほど田邉さんから(1)について、かなり具体的なご指摘があったと思いま す。書面の確認の問題とか、安心についてなど、わりとネガティブなご意見をおっしゃ ったと思います。この点について、労働側の方はいかがですか。 ○長谷川委員 まず基本的な考え方ですが、ある意味では法律ができたときの総則部分 で、法律の目的や定義の部分ではないかと思って見ています。そのときに(1)のポツの1 つ目、「労働者及び使用者の実質的に対等な立場における合意に基づいて締結され、又変 更されるべきものである」というのは、そうだと思います。そのときに労働者と使用者 の実質的な対等な立場というのを、契約法の中でどのように担保するのかということで す。  かつて私が合意の話をして、労働者と使用者の締結の合意が必要ではないかというと きに、18世紀のような契約の自由なのかという話があって、そうではないでしょうと言 いました。要するに労働者と使用者が単なる自由だとすると、やはり問題が起きるとい うのは、労働法を設計するときに誰でも理解できるところです。経営者は違うと言いま すが、やはり圧倒的な力は経営者、使用者が持っているわけです。そうすると対等交渉 をするために、労働者サイドをどのように補強するのかという補強の仕方は1にあるの ではないでしょうか。  ここにはないのですが、例えば情報提供をするとか、丁寧な説明をするといったもの で、実質的な対等な立場になるように交渉と合意を補強することが必要ではないでしょ うか。したがって、ここについては情報提供や丁寧な説明というものが必要ではないで しょうか。最近は一般契約のときも契約の締結に当たっては、情報提供や丁寧な説明と いうことが非常に重視されているとか、そういうものの手法についても研究されている と聞いていますので、ここについてもやはり情報提供、丁寧な説明ということが補強さ れるべきではないかと思います。ポツの2つ目に、「契約内容について労働者の理解を深 めるようにするもの」と書いてありますが、実際はそういう中身ではないかと思います。  次に、書面確認についてです。ある意味で書面確認は必要だと思います。必要ではあ るのですが、書面確認のメリット、デメリットもあるので、それについては議論をして おく必要があるのではないでしょうか。例えば書面確認をして、労働者が後でそうでは なかったというか、書面確認をするときの環境があまり適切でなかったと言うこともあ ると思いますので、書面確認のメリット、デメリットについては、もう少し議論が必要 ではないかと思います。  「安心して働く」というのは、一般的に労働契約法のときに使用者の付随義務として、 安全配慮義務ということが言われていますので、総則の考え方の中に書くことが必要で はないかと思います。  (2)の「均衡を考慮したもの」についてですが、今回の労働契約法は、終身雇用の正規 労働者を対象にしているわけではありません。「労働契約法」と言うからには、いろいろ な労働者が想像されます。期間の定めのない正規労働者、有期契約の労働者、パートタ イム労働者、契約社員、それと田島さんはもっと範囲を広げるということを言っていま すが、経済的従属関係にある労働者まで拡大すると、労働者には非常に多様な者がいる わけです。労側はいつも「均等処遇」と言いますが、そういう者に対して均等処遇とか、 雇用形態が異なることをもって差別的な取扱いをするべきではない、してはいけないと いうものも、総則の中の考え方として入れ込むことが必要ではないかと思っています。 総則ですから、もう少し言うと、情報提供や丁寧な説明をしなかった場合には、どうい うことになるのか、手続違反や手続をしなかった場合、その契約がどういうものになる かということも、きっちり議論しておく必要があるのではないかと思います。  それと、書面確認のことで言えば、書面で明示することとなっていますが、書面で明 示する内容というのはどういう内容なのか。例えば労働基準法第15条で言っているもの なのか、それとも別のものなのか、そして書面で明示した場合の法的効果は何なのか、 書面で明示しなかった場合はどういうようになるのか、そういうものについてもきちん と検討する必要があるのではないかと思います。 ○田島委員 それとの関連で、資料No.2−1ではなく、No.1に基づいて基本的な考え方 を申します。いま長谷川委員が主張したこととも共通点があります。No.1の2行目に、 「就業形態の多様化」と書かれています。そして先ほど長谷川委員が主張した(2)では、 「雇用の実態」とあって、後ろのほうへ行くと、有期労働契約では「雇用形態」という 形なのです。いま格差社会やさまざまな問題で出ているのが、いわゆる雇用の多様化と いうことです。しかし私は正確に言えば雇用の劣化と言いますか、不安定化だと思いま す。いままで雇用の多様化というのが論議されてきたのが、なぜ本文の導入部分で、い きなり「就業形態の多様化」になるのかと思います。  また私は、労働契約法というのは、いわゆる社員や職員といった正規の労働者だけで はなく、有期なり、パートなり、契約労働者なり、あるいは個人的な業務請負の形を取 っている労働者も含めるべきだと思います。そういう範囲をどうするのかというのを、 この「基本的な考え方」の中にしっかりと入れなくてはいけないと思いますが、冒頭の 「就業形態の多様化」というのは、どういう意味なのかを教えていただければと思いま す。これは質問です。 ○監督課長 「就業形態の多様化」の部分については、従前からいろいろご議論いただ いています。例えば正規・非正規のことで、いろいろな就業形態が出てきているとか、 派遣やパートなども含まれています。また、いわゆる「ホワイトカラー」と呼ばれてい る人の割合が増えてきており、そういうことに伴って、雇用契約のあり方が変わってき ているということも含まれているということで、幅広い概念だろうと考えております。 ○分科会長 田邉さん、その前のところで切りましたので、(2)について何かご意見があ るという話をどうぞ。 ○田邉氏(渡邊佳英委員代理) 均衡の所ですね。 ○分科会長 いま(1)について労働側の委員がおっしゃったことについて、何か反論があ れば田邉さん以外でも言っていただければと思います。 ○谷川委員 これも労働契約の基本的な考え方です。先ほど平山委員も言われたのです が、「基本的な考え方」の(1)の契約に関して、「労使両当事者の契約に対する自覚を促し つつ」と、1行目から2行目にわたって書いてあります。この「自覚を促しつつ」とい うのは、もう少し双務性の強い考え方を出したほうがと思います。後に書いてあること からして、ここにあるような「個別労働関係紛争の増加」云々ということになると、ど ちらかのサイドがどちらかのサイドを有利・不利にしているという印象を非常に持ちや すいのです。  最近、特に個別紛争が増えてきているというのは、実は非常に開かれた社会になって きて、相談件数が増えてきているということがあります。また、いままでは労組の組織 率が高かったから、集団的に解決できたことが個別になったとか、先ほど言った雇用形 態の多様化によって出てきたということがあると思うのです。相談件数が増えているこ と自体、本当にそんなに悪いことなのかどうか。それと、起因している部分が企業側だ けによって起因している部分と、働く側によって起因している部分と、どういう割合に なっているのか。おそらくそういうこともあって、いまの日本の社会の中では相談件数 が増えてきているのだろうと思います。  その中でポツの1つで、労働契約については、「実質的に対等な立場」と言っているわ けです。これは労働契約について実質的に対等な立場であると。しかし労働基準法の労 働条件の決定については、形容詞が付いていないで「対等な立場で決定する」と言って います。労働契約にあえて「実質的に」という形容詞を入れるとすれば、労働条件決定 に当たって、労使は全く対等な立場という法制化をしていること。ただ、これは考え方 ですから、実際に法制化するときの表現はどうするかということでしょうが、ここに書 いてあるようなことは、おそらく総則の中で何らかの形での表現になってくるのだろう と思っております。  そうすると、労働契約の中で言われる実質的対等な立場と、労働条件決定に当たって 対等な立場で決定するというその違いは、どういう要因をもって「実質的」ということ が入ってくるのでしょうか。その部分が私にはよく見えない部分があったなという感じ がしております。おそらく法制化するときの表現は、かなり慎重に検討するものとは思 われますが、そこが気になる点でした。 ○分科会長 それでは(2)に移ります。 ○原川委員 (2)ですか。(1)でもいいのですか。 ○分科会長 (1)のほうで残っていることがあればどうぞ。 ○原川委員 (1)のほうから申し上げたいと思います。まず1番目の「実質的に対等な立 場」という文言がありますが、いままでも使側のほうから意見が出ましたように、労基 法では「対等な立場」と言っており、一方で労働契約法では、「実質的に対等な立場」と いう言い方をしております。この違いが何かということは、私も非常に懸念に思ってお ります。実質的でない対等な立場というのは、どういうものなのか。そういうように考 えますと、労働基準法で「対等な立場」という言葉で言っているわけですから、あえて 「実質的」というのを付けなくてもいいのではないかと思います。  それから、ここには「労使自治」とか「自主的決定を尊重する」という言葉がないの です。いま谷川委員がおっしゃったように、労働契約法というのは片務的ではなくて、 労使の双務的なルールを定めることが非常に重要であると思います。したがって「労使 自治」とか「自主的決定を尊重する」という文言が、是非とも必要ではないかと考えま す。  また「安心して働くことができる」という文言がありますが、この「安心して」とい うのは、非常に情緒的な表現に過ぎると思います。いま個別紛争の起因についてのご議 論がありました。もちろん中小企業でも、一方的に経営者が労働者に対して言うという ケースもあるかもしれませんが、双方の価値観の違いや誤解、感情のもつれ、そういう もので言った言わないというようなことで紛争が起こることも多々あると、私は認識し ております。こういうことは事実、地方のほうからも上がってきているわけです。安全 配慮というのは必要だと思いますが、いじめ、嫌がらせ、パワハラといったことは、受 け取る側の感情にも起因することがありますから、一方的に使用者に義務づけるという のは、いかがなものかと思います。  (2)の均衡を考慮するということですが、実際に均衡を考慮する、あるいは均衡処遇と いうのに該当する事例と言いますか、対象者というのはどういう人が対象になるかとい うことを、よく考える必要があると思います。これは有期と無期とか、有期の中でもパ ート、派遣、契約、アルバイトといった人たちがいるわけです。ただ、実際に均衡を考 慮するということで問題として対象になる人というのは、一部のパートぐらいではない かと思います。ですから具体的にイメージさせるようなものであることが必要ではない でしょうか。そもそもこういうように広く書くということに、実質的に意味があるのか どうかということをつくづく感じます。仮に、一部のパートタイマーが該当するとして も、それは例外的なものですから、通則としてこういう表現で入れるのは、いかがなも のかと考えます。 ○田邉氏(渡邊佳英委員代理) (2)の均衡については、いま原川委員がおっしゃっておりま すし、これまでの議論の中でも使用者側が申し述べておりますので、基本的にはそうい う内容を申し上げようと思っていたところなのです。  (1)については、総則だから概念としてはわりと広めに入れてもいいのではないかとい うようなご意見だったと思います。そうしたときに長谷川委員から、濫用をどう担保し ていくのかという疑問というか、問題提起がありました。そういうところを考えていく と、例えば「丁寧な説明」というのは、確かに総則としてはあるかもしれませんが、そ れをどう担保していくのか、時間なのか、回数なのかといったところを考える。また手 続違反というお話もありましたが、では手続に違反した場合、それが処罰になるのか、 実行させるのかというところだと思うのです。そうすると、総則だから曖昧な概念でも 入れてもいいということには、必ずしもならないのではないかと考えております。 ○長谷川委員 曖昧な概念だから入れてもいいのではないかというのではありません。 私も質問の中で言っているのですが、例えば「労働者の理解の促進」であれば、例えば 情報提供というのがありますよね。それは2回なのか3回なのかという話になったので すが、2回とか3回で事足りると言えるかどうかは、それぞれ理解度も違うわけです。 しかし丁寧な説明を行うとか、情報提供を行うというのは入ってくると思います。それ をやらなかった場合の効果については、やはり議論しておく必要があるのではないかと 思います。  先ほども言ったように書面でも、書面で行った場合の効果と、書面でやらなかった場 合はどうなるのかということについても、議論しておく必要があります。また書面でや った場合でも、あなたは書面にちゃんと判を押したでしょうということは必ず起きるの です。私も書面化がすべていいとは思っていませんので、その辺についてももう少し議 論が必要です。  ですから総則だからザクッとして、そのままでいいとは思っていません。やはりここ は議論することが必要です。これは事務局に聞こうと思ったのですが、ここの所が安全 配慮義務だとすれば、どういう所を範囲として考えるのかというのも、議論をしておく 必要があるのではないでしょうか。ですから書きっぱなしだとは思っていませんので、 おっしゃったように、ここはもう少し議論を深めることが必要ではないかと思っていま す。 ○紀陸委員 (1)の部分ですが、私どもは基本的に細々と書き上げるのは反対です。雇用 形態の多様化や勤労者の意識の変化によって、ただでさえ個別紛争が起こり得る素地が あるのです。しかも基準法の中に「労使が対等の立場で労働条件を決定する」と定めら れているにもかかわらず、紛争が起きてくる。だから「実質的な対等」という言葉を入 れて、紛争を防止しようという考え方が(1)にはあるのでしょう。しかし労使の間で起き た紛争というのは、本当は労使で解決することです。これが出来ればいちばん望ましい ことであって、本来はそういうことを目指すべきではないかと思います。  前から申し上げているのですが、労使の自治というのをこの法律の基本的な精神とし て入れるべきです。それが基本だと思うのです。それがこの法律をうまく回して、かつ 紛争の防止に資するような仕組みを、どうやって設けるかということだと思います。書 面がどうだとか、コミュニケーションのあれを何回やるとか、そういうものを作れば作 るほど、それに反する理解が増えてくるわけです。そういうものはかえって紛争を引き 起こしかねないと思うのです。精神論ではありますが、労使の自治というものを挙げて おいて、それをどうやってそれぞれの会社の中でつくり上げていくかというのが、非常 に大事ではないかと思います。  そういう意味で、この契約法制のいちばんの目的は労使の自治にあって、それが結果 的に個別紛争の件数を減らすとか、起きても迅速な解決に資するとか、そういうことを 狙うのがこの法律なのです。入口から出口まで、それぞれのステップごとに細かいもの を課したところで、全然逆の結果にしかなり得ないのではないかという考え方を強く持 っています。おそらく使側の皆さんは、そういうように思っているのではないかと思い ます。  次に、(2)の均衡配慮にまいります。基本的に考えて、正規の方と非正規の方、有期の 方と有期でない方の格差是正ということでしょうけれども、これが何を狙っているのか。 例えば今日の参考に出ている均衡配慮の厚生労働省の告示ですね。私どもの基本的な考 え方として、同一価値労働同一賃金というのは否定しません。同一価値労働であれば同 一賃金ということが論じられる場面は相当限られてきます。  そもそも正規従業員の採用、賃金決定の仕組み、人事評価の仕組み、非正規のパート の方々の採用や処遇のやり方は全然違います。片方の人は本当に定年までという考え方 で採るわけで、非正規の方は、せいぜい時間単位で採るわけです。採用基準も処遇基準 も全然違います。ここにある仕事も同じで、均衡を考える必要性のある場合には、告示 の1や2の条件に当てはめて、均衡に近いあるいは均等に近い考え方を実現しようとい うことなのでしょうけれども、そういうことは非常に限られている話です。そういう限 られている話を契約法の総論にぼこっと入れるというのは、何を考えているのかよく理 解できません。そういう意味で(2)のようなよくわからない考え方を入れていくのは、私 どもは反対だと思っています。これは男女の均等法や告示の場面ですでにあるわけで、 契約法の一般通則の中にこういうものを入れてくるというのは、あまりにもミスリード に過ぎはしないか。そういう意味で反対です。 ○石塚委員 結局、最後にはまた、そもそも労働契約法がなぜ必要なのかという議論に 戻ってしまったと思うのです。私どもは「労使自治」と書くだけなら、別に法律も何も 要らないだろうと思っています。契約の内容は基本的には労使自治だと思っていますが、 現実は基準法だけでもなかなか罷り通らなくなってきています。しかも個別の紛争も増 えてきている。そういう中で労使がそれぞれ対等に、自分の自由な意思決定ができるだ けの環境を整えた上でのルールづくりが、やはり必要だと思っています。  労使自治ということだけであれば、まさに法律は必要なくなってしまうと思いますが、 逆にそれが現実に起きている問題に対して、解決に資するかというと、私はたぶん寄与 しないと思っています。すなわち先ほどから強調しているように、集団的労使関係が機 能しているうちはいいのです。ただ情けないことに、労働組合は組織率が下がっていま すから、個別の労働者と使用者と向き合う局面が増えているわけです。そこで「労使自 治だ」と言われたら、その労使自治というのは、どうやって平等な関係が、どうやって 実質的に対等な関係ができるのだろうかと。労使自治だから勝手に決めればいいではな いかというようになれば、そこはちょっとどうかなというのが労働側の立場です。  仮に1対1の使用者と労働者個人とが向き合って、対等な立場で契約を結ぼうという ときには、やはり私は対等ではないと思っていますので、労働者が自分で自己決定でき るような環境条件をどうやってつくっていくのか。条件づくりは必要だと思いますから、 そこが労働契約法の1つの大きな目的ではないかと思います。ですから、ここはどこま で行っても最後までうまく平仄が合わないかもしれませんが、基本的主張として私は、 依然としてそう思っているという点が1つあります。  (2)については、先ほどから言っているように、集団と経営者とが向き合っているうち ならいいのですが、そうではないわけです。それこそ多様な雇用形態があり得ます。こ の多様な雇用形態の中で、「典型」と「非典型」という言い方をすれば、非典型の中で正 社員と同等なというのは、ごく限られたとおっしゃいますが、実態はそうなのでしょう か。非典型、パート、派遣の中で、私どもとしてはかなりの程度、正社員とほぼ等しい ことをやっているという局面が増えてきているのではないかという認識があります。そ うであるがゆえに、労働基準法があって、なおかつ労働契約法を作ろうというわけです から、そこにおける労働者の概念というのは、私はもっと幅広く取られるべきだろうと 思っています。労働基準法上における労働者が対象になるのは、当たり前ですが、それ 以外にもいわば労働者と自営の中間系の形がいくらでもあるわけですから、請負等々も 対象者に含めた上でやるべきだろうと思います。それが公正なルールを定めることにな るのではなかろうかと思います。  そういうときに気になっている点が1つあります。かつての研究会報告書にこだ わるつもりはありませんが、研究会報告書の中には「均衡を考慮する」ではなくて、「均 等を」という概念が、かなり明解に出されていました。そのときの理由づけの中に、平 等というものを基本原則の中に入れるべきだという議論もあるけれども、平等という概 念は基準法上でも謳われるとしたら、あるいは男女雇用均等のほうでも謳われているか ら、ここではあえて付けない。その代わり均等というものを大事にした立法を、この契 約法の中で考えるべきだというのが、研究会報告として私が非常に印象に残っている局 面です。  したがって、新しい多様化した時代の中における幅広い労働者を規定して、なおかつ その中で公明な、公正なルールを設定しようというわけですから、均等か均衡かという 概念の対立はあると思いますが、幅広い概念の中で新しいルールをつくる以上は、平等 規定ないし均等というものを大事にした原則でやるべきではないかと思っています。こ れは労働側共通の考え方だろうと思っています。 ○分科会長 いまの点について、いかがですか。 ○長谷川委員 進め方ですが、労使だけで意見交換をしているけれども、公益も構成メ ンバーですから、やはり意見を話すということが必要ではないでしょうか。何も労使だ けでこの法律を作るわけでもないのですから。別に意見がなければいいですよ。  紀陸委員はよくご存じだと思いますが、この契約法は使用者を縛るとか、労働者を縛 る法律ではないと思っています。ある意味で労働者と使用者の権利と義務を、ちゃんと 規律しておこうという法律だと思っています。  その結果、何の効果があるのか。ここになってくると、労働組合はすごく言いにくい のですが、やはり組織率が低下して、集団的に労使関係を作っていくことができづらく なってきています。そういう意味で個別的労働紛争が増加しているのですが、労働者と 使用者の権利と義務を書いた法律があれば、労働者も使用者も予測の可能性と言います か、予見はすごくできるようになりますよね。解雇というのは乱暴にやってはいけない のだな、やはりそれなりの合理性が必要だなと思うし、労働者も解雇というのはそうだ なということで、双方が気付くと思うのです。やはり労働条件の引下げとか、いろいろ 書いてあることだってそうです。お互いにここにはこういうものが必要だということが 理解できるというのは、双方がそこに対して努力をすると思うのです。何も使用者側だ けが努力するのではなくて、労働者側もそうだと思うのです。  基準法は、事業主は何々をしてはならないという罰則付きですよね。ですから事業主 だけが書かれているわけですが、契約法というのはそうではないわけです。  冒頭の(1)にも書いてありますが、「実質的に対等の立場」と言っても、どう見ても使用 者のほうが力を持っているのです。労働者はその会社に採用されたくてそこに行くので すから。そのときに「あなたにはこうです、こうです、こうです」と言って就業規則な どを見せられて、「これに異議がありますか」と言われても、その会社に採用されたので すから異議があるなどとは、誰も言わないと思います。労働契約の特徴というのは、そ うだと思うのです。そういう意味では確かに対等交渉ですが、「実質的に」というのは(1) に戻って言えば、やはり労働者と使用者はそんなに対等ではないので、どこを労働者に 補強するのかと。確かに労働者保護だと言われればそうかもしれませんが。  それと同時に、こういうものができれば、私はやはり紛争の予防効果があるのではな いかと思います。いまは労働審判と各都道府県の労働局がやっている個別紛争解決制度 がありますが、将来的には企業内の労使の紛争解決機能をもっと高めることも重要です。 そのためにも手続と実体の両面を規定した法の整備というのが必要ではないかと思いま す。  均等処遇と均衡処遇については、いつも労使がぶつかるのですが、雇用就業形態の多 様化が進んでいるときに、雇用や就労形態の異なることをもって様々な処遇に差があっ ていいかどうかというのは、この際、是非議論していただきたいと思います。 ○田島委員 いまの均等の問題ですが、やはり均衡ではなくて均等という概念で、しっ かり入れるべきだと思います。使用者側の意見の中では、正社員と比較可能なのは一部 のパート労働者で、少数だろうと言っていますが、働く女性の半分は非正規雇用ですし、 男女を合わせても3分の1の労働者が、そういう形になっています。とりわけ女性と若 者たちが非正規ということで、雇用形態が違うだけで賃金や労働条件、あるいは一時金 についても大きく違うのです。こういう中で、こういう格差だけをそのまま放置した形 での契約法というのはあり得ないでしょう。そこを均等処遇に向けて契約法を成立させ ていくことが、当然必要だろうと思います。  あともう1点、使用者側の意見を聞いて、私は愕然としています。いじめやセクハラ などのさまざまな問題が、いわゆる労労問題的な形で、使用者だけが悪いのではない、 経営者だけが悪いのではないというようなご発言がありました。しかし基本的には今日 的な形で、生産性の問題あるいは競争が激しくなって、結果的に労働者にしわ寄せがく る中で、いじめやさまざまな問題が起きていると思います。そういう根っこの問題の中 には、やはり労使の対等性ということがきちんと担保されないで、労働者は働く立場で、 一人ひとりは弱いものなのです。弱いからこそ、言ってみれば日本的に経営者の要望を 斟酌して、忖度して、一生懸命働いて、諸外国では考えられないような、過労死まです るような働き方をするという現実があるわけです。そういう意味では、もう労使は法律 的に対等なのだから、それでいいのだということではなく、やはり実質的に対等性を担 保する法的な枠組みを、しっかりとつくっていかなくてはいけないだろうと思います。  あと、もう1点。これはエグゼンプションの論議にも入ってくると思いますが、いじ めや嫌がらせの問題の中で、例えば過労死の人たちの話を聞くと、本人の裁量権がある かないかの問題ではなく、業務量の問題と職場のサポート体制、支える体制の問題なの です。本当に労働者一人ひとりが孤立化してしまったら、そういうところに追い込まれ てしまうという問題があります。そういう意味で、職場で安心して働けるような環境を つくるのは、私は経営者にとっても使用者にとっても損なことではないと思いますので、 なぜ「安心」とか「実質的」という所に、使用者側がこだわるのか理解できないと言い ますか、労側の立場からは、こんなことは当たり前ではないか、それがあって初めて生 産性を高められるんだという思いがしていますから、意見を言わせてもらいました。 ○君嶋氏(山下委員代理) 安心という点に関して、若干反論させていただきます。私 の理解では、もちろんハラスメントや嫌がらせというのは、労労の問題であるとは全く 思っておりません。会社としてもセクハラその他のいじめを防ぐように努力する、配慮 する義務があると信じております。ただ、それは例えば男女雇用機会均等法のセクハラ の防止という所で定められますし、来年の4月から使用者の義務が、またワングレード アップするわけです。ですから、そういう特別法で規定すればいい話で、労働契約法と いう一般法の中に、あえて「安心」という受けとめ方によって、非常にいろいろな判断 がされてしまうような概念を入れる必要があるのかどうかというのは、やはり疑問に感 じます。  それから均衡という点に関して、3分の1の人たちがそういう問題で苦しんでいると いうコメントがありました。そうであっても、先ほど紀陸委員もおっしゃっていたよう に、やはり契約一般の通則と言うより、それを手当てすべき場面があるわけですから、 そちらで手当てをすれば十分ではないかと思います。一般法の通則の中に入れるべきで はないのではないかと思います。  特に、同一価値労働同一賃金という概念を全く否定するわけではなく、同じ労働で、 かつ会社側として期待している労働者の形態が同一であれば、やはり同一の処遇をする べきだと思っています。思ってはいますけれども、やはり人事制度や処遇というのは、 それぞれの雇用形態に応じて全く異なるものです。トレーニングにしても違うものを用 意したり、長期間勤務することを想定したりしているといった形で、違う処遇を行って いるので、そういった場面についても、果たして均衡とは何ぞやというところにきてし まうのではないかと思います。 ○今田委員 公益のほうから発言します。均衡についてですが、私の理解では、均衡と いうのは異なった働き方があって、その違いというのがまず前提になって、その違いの 間のバランスを問うことが均衡の問題だと思います。均等というのは、かくかくしかじ かの条件があれば同じに扱いなさい、つまり差別をしてはいけませんという、差別を禁 止する手段、パスフェクティブと言いますか、では、なぜここで均衡を議論するのか。 やはり皆さんご議論されているように、さまざまな就業形態の多様化が進んで、いろい ろな働き方が拡大しているわけです。そういう違った働き方があるけれども、その人た ちをどう処遇していいのか、その人たちそれぞれの働きに応じた労働条件や補習などを、 どうすればいいのかということについて、かなり大きな問題になっているわけです。そ ういう問題に対応するための1つの物差しというか、考え方が均衡という考え方だと、 私は理解しています。ですから平等、同じ、差別禁止という思考でものを考えていくと、 均衡というのは、なかなか考えにくいのです。  紀陸委員がおっしゃったように、一部の人ではなくて、全体的にいろいろ違った働き 方が、これからはどんどん増えていきますし、いまはもう現実に一部の人と多数の人が 違うというような多様化のレベルではないのです。そういう意味から、多様化に対応す る1つの考え方として、均衡というのが有効ではないか。労働契約法というのは、まさ にそういう時代を担って、基準法の役割をも踏襲しながら、新しい社会への対応という 役割を担うものですから、労働契約法にとって均衡という考え方は、1つの大きな柱に なる。あるいは法律全体の方向づけと言いますか、基本的に重要視する考え方になり得 るものではないでしょうか。一部の現象だし、ほかにいろいろな法律があるのだから、 それで対応すれば事足りるのではないかというご議論が出されましたが、私はやはり重 要な考え方としてあり得るのではないかと思います。 ○渡辺(章)委員 安心ということについて1点。安全配慮義務というのは、要するに 危険有害な業務から労働者を守るという、物的な施設その他の環境から健康を保護する ことですが、セクシャルハラスメントやパワー・ハラスメントというのは、人的環境な のです。人間がつくり出すものです。ですから、物的と人的とを総合する概念として「安 心」という日本語が、それを受けとめる側にとって適切な用語かどうか、これは用語の 選択の問題として考えるべきことでしょう。まさしく人的危険有害から生命や健康が守 られ、あるいは人的環境から労働者の人格的、名誉、尊厳というものが守られるべきで あるということを、労働契約の一般通則として出すことに、私は意味があると思います。 通則だからこそ両面にわたって、そういう法的な利益というものが確保される労働関係 であるべきです。それは理念として是非必要なことではないかと私は考えます。特別な 個別の法律の中に閉じ込めておけばよいという問題ではないと考えます。 ○分科会長 時間が切迫してきましたが、「国の役割」について何かご議論はありますか。 ○長谷川委員 今日の資料にも書いてありますが、周知や啓発は必要だと思っておりま す。そういう意味ではレジュメの(1)、「契約法の解釈を明らかにして周知を行うこと」と いう役割はあるのではないかと思います。ただ全体をもう1回見て、どういう出来具合 になるかによってです。例えば法律全体の出来上がりで、手続について罰則をかけると いう話になれば、「国の役割」ももっと違ってくるだろうし、手続などに罰則はかけない というようになれば、また違うでしょう。全体的な法律の出来具合で、ここはもう1回 議論が必要ではないかと思います。 ○分科会長 使用者側は何かございますか。 ○田邉氏(渡邊佳英委員代理) 「国の役割」で、「労働契約法の解釈を明らかにする」 とあるのですが、そもそも国が解釈をしなければわからないような法律でいいのかとい う疑問があります。そこら辺も含めて決めていく、という話合いを持つべきではないか と思います。 ○分科会長 時間がきてしまいました。次の分科会でも労働契約法制の話を続けたいと 思います。では次回の日程について、事務局から説明をお願いします。 ○監督課長 次回の労働条件分科会は9月19日火曜日、17〜19時までです。場所は厚 生労働省9階省議室で開催する予定ですので、どうぞよろしくお願いいたします。 ○分科会長 本日の分科会はこれで終了いたします。議事録の署名人は石塚委員と紀陸 委員です。よろしくお願いいたします。どうもありがとうございました。 (照会先)                     労働基準局監督課企画係(内線5423)