資料
医師等の行政処分のあり方等に関する検討会報告書(案)

平成17年12月○○日

1.はじめに
 近年、医療の質と安全に関する社会の関心が高まっている。現在検討されている医療提供体制改革においても、医療の質と安全性の向上は大きなテーマであり、そのための医師及び歯科医師(以下「医師等」という。)をはじめとする医療を担う人材の資質の向上は重要な課題である。
 医師等の資質向上対策の一つとして、本年4月に「行政処分を受けた医師に対する再教育に関する検討会報告書」が取りまとめられ、行政処分を受けた医師等に対する再教育の義務付けが提言されるとともに、報告書を取りまとめるにあたって明らかとなった行政処分に係る課題が示され、これらについては別の場で引き続き検討されるべきとされたところである。
 これを受け、「医師等の行政処分のあり方等に関する検討会」を開催し、上記報告書で示された課題等について検討を進めてきたところであるが、それぞれの課題等について一定の方向性がまとまったことから、これまでの議論の結果を取りまとめるものである。


2.処分類型の見直し
 現行の行政処分の類型は「医業停止(歯科医師の場合は歯科医業停止。以下両者を一括して「医業停止等」という。)」と「免許取消」のみであるが、再教育制度の導入に当たり、現在医業停止処分(歯科医師の場合は歯科医業停止処分。以下両者を一括して「医業停止処分等」という。)としている事例の中には、医業停止等を伴わない処分と共に再教育を課した方が適切と考えられるものがあることや、行政指導としての戒告としていた事例の中にも、再教育を課して被処分者の反省を促した方が適切と考えられるものがあることから、医業停止等を伴わない、「戒告」といった行政処分の類型を設けるべきである。このことにより、行政処分は、それを受けた医師等に対する再教育と相まって、国民が求める安心・安全な医療、質の高い医療を実現するための過程であるという位置づけを明確にできると考えられる。
 戒告処分の新設に当たっては、どのような行為が戒告処分に該当するのか、基準を定める必要がある。もとより、個々の医師等に対する行政処分の具体的検討については、行政処分の原因となる行為類型そのものの評価と、同じ類型の中における行為の程度の強さの評価を同時に行う必要があり、定量的な基準は定め難い面があるが、基準の策定に当たっては、できる限り明確なものとなるようにすべきである。その際、行為類型の評価に当たっては、医師等に限らず犯し得る行為と、医師等の業務に関連が深く、医師等としての職業倫理が問われるべき行為とを分けて考えることが必要である。なお、行政処分と刑事処分は元来その目的を異にするものであり、同じ量刑の刑事処分が科された事例について、その内容を検討した結果、異なる行政処分を行うこともあり得ることに留意する必要がある。また、行政処分の判断の透明性の向上の観点から、定められた基準は公開すべきである。
 今回の措置により、処分やその後の再教育に伴う事務量も増加することが予想されるため、それに対応するための体制を整備することも必要である。
 処分類型の見直しに関連して、再教育を受けない医師等に対する措置についても議論を行った。行政処分を受けた者の職業倫理を高め、国民に対し安全・安心な医療を確保する観点から、再教育を受けない医師等については、罰則を設けるなどの措置を講ずることにより、再教育の実効性を担保する必要がある。一方、再教育を実施したが、問題点が指摘されるなどして再教育を修了できない医師等に対しては、罰則等とは違った形での処遇を検討する必要がある。具体的には、再教育を修了していない医師等は医療機関の管理者になれないこととすることや、後述する医師等の資格確認のための情報と併せて、医師等の処分に関する情報を処分を受けた医師等が再教育を修了するまでの間開示することが考えられる。
 なお、再教育をより実効性のあるものとするため、再教育を修了した後も、修了者が助言指導者と継続的に関わりを持つことができるような方策が必要である。


3.長期の医業停止処分等の見直し
 現在のところ、医道審議会の了承事項として、医業停止処分等は最長5年とする運用が行われており、平成16年度における3年以上の医業停止処分等は6件で、その主な処分理由としては、収賄等であった。
 長期間の医業停止等は、医業及び歯科医業(以下「医業等」という。)の再開に当たって技術的な支障となる可能性が大きく、医療の安全と質を確保するという観点からは適切ではなく、数年に及ぶ医業停止処分等は見直す必要がある。その結果、医業停止処分等と免許取消処分には、医業等の再開を前提とするか否かという性格の違いはあるものの、現行では長期間の医業停止処分等となるような事例が、その処分理由により、免許取消となる場合があると考えられる。
 医業停止処分等の期間の上限については、医業等の復帰への困難性のみを考慮すると、短期間が望ましいが、一方、あまり短期間にすると、処分の被処分者に反省を促す効果の希薄化を招く可能性もある。
 また、諸外国の医師免許に係る医業の停止期間は英国では1年、米国テキサス州では上限は法定されていないものの、処分理由ごとに定められている医業停止処分の標準とされる期間の上限は4年となっていること、また、我が国の弁護士や公認会計士で2年、税理士で1年となっていることをあわせて考慮すると、医業等の再開を前提とする医業停止処分等の期間の上限は3年程度とすることが適当である。
 なお、現在の医業停止処分等の期間の上限は、運用で行われており、医師法及び歯科医師法(以下「医師法等」という。)上明記されていない。医師等の権利を制限する処分の内容はできるだけ明確に法律で規定しておくことが望ましく、今回の上限の見直しに合わせ、新たな上限は医師法等に明記すべきである。


4.行政処分に係る調査権限の創設
調査権限の必要性
 従来、医師等に対する行政処分は、主に(1)罰金刑以上の刑に処せられた者及び(2)診療報酬の不正請求等により保険医登録を取り消された者を対象として行われていたところであるが、平成14年12月の「医師及び歯科医師に対する行政処分の考え方について」において(3)刑事事件とはならなかった医療過誤について明白な注意義務違反が認められる者を対象とする方針を示し、この考え方に基づき、本年3月には元富士見産婦人科病院の医師に対して免許取消等の処分が行われたところである。
 行政処分の原因となる事実関係の認定については、(1)罰金刑以上の刑に処せられた者については、刑事判決により、(2)保険医登録を取り消された者については厚生労働省保険局の情報提供により行っているが、(3)刑事事件とならなかった医療過誤については、行政庁自らが調査等を行い、事実関係を認定している。しかしながら、現行の医師法等では、行政処分の根拠となる事実関係を把握するための調査権限が設けられておらず、調査対象者が事情聴取や資料の提出を拒否するなど、事実関係の把握に支障を来している。
 このため、必要な行政処分を迅速かつ適切に行う観点から、国に、行政処分の根拠となる事実関係に係る調査権限を創設すべきである。
調査の端緒と範囲
 調査権限の創設にあたっては、重大な医事に関する不正のおそれがある事案に関する調査をその対象とすべきである。
 調査や処分の端緒としては、刑事事件の他に、患者等の一般国民や医療従事者からの通報による情報提供が重要と考えられるが、全国の苦情や相談を全て厚生労働省が受け、その全てを処理するのは、限界があり、現実的ではない。現在も、地域医師会等が患者の苦情対応を行っていることや、国民が医療過誤等に関する相談を行う窓口として都道府県に医療安全支援センターが設けられており、調査の申立を受け付ける窓口として、これらの機関を活用することを検討すべきである。
 しかしながら、このような通報の中には、単に相談、苦情という性格の情報も多く含まれることが予想される。例えば英国においても、通報件数に対し処分件数は約6.6%となっている。また、現に申し立てられている事案の中には、民事裁判で敗訴して行政処分を申し立てているものも見られる。
 このため、国民からの申立のあった事案について、調査を実施する必要があるか否かを検討して振り分けを行う必要があり、そのための基準(考え方)や仕組みを整備する必要がある。
調査権限の内容
 調査権限の内容としては、医療従事者、医療機関、患者からの報告の徴収や資料の収集、医療機関への立ち入り検査等が考えられる。また、調査の実効性を担保するため、調査に協力しない場合の罰則を設けるべきである。
 調査を行う組織体制としては、迅速に調査等を進めるためにも、厚生労働省本省だけではなく、地方厚生局の役割を重視した組織体制の構築が望まれる。


5.医籍等の登録事項について
 現在、医籍(歯科医師の場合は歯科医籍。以下両者を一括して「医籍等」という。)の登録事項は、氏名や登録番号、生年月日等の情報の他、行政処分や臨床研修に関する事項となっている。再教育は、医業等に復帰するための重要な過程であることから、今般、再教育の義務付けに伴い、再教育の修了についても医籍等の登録事項とすることが適当である。


6.再免許等に係る手続の整備
再免許申請に係る手続の明確化
 再免許については、医師法第7条第3項又は歯科医師法第7条第3項の規定により付与することができるが、実際には再免許は極めて限られた場合にしか認められてこなかった(昭和46年以降で認められたのは6件であり、平成8年以降は認められていない。)。一方で、再免許の申請も昭和46年以降21件なされており、再免許に係る手続の整備と明確化を図る必要がある。
 まず、現行では、再免許の付与は医道審議会の意見を聴いて判断しているが、再免許の付与についての判断基準は定められていない。再免許交付の可能性を申請者が判断できるよう、再免許の付与の可否を判断するための目安となる基準を作成し、公表する必要がある。
 また、現行の医師法等では、免許取消処分から再免許付与が可能となるまでの期間が明記されていないため、免許取消処分から短い期間しか経過していないにもかかわらず、再免許を申請することが可能である。再免許付与のための条件の一つとして、免許取消処分からの最低経過期間を医師法等に明記すべきである。
 この場合、免許取消処分からの最低経過期間については、今回見直しを行う医業停止処分等の期間の上限が3年であること、我が国の弁護士や税理士が3年、公認会計士が5年となっていることを考慮し、5年とすることが適当である。
行政処分回避目的による免許自主返上への対応
 行政処分を避ける目的で、行政処分の可能性がある医師等が処分決定前に免許を自主的に返上した場合、行政処分は実施されず、かつ、現行法規では再免許交付を妨げる明確な規定がない。こうした事例に対応できる手続の整備が必要である。
 具体的には、弁護士等の他の資格の例を参考として、行政処分に係る手続が開始された場合には、免許の返上ができないこととすべきである。
 また、免許を返上した者が、行政処分を回避することにより、その後の免許の付与が不当に早くなされることのないようにする必要がある。具体的には、現行では、国家試験合格者に対する免許の付与については、医師法第4条及び歯科医師法第4条に定める相対的欠格事由について審査した上で免許を付与しているところであり、免許を返上した者が後に免許の付与を申請した場合についても、これらの規定に照らし、免許の返上後の刑事処分など行政処分の原因となる事由を含め、免許の付与の可否を厳格に審査することとすべきである。


7.国民からの医師資格の確認方法等について
医師等の資格の確認方法
 医療機関の管理者は、その医療機関で診療に従事する医師等の氏名を医療機関内に掲示することが義務付けられており、医療機関に勤務する医師等については、現行の院内掲示により資格の確認が可能である。しかしながら、それ以外の医師等についても資格の確認を行う必要がある場合があり、そのための手段が必要であるとの声がある。
 国民から医師等の資格の確認の照会を受けた場合、現行では、氏名、生年月日、登録番号の3つの情報がそろった場合に、医籍等への登録の有無を回答する取扱いとしている。しかしながら、通常、国民が医師等の登録番号を知ることは困難であり、この方法により資格の確認ができるケースは極めて限られるとの指摘がある。
 医師等の氏名等、資格の確認に関する情報は、個人に関する情報として保護の対象となるものであるが、その開示の可否については、当該情報を開示することにより保護される利益と、不開示とすることにより保護される利益の比較衡量により判断されるべきである。この場合、国民が医師等の資格の確認ができることにより、医師等でない者からの医療の提供等を避けることができ、国民の生命・健康の保護に寄与するといえる。したがって、資格の確認に必要な範囲においては、国民の生命・健康の保護という利益の方が、医師等の氏名等を保護する必要性よりも大きいと考えられる。ただし、具体的にどの情報を資格の確認に必要な範囲の情報とするかについては、十分な検討が必要である。例えば、生年月日や本籍地については、その性質に照らし、開示についてより慎重な判断が求められること、また、登録番号については、氏名と同時に示すことで医師等でない者が医師等になりすますことが可能であることから、開示することは適当でないと考えられる。以上のことから、開示する情報としては、氏名、性別、登録年月日(又は国家試験合格の年月)とすることが適当である。
 そこで、現行のように限られた場合ではなく、国民が医師等の資格の確認ができるよう、何らかの改善を図る必要がある。具体的には、3つの情報が全てそろっていなくても、例えば氏名だけでも医籍等への登録の有無を回答する取扱いとすることが考えられる。この場合、個別の照会に回答する取扱いのみとすると、36万人余りの医師等に関する照会に対応するには膨大な事務負担が伴うことが予想されるため、現実的には、弁護士の資格のように、ホームページ上で氏名等により資格の確認を行うことを可能にすることが適当である。
処分歴の開示
 さらに、医師等の資格の確認にとどまらず、医師等の過去の処分に関する情報の開示についても議論を行った。
 処分歴の開示が必要とする立場からは、安心・安全な医療を受けるために、患者は自分を診察する医師等の処分歴を知る必要があるとする主張がなされた。一方で、安心・安全な医療を確保する観点からは、処分歴の開示ではなく行政処分を受けた医師等に対して再教育を着実に実施することにより医療の安全は十分に達成されるとの主張や、処分歴を広く開示すると、行政処分を受けた医師等が再教育を修了したにもかかわらず、長期間国民から忌避される結果となりかねず、処分を受けた医師等が医療の現場に復帰することが難しくなるとの主張があった。また、患者が求めているのは処分歴よりもむしろ医師等の専門性や治療成績のような情報ではないかとの意見も出された。
 処分歴も医師等にとっては個人情報であり、その開示の可否については、当該情報を開示することにより保護される利益と、不開示とすることにより保護される利益との比較衡量により判断されるべきである。この場合、国民が医師等の処分に関する情報を確認できることにより、医業等を行うことを禁止されている医師等からの医療の提供を避けることができ、医業停止処分等の情報は開示することによる利益が当該情報を保護する必要性を上回ると認められる。戒告処分については、医業等の停止を伴わない処分であり、医業停止処分等の情報と同程度の開示の必要性があるかは判断の分かれるところである。現に、弁護士の例を見ると、ホームページ上や電話照会に対しては、業務停止処分については開示するが、戒告処分は開示しない取扱いとなっている。一方で、医師等は、国民の生命と健康を預かる資格として、その処分の情報の開示について弁護士よりも高い社会的要請があると考えることもできる。
 また、現在、行政処分を行った際には、処分の内容や処分の原因となった事件等を資料として公表しているところである。従って、医師等の処分に関する情報は公にされている情報といえるが、だからといってその情報をいつまでも開示し続けることは、個人情報保護の観点から適切とはいえない。そこには一定程度の期限が設けられてしかるべきである。その期限を具体的に考えてみると、行政処分を受けた医師等には再教育が義務付けられることに鑑み、医業停止処分等については処分終了時又は再教育修了時の遅い方、戒告処分については再教育修了時とし、これらの時点からは、プライバシーの保護を優先して開示しないこととすることが適当である。このことにより、行政処分及びそれに伴う再教育の義務を果たせば処分に関する情報は開示されないこととなり、再教育の修了を促すインセンティブも期待できる。
 具体的な開示の方法としては、医師等の資格の確認の際に、行政処分を受けた医師等については、処分の内容を、その処分類型に応じ、上に述べたような期間、開示することが適当である。


8.おわりに
 冒頭に述べたように、本検討会では、行政処分を受けた医師等に対する再教育制度の検討の過程において明らかとなった行政処分に関する課題等について検討を進めるため、8月以来5回にわたって議論を積み重ねてきた。
 厚生労働省においては、本報告書における結論を踏まえ、来年の医療制度改革のための法律案において必要な法律改正を行うなど、提言された施策の速やかな実現に努力されたい。
 言うまでもないことであるが、医師等の資質向上、ひいては医療の質と安全性の向上は、行政処分によってのみ達成されるものではない。厚生労働省で行っている医療安全のための他の施策や、医療関係諸団体で行われている取組等との接続・連携が図られ、安全・安心な医療の実現に向けた総合的な取組が行われることを期待するものである。

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