船員保険制度の在り方に関する検討会報告書

平成17年12月14日

1. 検討の経緯

 船員保険制度は、船員を対象とする総合保険として、昭和15年の創設以来、船員労働の特殊性を踏まえた給付を行い、船員及びその家族の生活の安定と福祉の向上に大きく寄与してきた。

 しかしながら、昭和46年度をピークに被保険者数が減少し続けており、制度運営は厳しさを増している。昭和61年4月には、公的年金制度の再編成の一環として、船員保険制度の職務外年金部門を厚生年金保険制度に統合するという大改正が行われたが、その後も長期給付を行う職務上年金部門については平成10年度以降単年度収支の赤字が続くなど、現在も構造的な財政問題を抱えている状況である。

 また、現在、政府部内で特別会計の見直しについて議論されているが、その中で、
 平成15年11月に財政制度等審議会がとりまとめた「特別会計の見直しについて−基本的考え方と具体的方策−」において、「船員保険特別会計については、被保険者数(8年度:99千人→14年度:70千人)等の推移を踏まえ、今後、独立した保険事業としての必要性を検討すべきである」と指摘されたほか、
 平成16年6月に閣議決定された「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2004」において「「特別会計の見直しについて−基本的考え方と具体的方策−」(平成15年11月26日財政制度等審議会)で提起されている保険事業についてはその存廃も含めて検討する」
と指摘されている。

 これらを踏まえ、今後の船員保険制度の在り方について検討することを目的として、平成16年10月に本検討会が設置され、船員保険制度における受益と負担の当事者である被保険者及び船舶所有者を代表する者等により、8回にわたって議論を重ねてきた。

 本報告書は、今後の船員保険制度の見直しの方向性について、本検討会における議論を踏まえ、提示された意見に留意しつつ、船員保険制度の関係当事者の共通認識をとりまとめたものであり、関係当事者や厚生労働省、国土交通省に対し、今後、本報告書の内容に沿って船員保険制度の見直しを具体的に進めることを求めるものである。


2. 制度の現状等

(1) 被保険者数の推移

 船員保険制度の被保険者数は、平成16年度62,944人であり、その減少傾向に歯止めがかかっていない状況である。これに伴い、保険料収入も依然として減少し続けており、収支が安定してきた部門もあるが、特に、長期給付を行う職務上年金部門においては、平成10年度以降単年度収支の赤字が続くなど、厳しい財政運営となっており、抜本的な財政対策が必要な状況である。

 こうした中で、船員保険の未加入者に対する対策として、平成17年1月より適用促進対策の強化を図ったところであり、また、経済情勢の回復基調等を背景に、汽船の被保険者数に関しては下げ止まりの兆しが見られるが、長期的には被保険者数が減少し続けるものと見込まれるところである。これに関し、被保険者及び船舶所有者からは、保険財政の将来見通しを試算するに当たって、最も厳しいケースとして、将来は3万人又は3万5千人まで減少するという想定が示されたところである。


(2) 財政面での課題

 今後とも被保険者数の減少傾向が続いた場合に、保険財政にどのような影響が生じるかについて、本検討会では、一定の前提をおいた上で、疾病部門、職務上年金部門及び失業部門それぞれの機械的な財政推計を行って検証した。

 被保険者数が平成27年度に3万人又は3万5千人となるケースについて、各部門の機械的な財政推計を行ったところ、職務上年金部門については、現行の制度と保険料率を前提とする限りにおいて、将来にわたり支払いを継続できるケースとともに、途中の年度で積立金が枯渇し財政破綻する試算結果も複数見られた。そのうち最も深刻なケースでは、平成32年度に職務上年金部門の積立金が枯渇し、支払不能に陥る可能性があることが示された。

 船員保険の職務上年金部門は、新規受給者の将来にわたる年金給付を給付時点の船舶所有者からの保険料収入と積立金の運用収入等で賄うこととしており、今後、保険集団として規模が縮小した場合、将来の年金給付を賄うための保険料負担が過大なものとなる可能性がある。また仮に、労働者災害補償保険制度と同様に、新規受給者の将来にわたる年金給付を災害発生年度の事業主で負担する財政方式(以下「充足賦課方式」という。)に変更した場合、平成17年度末で約1,700億円の積立不足が見込まれる。


(3) 特別会計改革との関係

 1で述べたとおり、「特別会計の見直しについて−基本的考え方と具体的方策−」及び「経済財政運営と構造改革に関する基本方針」において、船員保険特別会計については存廃も含めて検討すること等とされている。

 また、平成17年11月には、財政制度等審議会において、「船員保険事業のうち健康保険制度に相当する部分については公法人化した政管健保を含め国以外の主体による運営を、また、労災保険制度及び雇用保険制度に相当する部分については労働保険特別会計との統合を検討すべきである」と指摘されており、この特別会計改革の中で船員に対する必要な保障を維持していくという観点からも、本検討会において、船員保険制度の今後の在り方について結論を出すべきである。


(4) 社会保険庁改革との関係

 船員保険の保険者である社会保険庁については、平成20年秋に、公的年金の運営を担う国の機関である年金運営新組織と、政府管掌健康保険の運営を担う国以外の公法人に分離されることが検討されており、平成18年の通常国会に関連法案が提出される予定であることから、この面からも船員保険の運営組織の見直しが避けられない状況である。


3. 今後の船員保険制度の在り方について

(1) 船員保険制度の在り方の基本的な方向

 以上のように、船員保険制度を取り巻く環境は、安定的な制度運営にとって大変厳しいものとなっており、今後の船員保険制度の在り方について抜本的な見直しが行われるべき状況にある。
 制度の見直しに当たっては、2で指摘した制度をめぐる状況の下、次の点を考慮する必要がある。

 職務上年金部門の財政問題については、年々被保険者数が減少し続ける船員保険制度の中だけで解決することには限界がある。一方、労働者災害補償保険制度においては、長期給付について充足賦課方式による財政運営を行うとともに、給付等に要する費用の一部を全業種一律に負担するという考え方で保険料率を設定することにより、財政の長期安定性を保つ仕組みとなっている。

 船員が陸上勤務に移った場合、船員保険制度の被保険者から雇用保険制度の被保険者へと移行することになるが、船員保険制度の失業部門と雇用保険制度との間で被保険者期間が通算できないなど、船員と陸上労働者の制度が分立していることによる不都合も生じている。

 船員労働については、海上という厳しい労働環境による肉体的負荷を長期にわたり負うこと、乗船中に医師による治療を受けることが陸上と比較して困難であること、船舶が生活の場ともなるため長期にわたって家庭から離れなければならないこと等の特殊性があり、船員保険の給付の中には「船員労働の特殊性」との関連が深いものがある。

 以上のような状況を踏まえれば、財政の長期安定性の確保や制度が分立していることの不都合の解消という観点から、船員保険制度の各部門(職務外疾病部門、職務上疾病・年金部門及び失業部門)のうち統合効果があるものについて、一般制度(健康保険制度、労働者災害補償保険制度及び雇用保険制度)に統合すること(以下「一般制度への統合」という。)を基本とした上で、船員労働の特殊性にかんがみ、なお不可欠と考えられる給付については、引き続き給付できるよう船員独自の仕組みを構築することが必要である。

 具体的には、職務上疾病・年金部門及び失業部門については、労働者災害補償保険制度及び雇用保険制度に相当する部分を、それぞれ一般制度に統合するとともに、船員保険制度のその他の部分については、国以外の公法人で実施することを基本とし、今後速やかに具体的な検討に入るべきである。これに関しては、被保険者側から、一般制度への統合は選択肢の一つであり、引き続き船員独自の総合保険制度として維持することについても検討すべきであるとする意見や、統合後の全体的な保険料負担の具体的な姿をはじめ先行きが不透明であるとする意見があった一方、船舶所有者側から、統合後も強制加入を担保できるような仕組みが必要であるとする意見もあった。


(2) 一般制度への統合に当たっての留意事項

 船員保険制度の一般制度への統合に当たっては、次のような事項に留意する必要があり、今後、関係当事者において引き続き検討を進めるべきである。

ア. 積立不足額の取扱い

 職務上年金部門の統合に伴い、充足賦課方式による財政運営に移行するに当たっては、既裁定受給者に係る将来の年金給付に要する資金について多額の積立不足が生じることから、これを償却することが必要となる。

 積立不足の償却に当たっては、保険料負担によるほか、現在船員保険が保有している積立金等を充当することについて、船員保険制度全体で検討する必要がある。これに関しては、積立金は船員保険制度全体で一括して管理されており、その全額を積立不足の償却に充てるべき、との意見がある一方、被保険者の保険料負担に係る積立金については、積立不足の償却に限定すべきでない、との意見があった。

 また、積立不足を償却するために必要となる船舶所有者の保険料負担を急激に過大なものとしないため、積立不足額の償却の期間等について検討する必要がある。

イ. 船員労働の特殊性を踏まえた給付の取扱い

 船員保険制度の一般制度への統合に当たっては、一般制度における給付内容との均衡を図っていくことを基本としつつ、船員保険の独自給付の取扱いについて見直しを検討する必要がある。

 船員保険法に基づく独自給付の中には、
 船員法において災害補償の内容等が定められている給付があることや、
 国際労働機関(ILO)において採択された「商船における最低基準に関する条約(第百四十七号)」において、国内法令の内容が同条約附属書に掲げる条約の内容と実質的に同等であることを確認することとされていること
から、船員法に根拠を有する独自給付については、引き続き給付できる仕組みを構築することが必要である。

 上記以外の独自給付についても、今後の検討を通じて、船員労働の特殊性の観点からなお必要不可欠と判断される場合に、引き続き給付できる仕組みを構築することが適当である。これに関しては、船員保険の独自給付は包括承継すべきであるとする意見もあった。

 引き続き実施する独自給付に要する費用については、給付の性格に応じて、被保険者及び船舶所有者の適正な保険料負担により賄う仕組みとすることが適当である。

 なお、船員保険制度の給付の中には、下船後3月の療養補償(船員法第89条第2項に規定する療養補償をいう。)等の複数の一般制度にまたがる可能性のある性格を持つ給付もあるため、船員保険制度を一般制度に統合する場合、単純に整理することが難しいことを踏まえつつ、引き続き給付するための仕組みを検討する必要がある。

ウ. 福祉事業の取扱い

 福祉事業については、事業開始時点から社会経済情勢が変化していることを踏まえ、真に必要な事業を精査して実施することが求められており、一般制度と統合した後においては、関連する法令の差異に留意しつつ、原則として、一般制度における福祉事業の取扱いとの整合を図っていくことを基本として実施していくこととする。

 ただし、無線医療センターの運営や洋上救急医療の援護など、特に船員労働の特殊性との関連が深い事業については、引き続き実施することが適当と考えられる。これらの事業の実施方法については、一般制度の福祉事業の範囲を超えるものであることから、一般制度の福祉事業以外の仕組みも視野に入れ幅広く検討することが必要である。

 また、船員保険制度の福祉施設(船員保険病院・診療所、船員保険保養所等)については、特別会計改革における議論や、国が保有する公的施設の在り方に関する議論において、廃止・民営化などの整理合理化措置を進めることとされている点を踏まえ、引き続き整理合理化に取り組むとともに、個々の施設ごとにみて真に必要と認められる施設の設置運営の在り方については、国以外の主体による管理・運営の方法も視野に入れて検討すべきである。

エ. 事務の効率性等

 船員保険制度の一般制度への統合に当たっては、事務の効率性や被保険者等の利便性の確保等に配慮しつつ、国以外の公法人が実施する場合を含め、事務コストの削減に努めるべきである。

 今後の検討に当たっては、統合後の保険料率の合計が可能な限り統合前の水準並みとなるよう検討していくことが適当である。


(3) 船員保険特別会計の取扱い

 現在国の行う船員保険事業は、保険料財源を中心に運営されており、給付と負担の関係を明確にする必要があることから、同事業を区分経理するために船員保険特別会計が設置されている。したがって、船員保険特別会計の見直しについては、船員保険制度の在り方の見直しに応じて行う必要があり、4で述べる同制度の関係者による協議の結果を踏まえて検討すべきである。


4. 制度改正に関する検討の進め方

 船員保険制度の見直しに当たっては、
 他の社会保障制度や国際条約との関連に留意して、個々の給付についての整理が必要であること、
 新たな船員保険の運営組織において、システム開発等の円滑な体制整備のために一定の期間を要すること、
 職務上年金部門の積立不足額の償却に向けた取組の円滑な進捗を見極める必要があること
等から、見直し後の制度を実施するまでには相当の移行期間が必要である。

 それまでの間は、船員保険の給付や保険料徴収等の業務について現に社会保険事務所等が地方運輸局との連携の下に行っていることを考慮し、円滑な事業の実施を図る観点から、社会保険庁(年金運営新組織の設立後は年金運営新組織)において、暫定的に船員保険事業を運営することが適当であり、政府においてはそのために必要な法整備を行うべきである。

 また、3(1)で示した基本的な方向に沿って、船員保険制度の在り方を見直すため、船員保険制度の関係者において、新たな給付の仕組みの在り方、独自給付や福祉事業の種類・内容の整理等について、今後、具体的に掘り下げた検討が必要である。
 このため、被保険者、船舶所有者、厚生労働省、国土交通省等の関係者において船員保険事業に関する討議の場を設け、今後1年程度の期間をかけて、船員保険制度と一般制度の統合の具体的な形について、本報告書を踏まえた具体的な協議・検討を行い、関係者間の合意形成を図るべきである。

 制度見直し後の新たな仕組みや法令上の位置付け等については、統合の受け皿となる一般制度を運営する立場からの検討も必要となる。
 このため、船員保険制度の被保険者、船舶所有者等による検討の状況も踏まえつつ、関係する審議会に対して、統合する場合の制度の在り方等に関する検討を開始するよう求めることが適当である。



「船員保険制度の在り方に関する検討会」の開催状況


第1回(平成16年10月28日)
座長の選出について
検討会の今後の大まかなスケジュールについて
船員保険制度の概要等について
船員保険制度勉強会における主な意見について
その他

第2回(平成16年11月29日)
船員保険制度の各部門の収支見込みについて
船員保険制度の各部門を一般制度に統合するとした場合の論点について
その他

第3回(平成16年12月24日)
福祉事業について
論点の整理について
その他

第4回(平成17年6月1日)
経済財政諮問会議の審議状況について
社会保険庁の在り方に関する有識者会議の最終報告について
医療保険制度改革における政管健保に関する議論の状況について
船員保険特別会計の平成17年度予算について
船員職業安定法の改正等の概要について
その他

第5回(平成17年7月28日)
今後の船員保険制度の在り方について
その他

第6回(平成17年8月26日)
今後の船員保険制度の在り方について
その他

第7回(平成17年11月29日)
今後の船員保険制度の在り方について
その他

第8回(平成17年12月14日)
検討会報告書案について
船員保険における医療制度改正について
その他



船員保険制度の在り方に関する検討会名簿


岩村 正彦 (東京大学大学院法学政治学研究科教授)

野川 忍 (東京学芸大学教育学部教授)

 西村 万里子 (明治学院大学法学部政治学科教授)

 藤澤 洋二 (全日本海員組合 副組合長)

 三尾 勝 (全日本海員組合 政策教宣局長)

 山口 守 (全日本海員組合 総合政策部長)

 龍井 葉二 (日本労働組合総連合会 総合政策局長)

 江口 光三 (社団法人日本船主協会 労政委員会委員)

 谷口 征三 (社団法人日本旅客船協会 副会長)

 堀 博道 (日本内航海運組合総連合会 船員政策委員会委員)

 小坂 智規 (社団法人大日本水産会 常務理事)

 松井 博志 (社団法人日本経済団体連合会国民生活本部長)


(◎は座長、○は座長代理 順不同)

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