資料

医師等の行政処分のあり方等に関する検討会中間報告書
(案)

平成17年○○月○○日

1.はじめに
 近年、医療の質と安全に関する社会の関心が高まっている。現在検討されている医療提供体制改革においても、医療の質と安全性の向上は大きなテーマであり、そのための医師をはじめとする医療を担う人材の資質の向上は重要な課題である。
 医師の資質向上対策の一つとして、本年4月に「行政処分を受けた医師に対する再教育に関する検討会報告書」がとりまとめられ、行政処分を受けた医師に対する再教育の義務づけが提言されるとともに、報告書を取りまとめるにあたって明らかとなった医師の行政処分の在り方等に係る課題が示され、これらについては別の場で引き続き検討されるべきとされたところである。
 これを受け、「医師等の行政処分のあり方等に関する検討会」を開催し、上記報告書で示された課題等について検討を進めてきたところであるが、来年に迫った医療制度改革をにらみ、これまでの議論を中間的に取りまとめるものである。厚生労働省においては、本報告書で結論が得られた課題については、来年の医療制度改革のための法律案に盛り込むなど、施策の実現に努力されたい。また、本報告書で結論が得られなかった論点については、今後とも議論を続けていく必要がある。
 言うまでもないことであるが、医師等の資質向上、ひいては医療の質と安全性の向上は、行政処分によってのみ達成されるものではない。厚生労働省で行っている医療安全のための他の施策や、医療関係諸団体で行われている取組等との接続・連携を図っていくことが重要である。

2.処分類型の見直し
 現行の行政処分の類型は「医業停止」と「免許取消」のみであるが、再教育制度の導入に当たり、現在医業停止処分としている事例の中には、医業停止を伴わない処分と共に再教育を課した方が適切と考えられるものがあることや、行政指導としての戒告としていた事例の中にも、再教育を課して被処分者の反省を促した方がよいと考えられるものがあることから、医業停止を伴わない、「戒告」といった行政処分の類型を設けるべきである。このことにより、行政処分は、それを受けた医師に対する再教育と相まって、国民が求める安心・安全な医療、質の高い医療を実現するための過程であるという位置づけを明確にできると考えられる。
 戒告処分の新設に当たっては、どのような行為が戒告処分に該当するのか、基準を定める必要がある。もとより、個々の医師等に対する行政処分の具体的検討については、行政処分の原因となる行為類型そのものの評価と、同じ類型の中における行為の程度の強さの評価を同時に行う必要があり、定量的な基準は定め難い面があるが、基準の策定に当たっては、できる限り明確なものとなるようにすべきである。その際、行為類型の評価に当たっては、医師等に限らず犯しうる行為と、医師等の業務に関連が深く、医師等としての職業倫理が問われるべき行為とを分けて考えることが必要である。なお、行政処分と刑事処分は元来その目的を異にするものであり、同じ内容の刑事処分が課された行為について、行為の内容を検討した結果異なる内容の行政処分を行うこともあり得ることに留意する必要がある。また、行政処分の判断の透明性の向上の観点から、定められた基準は公開すべきである。
 今回の措置により、処分やその後の再教育に伴う事務量も増加することが予想されるため、それに対応するための体制を整備することも必要である。
 処分類型の見直しに関連して、再教育を受けない医師等に対する措置についても議論を行った。行政処分を受けた者の職業倫理を高め、国民に対し安全・安心な医療を確保する観点から、再教育を受けない医師等については、罰則を設けるなど、何らかの形で医業に関わることを制限できるようにする必要がある。一方、再教育を実施したが、問題点が指摘されるなどして再教育を修了できない医師等に対しては、罰則等とは違った形での処遇を検討する必要がある。具体的には、再教育を修了していない医師等は医療機関の管理者になれないこととすることや、医籍等に再教育の修了に関する事項を登録し、医療機関の管理者が医師等を雇用するにあたり、その情報を確認することができることとすることが考えられるが、特に後者については、後述する医師資格の確認方法等に関する議論も踏まえつつ、医療機関の管理者からの照会に対応できるだけの体制整備を含め、慎重な検討が必要である。

3.長期の医業停止処分の見直し
 現在のところ、医道審議会の了承事項として、医業停止処分は最長5年間とする運用が行われており、平成16年度における3年以上の医業停止は3件で、その主な処分理由としては、収賄等であった。
 長期間の医業停止は、医業再開に当たって技術的な支障となる可能性が大きく、医療の安全と質を確保するという観点からは適切ではなく、数年に及ぶ医業停止処分は見直す必要がある。その結果、医業停止処分と免許取消処分には、医業の再開を前提とするか否かという性格の違いはあるものの、現行では長期間の医業停止処分となるような事例が、その処分理由により、免許取消となる場合があると考えられる。
 医業の停止期間の上限については、医業復帰への困難性のみを考慮すると、短期間が望ましいが、一方、あまり短期間にすると、処分の被処分者に反省を促す効果の希薄化を招く可能性もある。
 また、諸外国の医師免許にかかる医業の停止期間は英国では1年、米国テキサス州では上限は法定されていないものの、処分理由ごとに定められている医業停止処分の標準とされる期間の上限は4年となっていること、また、我が国の弁護士や公認会計士で2年、税理士で1年となっていることをあわせて考慮すると、適正な医業停止期間の上限は3年程度とすることが適当である。
 なお、現在の5年の医業停止処分期間の上限は、運用で行われており、医師法上明記されていない。医師の権利を制限する処分の内容はできるだけ明確に法律で規定しておくことが望ましく、今回の上限の見直しに合わせ、新たな上限は医師法に明記すべきである。

4.行政処分に係る調査権限の創設
調査権限の必要性
 従来、医師等に対する行政処分は、主に(1)罰金刑以上の刑に処せられた者及び(2)診療報酬の不正請求等により保険医登録を取り消された者を対象として行われていたところであるが、平成14年12月の「医師及び歯科医師に対する行政処分の考え方」において(3)刑事事件とはならなかった医療過誤について明白な注意義務違反が認められる者を対象とする方針を示し、この考え方に基づき、本年3月には元富士見産婦人科病院の医師に対して免許取消等の処分が行われたところである。
 行政処分の原因となる事実関係の認定については、(1)罰金刑以上の刑に処せられた者については、刑事判決により、(2)保険医登録を取り消された者については厚生労働省保険局の情報提供により行っているが、(3)刑事事件とならなかった医療過誤については、行政庁自らが調査等を行い、事実関係を認定している。しかしながら、現行の医師法では、行政処分の根拠となる事実関係を把握するための調査権限が設けられておらず、調査対象者が事情聴取や資料の提出を拒否するなど、事実関係の把握に支障を来している。
 その一方で、刑事事件とならなかった医療過誤等について処分を求める申し立てが70件を超えるなど、刑事事件とならなかった医療過誤を起こした医師に対する行政処分の要請は高まっている。このような要請に応え、行政処分の迅速化を図るためにも、国に、行政処分の根拠となる事実関係に係る調査権限を創設すべきである。
調査の端緒と範囲
 調査権限の創設にあたっては、重大な医事に関する不正のおそれがある事案に関する調査をその対象とすべきである。
 調査や処分の端緒としては、刑事事件の他に、患者等の一般国民や医療従事者からの通報による情報提供が重要と考えられるが、全国の苦情や相談を全て厚生労働省が受け、その全てを処理するのは、限界があり、現実的ではない。現在も、地域医師会が患者の苦情対応を行っていることや、国民が医療過誤等に関する相談を行う窓口として都道府県に医療安全支援センターが設けられており、調査の申立を受け付ける窓口として、これらの機関を活用することを検討すべきである。
 しかしながら、このような通報の中には、単に相談、苦情という性格の情報も多く含まれることが予想される。例えば英国においても、通報件数に対し処分件数は約6.6%となっている。また、現に申し立てられている事案の中には、民事裁判で敗訴して行政処分を申し立てているものも見られる。
 このため、国民からの申立のあった事案について、調査を実施する必要があるか否かを検討して振り分けを行う必要があり、そのための基準(考え方)や仕組みを整備する必要がある。
調査権限の内容
 調査権限の内容としては、医療従事者、医療機関、患者からの報告の徴収や資料の収集、医療機関への立ち入り検査等が考えられる。また、調査の実効性を担保するため、調査に協力しない場合の罰則を設けるべきである。
 調査を行う組織体制としては、迅速に調査等を進めるためにも、厚生労働省本省だけではなく、地方厚生局の役割を重視した組織体制の構築が望まれる。

5.医籍の登録事項について
 現在、医籍の登録事項は、氏名や登録番号、生年月日等の情報の他、行政処分や臨床研修に関する事項となっている。再教育は、医業に復帰するための重要な過程であることから、今般、再教育の義務付けに伴い、再教育の修了についても医籍の登録事項とすることが適当である。
 また、行政処分に関して医籍に登録されているのは、現行では、「医業停止○年」「免許取消」といった処分内容のみとなっている。後述するが、仮に医師の処分歴に関し、外部の者が確認できる仕組みを設ける場合、確認する者が処分歴に対して適切な評価ができるよう、医籍には処分内容のみならず、処分の原因となった行為など、処分理由も併せて記載する必要があると考えられる。その際、処分の原因となった行為を詳細に記載することは現実的ではなく、刑事処分上の罪名を基本としつつ、一定の付加的な情報を記載することが適当である。

6.再免許等に係る手続きの整備
再免許申請に係る手続きの明確化
 再免許については、医師法第7条第3項の規定により付与することができるが、実際には再免許は極めて限られた場合にしか認められてこなかった(昭和46年以降で認められたのは6件であり、平成8年以降は認められていない。)。一方で、再免許の申請も昭和46年以降21件なされており、再免許に係る手続の整備と明確化を図る必要がある。
 まず、現行では、再免許の付与は医道審議会の意見を聴いて判断しているが、再免許の付与についての判断基準は定められていない。再免許交付の可能性を申請者が判断できるよう、再免許の付与の可否を判断するための目安となる基準を作成し、公表する必要がある。
 また、現行の医師法では、免許取消処分から再免許付与が可能となるまでの期間が明記されていないため、免許取消処分から短い期間しか経過していないにもかかわらず、再免許を申請することが可能である。再免許付与のための条件の一つとして、免許取消処分からの最低経過期間を医師法に明記すべきである。
 この場合、免許取消処分からの最低経過期間については、今回見直しを行う医業停止処分期間の上限が3年間であること、我が国の弁護士や税理士が3年間、公認会計士が5年間となっていることを考慮し、5年間とすることが適当である。
行政処分回避目的による免許自主返上への対応
 行政処分を避ける目的で、行政処分の可能性がある医師が処分決定前に免許を自主的に返上した場合、行政処分は実施されず、かつ、現行法規では再免許交付を妨げる明確な規定がない。こうした事例に対応できる手続きの整備が必要である。
 具体的には、弁護士等の他の資格の例を参考として、行政処分に係る手続が開始された場合には、免許の返上ができないこととすべきである。

7.国民からの医師資格の確認方法等について
医師資格の確認方法
 医療機関の管理者は、その医療機関で診療に従事する医師の氏名を医療機関内に掲示することが義務付けられており、医療機関に勤務する医師については、現行の院内掲示により資格の確認が可能である。しかしながら、それ以外の医師についても資格の確認を行う必要がある場合があり、そのための手段が必要であるとの声がある。
 国民から医師資格の確認の照会を受けた場合、現行では、氏名、生年月日、医籍登録番号の3つの情報がそろった場合に、医籍への登録の有無を回答する取扱いとしている。しかしながら、通常、国民が医師の医籍登録番号を知ることは困難であり、この方法により医師資格の確認ができるケースは極めて限られるため、何らかの改善を検討する必要がある。具体的には、3つの情報が全てそろっていなくても、例えば氏名だけでも医籍の登録の有無を回答する取扱いとすることが考えられる。この場合、26万人余りの医師に関する資格確認を行うには膨大な事務負担が伴うことが予想されるため、守秘義務など情報を適切に取り扱うための担保措置に留意しつつ、国以外の団体を活用することを検討する必要があるのではないか。
処分歴の公開
 さらに、医師の資格確認にとどまらず、医師の過去の処分に関する情報の公開についても議論を行った。
 処分歴の公開が必要とする立場からは、安心・安全な医療を受けるために、患者は自分を診察する医師の処分歴を知る必要があるとする主張がなされた。一方で、安心・安全な医療を確保する観点からは、処分歴の公開ではなく行政処分を受けた医師に対して再教育を着実に実施することにより医療の安全は十分に達成されるとの主張や、処分歴を広く公開すると、行政処分を受けた医師が再教育を修了したにもかかわらず、長期間国民から忌避される結果となりかねず、処分を受けた医師が医療の現場に復帰することが難しくなるとの主張があった。また、患者が求めているのは処分歴よりもむしろ医師の専門性や治療成績のような情報ではないかとの意見も出された。
 処分歴も医師にとっては個人情報であり、個人情報としての保護を受けるべき対象であることは言うまでもない。処分歴を公開するためには、国民の生命や安全といった、その個人情報としての保護の必要性を上回るだけの公益上の必要性が認められなければならない。
 以上の諸点に鑑みると、国民に安心・安全な医療を提供する観点から、処分歴の一定程度の開示が必要であり、その具体的方法について検討を進めるべきである。例えば、医療機関の管理者に対して、処分歴の情報へのアクセスを認め、医療機関が医師を雇用するに際して処分歴を確認できることとすることが考えられるが、この仕組みの検討に当たっては、次の点に留意する必要がある。まず、この仕組みでは、医師が医療機関に雇用されるに際しての処分歴のチェックは可能であるが、医師が自分自身で診療所等を開業する場合には対応できないということである。さらに、医療機関からの処分歴の確認に対応できるだけの体制の整備も必要である。
 処分歴は個人情報として慎重な取扱いが求められるが、一方で、安心して医師にかかりたいという国民の声があるのも事実である。個人情報としての処分歴の情報の性質に配慮しつつ、安心・安全な医療を受けたいという国民のニーズに応える仕組みについて、引き続き検討を進めていく必要がある。

トップへ