資料2

厚生労働省「生活保護費及び児童扶養手当の見直し案について」(平成17年11月4日)に対する意見

地方財政審議会委員 木村 陽子

1.  厚生労働省案は、憲法25条で定められた国の責任を放棄するものであり、保護基準を扶助ごとに分断して国庫負担の軽減を図ろうとするものである。
 ナショナル・ミニマムを保障する生活保護は、経済社会構造の変化などの影響を大きく受けるため、県や市町村といった個々の地方団体が担うにはリスクが大きすぎる。そのため、国が責任をもつべきものである。したがって、保護基準を扶助の種類によって分断し、一部を地方団体の負担に移すことは国の責任の放棄である。

2.  厚生労働省案は、平成8年5月20日「第45回地方分権推進委員会・第19回くらしづくり部会合同会議において、関係省庁ヒアリング(厚生省)時に示された生活保護制度についての旧厚生省の考えとは対立するものである。
   ヒアリング時に旧厚生省は、国が基準を設定することを最低限必要であるなど、生活保護制度にたいするオーソドックスな考えを示した。
 生活保護は国の責務との考えに地方団体も同意し、その後閣議決定され、2000年の地方分権一括法において生活保護制度は「その性格が生存にかかわるナショナル・ミニマムを確保するため、全国一律に公平・平等に行う給付金の支給等にかんする事務として、法定受託事務」となり、今日にいたる。
以下「 」内はヒアリング時の厚生省意見の抜粋である。

(1) 国の責任において国民に等しく最低限度の生活を保障すべきもの
 ○  生活保護制度は、憲法25条の理念に基づき、国の責任で、生活に困窮するすべての国民に対し、等しく健康で文化的な最低限度の生活を営むことを権利として保障するもの。また、生活困窮者にとっては、生活保護は「最後の拠り所」となる公的扶助制度である。
 (2) 全国的に公平かつ平等に実施されるための措置が必要
 ○  生活保護制度においては、最低限度の生活を保障される機会及びその最低限度の生活の内容について、地域や個人によって実質的な差があってはならない(無差別平等及び必要即応の原則)とともに、生活困窮者がその利用し得る資産、能力その他あらゆるものを活用することを要件として実施されるべきもの(補足性の原則)。
 ○  このように、全国民に共通した公平と平等が求められる見地から、国は、具体的な保護の決定及び実施について地域差が生じないよう、保護基準の設定のみならず、法令及び保護基準の解釈・運用方針等の詳細にわたって定めるとともに、それが遵守されるように徹底する必要がある(国による指導監督が不可欠)。
 ○  具体的には、(1)国が基準を設定すること(生活保護法第8条)、(2)保護の決定・実施に関する国の指揮監督権限(第20条)及び(3)国による事務監査権限(第23条)が最低限必要である。
 ○  生活保護の基準は、生活保護法第8条により地域や個人の実情によって定めることとされており、現行保護基準もそのように構成されている。したがって、地域や個人の実情によって支給額などの保護内容が異なるのは当然である。
 ○  なお、生活保護制度の無差別平等や補足制の原則等から、地方公共団体の独自の判断による上乗せや保護基準の運用に格差を設ける裁量の余地はないものである。
 ○  生活保護制度の決定・実施の事務は、地方公共団体で行われているが、国は単に基準の設定だけではなく、保護の決定・実施についても最終責任を負っており、国の指導監査によって全国統一的な適正な実施が確保されてきたところである。
 ○  仮に生活保護の決定及び実施に関する一般的な指導監督権がなくなる等現行制度よりも国の関与の度合いが弱まり、地方公共団体の独自の判断による保護の基準額の変更、保護の種類の追加や生活保護制度の運用等が可能となる都、最低限度の生活の内容に実質的な地域格差が生じ、地方行財政のあり方によって最低限度の生活水準が左右されるおそれが生じる。
 こうした状態をもって、すべての国民に対し、憲法が権利として保障する最低限度の生活を無差別平等に保障しているとは言いがたいのではないか。

 貧困に陥った人を救済するという生活保護の性格および必要は変わらないのに、厚生労働省が地方分権一括法当時とまったく違う考えなのはなぜか、理解に苦しむ。

3. 生活扶助も医療扶助も、新たに県の負担をいれる根拠がない。
 ○  県は実施主体として、郡部の生活保護行政を担っており、県管轄の福祉事務所数はこの25年間ほとんど変化がない。県が実施主体であるという点は、介護保険、老人医療、国民健康保険とは大きく異なる点である。また、介護保険や老人医療、国民健康保険は被保険者の保険料や保険税などを財源として独立採算的に実施する保険財政であるのに対し、生活保護については県も市も国の仕事を粛々と実施しているに過ぎず、それ以上でもそれ以下でもない。
 県域をこえて経済活動が行われ、人が移動していることを考えると、広域的調整は国がすべきであり、国が責任をもって財政調整をするべきである。
 ○  生活保護は低所得者対策という点で他の制度と根本的にことなるものであり、ほかの制度と国庫負担率が違って当然であり、同じくする根拠はない。
 ○  そもそも医療保険や介護保険制度において、国、県、市町村で負担を持ち合う形式が日本の大きな特徴であるが、このことが責任の所在を不明確にしている。
 ○  医療扶助に県の負担を導入する根拠として、医療扶助と医療提供体制に相関があるとしているが、地方団体側の分析では、医療供給体制と医療扶助に相関関係がみられなかった。
 ○  医療費の抑制、ノーマリゼーションの推進などは医療や福祉全般にわたるものであり、そういった領域で議論をするべきであり、生活保護制度のなかだけで議論するべきものではない。

4. 生活は衣食住でなりたっているのであり、住だけを分離して、つまり住宅扶助だけを分離して地方の一般財源とする根拠がない。
 ○  今後も大都市部において生活保護受給世帯の伸びることが予想され、それに伴って住宅扶助受給者が伸びると予想される。
 ○  生活保護受給者の公営住宅の入居率が地域によって違うことが指摘されているが、これは一般世帯でも同じである。神戸市で公営住宅入居の割合者が高いのは震災後公営住宅を整備した影響が大きい。また京都市も同じく公営住宅入居者の割合が大きいのは、昭和40年代から公営住宅が多数建設されてきたことも影響している。大阪府では生活保護受給者のうち公営住宅入居割合が高い市は、公営住宅が多く建設され、なおかつ入居倍率が高くない市である。このように地域の事情が異なるため、公営住宅入居状況が違うのは当然である。
 ○  公営住宅の入居においては、生活保護受給世帯以外の母子世帯、障害者世帯などボーダーライン層が抽選において優先されるケースが多い。落層を防ぐための効果が大きいと思われる。
 ○  生活保護受給世帯を公営住宅入居において何よりも優先させることは、本人の生活環境の継続性、就労場所との関係などから問題あるケースが生じる恐れがある。
 ○  生活保護受給世帯を公営住宅入居において優先させることは、地方団体の公営住宅会計を悪化させることにつながる。
 ○  グループホームなど多様な居住形態であっても、家賃を設定することは可能である。

5. 就労支援について
 生活保護は従来金銭給付と自立支援、就労支援が大切との厚生労働省の指導を受けて、地方団体は両方にとりくんできたところであり、就労支援そのものはなんら新しいものではない。

6. 児童扶養手当受給資格は所得の低い層に限定されており、また生活保護受給世帯率の動向は、世帯保護率と非常に似通った動きを示している。児童扶養手当は生活保護に落層しないための制度であり、生活保護と同じく国の責任が大きい。

トップへ